宇宙の秩序に調和しながらの煩悩達成日記

自己実現。そうです、願望実現を通して、自己をさらに深く知ってみようという実験の日記ざます!

カバラと私・・・?

2008-12-01 16:08:32 | 瞑想にまつわる能書き
あっというまに12月!さっき新年を迎えたような気がするのになあ。
「今年はコレをしよう!」って思った途端、12月に?(笑)

よくよく考えてみれば、転職、失業、再就職、破局、と色々あった。その時点では右往左往して一寸先はワカラナイ状態だったかもだが、結局のところ、どうでもイイこと、だったみたいで、大して記憶に残っていない、のであった。

おそらく後年まで大きく影響を感じるのは、「カバラの扉が開いた2008年」であろう。転職や破局は、カバラに比較したら、なんてこたない出来事、である(爆)

カバラ、つうてもいろいろな解釈がある。私は西洋魔術に関心があったので、そっち方面からカバラに接近した。
先日、先生にあって自己紹介。「いかにしてカバラに出会ったか」を説明した際に、西洋魔術、という単語を出したら、「カバラは魔術じゃないよ。」と指摘された。

が。
私にとっては、何でもいいのだ。魔術であってもなくても。
いろんなものを食い散らかしてきたので(爆)、ここらで一つ統一しようと思ったのである。
仏教でも密教でも何でもいいのだが、カバラが一番とっつきやすくて、占いから思考の現実化にいたるまで、幅広く網羅しているので、「便利」なツールなのである。

そうそう。
カバラの先生との出会い。彼女には、「その先生、という言葉はやめて。Eiten
みたいな人(マドンナの先生)が先生なのよ。私は彼の0.05%も満たしてないわ。」と恐縮していた(笑)正確には先生、ではない。先を行く人、かな。

当地の高級コンドミニアムの最上階のペントハウスにお住まいの彼女。
子供はスイスの寄宿学校にいるので、家には先生ご夫妻と、4人の使用人!が住んでいる。
最上階のエレベーターを降りたら、ドアは一つ。つまり、最上階は全て、彼女のお宅、なのである。
家の中は2階建てになっている。
12人掛けのダイニングテーブル。壁には印象派の油絵。調度品は金と茶色主体の中世ヨーロッパ風。
お金持ちの人って、細かいものを飾らない(爆) 人の背丈ほどもあるツボ、とか。
大理石で出来た私くらいの背丈の天女?天使?みたいのが肩にかついでるツボみたいのが照明だったり、とか。

私たちは、いわゆるTVルームでカバラ談義?をしていた。そのTVは畳一枚分はありそうなでかいSonyの液晶TVでございました。
そのTVでEiten先生のDVDを鑑賞したわけで。

カバラが富をもたらしてくれるのではない。富が幸福をもたらすわけでもない。
が、私からみたら「非日常的」なお金持ちのお宅に行く、という事も刺激的?な事である。

先生から1冊の本を頂いた。早速読み始めたが、「人間とは何か?」というQ&Aがあり、カバラ的には『欲望』である、とアッサリと言い切っていた所が気に入った!(笑)分かりやすいのがカバラのいいところ。

カバラもいろいろある。私がフォローしようとしているのは、マドンナで有名なカバラセンターのカバラである。
ヨガで言えば、ビクラムヨガみたいでちょっと、亜流というか、そんな感じだ。
でも分かりやすいし、特殊な修行を要求しないし(笑)その気があれば誰でも!学べるところがいい。

それがカルトであってもなくてもどうでもいい。カルトだとして、犯罪でも犯さない限り、別にどうでもいいと思うのだ。
もはや、他人の目なんか気にしない。
自分の目だけ気にしよう(笑)

そのうち、日本人初のカバラ・ティーチャーにでもなろうかなあ?(爆)あ、でもアルメニア語の読み書き・・・。100年くらい勉強しないと無理か。

■カバラのお告げ(爆)
カバラでは、自分がいるこの現実は、全ての宇宙の1%、と言っている。んで、「花瓶、ツボ」Vasselという単語を使うのだが、自分は宇宙から受け取る「花瓶」なんだと。
ふむふむ。

宇宙には全てがある。自分が想像つく全てがある。受け皿としての私は、宇宙のソレを受け取って、この3次元に宇宙からの贈り物を放出するのが役割、なのである。
何を受け取って放出するか、は私次第。何せ、99%持ってるあちらさん(宇宙)ですから、凄いスケールで何でもござれ、なんですわ。
私は、そーだなあ。ハピネスとか平和とか、そういうのの受け皿になりたいな〜!と思った瞬間になれる、というのがカバラの基本。

■あと、なんだっけ。夢見でゲットしたメッセージ。「うーむ、深いのう〜。」と自画自賛したにもかかわらず、忘れた(爆)
あ、そうだ。
願望達成だった。思った途端にどっかで叶ってる!99%の世界?かな。カバラでは時間と空間はイリュージョン!と唱えてますので(笑)99%の世界には時間と空間が多分、無い。
でも、この3次元にはある、よーな感じ。なので、願望は咄嗟に達成していない風に感じるのだ。見えてる世界が狭いというか局地的というか限定的だから。
例えば私は豪邸で盛大にディナーパーティーをしたいという願望がある。それはどっかで達成している。見えないし、具体的に感じないけどもね。
この3次元の時間と空間みたいのを折りたたんで一つ、にしたのが99%の世界?
良くわかんないけど。
「無い」は存在しない(爆)
でも人は「無い」にフォーカスするもんだ。
「お金が無い」
「運が無い」
「恋人が無い」

いま、ここ!にフォーカスすると無い!を実感する、よーな気になるが、ココに大きな落とし穴!(笑)
お金、運、恋人、仕事、そういう願望の対象って、何かの象徴、で欲してるのは願望そのもの、ではないのだ。
お金を保持する事によって得られる安心感、とか。
運がイイ!事によって得られる心の平和、とか。
恋人によって得られる(かもしれない・爆)愛される・愛するヨロコビ、とか。
そういうものなのではないか?

カバラが言う、「人間とは欲望」ってそういうことではないか?
欲望を満たす事によって得られる何か、それにフォーカスしてみよう、って事だ。

私の場合、なんだろう?

ふふ。あれだ、アレ!(笑)

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キーワード
アルメニア語 中世ヨーロッパ
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