幻の詩集 『あまたのおろち』 by 紫源二

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クオリアを意識する心、意識を意識する意識

2017-06-18 00:24:19 | Weblog

(スルーしてください。)
クオリアとは何か?
以下Wikipedia より

たとえばリンゴの色について考えた場合、自然科学の世界では「リンゴの色はリンゴ表面の分子パターンによって決定される」とだけ説明する。つまり、リンゴ表面の分子パターンが、リンゴに入射する光のうち700ナノメートル前後の波長だけをよく反射し、それが眼球内の網膜によって受け取られると、それが赤さの刺激となるのだ、と説明する。そしてこの一連の現象のうち、

どのような分子がどのような波長の光をどれぐらい反射するのか(光化学)
反射した光は、眼球に入った後、どのようにして網膜の神経細胞を興奮させるのか(→網膜→錐体細胞→ロドプシン→レチナール)
その興奮は、どのような経路を経て脳の後部に位置する後頭葉(視覚野)まで伝達されるのか(→視神経→視交差→視索→外側膝状体→視放線→視覚皮質)
後頭葉における興奮は、その後どのような経路を経て、脳内の他の部位に伝達していくのか(→腹側皮質視覚路、背側皮質視覚路)
という点に関しては神経科学でも物理学でも哲学でも、専門分野の違いに関わりなく、ほぼすべての研究者の間で意見が一致する。

だがこうした物理学的・化学的な知見を積み重ねても最後のステップ、すなわち「この波長の光がなぜあの「赤さ」という特定の感触を与え、この範囲の光はどうしてあの「青さ」という特定の感触を与えるのだろうか」といった問題は解決されない。

以上Wikipedia より。

この最後の感覚。すなわち“赤い感じ”そのものがクオリア。
それは主観的な経験であって、客観的には知り得ない。Aさんが見ている赤がBさんが見ている青だったとしても、それを“外側から”検証することはできない。それがクオリア。
「コウモリであるとはどういうことか」を人間は知り得ることができるのか? これが認知論のハードプロブレムと呼ばれている難問。AIがいくら発達しても、ロボットは果たして“意識”を持つ事ができるのか。もしロボットが“意識”を持ったとしても、それを検証し得る方法は果たしてあるのか?

これは(ハードプロブレムは)実は、とても禅的な問題だと思う。
この難問に対していろいろなアプローチがある。物理還元的一元論。二元論。量子脳理論。不可知論。新神秘主義。

AIのシンギュラリティーを迎えたとしても、この難問は解決されないだろう。これはAIによって回答を得られるような問題ではないからだ。

「クオリアを意識する心」
「意識を意識する意識」
の状態になると、不思議な感覚になる。
私が最近はまっているのがその状態。
クオリアを意識すること。
赤が赤として見えることを意識すること。意識が意識としてあることを意識すること。














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