現代を切る  ウィンストン・チャーチルと初代ハリファクス侯爵     

退職から8年。ブログを始めて4年。現実主義者として、歴史を紐解き、英国の二大政治家らの発言を下敷きにして

リスクを取り勇気を示せ          ウィンストン・チャーチルの助言に思う

2016年06月28日 09時10分02秒 | 人物
 20世紀最高の政治家の一人といわれるウィンストン・チャーチルほど勇気を示し、リスクを取った政治家はいない。2002年の英国放送協会(BBC)の番組「100人の最も偉大な英国人」で、英国民が投票した結果、ウィンストン・チャーチルが一位になった。確かに、チャーチルは白人優越の人種差別発言をしばしばおこない、今の政治家と違って世論調査を軽視し、自らの信念に従い、大衆の抗議に強硬な姿勢を示した。そして何よりも大英帝国の永続を望んだ帝国主義者だった。現在の価値観から判断すれば無慈悲な面もあった。存命中に同僚下院議員や有識者、大衆から批判を受けた。それでも英国民は今日に至るまでチャーチルを英国の偉大な指導者だとみなしている。なぜだろうか。
 その大きな理由の一つはチャーチルが勇気をもって失敗を恐れずリスクを取ったからだろう。現在の日本の政治家にない資質であり、英国のほとんどの政治家からもなくなってしまった政治資質だ。今日ほど政治家が大衆に迎合し、大衆の顔色をうかがい、世論調査に振り回されている時代はない。リスクを取らない、勇気がないほかに現代の政治家に欠けていてチャーチルが持っていた特質は国民を説得する弁舌だろう。チャーチルは国民の意見と対立した時、必ず大衆の前に現れ、その雄弁を持って大衆の心をつかんだ。そして約束を守った。約束を反故にするときは正当な理由を話した。 
 チャーチルは1932年1月4~5日にデイリーメイルに寄稿した小論文にこう記している。「自然は慈悲深く、人間やほかの動物がどうすることもできないことをあえて試すことはありません。・・・(だから)リスクをとって生きなさい。何が起こっても逃げないで立ち向かいなさい。勇気を持ちなさい。(そうすれば)すべてはうまくいくのです」
 チャーチルは生涯、少なくとも5回死に直面した。それは交通事故、戦場、病気などだ。また少なくとも6回総選挙に落選した。このような体験から、15年以上チャーチルの身辺警護を担当したトンプソン警部に「死は神様の領域。死ぬ時が来れば死ぬ」と話している。つまり死を自らコントロールできないと述べている。これは、英国が存亡の危機に瀕し、ナチス・ドイツの数千の爆撃機が連夜、ロンドンを空爆、それを屋根裏部屋からハシゴで屋根に上がって状況を観察していたおり、警部が「首相!危険ですから屋根から降りてください」と懇願したときの言葉だ。
 チャーチルは1934年6月、英雑誌「アンサーズ」にも「わたしはいつもリスクをとる」のタイトルで寄稿し、その冒頭にこう記している。「われわれは今日、『安全が第一』という言葉をよく聞く。道路を横断するときに従う素晴らしい原則である。・・・また『安全が第一』を志向する政治家の政治活動にも非常に役に立つだろう。しかし、そんな政治家は閣僚になることを目的とし、閣僚に引き上げられれば、そのポストを多年にわたって保持することに努め、際立った仕事もせず、閣僚の責任だけを果たし、内閣維持の保証者として働くだけなのだ。しかし生涯にわたって『安全が第一』に固執するかぎり本当に価値のある仕事はできないし、立派な業績も残せない。それは政治家同様、市井の人々にも当てはまる」
 また「人生はスポーツの試合のようなものであり、勝敗が伴い危険が存在すると記している。スポーツプレーヤーは試合中、思いもよらずに怪我をする場合もある」と記している。
 第二次世界大戦中、英宰相として戦争を指導し、「安全第一」の将軍を最も嫌った。その中に、北アフリカ戦線を指揮したハロルド・アレクサンダー陸軍大将がいた。筆者から見れば、アレクサンダー将軍は臆病だったのではなく、「安全第一」だったのではなく、十分に戦力が整い100%勝つ見込みができるまで動かなかった典型的な英国人気質をもった将軍だった。しかしチャーチルの目には「安全第一」と映った。アレクサンダーの後任のウェーベル将軍にも何度となく、戦力がある程度整えば機を逃さず攻撃すべきだと電報で何度も催促した。英国では、攻撃・退却の最終決定権は首相にあるが、チャーチルは前線の最高司令官の決断を尊重した。
 筆者は今日、チャーチルの上記の言葉を思い出しながら、英国のデービッド・キャメロン首相と日本の安倍首相を比較している。キャメロン首相は政治生命をかけて、欧州連合(EU)の移民政策や主権制約問題などで不満を抱く国民に、Eu残留の是非を問う国民投票を実施した。実施する必要もなかったが、勇気とリスクをとって英国民からEU残留の信任を取ろうとした。しかし離脱派が小差と言えど勝利し、キャメロン首相はその責任を取り辞任した。
 これに対して、安倍晋三首相は現実を無視し、参院選に勝とうと思い消費増税を先送りした。岡田克也・民進党代表ら野党各党の幹部も安倍首相を批判しているが、消費税の先送りには率先して賛意を示している。首相は”世界経済危機”をめぐる伊勢志摩サミットでのG7首脳の合意だと国民に説明したが、サミットに参加した大多数の各国首脳は安倍首相の見解を共有しなかったという。
 日本は約1100兆円の借金に苦しんでいる。しかし政府は消費増税10%を先送りした。病気に例えれば、延命措置を取ったに過ぎない。手術し、抗がん剤や放射線治療を施せば、患者は元気になる前に、苦しみを味わう。
 消費税を上げて、国民に犠牲を強いれば、国民は目の前の苦しみから政府を批判するだろう。政治家自身も自ら「血を流す」覚悟をして衆参両院の定数是正をし、国民を説得することもない。国民の先頭に立って当面の安住を求めている。チャーチルやキャメロン英首相のようにリスクを取る政治家は日本にはいない。
 昨日、大手銀行の行員と話す機会があった。筆者は消費増税の先送りについて尋ねた。行員は「このまま政府が果断な政策を取らなければ、あと10年もすれば日本国民の総預貯金と日本の借金が同じ額になり、その後、政府が外国からお金を借りるようなことになれば、日本経済は本当の危機になるでしょう。そして経済破綻だけが待っています。国民の預貯金はハイパーインフレにより紙くず同然になります」と話し、長期的には日本の将来は暗いと示唆した。
 その若い行員は「他業種に就いた大学時代の親友はこの問題を深刻には考えていません。この暗い現実を実感しているのは金融に務めている連中ぐらいでしょう」と話していた。また「水面下で進行するガンは、痛みが現れるまで患者は分かりません。わかった時は手遅れです。日本国民も同じです。深刻な痛みが伴うまで、人間はどうしても容易な道に流れていきます」。筆者は同感だ。
 英国民は目の前の痛み(移民問題)だけに目を凝らし、EUからの離脱に賛成した。しかし離脱に賛成した英国民の中には、英国の離脱決定後、EUと英国間の経済・関税などの問題が浮上し、自らの行動を後悔している。「多くの日本国民は日本の借金に実感がわかず、迫りくる危機に無頓着です」と大手銀行の行員が話すように、大衆は目の前に現れたことのみに従って行動する傾向が強い。大衆を恐れる政治家は自分かわいさに有権者や国民に「先見的な見解や見通し」を述べることを恐れる。
 チャーチルの偉大さは、自らの先見性や信念を国民に吐露し、説得し、理解を求め、大衆を納得させ、その先頭に立って難局を切り開いていったところにある。チャーチルの考えを理解し、彼に従った当時の英国民も立派だ。
 キャメロン首相は英国民を説得できなかったが、勇気を抱きリスクをとった。安倍首相は勇気もなくリスクも取らず、説得することもしなかった。日本国民の悲劇がここにある。筆者が一番恐れるのは85歳を上回るほど長生きして、日本破産の憂き目に遭い、なけなしのつつましく暮らせる預貯金がハイパーインフレにより紙くずになることだ。この対策を筆者は真剣に行員に聞いた。
 そのような状況になる前にこの世を去るのがベストだが、これだけは誰も予測できない。水面下で進行するこの危機をしらないといえども、この難局に立ち向かう資質を十分にもっている日本国民は、こんな低劣な政治家しか持ち合わせていないのは不幸だ。本当にかわいそうだ。どうしてこんな質の悪い政治家ばかりになってしまったのだろうか。こればかりか解けない難問だ。
 

この記事をはてなブックマークに追加

自らの思いとは別の道をたどることがよくある 英国のEU離脱支持者の投票に思う

2016年06月25日 12時24分42秒 | 時事問題と歴史
  欧州連合(EU)からの離脱を問う国民投票が23日に行われ、離脱票が残留票をわずかに上回り、英国の脱退が決まった。離脱を受け、キャメロン首相は辞意を表明した。英国は底の見えない暗闇に飛び降りたと思う。
 1930年代、保守党の嫌われ者だったウィンストン・チャーチル議員(後の首相)はナチス・ドイツとアドルフ・ヒトラーへの宥和政策を支持して保守党幹部を批判し、「素晴らしいカーペットの上を歩いていると、いつのまにかカーペットが擦り切れているのに気づき、階段を降りていくとその先に深い闇がひろがっている」と警告した。現在の英国民も同じ状況だろう。
 離脱支持者は東欧などからの移民が自分の職を奪っていると考え、この一点から英国の離脱を支持した。ベルギーのブリュッセルに本部があるEUのエリート主導の政治・経済政策から“独立”を取り戻し、再び職にありつけると考えたようだ。
 古今東西を問わず大衆は目の前の危機や困難に目を奪われ、長期的な展望に立ったソロバン勘定ができない傾向が強い。目に見えている景色の背にある真実を理解することも、予測することもできない。フォーサイト(Foresight)ができなのだ。ポピュリズムの宿命である。
 日本経済団体連合会(経団連)会長の榊原定征氏が昨日、ニュース番組で「英国には1000社以上の日系企業があり、投資残高は10兆円規模。英国を拠点として欧州大陸と商売をしている。英国の離脱で関税が敷かれ、英国を拠点とする意味やメリットがなくなる」。榊原氏は日系企業が英国を去る可能性を示唆した。
 筆者は経済の専門家ではない。市井の人間である。それでも長期的な観点に立てば、離脱派の思惑と違ってますます失業者が増大するだろう。日本企業だけでなく、中国や米国などの企業も英国から欧州大陸へと拠点を移していく可能性が高い。
  筆者は英国の離脱派に問いたい。どこに大英帝国が存在するのか。1929年にニューヨークのウォール街に端を発した大恐慌は世界の国々の経済に大打撃を与えた。満州に侵略を始め、経済危機を乗り越えようとした日本と違って、英国は帝国内にブロック経済を築き、帝国内での商売取引を自由にし、帝国域外からの商品に高い関税をかけて大恐慌を乗り切った。
 第2次世界大戦後しばらくしてアジア・アフリカ諸国が英帝国から独立。英国は経済基盤を失い、欧州に目を向けて欧州大陸の一員になった。今でも英国のアングルサクソン人の間には心理的に英国と欧州は違うと考える。それでも欧州大陸なしには英国の繁栄はないとの思いだ。英国の支配者階級やエリート層にはその考えが強い。
 今や政治的にも英国の将来は不透明だ。英国は正式には、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドからなる英連合王国。そのうちスコットランドではEU 残留支持者が62%、離脱支持者が38%で、過半数のスコットランド人がEU残留を希望した。英国全体では離脱支持者が52%で、残留支持者が48%。
 このため、英紙ガーディアンによると、スコットランドのスタージョン行政府首相は24日、同地域の投票では欧州連合(EU)残留が多数を占めたことを受け、「民主的な観点から、われわれは国民投票を受け入れることはできない。再度、独立の是非を問う立法措置(国民投票)の準備を始める」と述べ、EUに残留するため英国からの独立を求める意向を示唆した。
 英連合王国は、沈静化したとはいえ北アイルランド問題も抱えている。そしてスコットランド問題。将来英連合王国は空中分解し、12~13世紀のような独立した王国がブリテン島に出現する可能性がある。もしそうなれば英国(イングランド人)が長年築き上げてきた欧州大陸に対する、世界に対する政治的な影響力は一段と低下するだろう。
  歴史は変化する、と名誉革命の指導者、初代ハリファクス侯爵が述べた。よく言ったものだ。19世紀に7つの海洋を支配した英帝国は現在、すでになく、イングランド人の経済・政治的発言力は低下する一方だ。
 EUは400年にわたる欧州大陸諸国の抗争から生まれた産物だ。戦争が終わればまた戦争。戦争の歴史だった欧州。第1次、2次両大戦は人類史上初めて一般市民を巻き込んだ総力戦だった。欧州大陸の覇権をかけてドイツとフランスが戦う歴史だった。独仏は犬猿の関係。この反省を踏まえ戦後、欧州石炭鉄鋼共同体が創設され、欧州連合(EU)に発展した。「不戦の誓い」をした。 
 21世紀に入り、「エリート主導、理念先行」の欧州連合と、それに伴う加盟国の主権制限に反対する右派グループがドイツ、フランスなどで活動している。その活動は日々、強まっている。マリーヌ・ル・ペン党首に率いられたフランスの国民戦線、ドイツの国民民主党などだ。
 欧州の極右諸政党が台頭してくれば、それぞれの国の主権を主張し、欧州連合自体の存在を危うくする。そのとき、かつてのように、英国が勢力均衡のバランサーとして君臨することはない。
  1648年のウェストファリア条約からの400年にわたる時代の変転の中で、強大な英国は欧州大陸の弱国と手を結び、強国をけん制、欧州の平和を維持した。ナポレオン1世のフランスに対しては英国の小ピット首相がドイツ諸侯と手を組んで、フランス皇帝の野望をくじいた。英国のチャーチル首相はフランスや米国と同盟し、第2次世界大戦に勝利、ヒトラー・ドイツの欧州制覇の野望を葬り去った。
 EUからの英国の離脱を決めた離脱支持者は長期的な観点から致命的な誤りを犯したのかもしれない。歴史が将来判断するだろうが、その公算は大きい。外国移民を排する離脱派の思いとちがって、英国経済はますます弱くなり、彼らの職域が狭まるかもしれない。スコットランドが独立すれば、ブリテン島に対するイングランド人の800年間の支配は終焉を迎える。外交的には英国は交際政治の脇役でしかなくなり、発言力は格段に弱まるだろう。
 英国のEU離脱は欧州大陸諸国の右派政党を勢いづかせ、19世紀から20世紀前半の欧州大陸に逆戻りするかもしれない。その時、バランサーとしてかつて君臨した英国はどこにもいない。欧州は動乱といわないまでも不安定になるだろう。その不安定を助長するのは中国。21世紀になって初めて発言権を増している中国は19~20世紀にはいなかった。帝国主義国の餌食になった弱い中国だった。
 2000年にわたる政治・外交術の巧みさにたけた中国は、疲弊する英国に近づき、甘い言葉を投げかけるかもしれない。イングランド人の巧みな外交術も折り紙つき。20世紀半ば、英国一国だけでは世界に強い影響力を保てないと判断したチャーチル首相は、世界最強の米国に近づき、「特別な関係」を結び、ロンドンの世界への影響を維持した。イングランド人は21世紀、中国に近づき、そうするかもしれない。
 日本政府は英中接近に強い警戒感がある。尖閣諸島の領土問題も絡む安保環境の変化を心配している。 英国民の国民投票によるEU離脱は「アジアの安全保障への影響が出ないと思っている人はいない」(政府高官)という。
 英国民、とりわけEU離脱支持者は10年後に自らの選択を後悔するだろう。EU側にも域内の国民の民意を十分にくんでこなかった失敗がある。離脱支持者はそれを離脱という形で反意を表明し、漸進的な改革の道を選ばなかった。
  20世紀に英国を代表するケンブリッジ大学の歴史学者ハーバート・バターフィールド教授は「歴史の歯車は当初思っていたのとは違う方向に進むことがよくある」と語った。目標を抱いて始めた事業や思惑は、将来考えてもみなかったゴールに行き着くということだ。離脱支持者は将来、この言葉を噛みしめるだろう。

この記事をはてなブックマークに追加

人間の資質で大切な「勇気」とは何か 英議員コックスさん殺害の政治テロに思う

2016年06月18日 11時34分42秒 | 民主主義制度
  英国の最大野党・労働党の女性下院議員ジョー・コックスさんが路上で男に銃で撃たれ、死亡した。英BBC放送などによれば、コックス氏を殺害したのは、地元在住で52歳のトミー・メイア容疑者。コックス氏は図書館で支持者との面談を終えて外に出た際、頭部付近を複数回、銃撃されたほか、刃物で何度も刺された。近くにいた77歳の男性1人も腹部を刺され負傷した。デーリー・ミラー紙(電子版)は、容疑者が南アフリカの白人至上主義雑誌を一時購読するなど、極右思想に染まっていた可能性を指摘している
 コックス議員はイギリスのEU離脱の是非を問う国民投票を前にして、離脱反対を有権者に説いていた。先週もツイッターで「移民問題に関する懸念はもっともだが、それがEUを離脱する理由にはならない」と呼び掛けた。
 また、今年5月の寄稿で、シリア内戦をめぐる英米両政府の対応を「大失敗の外交政策」と批判し、「オバマ米大統領もキャメロン英首相も、シリアに危害を加えるつもりではないはずだ。だが昔から言われるように、善良な人々が何もせずに見ていれば、悪に勝たせることになる」と語った。(この発言で思い出すのは1930年代後半のヒトラー・ドイツに対する英国の宥和政策)
  政治家になる前は、貧困のない世界を目指す国際協力団体、英オックスファムの慈善活動に携わり、乳児死亡率の低下や現代の奴隷撲滅に向けた取り組みにも関わっていた。コックス議員は事件が起きた英中部ウェストヨークシャー州出身。父は化粧品工場勤務で母は教職員。名門ケンブリッジ大学に進学し、家族の中で初めて大学を卒業した。典型的な労働者階級の出身だ。
 ニューズウィークによれば、夫のブレンダン・コックスさんは事件を受けて声明を発表。彼女は彼女自身の死によって英国が分断されることを望んでいなかったとしたうえで、次のように述べた。
 「彼女が今生きていれば、二つのことを願っているはずだ。一つは2人の子どもたちにいっぱいの愛情をそそぐこと。もう一つは、彼女の命を奪った憎悪と戦うために、われわれが団結することだ。憎しみは害悪しかもたらさず、そこには信念も人種も宗教もない。これまでの人生に悔いはないはずだ。一日一日を精一杯、生きてきたから」
 筆者はご主人のこの声明を読んで、深い感動を感じた。それとともに、民主主義発祥の地、英国で民主主義制度を破壊する暴力が起こったことにも驚き失望した。また米国と違って治安が比較的安定している英国で、それも拳銃保有が厳しく取り締まられている国で、このような悲惨な事件が起こったことにも驚いた。 
 現在、日本を含めて世界中どこでもこのような政治テロや暴力事件が起こる。特にインターネットやスマホにより数秒で世界に情報が発信される時代。半世紀前とは比べものにならないぐらいの変化を、世界は遂げた時代だから、一国の事件はたちまち遠い国にも連鎖する。
 それにしても筆者はコックス議員の「勇気」を褒め称えたい。「小柄な体に、社会を変えたいという熱意をみなぎらせた人だった」とメディアは伝えている。殺害される前日も、ロンドン・テムズ川で「残留キャンペーン」運動をしていたところ、残留反対派からホースで水をかけられたという。難民保護に注力したため、極右派から狙われていたという。生命の危険を感じても、自らの政治信念に生きた。
 バーストルの教会で行われた追悼集会で、この集会を主催したポール・ナイト牧師は「人々を巻き込み、正義と社会の結束のために熱心に取り組んだ」と語り、コックス議員の冥福を祈った。
 今頃、コックス議員は天国で、英史上最も偉大な宰相の一人、ウィンストン・チャーチルに会い、チャーチルから「勇気を出して奮闘した」とお褒めの言葉を送られているかもしれない。
 チャーチルは、どんな逆境にも勇気を持ち、それに立ち向かう人々を最も尊敬した。自らも何度も死神に会いながらも、死を恐れない勇気と挑戦の人生だった。チャーチルは、1932年に出版した「現代の最も偉大な人物」の中でスペインのアルフォンソ13世を挙げている。フランコ独裁体制から民主主義制度への移行に決定的役割を演じたファン・カルロス前国王の父親だ。
 アルフォンソ13世(1886-1941)はスペインの前近代的な政治・社会体制を変えようとして社会改革に懸命に取り組んだ。しかし、途絶えることのないテロの中で政府高官は次々に暗殺されていった。このため、自らの理想から次第に距離を置き始め、統治の形態はますます旧来の抑圧へ傾斜していった。
 また、社会不安に混沌とする国内を鎮めるため、イタリアに倣い、1923年にはプリモ・デ・リベーラ将軍を登用し、権威主義体制による王権維持を目指した。プリモ・デ・リベーラ将軍失脚後の1931年4月12日に行われた総選挙の結果、アルフォンソ13世は国外亡命に追い込まれた。
 チャーチルはアルフォンソ13世に好意的な見方を示している。「歴史のみがこの問題(アルフォンソ13世の理想と現実の落差)に確固不動の(明確な)答えを出すことができる。しかし、国王が冷静で信念の政治家であった事実を弱めるものは何もない」と述べている。
 チャーチルはアルフォンソ13世の政治・社会改革の失敗にもかかわらず、暗殺を恐れない彼の勇気を称賛したと読める。「大衆も国王も人生行路を歩く中で、自らを試される事態に遭遇(困難な状況や危機的状況)したときにこそ、(自らの行動について他人から)判断されるにちがいない。勇気こそ人間の資質の中で最も尊重される資質だ。勇気という資質があってはじめてほかの資質が担保されるのだ。実際の行動においても、モラルの面であっても、アルフォンソ国王はあらゆる場面で勇気を証明した。陛下の命の危険がさらされる場面でもあっても、政治的逆境に遭遇したときでも同じだった」
 コックス議員も時代は違っていても「勇気」を抱き自らの信念で政治課題に挑んだ。そして殺害された。筆者のような小心者は決して政治家にはなれない。政治家という職業は、人々がなりたくてもなれない職業だと思う。
 日本を振り返れば、政治家の資質がなくても、食い扶持を稼ぐ職業とする、日々の生活だけを営みとする政治家が大半だ。舛添氏しかり、甘利氏しかり。この一年でマスコミを騒がせた“落第生”政治家が何人いただろうか。そして何よりも「勇気」の「勇」もない政治家が多すぎる。いつも政治リスクを回避し、困難な問題を先延ばしにする安倍晋三首相や取り巻き政治家は好例だ。コックス議員の政治テロに思いをはせ、民主主義制度とは何かを、日本の政治家という職業を生業にしている政治家はもう一度問い直してほしい。

この記事をはてなブックマークに追加

元官房長官の与謝野さんが安倍政治の本質を語る 

2016年06月17日 10時58分58秒 | 人物
 22日に参院選が公示される。安倍晋三首相は「アベノミクス」をことさら全面に出し、有権者と国民に態度を鮮明にせよ、と迫る。これに対して野党各党は「安全保障問題」隠しだと批判する。
 6月17日付朝日新聞に第1次安倍政権の官房長官だった与謝野馨氏が「偏った経済政策」だと批評した。
 咽頭がんを患った与謝野氏は「異常ともいえるお札の発行は『インフレの種まき』にほかなりません。通貨価値の下落などインフレの形で、本来責任のない国民に襲いかかることを、とりわけ弱者の生活苦につながることを、わたしは強く懸念にしています」と訴え、消費増税10%を先送りして難しい課題を先送りする安倍首相を批判している。
 「安倍政治は、国民の評価を落とす危険のある政策を避けて通るという基本体質を持っています。一番の例は、『沖縄』です。沖縄との和解には触れようとしません。消費増税の先延ばしも同様です」
 与謝野氏は日本の財政を憂慮している。日本銀行は毎年80兆円のお札を発行し、それは実質国民の貯金が毎年5%ずつ目減りしていることになると説く。子どもでも理解できる話を、与謝野氏は朝日新聞の「オピニオン」欄で話している。
 筆者は汗水たらして稼いだ金ではなく、単にお札を刷って何が儲けているかと言いたい。与謝野氏は消費税を10%に引きあげても「膨大な借金に比べれば『焼け石に水』という人もいますが、現行の医療、介護などの社会保障の水準を維持するには、・・・いずれ20%程度の消費税が必要です」と話した。
 与謝野氏は、経済成長さえ持続すれば成長の果実が自然に弱者にも回ってくるという安倍首相の経済政策を批判。「吉田茂、池田勇人両首相は働く人や所得の低い人への目配りを怠らず、税制も弱者に配慮した。それが日本の保守本流でした」と力説。「一時しのぎの金融政策を行い、借金をためるばかりで難しい問題に自分の政権では手をつけない」と安倍首相を批判している。
 そして最後の言葉として筆者が感銘したのは「大衆は必ずしもいつも正しいとは言えない」と言ったことである。「民主主義の中で、『国民の声』というものが、必ずしも正しいとは限らない、と私は考えています。残念ながら、国民は楽な道を喜びがちです。長期的なこと、子や孫のことまで心配しない。あえて申し上げれば、『国民の声』という建前論だけで運営すれば、国を誤るのです。大切なのは国民の豊かさを長く維持すること。それが保守政治です」
 筆者は与謝野氏に同感する。国民や大衆は舛添問題への見解は正しくても、自らの利害が絡む消費増税問題は間違っている。それは既得権にしがみついているからだ。筆者は大衆を批判しない。それが人間の本性であるからだ。だからこそ、政治家は大衆の批判を受けてでも勇気を出して、自らが信じた考えを実行する。そして大衆を説得する。自分の政治家の地位を危うくしてでも、自らの信じる道を実行する。そんな政治家が日本にどれだけいるのか。
 日本には現在、あまりにも大衆に迎合する政治家が多すぎる。それは自分の地位を守りたいからにほかならない。総選挙で落選することを恐れているのだ。
 現実と理想は絶えずかい離する。現実はいつも理想とはかけ離れている。特に厳しい現実に直面しているときはそうだ。与謝野さんが言うように、日本は現在、経済的に破滅し国民が超インフレにより貧困にあえぐかどうかの分岐点にいる。船は45度以上傾けば復元は難しく、沈没の運命がまっている。日本経済がすでに45度以上傾いているかどうかはわからないが、危機に瀕していることだけは確かである。
 真の保守政治家の与謝野氏は事実上の戦時下だと言っているのかもしれない。本当の戦争ではないが、経済困難の真っ最中にいるのだということだろう。がん細胞が活動して体内に広がっているが、患者はまだ痛みを感じていない。健康診断に行かないのでわからない。そんな状態が日本だ。
 安倍首相は保守ではなく、典型的な右派だ。それはそれでよいのだが、この経済緊急時に「勇気」「挑戦」「説得」という政治家としての資質がないのだ。いつも国民に迎合し(野党政治家の多くもそうだ)、迫りくる困難に立ち向かおうとしない。これでは「日本丸」という船の船上にいる国民も安倍首相ら政治家も海の藻屑と消えるだろう。
 第2次世界大戦の英国の指導者ウィンストン・チャーチルは1940年5月10日に首相に就任した。同じ日、独裁者アドルフ・ヒトラーのナチス・ドイツは150万の兵力と2000両以上の戦車と装甲車を引っ提げ、怒涛のごとくオランダ、フランス、ルクセンブルグ、ベルギーに侵攻を始めた。
 13日、チャーチルは議会で演説した。有名な「血と涙、汗」演説だ。日本の経済危機に直面しようとしているこのとき、安倍首相はチャーチルのような演説ができるかどうかは疑問だ。多分できないだろう。戦争と経済危機との違いはあるが、危機は同じだ。最後にチャーチルの演説の抜粋を読者に記し、今回のブログを終わります。
 「先週の金曜日、国王陛下より首相に推挙されました。国民と政府の意思により、できるかぎり多くの与野党の連立政権を樹立し、挙国一致内閣を組閣しました。わたしはこの政府の目的の最も重要な仕事を完遂しました。・・・われわれの前に最も深刻な試練が立ちはだかっています。われわれの前に長期にわたる闘争と苦難が待ち構えています。議員諸君は内閣に『政策は何か』とお尋ねるになるでしょう。私は、神が我々に与え給うた渾身の力で、人類に数限りない罪を犯した怪物のような専制者(ヒトラー)に対し、陸と海と空から戦うと申し上げます。これが政策です。目的は何かと問われれば、一語で申し上げる。勝利。万難を排しての勝利。恐怖に打ち勝っての勝利。どんなに長く厳しい道であろうと勝利あるのみです。勝利なくして自存の道はありません・・・力を合わせて共に進もう」と強調し、ヒトラー打倒こそが英国と大英帝国が生き残る唯一の道だと指摘した。
 チャーチルは国民に迎合して国民から絶大の支援を引きだしたのではない。チャーチルが現状を包み隠さずに国民に話したからこそ、国民が団結して苦難に立ち向かい、それを克服したのだ。英国民は自分に不利なことも受け入れ、チャーチルを支持した。それはチャーチルが正直に話し、困難を避けなかったからだ。日本国民はどうか?筆者は日本国民には英国民と同じ資質が備わっていると固く信じる。既得権にがんじがらめになった政治家がそれに気づかないだけである。
2tbob5

この記事をはてなブックマークに追加

舛添公私混同疑惑は現在の政治家の体質を浮き彫りにする。都知事の辞表提出に思う。

2016年06月16日 11時23分54秒 | 政治
 政治資金の私的流用問題に批判が高まっていた東京都の舛添要一知事は15日、都議会議長に辞職願を提出し、都議会は同日夜、その願を認めた。21日に辞職する。
 遅きに失した。天下の秀才が持つ自信過剰と自惚れが先行し、周囲を観察し分析できなかった。小賢しいといわれてもいたしかたない。
 テレビ朝日の討論番組「朝まで生テレビ」での司会者だった田原総一朗さんは「歯切れがよく、論争に負けなかった。何を言えばテレビが使ってくれるのか、よくわかっていた」と振り返る。「だが、今回は『正論』を語れば語るほど都民には弁解にしか映らなかった。論争では相手を負かせるという自信が、どんどん自分を追い詰めてしまった」(朝日新聞サイト)
 俗にいう頭が良い人は弁が立つ。頭の回転が速いため、相手の見解に直ぐに反応し、即答する。このため墓穴を掘ることがある。
 高額な海外出張費が問題になった4月上旬。「香港のトップが二流のビジネスホテルに泊まりますか? 恥ずかしいでしょう」と香港の記者に語った。公用車での別荘通いを問われても胸を張った。「公用車は『動く知事室』で、電話で報告などを受けている」
 これらの発言などを本人は“名回答“だと考えたのだろう。答える際の彼の姿をテレビで見たが、自信にあふれていた。しかし平凡な人間、常識的な人間には「屁理屈」「おかしい」と考える。そして「真相解明を続ける」と発言すればするほど厳しい都民の声がますます強まり、それは野火のように全国に広がった。舛添氏の発言は火に油を注いだが、本人はそれに気づかなかったようだ。
 舛添氏は切れ者の秀才だったが、「常識」に欠けていたと考えられる。秀才の欠点だと思うが、意識するしないにかかわらず、庶民を見下していたのだろう。「自分は正しい。俺についてこい」と大衆に対して考えていたのだろう。
 舛添氏は2014年の2月の都知事選の遊説中、街頭で都民を前に「子育て支援」を約束し、「保育士の数を増やし、待機児童を減らす」と何度もマイクで力説した。しかし、都知事自身が、子育て支援領域に大きな関心を払っていなかった節がある。彼が都に設けられた子供子育て会議に顔を出したことはなかったという。このため、役人も高をくくって、頑張らなかったという。
 産経新聞によれば、保育園への視察はゼロであり、視察の7割が美術館と博物館。また知事就任以来のこの2年間、東京都の待機児童対策に目立った成果はなかった。関係者は「無策だった」と手厳しい。このため、多くの母親は働くことができなかった。
 要するに公約は口先だけで、国際政治学者として、「外国都市との交流」など自分に関心ある事業には足蹴くかよった。政治家としての誠実さ、勤勉さは二の次だった。第2次世界大戦の英宰相ウィンストン・チャーチルが官僚や閣僚に厳しく言った「(国民のために)死に物狂いでやれ」という自覚がなかった。国際政治学者としてチャーチルの政治家としての経歴や活動は十分勉強したとしても、英宰相の人生観や人生指針を勉強した節が見られない。
 舛添都知事は不信任決議案という包囲網が敷かれる中、時折、涙で声を詰まらせ「子供たちのことを考えると、今でもやめたい」と情に訴えた。「知事選か都議選がリオデジャネイロ五輪と重なり都政の混乱を招く」と都議会の解散にも言及した。
 舛添都知事の子どもさんが学校で「お父さん」の不祥事でいじめられていると推察する。筆者は子どもさんに同情し、この日本人の持つ欠点を憂うが、その子どもさんの苦境をも都知事延命のために利用しようとした「お父さん」を子どもさんが大きくなってどのように感じるだろうか。筆者にはそう映った。
 舛添氏の陰に隠れて、「これ幸い」と、こそこそ政治活動を再び始めた前経済再生相の甘利明氏。不法な金銭授受疑惑から逃れるために「睡眠障害」との診断書を振りかざし、1か月間身を隠し、ほとぼりがさめるのを待った節がある。大衆は熱狂しやすいが冷めやすい。この機に乗じて甘利氏は再び活動を始めた。舛添氏も、国民が忘れ去れば政治活動を再開するに違いない。
 舛添氏の不信任案を提出する際の与党政治家のドタバタも見苦しい。自民・公明都議は、明らかに党中央の指令で動いていた。都民だけでなく全国の国民の怒りが増しているのに気づくと、参院選で自民・公明が劣勢に回るのとを恐れて、舛添氏の首切りを決断した。都民や国民のことではなく、自分の首を心配した。要するに議員職という特権を手放したくなかった。政策など二の次だった。もしかすると政策などは国会、地方議員を問わず頭にないのかもしれない。頭にあるのは自分のことだけだろう。
 筆者や大多数の国民にそう思わせること自体、大多数の政治家が二流、三流政治家の証だ。
 記者から「舛添氏」についての質問にだんまりを決め込んでいた安倍晋三首相。万一発言すれば、都政と国政は違うからコメントできないと言うだろう。しかし真実は自分に都合の悪い事柄は無視するか、だんまりを決め込むこの男の性格が出ている。
 舛添氏も人の意見をまった聞かないと有識者からしばしば話されている。「人の見解に耳をそばだて、最後には自分で決断し、責任を取る。決めたからにはフラフラしない。決めた後は他人の意見を聞いて迷うな」とチャーチルは民主主義国における政治家のイロハを述べていたが、そんな政治家は日本に何人いるのだろうか。
 舛添氏の疑惑は永遠に解明されない。自民党や公明党都議は「武士の情け」とは情けないことを言っていた。武士が生き返れば、一刀両断に刀の錆にされるだろう。政治家の金銭疑惑の結末はいつも「金銭疑惑の解明」をされずに終わる。


 このブログのなかで「舛添氏の子どもさんが学校でいじめられていると推察する」と記しました。ただ、十分ではなかったようです。インフォーシーク記事ではテレビ取材者にも問題があるようです。転載します。元記者としてフジの取材者の仕事に仕方に真っ向から反論はできませんが、奥様への取材はあっても、年端もいかない子どもさんへの取材は行き過ぎのように思います。

 「舛添さんは『フジテレビだけは許さない』と、強引な取材にカンカンになっている。・・・ 15日、辞職願を提出した舛添都知事。14日夕方の議運委理事会で、「子どもたちが毎朝、テレビに追いかけられ、泣きながら帰ってくる」「妻は『変な女』と報じられている」と涙ながらに話す場面もあったという。この怒りは、フジテレビに向かっているそうだ。・・・「2人の子どもには殺害予告が出され、学校でもいじめられているといいます。年を取ってからできたためか、舛添さんは本当に子どもを可愛がっている。成績も抜群で、自慢の子どもだといいます。フジテレビとの関係はいいと思っていただけに、怒りが収まらないのも無理ないでしょう」(前出の政界関係者)
 未成年の子どもに強引に取材しようとしたのか。フジテレビに事実確認を行うと、「舛添雅美氏を取材した際、近くに子どもがいたことは事実ですが、子どもに声をかけたり、囲んだりしての撮影、取材は一切しておりません」と回答した。子どもがいる前でズカズカと取材するのはやり過ぎといわれても、仕方がない。


2tbob5

この記事をはてなブックマークに追加

俳優、渡辺謙さんが好演するミュージカル「王様と私」の虚実を描く書籍「現実主義者の選択」

 「現実主義者の選択」(ホルス出版)を紹介する。渡辺謙さんがブロードウェイで好演しているシャムの国王。ミュージカル「王様と私」は真実を伝えていない。歴代タイ政府はこの半世紀以上にわたって、この物語を描いた映画、演劇などの上映や上演を国内で禁じてきた。  「王様と私」を初めて映画で観賞したのは今から40年以上前。ユル・ブリンナーとデボラ・カーがすばらしい演技を見せていた。渡辺さんが演じているこの王様の名前はモンクット王。吉田松陰が足元にも及ばない当時の国際情勢を認識していた名君だった。タイ人もこの国王を知らないという。名君や名政治家ほど後世の人々に忘れ去られると感じる。  英国の名誉革命を指導者した初代ハリファクス公爵も同じだ。市井の英国人は知らない。17世紀後半に活躍した名政治家の格言や政治家心得を、この書籍は引用する。公私混同で公金を使った舛添要一・東京都知事も彼の書物を読んだほうが良い。彼だけではない、政治モラルとレベルが落ちた多くの日本の政治家も読むべきだ。  もう一人の人物は堀悌吉・海軍中将。このごろ、やっと光が当てられ始めている。NHK出版がこのほど「山本五十六 戦後70年の真実」を出版し、この書籍も読んだ。2011年に日本映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-」が上映された。山本五十六元帥を役所 広司さんが演じ、歌舞伎役者の十代目坂東三津五郎さんが堀悌吉海軍中将を演じた。  堀提督は米英協調を唱えたため、1934年に旧海軍から追われた。彼の生きざまは日本の運命の裏返しだったと思う。日本人はこの立派な人物を知らない。  この頃、日本人は自信をなくし、日本は迷走している。この3人の生きざまを知って、未来に思いをはせてほしいと願う。