花の四日市スワマエ商店街

四日市諏訪商店街振興組合専務理事の横道ブログ

ホウ・シャオシェン監督と台湾

2017-07-11 | 元気がいちばん・達者がなにより

ホウ・シャオシェン監督は、“冬冬の夏休み”を撮った(1984年)5年後に“非情城市”を完成させています。この作品は、台湾の歴史的背景が分かっていると、とてもよく理解できます。

1985年 下関条約(日清戦争)で台湾は日本の植民地となる

1941年 太平洋戦争がはじまる

1945年 日本敗戦 陳儀、台湾行政長官兼警備総司令として台湾に着任

1946年 国民党と共産党の内戦激化

1947年 ヤミタバコ摘発で民警が衝突 二・二八事件起きる

      台湾でも共産党の活動始まる 陳儀辞任

1949年 国共内戦で国民政府側不利に 学生活動家らを逮捕 戒厳令発令

      国民政府、台北に遷都

1987年 戒厳令解除

1988年 蔣経国総裁死去

1989年 映画「非情城市」完成

 戒厳令が解除された後だからこそ撮れた作品でした。

監督は語ります。「あの頃の台湾(1945年以降)は、日本による植民地支配は終わったものの、国民党が政権を握ったために人々の気持ちが“希望”から“失望”へと変わってしまった時代でした。戦争が終わり、祖国の新しい時代がはじまることを期待していたのですが、国共内戦に破れ、金もモノも持っていない国民党の軍隊が中国から押し寄せたため夢に描いていた新時代とはかけ離れた現実を目の当たりにすることになったのです。」

 私が台湾観光に出かけたのは、蔣経国が総統の時代でしたから1987年頃かと思われます。当時台湾は大陸との臨戦態勢になっていて、いつでも道路が滑走路になるということを聞きました。若い女性による饗応施設が目立ったのは、鎮圧の為駐留していた日本軍の接待に歴史はさかのぼると聞きました。“非情城市”是非皆さんに観ていただきたい映画ですし、その前に“冬冬の夏休み”も是非ご覧いただきたい作品です。

7月21日(金)午後6時より(98分) スワセントラルパーキング2階会議室にて 入場無料です。

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