現代を切る  英宰相ウィンストン・チャーチルからの批評     

退職から9年。ブログを始めて5年。現実主義者として、歴史を紐解き、英国の大宰相、チャーチルらの発言を下敷きにして記す。

中国の民主化が真に中国を統一する  中国大衆と劉暁波氏の遺言

2017年07月16日 11時20分46秒 | 中国と世界
 中国の民主化を呼びかけた「08憲章」で、故劉氏が中国国民に呼びかけたのは、お上の善政を受け身で待つのではなく、自らの権利を主張・行動し、その責任を負う「公民意識」だった。
 見解の異なる人々を尊重し、彼らととことん議論して、よりよい結論を導き出し、それを社会に反映させる。「議論」こそが民主主義制度の中核である。
 中国では政府批判が許されない。筆者のような意見は封殺され、筆者が中国人なら、このブログは閉鎖され、投獄されるだろう。
 国家政権転覆罪で拘束中の王全璋弁護士の妻、李文足さんは昨年夏、4歳の息子の幼稚園を探した。しかし受け入れられても、すぐに幼稚園が断ってきたという。当局が「おまえが言うことを聞けば、子どもは幼稚園に行けるぞ」と持ちかけてきた。当局が幼稚園に圧力をかけたことは明らかだ。
 周近平指導部は民主化運動の中核メンバーを次々と拘束し、運動を押さえ込む一方、共産党内の権力を強化し、腹心を地方都市のトップにすげ替えて権力基盤を”盤石”にしてきた。今日の各紙に、非主流派の重慶市のトップを解任し、周の腹心を任命した。ときには解任された者に濡れ衣を着せ、罪をかぶせる。独裁者はこうして権力を強化したと満足する。しかし遠い将来を見据えたとき、それは強化ではなく、崩壊の一歩である。歴史はわれわれにそれを教えている。
 ノーベル平和賞作家の故劉氏の大衆への呼びかけは、中国の歴史にいかに賢君が少なかったかを思い起こさせ得る。筆者は知っている賢帝は唐の太宗(李世民)と清の第4代の康熙帝ぐらいだ。名君がいれば法は必要ないというのが孔子の教えである。それに反対した韓非の法に基づいて統治する思想は中国では発達しなかった。大衆は支配者の善政を期待し、いつも受け身だった。中国大衆ほど支配者の圧政に耐える強靱な精神を持った民族はいない。その精神が中国の民主主義制度の定着を阻止し、それが現代社会ではマイナスに働く。
 中国大衆がまずこの「受け身の精神」を捨てることだ。劉氏の夢の実現はそこから始まる。法治が中国共産党の道具であるかぎり、その運用は恣意的になる。中国人から依頼された日本人の地質調査会社の人々がスパイ容疑をかけられ拘束されたのは記憶に新しい。この拘束は国家を守ると言うより共産党を守ろうとする意思の表れだ。
 台湾でも香港でも劉氏に哀悼の意を表し、追悼式典が行われた。台湾の蔡英文総統は劉氏が亡くなった13日、中国に向け「民主主義を根付かせ、人々に自由と尊厳を与えてこそ、本当の大国の誇りが得られる」と呼びかけた。台湾も蒋介石率いる国民党の独裁政治が跋扈(ばっこ)した時代があった。それを乗り越えて、中国の孔子思想を乗り越えて、今日の民主化がある。
 香港では「一国二制度」が形骸化され、中国本土からの民主主義者への締め付けが日増しに強まっている。周をはじめとする中国共産党指導部はそうすることによって共産党の一党独裁支配が永遠に続くと錯覚しているのだ。共産党が生き残る道は中国を民主主義国家にすることいがいに選択肢がない。それは中国史の中に一度も実現したことがない壮大な実験である。共産党が永遠に尊敬される偉大な道だ。
 中国が民主国家になることで、台湾と香港は自らの意思で中国本土への統一を目指すだろう。それに気づかず、劉氏ら民主・人権運動家を弾圧している中国共産党指導部は歴史を意識していない。共産党理論はもともと歴史に依拠した弁証法理論である。ほんとうに皮肉だ。三回にわたる劉氏への追悼と中国共産党に対する一外国人の糾弾に周近平総書記は耳を傾けてほしいものだ。
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