ほるほる

徐福・百済王などの渡来人伝説、そして矢作川(愛知県豊田市)を水源とした枝下用水史を追う、逵(つじ)志保のページです。

上海海事大学に来ています

2012-05-15 07:47:19 | 徐福伝説
先日このブログでお話しした通り、徐福伝説研究のために上海海事大学に来ました。

上海浦東空港から車で約20分、上海の街中とは逆の東南部にある
この上海海事大学は、1909年に作られた呉淞商船専科学校が前身のようで、
歴史は100年を越しますが、現在の施設になったのは2008年あたりなのでしょうか?
写真のようなきれいな建物が並びます。

奥は学生寮。20000人の学生がみな寮生活をしています。
その手前は学生センターですが、ちょっと船の形に似ています。
そしてこの智慧湖という大学っぽい名前の大きな池、ここで船漕ぎ(なんだかはわからなかった)の競技練習もあるようです。
辿っていけばすぐに海に辿り着く海辺の大学ですからこの水はしょっぱいのでしょうか?
2000k㎡もある学内を散歩していると「航海家の揺りかご」なんて刻まれた大きなモニュメントや
訓練用の灯台や大きな船もあります。
そう、この大学はその名の通り「航海」を特色とした大学です。

到着後、教員用のお店で、今回私を招いてくださった海洋文化研究所長Sさんと
通訳も兼ねて外国語学部日本語科長Zさん、
そして今回のプロジェクトの実働隊となってくださる(とあとでわかってきた)おふたりと昼食をいただき、
午後から今回の仕事内容の打ち合わせと学内の案内をしていただきました。

私からしてみれば誰に頼まれたわけでもなく、自分で好きで、まだやってんのとからかわれもしながら続けてきた徐福伝説研究だけれど、
この大学にとって徐福研究室を持つことは大きな意味があるのだと言われると
逆になんだかこそばゆくなる。
でもそれはリップサービスでもないようで、
既に研究室も用意してくださっていて、部屋の鍵もいただき、机とパソコン、私の名前を書き込んだ本棚までおいてありました。
この部屋にはあと2人の講師の方がいて、
ご自身の講義の合間に私の滞在中は生活面まで気にかけてくださるようで、
何しろ私は満足に中国語ができないので
日本語科の優秀な学生が交替でついてくれるように手配してくださっています。

北京の中国徐福会からこのプロジェクトを応援するという表明も来ているとのことで、
これまでの日々(今年で25年)がこうして実を結んでいく実感と、
これからの私の頑張り、その方向性ががそのまま徐福研究の評価につながっていくという責任感は相当なものですが
今はここまで導いてくださった方々、本当にここまでどれだけの方が私を支えて下さったかしれませんので
その感謝の気持ちでいっぱいで、端から見ればそんなたいそうなことをと思うでしょうが、
なんだかとっても楽しんでいます。

何よりもこのプロジェクトを大学内に閉じた研究にしてしまっては
徐福伝説の魅力が削げ落ちてしまいますから、
あれこれと思案しながら進めていきたいと思います。

このブログを読んでくださっている徐福関係のみなさま、一層よろしくお願いします。
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母の日 

2012-05-13 22:29:30 | シホのホ(雑記帳)
母の日の今日、サホがくれた母の日のプレゼントは、やはり花より団子?
グリコの「カプリコ」でした。
店頭の飾り付けはイチゴ味のカプリコが入っていて、カーネーションのピンク色になってたらしいのですが、
私がイチゴ味をそんなに好きじゃないのを知ってて、きちんと中身を変えてるあたりはさすがです。

で、食べろ食べろとうるさいので、一緒に食べる?と聞いたら二つ返事。
結局私の口にはどれだけ入ったことか・・・サホらしいプレゼントでした。

で、遠く釧路のワタルなんですが、
サトルが「あいつ母の日どころじゃないなあ」と笑っていました。夕方、「手羽先ってどうしたらできる?」
と、こういう質問はもっぱらサトル担当なのであれこれアドバイスもらって電話を切った様子。
実はサホはこっそり兄ちゃんに言ってやろうかとやきもきしていたんだそうです。
晩になって電話があり
「母の日だから。プレゼント送ると良かったんだけどね。」
そのあとには「僕は今お金がないのです」が続くのでしょうが、
だいたい去年までは野球部の顧問の先生がみんなにカーネーションを持たせてくれていたのです。
それを思えば滅多にない電話をよくかけてきたものです。

と思うや否や、「じゃあこれから友だちの誕生会を開くから」とのこと。
どうも手羽先はそのメニューのひとつだったようで、友だち2人で10人分作ったと言って電話が切れました。
なんだかワタルの部屋はいつもにぎやかな様子。
もう小学校での実習も始まったそうで、大学生活、満喫のようです。


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2012年6月13日歴史文化講演 コリアプラザ名古屋にて

2012-05-13 01:59:51 | 徐福伝説
高校時代の恩師Eさんは早々と退職し、今は韓国の古美術専門のギャラリーを開いている。
名古屋・伏見駅近くという立地条件だけでなく、あのギャラリーは実に居心地の良い空間で、
何より話をする相手が私の高校時代からを知っているので気取らなくて良い。
しかも昔からそうだったけれど、「シホ、大きくなったねー」という褒め褒めモードで接してくれるから
なんだかいつもちょっぴり嬉しくなる。
近くで仕事があったりすると、ふらっと寄っていくのだ。

先日、去年の12月の講演記録、
『武寧王陵出現40周年記念講演集』(2012年、武寧王交流唐津市実行委員会・加唐斯麻王会)が
送られてきたので、韓国とのつながりから、仕事の合間にこの冊子をお届けした。

その時、せっかくなら知り合いのところにもって行こうということになり、
近所だという「コリアプラザ名古屋」に出かけた。
これは韓国観光公社のオ−プンスペース。
Eさん所有の韓国の古美術がここにも並んでいた。
代表の方と武寧王の話を始めはしていたのだが、
いつの間にか徐福の話になり、気づいたら下記の話ができていました。
このノリは、いつも私が韓国に行って感じるところ。
よし、やろう!という勢いで決まりました。
久々の名古屋での公開講座です。

徐福伝説にご興味ある方、済州島に興味ある方、
コリアプラザ名古屋ってどんなところ?というかた、
是非お越し下さい。


【コリアプラザ名古屋】歴史文化講演「不老草を求めて―済州島の徐福伝説―」

■ 日 時:2012年6月13日(水)15:00〜
■ 場 所:コリアプラザ名古屋(中区錦2-18-19三井住友銀行名古屋ビル1階)
■ 講 師:逵 志保
■ 定 員:50名(先着申込順)
■ 参加費:無料
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同窓会・・・ちょっと昨日と似た話

2012-05-10 23:11:39 | シホのホ(雑記帳)
「もしもし、T高校のS藤です」
今夜突然かかってきたワタルの高校の先生からの電話に、つい
「お世話になっています」
と言ったが、あれ?と思ったら
「ちょっとちょっと教えてほしいことあるんだけど」
それは大昔、T東高校で一緒に正副で担任を組ませてもらったS藤さんだった。
そうそう、ワタルの担任はK藤さんだった。そんなに親しげに話すわけはない。

なんでもS藤さん、来週末の学年の大きな同窓会(あのときの高校1年生はもう38歳?)のはがきが
どこに行ったのかわからなくなってしまって、
元来負けず嫌いのS藤さん(「2の5」のみなさんもわかると思う)なので
手当たり次第に名古屋のホテルに電話して突き止めようかとも思ったけれど
私のことを思い出し、教えてくれーと電話してきたのだ。
診察券を間違う私といい、どこに行ったら良いかわからない同窓会のゲストといい、
ちょっと私たちまずいんじゃないのー?という感じだが、
わたしはもともと来週は中国だから諦めていてそのカードもとってはいない、
一番最近連絡をとったその学年のS辺くんに聞いてみようということになって電話を切った。
S辺くんは38歳にして小学校の新任教師!
留守電にその旨を伝えたが、これではいつになるかわからない。
年賀状をあさり始めた。
そう,結構連絡をとってくれている人で幹事がいたはずだ。

幹事でもあるF木さんに電話をしてみる。
私の電話が非通知設定だったため始めは警戒心100%という感じだったが、
「うわー、ポコちゃん!」と言われて、みるみる蘇ってきた20年ほど前の記憶。
私は子どもたち(当時)からポコちゃんと呼ばれていたのだった。
「そうそう!」と懐かしがって本題をそこそこに話をしていたら
留守電を聞いたS辺くんから電話。
「いま左耳でF木さんと話してるのー、そう連絡ついたの」
「聞こえるー?右耳はS辺くん」
多分これ聞こえてるのは私だけだと思う。

というわけでS辺くんがS藤さんに連絡をとってくれたこともわかったので、
電話を切り、F木さんから再就職の話などをきく。
看護士はブランクがあっても引く手あまただ。
嬉しいことに「私は今夜ラッキーだったね!ポコちゃんと話せたから!」
といわれて、こっちが嬉しくなった。
「ポコちゃん来るの?って問い合わせもあったんだよ」
嬉しいことだ。高校1年のときの副担任なんか、誰が覚えていてくれよう!
そういえばあの「1−2」
明日からも同じ学校にみんなはいるはずなのに,クラス解散と言って、修了式にお別れ会やったよね。

思えば本当に私はいつだってクラスに恵まれてきた。
「にのご」も「いちのに」も本当に楽しかった。

というわけで私は同窓会には行けないけれど、またの機会を作ってねと話して受話器を置いた。
そう、こうして書きながら、さっき出なかった人の名前を思い出した。
なんですぐに思い出せないのだろうか?
いやいや会場がわからないと泣きつく人に比べたら?
愉快な晩だった。
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あの、この診察券・・・

2012-05-09 22:46:43 | シホのホ(雑記帳)
じんましんの続きを・・・。

薬局で抗ヒスタミン剤は買ったので、良いかなあとは思ったけれど、
翌日もやっぱり変わらずあちこちが赤かったので、これはもう中国行く前に治したいと思い、
朝一番に病院に行ってから仕事に行こうと決めた。
中国行く前・・・そう思うのは、昨年秋に韓国に行った時、釜山の出国審査の際、
別室に連れていかれて鍵閉められて、両手を上げてぐるっと一回転(でんぐり返りではない)させられたから。
そのときカメラもまわっていたと思う。
極悪非道な集団に狙われ、誰も知らない密室で殺される・・・くらい怖かった。
向こうは銃を下げていたし。
なぜこんなことになったかは全く不明。
というわけで、身体にハンテンとかできてたら何かいわれたり別室連れられて・・・と想像して
なんとしても問題なく出入国審査を軽く通り過ぎたいのだ。

でも仕事はかなり押しているので、電話予約でなんとしても一番をとって早く職場に向かおう!
そう思った私は、我が家の起床時間5時30分に先ずは診察券に書いてある電話予約専用番号に電話する。
ただ今時間外なので7:00にお願いしますというテープの声。
こうなったら7:00ぴったりにと思ってかけるとダイアルアップ式の我が家は遅れを取り話し中。
ムキになってかけてたら何度目かにつながり、3番をゲットした。
あの皮膚科は3部屋まであったからこれは一番も同然!
9:00直前に病院について診察券と保険証を窓口に・・・。
窓口の人がすぐに私の名前を呼んでくれたので、ラッキーと診察室に向かったら
「いえいえ、違うんです。診察券が違うんです。」
なにー?
なんと私は「はだめ皮膚科」に身体は向かいながら、「たご耳鼻咽喉科」に予約を入れていたのです。
言い訳をいえば専門の科の前の多分院長先生の名字だと思うんですが、そのインパクトが私にはすごく近かったんですね。

窓口でちょっと出し間違えちゃったわという態度を取りながら
診察券を忘れたと言い、待合室でこっそり耳鼻科に予約の取り消しを連絡。
本当に自分が情けなくなりました。
運良く皮膚科はこの日それほど混んでおらず、ちょっと待って診察。
飲み薬と塗り薬をもらいました。

じんましんはまだちょっと残ってはいるものの、
もう大丈夫です。
大丈夫でないのは私のこうした勘違い。
こんなことが増えてこないように気をつけます。
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