TOP PAGE BLOG ENGLISH CONTACT




 昨日、鹿児島県志布志市に到着した私たち「志布志冤罪事件」社民党国会調査団は、突然亡くなられた永利忠義さんのお宅を訪れて焼香してから、鹿児島県警の「でっちあげ」の舞台となった虚構の「会合」の場とされた藤元いち子さん宅の和室を検証し、また苛烈な警察の捜査に追いつめられた懐俊裕さんが滝壺に身を投げた福島川の現場(懐さんは下流に偶然居合わせた人に救助される)を見て、永利さんの葬儀の前に、志布志無罪国賠訴訟原告団長の藤山忠さん宅に皆さんに集まってもらった。原告団は13人だが、2005年5月に検察庁から病院での取り調べを受けた山中鶴雄さんが死去しており、昨日の永利さんも去って11人となる。私たちは懐集落と志布志市内ですべての原告と会うことが出来た。

「今日は国会議員調査団、よくお越しになりました。永利さんで原告団からふたりを失いました。私たちにはあまり時間がありません。国も誠意をもって決着をしてほしいと思います。そして、何としても捜査の可視化、一部ではなくて全部の可視化が必要です。こうした事件を繰り返さないためにも」(藤山原告団長)

「このような場で買収事件などあるわけがない。いまだに謝罪もない。ぜひ、国会で追及してほしい」(永山トメ子)

「逮捕と聞いた時に『逮捕』の意味がわからなかった。なぜ、こんな目にあわなければならないのか。厳しい取り調べで水も飲ませてもらえなかった。死んだ方がいいと何度も思った」(藤本いち子)

 無罪住民の話を聞いた私たちは、連日の厳しい取調べが行われた志布志警察署を訪問した。先週から警察庁を通して「取調室」「留置場」を見せるように再三要請していたが、鹿児島県警は難色を示していると聞いていた。志布志警察署の玄関先には、副所長が応対に出てきたが、口調だけは丁寧だが、門前払い・玄関払いだった。驚いたことに「取調室」「留置場」を見せられないというだけでなく、「それなら、せめて口頭で取調室の広さや机・椅子の配置を説明してほしい」との要望も「そういうことも含めて、県警本部で対応しますから」と繰り返すだけ。私たち調査団が何を聞いても「県警本部で聞いて下さい」というセリフを言い続けた。

 次々と無辜の住民を逮捕し、ありもしない「買収事件」を構築するために、長時間の高圧的な取調べをした現場を見たいというのは、当然のことだろう。警察署前にいた記者たちには「この事件で訪れた国会議員調査団に志布志警察署で取調室を見せないというのは、大きなニュースだ」とコメントしたが、事件を繰り返さないために捜査現場の可視化が求められている時の頑な「調査拒否」に、改めてこの事件の深部にありつづける闇の深さを覗いた思いだった。

 そして、本日午前10時40分。私たちは藤山雄治鹿児島県警本部長に約30分にわたって会った。開口一番、近藤正道調査団長(参議院議員)が、「永利さんさんが昨日亡くなった。大変な思いをした住民の皆さんの声は、県議会や記者会見ではなくて、直接に謝ってくれということだ。過ちをおかした時の社会的儀礼の範囲で、ぜひ直接に謝罪されたらどうですか」と促した。

 本部長は、「捜査に問題があったことは、たびたび県議会でも答弁している。5月26日から、試行的に監督官制度を設けるなどの努力をし、志布志の件を教訓とするために、自分も県内の全警察署をまわったところだ」とした上で、直接謝罪はしない理由を次のように述べた。

「本件について、警察としては受け入れることの出来ない非難が住民の皆さんからある。『自白の強要があった』という主張も、その通りであれば刑事訴訟法上は証拠として認められない。事実、裁判所は調書を証拠として採用している。取調べの中で『強制、脅迫はなかった』。一審無罪判決は、『違法な取調べ』と認定していない。自白の信用性を認めていないということで、強制・脅迫などの違法な取調べがあったかどうかについては、判断していない。そして、国賠訴訟で争われている最中」として、住民の言い分を認める形での謝罪をすることは出来ないとした。

「無罪判決が出た元被告の皆さんには、違法な捜査は行われていないという前提で、結果的に御負担をおかしたとお詫びしている。しかし、『でっちあげ』ではない。このことを、近く国賠訴訟の場で明らかに出来る」

鳩山法相が「冤罪と呼べない」と言って、予算委員会でその発言を撤回したのは、2月14日だった。それから、4ヶ月が経過して地元の県警本部長は「でっちあげではない」と断言することに、心底驚いた。松本サリン事件で犯人扱いされた河野さんに、野中広務国家公安委員長が謝罪した時には、「違法な捜査だった」からなのだろうかと反問した。「それについては、よく把握していない」としたが、
志布志事件の教訓と言っても、「人権蹂躙」「見込み捜査」「長時間の威圧的捜査」などの核心は、虚構の事件を組み立てる「捜査の暴走」を抑えることが出来なかった点にあるのではないか。

 帰京してから、政府に対して「無罪住民への早期謝罪」を申し入れると共に、野党各党で協議して「志布志事件集中審議」を国会で実現したい。







この記事をはてなブックマークに追加
コメント ( 0 ) | Trackback ( 1 )



« 志布志事件は... 愛媛「山鳥坂... »
 
この記事のトラックバック Ping-URL
 


ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません
 
・送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。
 
 
鳥居正宏、チベットを擁護して迫害・強制排除される (その後) (鳥居正宏のときどきLOGOS)
【本文記事抹消についてのお知らせ】 この記事本文は、京都・大阪・神戸を主たる活動拠点とする、一市民団体である「市民社会フォーラム...