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 新年、元日も夕方になりました。本年もよろしくお願いいたします。今年の賀状を見ると「おめでとうございます」と書いていない人が比較的多かったように思います。昨年の東日本大震災や原発事故と多くの人が亡くなって、また避難生活をしいられている大災難の後だけに、お祝いを言いにくい気分は私にもあります。けれども、今日の時代を限られた生命を十分に生かして、子々孫々に安心して暮らしていける環境を引き継いでもらうために元気でやりましょうという意味をこめて、2012年を共に迎えていることを喜びたいと思います。

 昨日は、年越しの『朝まで生テレビ』を午前4時前まで見ました。議論の場を東京から福島に移して、被災者の人たちも議論に参加していた。ひとりひとりの発言は重く、東京のメディアが「復興に向かう被災地レポート」として送り出されるレポートにはない肉声が聞けたことは大きな意味があったのではないと感じました。上杉隆さんが「南相馬から真っ先に逃げ出したのは大手メディアなんですよ」と「メディアの責任」を問い続けていたのは同感だった。野田政権による「事故収束宣言」がどんなに薄っぺらな仕切りであっても、「まあ、一段落か」と思わせる集合無意識を生みやすい。福島に地で被災者・被害者が直面している状況を語り合い、そのまま継続的に報道を続けることをメディア関係者には願いたい。

 世田谷区には約400人の被災者の人たちが区営住宅や民間賃貸住宅を利用した県外版「応急仮設住宅」にお住まいになっている。そのほとんどが福島県から首都圏に来られた方々である。区ではこれまで2回、皆さんに集ってもらい懇談会を開催すると共に、「住宅相談」「就職相談」「生活相談」「医療・介護相談」などの窓口を特設したが、1月23日には「避難されている方同士の交流会」を実施します。やがてめぐってくる「3・11」も共に迎えることも検討中です。

 今朝の各紙に折り込まれた『区のお知らせ』には、昨年10月に百歳の誕生日を迎えられた日野原重明先生と私の新春対談が掲載されています。11月には世田谷区民会館大ホールを満席にして1200人が日野原先生の「百歳記念講演」を聞きましたが、立ったまま舞台を歩き回りながらピンマイクで語り終えると、出口に移動して30分あまり本のサイン会と握手をして、その後に聖路加病院に向かわれました。

〔引用開始〕

区長 先生は医師として、亡くなっていく方も看取って(みとって)こられたと思うのですが、今100歳になられて、改めて命や死生観についてどのようにお考えですか。

日野原さん 私は、すべて生物には寿命があるということを理解して、それでも与えられた寿命を上手に、フルに、しかも感謝して生きようという姿勢が必要だと考えています。私が手を握り、あたたかい言葉で、笑顔で接しますと、患者さんと心を通わすことができるんです。たった一言、わずかの行動が、心をあたため、力を与える。だから、世田谷で暮らす皆さんが互いに声をかけあい、心が通いあうあたたかい地域になるようにしていただきたいと思います。

区長 区内でも一人暮らしの高齢者が増えて、孤独になってしまったり、生きる意欲が減退してしまったりすることが心配なんです。

日野原さん 手を握り、笑顔で声をかけることをぜひ実践してもらいたいです。一緒にご飯を食べるのもいいですね。分かちあって食べることでコミュニケーションができるんですよ。

区長 そうですね。世田谷式の生き方をみんなでつくっていけたらいいなと思っているんです。例えば人間はいつか寿命が来るわけで、大きなお屋敷を持っていても、ずっと自分のものにしておくことはできないですよね。

日野原さん 私たちは生まれるときは裸で生まれ、死ぬときにも裸で死ぬんです。なのに、持っているものを何かのために使って下さいということはなかなか難しいですね。アメリカの億万長者はみんな財産の半分以上を寄附するんですが、こういうことが浸透していくのには時間がかかりますよ。10年でも難しいから、20年のつもりでポリシーを立てて取り組んで下さい。区民の皆さんも、この区のポリシーが20年後に花咲くんだとイメージしながら賛同をしてほしい。

〔引用終了〕

『区のおしらせ』の新春対談の一部です。全部はこちらから読むことが出来ます。また、1月2日からは区のホームページの「お知らせ」から入っていただけると「動画配信」も行なう予定だと聞いています。

さて、日野原先生の健康法にも刺激されて、運動不足になりがちな昨今、なるべく街を歩くようにしています。今日は、世田谷区で36年前に始まった『区民元旦歩こう会』がありました。 当初は、世田谷区内6カ所のスタート地点から2・5キロ~7キロの道のりを歩いてくる皆さんの集合地点となる総合運動場で待ち受けるという計画でしたが、どうせなら待つよりも歩こうということで、午前10時20分から11時40分まで約5キロを区民の皆さんと歩きました。

集合地点となった運動場までは、こんな経路で参加者の皆さんが集まってきます。

「区民元旦歩こう会」(チラシ)

5キロというと普段歩く距離よりは長い。リズミカルに進みたいところだけれど、途中で先頭と後列があまりにも離れてしまい、何度か立ち止まって待ちながらゴールへと入った。終了後に歩いたついでにまた歩き、本日は携帯電話の万歩計によると「13・6キロ」「15000歩」となりました。とあれこれと書いたところで、今日のところは終わりにします。

 


 



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