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『となりのトトロ』、視聴率20.2%を記録! 放送12回で10回目の20%越え

2010年07月27日 | ネタ物
>宮崎駿監督の人気アニメ映画『となりのトトロ』が23日、日本テレビ系で放送され、平均視聴率が20.2%(関東地区・ビデオリサーチ調べ)だったことがわかった。1989年のテレビ初放送から今回で12回目の放送ながらも、計10回目の20%越えを達成。“夏休みの定番アニメ”として、老若男女問わずあらゆる世代から愛される作品であることを改めて実証した。


『となりのトトロ』、視聴率20.2%を記録! 放送12回で10回目の20%越え


そんな根強い人気のトトロに【本当は怖い”となりのトトロ”裏話】と言う物が有る事を知りました。真偽については公式無いので不明です。


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さつきとメイは途中で本当は死んでしまい、
それを父親が想像で生きていたらこうなっていて欲しかったと書いたのがとなりのトトロであり、
作中でずっと書いていたのはその原稿だという説。

(さつきとメイがトトロと一緒にでかい木の上で何か吹いていたシーン、あそこでお父さんがチラッと木を見やり、少し満足げにして書類に向かう。確かに違和感あり。父の想像を臭わせます。)





まず、トトロというのは死神、冥界への使者であり、トトロに会った人は死が近い、もしくは既に死んでいるという裏設定。

『トトロ』とはサツキがメイに「トロルのこと?」と聞き直した様に、トロルをモデルにしています。
トロルは地方によって異なりますが、死神であったり、気に入った者には幸福をもたらしたり、またある時は子供をさらうと言われています。


そして母親の入院していた七国山病院のモデルとなった
八国山病院という実際にあった病院は、末期患者や精神疾患患者を収容する場所であったという話。

上記の通り、当時の所沢周辺は実際に結核患者の療養地でした。


(母親の病気は結核であるとウィキペディアにも記されています。結核は1950年までは日本人の死亡原因のトップ。となりのトトロの時代設定は1950年代・・・)



メイが行方不明になって池でサンダルが見つかる騒ぎが途中でありますが、あの時既にメイは池で水死しており・・・

「これ・・これだよ」
老婆の差し出したサンダルを見てサツキは凍りついた。それはメイの物であった。
しかし、サツキはぐっと唾を飲み込み、言った。
「メイのじゃない・・・」

(確かに引きつっていました。)


今ここで本当の事を言えば、間違いなく老婆は卒倒するであろう。
老婆の身を思い、サツキは嘘をついたのだった。
妹の死を悟り、その場にしゃがみ込むサツキ。

(メイのサンダルの詳細。
ピンクで、つま先の方が2〜3本のひもで、踵にも一本あるタイプだ。
沼から出てきたのは、つま先が2本、踵ヒモもあるタイプだ。そしてピンク。)



メイの物ではないと聞き、安堵してしゃがみ込む老婆。
そしてサツキは気付いた。メイは病院へ行こうとしていた。
ならばメイの魂は未だ病院を目指して迷子になっているに違いない。

「このままではメイの魂は永遠に迷子のままになってしまう・・・」
「いや、もしかしたらどこかで生きているかも知れない・・・」
サツキは決心した。かつてメイがトトロに会ったという場所で語りかけた。

「お願い・・・トトロに会わせて!!」
木のトンネルを進むサツキ。その先には以前は無かった道があった。
サツキの言葉が冥界への扉を開いたのだ。
そしてその道の先には冥界の番人、トトロがいた。




「トトロ、メイが迷子になっちゃったの。探したけど見つからないの。
お願い、メイを探して!今頃・・・きっとどこかで泣いてるわ・・・
どうしたらいいか分からないの!」

「みんなには見えないんだ・・・」



というセリフから分かるように、さつきは自ら冥界への扉を開け、魂を運ぶ乗り物である、猫バスに乗ってメイの元へ向かったのです。
(ネコバスの行き先表示の札に「墓道」が出てきているのも暗示・・・)




さらに病院のシーンでは母親が



「今、あの木のところで、さつきとメイが笑ったような気がした」


と言う。なぜ母親だけに二人の姿が見えた気がして、尚且つ二人は近くまできているのにも関わらず、実際には両親に会わずにメッセージ付きのトウモロコシを置いていったのでしょうか?
それは二人が既に死んでいるからです。

そして、父親は全く気が付かなかったのに対し、母親だけが死んだメイとサツキの気配に気づいたのは、母親にも死期が近づいていることを現しています。


(生きている子供のことについて、「あの木のところで・・・」なんて言うでしょうか?
そして、母親に会わなかったのは心配かけまいとして・・・と言うのであれば、なぜメッセージ付きのトウモロコシは置いていったのでしょうか。

メイとサツキは父親にはトトロのことも猫バスのことも揚々と話していました。
「心配をかけまいとトウモロコシだけ置いて帰った」というのは、不自然すぎます。)


母親の発言に対し、父親も「案外そうかもしれないね。」

もし生きているなら「こんなところにいるわけがないだろう。」
が自然な台詞です。
否定しないのは、父親は二人が死んでいるのを知っているからです。



・メイが行方不明になった後から、メイの影がなくなっている。

・最後のシーンでは全員が若返っており、実はあれは後の話ではなく、生前の昔のシーンをくっつけハッピーエンド風に仕立てただけ。 もしくはエンディングの歌が始まって以降は本編とは別の終わり。
(サツキの服装を見ると、スカートではなくつなぎのようなものを着ています。これは現実ではなく、父の想像かも知れません。)



・所沢市に隣接する狭山市で起きた、女子高生が殺害された狭山事件をモデルにしている?

サツキ=皐月
メイ=May=五月
狭山事件発生日が5月1日

狭山事件では誘拐された女子高生の姉が犯人との交渉に参加している。

トトロの舞台は狭山丘陵が広がる、埼玉県所沢市松郷地区(所沢市)。






狭山事件(さやまじけん)とは、1963年5月1日に埼玉県狭山市で起こった、高校1年生の少女を被害者とする誘拐殺人事件。同年5月23日に被差別部落出身の石川一雄(当時24歳)が容疑者として逮捕されたが、一審の死刑判決後に冤罪を主張。その後、無期懲役刑が確定して容疑者の石川は服役した(現在は仮釈放されている)。

しかし、捜査の過程におけるいくつかの問題点がさまざまな立場から提起されており、石川とその弁護団及び支援者が、冤罪を主張して再審請求をしている。また、容疑者が被差別部落出身であったことから、この事件は部落差別との関係を問われて大きく取り扱われることになった。なお、差別による冤罪を主張する立場からは、この事件に関する裁判は狭山差別裁判と呼ばれる。


ここまでなら「偶然5月だった」という解釈も出来るのですが、宮崎駿監督は左翼としても有名な方です。ググれば一発です。彼が学生運動に参加している時代に狭山事件は起きています。
(どなりのトトロと同時上映された「蛍の墓」もメインテーマは妹の死でした。)


つまり、宮崎駿監督がこの事件について精通している可能性は高く、これを皮肉って『となりのトトロ』に盛り込んだのでは、という見方も出来るわけです。

一見平和で高度経済成長によって最先進国となった”完璧な日本”が『となりのトトロ』の表向きな姿であり、しかしその裏には人種差別や理不尽な国家権力という巨悪が潜んでいるのに、なぜ気がつかない?そんなメッセージの可能性はないでしょうか。

「となりのトトロ」の劇場での上映が、戦争によって死んで行く悲しい兄弟の話「火垂るの墓」と同時上映だった点からも、何か通じるものを感じます。

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こんな裏話があるんだね・・・・



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となりのトトロ 被差別部落 無期懲役刑 メインテーマ 火垂るの墓 高度経済成長 そうかもしれない きっとどこかで アニメ映画 日本テレビ系 平均視聴率 ビデオリサーチ 1989年のテレビ
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