幻の詩集 『あまたのおろち』 by 紫源二

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2017.4.9

2017-04-09 11:24:59 | Weblog

脳も肉体の一部ですから、精神的なストレスは実は脳の疲れなのかもしれません。でも、脳を休めれば疲れがとれるかというとそうでもなく、禅寺の生活のような規則正しい繰り返しが何の迷いもなく続けられれば、一番いいのかもしれないと思ったりもします。私は仕事が休みの週末は、実家の離れに引きこもってかなり不規則な生活をしています。今日は十数時間本を読んでいて、自分は少し異常ではないかと感じていたところです。変な書き込み、失礼します。

禅はかなりエゴイスティックですね。悟ったとしても自分個人が救われるだけ。キリスト教のように弱い者を救おうとはしない。禅は強い者の宗教です。弱い者でも、自分個人だけの問題なら、比較的に簡単にストレスから解放され得ると思います。インドのサドゥーのように世俗を離れて放浪すればいいのですから。そうすれば、社会生活はなくなります。ある程度、苦しみから解放されます。
ピカソはデッサンを正確にすることができた。漱石は日本語を正しく使うことができた。これは社会的に、すごいことなのだと思います。共通言語が話せた。万人に共通するエッセンス(デカルトはこれを理性といいましたが)を働かせること、これはもしかしたら、AIにはできないことなのかもしれません。