ホットな印西で暮らす

ホットスポット印西市で、暮らしの安心を取り戻すためのブログ

「あんしんぶん」という瓦版を発行し始めました

2012-04-03 15:20:02 | ごあいさつ

大変ご無沙汰の更新で申し訳ありません。
3.11イベントは、おかげさまで無事成功のうちに終了しました。ありがとうございました。

多忙のため、このブログに寄せられたコメントにお返事しきれていないまま、時が経ってしまいました。
そして、まだコメントには全て対応していないのですが、今日は、別件で新しいエントリーを立てました。

この度、「あんしんぶん」という名前の瓦版を作ることにしました。
WEB上で無料で配布する、毎号1ページだけの瓦版です。
セブンイレブンのマルチコピー機でプリントできるネットプリントというシステムでの配布も行なっています。プリント代がかかりますが、商品としてお売りしているものではありません。

実際の紙面は、こちらの専用ブログで入手して下さい。
http://anshinbun.jugem.jp/

↑ 詳しいご説明もこのブログの中に書かれていますのでご参照下さい。

今後は、わたしの「発信したいこと」のメインはこの瓦版で表現して参ります。
ここのブログでは、発行作業にまつわるよもやま話を書くかもしれません。
また、その他、地元の市民活動の情報はこれまでどおり、ここから発信して参ります。

今後とも、ご愛顧下さいますよう、お願い申し上げますm(_ _)m

 

新しい年度が始まりましたね。
もうすぐ桜も咲きます。息子は幼稚園の年長さんになります。

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【告知】震災復興さよなら原発3・11キャンドル灯火inいんざい

2012-02-25 08:02:28 | イベント

印西市内で3.11の追悼キャンドルイベントを催します!
市民のみなさんで作り上げるイベントです。

↑ クリックするとフライヤー(A4サイズ、pdfファイル)に飛びます。

とき 2012年3月11日(日) 17:30〜18:30
ところ 千葉県印西市小倉台1-385 大塚前公園

キャンドル(竹製ホルダー付)をたくさん用意しています!!
1個300円です(募金を含む)

※天候などの状況により中止する場合もあります

主催 震災復興さよなら原発3・11キャンドル灯火inいんざい実行委員会
特設WEBサイト: http://311inzai.blog.fc2.com/

Facebookページもありますヨ。

 


2/26(日) 10:00〜

竹の採取・加工作業を行います! お手伝いさんを緊急募集!!
印旛支所の駐車場に集合して下さい。(印旛支所は、旧印旛村の村役場の場所です)
竹林から竹を切り出します。防寒具・軍手などで装備していらして下さいね。

参加される方は、080-3422-4699(伊藤)までご一報下さい。

なお、3/4(日)も竹の作業を行います。こちらもお手伝いさん募集中です。
集合場所など詳細は追ってお知らせします。

竹製キャンドルは、↓このようなイメージです(^^♪
直径10センチぐらいの竹を使います。


いろんなことが宙ぶらりんのまま、新しいエントリーのアップでスミマセン。。。
3.11イベントが無事終了しましたら、何とか収拾しようと思っていますm(__)m

 

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【告知】第2回講演学習会”放射線からどう守る?私たちのくらしと健康”@印西市

2012-02-02 20:43:46 | イベント

印西市のふれあい文化館(そうふけ公民館)にて、
下記の通り、放射能に関する講演学習会(第2回!)を行います。

どうぞみなさん、ご参加下さい!

 


※チラシのダウンロードはこちらからどうぞ

 


<第2回>講演学習会

放射線からどう守る? 私たちのくらしと健康

第1回の講演学習会に引き続き、テーマは放射線です。被爆者医療に長年携わってこられた先生をお迎えし、将来を見すえた取り組み方について学びます。

と き 2012年2月19日(日) 午後 1:30〜4:00
ところ ふれあい文化館 (そうふけ公民館)2F 視聴覚室
    印西市原3-4 TEL:0476-45-3800
講師 花井透先生

●講師紹介● 花井 透 先生:
1966 年千葉大学医学部卒。千葉・健生クリニック所長。千葉県保険医協会会長。核戦争防止千葉県医師の会代表世話人。
40 年にわたり千葉県在住の広島と長崎での原爆被爆者の健康管理に携わる。1991 年チェルノブイリ原発事故の放射能被害を視察。

自由参加です(資料代300 円)

※お子様の保育をご希望の方は、保育係の手配の都合がありますので、
必ず事前に下記連絡先までお申し込み下さいますようお願い致します。

【主 催】 印西市平和行進実行委員会・平和のつどい実行委員会
【連絡先】 吉田:0476-42-3868  伊藤(真):080-3422-4699
     E-mail: hot_inzai@mail.goo.ne.jp

【後 援】 印西市・印西市教育委員会

↓↓会場地図↓↓
ふれあい文化館/そうふけ公民館は、下の地図で”そうふけ図書館”と表示されているものと同一の建物です。

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精神科医・斎藤環さんのお話

2012-01-25 18:21:51 | 雑感

毎日jpに載った、精神科医・斎藤環さんのお話がとても印象的で示唆的だったので、転記しておこうと思います。
ニュースのページはいずれ消えてしまうこともあるので。
※本文中の下線と太字強調は、米子によるものです。


時代の風:放射能トラウマとリスク=精神科医・斎藤環
 ◇分断招く隣組的な心性

 福島県南相馬市で診療と内部被ばくの検査、健診、除染などにかかわっている東大医科研の坪倉正治医師によれば、現時点で慢性被ばくによる大きな実被害の報告は、ほとんどないとのことである(小松秀樹「放射能トラウマ」医療ガバナンス学会メールマガジンvol・303)。

 むしろ深刻なのは、外部からの批判や報道などによる社会的な影響のほうである。原発事故による最大の被害は、子どもの“放射能トラウマ”だ。しかもその多くは、大人の“放射能トラウマ”による“2次的放射能トラウマ”であり、年齢が低いほどトラウマの程度が強い印象があるという。

 風評被害の影響もあって、うつ状態になる人が増えたり、家族が崩壊したりという事態は耳にしていた。現地で子どもの電話相談窓口を担当している人からは、このところ虐待相談も急増しているという話も聞いた。

 被災地での虐待件数についてはまだ正確な統計データが得られていないが、屋外で遊ぶ機会の減った子どもたちが、精神的に不安定な大人と過ごす時間が増えたとすれば、まったくありえない話ではない。

 問題は「風評」ばかりではない。福島の地で生活を続けている人々を批判する声が、いまだにある。とにかく「放射能というだけで危険」とする立場からは、汚染された地域に住んで子育てをするなど考えられない、というわけだ。

 しかしこの考え方は、自らが住む場所の安全性が相対的なものでしかない事実を十分に認識しておらず、いわば「福島産の放射能が危険」といった「ケガレ」の発想に近い立場という意味で“放射能幻想”と呼ばれても仕方がない。

 放射能はさしあたり人の身体は破壊していないが、“放射能幻想”は人の心を確実に破壊しているということ。

 その背景には、低線量被ばくの危険性がはっきりしないという問題がある。放射性物質の放出が及ぼす長期的影響については、不確実な点が多いのだ。生活環境に数世代にわたって残留するごく低レベルの放射能が、住民集団の健康に、長期的にどのような影響を及ぼすのか。「これ以下は安全」という「しきい値」はあるのか。被ばく線量と発がん率の上昇には直線的な関係があるのか。確実なことは何も分かっていない。

 この状況下で立場は二つに分断される。「危険であるという根拠がないのでさしあたり安全」とする立場と、「安全であるという根拠がないので危険」とする立場。事故直後には後者に傾いた私自身も、最近では前者に近い立場だ。不確実な未来予測に基づいて当事者を批判する権利は私にはないと気づいたからだ。

 社会学者のウルリッヒ・ベックは、福島の原発事故に関する論考で「非知のパラドクス」について述べている(「リスク化する日本社会」岩波書店)。

 先にも述べたとおり、低線量被ばくによる影響については、確実なことはほとんど分かっていない。こうした「非知」に耐えられない人々の中には都市伝説や代替医療に向かうものも出てくるだろう。さらにここに政治的な問題が加味されることで、知識はさらに硬直化する

 例えばチェルノブイリの犠牲者数については、数十人から百万人以上とする説まで、報告によってまちまちであるという。事故の範囲をどう定義するかによって、データの解釈がまったく異なってくるのだ。汚染地域の区分にしても、しばしば曖昧で時に矛盾することすらあった。

 この状況下では「危険が増すほどに非知も増し、決断は不可避となるとともに不可能となる」。それどころか現時点では、情報が増えれば増えるほど混乱が深まるようにすら思われる。分かれば分かるほど分からなくなる、という状況下で、もはや「絶対の安全」は誰の手にも入らない

 まさにこれこそが、ベックが「リスク社会」という言葉を通じて述べた状況ではなかったか。リスク社会においては、われわれの生活を快適にするはずの技術が同時にリスクも生産してしまうため、ひとたび事故が起こればリスクは万人に等しくふりかかることになる。原発事故がそうであったように。

 ベックは「リスクによる連帯」を提唱するが、いま起きつつあることはむしろ「リスクによる分断」ではないだろうか。この分断の要因としては、リスクそのものを生産している政府や東京電力以上に、リスクへの態度が異なる人々への攻撃性のほうが先鋭化してしまうという、いわば「隣組」的な心性があるように思われる。しかし、その「分断」が誰を利することになるかは言うまでもないだろう。

 さらに付け加えるなら「連帯」の手前で問われるのは、私たちの「死生観」そのものなのではないか。私たちの生が常に多様な、時として定量することもできないリスク−−それは「放射能」に限らない−−を抱えていること。つまり生の内側では常に死が育まれている事実を理解すること。被ばくについて考えることは、この事実を深く認識するまたとない機会となるだろう。=毎週日曜日に掲載



現在の関東の汚染状況を過剰に危険視する傾向について指摘していることは言わずもがなとして。
さらに、不確実な未来予測に基づいて当事者を批判する権利は私にはない、ということも肝に銘じておこうと思う。
つまり、大丈夫だよ、心配いらないと上から目線で言うだけのことではいけないし、あくまで社会的な弊害の防止のために慎重な言動をしないといけないし、そのつもりなのに結局「大丈夫だと笑われた」と誤解されるようなお粗末な言動をしてもいけないということだと思う。

それにしても、「なんでそんなにいつまでも怖いの?」っていう疑問のヒントはここにあると、わたしは思う。

 

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「10年後にあなたの息子が白血病になったら後悔しませんか?」と言われたら/rinさんへのお返事

2012-01-21 20:23:13 | ごあいさつ

こんにちは。
今年は寒い冬ですね。

先日、「わたしが内部被曝についてあまり悲観しない理由」という記事にお寄せいただいたコメント(rinさん)に次のような質問がありまして、今日は、2番目のご質問の方へのお返事をしたいと思います。

1、人工放射線を自然放射線と同列に考えていらっしゃいますが、ではなぜ今まで原子力発電所は人の少ないところに作り、さらに厳しく安全管理し、そして 「原子力ムラ」に保障そのたもろもろで多額のお金をつぎ込んでいたのでしょう。安全ならそういうことする必要はなかったのでは?と素人はどうしても思って しまうのです。なのでやはり人工放射線は怖いと思ってしまうのです。

2、もしかしたら何度も聞かれたことがあるかもしれませんが、もし 10年後に、管理人様のお子様が白血病になったとして、それが今までの日本の発症率から比べて明らかに10倍20倍の発症率だったとして、それでも「放射 能のせいではない」と言い切れますか?そして今の自分の選択を後悔しませんか?
私はこの問いを常に自問自答してしまい、どう考えたらよいのか答えを出せずにいるのです・・・

米子の考えをお聞かせくださいとのことだったのですが、わたしも、医学的な専門知識がそんなにあるわけではないので、まずはツイッターで知り合ったPKAさんという放射線に詳しいお医者さんにお知恵を拝借させていただくことにしました。
そこで、わたしとPKA先生とのツイッターの対話をまとめたものがありますので、次にリンクします。

togetter
10年後にあなたの息子が白血病になったら後悔しませんか?

まずは、rinさんにもこのまとめをお読みいただけたらと思います。

そして、次に、このtogetterまとめを踏まえてわたしの考えを述べます。

 


 

放射能のせいではないと言い切れますか?

まず、「放射能のせいではない」と言い切れますか?というご質問については、言い切ることは出来ません。が、「放射能のせいだ」と思い込む必要もないと思っています。なので、結局は、どう思うかは個人の考え次第ということになるのですが、わたしは、とりあえず放射能のせいだと結論出来ないと思っています。その理由については、togetterまとめの中でわたしも書いているのですが、まずは、放射線障害には「非特異性」という特徴があるからです。これについては、安斎育郎著『増補改訂版 家族で語る食卓の放射能汚染』第3章に項を設けて書かれています(p.142〜)ので、一部を引用します。

 放射能というと、私たちの日常感覚ではたいへん特殊なものという印象がありますので、放射線障害も、ふつうの障害とは根本的に違う独特の症状を呈するのではないかと感じられます。
 ところが、どっこい、現実はそう単純ではないのです。
 放射線障害の特徴は、いわば、「特徴がないのが特徴」なのです。
 たとえば、放射線を取り扱う作業に従事していた人が白血病になったとします。しかし、白血病は、放射線被曝が唯一の原因ではありません。有機溶媒も原因のひとつかもしれませんし、ある種の白血病はビールスの感染が原因である可能性もあります。
 では、放射線を浴びて陥った白血病は、他の原因で陥った白血病とは異なる特有の症状を呈するのでしょうか。
 残念ながら、というと妙ですが、放射線を浴びて陥った白血病は、原因が放射線であるがゆえに独特の症状を現すということはないのです。逆の言い方をすれば、症状を観察しただけでは、その白血病が放射線被曝によってもたらされたのか、それとも、ぜんぜん別の原因によってもたらされたのか、区別がつかないのがふつうなのです。これを、放射線障害の「非特異性」と言います。「非特異性」は、「特に異なるところあらざる性質」ということであり、結局のところ、症状から原因をおしはかることができないということです。

10年後、わたしの息子が白血病を発症したところで、その症状から、放射線被曝が原因だとおしはかることができないということは、つまり、もともと、生まれつき白血病になる原因をもって生まれてきていたのかもしれないし、今回の福島第一原発事故が起きても起きなくても被っていた何か別の原因で罹ったのかもしれない以上、何とも言えないということです。

でも、分からない部分を、確率論で考えるならば?ということを、おそらくrinさんはおっしゃっているのだろうと思いますので、それについても考えてみます。 

 

白血病の発症率が従来の10倍、20倍になっていたとしたら?

今までの日本の発症率から比べて明らかに10倍20倍の発症率だったとしても?ということなのですが、つまり、もし、原発事故後に白血病の発病が10倍、20倍にも増えたとしたら、放射線が原因で陥る白血病である可能性 対 それ以外の原因で陥る白血病である可能性、の比率は9:1とか、19:1になって、それは、もうほとんど放射線が原因だと言えるのではないかという意味だと思います。なるほど、それは、いかにもそんな感じがします。

でも、その前に、そんな、10倍、20倍にも増えるなんてことが実際にあるのかな?ということを、わたしは考えました。
それで、PKA先生にまずお話を聞いてみようと思ったのでした。結論としては、なかなかありそうもないということだったと思うのですが、rinさんは、現在の首都圏の低線量被曝にそうした影響力があるかもしれないということを前提にお話されているのでしょうから、それを仮定してみます。

PKA先生が参照先を教えてくださった白血病に関するWEBページ(わかりやすい白血病の話の中の4.白血病の発生率)に記載によると、白血病の発生率は”2006年では年間人口10万人当り 5.9人”とのことです。これを%の率で表すと、0.0059%ということになります。これを稀な病気と考えるかどうかも、個人差があるのかもしれませんが、わたしはとても稀な病気だと感じます。この稀な病気を10倍、20倍もの発生率に増やしてしまうほどの因子(原因)というのは、なるほど、とてつもない話なのですが(5.9人だった患者が118人に増大するということです)、そんなとてつもない事態に見舞われたとしても、やはり白血病に罹る可能性は0.118%です。

 

後悔するかどうかについて

わたしの息子が0.118%という確率で白血病に罹ったとして、それが90〜95%の割合で原発事故からきた放射能によるものだとしても、それも”不運”と思う方が先だろうと思います。なぜなら、関東・東北全体に広がった低線量被曝にとてつもない影響力があったとしても、その結果、発生率が0.118%に過ぎないとするならば、被曝したにも関わらず発症しない人の割合の方が圧倒的に多いということだからです。
仮にわたしの息子が白血病に罹ったならば、まずは治療のことを考えるでしょうし、何故そんな不運に見舞われたかについて考える暇があるかどうか分かりません。仮に考えるとしても、同じ環境で同じだけ被曝しながら暮らした子供たちのほとんどは発症しないのに、何故うちの子が?と考えることはあっても、うちの子が白血病に罹ったのは自分が放射線対策を怠ったせいだと考えることはないのではないかと思います。ましてや、白血病の増加が、仮に2〜3倍に留まったとしたら、発症率はおよそ0.012〜0.018%であり、これは本当に不運中の不運としか言いようがないと思います。対策しなかったのに白血病に罹らない割合がもっと増えるわけです。

(現在、放射能対策をさほど熱心にしていない親御さんたちはとても多いですが、それで白血病の増加が10〜20倍で済み、ほとんどの子どもは発症しない、というのであれば、一生懸命対策することに、どれほどの白血病防止効果があるでしょうか?・・・と、こんなことを言うと、いや、被曝防止対策を施されなかった子供たちは確実に病気に陥るのだと言いたくなる人もおられるのかもしれません。とすれば、将来のガン・白血病などの発症・死亡の数の見積もりはどのぐらいなのでしょうか。わたしは、そうした終末思想のような話にはあまり興味がありません。)

ですから、放射能対策を怠っても罹るとは限らない病気に罹ってしまった原因が、やはり放射能のせいである、と言われても、そういうことを思い煩うかと聞かれると、そんなことを思い煩っていたら、他にも思い煩わなくてはいけないことだらけになってしまうでしょう。子どもはこれから他にも病気にかかるでしょうし、大小さまざまな事故にも遭うでしょう。そうした「不運な」出来事すべての原因をいつも追求し、自分を責めていくことは、不可能です。親の子に対する責任の範囲を逸脱していると考えます。

 

ちなみに

こういう質問を既に受けたことはないです。ですが、福島第一原発事故後、もちろん考えたことはあります。でも、「後悔はしない、というより、出来ないじゃないか」という思いを常に抱いてきました。今回考察したほど緻密に考えたことはなかったのですが、だいたい最初からそういう風に思っていました。

個人的には、わたしの息子が身体の病気にかかることより、学校でいじめに遭ったり(逆に誰かをいじめたり)、自殺を図ったり(自殺に追い込んだり)される方がよほど怖いことだと思っていますし、そうしたことこそ、親の責任であると考えているので、そうさせないために方法があるのであれば、そちらに専念したいですので、野菜探しに奔走したりガイガーカウンターでそこらを測って回ったりということに熱中している余力はないと言えます。これは、あくまでわたし個人の育児上の価値観ですが。

 


 

 

以上のような説明で、ご納得いただけるかどうか分かりませんが・・・
ご参考になれば、幸いです。

何か、また補足することもあるかもしれませんが、とりあえずこの辺で一度アップしてみます。

※次回、1つ目のご質問のお返事を書きたいと思います。

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