ブログ人気投票にクリックいただけると幸いです!
多様化するニーズに対応できない教育の現状に対して、ある時は行政の怠慢が批判され、またある時は公教育に過大な期待を押しつける受け手の問題点が指摘される。
日本のように高齢化する社会では、青少年の教育だけではなく、一生を見通した生涯教育も重要なテーマであり、広く国民全体に学ぶチャンスを提供することは、重要な課題である。
今日述べる内容は、そうした教育の在り方を私に考えさせた、最近の出来事である。
某有名大学教授と名乗る矢吹樹氏がツイッター上で、「最近、無名大学だけでなく有名大学でも放送大学を卒業して教授になっている人がいるけど、これってありですか? 本当の大学を卒業していないのですから、大学というもの自体を理解していないと思うのですが…。こんな教授に教わる学生がかわいそう」などと、放送大学批判を展開した。
今の日本において、放送大学を卒業して教授になることが、いかにハードルが高く、多大な労苦を必要とするかは明らかである。
矢吹樹氏がまっとうな教育者なら、「放送大学を卒業して教授になること」が称賛に値することであると、批判するのではなく、むしろ積極的に評価すべきである。
このツイートに対して、「OBAKE」のハンドルネームを持つ人物が、「本当の大学の定義ってなんですか? 放送大学は正式の大学ですが…」と反論した。
すると、この矢吹樹氏は、「それが分からないということは、貴方は放送大学出身ですか?そういう質問をすること自体が、放送大学なんですよ。違いがわからない人間が大学の教授にはなってはいけないということです」と応えた。
それに対し「OBAKE」氏が返答で発した一言は、誰しもが「水戸黄門の印籠」を連想した、痛快な一撃だった。
「私は学長です。」
この「OBAKE」のハンドルネームをもつ人物こそ、岡部の「OKABE」のKとBを入れ替えた、放送大学学長であり、東大名誉教授の岡部洋一氏であった。
相手が、自分がこき下ろした放送大学の学長であることを知ったとき、某有名大学教授と名乗る矢吹樹氏は、自由気ままなツイッターの世界から、突如現実の世界に引き戻され、狼狽したことだろう。
教育者としては、明らかに失格者と言えるこの発言は、彼だけの偏見によるものかと言えば、残念ながら必ずしもそうではない。
非効率で硬直した行政のトップや、企業の採用担当者などは、先の矢吹氏以上に、通信制大学や放送大学に対して、旧態依然の認識しか持っていないのが現状だ。
こうした社会の認識やシステムは、早急に改めるべきであり、その点において矢吹氏は、反面教師いや反面教授として、問題提起に貢献したことは確かだろう。

私がこのツイッター上の出来事で思ったことの一点目は、この出来事で脚光を浴びた放送大学の実態がどのようなものかということである。
調べてみると放送大学で学んでいる学生の年齢は、30代・40代を合わせると在籍者の半数にあたり、高齢者もかなりの数に上る。
そうした現状を鑑みても、9万名を数える学生を擁する放送大学の存在意義は、現代社会では大きい。
私の知人に、「アートソムリエ」を自称して、美術マーケット拡大のためのアイデアを提起し、アート普及のため積極的に活動している山本冬彦氏という方がいる。
彼は、美術愛好家の会「美学社」、後の「美楽舎」の、私の後に二代目代表に就いた人物である。
その山本氏は、民間企業を退職後、放送大学学園理事を務め、退官後一学生になり毎期1科目づつ受講しようと決心して、放送大学で「日本美術史」など美術関連の学習をしているという。
いつでも、どこでも、誰でも、思い立ったら大学で学ぶことが出来る教育システムとして、また硬直化した現代の教育を改善する一つの在り方として、放送大学は評価できる。
次に私が考えたことは、虚構世界のゲームと同様な感覚でネット上で行われている、過激な言葉によるバトルの危険性である。
これは、相手を傷つけるだけではなく、ブーメランの如くその刃は自分に戻ってくる。
たいへん恐いのは、ハンドルネーム矢吹樹氏が、彼のツイッターの内容から、本人の意に反して、人物が特定されてしまったことだ。
矢吹樹氏とは、群馬大学医学部・江本正志教授であることが判明し、ツイッターの世界のみならず、現実の世界で批判の矢面に立たされている。
匿名で気軽にツイートした言葉が、本人が意図しないとんでもない方向に、進展してしまうことがある。
匿名のツイッターで発した言葉は、その性質上、自分が思っている以上に感情的かつ扇動的に広まってしまう傾向がある。
軽い気持ちで発した言葉が、特に自分が過去にやってしまった愚行の暴露が、後で取り返しのつかないことになってしまった出来事は、枚挙にいとまがない。
今回えらいことになった矢吹氏は、矢吹の文字を分解すると、知欠と読める。
ハンドルネームを付けるときから、すでに彼はミスを犯したようだ。

最後に、放送大学の設立趣旨および目的を載せておこう。
【放送大学学園・設立の趣旨・目的】
今日のように変化の激しい、かつ複雑化する社会においては、あらゆる年齢層を通じ、人々の生活課題が多様化し、また文化的欲求が増大しつつあり、教育に対する強い関心や多様な学習意欲の高まりをみせております。
放送大学学園は、このような生涯学習の時代に即応し、放送大学を設置し、かつテレビ・ラジオの専用の放送局を開設し、放送等を効果的に活用した新しい教育システムの大学教育を推進することにより、レベルの高い学習の機会を広く国民に提供するとともに、大学教育のための放送の普及発達を図ることを目的として設立されたものです。
放送大学は、前記のような趣旨で設置された新しい形態の大学であり、その目的とするところは、次のとおりです。
1.生涯学習機関として、広く社会人に大学教育の機会を提供すること。
2.新しい高等教育システムとして、今後の高等学校卒業者に対し、柔軟かつ流動的な 大学進学の 機会を保障すること。
3.広く大学関係者の協力を結集する教育機関として、既存の大学との連携協力を深め 、最新の研究成果と教育技術を活用した新時代の大学教育を行うとともに、他大学との交流を深め単位互換の推進、教員交流の促進、放送教材活用の普及等により、わが国大学教育の改善に資すること。