宇宙の秩序に調和しながらの煩悩達成日記

自己実現。そうです、願望実現を通して、自己をさらに深く知ってみようという実験の日記ざます!

ノー・プロブレム!!

2016-12-07 09:35:10 | 瞑想にまつわる能書き
私、南インド食事なら、毎日食えるかもだ。

友人から、ずっと以前に「既に日本人らしさは消え失せ、あーたはインド人になっている。」と言われて久しいこのワタクシ。ええ、和食など、とうの昔に諦め、無くても全く平気でございます。
仕事柄、時々、なんちゃって日本食を作ったりしてますが、余った日本食を食べる気もせず(まずいわけではないよwww。食指が動かないのです。)かといって廃棄しちゃうのは勿体ないので、他の従業員に差し上げております。


食べ物を仕事で作るようになってから、食べる事への興味が格段に減ったのだ。一方、「作る楽しみ」は拡大し続けている。自分で食べるために作るのではなく、他人を喜ばすために作るのが楽しいのである。
きっと、アルチャナラ山のラマナ大師あたりは「そりは、他人からの認証を求めている行為でござります。」なーんて言うかもだが(笑)

この「食事作りゲーム」の面白さは、「美味しい!」とジャッジする審査員はクライアントであってわたしではな、ってとこだ。
自分で思う美味しさと、人様が思うソレは微妙に違いますけん。食べる事は、個人的な嗜好が左右しますんで。ので、こんなもん作ったら美味しいって思うかな?と、日々、精進してるんでございます。
さて、そんな感じで食べる事への関心が、すんごく減少した私に、「南インドのベジタリアン食事」は、「うっまーーい!」という感動を、久々に与えてくれた。



ホテル到着の後、時間もあったので、市街地まで出かける事にした。街の中心は有名なヒンドゥー寺院。ホテルからオートリキシャに乗って寺院まで。しかし、私は寺院には全く興味がなく、寺院前にゴソッと店を出してる金物屋へ直行!
わー! 安っぽいもんがいっぱいあるー!






ペラペラのアルミ製の食器や鍋が主体。私は外出するプランはアルナチャラ山の山頂へ登る事以外、全然無かったので、ホテルの部屋での簡単な食事、と思って。ミューズリー持参してきあのよ(笑)
昔はインドの水事情も悪く、お腹を壊す人が多いので有名だったので、出発の免税店でミネラルウォーターをごっそり購入した私。


あんまり荷物も持たないので、スーツケースに余裕があった。で、ミューズリーやらビスケットやらをケースに入れて持参してきた。それと自分の誕生日を祝おうと、赤ワインを2本!とヨガマットも持参したのである。
機内持ち込みケースも空っぽだったけど、空港でウィスキーを2本買い、ミネラルウォーターを一杯買ったら、結構な重量に。機内に乗り込む前に手荷物の重量チェックがあって、私のケースは15キロあったので、超過料金を払え、とエアインディアの傲慢な係員に言われたので、あー、水なんで捨てますわ、とケースを開けた。


ところで私は空港でビールを2杯飲んで、出発を待ってたけど、深夜便だったんで、すっかりベンチで寝ていたのだね。はっと眼が覚めたら、ほとんどの乗客が搭乗済だったのだ。そんな押し詰まった時間に、のろのろとケースを開けた私。若い従業員が「水?」そう、水だよ、というと、「あー、水は持って行っていいから。」と言い出し、そのまま機内へ。
小汚いエアインディアで里帰り低所得労働者に交じった私は、座席についた途端、ぐっすり寝込んで、チェンナイに着陸するまで爆睡していたのである。



そうそう、寺院の周り。なんつうか、なんとも言えない風景。ちょっと別の世界みたいだ。ずっと昔にタイムスリップしたような、そんな感覚。事前に人気のレストランを何気にチェックしておいた。テキトーに寺院の近所を歩いてたら、ランキング上位のレストランがあった。迷わず入店。





わー。シンプル!寺院の近所のせいか何なのか、レストラン、というより食堂は全てベジタリアンでござんした。ちょっと清潔といえないこの環境で、普段から食しない肉食などめっそうもない!感じ。魚も、この辺は海から遠いし、冷蔵輸送技術があるようにも見えないのでパス。つうか、魚メニュがあるレストランなんてたぶん、無いんだと思う。
なかなかに美味しかったので満足。お値段も100ルピー。(60円)それなりに清潔ではあった。このあたりの街の「清潔さ」って、隅々までキレイに掃きこまれている、ということでございます。

これは私の大好物、ポンガルでございます。南インドおじや。毎日食えるライトさがいい。





私は荒物屋でプレッシャークッカーと壺を購入し、ドバイまで持ち帰り仕事で使おう、と思ったのであった。ちなみにプレッシャークッカーは、ドバイの⒑分の一価格。驚愕でござんした。購入した5リットルの圧力鍋は、600円くらい(爆)これが、私のインド人コックが好むシンプルなアルミ製。最近の機能が多少ついたやつは、インド人コックは取り扱いがわからないのであった(笑)



さて。
なかなかいい写真が取れなかったのだが。
私が一番印象に残ったインドは、その「混沌を飲み込む何か」が存在する、という事実。無法地帯(笑)かも知れない、ある意味。インド人の口癖に「ノー・プロブレム」つうのがあって、これを聞くたびに、非常に不愉快になるのだ(笑)だいたい、インド人がノー・プロブレム、つう状態は、既に問題が悪化していたり、私の意図に全く沿ってない場合が多いからだ。
「ちょっと、どーなってんのよ?注文通りになってないじゃないの?」と意気込んでたたみかけると、100%「ノー・プロブレム」という返答が返ってくる。
「おい!プロブレムがあるからコンプレしてんだ、ちゅうの!」なーんてインド人相手に怒鳴っても、何の解決にもならないのである。


アラブ人の「インシュ・アッラー(神のお導きがあれば)」とインド人の「ノー・プロブレム」日本人の「大変申し訳ございません。(だいたい、このフレーズから相手の懐柔戦術が始まるからだ。だいたい、申し訳無いって全然思ってないのが伝わってくるもんね。)が、聞くとイラっとする言葉である。



そんなノー・プロブレムの国は、ほんとにノー・プロブレムでござんしたwww まあ、ティルバナマライがヒンドゥーの聖地であるからなのかもだが(変な日本語...)サドウがいーっぱいいたのである。ネパールにもちょろっとは存在したが、サドウは、私の滞在した高級リゾートのそばの幹線道路わきに、いっぱい住んでいたのである。



サドウは、世捨て人なので、基本、托鉢の鉢とオレンジ色の布一枚しか持たないらしい。確かに、出で立ちはそんな感じ。物を持たないので、家に住んでいない。路上に住んでいるのだ。食事は日に1回、無料の施しがやってくるみたいだ。何してる風でもなく、たむろする大勢のサドウは、ちょっと接近したくない感じ。
私が徒歩でホテルから出なかった理由は、このサドウ・ストリートのため。ちょっと歩けないよ。サドウだらけの道。





幹線道路は結構広い。んで、この辺は貧乏なのか何か、あまり車が走ってない。庶民の足は徒歩かバイク。バイクがとても多かった。まだヘルメットなど着用してない。私がみた限り、この街の人の2割程度は、裸足、である。これには、さすがに驚きました。まあ、他の人も靴は履かず、「チャッパル」と呼ばれるゴム草履が一般的なので、裸足もゴム草履もインド的には大差ないのかもだ。




その結構広い幹線道路の脇にはサドウが住み着き、ゴロゴロ横たわっていたり、ぼーっと座り込んでいる。
その脇をぶっ飛ばして通り過ぎるバイクの群れ。
時折、のっしのっしと痩せた牛が道路を歩いている。
役用の牛の角は、なぜか青く塗られてるのがおおかった。
牛に荷車を引かせて運搬してるのも多かった。
そして、横たわるサドウの合間を、野生のおサルが走り周る。
乗用車はほとんど通らず、
時々見かける、長距離のトラックもすんごく古くて、なんかカラフルなペンキ装飾が施されてる。
西洋人のサドウもいた。「この人、ビザ、どうしてるんだろう?」なんて事を咄嗟に思う自分。どうしてもプラクティカルな発想が優先してしまうのう。
大木に囲まれ、とてもきれいな葉っぱのトンネルで囲まれた幹線道路。そこに、私は何でも飲み込むインドを見た気がした。



だいたい。
今時、幹線道路を牛が歩いてたり、
住所不定無職の人がいっぱいゴロゴロしていたり
そんな人に毎日、食事を提供する篤志家もちゃんといて、
裸足で普通に歩いてる人がいて
野猿がぴょんぴょん飛び跳ねてるとこなんて、
そうそう無いよ。
人里離れた場所ならともかく、これ、市内の話なんである。
いやー、すげーなー。。。
その懐の大きさ、というか、ほんとにノー・プロブレムなんだな、という現実に、思わず自分でも口走ってしまった。



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