百休庵便り

市井の民にて畏れ多くも百休と称せし者ここにありて稀に浮びくる些細浮薄なる思ひ浅学非才不届千万支離滅裂顧みず吐露するもの也

彼岸花と新聞記事2題~凄絶なるあるお母さんの一生 & 無うしたら絶対いけん大阪船場の文化

2016-09-17 12:46:36 | 日記


 彼岸前には定まって、すぅ~っと伸びてき、真っ赤な花を咲かせてくれる彼岸花。今年も運よく 猪のワヤクソな攻勢から逃れ得た一群が、土手の法面を彩ってくれてます。これは、当地を 殊のほか愛して下さっている、東京の にす子さん に捧げたく、提示させていただいたものであります。

 さて本題ですが、耄碌した老生の心を ビビビーンと動かせてくれた新聞記事(老生のいう新聞とは産経新聞さんのことです)2編について、述べさせていただきます。
まずは この記事、少し前から 一面下段に毎日 載るようになった「夜明けのエッセー」の H28.9.9 掲載 奈良県大和郡山市 津田芳光さん 83歳のお書きになられた「私の母」。読んで泣きました。お母上の凄絶なる一生。すごい衝撃を受けました。淡々とした筆に胸を打たれました。護国の志を冒涜したくない思い・・・ほんとうに頭が下がります。


老生は思います。最近 ほんの少し修正されたかにみえますが、まだまだ大勢を占めている、大東亜戦争、これに関わった人は みんな悪者だという風潮。老生は、当時の国家の非常事態に協力しなかったほうが、むしろ人としてオカシイのではないかと思うのです。協力した方は、尊敬されて然るべきお人であります。これは第一級の芸術家や文化人の皆さんにとっても同じこと。悔いたり懺悔したりする必要は全くありません。かの国の文化大革命での紅衛兵の吊るし上げに似たような仕打ちをする 大マスコミ 進歩的文化人と称する人たちこそ、糾弾されて然るべきと老生は思っています。これから徐々に 大東亜戦争の真実が明らかにされてゆきます。そりゃ一部軍人は 非難してもしきれないほどひどい人たちでありますが、わが日本は、アジアを開放に導いた大功労者として、世界記憶遺産として燦然と光を放つように、いずれ なるはずであります。

 次は やはらかな話しです。老生は、この記事のなかにあります
「そのころ父には、芸者さんでお互い好き合った人が出来たみたいでした。母が、お父さんなあ、おなごこしらえてなさんねん、そんなことを(小学生の)私に言いました。・・・」
に、やはり感動したのであります。この大阪の船場の文化こそ、日本がぜっぴ 継承せんといけん文化や!!! という衝撃波が、強く心に襲ってきたのであります。お高く止まってはる京都文化なんかじゃのうて、やはらかで ユーモアがあって 奥深い 人間的な、あまりに人間的な 船場・大阪の文化こそが、次代の日本が引き継いでゆく文化やないかと、心から強く思ったのであります。で、直ぐ様 その本を購入したは言うまでもないことです。

     
船場および大阪の文化を残すべきとするその証拠を お示しします。京都を詠った歌に、いい歌がありますでしょうか。そりゃ二つや三つはあるでしょう。しかし大阪の歌と比べてみたら・・・ですが、もう比べるまでもありません。大阪の 月とすっぽん的勝利は あまりにも明らか。いま老生は、ふっくらした ソフトな包み込むようなお声の、フランク永井さんの唄われた 「大阪ぐらし」「こいさんのラブコール」「大阪ろまん」、藤島恒夫さんの「月の法善寺横丁」「お月さん今晩わ」、マヒナスターズさんの「お百度こいさん」、はるみちゃんの「大阪しぐれ」、さゆりちゃんの「夫婦善哉」とかの、今は 無くしてしまったかのような 大阪ムードたっぷりの歌に、こよなく包まれてみたいなぁ と しみじみ思っているのであります。
ジャンル:
文化
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