ばばちゃんのおっちゃんの日本語の先生への道

日本語の先生になろうと一念発起いたしました。

その9

2016-07-21 04:33:29 | 9.日本的なるもの
外国人が見た最近の日本。

 最近では、有名人でもない一般人が、ネット上に、コメントを残せるようになっていますので、いろいろな話が、聞こえてきますが、戦後になって、すなわち、私が、物心つくようになってから、生まれてきた習慣もありますので、勘違いなさるかもしれません。その場合、もう一歩掘り下げて考えてみる必要があると考えます。

 バスへの整列乗車は、私の大学の頃でも、京都駅前では、行われていませんでした。整列はしていたものの、バスが着きますと、入り口に群がっていました。しかし、そのころ、上京した東京では整然と、整列乗車が行われていました。
 自動車の警笛が少なくなったのも、私の大学時代以降ですね。大学のころに自動車の免許を取りまして、それ以降に、そういうキャンペーンが始まったように思います。

 信号機については、私の身の回りでは、小学校の頃に、国鉄の奈良駅前に設置され、新聞の記事になっていました。自動車の往来がほとんどなくても、今でも、信号無視しない日本人の習慣は、どこから来ているのでしょうか。約束やルールを守る日本人は、もめ事を嫌い、秩序を重んじたからなのでしょうか。しかし、そのベースには、一体、何があるのでしょうか。

 エスカレータの右に立つ、左に立つも、エスカレータの設置は、比較的最近の話です。しかし、なぜ、急ぐ人に道を開けようとするのでしょか。

 履物を揃えて脱ぐように、躾けられていますが、その理由は、単に見た目がきれいだけではないでしょう。次に自分が使う時も、他人が使う時も、使い易く、便利です。「いざ!!」という時に備えているのではないでしょうか。
 仕事上で、「段取り八分」と教わったことがあります。うまく段取りをつければ、仕事は、成就したも、同然ということを表していると考えます。今の言葉で言えば、行き当たりばったりでなく、しっかりシミュレーションして、準備万端、怠りなく、してくださいというのでしょうか。



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その8

2016-07-17 18:38:37 | 9.日本的なるもの
外国人が見た昔の日本

 日本人が、日本、日本人を評しますと、どうしても、「手前味噌」とか、「井戸の中の蛙」になってしまいますので、外国人がどう見たのかを知れば、多少とも、客観的に見ることができるのではないでしょうか。

 以前、そういった書物を、探し回ったことが有りましたので、・・・・・・
 まずは、国家としてまとまりかけた頃、支那の歴史書「魏誌」や、「隋誌」に少し取り上げられています。そして、次に、宣教師が来日したころ、彼らが、本国に報告書を送り、それらが現存しているようです。視点は、宗教人の視点、ないしは、キリスト教の世界制覇の先兵というところでしょうか。さらには、明治維新の頃、いろいろ、希望、欲望を以って、来日された方々がいろいろ書き残しておられます。

 私は、日本人のマインドを知るには、イザベラバード女史が、書き残したものを、お薦めします。
 それは、一般の人と直に接した時の話であり、彼女は、日本だけでなく、同時に、支那、朝鮮、その他の国々も訪れていることから、彼女の主観ではありますが、一定した、物差しで、物を、見比べているということです。
 いずれの国も、昔のマインドを、未だに、引きずって、現在に至っているものと考えます。そして、言語も、そのマインドを表しやすいように、成り立っているものと考えます。

 更に、興味のある方は、私の姉妹編のブログであります、「ばばちゃんのおっちゃんの独り言」等に、本の紹介が有りますので、参考にしてください。



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その7

2016-07-15 03:50:38 | 9.日本的なるもの
地政学

 日本においては、大陸に有ったような、民族浄化や、ジェノサイドは見られません。以前は、縄文人を弥生人が、駆逐したような定説が有りましたが、最近のDNAの研究から、棲み分けたり、融合していったようです。

 魏志倭人伝にも、部族間の争いは有ったように書いてありますが、吹き溜まりのように日本列島にたどり着いた人たちは、その先は太平洋であり、それ以上、移動してゆく場所が有りません。そこから生まれた知恵ではないでしょうか。
 また、棲み分けにつきましても、高麗(こうらい、こま)という地名が、日本のあちこちに残っていることから、半島から渡ってきた人も、普通に生活できたのではないかと推測します。

 あるフランス人の日韓の比較をした書物で、島国日本に住む人は、容易に日本から逃げ出すことができなかったので、多少自己主張を抑え、和を貴び、半島、大陸の人はどこへでも移り住むことができたので自己主張が強いのでしょうとの説でしたが、恐らくその通りだったと考えます。
 いまだに日本人が恐れるのは、「村八分」という仲間はずれです。

 1300年前に、聖徳太子が、役人の心得として著した「17条憲法」の第1条に、「和を以って貴しとなす」と謳っていますが、すでに、その時代に、そういう考え方が定着し、受け継がれてきたものと推測します。

 ということで、地政学的意味合いからも、日本的なものが育まれたのではないでしょうか。





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その6

2016-07-14 08:24:26 | 9.日本的なるもの
歴史の連続性
 一つの王朝が2000年続いたのは日本の皇室しかありません。(バチカン国も2000年だそうです。)
 元寇により、一時期、危機に、瀕したたことが有りましたが、乗り切り、キリスト教の世界制覇も未然に防ぐことができました。黒船来航時も、維新という無血革命で、乗り越えました。第二次大戦後も、連合国の統治が有りましたが、国体の変化もなく、今日に至っております。

 小噺に、「今日の一元と明日の十元とではどちらを取る?」という問いかけに、大陸や、半島の人は今日の一元をとるというのが、その落ちですが、理由は、明日になると世の中が変わっているかもしれないので、今日のうちにという訳ですが、そこからいろんな現象が発生すると考えます。
 
 恐らく日本においては、一瞬にして、天下が変わるというような経験がなく、「今日は、昨日の続きであり、明日は、今日の続き」であったものと考えます。刹那主義にならず、長期的に物事を考えても、十分やって行けたのではないでしょうか。
 時間がかかっても辛抱強くトライアルしたり、物を大切にしたり、古いものに価値を見出したり、老舗を大切にしたりは、世の中が安定していないとなおざりになってしまうのではないでしょうか。




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その5

2016-07-11 04:33:14 | 9.日本的なるもの
気候・自然
 地震、水害、火山等自然災害にしばしば見舞われますが、総体的には、四季が有り、温和な気候です。
 四季の恵みからは、豊かな農作物が生産され、旱魃や冷害による飢饉というのは稀で、そこそこ、食べ物に困ることが少なかったのではないかと考えます。
 中国、韓国には、「朝ご飯食べましたか」と言う朝の挨拶がありますが、日本には、有りません。私の独断と偏見では、彼らには、必ずしも、食べ物が行き渡っていなかったのではないかと推測します。

「衣食足りて礼節をしる」という言葉が示すように、それらが影響して、礼儀正しい日本人を育んだのではないでしょうか。

「東方礼儀の邦」と称する国が有りますが、どうもこれは、支那から見て、東方のよく礼(事大主義的礼節)を尽くす国というような意味のようです。私の経験では、身内や目上に対しては多分に形式的な礼を尽くしますが、それ以外の人に対しては、全く、その逆のような振る舞いでした。残念ながら、「礼」の概念が、異なっているようです。

 豊かな四季の変化が、それらに感動し、西洋のように、自然に立ち向かうのではなく、愛でるようになり、言語表現にも、大きな影響を及ぼしてきたのではないでしょうか。またそれらが、豊か過ぎて、学習者を悩ます擬音語、擬態語にまでつながっていったのではないでしょうか。

 水が豊富にあり、川は、長さが短く、上流から下流への高度差が結構有りますので、水は、淀むことなく、流れ去ってしまいます。「水に流す」という表現も、その姿から生まれてきたのではないでしょうか。
 飲料に適する水も豊富にあります。農業にも、溜池さえ準備して置けば、事足りる程度の天候・気候の厳しさです。

 ただ気候として困ったことは、湿気の多いことです。
 ジメジメしていますと気分的にもよく有りませんので、家屋等、何事も、その時期を上手く過ごすように、取り計らってあります。そして、夏の時期の居住性を優先し、風通しを良くしたために、逆に、日本の冬は寒いのです。
 よくカビが発生し、物が腐ってしまいますので、清潔にしなければなりません。日本人の綺麗好きは、生活上の必要から身についたものでしょう。というように、生活習慣や、考え方にも、いろいろ影響を及ぼしていると推測します。

 しかし、カビを善用する考えも生じたようです。いわゆる発酵食品がそれに当たります。1世紀頃(登呂遺跡)には、「納豆菌」を食用として利用していたようです。つけものも発酵食品です。
 


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その4

2016-07-08 06:00:27 | 9.日本的なるもの
歴史観
 日本では、西洋に倣い、解釈はいろいろあり、理解の仕方は自由ですが、基本は、事実の重視です。

 ただそう言いましても、実際には、その説通りにはなっていません。戦前、戦中は、皇国史観に染まっている歴史もありますし、戦後は、学会をコミュニストが牛耳っていましたので、いわゆる「唯物史観」で「自虐史観」だらけになっています。というように、イデオロギーに毒されていますので、実際には注意が必要です。

 よく言われているのが、中国の歴史は、プロパガンダであり、韓国の歴史は、ファンタジーであるということです。
もともと中国では、易姓革命というように、統治するのは、天から仮託されたものだという考えが有りその正当性を証明し、宣伝するための作文が必要でありました。それが歴史書として残っているわけで、「古事記」も「日本書紀」も、この系統と考えることが出来ます。
 現在の共産党政権も、日本帝国主義に勝利したと一生懸命宣伝しています。ご承知のように、蒋介石軍に追われ、延安に生き延び、漁夫の利を享受したのが共産党だというのが事実で、南京事件についても、原爆をもってしても10~15万人しか殺すことができなかったのに、いかにして20~30万の人を殺すことができたのでしょうか。

 韓国の歴史は、観念的に、自分たちの名誉のために、こうあってほしいというのが、主旨のように感じられます。日本では、それを指して、「よく頑張った史観」とも揶揄しています。

 残念ながら、日本文化を知るためには,まず、「歴史」と言う概念・定義を再構築し、その縄縛から自由にならなければなりません。
 日本で、自由に編纂された、母国の歴史を概観し、日本の歴史を見るほうが、間違いが少ないのではないかと考えます。

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その3

2016-07-07 16:25:22 | 9.日本的なるもの
宗教

 日本文化の基本となる教えが3通りあります。神道、仏教、儒教(四書五経)等です。

 神道は、教義も経典も、聖書も有りません。神羅万象が神になりますし、また偉人も神になります。

 どちらかと言いますともともとは、太陽神の系統であり、その太陽神は女性神です。日本神話に登場する天照大神(あまてらすおおみかみ)は、皇室の祖神で、日本国民の総氏神(そう・うじがみ)とされています。そして、伊勢神宮に祭られています。

 子供の頃教えられたのは、「隠れて悪いことをしていても、だめですよ。お天とうさんが、見ていますよ。」と、悪行を戒めるために、よく言われた言葉です。しかし、良し悪しは、明確ではなく、自分でよく考えなさいと言うことで、その判断は、我々自身に任せられています。宗教が命令することは有りません。

 穢(けが)れは、禊(みそぎ)をすれば、取り除くことができると考えます。神社で行うお祓いは禊の一種であり、滝に打たれて身を清めるのも禊になります。もともと、人は善性を持って生まれたものと考えているようです。

 これは、おとぎ話(童話)にも通じているのではないかと考えます。「桃太郎」や「さるかに合戦」では、鬼や猿を退治はしますが、心を入れ替えさせ、仲良くするというストーリーになっています。通常、西洋の童話は、勧善懲悪で終わってしまいますが・・・・

 仏教は、もともと自己修練のためのものであったようですが、でも、誰もが修練をやるわけにまいりませんので、しっかり働けば、修練と同じ効果が得られますというように教義が、すり変わって行ったようです。これが日本人に勤労の精神を植え付けたという説が有ります。プロテスタントが資本主義に貢献したように、この勤労の精神が、日本の資本主義の発展に貢献したのではないかという説もあります。
 その後、仏教は、お経を唱えれば、極楽浄土に行けますというようにまたも教義がすり変わり、現在に至っています。

 で、亡くなった方は、神になったり、仏になったりで、いくら悪行を重ねた人でも、禊が済み、悪行は、水に流してもらえます。リセットされたように、原点復帰ができます。

 儒教は、日本では科挙制度が取り入れられなかったためか儒教本来の価値が定着しませんでしたし、宗教というよりは、儒学というような形で、国家統治の経世済民思想や帝王学的な受容をされたため、宗教として意識されることは少なかったようです。しかし、いろんな場面で、言葉が引用され、教えは、現在も生きています

 日本人は、多神教、あるいは、無神論者が多いと言われたりしますが、べつに、あれもこれもといろんな神を信仰しているわけではなく、いろんな人がいろんな宗教を信じていてもいいのではないですかというような考えではないでしょうか。
また教義のはっきりしない神道と、はっきりした仏教を、対立させずに、共存させたのは、皇室の人間でありながら、仏教に帰依し、国教に近い、位置に持ち上げた聖徳太子ではないかという説が有ります。

その後、本地垂迹(ほんじすいじゃく)説という神仏習合思想の考え方が表れて、日本の八百万の神々は、実は様々な仏(菩薩や天部(インドの神話等の神々も仏教に取り入れられた)なども含む)が化身として日本の地に現れた権現(ごんげん)さまであるとして、同一視するようになり、神道と仏教を余り区別しなくなったようです。

 中国は、現在共産主義の立場をとっていますので、「宗教は麻薬」という訳ですが、一般の人はどんな立場をとっているのでしょうか。
 儒教が生まれた土地ですが、科挙を受ける人は勉強したでしょうが、大部分の人はつい最近まで、文盲であり、文法は、科挙を志す人にしかわからなかったようですし、書物が簡単に手に入ったとも考えられませんので、実際には、普及していなかったと考えられます。
 どうも、仏教でもなく、現世ご利益の道教が主流のようです。

 韓国では、儒教、仏教、キリスト教が、3分しているようです。しかし、日本人が、それらの名前からイメージするものから随分離れているようです。

 という訳で、学習者の国では一般的に、宗教的な環境が、どんな状況か、またそういった立場から、日本の宗教、日本人の宗教は、どのように見えるのか、知りたいと思います。


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その2

2016-07-06 08:58:21 | 9.日本的なるもの
先入観
 韓国で仕事をして居た時、韓国人を、何人も日本に案内しましたが、「聞くと見ると大違い」という意見が結構ありました。「井戸の中の蛙大海を知らず」で先入観に侵されていたものと思いますので、それらをきれいサッパリ洗い流し、ゼロからスタートされる方が、近道だと考えます。
 特に、自由な言論が弾圧されている国から来られたかたは、要注意です。

 基本的に日本人は、嘘を言いません。「嘘は泥棒の始まり」と教えられているからです。(魏誌、隋誌にも泥棒が少ないと記されています) また、「実るほど こうべを垂れる稲穂かな」というように、出来る人ほど謙虚なふるまいをするように教えられていますので、威張ったり、知ったかぶりをする人は、余り信用されません。

 日本人は、「薄情だ」「水臭い」とよく言われますが、これは、「他人に迷惑をかけてはなりません」や、「親しき中にも礼儀あり」と教えられているからでしょう。
 全く逆の考えに、韓国では、「迷惑を掛けても良いほどの親しい関係」ということで、迷惑を掛けるほど親しいということになっています。彼らは、恐らく、日本人は、「薄情だ」「水臭い」という感じを持たれるでしょう。
 また、日本人のプライオリティーは、仕事、家族、友達・・・・・・・・というようになって行きます。(最近は、変わりつつありますが・・・)

 小噺(エスニック・ジョーク)として、溺れる人を見て、真っ先に飛び込むのは韓国人、値踏みするのが中国人、いつまでも助けたことを話す日本人というのが有りまして、日本人は、恩着せがましくて、しつこく、お礼を要求します。
 通常、諸外国の方は、お礼は、1回で済みますが、日本の社会では、「先日は、有難うございました。」と、再会した時に、真っ先に、言わないと、礼儀知らずになってしまいます。



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その1

2016-07-06 08:36:09 | 9.日本的なるもの
日本的なるもの
 「日本文化を肯定的に捉える人の方が、日本語の上達が早い」という観察、仮説に則って、いろいろ考えてみたいと思います。しかし、日本人にとりましても、「何が日本文化か」というのは明確ではありません。

最初は、「上手な日本語」、「正しい日本語」、「美しい日本語」を志し、そこそこ理解できる方を対象に考えますが、そのうち、初中級クラスの方に、何か有効な知識が見つかるかも知れません。

 私情を交えず、客観的な事実を述べたいと考えますが、悪口になってしまったり、自慢話になってしまうかもしれません。悪しからず。
 日本人の中にはこんなことを考えている人間も交じっているのかとお考えください。
 私の独断と偏見をお許しください。




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