ホワイトのお部屋

日本画を描く日々の悩みや喜び

妬み心

2017-06-19 11:55:08 | 日記

国吉の絵はいつまで見ていても飽きない。こんな絵が描けたら死んでもいい。そう思う絵が何点かあるが、到底描けるはずがないから、しぶとく生きている(笑)

 日本画を描いてきた中でのことであるけれど、振り返って見るのに、私は今まで実力以上の評価、あるいは結果を受けて来たように思う。だから妬みを受けることも多く、大人げないような苛め、陰口も受けてきた。
極力気にしないようにしてきたのであるが、何故妬み心は起こるのか考えてみたい。
かく言う私自身妬み心が起きないかと言えば、残念ながら人を妬むことはある。どういう場合に妬む心が起きるのか。自分より文句なしに優れている(自分がそう思える)人に対しては、最初からシャッポを脱いでいるから妬み心は起きない。
自分と同等か、以下かと思う人が(それはあくまで自分の判断であり、客観的なものではないが)大きな評価を受け、公募展などで入選したり賞をもらったりすると、面白くない感情がわき起こり、苦しむ。そんなことは、愚かなことだと理屈ではわかっていても、弱き人間のつらいところだ。
そんな場合、苛めたり悪口をいったりするのは、まったくもって愚かなことで、ほとんどの人は、自分の中で解決させている。

県展での話であるが、初めて大きな賞を頂いた時に、「あの人は、本当は下手なのに、〇〇先生(その時審査員だった)が贔屓したのだ」という声が聞こえてきた。〇〇先生が私を贔屓したのかどうかは知る由もないが、自分の絵が大きな賞に値しているかどうかと言えば、未熟さが目につき、展示されているのを恥ずかしくてまともに見られなかったのは事実だった。
その時私は思った。もうなってしまったことは仕方がないから、次には誰もが認めてくれるように、もっともっと努力しようと。
そもそもアートの世界では、どんなに努力しても天性のひらめきを持っている人には歯が立たない部分があるのは否めないが、努力を重ねれば、ある程度は結果も得られると信じていこうと。

すでに七十歳を超えた今、先が見えている。自分の限界も感じないわけにはいかない。体力も落ちて来た。
このほど日展会友にしていただいたけれど、それにふさわしい実力があるかどうかと言えば、やはり残念ながら及びもつかない。だから、相変わらず無駄な抵抗かもしれなくても、努力する以外にない。
それにしても、私に残されている時間はどれくらいなのだろうか。


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4 コメント

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重い言葉 (タカチャン)
2017-06-19 22:43:33
久々のコメントです、ブログはいつも拝見しています。
この問題は中々難しい、永遠のテーマに思えます。
生き方の問題ですので、色々あると思いますが、
日頃から、自分自身に嘘をつかない、不器用でも誠実な生き方を心がけているつもりです。

残された時間、誰にも分かりません。
分からないからいいのでは?
いろいろ (福井美和)
2017-06-20 07:52:53
いろいろありますが、とりあえず今は「日本は戦争中ではないので、好きな絵が描けるんだ」と思っています。
いろいろあったから、私は今の西崎先生に出会えて、すてきな絵を拝見できて、幸せだなぁと思っています❣️
生き方 (ほわいと)
2017-06-20 09:42:44
タカチャンさん、コメントありがとうございます。
「こう生きたい」と願っていても、なかなか思い通りに出来ないのを情けなく思うことが多くて・・・反省ばかりしています。最近、身近な方で、しかも私よりも若い方が亡くなられることが続いて、今まで以上に残された時間を考えるようになりました。
いろいろ (ほわいと)
2017-06-20 09:47:40
福井さん、コメントありがとうございます。
いろいろ・・・実は私も絵以外にもいろいろありました。人間、そういうことを一つ一つ乗り越えながら生きていかなければならないんですよねー。
私も絵が描ける幸せを思わないことはありません。これからもよろしくお願いいたします。

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