<今回のお言葉>
「正義はなされるべきですよね」
先日、仕事で初めてお会いした方の信条か何かを聞いた時に、最後にその方がボソっと言った言葉がこれ。
詳しくは突っ込めなかったけど「正義」って何ですかね。そりゃあ、テレビの勧善懲悪ドラマのような「正義の反対は悪」みたいな単純なものはいいですけど、いつもそんな分り易いとはかぎらないですよね。
誰かが言ってた「正義の反対は悪ではなく、また別の正義なんだ」と。原発反対派の人から見れば原発推進派の人は悪なんだろうけど、推進派の人から見れば反対派の人が悪。死刑制度とか中絶とか捕鯨とか、人には色々な考え方があるよね。
けど、自分が正義だと信じ込んでいる人ほど扱いにくいものはない。仮面ライダーがいちいちショッカーの言い分を聞かないように、自分が正しくて相手が間違ってると信じ込んでる人は、他人の言うことを全く聞こうとしない。
この世のあらゆる争いごと、大きなものは国家間の戦争や宗教間の対立、小さなものは夫婦げんかや子供同士の喧嘩まで、大体のことは「正義」、「自分が正しい」が引き起こす。
堅い信念だの、軸がブレないだのと言えば聞こえはいいけど、そういった融通の効かない頑固さが争いを生む。
「排他的で、独善的で、他罰的で、不寛容」。それが我々凡人の信じる正義の正体だったりします。
映画の父と言われたD・W・グリフィス(D.W.Griffith)監督の「イントレランス/Intolerance」という映画があります。1916(大正5)年製作、イントレランスとは英語で「不寛容」という意味です。
紀元前6世紀の古代バビロニアの時代、イエス・キリストの時代、16世紀の中世フランス、当時の現代という4つの時代を舞台に人々の不寛容さが如何に人に不幸をもたらしてきたかを描いています。
イントレランスから既に100年近く経っていますが、未だに、というか、それからちっとも人類は変わってない。正義はわれにあり、間違っているのは相手。今も、そしてきっとこれからも正義が戦争を作り出し、痴話喧嘩を産んで行くのだろうなあ、などと真面目な事を思ったりしたのでした。
↓何と映画全てが動画になってました。便利な時代だ。ただし、英語版です。サイレント(無声)映画なので短いフレーズの英語が字幕で出るだけなので、英語苦手でもある程度わかるかも。










