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【施光恒】秩序を支える縁の下の力持ち

2017年05月26日 | 日記
https://38news.jp/column/10524

イギリス中部のマンチェスターでテロ事件が発生し、22名が犠牲になりました。IS(イスラミックステート)が事件への関与を主張する声明を出しています。

このテロ事件の発生を聞いて、私は、三橋さんが最近よく言及なさっている「移民政策のトリレンマ」を思い出しました。

三橋さんが定式化した「移民政策のトリレンマ」とは、「外国人移民受け入れ」、「治安維持」、「国民の自由」の三つを同時に成り立たせることは不可能だという命題です。

つまり、以下の三つの選択肢のうち、我々は一つを選ぶしかないのです。

(1)移民を受け入れ、治安を維持しようとすると、自由を失う。
(2)移民を受け入れ、自由を保とうとすると、治安が悪化する。
(3)自由を保ちつつ、治安を維持したいのであれば、移民を受け入れることはできない。

現状で各々の選択肢をとっている実例として、三橋さんは、(1)についてはシンガポール、(2)はヨーロッパ諸国や米国、(3)はこれまでの日本、を挙げています。

このトリレンマの議論は、ホントに卓見だと思います。

普段あまり意識しませんが、我々の享受している政治秩序とは、文化や慣習、道徳感覚の共有といった「半ば無意識のもの」にかなりの程度依拠しているという事実を的確に洞察しているからです。

現代人は、秩序というものは、もっぱら政治権力や法律、ルールによって作り上げられていると考えがちです。しかし、そうではありません。ある社会の秩序は、文化や慣習、常識、道徳意識といった、その社会の人々が暗黙裡に共有しているものに依拠している割合が結構大きいのです。

また、文化や慣習、常識、道徳意識などを共有している人々の間に成立する仲間意識(連帯意識)にも大いに支えられているという点も忘れてはいけません。

例えば、日本の秩序は、日本人の多くが共有している文化(言語もその一つです)、慣習、常識、道徳意識にかなりの部分、依存しています。

現代人は、自分たちが享受している秩序が文化や慣習、常識といった半ば無意識のものに依拠しているという事実を素直に認めたがらない傾向があります。なかでも「自分はインテリ(知識人)だ!」と思っている人ほど、この傾向は強いようです。

インテリを自認する人々にとって「半ば無意識のもの」に秩序が支えられているということは、何か不合理に感じられ、合理的でありたいと願う彼らの自己イメージと矛盾してしまうのかもしれません。あるいは、「半ば無意識のもの」は、部外者にはわかりにくいものなので、秩序形成がそこに依拠しているとすれば、「開かれていない」「内輪の」「偏狭で排他的な」社会だということになり、望ましくないと感じるのかもしれません。

ちなみに、『1984年』や『動物農場』といった小説を書いた英国の作家ジョージ・オーウェルは、「愛国心」について次のように述べています。すなわち「愛国心」とは、「自分では世界中でいちばんよいものだと信じるが他の人びとにまで押し付けようとは思わない、特定の場所と特定の生活様式に対する献身」(「ナショナリズム覚書き」)を意味します。

オーウェルの言葉を借りて述べれば、各地の秩序を支えている大きな要素は、各々の土地の人々が共有している特定の生活様式(文化や慣習と言ってもいいでしょう)であり、それへの愛着(愛国心)なのです。

「知識人」を自認する人々が望ましいと思うか否かにかかわらず、各地の秩序は、文化や慣習、常識、道徳意識といった「半ば無意識のもの」や、それを共有する人々の間で生じる連帯意識に基づき形成されています。

ですが、グローバル化の流れは、各地域の特有の文化や慣習、道徳意識を壊し、世界を「グローバル・スタンダード」へと一律化しようとします。加えてグローバル化は、各地の人々の連帯意識も破壊してしまう恐れが大きいのです。移民政策は、グローバル化推進策の最たるものの一つです。

移民政策を推進すれば、各地の秩序を支えてきた「半ば無意識のもの」はうまく機能しなくなります。人々の連帯意識も弱まります。その結果、当然、秩序は揺らぎ始めます。

この揺らぎにもかかわらず、政府が、移民受け入れを継続し、なおかつ何らかの統制強化策もとらない場合、治安が悪化します。

「移民政策のトリレンマ」で言えば、選択肢(2)「移民を受け入れ、自由を保とうとすると、治安が悪化する」が示すとおりの事態に陥ります。

先日のマンチェスターでのテロ事件をはじめとして、テロや暴動が数多く発生し、治安がボロボロになっている昨今のヨーロッパは、まさにこの状態にあるといえるでしょう。

テロや暴動が頻発する状態に、多くの人々は耐えられません。移民受け入れをはじめとするグローバル化政策を推進する限り、ヨーロッパは徐々に、治安維持のために人々の様々な自由を制限する方向に向かうでしょう。つまり、「移民政策のトリレンマ」の(1)「移民を受け入れ、治安を維持しようとすると、自由を失う」という状態に向かっていくと思います。

ところで、私はアンドロイドのスマートフォンを使っているのですが、最近、スマホによくアンケートが届きます。訪れた店や公共施設について簡単な質問項目が書いてあり、それに答えよというものです。

驚くべきなのは、完全にこちらの行動が把握されていることです。もちろん、スマホの位置情報を普段切ってしまえばいいのですが、私がいつどこにいるのかの把握は、スマホを持ち歩いている限り、技術的には可能なのでしょう。

情報技術(IT)は今後どんどん発展するでしょうから、個々人の行動の把握や統制は、ますます容易かつ巧みになるはずです。

つまり、グローバル化を推進する限り、世界は、情報技術を駆使した、ハイテクな全体主義的管理社会になっていく可能性が高いのです。各種の自由とか民主主義といったものは、徐々になくなっていくのではないでしょうか。

グローバル化路線を継続するために、結局、自由や民主主義をしだいに捨て去っていくというこの方向性、ばかばかしいですよね。

移民推進などのグローバル化政策は、自由や民主主義、あるいは治安のいい安心して暮らせる社会などを犠牲にしてまで追求する価値のあるものだとはとうてい思えません。

移民政策はとらず、その他のグローバル化にも一定の歯止めをかけ、ヒト、モノ、カネ、サービスの国境を越える動きを、国民の民主的な意思できちんと監督・調整できる力を取り戻すほうがはるかに良いでしょう。

昨年生じた英国のEU離脱の決定や米国のトランプ大統領選出がそうであったように、「グローバル化路線は、格差拡大や治安の悪化を招くなど望ましくない点が多いため見直すべきだ」という声は、今後もしだいに大きくなっていくでしょう。

今のグローバル化路線よりもましな、より公正で安定し、害悪の少ない世界をどのように作っていくか、つまり「ポスト・グローバル化」の世界秩序構想をいかに練っていくかについて、そろそろ腰を据えて考えていかなければなりません。

その際、重要なのは、ある社会の秩序を作りだし支えているのは、政治権力や法やルールといったものだけではなく、その社会の多くの人々が共有している文化や慣習、常識、伝統といった「半ば無意識のもの」でもあるという事実をきちんと認識することなのです。
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