花の四日市スワマエ商店街

四日市諏訪商店街振興組合専務理事の横道ブログ

“昔日の映画館巡り”諏訪劇場の巻

2017-03-07 | 元気がいちばん・達者がなにより

諏訪劇場

 江田町にあった諏訪駅から路地を入ったところに「近畿館」が出来たのは終戦後間もない昭和21年のこと。当初実演興業だったのが、その年の8月29日「キャピタル劇場」と改名して洋画専門館となった。その後23年秋に大改装して「諏訪劇場」となり、娯楽の殿堂として津の「曙座」と1,2位を争う興業収入を上げていた。「諏訪劇場」昭和37年に「四日市東映」となり、昭和43年2月にジャスコ売却するまで続いた。

※  東映時代劇の黄金期を迎えたのは、片岡千恵蔵(大菩薩峠)と市川歌右衛門(旗本退屈男)の時代だった。正月興行になると次郎長一家や忠臣蔵で両巨頭が顔合わせした。その他にも、中村錦之助(宮本武蔵・一心太助)、大川橋蔵(新吾十番勝負)、大友柳太郎(快傑黒頭巾)、東千代之助(鞍馬天狗)、月形龍之介(水戸黄門)、美空ひばり(ひばり捕物帖)ら人気役者が充実していた。町で二つの組が対立している。良い方(?)の組の一人が悪い組につかまりボロボロにされる。これを知った良い組が仕返しに乗り込む。そんなパターンが多かった。

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