ほるほる

徐福・百済王などの渡来人伝説、そして矢作川(愛知県豊田市)を水源とした枝下用水史を追う、逵(つじ)志保のページです。

いじめ…文化人類学の視点から

2006-12-20 08:49:24 | シホのホ(雑記帳)
本日12月20日の朝日新聞朝刊「私の視点」の欄で、文化人類学者の稲村哲也さんが「いじめ問題 アルパカから学ぶもの」という記事を書いてみえます。
稲村さんから「文化人類学からも発信しなければ、という意図です。」と連絡をいただき、期待して朝を迎えました。
詳しくは記事を直接御覧いただきたいのですが、「今の日本は、自己家畜化が高じた自縄自縛状態にある。社会の中に「野生」を少しはとりもどす必要があるだろう。」(自己家畜化というのは人類学で用いる専門用語。)として、都会と田舎の子どもたちが一時期生徒を交換するという、「放牧システム」に触れています。

我が子は?と思うとき、その「放牧」を満喫する姿は熊野や加唐島など、私の調査地に連れていったときに見ることができます。広い海を見ていると、自分のちっぽけさがわかる、そんな気がします。でも私が思い浮かぶ子どもたちの嬉しそうな顔は自然に触れたときの顔ではなく、そこで話しかけられて、照れたような顔して話しているときのその顔です。そこに暮らす人と出会った時に、とってもいい顔をしているなあと思うのです。

ちょっと私自身のことに触れると、私はいじめをしなかったとは言えません。苦い思いとともに思い出すことがあります。
そしていじめられたこともあります。中学一年の時の担任は私を「人間が丸くない」と言って、ことあるごとに非難しました。学級委員に手を上げたときも(小学校では立候補で全てが決まっていたので手を上げるのに抵抗がなかったのです)「人から推薦されるような人間にしか学級委員は任せられない」と言われました。…でもいつだってクラスの友だちが放課に机に来てくれて、「あんなこというのおかしいよ」なんて言ってくれたし、母なんかわざわざクラスの委員になって、父母会の席で私のことを名前を伏せて非難する担任に、「今の話はシホのことみたいですね」なんて言ってくれていたと聞きました。
翌年、他校から転任してきた先生が担任になり、その先生はあっさりと、「シホ、問題児なんだってね」と真っ先に声をかけてきてくれました。「なにいってんのよね」っていう新しい担任と出会って、私はとっても嬉しかった。翌年の担任も高校入試発表の時に、既に転勤してしまった中一の担任に合格の電話をかけてやれと中学の職員室からわざわざその学校に電話を入れてくれました。
「中学生が人間丸くなってどうするのよ」って言ってくれた周囲がいて、私は今思うといじめられたなあって思うけれど、かなり元気だった気がします。周りが同調しないでくれたから。だから私は「いじめる」「いじめられる」の範疇にない人が実は一番重要なのではないかなって思っています。

本当はじっくりと腰をすえて話さなくてはならない内容ですが、新聞記事を手がかりに、ちょっとした感想でした。

ジャンル:
社会
キーワード
文化人類学 文化人類学者
コメント (7) |  トラックバック (1) |  この記事についてブログを書く
Messenger この記事をはてなブックマークに追加 mixiチェック シェア
« ノロウィルスの記憶 | トップ | 朝日カルチャーセ... »

7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
担任による虐めで (nick)
2006-12-20 16:32:45
実は小学校3年生の頃教員の苛めの的で
毎日バケツを持って廊下に立たされていました。
参観日でも関係ありません。
授業が始まると先ず私に指名が来るのです。
そして漢字が読めなかったりすると即。
叩かれ挙句にバケツに水を入れてね。

ある日など外へ出ろと云う命令でクラス中が
後ろの入り口から一斉に。。
数人が思い余って窓から飛び降りたのです。
それが気に入らなかったと見えて、、
「誰が飛び降りた」と、、
しかし誰も手を上げません。
「男らしく出てくれば何も云わない」と、、
そこで私が手を上げたら、、、
散々叩かれ「こうして飛び出したのか」と
窓から机ごと放り出されました。

その時、花壇の縁で右腕関節を強打し激痛が、、
後はお決まりのバケツでしたよ。
その夜は、右腕は腫れて激痛が、
それと頭痛と吐き気・立ちくらみが数日続きました。
そのような状態でも気に入らないとみえて
その後も立たされていましたっけ。

近年、脳の検査で判明したことですが
この頃の内出血・脳梗塞の痕があるのだそうです。
その他にも何箇所か新しいのが。。

放り出された当日、
帰宅した私を見て母が
いつもと違うと感じたのでしょう。
しきりと尋ねましたが、
いつものように
「友達と喧嘩した」と
教員に毎日虐められていると
云うことは一言も口にしませんでした。

新学期直後には転居したのですが
そのまま元の学校に登校していました。
遅刻するとお決まりで、、
その後転校するまでの半年間はご想像の通り。
豪雨の日等遅刻していましたが、転校する時になって
何となく判ったのではないでしょうかね。

現在だったら大事ですね。
この曲がった右腕はその後、高学年の担任にも
竹の竹刀でよく叩かれました。
「手を真っ直ぐ伸ばせ」と。。。
今も父の移乗時、時々激痛が走り
箸も握れない日もあります。
在京時診て貰ったら手術が難しいらしいですね。
野球選手の関節痛と同類と言われました
いじめ (satoshi-k)
2006-12-20 17:25:23
いじめには、とても辛かった記憶があります。小学校5年の頃毎日のように「決闘」と称する暴行を受けていました。理由は・・本や鉛筆をたくさん持っているから?・・みたいなことだったと思います。とても貧しかった時代、母子家庭の子どもが物を持っていることへの反発だったのだと思いますが、本を貸さない(あげない?)と仲間はずれ、決闘が待ってました。ほんの一握り(2、3人)のガキ大将が主犯だったのですが、他の仲間は、いっしょにいじめられることを恐れて、いつもいじめ側に回っていたことを思い出します。「今のいじめは昔に比べて陰湿だ・・」という人が多いのですが、なになに、昔も同じように陰湿ないじめはあったんですよ。先生も「お前がぜいたくな物をもっているからだ」みたいなことを言ってたし四面楚歌だったですね。今の私からは想像できないでしょう?
さまざまな体験 (シホ)
2006-12-20 18:42:52
nickさん、satoshiさん、辛い思いを話してくださってありがとうございます。
今朝この文を書いて家をでてから、私は自分がいじめたことについて書かないことに罪悪感を感じていました。この後味の悪さもまた、多くの人が持っている部分ではないかとも思っています。
でも・・ (satoshi-k)
2006-12-20 22:58:42
人を恨み、憎み・・でもその人の中にはいろうともがき、苦しんだあの時は、今も決して忘れることはありません。でも・・ でも、今の自分が人に焦がれるのは、もしかするとあの体験があったからかもしれません。仲間はずれにされる怖さや、シカトされる辛さ、そしてなにより友人に裏切られる悲しさは二度と味わいたくないですから・・
優しさの源 (シホ)
2006-12-20 23:24:00
satoshiさんの日頃の様子からはとても想像できないことですが、satoshiさんの優しさの背景にはこんなことがあったんですね。「優しい」の漢字が「人を憂う」と書くこと、なんだかわかる気がします。
ようやく気持ちが整理できたところです (はるか)
2006-12-20 23:25:02
今年の2学期は「いじめ」という言葉に敏感になっていた毎日でした。
でも、親としてできることは「寄り添うこと」だと思って…夫も私も必死でした。
娘が「お母さんに話せるから大丈夫だよ。」と言ってくれるようになって、ひとやま越せたかなって思いました。

今のいじめは陰湿…私も小学校、中学、大学院(!)といじめられた経験がありますが、今はほんとうに些細な衝突でも「殺してやる」「うせろ」「死ね」と、ネガティブな言葉の豊富なこと!
「体で表現できずに言葉だけに頼っているから」、いざぶつかってみた時限界がわからないのかな…とも思います。
取っ組み合いのけんかをしていないから、どこまでやったら相手を傷つけるか、わからないのかな?

幼児期に、女の子どうしで取っ組み合いのけんかをしていたうちの娘。幸せだったなあと思います。
逆に受け手になることもあるんだ…って思うこの頃です。
(おかげで私のブログ、10・11月は「いじめ」ネタが多くなってしまいました。(^^;)
親の思い (シホ)
2006-12-20 23:59:00
はるかさん、大変な思いをしていたのですね。
我が子のこと、私はどれだけわかっているか、いないか。難しいところです。

コメントを投稿

 ※ 
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
※文字化け等の原因になりますので、顔文字の利用はお控えください。
下記数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。この数字を読み取っていただくことで自動化されたプログラムによる投稿でないことを確認させていただいております。
数字4桁

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
文化人類学に関するサイト (文化人類学NETインフォ)
文化人類学に関する情報ページです。

あわせて読む