現代を切る  英宰相ウィンストン・チャーチルからの批評     

退職から9年。ブログを始めて5年。現実主義者として、歴史を紐解き、英国の大宰相、チャーチルらの発言を下敷きにして記す。

なぜなのか、栃木県の運転マナーの悪さ  静岡県浜松市を訪れて思う

2017年08月05日 16時48分38秒 | 生活
 昨日までの4日間、静岡県浜松市を再び訪れた。両親が住んだ町。私が中高と6年間過ごした町だ。温暖で冬も数十年に一度しか雪が積もらない遠州地方の政令都市。NHKで現在放送されている井伊直虎の故郷は浜松市の北部。浜名湖の北にある。魚もうまいし、新鮮だ。舞阪漁港などから新鮮な魚が水揚げされる。浜名湖の養殖ウナギは絶品だ。今回の訪問で舞阪にちかい弁天島でうまい魚を食べた。
 2015年5月のブログで、栃木県人には申し訳なかったが、彼らの運転マナーの悪さを記した。栃木県人の運転マナーの悪さを色々な面から記した。栃木県人に申し訳ないので、栃木県警の警察官の言葉を借り、栃木、茨城、群馬の関東地方北部のドライバーの運転マナーは「全国でも最悪の部類に入る」と述べたい。このブログは現在でも毎日読んでくれている。どんな読者かはわからない。
 栃木県人の運転マナーで最も理解できないのが、横断歩道を渡ろうとしている歩行者を無視して横断歩道を突ききって走行することだろう。この点で浜松市のドライバーとのマナーの違いが際立つ。
 今回の浜松訪問でこの点を身に染みて感じた。浜松市中心街から幾分離れたレストランや100円ショップなどが建ち並ぶ道路。一歩裏に回れば住宅街だ。そこの片道一車線の横断歩道を2度渡ろうとしたら、向こうから車が来た。運転手はぴたりと止まった。2度のうちの1度は運転手が「渡れ」と手招きした。反対車線を見ると別の車が停車していた。筆者が横断歩道を渡るときだけではない。ほかの人々が渡るときも、車は停車する。歩行者優先が守られている。
 栃木ではこうはいかない。栃木では、筆者はドライバーだ。浜松市のドライバーと同じことをしていたが、歩行者にとり、それがかえって危険な行為だとわかった。反対車線の対向車が筆者の車が止まるのに、平気の平左で横断歩道を突き切るのだ。ここでは歩行者が運転手に「先に行け」と指示する。筆者の観察では、浜松市では、10台に8台から9台は止まるが、栃木では10台のうち1台か2台が程度しか停車しない。
 浜松市を訪れた筆者はランドリーで、洗濯物が乾燥し終わるまで窓から同市のドライバーの運転をぼんやりと眺めながら、なぜこんなに違うのかと思った。なるほど、車のスピードも浜松の運転手が遅い。どこかのんびりと運転している。これに対し、栃木の運転手はせわしなく運転する。前方に車が見えたら、追いつこうとしてスピードを上げる。言い換えれば余裕がない。
 県民性だろうか。筆者は浜松の高等学校を卒業した。高校時代、長野から赴任した先生(なぜ長野から来たのかは忘れた。普通は来ない)が、遠州地方は温暖で、人々ものんびりしていると感想を述べた。寒冷地の人々は「せかせか」と動き回り、一歩でも二歩でも先んじようとする傾向が強いと言っていた。
 運転マナーは県民性なのか。確かに栃木県は静岡県に比べて冬は寒い。否、これだけが理由ではあるまい。栃木県の県都、宇都宮を除いて、栃木県は大都市は少ない。田舎が多い。人口も少ない。これに対して浜松市は100万都市だ。静岡県は浜松市のほかに県都、静岡市や県西部には熱海がある。人も多ければ車も多い。これも浜松市のドライバーの運転意識の高い一因なのだろうか。
 日本は狭いといっても、ある意味では広い。県民性も異なるのだろう。ただ、安全運転意識だけは栃木県のドライバーも浜松の運転手に見習ってほしいと願う。くれぐれ車道を私道だと勘違いだけはしてほしくない。筆者は約20年、栃木県に住む。もう栃木県人だ。浜松市のドライバーの運転を見て、はずかしくおもった。今回の浜松市訪問でこんなこと感じた。

(写真)浜松駅周辺
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