賀茂の徒然草

つれづれなるままに

華やかなサン・ピエトロ教会堂建設の裏側で

2017-07-13 18:53:38 | 日記

 サン・ピエトロ教会堂の大改造が始まるのが1506年のこと。ブラマンテが設計者に選ばれており、これから百年をかけて、ミケランジェロを含む多数の芸術家がかかわる大事業が続く。贖宥状をめぐってアルプスの北では金満家と見なされた聖職者たちへの不満があちこちで火を噴き始める。ルターはそのような社会情勢を聖職者として正そうとした、ヴァチカンを頂点とする宗教権力のヒエラルキーを無用のものと訴えかける。ルネサンスからバロックの壮麗な様式で知られるサン・ピエトロ教会堂の建設は歴史的な芸術作品を誕生させたのだったが、その建設費用はどこから出たのか。精神の救済のために贖宥状を買わされる下層の市民は、教皇のルネサンス夢のために搾取され、貧困化し、新しい奴隷制にしばられることとなる。壮麗なルネサンスはアルプスの北側の庶民を犠牲にすることによって成り立っていた。ダビンチやミケランジェロによる人類史的な遺産を讃える時に、犠牲者たちのことは忘れがちである。ルネサンスと宗教改革は同じく人間性の復権をなしとげたが、それらはまるで裏表をなしていたのだった。

 ルターはヴォルムスの神聖ローマ帝国議会に赴いて、ほぼ死刑相当の審判を受ける。庶民に支持されたルターは支持者たちに拉致され、アイゼナッハ郊外のヴァルトブルク城に騎士として偽名で匿われ、そこの小部屋で300日の間に聖書のドイツ語訳を成し遂げ、その後の絶大な影響を残す。腐敗した教会組織はいらない、ただ聖書だけがあればキリストの真実に触れることができる。同じ頃、ローマではキリスト教の教会組織の頂点をなすサン・ピエトロ教会堂の大改築が始まっていたのだった。死を堵しての真理の訴え、なんとも敬服の一語である。家柄にも才能にも恵まれた、地方都市出身のルターは、エアフルトの学生時代に修道士に転身し、宗教的な真理探求に没頭し始めたのだったが、それがキリスト教の大分裂をもたらすことも、ひとつの驚きである。

 しかし真理の探求は奥が深い。ルターの仲介でツヴィッカウに聖職を得た若手トマス・ミュンツァーは、神のもとの普遍的真理を、世俗権力の横暴に対してもふりかざす。南ドイツからスイスにかけて、抑圧され、奴隷化されてきていた農民たちが各地で反乱を起こしており、若きミュンツァーはその運動に宗教的な真理のお墨付きを与えるという、ピュアな行動に出る。ドイツ農民戦争と呼ばれる騒乱は南ドイツを覆う歴史的事件となる。やがて手持ちの簡単な武器しか持たない農民軍団は、領主連合軍の大砲や鉄砲の軍団によって壊滅させられ、ミュンツァーは斬首刑となる。いかにも死刑をいとわなかったキリストとダブって見えてくる。ちなみに領主に可愛がられていたルターは農民軍団に死を求め、真理をあくまで宗教の内側に閉じ込めようとした。

 社会主義政権時代の東ドイツでは革命の先駆者としてミュンツァーは公式に讃えられ、その名残か、記念碑として彫像が各所に建っており、今もトマス・ミュンツァー学校という名の学校もある。ルターの陰であまりポピュラーな観光対象とはなっていないようではあるが、最後の拠点となったミュールハウゼンには農民戦争博物館がある。宗教改革500年記念祭の今年、「ルターに嫌われた兄弟たち」といった風な特別展を開催して、やや楽天的な記念祭を少し楯突いていた。我が身をふりかえって、真理探求を第一とする現代の科学者のひとりとして、複雑な思いがする。

 ダビンチは芸術に科学を導入し、新しい文化を開いた。ルネサンス文化はそのようにして人間文化の時代をもたらしたことに変わりはない。しかし、大金をかけて華麗化するルネサンス文化が、世俗的欲望を捨てようとする急進的な宗教改革を覆い隠してしまっていることを忘れてはならないだろう。中世から近世への転換は、形を残さなかったさまざまの勢力によっても実現したのだった。芸術様式を語る際に、華々しいものばかりに目を向けるだけでは事の半面した見たことにはならない。形なき何か、ネガティブな何か、否定の行動(偶像破壊のような)、等々も含む芸術論が求められるところだろう。

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