百休庵便り

市井の民にて畏れ多くも百休と称せし者ここにありて稀に浮びくる些細浮薄なる思ひ浅学非才不届千万支離滅裂顧みず吐露するもの也

ひと息いれる稿(20)【夏は来ぬ(5)】【田の神様】

2010-05-29 12:21:15 | 日記
 
  主役の花の写真が借り物ではマズイので、我が家の下(しも)手の
 山裾に自生しております卯の花を撮影(6/1AM)、後追いでありますが、
 貼り付けました。栗の木の葉っぱも一緒に写っております。


 【夏は来ぬ】の詞のカップリングは どれも何とも好いのでありますが、
一番の彩りは、やはり早乙女と田植えの取合わせではないかと思います。

絣(かすり)の単(ひとえ)に赤襷(たすき)、手甲(てっこう)脚絆に菅笠の、
うら若き娘さんたちが打ち揃いする、玉苗(たまなえ)植うる情景・・・
もうずぅっと以前から祭祀の場でしか見ることができません。

愚生が思い出す田植えは、中1か中2のとき、
山奥の駐在所の倅ですから、自分とこの田植えはなく、そうです、
友達の大沢のそうちゃんちの田植えを、一日中、手伝ったのであります。
相当きつかったとは思うのですが、それはあまり覚えておりませんで、
煙の漂う薄暗い土間の中で、みんな揃って食べた夕御飯でありまして、
うちの味とは違っていたという感覚が、今でも残っております。

どうでもよいことを言ってしまいましたが、いよいよこれからが
5回シリーズでお贈りしてきました【夏は来ぬ】シリーズのフィナーレです。

早乙女の手による田植えがなくなってしまい、いちばん残念に思い、
腐ってしまっておられるのが、【田の神様】だそうでございます。

何故なら、【田の神様】は男の神様であります。
早乙女を見られなくなってしまったからです。
【田の神様】にとりまして、田植えは何よりの楽しみでありました。
早乙女に会えるのです。それも ただの出会いではありません。
早乙女たちは着物を着ておりますが、その下には何もつけてないのです。
そうです。【田の神様】からの視点、下からは丸見えなのであります。
それが無くなってしまったのであります。嘆きは当然でありましょう。

では、その証左を お見せいたします。
下の写真は、愚生秘蔵の【田の神様】であります。
輪郭を よおくご覧下さいませ。
太さを割引しましたら、ほら、何かに似ているでありましょう。

えっ、宅のは これくらいでざあます って?
それはそれは、たいへん結構なことで。
どうぞ お大切になすっておくんなせえやし。ごめんなさんせ。
(なお、このお話しは、愚生のオリジナルでございます。念の為)

  





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ひと息いれる稿(19)【夏は来ぬ(4)】

2010-05-28 11:18:22 | 日記
          
      これは 成美堂出版発行 ポケット図鑑「野鳥」 より
     拝借した 水鶏(くいな) の写真です。

      卯の花にしましても水鶏にしましても、実際のところ、
     学術的に正しい呼び名を 詩のなかに織り込んでいるとは
     限らないのでありますが、この際 愚生のイメージを
     整理する意味で、写真を揃えたものであります。

 さて、作詞された佐佐木信綱氏は、近代歌壇の巨星にして、
万葉集研究の第一人者で、昭和12年(1937)の第1回文化勲章受章者で
あられるのですが、

三重県鈴鹿市にて、代〃歌詠みの家柄である弘綱氏の長男として生まれ、
4,5歳のころから、万葉・古今・山家集の秀歌や古典を徹底的に猛烈に
暗唱させられたとのことでありまして、このことが「夏は来ぬ」の作詞に
大きく関わっているとのことでございます。

「万葉集」には卯の花を詠った 22例のうち、17例が時鳥(ほととぎす)との
組合わせがあるとか、

「栄花物語」「良ぜん詞花集」には
 五月雨に裳裾濡らして植うる田を君が千歳のみまくさにせむ 
 さおとめの山田の代に降り立ちて急げや早苗室のはやわせ
 五月闇花橘に吹く風はたが里までかにほひゆくらん
とあるとか・・・の

古典的な 言葉の組み合わせを採り入れ、伝統的な美意識を
再構築しているということでありまして、
歌詞の行間に漂う不思議に日本的なるものの正体は、
巧みに取り込まれた万葉や平安文学の感性であるとのことであります。

愚生はこれを読んで、どうりで・・・と 心から納得するとともに、
日本人に生まれてよかったなぁと、しみじみ感じ入ったのであります。



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ひと息いれる稿(18)【夏は来ぬ(3)】

2010-05-27 15:08:01 | 日記
 卯の花
 
 ほととぎす                 
 
 棟(おうち)の花


 大サービスです。【夏は来ぬ】にでてくるアイテムの写真集です。

      愚生の持っている本の中でもサミットを形成します
      講談社発行「四季花ごよみ」および
        〃    「新日本大歳時記」夏編
      にあります写真を撮影・編集させてもらったものです。
      (残念ながら、水鶏の写真はありませんでした)

今日なんか 寒くて とても初夏なんていえたものではありませんで、
せめてもの慰みにと思いまして、急遽 予定を変更して拵えました。
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ひと息いれる稿(17)【夏は来ぬ(2)】

2010-05-26 12:30:32 | 日記
 この歌は明治29年(1896)年発行の「新編教育唱歌集(5)」に掲載されて
以来、ずうっと変わらずに多くの人に親しまれてきた、明治という時代を
代表する、かつ日本の初夏を代表する唱歌であるのですが、めずらしく
曲のほうが先にできた作品でありまして、また当事者二人にとりましても、
その折がちょうど人生の初夏といえる時期であったとのことであります。

新潟県大潟町出身、東京音楽学校助教授であった小山作之助氏が、
折りしも短歌の師匠の長男であった新婚の新進歌人・佐佐木信綱氏宛、
歌詞をつけてほしいと頼まれたことから発しているのだそうです。

お陰で私たちは、伝統的な日本の初夏の風情に 実に心地よくしっとりと
浸り、さながら京都の大原でも行ったかのような、えもいわれぬ極上気分を
味あわさせて貰っているのでありまして、昨今の実に情けなく目も当てられない
政情と株安および悲惨な口蹄疫の現実から受けた傷を、ひとときでは
ありますものの、癒して貰っているのであります。

曲も素晴らしいのですが この切り口からは、どうしてこんなに心地よく心に
響くのか、愚生には説明できないのでありますが、詩のほうに関しましては、
上文でも参照しておりました、下の写真に示します、岩波書店発行
読売新聞文化部編「唱歌・童謡ものがたり」で解説してくれておりますので、
次稿でその概略を紹介させていただきたく存じております。


               
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ひと息いれる稿(16)【夏は来ぬ(1)】

2010-05-25 15:15:06 | 日記


 これは 我が家の 今日の【谷空木(たにうつぎ)】であります。
というか、正確な名前が分からないのでありまして、図鑑と見比べ
まして、であるのではないかと思われるに到っているのであります。
しかし、北海道と本州の日本海側に自生するとありましたから、
違っているかもしれません。

一般的に ウノハナ(卯の花)と言われております木は、
ユキノシタ科のウツギ(空木)のことでありまして、スイカズラ科で
あるこの木とは、明らかに違うのでありますが、

中が空洞であることから空木がきているのであれば、
この木も空洞でありまして、また 咲く時期も ご本家と全く同じ頃で
ありますから、愚生にとりましての卯の花は、この花とあいなりまして、

この花が咲き出しますと真っ先に、特に好きな唱歌であります
【夏は来ぬ】が まず思い浮かばるものですから、ますます息の続かなく
なったしゃがれ声で口ずさむという羽目に陥るのであります。

まさに名曲でございまして、もし こんな歌を創ることができたなら、
もういつ死んでもいいと思うくらいのモノでございます。
次回、誠に奥深いこの歌の 簡単な解説を試みようと思っておりますが、
今日のところは、まず 心ゆくまで お歌い下されたく。



       夏は来ぬ

        作詞:佐々木信綱 作曲:小山作之助

   卯の花の匂う垣根に
   時鳥早も来鳴きて        時鳥:ほととぎす
   忍音もらす 夏は来ぬ     忍音:しのびね

   五月雨の注ぐ山田に     五月雨:さみだれ
   早乙女が裳裾ぬらして    早乙女:さおとめ 裳裾:もすそ
   玉苗植うる 夏は来ぬ    玉苗:たまなえ

   橘の薫る軒端の
   窓近く蛍飛びかい
   怠り諌むる 夏は来ぬ     諌:いさ

   棟散る川辺の宿の       棟:おうち
   門遠く水鶏声して        水鶏:くいな
   夕月涼しき 夏は来ぬ

   さつきやみ螢飛びかい     さつきやみ:五月闇
   水鶏鳴き卯の花咲きて
   早苗植えわたす 夏は来ぬ



 <追伸>
 7,800円もした講談社発行「新日本大歳時記」夏編によりますと、
ウツギは「卯木(うつぎ)」とも「打つ木」とも書かれまして、これは
「卯月に咲く木」および
「邪悪な土地の精霊を追い出すために、この木で地面を打つ風習が
 あった」
とのことに起因するそうであります。
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木端絵ギャラリー(23 )【あざみ】

2010-05-21 17:06:29 | 日記
 草の世界は、今年度のワンクルー目が終わって 
2クルー目に入ったなぁ という感じがしております。

今年は気温が低かったせいでしょうか、今まで草の勢いも割と
控え目でありましたのですが、これからは そうは問屋が・・・で
ありまして、例年通りの凄絶な草との戦いが待ち受けているものと
思います。

そして、そろそろ アザミの花も咲き出しておりまして、その昔、
スパッと切ってしまうのが可哀想で、切らずに残してやったことが
あるのでありますが、

刈り終わりましてから、刈った所に へたり込んで、
今は止めているのでありますが、これっぽっちも止めるなんて考えた
ことがなかった当時でありますから、大好物のタバコに火をつけ、
スーフースーフー刈り跡を眺め廻したのであります。

実は、この刈り跡を眺めるという行為は、
草刈人の最大の楽しみでありまして、まさに草刈の醍醐味といえる
ほどのものであるのですが、

何と、刈り残したアザミが、こっちを見ているではありませんか。
それも ひときわ際立つ鮮やかな赤色して 実に艶かしく・・・

ほんとうにびっくり仰天でありました。愚生は、これはきっと、
お礼をしているに違いない、お礼のしるしとして、アザミの
一番きれいな姿を見せてくれているに違いない と思ったので
ありまして、

そして、何としてもこれは絵にしておかなくては・・・と思ったので
あります。と、えらい長い能書きでありましたが、
下が その絵でございます。


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木端絵ギャラリー(22 )【梅花空木】

2010-05-20 16:45:57 | 日記


 今 ちょうど咲いております。
花の白 と 葉っぱの緑、どちらも
ほんとうに澄み切った 無垢な色 をしております。
その ピュアさ加減に感激しまして 描いたものであります。

当時、我が家に この花はありませんで、三軒隣、とは申しましても
100mほど離れておりますのですが、そちらで咲いておりましたのを
描かせていただいたのでありました。

我が家には、その年に 植えたのでありまして、
日当たりが悪く、すぐ岩盤の痩せた土地柄であるものの、
元々 生命力が強い木なのでございましょうか、
すぐに大きくなりまして、毎年、バッサバッサと刈り込みをして、
やっと体裁が保てるといった状況であります。
なお、切り取った枝や葉っぱは パサパサに乾いた感じでありまして、
見た目の印象とのギャップを、その度 感じているのであります。

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百休半ドンカラム(28)【新田街道】

2010-05-19 15:03:41 | 日記
       百々橋
            




 
 
          
      

         

                    


新田橋


 上の写真にありますように、百々橋から新田橋までの
約400mの山裾道、愚生言うところの新田街道の、今年第1回目の
草刈りを、昨日 終えました。1日約100分で7日かかりました。

この新田街道の草刈りにつきましては、昨11月5日付け当ブログにて、
下手な詩とともに載っけさせていただいておりますが、下に再度、
掲載させていただきます。



        新田街道        新田街道…しんでんかいどう


      百々橋から         百々…どうどう
      わが集落・新田橋まで
      山裾道・四百米の
      草を刈る
      刈った後の十日ほど
      それはもう爽快だ
      心が空に突き抜ける
      遠足の園児が通る
      この嬉しさは格別だ
      石塊まみれの道だけど
      毎日通る散歩道
      今年も5回
      やろう、踏ん張って
      己の名付けた街道だ    己…おれ

 

 なお、この日曜日、集落の各戸1名参加で、
土堤の草刈りをする予定でありますが、それに先立ちまして、
障害物のない穏やかな法面や平らな箇所は、専門スタッフが、
キャタピラーの付いた草刈車で、草刈りを済ませております。
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木端絵ギャラリー(21 )【杜若(かきつばた)】

2010-05-14 11:41:57 | 日記
 4/27付け当ブログで、アイリスは西洋の娘さんのようだと言って
おりますのですが、その点 花菖蒲は 瑞穂の国のもっと成熟した女性、
言うならば花魁みたいでありまして、その たらりとした色気と
華やかな佇まいは、他の追随を許さないものがございます。

愚生はある時期、花菖蒲が好きで好きで堪らなかったのでありますが、
女性に対すると同様、熱愛する気分はそう長くは続かないものでありまして、
今では、アヤメ科の花の中では、杜若が一番好きになっております。

青紫一色が 何ともいいのであります。そして 少し細身で 粋で、
しゃきっとしていて、気品のある洗練された色気とでも申しましょうか
がありまして、もう うっとりとしてくるのであります。
写真は そんな杜若を 愛を込めて 描いたものであります。


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木端絵ギャラリー(20 )【花菖蒲(2)の4】

2010-05-13 14:30:01 | 日記
 それからは、いちばん気に入っていた絵が手許にはもうないのだ
という寂しさを引きずりながら、世間知らずの行為であったなぁという
気恥ずかしさを携えつつの毎日でありましたが、空白感を埋めるべく、
花菖蒲の絵を描く作業はしておりまして、下の絵がそれでございます。




お見舞いに差し上げた花菖蒲の絵は現在手許にあるのですが、
これは昨年、当ブログを始めてからのことでありますが、
お亡くなりになられた後もお渡ししたままでいるのは反って
ご迷惑ではないだろうかとの思いが次第に強くなってきたことが
ありますが、自分の分身という思いは強く残っておりますことより、
思い切って 奥様宛、ありのままの気持をお話し、引き取らせて
いただいた次第であります。

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木端絵ギャラリー(19 )【花菖蒲(1)の3】

2010-05-08 11:17:31 | 日記
 間延びしてしまいましたが、5月1日投稿分の続編であります。 
如何に己自身、最高の見舞いの気持ちを表す行為と確信したにせよ、
客観的に見た場合、しょうもない絵をお見舞いの品として持って行くなんて、
ある面「禁じられた遊び」の子供たちと同じだったのかもしれません。

理由が思い出せないのでありますが、葬儀に参列できず、
日を置いて ご自宅まで 焼香にお伺いしたときでありますが、
玄関から中に入りましたら、エントランスホールとでもいうような
広い落ち着いた板敷きがありまして、その正面上の檜の框の上に、
色紙サイズの素晴らしい絵が掛けられていたのであります。

品のある素晴らしい絵でありました。
確か「土牛」と記名されていたと思います。
これぞ花菖蒲という絵でありました。


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ひと息いれる稿(15)【五月たけなわ】

2010-05-07 12:04:21 | 日記
 休むばっかりしていて、【一息入れる稿】もないものだと思いますが、
お許し下さい であります。

我が家のアルミテラスに【藤】を這わせているのですが、
この藤の木の 頭の良さに驚いております。



写真にありますように、
直接 日差しに触れる外側部分にしか 花を咲かせてないのであります。
日差し避けのため、波型ポリカ屋根の下にも 枝を這わせているのですが、
その屋根裏から、一房足りとも 花を垂らしてないのであります。
蜜蜂のためでありましょうが、スゴイ!感謝感激!であります。

なお、白い花は 花をいっぱい付け過ぎて【中でまり】になってしまった
【おおでまり】、黄色い花は「実のひとつだに…」の【山吹】であります。


<追伸>
4日に ささやかでありますが 3人の子供たちの節句をしました。
3男は うつ伏せができるように なっておりました。

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木端絵ギャラリー(19 )【花菖蒲(1)の2】

2010-05-01 14:38:30 | 日記
 癌で入院されたのでありました。
胃の全摘手術を受けられたとことでありました。

言葉に尽くせないほど、お世話になった方であります。
他社から乗り替えてまで、仕事の注文を下さった方であります。
愚生が転勤で広島に単身赴任しておりましたときには、年2回ほど、
陣中見舞いにお寄りいただき、夜には戎通りにあったのでございますが、
専務さん行きつけのラウンジで、鹿児島の芋焼酎「小鶴」をご馳走して
下さったのでありました。

更に特に忘れられないのことがあります。
「安芸グランドホテル」で開催いたしましたトップセミナーの懇親会の
場に於いてのことでありますが、何と、
「○○君をよろしくお願いします」と、居並ぶ我が社の幹部一人一人に対し、
愚生のことを、わざわざ頭を下げて頼んで回られたのであります。
ご出席いただけるだけで有難いのに こんなことまでしていただいて……
もう、言葉が継げなくなるのであります。

このような特段の、まさに恩人と言えます方のお見舞いに際しまして、
果たして何を持って行ったらいいのであろうかと、愚生は随分考えたので
ありまして、そして 次のように決めたのでありました。

自分が一番気に入っていて、しかも一番大切に思っているものを、
この際 持って行くべきではなかろうかと。


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