現代を切る  英宰相ウィンストン・チャーチルからの批評     

退職から9年。ブログを始めて5年。現実主義者として、歴史を紐解き、英国の大宰相、チャーチルらの発言を下敷きにして記す。

便利過剰は人間をダメにする     クロネコヤマトの配送時間改革着手に思う

2017年06月19日 09時52分34秒 | 時事問題
「クロネコヤマト」のヤマト運輸がきょうから「正午~午後2時」の配達時間をなくす。10月には個人向け配送料金を27年ぶりに値上げする。これで長時間労働を強いられたドライバーの労働負担がどれだけ軽減されるかはだれもわからない。でもヤマトの幹部が違法労働時間が明るみに出たのを機に改革に着手したことを称賛する。
 2016年度ヤマトが扱った荷物は約19億個に達し、10年前の6割増になった。そしてヤマト運輸は顧客にばかり目を向け、従業員の命と健康を考えてこなかった。ただ、ここまでドライバーの労働負担が増えた責任の一端はわれわれにもある。われわれは便利になればなるほど、それが当然だと思うようになってきた。
 筆者が学生時代、神田の古本屋を足を棒にして読みたい古本を捜したが、見つからなかった思い出がある。約50年前の話だ。現在は、欲しい本があれば、アマゾンからすぐ見つけられる。英国の地方にある古本屋やロンドンの出版社にアマゾンを通して注文も簡単にできる。そして宅配業者が運んできてくれる。しかし、わたしは何かを失った気がする。それは「苦労」という言葉だろう。また人間との接触がなくなってきた。めんどくさい人間関係があってこそ人間は成長する。
 「便利」になることは悪いことではないが、「便利」を手に入れることで、「何か」を失うということを認識しなければ、われわれの将来は不幸になるだろう。また「便利」もほどほどが良い。先人の言葉「過ぎたるは及ばざるがごとし」をかみしめたい。
 「共謀罪」法や「加計学園問題、「森友学園問題」をめぐる政府、与党、官僚の言行を見ていると、「便利」に慣れ、めんどくさいことは省く精神を垣間見る。めんどくさい「議論」を省き、結論ありきでことを進める姿勢だ。
 長谷部恭男・早稲田大学教授が「公が私によって占拠されている。濃密な人間関係で強く結ばれた集団が、官僚機構や一部マスコミも縄張りにおさめ、社会一般に対して説明責任を果たそうとしないで権力を行使する・・・・現政権は丁寧に説明する必要はない、反対するやつは切り捨てればいいと」(朝日新聞2017年6月19日朝刊)と語っている。
 政敵と議論を深め、結論に持っていく努力は、政権にとりめんどくさい手続きだろう。意見が同じ仲間どうして仲良くやれば楽だ。18世紀後半に始まった産業革命以降、日々生活は便利になってきた。しかし「便利」がわれわれをますますダメにしているのだろうか
 「クロネコヤマト」の改革は、われわれに「便利」にも限度があることを示唆している。従業員を犠牲にしての「便利」はわれわれに必要な「手間」「苦労」を奪うことである。それは我々に不利益をもたらす。
  現在の過半数の国会議員は「便利」を過剰供給した世代に育った人々だ。民主主義はめんどくさい制度だ。その核心である「議論」をめんどくさいと感じているのだろうか。異論を持った人々と意見を交換することをめんどくさいと思っているのだろうか。もしそう思っているのなら、日本の民主主義は終わりを迎え、中国のような異論を許さない息苦しい社会の到来が必然となる。それだけはわたしはごめんだ。健全な自由と民主主義制度がはなくては健全な社会は維持できない。それは、ウィンストン・チャーチル首相が命がけで死守した制度である。そしてわれわれはその制度を守り、育てていく義務がある。一人の保守主義者として読者にそう訴えたい。


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