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これが日本の母である。「今度だけは息子によくやったと褒めてやりました」。

2017年06月14日 | 日記
https://blogs.yahoo.co.jp/bonbori098/34768377.html

人間、時に「心」を洗うことが必要です。
日本人が心を洗いたい時は何も難しいことはない。
先人達の正しい歴史、生きざまを知るだけで、心が洗え、生きる指針を与えてくれるのである。・・・

オーストラリアの首都キャンベラにある「戦争記念館」に日本の特殊潜航艇の遺品が展示してあり「日本人のこの勇気を見よ」と書かれている。

昭和17年5月、帝国海軍の特殊潜航艇がオーストラリアのシドニー湾を奇襲した時、オーストラリア海軍は日本軍人4人の遺体を引き揚げて「海軍葬の礼」をもって弔った。

ここには熊本出身の松尾敬宇大尉の千人針があったため、松尾大尉の母・まつ枝さんは息子が身につけていた千人針を一目見たくてオーストラリアに向かった。この時、まつ枝さん83歳であった(下画像中央)。

イメージ 2

オーストラリアに着くと「勇者の母」として大反響で、オーストラリア政府はまつ枝さんに「名誉市民」の称号を与え、戦争記念館の館長からは息子の千人針を返してもらうことが出来た。

まつ枝さんは千人針を受け取ると「我が子の血で染まった千人針を、もう一度抱きしめて寝たいと思います」と言った。

これは松尾大尉が出撃前、両親と最後の夜を旅館で過ごした時、息子が「今夜は母様と一緒に寝る」と言ってまつ枝さんと添い寝して過ごしたことを思い出したのであった。

その後、まつ枝さんがオーストラリアを離れる時、記者会見が行われ、こういうやり取りがあった。
記者:「最愛の息子を失ってさぞ淋しい日々を過ごされたと思います」
まつ枝:「日本では国に忠義を尽くすことが本当の親孝行になるのです。私の子供は大きな孝行をしてくれました。少しも淋しいとは思いません」

そして、帰国するとラジオ大阪から電話取材があった。
記者:「シドニー湾に立たれた時はいかがでしたか?」
まつ枝:「よくこんな狭いところを通って行ったものだと思いました。これまで私は息子を叱ってばかりいましたが、今度だけはよくやったと褒めてやりました」と言うと、電話はいきなり切られた。

あるテレビ局が出演を依頼してきた時に「オーストラリアでは大変な歓迎だったそうですね。ぜひテレビに出て下さい。ただ何をしゃべっても結構ですが、最後には『戦争は嫌いだ』で結んで下さい」と言われた。

するとまつ枝さんは「戦争が好きな者はいません。しかし無理難題を吹きかけられれば、やりたくない戦争をやらなければならない場合があります。だから戦争は嫌いだという言葉は言いたくありません。戦争が嫌いだというだけで日本が護れましょうか」と断りました。

まつ枝さんは知り合いにオーストラリアのことを聞かれるといつもこう言っていました「教育勅語の精神で行ってきたばい」。

戦後もずっと松尾家の床の上には「教育勅語」が掲げられていた。

そして、昭和55年1月23日、まつ枝さんは孫娘に「紋付の羽織を出してもらいたい」と頼み、黒の羽織を着ると「どうやらお迎えが来たようだ」と言い、孫娘に手をついて永い間のお礼を言い、そのまま横になると深い眠りに入り、24日に永眠された。95歳。

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