地元のケーブルテレビ2社の合同インタビューで、「来年の抱負を漢字一文字か二文字で表すとしたら」という質問に答えて「結」と書いた。「絆」の次は「結」だろうという意味だ。毎日新聞で斎藤環氏(精神科医)が「絆」が頻繁に繰り返されることに対しての違和感を述べていたが、今年ほど「絆」という文字が世に出た年はなかった。東日本大震災を受けて自然的な共同体を再確認し、被災地の復興を願う思いを応援する気持ちも「絆」と呼んだのだろう。私は「絆」という一文字を政治の世界でコピーライトに使った人間である。(1996年『市民との絆』) 絆はやがて自民党総裁選挙で谷垣氏の思いをこめて掲げる文字となり、その後に政治の世界で更に広がり選挙でも多用された。
絆は「断ち切りがたい人と人との結びつき」をさしている。ただし、いささか束縛的なニュアンスもある。語源由来辞典によると、「絆は馬や犬などの動物を繋ぎ止めておく綱のことをいい、平安中期の辞書『和名抄』にもその使用例が見られる。絆は離れないように繋ぎ止める綱の意味から、家族や友人など人と人を離れがたくしている結びつきを言うようになった」
結とは、むすぶ、つなげる、たばねる、まとめる、かためる等の意味を持ち、結(ゆい)と呼べば伝統的村落共同体で続いてきて相互扶助の協同労働を意味する。相互意志に裏づけられたなつながりは「協力・協同関係」となり、形骸化した上意下達型の制度の硬直を超えて、生き生きと動き出す。そして、互いに対立事項をめぐり衝突するのではなくて、相互補完的に柔軟な力を発揮する。
「大人と子ども」「都市と農村」「生産者と消費者」など離れていたものが距離を縮め、文化的な相違を乗り越えてコミュニケーションをする力を高めていく。行政の力はぎりぎりまで背伸びしても限界があるが、住民自治の力は無限の発展性を持っている。「結」は、インフォメーションと機会の提供をすることで、出会うことのなかった人々が交流し、触発しあい、協同作業に入っていくこともイメージしている。それが地域で結ばれる姿こそが、高齢化社会を迎える私たちの鏡となるはずだ。

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