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矢作川のほとりから枝下用水(豊田市)をながめ
徐福・百済王など日中韓の渡来人伝説を楽しむ
逵(つじ)志保のページです

2016年6月16日 2016中日韓徐福文化象山フォーラム その2

2016-06-19 22:50:29 | 徐福伝説
中国、韓国の徐福関係者とはこんな機会でないとじっくり話すこともできないため、昨夜はあれこれと時間をとられた。そのため、帰国のために荷詰めもできないままに寝てしまったので、5:00起床。それにしても今回もやっぱり荷物が多くなった。いつも中国行きは大きなスーツケースを半分以上は空の状態で持っていく。それでもパンパンになってしまうのだ。今回も相当な量になった。ほとんどが本。たぶん重量オーバー。

8:30から昨日の大会議室で論文検討会。

中国:張良群:中国徐福会副会長、日本:田島孝子:日本徐福協会会長、韓国:金享受:済州徐福文化国際交流協会理事長の3人が順に座長をつとめ、15人の発言があった。一番初めは今回の会場の象山徐福会の代表の方。用意されていたテーマは「徐福東渡と古越文化」だったけれど、昨日の私の発表を受けて、急遽テーマを変え、2012年、あの日の象山でのことを話してくださった。同時通訳のおかげもあって、いかにこの日を迎えることが大変だったか、そして今回、ずっと開催許可がおりないなかで、象山県のある寧波市が日本の奈良、韓国の済州とともに「東アジア文化都市」に2016年選定されたのをチャンスと申請し、やっと開催となったのだと知った。この「東アジア文化都市」の選定というのは日中韓の首脳会議で決まった国際イベントだそうで、選定されると1年間この名義を使って様々な文化イベントができるのだという。そう言われてみればそんなマークが配布物には全てついていた。今日は徐福関係者だけの会だったので話しやすかったこともあると思うが、こうしたこまかな話はこれまで表にならなかっただけに、昨日の私の発言に共感してもらえたことはほんとうに嬉しかった。
それぞれにこの日のために準備してきた発表だからもっと時間を十分に欲しかったと思う。その点では本当に気の毒だった。私は今回、翌日にどうしても外せない仕事が午前中にあり、必ず今日のうちに帰国しなくてはならなかったため、途中で抜けることになっていたのだけれど、同じ時間に抜ける方が多く、結局その時間が閉会になることになり、結果、最後まで聞くことができて心残りがなく有りがたかった。

10:45早い昼食を取り、11:30みなさんに見送られて車で上海浦東空港へ向かう。羽田孜さんの息子・次郎さんと話しているうちに、ほぼ同じ頃に中国に初めてきたことをしり、1985年ごろからの激動の中国を肌で感じてこれたことは自分たちに本当に良かったという話になった。次郎さんもだからこそこうして父の祝辞をわざわざもってきてくれたのだろうと思う。主催者も羽田さんの参加は本当に嬉しそうだった。
上海に入った頃からの高速道路の渋滞はいつものものなのか。隣に座っていた新宮市職員のTさんが「上海ディズニーが今日オープンです」というので、それが本当の理由かはわからないものの、みな納得。今回の大会はいつでも上海ディズニーのオープンの年として覚えられるのがいい。


15:00上海浦東空港着。12日の爆破事件を受けて、空港内にはいるのに2段階「爆破検査」と書かれたところで止められたがなんとか入場。フライトが遅れたものの、中部国際空港からの最終列車に飛び乗ることができ、夜中12:30帰宅。就寝。

みなさん本当にありがとうございました。
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