週刊☆彡星野村

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星のロマン その2

2017年07月15日 | ほしふることふみ~星降事記

もう梅雨明けしたのかな?というくらいの綺麗な青空が広がっている星野村。
みなさんいかがお過ごしでしょうか。 ron です。

さて先日のお話の続きです。

星野村の名まえの由来を調べてたどり着いた言葉、「星に縁ありて・・・」。

そこで思い浮かんだのは例の映画。誰の名前かは忘れたのですがその映画です!もしかしたら星野村に大きな彗星から分裂した隕石が降ってきたんじゃないか。たくさんの星が降ってきたところ、それが「星」の村の由来だったりして。

星野村、隕石落下説を検証!!

まず国土地理院のホームページに直行し、星野村周辺の地形図を検索。国土地理院の地図は2Dの地形図だけでなく、3Dの地形図も見ることができ、直観的に山の起伏が分かるスグレモノ。期待に胸を膨らませページをドラッグしながら地形をくまなく調査。例えばアメリカ合衆国アリゾナ州のクレーターのような盆地型の地形があればベスト! と、しばらくいじってみたものの、どの地域も綺麗な山並みと谷筋で、隕石が衝突したような形跡を見つけることができず、断念。

そこで考古学的アプローチが難しいとなれば、今度は文献を調査! そのような記録が無いか星野村史や筑後地方の郷土史などを走り読み。一通り調べてみるも、隕石の落下や爆発の記録は見当たらず。あったのは久留米から浮羽に伸びる水縄断層で発生した679年の大地震の記録。この地震では、久留米の高良山が崩落したり、高さ6mの地割れが10kmに渡って続いたりとか、丘の上にあった家が夜中に地震に遭い、朝起きたら丘の下まで移動してて家人一同びっくりした、とか、もう相当被害がひどかったみたいです。

でもこれは星とは関係なし。

名まえに残る程の隕石が落下したとあれば、その時代相当話題になったわけで、これらの記録には必ず残るはずです。でもそれらしいことが全然見当たりません。たしかに太宰管内志が書かれた江戸時代には既に「星に縁があったからそんな名がついたんじゃないかなぁ」程度しか残っていなかったので、それはそれで当然かもです。

もし隕石落下説にこだわるとしたら、少なくとも679年の大地震以前、そして古事記や日本書記に残っていないとなると、もう卑弥呼の時代以前までさかのぼる、ってことになるのかなぁ

ということで彗星&隕石説は考古学的、文献学的には証拠が得られず迷宮入り。ただふるさと公園内にある自然湖、麻生池は古代の地滑りによってできたと昔から言われていて、これがこの679年の筑紫地震なのか、それとも実は隕石落下によるものなのか、それは分かりません。そして、さっき調べた地形図の中で、池の山周辺だけが少し地形の様子が違っています。これもまだまだ解けない謎です。

真実への道のりは遠く、歴史の迷宮は深く。

今日はこれくらいで。

もうちょっと続きます。 ron でした

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