ばばちゃんのおっちゃんの日本語の先生への道

日本語の先生になろうと一念発起いたしました。

その63 使用語彙と理解語彙

2016-08-28 15:37:52 | 6.私の感想・考え
使用語彙と理解語彙そして敬語

 NDSの日本語検定ソフトをやっていて、「使用語彙と理解語彙」と「敬語」と言うのに、随分意識させられました。
 要するに、レベルが上がるごとに、普段使わないが、理解できますよという言葉の割合が、どんどん、増えてまいります。
 ところが、リタイヤして実務や社会と疎遠になってまいりました我々老人は、理解語彙や敬語と接する機会も減少してまいりますので、その扱いが、随分、怪しくなってまいります。
 すなわち、私の頭から、日本語が消えつつあったり、私の日本語が錆びつつあったりして、使い物にならなくなっている部分が増えて行ったりしているのではないでしょうか。

 日本人としてのアイデンティティーは、容貌、メンタリティーも然ることながら、日本語が使えるということがその大部分を占めていると思います。うっかりしていますと、自分では強烈な日本人と思っていても、日本語も満足に使えない、希薄な、弱弱しい日本人になってしまいそうです。

 そのためかどうかわかりませんが・・・・・・
 現在、必死に、日本語教育検定の問題集をやっていますが、設問の日本文の中に、何を言っているのか、全く理解できないものが有ります。一般的な意味で理解しようとしますが、可成り偏った意味の使い方をしているようで、問題の方がおかしいのか、私の方がおかしいのか、実に困ったものです。

 特に、ノン・ネイティブの方に対して、受験者を振るい落とすための試験ではなく、もっとどんどん日本語の先生を志す人が増えるようなやり方を考えられないのでしょうかね。そもそも、学者を目指す人と先生を目指す人では、アプローチの仕方は、違っていて当たり前だと思いますが、出題者は、一体、何を考えているのでしょうか???????

 愚痴は、止めにして、取りあえずは受験勉強に邁進しなければ・・・・・・・・

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その62 上級者用教材

2016-08-25 07:15:52 | 6.私の感想・考え
上級者用教材
 既に一級の検定にパスしたり、パスしてなくてもそれと同じくらいの実力をお持ちの方も、日本語教室に参加されます。
 恐らくは、その辺のレベルから目指しておられる「日本語らしい日本語」に到達するためには、どんなプロセスで、どんな教材で、やればよいのかということになりますが、教える方も、教わる方も範囲が広過ぎ、やらねばならないことが多過ぎ、選択が難しいと思います。

 私が経験しました韓国語でも、中国語でも中級レベルになりますと、国内では、極端に教材が少なくなります。韓国には、中級の日本語学習テキストが有りましたので、それらを利用して、中級を目指しました。

 先日、講師から日本人用「日本語検定」のあることを教えていただきましたが、訓練用の適当なテキストが見つかりません。NDSにソフトがありましたが、一種類しかなく、内容もそれほど多くなさそうです。
 また、「日本文化を肯定的に捉えている方の方が、上達が早い」とも聞いております。そういう意味で、「日本語的なるもの」として、私の気の付いた点を本ブログで述べてみました。

 つい先日、「日本人の心がわかる日本語」という本を見つけ購入しました。
通常の文法書や単語帳の構成ではなく、日本人のマインドと、それを表現するときの言葉を結び付けた項目を、順次取り上げた構成になっていますので、日本文化から捉えて行こうとする学習者には、理解し易いのではないでしょうか。ルビが付いていますので、上級の学習者なら、ご自分で購入なさっても、十分役に立つと考えます。

 特に、第一章の「内と外を分ける」という項目は、日本語の言葉遣いの一番ベースに存在している課題であるにもかかわらず、日本人にとりましては、恰も空気のようなもので、あまりにも身近過ぎて、全く意識せず、ついついスルーしてしまいます。そういう点から取り上げられていますので、大いに考え方を参考にさせていただきたいと考えます。

目次を紹介いたします。

『日本人の心がわかる日本語』  森田六朗著
 日本語を学ぶ方たちへ/日本語を教える方たちへ
第一章 内と外を分ける
 内と外/世間/しつけ/けじめ/素直/甘える
第二章 他人の目を意識する
 人目/恥/照れる
第三章 周囲に配慮する
 遠慮/気をつかう/人並み/空気を読む
第四章 人間関係を大切にする
 つきあい/愛想/礼儀/本音と建前/おかげさま
第五章 表現を抑える
 控えめ/ほのめかす
第六章 精神主義を好む
が んばる/根性/無理/修行/武士道
第七章 日本人の価値観
 品/やまとなでしこ/派手・地味/いさぎよい/もったいない
コラムー日常の会話から
 ① いってらっしやい」-あいさつはとても大切
 ② なるほど」-相づちを打つ
 ③ ちょっと」-表現をやわらかく
 ④ すみません」-まず謝ることが大切




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誤用例集データベース

2016-08-18 05:52:34 | 4.ボランティア教師
誤用例集データベース

 ネットで検索していて、上記データベースを見つけました。どうぞご参考に!!
http://teramuradb.ninjal.ac.jp/db/#

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20160806

2016-08-08 04:40:07 | 7.私の日誌
日本語講座
 今日は、講師から学習者に対して、「どんどん発話させなさい」とのアドバイスでした。要するに彼らが頭に描いたイメージを、日本語で表現させることが、重要であるとのアドバイスです。
 そう言えば、私の勉強方法は、場面を想定して、使える短文を集め、暗唱していましたので、単なる会話集の会話でなく、私らしさのある会話をしていたと考えます。場面を想定し、「ご自分が、イメージしたものを言葉に変える」という訓練が大切なのかもしれません。
 無味乾燥な出来合いの会話パターンを使うのではなく、ご自身の持てるボキャブラリーを駆使して、自分らしい発話ができるように、仕向けていければ、いうことなしと考えます。

 ただ、駆け出しの我々の心配は、思い通りの回答を、なかなか、引き出せない時にどうするかという問題です。たとえ引き出せなくても、臨機応変に、出てきた回答と教えたい課題と、上手く結びつけることができるかどうかということで、恐らく、課題に対する深い認識と素早い頭の回転が有れば、あとは場数を踏むことが解決してくれるかもしれません。
 もう一つは、目的の回答をさせる話術のテクニックのようで、講師は、言い換えたり、「なぜ」「どうして」を多用して、強引に、思い通りのところへ持っていってるようなので、そういう、テクニック、ノウハウを身に着けたいものです。

 上級者に対して、今後どう方向付けをしてあげればよいのかと言う課題に対して、講師からの回答は、日本人のための「日本語検定」にトライしてはどうかとのアドバイスです。
 こんなのあるのですね!! しかし、どういう勉強の仕方をすればよいのでしょうか・・・・・・

 日本人が使う日本語の辞書を使いなさいとのことでした。英語で言いますと、英英辞書ということになります。

(追記)
 たまたま、TVで「日本語検定」と言うのをやっているのをみました。問題を解いてみますと、なんと、誤解、誤答の連続です。一般の方、ゲストの諸先生方も似たようなものです。
 ということは、日本人でも正しい日本語を使っている人は極めて少ないのではないでしょうか。
 要するに、ほとんどの日本人は、間違った日本語を使っているのです。
 「ボランティア日本語教師」を名乗っていますが、教える資格なんてないのではないでしょうか。
 実に、お恥ずかしい次第です。

 日本語が話せるから、正しい日本語を使っているなんて考えていますが、これは大きな間違いのようです。









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その61 ボランティア教師

2016-08-05 03:45:24 | 6.私の感想・考え
ボランティア教師
 私もボランティア教師なんですが、どうも、「ボランティア」というのも、ややもすると、その言葉に、甘えているのではないか、そしてそれは、考え物ではないかと考えるようになってきました。ボランティアといえども、プロ並みに勉強しなければいけないのではないでしょうか。

 たまたま、庵先生の「新しい日本語学入門」を開いてみました。以前、「猫な日本語」の先生の「日本人の日本語知らず」に、サ行の子音が3種類もあるのに、日本人は、「S」1種類で、片付けてしまっているとの説明が有り、これじゃ、皆、間違って教えている、発音が悪いのはこれのせいではないかと、気が付きましたが、庵先生の本には、そのあたりを懇切丁寧に説明してありました。専門書と考えて今まで敬遠して来ましたが、ボランティアと言えどもしっかり取り組まなければならないのではないかと考えました。
 そうでなければ、学習者がかわいそうで、気の毒ではないですか・・・・・・・・

 ボランティアの先生を集めるために、全くの未経験でもよろしいよと言うことになっていますが、責任者が、彼ら指導者の方々の意識改革をやってあげないと、無責任極まりのない所業になっています。堺市では、そう言った方を、毎年40名ほど集めて、無料で講習を開いておりますが・・・・・・・・・・。




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その60 検定試験

2016-08-04 05:17:02 | 6.私の感想・考え
検定試験2
 現状把握のため過去の試験問題を解くことにばかりに集中して、やっていますが、過去の学説や教授法がやたら出てきて、何かおかしいのではないかと感じます。
 最近では、一般的な話において西洋の学説、考え方、モデルが壁にぶつかり、東洋的な考えや日本的な考えが見直されるようになっています。それにもかかわらず、日本語を、古い西洋の物差しで、測って、それでもって、学習者に教えようとしています。
 そもそも、国文法も、文明開化の折、日本国は、独自の日本語文法を有していなかったので、あわて、西洋の文法をモデルにし、まとめ上げたものが国文法であり、現在の国文法は、その延長線にあるということになります。日本語を考えるうえで、西洋の物差しで、日本語をいろいろ計って、本当に、正しく計ることができるのでしょうか。
 私は、物事を理解、評価するためには、それに合った物差しが必要と考えます。方向性が合っていて、十分な長さが有り、すこしの差でもわかる様な細やかな物差です。長さが不足しますと、それ以上のものは、すべて「たくさん」でかたずけてしまいますし、細やかさが有りませんと、差のあるのが分からなくて、全て同じに取り扱ってしまいます。

 例えば、庭園を例にとってみますと、西洋の庭園は、幾何学形状やシンメトリーで成り立っています。それはそれなりに美しいです。それに引き換え、日本の庭園は、そういったものは全くなく、アンバランスではありますが、それでいてバランスがとれていて、美しいと感じます。
 あるいは、フラワーアレンジメントも、同じく、アンバランスのバランスで成り立っています。お花の先生は、これを、どう教えているのでしょうか?また、それは、ノンネイティブに、しっかり伝わっているのでしょうか。どんな西洋の物差しを持ってきても、日本の庭園の美しさや、生け花を説明でるとは、考え難いと考えますが、・・・・。

 哲学においても、西洋の哲学では、しっくりこないので、日本的な哲学をとなえている学者もいらっしゃいます。

 「敬語」や「あげ貰い」を教えるうえで、苦労するところですが、どうも、表面的な現象の説明ばかりに終わって、なかなか本質が伝わり難い。自分でやっていても、「説明のための説明」に堕しているように感じ、すっきりいたしません。
 なぜ、日本において敬語が高度に発達してしまったのか。あるいは、昔の人は、敬語によって、何をどう表現したかったのかが、ある程度わからないと説明がつかないのではないでしょうか。
 
 教授法には、心理学的なアプローチもされているようですが、心理的な現象も、最近では脳科学で説明できるようになって来ています。
 脳科学で言いますと、自分が意識する前に、脳は、フライングして、物事を決断しているような点もあります。
 単語を覚えるのに、昔からやっています、目で見て、声を出して、書いてやっているのは、脳科学から見ますと、理屈に叶っているそうです。
 エピソード記憶にする方が、覚えやすく、年代を覚えるに、こじつけの短文を利用するのはそのためです。喜怒哀楽も激しいほど頭に残り易いので、多少バイアスを掛けて覚えるのも一つの方法です。
 脳科学からのアプローチもして、学習者がエネルギーを無駄にしたり、遠回りしたりしないように、近道を教えてあげるというような方向に進んで欲しいものです。

 ボランティアの日本語教室では、専門的な勉強もせず、20年も、30年も前の方法で、教えているところもあります。それでは学習者がかわいそうです。








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20160730

2016-08-02 08:29:35 | 7.私の日誌
日本語講座
 本日もSさん参加。彼は、講師からの質問に対して、たとえ、文法的なことでさえ、スラスラと正しい回答を出して来て、我々ネーティブを唖然とさせます。かえって、ネーティブの回答の方がしどろもどろの状態です。しかし、文型を使った例文を問われますと、何故か、不自然な日本語が混じって来ます。
 我々にとりましては、あれだけ知識が有っても、不自然な日本語になってしまうんだというこのアンバランスを、強烈に認識させてくれます。何ともはや不思議なものです。

 日本語には、理屈では説明しきれない使い方が含まれているというのでしょうか、また、それが多すぎるというのでしょうか、あるいは、教え方に、まだまだ、改善の余地があるということを示唆しているのでしょうか。

 今回の講義にも、「~しないように、~する」と「~するために、~する」という文型が出てきました。あるいは、前々回の講義のように、「~とおりに、~する」と「~のように、~する」と言うような文型の比較も出たわけですが、ネーティブは、一言「程度の差」と言われれば、フィーリングで、何もかも、理解できますが、ノン・ネーティブは、説明されても、「アア、そうですか」レベルに留まってしまうのではないでしょうか。

 対面で、説明を行う場合は、いろいろな場面を創りだして、両方のことばの使い分けを教えることが出来ますが、それでも、実用となりますと、どうでしょうか・・・・
 一級を取った後は、独習になり、独習となりますと、・・・・・・・・・・
 ちょっと、想像がつきません。

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その59 検定試験

2016-08-01 03:28:38 | 6.私の感想・考え
検定試験
 なかなか、その気になれなくて、受験勉強に取り組むことができませんでした。多少遅きに失した感が有りますが、やっと、行動が伴ってきました。

 講師に、相談致しますと、一冊で間に合う本が有りますよ、というアドバイスがあり、その言葉に従って、「これ一冊でOK」と謳った本を手に入れました。
 養成講座受講中の人も、一度試験に失敗した人も、どのレベルの受験者でも、10月の試験に備えて、7月から始めなさいとアドバイスしています。
 少し、遅くなりましたが、まだ、何となく、間に合いそうな気がして、安心しました。

 試験の傾向、私の実力を測るため、すなわち、現状把握のために、とにかく問題を熟そうと、取組んでいますが、ばかばかしさがこみ上げてきます。

 過去の学者の名前を問うている問題が有りますが、彼の説は大切かもしれませんが、名前がなぜ必要なのでしょうか。学者同士で議論するときは必要になるかもしれませんが、一般の日本語教師、一般の学習者にとりまして、必要とはとても考えられません。(隅々まで勉強している人には、点数のオマケになるでしょうが、私のような考えの人間には、難問になります。名前を覚える気なんて、全くありません。)

 また学者にしかわからないような、また学者しか使わないような専門用語を羅列した、設問が有りますが、質問者の博学ぶりをひけらかす役には立っても、それが日本語教師の教育に寄与するとは、とても考えられません。

 ノン・ネイティブの日本語教師志望者も同じ試験を受けるのでしょう。出題者は、ノン・ネイティブにとって、カタカナ語が難しいのを承知の上で、設問に多用しています。ノンネイティブの方にとっては、非常に気の毒ですね。
 ネイティブにも訳の分からないような難解な設問、文章を、ノン・ネイティブにぶっつけてどうしようというのでしょうか。彼らは、失望し、がっかりこそすれ、学習意欲がわいてくるなどということは、まったく、起こりっこないでしょう。

 重箱の隅っこを穿るような日本語学の学者先生を志望する方には、別のコースを考えて、しっかりと、いじめてやってください。
 しかし、「素早く日本語らしい日本語を操れる」ようになって欲しいと考えるネイティブ、ノン・ネイティブ日本語教師志望の方には、もっと、希望を与え、元気の出るような試験にしてやって欲しい。

 私には、他の国家試験や、資格試験と同じく、学者崩れ、役人崩れの飛んでもない人間の悪業としか考えられません。

 試験の目的に、「基礎的な水準」に達しているか検定するとあります。私には、程遠い設問が、沢山あり過ぎると考えます。


(追記)
 どなたがどこで述べられた言葉か忘れましたが、「日本語能力試験(JLPT)のN3~N5については、重箱の隅を穿るような出題はしない」と、宣言されていました。私にとりましては、「何を今さら」という感じですが、裏を返せば、意識的に重箱の隅を穿る様な出題をしてきた。対象以外のクラスは、今後も続けていきますとの宣言です。対象の学習者にとりましては、もしかすると、学習の方向性が是正されたかも知れません。





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