花の四日市スワマエ商店街

四日市諏訪商店街振興組合 横道ブログ

「三丁目の夕日’64」

2012-02-12 | わたくしごと、つまり個人的なこと
“三丁目の夕日‘64”を観に出かけました。
懐かしい風景。時代は高度成長期に入った東京オリンピック開催の頃。街は見違えるように賑やかに変化しています。
     
はじめ3分の1くらいはやや退屈でしたが、茶川竜之介の父親(米倉斉加年)の出演場面から涙がとまらなくなる。家族や街の人たちとの絆の素晴らしさ。結婚と別れ。「映画はアクシデントではない、ドラマだ」と言った小津安二郎の言葉が思い起こされます。
そういえば、婚礼の式を前に、花嫁姿で挨拶をする姿は、小津監督の“晩春”でみせた紀子役である原節子の姿を彷彿とさせました。
そして、富岡役の大森南朋は出版社の人ですが、印象に残る名演でした。NHKドラマでみせた武智半平太を思い出させてくれました。
映画終盤にある宅間史郎(三浦友和)の言葉に、ある青年を指して
誰もが出世やお金儲けのことばかり考えているけれど、某青年は反発を受けながらも無償で困っている人たちを助けている。なぜ続けるのかと聞くと「たのしいから」との答えが返ってきた、とありました。
奉仕の精神は人の心を豊かにするのです。つづく
ジャンル:
三重県
キーワード
三丁目の夕日 小津安二郎 米倉斉加年 東京オリンピック 高度成長期 竜之介の父
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