百休庵便り

市井の民にて畏れ多くも百休と称せし者ここにありて稀に浮びくる些細浮薄なる思ひ浅学非才不届千万支離滅裂顧みず吐露するもの也

人は基本的に遺伝子のプログラムにより支配されている

2017-02-12 15:03:59 | 日記
 老生は 30年ほど前から、人は 生まれたときから死に至るまで、基本的に 遺伝子にプログラムされている手順に基づき 生かされている というような知見を 何かの媒体から得ており、そうだろうねぇ との思いとともに生きてきているのですが、ちょうど一週間前の 産経新聞 「 日曜に書く 」 というコラムに、山上直子論説委員さんの 「 何のために 「 老いる 」 のか 」 というタイトルの 記事 ↓ が掲載されていました。

齢相応に、たいへん興味あるテーマでございますから 読んでみたのですが、特段 目新しいことが書かれている訳でないので 物足りなさを感じまして、もう少し何か得られないものかと思い、当記事の元ネタとなっている 日高敏隆さん著 「 人はどうして老いるのか 」 朝日文庫 を取り寄せ、読んだのであります。
    
 (帯がありましたが、ダイっ嫌いな人の大きく写った帯には到底耐えられませんで
  直様破棄。したがって帯のない写真と相成ってます)

この本は 学術書でなく エッセーでありますし、著者 日高さんの文章力も相まって、たいへん読みやすい体裁に編集されているのですが、やはり 切れ味は感じられず、オイラの頭の中は、依然として ほわほわした状態のまんまではあるのですが、以下 オイラの理解による 印象に残った部分だけでも ピックアップしておいたらどうかと思い、本稿 投稿する次第であります。

・遺伝子にプログラムされているプログラムは、当該遺伝子を繋げ拡めることのみ目論んで
 いるのであって、人類全体の生き残りを目指しているのでは決してなく、そのカケラもない
・ということは、遺伝子プログラムのメインテーマは己の子孫を遺すことのみであるので、
 生殖の推奨そのものであるといえる
・ということは、老いるということは 生殖能力の低下にほかならない
・以上、オイラの荒っぽい前口上(解釈)に連ね、P181 を転記します

  たしかに、人間の死は老いの最後にプログラムされている。そもそも人間はなぜ老いる
  のか。子どもは成長し、やがて生殖年齢に達する。遺伝子としては、その生存都合上、
  体が健康で元気に満ち、繁殖力も旺盛で、子育てのエネルギーもある若い世代の方に
  期待をかけるのは当然である。なるべく若い世代同士で子どもをつくることを願う。
  そこで、親たちがいつまでも子供と張り合わないように老いをプログラムしているわけ
  である。

・そして P184,185 を記述します

  現世主義のようだが、大事なのは、死んで後に名を残すことなど余り考えず、生きている
  うちに、ささやかでもいいから、できるだけ多くの満足感を得るように楽しく生きる努力
  をすることだと思う。例えば着ている服を褒められるといった実に他愛のないことでも、
  褒められないよりは褒められた方がうれしく、一日ぐらいは何となく満足感がある。
  (中略)本人の満足感のあるうちに死ぬようにプログラムされているのであろう。
  (中略)できるだけ満足感が得られるように楽しく生きることは、遺伝子のプログラム
  とも矛盾せず、したがって無理もないのである。

・ただし 中には 例外もある ( 老生は これではないかと・・・ )
・今は 本能 という言葉は使用せず、遺伝的プログラム という
 ( 上記遺伝子のプログラムという言葉は、遺伝的プログラム と言い換えるが正しいです)

以上 非常に 偏見的な かつ 独善的? な マトメとなりましたが、何卒 お赦し下さいませ。
それにしましても遺伝的プログラムさん、今 どのように思っておられるでしょうか?。
・結婚しない・しても子どもをつくらない・つくっても虐待したり・つくっても僅かだったり
・絶望的な同性婚だったりちゅう 昨今の状況。でも揺ぎも何もしやしないでしょう。
なにしろサムシング・グレートさんが数十万年かけ練り上げ おつくりたもうた タクラミ・
プログラムなんですから。
 
 


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