考えごとの家日記。

一人暮らしのつもりの考えごとの家が8年経って一気に三人暮らしに?そして今や4人暮らし!?

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タターガタ市での立体着せ替えハウス

2016-04-18 08:40:06 | 建築

 

淀江市の大正蔵でタターガタ市なる手作りマーケットが4/24あります。

そこに、今回は建築で出店しようと、T*Oで取り組む立体着せ替えハウスのポストカード版をひっさげていきます。小さいカードですが、1/100で結構いろんな形で家づくりが楽しめる模型キットです。その場でも指導しながら制作もできる場所を設けます。お子様と模型キットづくりを楽しんでもらってはいかがでしょうか?もちろん、購入いただき、おうちでゆっくり家づくりを楽しんでいただいても結構です。子どもとのコミュニケーションにもなります。

ちなみに真剣に自宅の計画など考えてらっしゃる方には、プロの建築家がアドバイスもいたします。よろしければお気軽にお声かけください~。

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だれも知らない建築のはなし(まちトークvol.8)

2015-09-27 04:58:25 | 建築

米子建築塾のまちトークvol.8で、建築の映画「だれも知らない建築のはなし」上映と石山監督さんとのトークを行いました。この映画は、建築関係の方はご存知かもしれないですが、2014年度のベネチアビエンナーレ国際建築展の日本館の展示の中で紹介するためにつくられた映像で、それを一般上映用に再編集され、この5月から全国20カ所ほどで上映されているものです。

今回の東京オリンピック新国立競技場問題と時期が重なったこともあり、一般の建築への関心への高まりもあってか、監督さん自身もこんなに長く上映することになるとは思ってなかったとのことですが、今回のまちトーク自身、最大級の参加者だったと思われます。

100名の劇場がほぼ満杯になるという。。この映画の力もですが、最近の社会の中での建築への関心の高さを感じました。もちろん、参加者はほぼ建築関係者ではありましたが、これまで来られなかったような方々も結構いらしたと思います。それに、もちろん建築以外のアートや映画や農家?の方も。

実は、前日に米子高専の学生向けにも上映して、石山監督さんにもそこからお越しいただけたので、いろんな話をさせてもらいましたが、学生にとっても、今回のまちトークでも、本当によい話をいただけたと思いました。

さて、映画の中身ですが、日本の建築家、磯崎さん、安藤さん、伊東さんは、誰もがみとめる現在のトップアーキテクト。それ以外に、海外はレム・コールハース、ピーター・アイゼンマン、チャールズ・ジェンクスと、建築家もいれば、ポスト・モダンという建築言語で世界にブームを巻き起こした建築理論家も。また、日本から世界に発信されていた雑誌、a+uとGAの雑誌編集者、中村さんと二川さんなど、日本の建築家が70年代から現在に至るまで小住宅からはじまり、現在に至るまでの活動やそこで世界の建築界へどういう伝わり方をして、現在それぞれどんな思いで。。というあたりの建築家たちの本音や、相手の批評(批判)など。。世界的な評価を得る伊東さんでさえ、日本の社会でそれが何の役にたっているのか、自分のことなんて認めてもらえてないという苦悩をもらされたり。安藤さんも、自分は建築界から排除されていると。それでも、国に対して、教育や建築業界の構造がまちがっていると指摘したり。。伊東さんも、国がこんなにも暴力的に地方都市をあやつり、建築行政もあやつっているのかというくだりなど。。本当にもういろいろ共感もしたり、自分はまだまだ何もできてないとか。。建築の無力感を同時に思ったり。でも、だからこそ、やれることはいっぱいあって、もっとアイデアを出して、何か建築物というアウトプットではないかもしれないけれど、建築のもつ力をいろんな形で社会に反映させていきたいなと思ったアツい二日間でした。。

最近、悩んでしんどいこともいろいろありましたが、元気ももらえた二日間でした。石山監督ありがとうございました!

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国立競技場にみる公共施設のつくられ方

2015-08-01 02:32:18 | 建築

最近の国立競技場さわぎで、公共施設のデザインの決め方、施設内容の決め方、建築家の仕事は見た目をつくるだけでお金は関係なしなのか?とか、審査委員はどうやって決めてどこまで責任をもつものかとか、そもそもこういう公共施設は誰がリーダー(事業主体)でどんなチーム(検討会?)で相談してつくっていくべきものなのかなど。。一般市民に大変不可解に映っていると思われます。

米子でも現在米子駅の南北自由通路等整備事業がこれまでになく、また今後もないであろうビックプロジェクトとして進行中なので、同様な目線で眺めています。

いや、黙っていたら税金の無駄使い的につまらないお金の使い方になりそうなので、なんとかもの申していけたらと動いています。公共施設のつくられ方は、結局誰がどんな人たちとどんな手法で意見をとりまとめ、デザインしていくか。。というそのプロセスこそが大切であり。。結果のデザインはプロセスが間違っていなければついてくるものだと考えます。そこで、どんなやり方でデザインプロセスをデザインしたらよいのか。。そこはまだ模索中ですが、何人かの共有できる方々と検討を重ねています。

さて、米子駅の南北自由通路等整備事業はみなさんご存知ですか?また関心がありますでしょうか?まあ、私のブログをもはや見てる人がさて、何人いらっしゃるかわからない中でこんなことを書いても発信力は少なすぎるのですが、ひとまず現段階ではこちらに書くのみとしておきます。

このまま進めば、来年度詳細設計して平成29年度には確か工事でしたっけ。それで、今年度中に基本的なプランは確定される予定です。ここで決まってしまう前に、本当にそれでいいの?と問いかけられるようにしなければ。。国立競技場もマスコミが騒いだことで、まさかの白紙から考え直すということになりましたが。。そこまでしないまでも、よりよい内容になるように、多くの方の知恵を結集し、より多くの市民が喜ぶものにしたいと思います。

でないと50億円以上もの現在試算がされていますが、米子市でこれまでに大きな公共施設の工事が公会堂の改修がありましたが。。それでも13億円?図書館美術館でもそんなものです。なんとか税金をよりよい形が使ってもらいたいものです。

今回のプロジェクトの一番大きなところは「駅の南北を自由通路でつなぐ」ということです。それがあるから、補助金もおりるし、駅も半橋上駅になるし、駅ビルが取り壊され新駅ビルができるかも?ということです。でもそもそも駅の南と北をつなぐ必要がありますか?という意見もあるかと思います。今の駅を見ていて、そんな50億円もかけてつなぐなら、他のことに使った方がいいよねとも言えます。

ただ、JR山陰の支社を米子駅にできるだけいてもらうためにも、鳥取県が待ったをかけて、米子市とJRと米子駅を盛り上げていこうやとなったようです。それはそれで悪くない話かもしれません。

ならば、南につなぐならこの際、例えば高速バス乗り場は南でもいいかもしれないとか。駐車場が北側にはあまりないので、南側にたくさんとれたらとか、行政機能も多少駅周辺にもってきて、駅機能アップを計ってもいいかもしれないとか。。そして、やっぱり駅は米子の顔だし、山陰の玄関口といっても過言ではない。それなりの顔づくりをしてほしいですよね。そして、米子の中心市街地を盛り上げるスタート地点としても機能するかもしれません。いろいろ野望が見えてきます。

同じような規模で北海道の岩見沢駅は西村浩さんがコンペで設計を勝ち取り、それから市民とJRとたくさんの設計プロセスを経て、魅力的な駅として誕生しています。しかも、事業費が30億円程度しかかかってない。。これは参考にしない手はありません。

他にも、敦賀駅交流施設は千葉学さんがデザイン監修に入り、デザイン検討委員会のようなものも立ち上がり、多様に検討されているようです。

また、設計プロセスの参考では、北本駅広場は設計者のアトリエワンのお二人の大学(筑波大と東工大)の学生たちが町の調査からはじまって、サイン計画やランドスケープデザイナーなど多様な専門家との検討なども行っているようです。

他にも、延岡駅もコミュニティデザイナーの山崎亮さんと、建築家の乾久美子さんが地元建築士会のメンバーと、テンプレートとなるスペースの模型を使った設計プロセスを展開しています。

いろいろ参考事例もわかってきていますが、米子駅の場合、まずは市民への周知と問題点の抽出、想定できるプラン(バリエーション)の方向性などを提示することがいいのかもしれません。これからフェイスブックなどでも情報発信していく予定です。

とりあえずは個人的なコメントとしてここに書いておきます。

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お母ちゃん大好き

2015-05-04 23:24:26 | 子育て

ブログ自体かなりほったらかしてますが、Facebookと違って、このぐらいのまとまった文章を書くことは、心の中や頭の中の整理にも役立ちます。

子育てと仕事で追われる日々の中で、このぐらいの文章を書く時間は、頭と心の休息にもなります。それでも、子育ては本当に楽になってきました。

昨年ぐらいから楽になったなあと実感してきましたが、それと同時にある種子育てに追われてきた自分の燃え尽き感のようなものも感じています。そう思うと、もっと子育てを楽しまなければと、先がどんどん短くなってくる子育てや子どもの成長の時間に焦りを感じます。

子育てで大変だった時は、もっと助けてくれよ、この大変さを共有してくれよと、旦那さんにも愚痴を言いまくったものですが、今は懐かしいものです。

時と空が小さい時で大変だったのは、とにかく兄弟ケンカが激しいこと。空は口が悪いし、時は腕力が強くて、殴る蹴る噛みつく。

それが、私の取り合いでケンカすること。。

(恥ずかしながら、母としてはありがたいことなんですが、ケンカが激しすぎて私は日々心がささくれてました)

それも、未だにあるにはあるんですが、それでもずいぶんましにはなりました。

空くんも小学校3年ですから、ずいぶん大人にはなってきました。それでも、時にわざとらしく見せつけるように私にすり寄ると、それを見た時がジェラシーで大泣きしてケンカに。

時は情熱的な男で、ホントに2、3歳の頃から、「おかあちゃん大好き!」と熱愛発言を連発してくれる子でした。空くんはシャイなクールボーイなので、あからさまには言わないものの、寝床で横にひっついてきては、「おかあちゃ~ん」と甘えてくる。どちらも本当にかわいい息子です。

こんな時間もさああと何年あるものかと思うと、いとおしい時間です。

空くんは9歳になったし、自立してしまうまでの折り返し地点にきてしまったなと思います。もしかして遠方の高専ならあと6年で家を離れることに。高専の寮に入ってくる学生の親を思うと、ホントになんとも言えません。私は寂しすぎてダメかもしれないです。まあ高専なら米子でいいと思いますが。

毎日毎日、なんてことない家族の時間を噛み締めています。

あらゆるすべてのものに感謝するばかりです。

 

 

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建築は記憶を映し出す鏡

2015-03-29 05:05:37 | 建築

「小さい頃に住んだ家。お気に入りの部屋。人は空間の中にそれぞれの記憶(思い出)をもっています。そこに生きてきた人々の記憶を映し出すものが建築とは言えないでしょうか。」(NHK総/建築は知っている ランドマークから見た戦後70年/2015.1.3放送より)

2年越しでようやく父の納骨を終え、天国の父も、母も兄も姉も私たちも、ほっとした気持ちです。その納骨のタイミングで、大阪の元実家の後の新居が工事後の引き渡しの日でした。何か偶然とは思えない因縁のようなものを感じました。

その場所は確かに私たちが過ごした家のある場所。でも全く知らないセンスのよい家が建っていると、もうそこには私たちの暮らした家での記憶は蘇ってきません。

しかし、偶然訪れたその時に、新しい家族の方もそこにいらして、突然で失礼かとは思いながらご挨拶しにいったら、覚えててくださり、笑顔で「中もよかったらご覧ください」と声をかけてくださいました。中ももちろんセンスよく申し分ない建物でした。広くとられたベランダから見える風景は、子どもの時に自分の部屋についてたベランダから見える風景と変わりないのも、なんとも不思議なものでした。

子どもの時から住んでいた家や、お気に入りの部屋はないが、その家の裏側にまわった時に見えた裏の擁壁はそのままで、そこにたたずむと昔そこにあった物干し場の記憶が蘇ってきました。建築や空間は、確かに私たちの記憶を映し出すものだと実感するのでした。

また、たまたま偶然でしょうがありがたいことに、表側に少しだけ私たちの家だった時の石垣が残っていて。。それも、私たちが確かにそこに居たことの証を残してくれたような気持ちになりました。

実家がなくなることは、父が亡くなったこと以上に自分の過去が消えていくような空しい気持ちもあります。家族の住む家とは、その期間、住むということだけでなく、家族にとってその後の人生においても確実に心の拠り所になっています。私は女だし、嫁いでしまえば、実家を離れるのは当然のことだけど、兄にとっては、父の想いを貫けなかったという悔しい気持ちもあるでしょう。

兄がその後通りかかったときに、自分たちが住んだ家の場所に、当たり前のように自分たちと違う人たちが出入りする様子を見て、なんとも言えない気持ちであったとメールしてきてました。

それでも大変よい方に住み継いでいただき、またそこに暖かい暮らしが継続されるなら大変ありがたいことです。今頃は、空き家になって廃墟になったとなると、そんな悲しいことはありません。

実家を失うこと。故郷を失うこと。

おそらく、東北大震災のことはそれどころではないことは十分に想像できます。

自分たちの子どもも同じように、この家、または新しい家での日々の記憶を映し出す鏡としてそれぞれの建築を見るのかもしれないと思うと、新居計画もまた力が入ります。

とにかく、早くつくってやらないと。

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インフルエンザで休暇

2015-01-22 04:37:24 | 生活
実は久々にインフルエンザにかかった模様です。子供も、年末クリスマス頃に空が、そして今回は時がかかりました。
一応毎年予防接種するんですけど。子供もかかるのは久しぶりかな。いや、はじめてかな?予防接種はしてもかかるもんだけど、やっとくと楽だからって言われるが。。
今回私がかかってみて、全然しんどかったんですけど。。予防接種しなければもっとしんどいってこと?
で、ネットで調べると、医学の専門家とかが、インフルの予防接種は意味ないとか、害さえあるようなことが書かれてて、どちらにしても、かかったらすぐ医者にかかってタミフル飲めばいいんだし、予防接種は辞めようと思いました。
だって、子供は2回も行くから私といれたら1万円?!それももったいないが、何より注射を嫌がる息子を騙して、忙しい中日程調整して注射に行くこと事態が大変!(しかも私がかかってる医者は予約のHPがわかりにくくて、受付の人も対応悪く、何かと面倒。。)予防接種してもかかっちゃうわけだから、かからないように、マスクと手洗いを徹底させ、かかったらいち早く医者にかかることですね。と、思いました。
この仕切りのない狭い家なんで、家族でうつらないようには、全員マスクはもちろん、食事や歯磨きなど、唾液がうつらないよう細心の注意を払います。
空のときは、それで広がらずによかったねえと言ってたら、時がかかって、私が少し油断して、私はマスクせずに時の隣でいつものように寝たら、一晩で感染しました。いつものように仕事してたら、午後ぐらいから、あれ?なんか体調悪い?ちょっと節々が痛いかな。。と。
気になって、夕方医者に行こうと熱を測ってみたら、38.0℃?!え?こんなに熱あったの?医者では、まだ鼻も咳も症状が早いと検査しても反応でないしと、何やら呪いのような、小さなかっけを調べる小さなトンカチみたいなものを手首や足首に何回も押し当てながら、脈をみたり。。って診察が、さあ、100回以上の5分以上?されて、インフルエンザでしょうなって。。何してんの?って頭の中でぐるぐるしてましたが、終わってから、検査以外にこれで調べる方法もありまして。。って説明だが、何をみてたのか、非常に怪しげでした。それで、インフルの薬も処方いただきましたが、タミフルじゃなく、イナビルとかいう吸入するタイプの薬でした。最初一回だけ飲めばいいらしく、子供もこれなら嫌がらずにすみそうだなと思いました。調べると、副作用が少なく5歳の子供から妊婦まで服用できるとか。まずくて嫌がる時もこれにしてほしかった。
あとは、マオウトウ?って漢方を処方され、昔はこれだけでもよかったけどねとのことでした。そこの医者は漢方好きで、何かと漢方を処方されます。私もどちらかというと漢方の方がいいので、それはいいと思います。
それでイナビルは医者で早速飲み、家に帰って即座に寝込みました。
旦那もびっくりして、マジ?って感じでしたが、時をおばあちゃん家に迎えに行って、それから自分と空の分はカルボナーラを作って食べさせてくれてました。私は身体中が痛くてしんどくて、頭もめちゃくちゃ痛くて。。とにかく休みたく、晩御飯は食べず。お茶とみかんだけ。夜中まで38.7℃まで上がりましたが、朝方には37℃代にさがり。。でもまだ頭の痛みとしんどさはぬけず。
翌日は、おばあちゃんも連続で時をみるのは疲れるし、どうせ私も休むし、旦那も家にいるから、家で時とお休みしました。ただ、時は熱が下がって元気になってて、私と遊びたくて、何かと相手が疲れました。それでも優しい時は、私が寝てるのをみて、「お母ちゃん大丈夫?ゆっくり休んでね!」と一番に声かけてくれました!しかしその直後には、「お母ちゃん!トランプやろ!」って、「ごめんね。しんどいから、明日元気になったらやろうね。」って言ったら、「うん!わかった。明日朝やろう!」って、まあ、自分のいいように決めつけてる悪気のない時でした。
一方、空くんは、大丈夫?とかあからさまに聞いてきたり、優しい言葉をかけたりはしないものの、意外と細かいところまで気がついてて、さりげなく「ほら時はマスクはずれてる。」とか、気をつけてくれます。
そして、1日時をどうやって面倒みようかと思いましたが、まずは一人1Fに残し好きなテレビをつけてみてもらいました。が、怖がりな時くんは、「お母ちゃ~ん。お母ちゃんも来てよう。僕一人怖いよ~。」って。「すぐ上にいるから大丈夫だよ!ほら、声聞こえるでしょ。」と、声かけたものの、「ねえ、お願い~。下に来て~。」と、何度かやりとりしたものの、ダメダメくんでした。
時から、「下のソファで寝てよ~。それでも休めるでしょ~。」と提案され、仕方なしに降りました。そしたら、時がそのソファにすでに横になってて、いらっしゃいとばかりに手を広げて待ってました(笑)本当にかわいい奴です。
それで、私もできるだけ休みたいので、布団も持っており、ソファに布団かけて、母は休むよをアピールしました。
時は私が降りたら安心し、テレビをみて、最初は比較的手がかからなかったですが、あまり長いこと見せるのもいけないし、時もあきてきて、遊ぼうってなったので、私もいろいろ提案しました。昨日からやりたかったトランプは実は朝一でやっぱりやらされ、まあ朝起きたついでに一回だけしましたが、お互い一枚ずつだし、数字が大きかった方の勝ち!って単純なものだったので、私も楽でした。その後はお父ちゃんとやってみたら、と旦那にふり何度かやってもらいました。日中は、しまじろうの勉強するって自らワークやったり、ドーナツ屋さんごっこしたり、たい焼き屋さんごっこしたり、(時はごっこ遊びが好き?戦いごっこも含めて)、またトランプもしたり。このあたりまではソファに横になった状態で対応できましたが、その後だんだんやることなくなってきて、ゲームしたいがはじまったので、お兄ちゃん帰ってくるまで待ってねとうながし、パズルを出してやりました。時はとにかく古典的な遊びを空よりはしてないので、意識して、その機会を与えてやらないといけないなと感じでいます。
はじめはパズルぼく知らないってぐらい、興味なさそうでしたが、私が楽しそうに、ここじゃないとか少し置いてやると、時も自分で見つけて「あ、ここだ!」って置き始め、だんだん夢中になってやりました。よしよしこの調子と、もう一つパズルだしてやり、それもいい調子でできました。が、パズルは、さすがに私も起きて相手したので、疲れたわ~と、その後は、またテレビみよっかと誘い、ゆっくりさせてもらいました。
そうこうするうち、今日は空もなかよし学級(学童)行かなくていいよとしたので、喜んで3時半には帰ってきました。
時も大分飽きてたので、お兄ちゃんの帰りを喜んで、「あ、空くん!お帰り!」と、鍵開けもしてもらいました。
専業主婦なら、こんな日常を過ごせるんだなあと、この日の時間をじっくり噛み締めました。空くんは帰るなり、宿題して、その代わりできたら、今日は特別に、その後ゲームしてもいいよとしました。いつもは6時すぎに帰るから、晩御飯食べてお風呂も入った後にゲーム時間にしています。
二人がゲームに集中しはじめたので、私はまた上にあがりゆっくり寝かしてもらいました。
夕ご飯はまた旦那さんが、買い物からしてくれ、私と時のインフル組は焼きサケと味噌汁。空と旦那さんは回鍋肉を。
普段使い慣れてないので、調味料の場所や、味噌汁の作り方ぐらいは指示しましたが、基本一人でやってくれました。
今回は、本当にかなり助かりました。ありがたや。
普段もちょいちょいやってくれたらもっと嬉しいんだけどと思いました。
そんなこんなで、1日経って、体は大分楽になり、熱も37℃くらいまで下がってきました。頭の痛みがしつこくて、あともうちょっと?食欲もなかったが、作ってもらった晩御飯もその時は食べられなかったが、夜遅くにお腹空いてきて、半分くらい食べました。
今日は、空も時も9時すぎにすんなり寝てくれ、私もゆっくりの時間を過ごしたいのもあり、こっそり起き出し、下でテレビみてる旦那さんとこへ。なんかたまたまやってた「残念な夫」とかドラマが面白そうだったので、旦那さんと見ました。旦那さんは、共感するんじゃない?とバツが悪そうでしたが、確かにあるあると何度も指摘しちゃいました。まあでも今日は、残念じゃなく「ありがたい夫」でしたよと、ここにフォローしておきます。たまには褒めないとね。バチ当たりますよね。
明日、いや今日には、もう熱も下がって楽になるでしょう。職場には出られないけど、仕事がたまるので、家で仕事です。何より卒業研究の締め切り前で、学生の指導がやばいのですが、今時、メールと、LINEと、ドロップボックスで、データやりとりしつつ、かなり遠隔指導はやりやすいです。あと、私には研究補助員という手伝ってもらってる卒業生がいるので、彼女にも大変助かってます。
私の子育て介護状態で、全国から高専の女性教員10名ほどしかついてないのですが、私の場合は、19時間/週つけてもらってるので、3日/週来てもらってます。建築設計施工の実務のキャリアも10年近く経験されてるし、もともとしっかり者で、仕事もテキパキ!また主婦の気持ちもわかってもらえるので、気持ちも共有しやすくそれもありがたい。
と、今年一年彼女に助けられました。
来年も、つけてもらえるといいなあ。たぶん子供の年齢があがるから、子育て状況は下がるし、介護状態も母の入院が減ったので、こちらも判定下がるかな。でも、何時間かは、つけてもらえるかと期待してますが。。仕事の在り方としても、残業する人減らして、パートでもいいから、多くの人で仕事を分け合うシェア型が、理想的な社会を作りやすいと思います。10年以上前にオランダで展示があった時、担当の日本人女性が言ってましたが、オランダはそのような働き方なので、5時になったらみんな帰っちゃうと。展覧会のオープン前とか、日本なら遅くまでやっちゃいそうですけど。
たまの残業はいいとしても、日本のサラリーマンの恒常的に11時12時まで残業するというのは、どう考えても、本人の体にもよくないし、家庭のためにも、社会のためにもよくないと思います。
私も1人者の時は毎日遅かったですが、子育てしてみて、ありえないなと思いました。子供のためにはせめて夕ご飯の6時までには帰ってやらないと。当たり前に子供を育てられる環境を作ってないから、子供も減ってきてるんだと思います。社会のせいです。はやく子育てしやすい環境を整備しないと、少子化は食い止められないですね。ましてや、最近の女性を仕事に生かすとかの戦略をまじで進めるなら、なおのこと、みんな残業しないで、当たり前にお父さんもお母さんも子育てにじっくり関われるようにしないと。待機児童をなくすなんて当たり前で、我々保育園に世話になったけど、その上、残業や休日出勤なしでなんとか回せるが、簡単に休日勤務とか入れられても、保育園休みなら、どちらかが休まないといけなかったり。。うちはおじいちゃんおばあちゃんが元気だったから頼めるけど、これからますます介護も増えることも考えると、まじで社会全体のワークライフバランスを考えないと、すぐに立ち行かなくなると思います。
安倍総理か、少子化対策関係のお役人にいろいろ現場の声として言いたいですよ。
長くなりましたが、このぐらいにしておきましょう。最近、この手の愚痴が溜まってます。職場の高専の動きも、全くもってナンセンスきわまりないことだらけ。何のための高専か?本来の技術者を育てるという地域のニーズを忘れて、お上(文部科学省)の言われることに振り回されてるんじゃないですか?って思います。またこの辺の話は長くなるのでこの辺で失礼します。愚痴っぽくてすいません。
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人生について

2014-12-15 04:27:49 | 生活

いささか重たいタイトルで、久々に書いてみようと思います。

私も米子高専に勤めて18年が経とうとしていて、残りの退職までも18年?いや、17年と少し?と米子での仕事人生が半分過ぎたとも言えるし、まだあと同じだけも働かないといけないのかとも思います。高専は63歳が定年ですから。。
そうかと思えば、私たちが辞めるころには、定年67歳ですよとか言われたりして。。いやいや、そんな歳まで働けません。
最近、歳をとったなあと感じることが、本当に多くなりましたが、実際歳をとってきたからしょうがないのですが、それにしても、昔みたいに、頭で思うように仕事がサクサク片付けられなかったり、やる気がでなかったり。ひどくなると、負のスパイラルで、心が病んできて仕事辞めたくなったり。。
今は、少し気分が晴れてて、まあそんな時もあるわぐらいに思えてるから、あえてこんな感じで書けてますが、これも歳かもなあと思ったり。


今まで米子という未知の地方都市に来て、高専で18年勤めてる間に、地方都市はさらに加速度的に、少子高齢化が進み、学校における子供の獲得合戦はますます大変だわ、街中に出ても、人はいないし、居ても高齢者ばっかり。。
それでたまに出張で東京なんか行った時に、ピカピカのビルやショップやたくさんの人々を体感するたび、なんか空々しい気持ちにどんどんなっている自分がいてて、地方都市を知らない東京の人々になんか訴えたい気持ちになります。

特に東京オリンピックが決まった時に、そんなに浮かれてて大丈夫かよと思ったけど、実際オリンピック景気か建築の仕事も増えてて、米子高専の求人も最近でももっとも良いのではと思いますが、だからこそ、日本全体として、地方都市が置き去りにされてる感がますますあって、高専なんてものが地方都市の集まりみたいなものだから、東京中心の政治や経済にますます疎外感とか虚無感とか感じています。今回の選挙でも、経済を立て直そう!とか言われても、いやもう経済とかどうでもいいやんと思ったり。それよりいかに日本の将来をどうsるか?少子化とか。。原発も結局再稼働ですか?とか。。子どもを持つ親としては、30年後、50年後ぐらいの将来までを真剣に考えてもらわないと困りますよね。
だからこそというか、地方都市の代表みたいな高専の存在ががんばって日本を引っ張るぐらいの気概でいかないといけないと思いつつ、さてどうすればよいものか?中途半端に歳とった自分では、何ができるのか悶々とします。

実は今日、高専の女性研究者研究集会とやらがあり、全国から女性教員などが80名ぐらい集まって、研究発表やら、シンポジウムなど。
午前中、女性研究センター?の理事の方が、日本は女性の就業率が世界で100位以下とかなり低く、幹部や役員の女性比率など最も低いんですって。
以前から聞いてはいたが、改めてほんと仕事は男社会だし(高専とか特に)、何かと男性の発想だよなあと思います。だいたい女性だけでこんなとこに集めたところで、何の解決策にもならないし、それが男性の発想やねんと思います。
とにかくどんどん幹部に女性いれて、発言力もたせないと、いつまでたっても男の発想な仕事環境しかできず、結局女が家事や育児の大半を押し付けられたりして、泣く泣く仕事する羽目に陥ります。
今日の発表でも、無理して子育てされてきたスーパーウーマンの方がいらしたけど、そんな特殊事例紹介されても、ますます若手女性教員は疲弊するだけだし。普通に六時までに帰って、子育ても家事も男性とも分担して、子供いる人も居ない人もみんなでいろんなところの子供を育てようぐらいにしていかないと、少子化は食い止められないですよね。本当に。
私も最近になって、下の子が先日5才になりましたが、ようやく出張も行きやすくなりましたし、子育て部分は、大分楽になってきました。
それでも、夕方子供たちにご飯の用意してと思うと5時半ダッシュで帰らないといけないのは変わりなく、週末もほぼ仕事はできないですね。
それでも、私は近くにおじいちゃんおばあちゃんが元気で子育ても協力してくれるから成り立ってますが、協力者が居ない人もたくさんいると思うと、そういうこと前提で仕事できる世の中にしないとやっぱりダメですよね。
また、さらに介護の必要な親がいて、そこでも時間が取られるとなるとますます働けなくなりますね。
私は昨年、実母の入院と、障がい者の姉をどうするか問題とか、実家引越しがあって、それでも兄貴がほとんどの手続きはやってくれて結局兄貴の近くに二人を引っ越しするなど現在は兄貴たちに任せているから、私はなんとかできましたが、兄貴がいなかったらと思うとぞっとします。。

昨年は仕事も大きなイベント仕事も抱えてたし、本当に大変でした。
で、少しゆっくり物事考えたり、ゆったり仕事しないなあと思います。

あと、最後に宣言しておきます。今年こそ、いや、来年こそ、新居建てます。
今の家での子育てはとっくに限界。
空くんが小学校にあがる段階で、子供の環境も整備してやらないと、落ち着いて勉強どころが、遊ぶことさえままならないです。
親の二人が建築の仕事してるのに、こんなに落ち着かない環境で過ごさせているのが申し訳なさすぎて。。本当に私の心の環境のためにも、早く建てたいです。
旦那にも、私の誕生日プレゼント何がいい?と聞かれたけど、「一刻も早く新居」と答えました。
もう、何案目かわからないぐらいつくってますが、昨日作った案ならどうだと旦那にメールしたが、イマイチ早く作ろうという気もないのか、まだピンとこないとか言われるし。ならば、ピンとくる案だしてください!

まあでも、フォローしておくと、子どもが一応元気でいてくれて、家族がいて、仕事もできるのは本当にありがたいと思わないといけないなあとも思います。

歳をとると、本当にいろいろ大変なことも、大変な人にも出会います。世の中そんなに思うようには行かないし、人生の残りが短くなった今だからこそ、たくさんの人やことに感謝して、悔いのないように過ごしていかないといけないなあとも思います。

みなさん、よいお年を。

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AIR475(エアヨナゴ)2014 いよいよはじまります!

2014-10-07 01:07:12 | 建築

前回AIR475のことをさらりと紹介しましたが、ようやくチラシができました!(って遅くなってすいません。9月末頃にはできてましたが、その後配布やら高専授業もはじまり、とてもブログに書くまでの余裕なんてものはなく。。)

チラシは昨年のデザインを踏襲し、同じくオオモリデザインさんに。写真はカメラのカヤノさんに。頼もしいお二人です。そして、オモテの写真は、わかりますよね。末次太陽堂さんの内部吹き抜け写真です!この場が今回のAIR475を象徴する写真ですね。

この場所があったから今年のAIRができたようなもの。そして、原さんが米子の中心市街地、商店街は、江戸から明治、大正、昭和、平成と各時代のものがすべて残っていて体験できると。このお店も同じく表は昭和、中に入ってみると大正、明治と古い時代のものが現れて、大変おもしろい空間体験ができます。

今回、AIR475の展示で使わせていただきますが、今後もよい形でこういうオルタナティブスペースとして、いろんな可能性のある場所に使われるといいなと思います。そのきっかけとしても、今回の展示会場としては、確実にアピールできるものをつくらなければと少々力みます。でも、よい機会をいただいたと思います。

また、世界を相手に仕事されるアーティストやキュレーターの仕事ぶりというのも、ほんの一端ですが、一緒に仕事させてもらい、なるほどなあと関心させられます。

米子市長との対談話もキュレーターの原さんからのアイデアでしたが。。なるほど、そういう方法があるのか!と思った次第です。別にアートだからとアート関係者ばかりを相手にする必要はなく、一般市民こそが何それ?と興味をもつような事柄にもっていって、例えば米子の町の将来みたいなことに話が発展すると面白いですね。勉強させてもらいます!

というわけで、チラシには詳しく書いてないですが、10/13のプレイベントは実は米子市長とシンディ望月さんのスペシャル対談です!ぜひお越しください!

カナダと米子には深~い関係があるのです!ふふふ。その理由は来られてからのお楽しみ。

ということで、ぜひお越しくださいませ~!

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AIR475 2014

2014-09-04 21:57:16 | 建築

昨年から米子建築塾で取り組む鳥取県のアーティストインレジデンス事業「AIR475(エアヨナゴ)」が今年も始まりました。
今年は昨年の戸井田雄さん(熱海在住)に加えて、カナダからカーン・リーさんとシンディ・望月さん。さらにカナダからキュレーターの原万希子さんも。
今回いきなり海外からのアーティストをお迎えすることになり、急に視野が広がった感じがします。
また今回の展示や活動拠点は、昨年の名店街が解体されたため、同じ場所は使えず、しかしながら運良く近くの商店街空き店舗「旧末次太陽堂」を使わせていただけることに(^_^)
メガネや時計店だった空き店舗は、入ってみると、内部の奥に古い吹き抜け空間と天窓があり、表の昭和期から大正か江戸期へといざなわれる空間体験が。
カナダからの二人はここで作品をつくり展示する予定です。
また、戸井田さんは法勝寺商店街を越えて紺屋町商店街に入ったところの旧東京堂というシャッター奥の空き地で作品制作中です。今は一旦熱海に戻られましたが、また10月には制作再開します。
この米子の中心商店街をシャッターミュージアムとして10/17から11/3までの土日祝日だけオープンします!
その間にワークショップやイベント、ライブ、芸術学校などありますのでまた日時場所をチラシ等確認の上、ぜひお越しください。
また今回は、米子の魅力として、中海にもフィーチャーし、AIR475スペシャル加茂川中海クルーズや、中海湖岸湊山公園カーンプロジェクションピクニックなどもあります。中海は外から来られたカナダの方々にも大変魅力的に感じられたことと、バンクーバーにある港湾風景との類似点からも親近感をもたれたようです。
それから実はカナダと米子の深い繋がりとして、弓ヶ浜からカナダへたくさんの移民がいたことがあり、そんな歴史をもとに、日系人のシンディさんは作品も作られる予定です。
何か空間と時間を越えて、壮大な作品が見られるのではと期待しています。
ちなみに現在の野坂米子市長さんはカナダのバンクーバー総領事にいらしたこともあり、シンディさんと共通の知り合いがいたことなど、カナダ繋がりが広がっています。ちなみに中海カナダ協会というのもあります。
詳しいイベント内容は現在詳細チラシ作成中なので、少しお待ちください。

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米子建築塾 ◻︎x10展 と まちトーク vol.7 西村浩さん

2014-03-30 03:52:16 | 建築

米子建築塾では米子市美術館にて10周年記念の展示イベントを開催しています。



米子建築塾での活動紹介はもちろんのこと、メンバー10人の紹介として、1坪の木フレームを用いた個人の事務所(研究室)たる我々自身の仕事場を再現?!期間中、我々もここで仕事をしています。

作品という完成品だけを並べて見せるのではなく、仕事の姿勢だとか、仕事場を見せることで、我々の考えなどにも触れていただきたいという思いです。


昨日3/29は建築家、西村浩さんにお越しいただき、15時からギャラリートークもしました。

お客様が集まるか心配していましたが、結構集まり盛り上がりました。
ご来場いただいた方には本当にありがとうございました。

その後18時からは場所を変えてガイナックスシアターで、まちトークも。

西村浩さんは、建築家ですが、ある種コミュニティデザイナーのような活動?もされていて、建築を作るまでだけではなく、その建物をよりよく使い続けてもらうためのしくみづくりや、実際に使うためのアイデアなどにも取り組まれていたり、まちそのものをリノベーションするためのアイデアや社会実験など、米子の町にも参考になる話が満載でした。
北海道の岩見沢駅の設計はコンペで獲得された仕事とのことでしたが、駅から町を変えるとか、50年後までを見据えた遠投力のある設計とか、建築にからむ土木や、アートや、公園など、縦割り社会から、それらとつながりスキマを埋める活動が、これからはじめて日本が体験する人口減少社会として、発明していかないといけないなど、わかりやすく熱いお話でした。米子駅も南北一体化計画ぎあり、鉄道の町として、同様に考えていかなければならないし、大変参考になりました。
そして、大事なことは、思ったことは、まず行動に移して、とにかくやっていくこと。なかなか話を聞いてくれなくても、何度でも話にいくなど、あきらめてはいけないってことですね。

2時間越えのお話を一気に伺い、トークセッションの時間は短くなりましたが、質問もいろいろでてきて、盛り上がったと思いました。西村さんもありがとうございました。

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