
<今回の江戸:雑司ヶ谷霊園>
雑司が谷といえば「都立雑司ヶ谷霊園」。歴史上の有名人なんかも眠っています。
文豪・夏目漱石のお墓。司馬遼太郎の「坂の上の雲」をNHKで足掛け三年かけてやってましたね。あの時代の東京でいいな〜と思うのでは歴史上の有名人が、いろんな所でつながっていて、意外な人たちが知り合いだったりするんですよね。明治・大正の東京ってせまっ!
漫画の「坊ちゃんの時代」シリーズで明治38年の大晦日に夏目漱石と安重根(数年後に伊藤博文を暗殺した人)が新橋駅でぶつかって、その時、漱石が落とした本を拾い集めたのがまだ若き陸軍将校だった東条英機(後に日米開戦時の総理大臣となります)というシーンが出てきます。しかも、その時同じ新橋駅中央コンコースには温泉に出かける徳富蘆花と見送りに来た国木田独歩がいたんですが、あれって史実なんですかね?!だとしたらほんとーに明治の東京は狭かったんだな〜。当時の東京に行ってみたいッス。
というわけで吾輩は猫である。
東京帝国大学で漱石の前任者だった小泉八雲(Lafcadio Hearn)のお墓もありました。
金沢三文豪の一人、泉鏡花も雑司が谷で眠っていました。
美人画で有名な竹久夢二のお墓も。夢二の奥さんが金沢出身だったのと、金沢の湯涌(ゆわく)温泉に逗留したこともあって金沢に縁の深い人です。湯涌には「金沢湯涌夢二館」もあります。
こちらも明治の文豪・永井荷風のお墓。永井は「断腸亭日乗」という日記を出版していますが、それって有名人ブログのはしりだよね?!
幕末の幕臣・小栗忠順(おぐり・ただまさ)のお墓。岩瀬忠震(いわせ・ただなり)、水野忠徳とともに「幕末三俊」と言われています。個人的には幕末の人物ではサカモトリョーマだとかシンセングミよりも小栗が好きです。
幕末で人気があるのは新選組を除けば反幕府勢力の方ですよね。
けど僕は結構幕府側の方が好きです。日本人の常識では薩摩や長州が幕府より力を持って優秀な人材を輩出して、旧態依然とした幕府を倒したお陰で、日本は欧米の植民地とならずにずんだ、ってかんじですよね。けど、歴史は勝者が作ります。武力に優っていたのも外交手腕や政治手腕に優れていたのは幕府の方じゃないかな。しかし、欧米列強は日本の鎖国を止めさせたい。日本で自由に商売がしたい。だから反幕府勢力に最新鋭の武器を渡した。それで反幕府勢力が勝てた・・・ってことも在り得るよね。
もちろん、幕府や身分制度は解体しなくてはいけなかったでしょう。けどもっとソフトランディング出来たはず。当時人口の7%を占めていた武士階級は一気に職を失いました。30,40になってから何の経験もないのに新しい仕事を初めても上手くいく人は少ないでしょう。妻や娘が、それまで下に見ていた町人に体を売りどうにか生計を立てていたという人たちも多かったといいます。だから旧武士階級の不平不満が溜まって、大久保利通は石川県士族の人たちに暗殺されたんだよ。金沢は町人文化の江戸・大阪・堺、公家文化の京都と違って武家文化の街だからね、恨み骨髄だったろうなあ。
小栗は明治維新後、江戸を引き払い群馬で塾を開いていましたが、なぜか官軍に捕縛され、斬首されてしまいまいした。誰が仕組んだのかは今もわかっていません。
さて、次なる四カ所目はまた次回に。










