「ちゃわんや15世 豊斎のblog」
茶陶、朝日焼の十五世、松林豊斎。
陶芸、お茶、日本の伝統的な美意識のほか、趣味のPCや携帯、そして祇園の遊び方。
 



昨日朝霧橋の畔、ちょうど神輿洗いのところで、稚鮎の放流をしていた。 宇治川漁協の年中行事で、今回は今年二度目だそうで二万尾ほどの放流という。 鮎漁解禁の前までに四回程度行うらしい。 バケツで放流するのかと思っていたら、水槽を積んだトラックから、 バキュームカーで使うような太さの透明のホースで、川に直接ドッと放流する。 稚鮎といっても、よく見れば10センチくらいの体長で、 すぐにも塩焼きできるような大きさだった。 . . . 本文を読む

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昨日我が窯の玄窯に火が入りました。 平成七年三月に襲名して以来、十七年です。 私の指揮のもとで玄窯を焚くのは、実に43回目になります。 だけどいまだに、手探り状態でなかなかマスターしたという 実感が持てません。 難しいものです。 写真は火をつけたばかりの窯口です。 今日も一日焙り焚きで、明日朝から本番になります。 焼成終了は 明後日未明の予定。窯出しは18日です。 . . . 本文を読む

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そして昨日は、家内と 「王朝の華 陽明文庫名宝展」のプレオープンに、出席した。 以前に名和文庫長さんのご厚意で、 陽明文庫を見学させていただいたことはあったのだが。 やはり藤原氏の筆頭の嫡流だけあり、 見ごたえある展観である。 道長の二十数年にわたる自筆の日記はじめ、 聖武天皇から明治期の絵画まで、 すごいものであった。 いく度かの戦乱をくぐりぬけ、 現代までこれらの名宝を伝えてこられたのは、 代々の並々ならぬ思いを重ねられた成果であろう。 先日の法隆寺の件も考えながら、痛感した。 . . . 本文を読む

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今でも諳(そら)んじて歌える。 よろず世かけて亀石の すがた動かぬ宇治川の 流れとともにすえ遠く つきぬ教えぞよどみなき 小学生にわかる筈もない文語の難しい校歌である。 よく高校野球で歌っている校歌の方が、 よっぽどわかりやすい。 しかし今思い出してみると、 五七調で格調高いし、 「宇治川」と「教え」の両方が「淀みなき」に 懸かっていることがわかる。 宇治川は、急流で「淀みがない」という川だったらしい。 しかもこの川は下流に桂川、木津川と合流すると、 淀川となるので、 宇治川はその淀川を対照しているのであろう。 この言葉を使った歌が、他にもたくさんある。 それをふまえて、教えとともに「淀みなき」と結んでいるのを、 最近気がついた。 源氏物語の「橋姫」に、 薫の君が、八の宮の邸に透垣(すいがい)越しに 大君と中の君が、箏と琵琶をひいているさまを、 覗き見るシーンがある。 そんな「八の宮の邸とは、朝日焼さんのあたりだと思う」 と瀬戸内寂聴先生がおっしゃっていた。 その時ざわざわと、 網代木を揺らす宇治川の音が聞こえている。 宇治川とはそんな音のある川である。 今度の土日は、宇治川祭りと桜祭りである。 8日(日)は松露会の「月釜」もかかる。 ぜひ大勢の方々に、宇治川の春を楽しんでいただきたいと思う。 . . . 本文を読む

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日経BPという時代の経済を扱うサイトのコラムに、 「技のココロ」というコーナーがあります。 以外にも「茶陶」のほか「釜」「漆器」「和紙」など、 日本の伝統的な工芸が紹介されています。 私も四年ほど前に「茶陶」の第5、6話で紹介されました。 昨日久しぶりに読んでみて、 なかなか詳細にかつ独特の視点で紹介いただいているので、 ブログの Bookmark に入れてみました。 他の方々もなかなか興味深い視点で書いてあります。 ぜひご一読ください。 . . . 本文を読む

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今年も獅子舞が来た。 お正月気分も抜けきらないうちに、今年もはや立春を過ぎてしまった。 一昨日の節分の日、恒例の獅子舞が来た。 伊勢からの獅子舞の一行さんは、私の子供の自分から変わらず 旧正月後に来ていただいている。 もちろん、変わらずといっても、長く来ていただいていた おじいさんが亡くなって、数年前から息子さんに世代交代されている。 いったい、いつごろから来ていただいているのか、 聞いてみようとおもいつつ果たせずにいる。 おせち料理は、家庭料理でなくデパートで買うものになってしまった。 うちでは母が祖母から教わり、母のアレンジを加えながら、 今は家内がさらに今風に変えてはきている。 長男夫婦とは一日だけお雑煮を一緒に祝っているが、 年末には、おせちの準備のお手伝いに長男の嫁も加わっている。 そんな感じで、主婦によって変わりながらも、 うち風のおせち料理が伝わっていくのだろう。 そんなことが珍しいものになってゆく流れは、押しとどめようもないことだ。 寂しいことだが、 せめて「日本の伝統の美しさを次の時代に伝えてゆく」 そのささやかな一端を担うことが、私たちの仕事であり、 その努力を続けていきたいと思う。 . . . 本文を読む

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今年の年末は、今週初めより体調を崩していたので、 いわゆる年の後始末と恒例の忘年会や愛宕さん参りが できなかった。 今日はロクロ場の掃除を終えた後、 箸袋に家族の名前を書いた。 その後、神棚、鎮守さん、ロクロ場、窯場にお灯明を上げた。 三が日朝夕計七回お灯明をあげることが、うちのお正月の決め事。 あと、ロクロ場の小さなお鏡さん、計十五個もうち独特だろう。 窯も、登り窯2機にお鏡さんとお灯明。 ガス炉4機はお灯明のみ。 なぜか電気炉にお灯明はない。 それぞれに四日間で七回ずつ、拍手を打って今までの感謝と これからの安全といい窯を祈る。 息子たちも面倒がらずにこれをずっとやってくれているのは、 うれしいことだ。 来年も、来年こそ、いい作品を焼かせていただけますように。 . . . 本文を読む

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ios とAndroid 先日出張先でヨドバシに立ち寄ったら、ドコモの売り場で、以前より少し気になっていたSony Tablet Pを見ていた。 えっ、3千円でタブレットが持てるの? . . . 本文を読む

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少し前のことでだが、10月20日から二日かけて太郎岳 から薬師岳へ登ることにした。 このルートはもう45年前になるかな、私が高校一年生の時、 初めての北アルプスに挑戦したルートだった。 それ以来、時折思い出し、 いつかは再挑戦してみたい、そんな思い出深き場所だった。 今回、新潟個展の挨拶まわり出張があり、その帰りに 富山に立ち寄り二日間の休みで太郎に挑戦することにした。 から薬師岳へ登ることにした。 このルートはもう45年前になるかな、私が高校一年生の時、 初めての北アルプスに挑戦したルートだった。 それ以来、時折思い出し、 いつかは再挑戦してみたい、そんな思い出深き場所だった。 . . . 本文を読む

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今回新潟に来てあることに気がついた。 それは上越市の上越と上越新幹線の上越とは意味が違うってことである。 越後の国を、上越、中越、下越と三つに分けて呼んだのが、上越市の上越。 上野(こうづけ)と越後を結んだ線が、上越新幹線の上越だってことである。 上中下の上と群馬の上野と全然違う言葉からきている。 以前、上越市の大和デパートで個展をした時から、 「なんで、上越新幹線も上越線も通っていないのに、新潟とも遠いのに、 上越っていうんだろう?」って漠然と思ってた。 . . . 本文を読む

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五年ぶりに、新潟三越にて今日から個展です。 長男佑典や硝子の次男俊幸のお目にかけます。 ご高覧賜れば幸甚に存じます。 朝日焼十五世 松林 豊斎 茶陶展 会期 11月1日(火)〜7日(月) 会場 新潟三越 6階 美術ギャラリー . . . 本文を読む

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「和楽」最新号の11月号(10月12日発売)に私の大叔父(祖父十三代光斎の弟)が8ページにわたって紹介されました。 英国セントアイブスにおいて始まった「リーチ・ポタリー」はバーナード・リーチが主導し、その後のヨーロッパから世界中に拡散したスタジオポタリーの流れを起こし、現在まで続いています。そのリーチ・ポタリーに集った芸術家たちに、大正13年(1923年)二人の日本人が訪れ、大きな影響を与えました。 その日本人とは浜田庄司さんと松林鶴之助の二人でした。 その時に鶴之助が設計し自らレンガを積み作った日本式の窯は、ごく最近まで実際に使用され、現在はそのまま保存されています。 私もリーチの奥様がご健在であった昭和63年に訪れております。 今なお工房でありギャラリーである、セントアイブスのリーチ・ポタリーをなんと三笠宮家の彬子女王殿下が自らご訪問いただき、紹介文を書いていただきました。 以前より殿下は、立命館大学の前崎信也先生とともに松林鶴之助を研究いただいておりまして、当家の資料もいろいろ提供させていただいたりしておりました。 たいへん光栄なことで、大叔父もきっとあちらの世界で喜んでくれていることでしょう。 ぜひ、一人でも多くこの「和楽11月号」を見ていただきたいと思います。 . . . 本文を読む

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先日、中島千波さんが、牡丹の原種を訪ねるNHKの番組を見た。 牡丹は古来より中国で珍重され、今では千数百種にもなるという。 ところが、品種改良が進んだ結果、本来植物が宿す生命力を感じられなくなっていた。と千波さんはいう。 そこで、中国の奥地、雲南省の高地にその原種を求めて旅をする。そしてその原種を見つけスケッチをして、牡丹の対策を完成させるという内容である。 前に私は、この年になって、お店で売られているより「野に咲く花に魅せられる」と書いたことがあった。 よく考えてみれば、野に咲く名もない花(本当は名前はあるのだか…)は、ほとんど人間の交配を経ていない、原種ばかりであろう。 無意識のうちにそういうものに魅かれているんだな、と思った。 より美しい花を求めて研究し、交配を重ねてゆくことを小賢しいとか、無意味だというつもりはまったくない。しかも数百年と世代を重ねてその研究を続けてきたわけである。 今あるのはその結果なのだから、それは人間らしい素晴らしい営みだと思う。 しかし派手な美しさと引き換えに、物足りなくなった生命力や何かを感ずるような、感性もまた素敵なことだ。 私たちの遺伝子には、そんな感性も内包されているというということを大事にしたい。 <写真は窯元の団十郎牡丹> . . . 本文を読む

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末に久しぶりに北アルプスに行ってきた。 私にとっては、少し西穂は因縁の山で、三回目である。 西穂へは、新穂高温泉からロープウエーがあって、西穂高口駅 (標高 2156m)まで7分で運んでくれる。西穂山荘(2385m)まで約1時間少々。一泊ののち朝から西穂を目指すのだが、またあいにくの雨。 小屋泊まりの方々も、諦めて上高地へ下りる人、ロープウエーに引き返す人とさまざまだった。 僕は三度目の挑戦ということもあって、一応独標を目指して朝7時に出発した。 小降りになればという淡い期待も裏切られて、西側つまり飛騨側の下のほうから雨に打たれる。これでルートが逆についてればいいのだが、稜線の飛騨側にルートがありまともに雨に叩きつけられる。 メガネも左側は水滴でほとんど見えない。 一時間少々で独標についたが、人影もなし、これからは岩場の難コースになるので諦めて引き返すことにした。 この日は平湯温泉で家内と落ち合い。久々の温泉を楽しむ。 三日目は朝からやはり天気はよくなかったが、上高地の散歩を楽しんだ。 六十歳を過ぎ、北アルプスを楽しむ体力でもなくなってきたが、やはり私は北アルプスが好き。それも上高地周辺が好きである。できれば年一回は訪れていたいと思う。 . . . 本文を読む

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8月16日 今日は8月16日、大文字の送り火の日でもある。 東日本大震災の年でもあり、そのことで一悶着したがそのことはここでは触れない。 今朝朝日焼への出勤途中で、子連れの家族が宇治川に何か流していた。 よく見るとおしょうらい(お招霊)さんを流しているのだった。 宇治川に流すのは川を汚すからと、もう二、三十年前からうちでは流していないが、まだ流している人もいるんだと思ってみていた。 そういえば、中ノ島の岸もそれらしいものが浮遊している。 意外と今でもそんな人たちもいるんだと思っていたら、三人ぐらいのいつも川べりで談笑している人が、今日はギターを弾いていて、「精霊流し」を演奏していた。 . . . 本文を読む

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