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10月24日、沖縄戦「集団自決」の教科書検定問題について、文部科学委員会で30分の質疑を行った。9月29日、沖縄県宜野湾市で開かれた県民大会に社民党平和市民委員長として参加し、翌日は渡嘉敷島に渡って生存者の聞き取りをしてきたのは、本ブログの読者なら御存知の通りだが、資料を集め、国会論戦の動向を見守りながら、渡海文部科学大臣と池坊文部科学副大臣のみに質問し、互いに議論した。議事録全部だと長くなるので、後半白熱した部分だけここに紹介する。

2007年10月24日 文部科学科学委員会(この記録は、保坂展人事務所の責任で書き起こしたもので、正式な記録は後日、衆議院のホームページに掲載されます)

保坂(展)委員:・・・慶良間諸島で、渡嘉敷島以外にもそういった集団自決は起きているんですね、何ヶ所かで。ところが、集団自決が起きていない島もあって、前島という島なんですけれども、そこには軍隊がいなかったんですね。つまり、軍隊がいないということと集団自決がなかったということと関係があると私は思うんですね。

 というのは、武器弾薬というのは厳重に管理されているわけで、だれもが自由に持ち出すような状況には当時とて絶対なかっただろう、郡が管理している手りゅう弾ですから。その軍が管理している手りゅう弾を島の人が、軍に参加をした防衛隊、この人たちが配ったという記録があるわけで、手りゅう弾の出どころはどこなんだというと、軍なわけですね。

 つまりは、軍が沖縄戦の一番の、最先頭の、これは特攻作戦だったと思うんですが、こういう中で陸上戦など想定していなかった、しかし、手りゅう弾はあった。その手りゅう弾を防衛隊を通して渡したのか、その辺は明確に道筋は私も記録上見つけられないんですけれども、受け取ったという証言はある。一方で、武器は厳重に管理されていたというのも、当時の軍隊、今もそうでしょうけれども、鉄則であるというところから見ると、軍が島に入るということ、そして軍が管理している手りゅう弾であるということ、その手りゅう弾が住民に渡るということを考えると、やはり大きな関係があると思わざるを得ないんですね。そこはどうですか。

渡海国務大臣:それは先生のおっしゃるとおりだと思います。基本的に、住民がも
ともと手りゅう弾を持っていたということはないわけでありますし、軍の関与がなかったということは、これはだれも言っていないと言うと語弊があるかもしれませんが、これは検定でもそのことは認めた検定になっておるわけでありますから、軍が関係なくそういうことが起こったということはないというふうに判断しております。

保坂(展)委員:それでは、その検定の内容に入りますけれども、清水書院の日本史Bでは、当初には、「なかには日本軍に集団自決を強制された人もいた」という部分が、検定意見、これは「沖縄戦の実態について誤解をするおそれがある表現である」ということで、「なかには集団自決に追い込まれた人々もいた」というふうに変化したんですね。

 これは、他の議員も指摘しているかもしれませんが、渡海大臣、よろしいでしょうか、つまりは、すべての集団自決は日本軍によって、例えば軍の命令によって強制され行われたとは教科書も書いていないんですね、「なかには」ですから。多分その幾つかのケースでは、あるいはそれはパーセンテージはわかりませんけれども、これだけ読むと、「なかには日本軍に集団自決を強制された人もいた」ということですから、これはどういう誤解が生じるんでしょうか。

渡海国務大臣:この検定意見は、すべてにおいて軍が強制したものではなかったという、誤解が生じるおそれがあるということでつけられたという報告を受けております。

保坂(展)委員:私も決算委員会などで、渡海大臣に本当に厳しいアドバイスというか激励もいただいて、非常に論理的に……もうおわかりになっていることだと思います。私の意図はわかると思うんです。大臣という立場でなかなか答弁は難しいのかもしれませんが。

 もう一度、よろしいですか。今の大臣の答弁をそのまま当てはめても、「なかには日本軍に集団自決を強制された人もいた」という日本語は、つまり、「すべて」というふうには言っていないわけですね。そうすると、どういう誤解が生じるんでしょうかということについて、もう一度お答えいただけるでしょうか。

渡海国務大臣:強制という言葉の意味をどういうふうにとるかということで誤解があると解釈をされたんじゃないかというふうに報告はいただいておるところでございます。集団自決をされた沖縄の住民すべてに対してその自決の軍命が下ったか否かを断定できないという判断に基づいてあのような検定がなされたというふうに報告を受けております。

保坂(展)委員:そうすると、論理的に進めていくと、今大臣がおっしゃったように、「強制」というところが引っかかったということですね、「強制」。そうすると、日本軍によって集団自決を強制された人はいなかったんですか。つまり、「すべてそうだった」という話じゃなくて、沖縄戦の中で日本軍によって集団自決を強制された人もいたんじゃないですか。これは県民大会の皆さんの主張なんかで大きくわき立っているところなので、お答え願います。

渡海国務大臣:私が理解しておりますのは、報告を受けていますのは、すべてにおいてそういう強制、一部においてもその強制みたいなものが行われたかどうかがすべてにおいて断定をできない、断定をできないから誤解をするおそれがある、そういうふうに検定がなされたというふうに報告を受けております。

保坂(展)委員:伊吹文科大臣は、議事録を読むと、すべての集団自決が軍によって強制されたということではないという趣旨の答弁をされているんですね。

 今のお話は、「人もいた」ということですから、つまり、集団自決の中にはいろいろなスタイルがあるでしょう。しかし、その中で、軍に強制された人もいたという表記が誤解だということであれば、当時の日本軍に集団自決を強制されたケースは文部科学省としては今のところ確認していない、つまりは、それがあったということは言えない、教科書で書くのはやはり誤解を招く、そういうことなんですか。

渡海国務大臣:ちょっと言葉が足りませんでした。申しわけありません。伊吹さんが説明されていたのが、一応この検定意見のつけた理由でございます。すべてにおいて強制されたということは断定できない、これは教科書検定委員会において付された意見でございますから、そういうことで付されたということでありまして、検定委員会で調査書が出されて、検定委員の審議委員の先生方が、一応これでいいだろう、そういう手続においてこの検定意見が付されたというふうに承知をいたしております。

保坂(展)委員:ですから、軍の関与というのはお認めになったけれども、私も、もうああいう戦時中の極限状態ですから、その強制なりなんなりということが文書とか口頭命令という形でなくても起こったんだと。それは伊吹さんが言うように、すべて、あらゆるケースにおいて軍が強制した、それは言えないかもしれない。しかし、その伊吹大臣の話は、「すべてそうじゃない」という話であって、部分的にはあるという話じゃないですか。そうなれば、「なかには日本軍に集団自決を強制された人もいた」というのは余り誤解は生まない表現なのかなと。

 沖縄県民の方ももっと違う記述の、これはわかりやすいからこの例を出したんですが、大臣、教科書検定の検定意見というのは、一度ついてしまえば未来永劫変えられないんですかね。文部科学大臣の今当委員会における答弁と、教科書調査官の意見ですか、これとどちらが重いんでしょうか。

渡海国務大臣:どちらが重いかというよりも、検定制度というものは、私が諮問はします、答申はしますが、その中身について、要は、政治的な介入といいますか、自分の意見でもってこれこれこういう検定意見をつけろとか、こういうふうな変更を行いなさいということはできない、できない仕組みになっている。また、だからこそ政治的中立なんだというふうに理解をいたしております。
(中略)

保坂(展)委員:過去、検定制度が今と違った86年の新編日本史のときには、検定が終わって、そして、これは見本本ですかね、そういった本が最終的に出る前に、これは当時の、86年ですから、その前の近隣諸国条項ができたときの教科書問題を踏まえて、異例ではあったけれども、検定そのものを修正したという経過があったようであります。

 渡海大臣、前予算委員会で、文部科学省の検定制度にも幾多問題もあり、その透明化ということをおっしゃっていますね。ただ、この沖縄戦の集団自決のこれだけ重い実態について、それは、私は研究していますよという方は、委員の中に必ずしもいらっしゃらなかった。その調査官が論拠とされたのは、訴訟が起こったりしたことも配慮したと言うことでありますけれども、もっと実態を踏まえた、これはもう国民的な議論、特に沖縄の人たちの問題であるとともに、日本にいる我々がこれからどういう国づくりを目指すのかという問題でもあり、沖縄の問題で沖縄の方の話ということじゃないんですね。

 そういうことから考えると、一体何があったのかと、今渡海大臣ともちょっと議論がありましたけれども、一体何があったんですかということを、これは体験者が存命のうちにしっかり聞いておく、そして、もし事実を文科省の検定意見が誤っていたのであれば、あるいは踏み込み過ぎたり、あるいはその本質からずれたところにあったのであれば、これはどうしたらいいのかということを本気で考えていただきたいんですね。

 今の制度では、検定意見がついたら、これは今、訂正申請を待つということで、検定意見そのものは残るわけですね。ただ、沖縄の人たちが大きく声を上げたのは、この検定意見そのものを撤回してほしいと。渡海大臣がおっしゃっているのは、それは政治介入になるから、これはなかなか難しいんですよと。しかし、これだけの議論があって、今新たに随分証言も出てきました。そうすると、新たに現時点における認識を反映させて、やはり教科書の記述というものを正確なものにしてほしい。そのための制度を見直したりすることも必要なんじゃないですか。

渡海国務大臣:問題は、大きく分けて二つあると思っております。
 一つは、今先生おっしゃいましたように、最終的にこの問題に今回どのように対応していくかということでございますが、これは今池坊副大臣からもお話がございましたように、すべての5社から訂正申請が出るというとことで、手続の相談がございます。これについては真摯に対応していきたい。そして、やはりこれは再度審議会の委員の先生にお諮りをして、今先生がおっしゃいましたように、この間の状況の変化というものがあるわけでございますから、そのことも踏まえて最終的に御判断をいただくということが適当であるというふうに考えております。

 もう一点は、この検定制度が、今回のことを受けて今のままでいいのかどうか、これは幅広の議論と、それからもう少し絞った、透明性を上げていくという議論と二つあると思いますが、後者の方は、ぜひ私の責任においてやらせていただきたい。それは、やはり検定というのは静かな環境のもとでやっていただかなきゃいけないということは、これは先生も御理解いただけると思います。そのもとで、今回もし出されて、終わったら、その終わった段階でしっかりと途中の敬意も、今までは全部これは非公開であったわけですが、部会の議論も少しは出していただくようなこともお願いをしたいというふうに考えているところでございます。
 それと同時に、この検定制度、最後の改正が平成元年ですかね。それら少し時間がたっておりますので、少しいろいろ検討するのも必要かなと考えております。

(2007年10月24日衆議院文部科学委員会)

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