鳴かない☆時鳥(ホトトギス)

時鳥の奇妙な世界観

移転

2011-01-02 | Weblog
一応.移転用にブログを新しく開設しました。

が.更新するかどうかは分かりません。

それでも☆鳴かない☆時鳥(ホトトギス)
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明けましておめでとうございます

2011-01-01 | Weblog
明けましておめでとうございます。

今年こそは更新したい…

書きたいことはたくさんあるけど、でも一人前の弁護士となることの方が大事だと思っているので、多分更新は難しいよね。

それと、英語をしゃべれるようになりたいと、イタリア旅行へ行って強く思いました。

今年も頑張ります。

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9/19 ドライブ

2010-09-19 | Weblog
仕事で使わざるを得ないので,車を買うことにしました。

群馬に帰って来てから,車に乗るのが好きになって,良くドライブして遠出もしています。

Satokolabって方の曲を流しながらのドライブがいいですね。

Youtubeにもあったので,貼っておきます。





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9/16 捨てることも幸せ

2010-09-15 | Weblog
今年も新司法試験の発表があり,悲喜交々の結果を聞かされた。

2000人という数字は適正かどうかわからない。そもそも,試験という審査方法で法曹という道を狭めるのが正当かはわからない。

過度な競争は消費者に適切な利益を与えるかも良く分かってはいない。数々の論評は,“感覚”でものを語っているようにしか思えない。

そんな感覚の政策に翻弄されながら,事実としてあるものは司法試験の受験資格を失った。

私も一歩間違えば同じ運命を辿っていたかもしれないと感じている。本当に紙一重の世界だ。

自分が同じ立場だったらどうしていただろうか。想像もつかない。


幸せになる道には二つある

一つ目は,願いごとうまくかなえること

幸せになる道には二つある

もう一つは,願いなんて捨ててしまうこと


願いなんてかなわないことばっかり。

捨てることも幸せ。

苦しくてもじっと我慢していると,すっと道が開かれる瞬間がわかるときがある(師匠談)










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9/5 ザ・プラクティス

2010-09-05 | Weblog
あっという間に,ワールドカップも終わり,つい先日は,

新生日本代表の緒戦,パラグアイ戦が行われた。

「だから香川を呼んでおけばよかったのにっ!!」

と思ったのは私だけではないはず。


昨日,今日と「ザ・プラクティス」っていうアメリカ法廷ドラマを見てたんだけど,

これが凄く面白い!!

内容は,刑事弁護を中心とするボストンの小さな法律事務所の弁護士たちの活躍の物語。弁護士たちは仕事を通じて様々な‘問題’と直面する。かなり「お堅い」部類のドラマだが,登場人物やストーリーが秀逸で引き込まれてしまう。

売れ行き次第で,シーズン3以降のDVD化が決まるようだから,皆観るべし!!


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7/7 世界国家という幻想(上)

2010-07-07 | Weblog
4年に1度のW杯もいよいよ大詰めとなっている。

日本代表も予想外の活躍をみせ,日本中が大いに盛り上がった。

世界的スポーツは,希薄化した現代的人間関係の中で,学校や職場で共有できる‘大きな物語’として貴重な役割を担っているようだ。

皆で,批評し,熱狂し,応援し,歓喜し,そして悲しむ。

そうすることで,皆が一体感を感じることができる。なんと素晴らしいことだろう。

オリンピックやワールドカップをナショナリズムの祭典と揶揄する人がいるが,興ざめというほかない。私たちは,ワールドカップに政治的な難しさを求めていない。

ただ単純に心が抑揚するのを楽しんでいたいだけなのだ。

とはいえ,確かに,試合前後で流れる自民党のCMは‘嵌っていた’。スポーツで高まった国家的一体感は,ともすれば莫大な政治的エネルギーに変換可能なものだったかもしれない。

個人主義が広がる現代社会の中でも,人はどこかで他人との繋がりを欲している。どんなに「世界で一つだけの花」がヒットしようとも,何らかの「色」のある花ではありたいと思っている。

そして,多様化した社会の中で(大きな物語が崩壊した社会の中で),それでも自分が周りの人と確実に同じであるという共通点が,‘日本という国で生活している’という事実なのだろう。

だから,皆が安心して熱狂しているのだ(AKBに対する熱狂とは異なるのだ)。

その意味で,どんなにグローバリズムが浸透しても,国という枠組みは当分なくならないだろう。

では,その国という枠組みが,地球規模に広がるということはあるだろうか?

答えは,NO。だろう。1チームだけでは,サッカーの試合は成り立たない。

全体を括る枠組みは,枠組み足りえない。私たちは,「人」であることにそれほど共通意識を感じない(他の生物との対比という意味で対象はあるにせよ)。

対戦相手が常に必要なのだ。

そういう意味では,上記の答えは,完全にNOではない。

たとえば,宇宙「人」が発見されたとき。そして,宇宙「人」が地球に向けて襲来してきたとき。

きっと,‘国’という枠組みは地球規模になるだろう。


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7/5 相撲界の品位は司法によって奪われた?(下)

2010-07-05 | Weblog
日本国民全体にあまねく法の支配をいきわたらせる。

これが,司法制度改革の目標の一つだった。

それは同時に,法律とは異なる支配原理が働く世界を一掃させるということでもある。

そして,相撲界こそ,法律とは異なる支配原理が働く世界の典型的な存在だったのである。

信じがたい話かもしれないけど,相撲部屋で起きたリンチ事件も,それが10年昔だったら社会に明るみにならずに,内部で処理されていたかもしれない。そして,今回の賭博騒動もそう。

司法のメスが入れない,そういう相撲界のような業界がかつて日本にはたくさんあったし,もしかしたら現在もあるかもしれないのである。

ともあれ,内部をブラックボックス化することで保たれていた見せかけの相撲界の品位は,司法制度改革の波を被り,失われてしまったのである。

法は,完全無欠の正義の存在を予定していないし,絶対正義も予定していない。だから,相撲界のような「特別な」存在は法の世界の中ではやや異質である。

だから,法の支配が広がる中で,相撲界が国民からの羨望を集めていたかつてのように「品位」を売りにするのは困難なのかもしれない。

プロレスのように,悪く言えばやらせの,虚構の世界を作り出す必要があるだろうが現実的ではない。

結局は,開かれた「特別ではない」スポーツを志向するしかないように思える。


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7/1 相撲界の品位は司法によって奪われた?(上)

2010-07-01 | Weblog
盛り上がっていたW杯の裏で,もうひとつテレビを騒がせていたのが,

大相撲の関取・親方の賭博関与。

相撲界とその界隈は,かつての横綱・朝青竜関に,ことあるごとに「品位」を求めていたにもかかわらず,業界自体が犯罪の温床になっていたのではないかと疑わせるほどの「品位」のなさに,失望を感じている人も多いはず。

いつの頃からか,相撲界の不祥事は多くなった。

その走りは,数年前,相撲部屋でリンチ死亡事件が発覚したことに始まる。

それ以来,国民から羨望の眼差しで見られていた相撲界に罅が入り始める。

それは,外国人力士の台頭に伴う相撲人気の低下と被せて考える人もいるかもしれない。

もちろん,国民からの支持という強い基盤を失ったのは大きいが,そればかりではない。


そもそも,昔の相撲界は,今と比べて,「品位」のある業界だったのか?

答えは,「わからない」。そう,相撲界は普通の国民からでは,内部の実態の分からない,典型的な「業界団体」だった。

少なくとも,昔から八百長疑惑はあった。でも,その実態は中々分からないでいた。


日本には,相撲業界のように多くの「業界団体」があって,そのような「業界団体」は,団体内部で独自の統治機構を持っていた。

業界関係者しか知らない,言葉,ルール,礼儀や論理があった。

そして,これらの「業界団体」には,法的裏付けのない事実上の特別権力関係が働き,司法もその中に積極的に関わろうとはしなかった。おそらくは,業界団体内部で「事件」が起こっていたとしても,それは表ざたにならなかっただろう。

しかし,ちょうど,相撲業界でリンチ死亡事件が起きようとしたそのころとときを同じくして,日本の司法が変わろうとしていた。






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5/14 新司法試験の問題

2010-05-14 | Weblog
新司法試験は,毎年同じ問題が出題されている。例によって今年も同じ問題だったようだ。

それは,「君は本当に法曹になりたいのか?」というもの。


諦めずに,最後まで受けて来てくださいな。


1週間に一回くらい何か書き込むかもね。

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5/10 そろそろ復活?

2010-05-10 | Weblog
するかもねん♪
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