ホタルの独り言 Part 2

ホタルの生態や生息環境を研究し保全活動をしていますが、様々な昆虫や美しい日本の四季
自然風景の写真も撮っています。

ポール・モーリア死去

2006-11-05 12:25:09 | その他
「恋はみずいろ」などの世界的なヒットで知られ、日本でも多くのファンを持つ、フランスの指揮者で作曲家のポール・モーリアが、3日フランス南部の病院でなくなった。81歳であった。

 ポール・モーリアは、フランス南部マルセイユに生まれ、4歳の時からピアノを学び、1941年にマルセイユ国立音楽院を卒業。その後、アマチュアジャズバンドを結成し、ポール・フュガンの名で活動。 1952年にフランク・プゥルセルの後押しでバークレー・レコードと契約、スタジオ・ミュージシャンとして活動した。1959年にパリへ進出し、1960年シャルル・アズナブールのアルハンブラ劇場公演でオーケストラを指揮する。

 1965年にフィリップスと契約を結び、ポール・モーリア・グランド・オーケストラを結成、1968年に「恋はみずいろ」を世界的にヒットさせ、全米ヒットチャートで連続5週トップを記録、これでグラミー賞を受賞し、一躍名を馳せた。

 日本においては、その後も「蒼いノクターン」「エーゲ海の真珠」「涙のトッカータ」「オリーブの首飾り」「そよ風のメヌエット」等と立て続けにヒットを重ね、「イージーリスニング界の大御所」「一家に1枚ポール・モーリア」と言われるようになった。池田満寿夫監督の日伊合作映画「窓からローマが見える」のオリジナル・サウンドトラックの音楽担当や、来生たかおとの共演、1995年の阪神大震災の際には、「カルテット・フォー・神戸」を作曲し、フランク・プゥルセル(バイオリン)、フランシス・レイ(アコーディオン)、ポール・モーリア(ピアノ)、レイモン・ルフェーヴル(フルート)らと、チャリティー録音を行うなど、日本と縁の深いアーティストであった。

 1969年に初来日して以来、1987年まで毎年来日し全国ツアーを行った。その後、数年に一度のペースで全国ツアーを行っていたが、1998年のジャパンツアーを最後に指揮者を引退していた。

 私は、4回来日コンサートに行ったことがあるが、そのラブ・サウンズは、青春のほろ苦い思い出と相まって忘れることはない。今でも好きなアーティストの一人である。
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