「マッキーのつれづれ日記」

進学教室の主宰が、豊富な経験を基に、教育や受験必勝法を伝授。また、時事問題・趣味の山登り・美術鑑賞などについて綴る。

マッキーの教育:科学が役に立つのは100年後かもしれない

2016年10月11日 | 教育

 

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 2016年のノーベル医学生理学賞を、東京工業大学栄誉教授の大隅良典さんが受賞しました。日本人として、とても嬉しく思いました。私にとって、今まで漠然と知っていた「オートファジー」を詳しく調べる機会となりました。また、大隅さんが語った科学の基礎研究について、日本の現状と問題点を考える契機ともなりました。今日は、大隅さんの言葉を引用しながら、考えたことを整理したいと思います。

 『みんなでよってたかってやる競争が私はあまり好きではない。むしろ、誰もやっていないことを見つける楽しみが研究者を一番支える。』

 『今、科学が役に立つというのが数年後に企業化できることと同義語になっているのは問題。役に立つという言葉がとっても社会を駄目にしている。実際、役に立つのは十年後、百年後かもしれない。』

 『すべての人が成功するわけではないけれど、それがサイエンスのあり方。基礎研究を見守ってくれる社会になってくれたらうれしい。』

 上の言葉は、大隅さんが語った内容の一部です。最近の私たちは、大量の情報に囲まれて生きていますが、それに反して皆が同じような行動や生活を送っているようです。多くの選択肢の中で、どれが正解か分からない場合、差し当たり多数の考えに従う方が無難だという考え方が主流だからです。けれども、多くの人がやっていることではなく、誰もやっていないことを研究対象として成果を出した大隅さんの生き方を、私たちは今一度考える必要があります。

 日本の科学分野を今後も発展させ世界をリードしていくためには、すぐに成果が出て企業が潤う目先の分野に目を向けるだけでは問題があります。もっと長い目で基礎的な科学研究に投資や財源を当てるための、社会の支援と行政の取り組みが必要だという大隅さんの考え方に、私は共感を覚えました。

 ただし、大隅さんが語った内容について、少し違った考え方があることも述べておきます。国家プロジェクトとして、膨大な費用を投資して研究が進んでいるiPS細胞およびES細胞は、大隅さんの考えとは異なる考え方が含まれます。医者としてスタートした京都大学の山中教授が、ノーベル賞を受賞した時に強調した、苦しんでいる患者に少しでも早く研究成果を届けたいという熱意、これも事実だろうと思います。産学連携の典型例として、iPS細胞の研究とその応用を挙げることができます。こうした事実も否定すべきことではありません。

 置かれた傍流の地位にめげることなく、変人と呼ばれようが我が道を信じて研究を続けたら、実はその道が主流派に匹敵する研究分野だったという貴重な例を、今回の大隅さんが示しました。その当時、アカデミックな主流派から、徹底的に批判された印象派の作家たちの作品は、現在驚くほどの価格で取引されています。その反面、当時主流派だった人たちの作品は、いったいどうなったのでしょうか。歴史を振り返れば、そうした皮肉とも思える逆転劇は、枚挙にいとまがないことも事実です。



 
 『私たちは毎日、70~80グラムのたんぱく質を食べているが、たんぱく質を分解してアミノ酸という原料にしている。私たちの体内では300グラムくらいのたんぱく質が作られている。どこから来るかというと、私たちの体内ではたんぱく質が壊れてアミノ酸になって再利用されているのです。』

 大隅さんのノーベル賞受賞理由は、「オートファジー」と呼ばれる仕組みの解明でした。オートファジー (Autophagy) は、autoはギリシャ語の「自分自身」を表す接頭語、phagyは「食べること」の意味があり、細胞内のタンパク質を分解するための一つの仕組みのことです。

 細胞内で不要になったものは、廃棄物になるのではなく、再生産されて新たなたんぱく質になるという、とてもエコなシステムです。私たちが、大量消費・大量廃棄の生活から抜け出ようという現在、自らを形成している細胞内で、既にそうしたシステムが稼働しているとは驚きです。

 『今、なかなか自分の興味を伸ばすことが難しい時代になっている。「あれっ」と思うことが世の中にはたくさんある。そういうことの続きを大事にしてほしい。わかっているような気分になっているが、何もわかっていないことが世の中にはたくさんある。「えっ。何で」ということを大事にする人たち、子どもたちが増えてほしい。』

 大隅さんが述べたこの言葉の内容は、陳腐とも言えるほど指摘され続けています。そのことは、現状がそうした状況にないことを示しています。子どもたちを教える立場にある者こそ、常にそしてしっかりとこの言葉の意味を受け止めて、指導に役立てていかなければなりません。

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