初代ハリファクス侯爵やチャーチル宰相ら英国の歴史上の人物とともに語ろう   ロンドンからの便り   

退職から8年。ブログを始めて4年。現実主義者として、歴史を紐解き、偉大な先人の言葉の意味を考えながら、現代を切る。

毎年一度のめぐり合い       日米地位協定、日本会議、広島などで花が咲く

2016年05月26日 23時10分46秒 | 親友
 2005年から毎年一度、かつての職場のOBや現役が場所を変えて東京近郊で会うことにしている。きょう、中華料理店に8人が集まり中華料理に舌つづみを打った。その後、喫茶店でしゃべった。
 話の中心はやはり、沖縄県うるま市の女性会社員の遺体遺棄事件と日本会議について記した書籍だった。舛添要一・東京都知事の公私混同疑惑問題は話題にするような問題ではないというのが皆の意見だった。
 国家主義者の安倍晋三首相が、日米地位協定の抜本改定に消極的な姿勢なのはなぜか? 19世紀に欧米列強がアジア諸国に押し付けた治外法権と何ら変わらない日米地位協定をなおざりにする態度は、米国に対する対等な同盟を望まず、米国に依存する同盟を望んでいるのだという結論に達した。右派思想の限界だろう。
 安倍首相の取り巻き連中を記した「日本会議の研究」(扶桑社)も話題になった。
 元サラリーマンの菅野完氏の書籍に対し、日本会議が出版差し止めを求めたのは、何か世の中にさらしたくない理由があるのだという意見が多数を占めた。日本会議の広報担当者は「内容に事実誤認があるが、詳しい話は現段階ではできない」と説明しただけだ。
 多分、教育基本法の改正を求める運動などをしてきた右派系団体が差し止めを求めた真意は、この書籍から推察されたくないことがあるからかもしれない。それは異見を封じ込め、事実上の思想の類型化を完遂することなのだろう。百家争論という民主主義の根幹を崩し、戦前の天皇中心の中央集権国家を目指しているからだろう。
 思想や見方を類型化して、意見を封じるのは民主主義制度の根幹を揺るす暴挙だが、2世議員と官僚出身の議員が大半を占める国会議員は、精神の根底に異見を嫌う体質がある。そして、議論で鍛えられていないため、考えや意見の類型化を好む。菅野氏が十分に取材していない箇所もある。また私見を客観的だと思い込んでいる箇所もあるが、総じて「日本会議」に対する日本人への警告書だということで一致した。
 明日のオバマ米大統領の広島訪問は歴史的な意義がある。彼が核廃絶の出発地に広島を選んだことに敬意を表したい。米国の謝罪を求めない。太平洋戦争の終わりを「終戦」と、この70年間、こう呼び続けている歴代日本政府にも問題がある。「敗戦」を「終戦」と呼ぶ日本人の内面心理を洞察すれば、太平洋戦争をめぐる日本人の戦争責任(過誤)の希薄さからきているのだろう。この意味で、謝罪を要請するのはおこがましい。また当時の軍部指導者の責任は重大だ。そんな結論になった。
 舛添の話は数分で終了。「辞めなさい」「言語道断」が全員の意見だった。久しぶりに話に花を咲かせた。またの再会を誓い別れた。

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自分の首を心配する都議会と国会議員   舛添問題から垣間見える姿勢

2016年05月25日 11時47分25秒 | 政治・軍事
 昨日のブログで、東京都知事の舛添要一と英宰相ウィンストン・チャーチルの政治姿勢を比較した。政治手腕と生き方において水と油の両者。舛添氏なんかと比較されても困るよ、と話すかもしれない天国のウィンストンには申し訳なかったが、あえて比較することで舛添氏の政治資質を読者に問うた。
 今日は、政治資金を私的なことに繰り返し使っていた疑惑が浮上している舛添都知事を追求する側の、都議会議員の姿勢について私見を述べたい。まず、昨日同様、チャーチル首相に登場願う。
 1934年6月30日付英誌「アンザーズ」に寄稿したチャーチル首相の一文を掲載して考えたい。

 われわれは今日、「安全が第一』という言葉をよく聞く。道路を横断するときに従う素晴らしい原則である。・・・また「安全が第一」を志向する政治家の政治活動にも非常に役に立つだろう。しかし、そんな政治家は閣僚になることを目的とし、閣僚に引き上げられれば、そのポストを多年にわたって保持することに努め、際立った仕事もせず、閣僚の責任だけを果たし、内閣維持の保証者として働くだけなのだ。
 しかし生涯にわたって「安全第一」に固執するかぎり本当に価値のある仕事はできないし、立派な業績も残せない。それは政治家同様、市井の人々にも当てはまる。

 チャーチルが寄稿した「わたしはいつもリスクをとる」の冒頭に書かれている一文だ。また、人生はスポーツの試合のようなものであり、勝敗が伴い危険が存在すると記している。スポーツプレーヤーは試合中、思いもよらずに怪我をする場合もあると記し、オーストラリアの大詩人アダム・ゴードンの詩文を引用している。
 チャーチルほど人生においてリスクをとった政治家はいないだろう。成功と失敗が半々の場合、リスクをとる。それは暴挙ではないという。このため、彼の90年の生涯で少なくとも5回前後は死神と向き合った。そして自らの政治信念のために政党を2度変えた。選挙も少なくとも3度は落選した。自ら信じたことを正直に誠実に話した。たとえそれが大衆の批判を受けてもだ。
 第二次世界大戦中、英宰相として戦争を指導し、「安全第一」の将軍を最も嫌った。その中に、北アフリカ戦線を指揮したハロルド・アレクサンダー陸軍大将がいた。筆者から見れば、アレクサンダー将軍は臆病だったのではなく、「安全第一」だったのではなく、十分に戦力が整い100%勝つ見込みができるまで動かなかった。しかしチャーチルの目には「安全第一」と映った。アレクサンダーの後任のウェーベル将軍にも何度となく、戦力は整ったので攻撃すべきだと電報で何度も催促した。英国では、攻撃・退却の最終決定権は前線の最高司令官が握っている。
 舛添都知事問題をめぐり、6月1日から都議会が始まる。野党は総務委員会での集中審議を求めている。しかし、自民・公明両党議員は「まずは6月1日の本会議での所信表明をしっかり聞く」という消極姿勢を変えていない。
 都議会の意思決定権を実質的に握るのは、都議会127議席中のほぼ三分の二を占める「与党」自民・公明両党。彼らは選挙の時から舛添知事を支えてきた。可能であれば今回の出来事を大きくせずに、舛添知事に継続して欲しいというのが本音だろう。ただ、両党幹部は「知事に猛省を促すくらいのことはしないと、支持者離れを起こして(今夏の)参院選に影響してしまう」と苦り切っている。
 都議会は常任委員会に知事を呼び、一問一答形式で追及することができる「百条委員会」がある。地方自治法に基づき、強い調査権限を持った同委員会の設置を求める声もある。猪瀬直樹前知事は「百条委員会」設置への動きが出て辞任した。
 都議会は知事の不信任決議を提案できるが、決議が可決された場合、知事は都議会の解散権を行使する選択肢がある。ただ、自分の首をかけ選挙覚悟で舛添都知事の公私混同疑惑を追及するリスクをとる与野党都議会議員がどれだけいるのか、疑問だ。参議院選挙もある。
 与野党議員は「安全第一」の方針を堅持して「舛添問題」を考えるに違いない。有権者の意思を尊重するよりも自分の首を心配する。心情としてわかるが、それでは政治家になった意味がないだろう。どんな目的で政治家になったのかを十分に理解できる政治家は本当にごくわずかだ。
 政治資金規正法では、収支報告書に記す支出額の基準は定められているが、支出内容の是非について規定がない。朝日新聞記者の取材に応じた元検事で同法違反事件を多く手がけた郷原信郎弁護士は「政治資金の支出に関して刑事責任を問われた例は恐らく過去にない。おかしな支出でも『政治活動だ』と強弁されると覆せないし、記載が虚偽だとしても『意図的だ』という立証は難しいと話した。
 政治資金規正法は昭和23年7月に制定され、2005年と2007年にそれぞれ部分改訂されたが、政治資金の支出についてはほぼ規制していないためザル法との批判も多い。
 与野党を問わず「安全第一」という政治家の自己保身と既得権護持をみごとに映し出している法律だ。舛添都知事ばかりでなく大多数の政治家もこの「ザル法」の恩恵を受けている。
 「舛添問題」を契機にこの法律を抜根的に改正し、議員に厳しい法律にするリスクをとる議員は国会議員だろうが地方議員だろうがほとんどいないだろう。1000兆円を超える借金が日本にあるのに、議員という地位保身と「安全第一」を優先する衆参議員の多くは真剣に考えていない。国会議員定数の大幅削減に極めて消極的な国会議員の本音は「安全第一」なのだろう。「安全第一」の日本社会に未来があるのだろうか。

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人間の価値は必ずしも勉強ができる人物ではない    舛添都知事の公私混同に思う

2016年05月24日 15時38分25秒 | 時事問題
 「過去に生きたすべての人々の拠り所うちで、最も価値があるものは何なのでしょうか。ひとりの人間にとっての価値あるものは何なのでしょうか。それは良心だけであります。(過去を振り返ったとき、自分を正当化できる)唯一の追憶の盾は、自分の行動に対する正直さと誠実さであります。この盾を持たずに人生を歩むことほど軽率なことはありません。なぜかと申し上げれば、自らが描いた望みに裏切られうまくいかなくなってしまっても、運命がいかようであろうとも、この盾を掲げて名誉の隊列を進むほかに選択肢はないからであります」
 英国の宰相ウィンストン・チャーチルは、1940年11月9日に亡くなった前任者のネビル・チェンバレンを追悼し、3日後の12日に英下院で演説した一文である。チェンバレンは生真面目で誠実な政治家だった。チャーチルとチェンバレンは政敵だった。それでも、互いは信頼し合い、ヒトラー・ドイツの侵略に立ち向かった。この二人の大政治家を結びつけたのは「良心」と「誠実さ」だった。
 英国の歴史家ダニエル・スミスは著書で、チャーチルの生涯の行動指針は「良心」「正直」「誠意」だったと述べている。
 チャーチルは1905年のマンチェスターでの演説で「政治において、行動に迷うなら、何もしないことだ。何か言わねばならぬ時は、自分の信じていることを正直に包み隠さず大衆に話しなさい」と述べている。
 きょう、病院から自宅に帰る途中、書店に立ちより「週刊朝日」の見出し「舛添都知事 ケチの原点」に目が留まり、その週刊紙を買って読んだ。
 週刊紙によれば、舛添氏が受け取った喫茶店の領収書に「18,000円」と書き込まれていた。オーナーは「こんな領収書は切っていないと思う」と証言した。多分、白紙の領収書をもらい、自分で書き込み、それを政治収支報告書に記載したのだろう。私物のほとんどを政治資金で買い込んだように書かれているようだ。
 舛添氏は北九州の少年時代に貧困の中で育った。苦学して東大へ進学した。フランス留学から帰国後、東大で国際政治学者として教鞭をとった。助教授時代を経て政界に転身し、国会議員を経て東京都都知事に就任した。「華麗な経歴に隠された苦節の時代が、特異な金銭感覚の原点なのだろうか」。週刊朝日の記者は読者に問いかけている。
 確かに政商、小佐野 賢治(1917年 - 1986年)にしても田中角栄・元首相にしても極貧の少年時代を送った。両者とも独特の金銭感覚を持っていた。「金」が人生のすべて、金で世の中はどうにでもなると思い込んでいた。これに対し、中国の革命家、毛沢東やロシア革命の導者ウラジミール・レーニンは中産階級出身で、少年時代にお金に困った生活をしていない。そして、世の不条理と不平等を正そうと革命に走った。普通は極貧の辛酸をなめた人間が革命に走るのなら理解できるが、とかく少年期に極貧な生活を強いられた人々は、金持ちになろうとする。
 ただ、この原則はすべてに当てはまらない。必要条件を満たしていても、十分条件ではないと思う。作家で、東京都知事の石原慎太郎氏はかなり裕福な家系の出であるが、都知事時代には税金を浪費した。「知事選に当選し、都知事になってからの7年間で総額2億4千万円、1回平均1600万円の公金を使用。ガラパゴス諸島で大型クルーズ船に乗船するなど、とてもマジメな視察とは思えないような内容だった」(6月3日付週刊朝日)
 石原氏の後継者、猪瀬直樹氏は徳洲会グループから受け取った金の問題で辞任に追い込まれた。少なくとも3代続けて都知事は都民を裏切った。これでは都民は、誰を選んでよいかわからなくなる。鬼籍に入った半世紀前の石橋湛山らのような清廉潔白政治家が生き返ったら、この政治家の体たらくを見て「即死」するだろう。
 国会議員や地方議員の中にも舛添氏らのような政治家がたくさんいるのではないのだろうか。その出自は富める両親から貧乏な両親まで色々だろう。金に対する考え方や哲学も千差万別だろう。出自がどうであれ、政治には金がかかる。それをどう賄うか。貧乏貴族のチャーチルは文才があった。本を出版して政治資金をねん出した。弁舌さわやかに有権者を説得し、魅力溢れる現実的な政策を提示した。そんな政治家がほとんどいない。そうなれば、当選し政治活動するには他人の懐や国民の税金からなる政党助成金に頼るしかない。
 政治資金規正法や政党助成金の本来の目的は、政治家に政治活動費を助成して、不当な資金の出入りをなくし、天井知らずの政治活動費を抑えるのが目的だった。しかし、公金を使い、私有財産をケチる政治家が、この法律の網をうまくすり抜けてきた。また政治助成金をもらい、個人献金を控えるどころか、これをもできるだけもらおうとしてきた。人間はどこまで強欲なのだろうか。知識と良心とは別ものだ。チャーチルやチェンバレンと舛添氏や石原氏がこんなに道徳上違うのはどうしてなのだろうか。
 チャーチルはパブリック・スクール(日本の高校)では出来の悪い生徒だった。入学試験のラテン語の試験では、名前と受験番号しか書けなかった、と著書「わが半生」で記している。それでも校長先生の識見から、「この生徒はほかの生徒と違う特性がある」との「お情け(チャーチル談)」でやっと入学を果たし、一番出来の悪いクラスに入れられた。優秀な貴族の子弟が学ぶオックスフォードやケンブリッジの両大学に入学できなかった。英国の歴史上、最も偉大な人物だと英国民から今日言われるようになるとは、当時の高校の先生の誰が想像しただろうか。
 これに対して、舛添氏は高校時代に旺文社の全国模試で常時2〜3位だった。俗にいう「優秀な学生」だった。筆者も経験したことだが、東大の学生の多くは「学業成績(試験の点数)」で他人を判断し、とにかくプライドが高い。成績で人を判断し、成績の悪い人間をバカにする傾向が強い。ブログやテレビの同僚議員の話から判断すると、舛添氏もプライドの高い人物のようだ。優秀な官僚の域を超えられないということだろう。先見性溢れる立派な政治家にはなれないことだけは確かのようだ。ひとつの仮説を立てるとすれば、必ずしも青年時代に勉強(点数の高い)が優秀な人物が、世の中の大多数の人々から尊敬されるとは限らないということだ。ましてや、政治リスクをとり、人から魅入られる人間ではなさそうだ。

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虚実入り混じるミュージカル「王様と私」  渡辺謙さん演じるモンクット王 

2016年05月24日 09時01分17秒 | 拙書紹介
 俳優の渡辺謙さんが演じるミュージカル「王様と私」のモンクット王、旧海軍の山本五十六元帥の心友、堀悌吉、英国・名誉革命の父、初代ハリファクス侯爵を通して保守派の実像を理解してほしいと、このほど書籍「現実主義者の選択」を出版した。
 俳優の渡辺謙さんが好演しているニューヨークのブロードウェイのミュージカル「王様と私」は史実とはかなり違う。英国の家庭教師の啓蒙により蛮王が開明的で文明人としての教養の高い国王に変身するミュージカルのストーリーは虚実入り混じっている。
 歴代タイ政府は、米作家マーガレット・ランドン夫人の書「アンナとシャムの王様」を下敷きにした「王様と私」を映画であろうが、書籍であろうが、ミュージカルであろうが、すべてのこの類のドラマ化を禁じている。このため、筆者は本当の史実を書こうと2008年に思い立ち、タイや日本国内の専門家に取材して拙書「現実主義者の選択」(ホルス出版)を書いた。
 渡辺謙さんが好演している王様の名はモンクット王。アジアが19世紀に輩出した最高の政治家であり外交官だった。ほとんどの日本人から知られず、大多数のタイ人から忘れ去られたモンクット王は、米国のペリー提督が鎖国日本のドアを叩いた2年前の1851年5月にシャム(現在のタイ)の国王に即位した。祖国の独立維持のため、英仏と「舌」(外交)で戦った。
 モンクット王のほかに、堀悌吉海軍中将と英国・名誉革命の父、初代ハリファクス侯爵を書き加えた。
 筆者が「現実主義者の選択」を記した真の理由はこの三人の先哲が本当の意味での保守主義者だったからだ。かれらは現実を直視し、絶えず複眼で移りゆく時の流れを観察した。外交や国内政治で対象物を二元的対立軸に捉え、どちらをも軽視せず、その狭間から解決策を見出して難局を乗り切ろうとした。
 また歴史上の人物の成功と失敗から教訓を引きだし、現在と未来を見据えた。この3人は、20世紀の偉大な政治家の一人、英宰相ウィンストン・チャーチルが再三述べた「歴史を学ぶ重要性」を心から理解していた。
 日本では保守派は少ない。西洋と日本との文化と思想の対立軸の中で自らの考えを主体的、ディタッチメントな精神で創造する保守が少ない。合理主義的な精神を帯びた西洋を学ぶ日本人は当然、日本の土壌で育ったがゆえに、東西思想の違いからくる相克による緊張感に苦しむ。当初、その対立軸で物事を考えていても、最後には、その緊張感に耐えられずに天皇制という日本独自の精神土壌から生まれる思想へと収斂して右派になる。そんな知識人が多い。その代表者が三島由紀夫だと筆者は思う。現在の右派の論客の中には、英米で学び、西洋の合理精神を理解しながらも日本精神との対立軸の中で物事を観察しないで、日本の文明、文化、精神だけに立脚した一眼的な観察へと回帰する識者が多いように思う。要するに、西洋文化に心酔することなく、日本文化に心酔することなく、その対立軸の中で、自ら思考して独立心を保つ必要がある。ただ、それは緊張感を伴うと思う。
 日本のマスメディアは右派を保守と呼ぶが、筆者にとり、多数の日本の保守は右派である。
 モンクット王、初代ハリファクス侯爵、堀悌吉は掛け値なしの保守だと思う。筆者は読者に本当の保守は何かを、この3人を通して知ってほしいを願い、彼らの生き様を記した。
 約半世紀前、筆者は映画館で初めて映画「王様と私」を鑑賞した。シャムの王様役はハリウッドスターのユル・ブリンナーで、家庭教師役は名女優のデボラ・カーだった。
 歴史が大好きだった筆者には当時、なぜタイが19世紀に独立を維持したのかの疑問が解けないでいた。19世紀中葉から後期にかけて、アジアで曲がりなりにも独立を維持していたのは日本とタイ(当時はシャム)だけだった。この史実は理解しても、なぜシャムが独立を維持できたのかを知らなかった。筆者は日本人だから、なぜ日本が欧州列強の頸木から逃れることができたのかは表面的には理解していた。
 映画「王様と私」を鑑賞してから、筆者は調べた。この結果、モンクット王に行きついたのである。しかし、詳しく調べる時間がなく、定年退職の歳から本格的に調べて本にした。
 NHK出版がこのほど「山本五十六 戦後70年の真実」を出版した。2011年に日本映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-」が上映された。山本五十六元帥を役所 広司さんが演じ、歌舞伎役者の十代目坂東三津五郎さんが堀悌吉海軍中将を演じた。
 太平洋戦争についても疑問だらけだった。なぜ日米国力比が1対13(日米間戦時は1対20と指導者は認識していた)もあるのに日本が米国のハワイ・真珠湾を攻撃したのか。まともな人間(現実主義者)なら米国と戦争をするはずがないと考えた。たとえ抜き差しならない対立があっても戦争できないと考えるはずだ。歴史に少しでも造詣があれば、歴史は変化することを理解している。時を待てば、必ず好機が訪れることを歴史は教えている。また初代ハリファクスは同時代の人々に口が酸っぱくなるくらいこの歴史の真実を助言している。
 現在でも「太平洋戦争(大東亜戦争)は米国の謀略」「アジアを欧米から解放した戦争」「日本の侵略戦争」として記している書籍が多い。しかし、現実主義者の筆者を納得させる書籍が現在までほとんどない。
 ほとんどの本が「日本擁護」か「日本批判」だった。つまり筆者の思想と一元的な感情が前面に出ている書籍ばかりだった。太平洋戦争を「善悪」で論じるなら、その本質を見失うのではないだろうかと考えた。そして、堀悌吉に行きついた。
 太平洋戦争に反対した山本元帥は日本人の誰からも知られている。しかし堀悌吉提督の実像はほとんど知られていない。このごろやっと名前ぐらいは知られるようになった。
 山本元帥の心友が堀さんだ。元帥が最も頼りにした人物が堀悌吉だった。彼は旧海軍の仲間から「至宝」と言われたカミソリのような頭脳の持ち主であり、バランス感覚の富んだ人物だった。そして冷徹な現実主義・保守主義者だった。
 太平洋戦争の開戦に反対した海軍将校をまとめたのは堀提督だったことをほとんどの日本人が知らない。もっと光を当ててしかるべき人物。堀提督は歴史家でもあった。
 堀さんを取り上げる上で、欠かせない人物がいる。古賀峯一海軍元帥だ。佐賀出身の海軍軍人。約7年前に初めて彼の内面を知る資料が発見された。その資料に基づき、古賀元帥の思想と堀提督との交友も描いた。井上成美海軍大将は戦後、「山本さんが有名になりすぎて、古賀さんは陰に隠れましたが、立派な人物でした」と話した。
 初代ハリファクス侯爵。高校で世界史を選択した読者は、1688年から1689年の英国・名誉革命を記憶していると思う。大学入試でときどき出題される。ところで、名誉革命の指導者はだれかと尋ねられると、即座に答える人は何人いるだろうか。革命を成功に導いた政治家こそ初代ハリファクス侯爵だ。  
 卓越した指導力を発揮し、事実上の無血革命に成功した。また、英国の民主主義の発展と議会制度確立に大きな足跡を残した。現実主義に基づく英国の伝統的な外交基調をつくった。とりわけ、政治家が学ばなければならない珠玉の政治格言を残している。その格言のほんの少しを記した。
 三人とも歴史に埋もれた偉人であり、歴史を人生の道標にした人々。歴史を友とし、歴史を人生に役立てた賢人。歴史を学ぶ大切さを現代の人々に教えている。史実を掘り起して彼ら3人に光をあて、現代の人々に3人の生きざまを知ってほしいと思い記した。図書館などに行き、この3人を少しでも知ってほしいと願う。      

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元米兵の遺棄容疑 、舛添都知事問題 、蔡英文の台湾総統就任は関連する

2016年05月21日 12時09分49秒 | 時事問題
 毎日が変化の連続だ。社会は日々変化し、先はなかなか読めない。先見性が必要だが、必ずしもそれが未来をうらなう確実なツールではない。
 沖縄県うるま市の女性会社員(20)が遺体で見つかり、死体遺棄容疑で米国籍の米軍属、シンザト・ケネフ・フランクリン容疑者(32)=同県与那原町=が逮捕された。「女性をナイフで刺して殺した」「強姦(ごうかん)した」と殺害と性的暴行を認める供述もしているという。洋々とした未来をもった20歳の女性の命が奪われ、悲嘆に暮れる家族。  日本国民の抗議の声が野火のように全国に広がっている。やり場のない怒りが沖縄県民だけでなく、県外でも渦巻いている。
 安倍晋三首相は20日午前、「非常に強い憤りを覚える。徹底的な再発防止など厳正な対応を米国側に求めたい。さぞ無念だったと思う。ご家族のことを思うと言葉もない」と官邸で記者団に述べた。在沖米軍のローレンス・ニコルソン四軍調整官は安慶田(あげだ)光男副知事と面会。「米国政府を代表して謝罪する」と述べ、深々と頭を下げた。容疑者逮捕の翌日に在沖米軍トップが県に謝罪するのは極めて異例だ。ニコルソン氏は「非常に恥じている。軍人、軍属、すべての米国人が善良な市民として法を順守するよう努めていく」と再発防止を誓った。
 いつも繰り返される光景だ。日米両政府に対し激しい怒りが込み上げてくる。繰り返される悲劇に歴代日米両政府は実質的に何の手も打ってこなかった。日米同盟を優先し、アジアの安全保障を優先した結末である。
沖縄に過重に防衛負担を強いている基地問題と在沖米軍の度重なる事件に効果的な手を打つことが、日米同盟の強化とアジアの安全保障に資することを理解していない為政者に強く猛省を促したい。
 日米両政府は日米地位協定を廃棄すべきだ。日米地位協定は米軍人や軍属が関与した刑事事件の裁判権について、公務中に事件が起きた場合は米側に、公務以外なら日本側に認めている。ただ、公務以外でも「身柄が米国側の手中にあるときは、日本側が起訴するまでの間、米国側が引き続き拘禁する」と規定。基地内などで米軍側が容疑者を確保し、日本側に引き渡さないケースが問題になってきた。
 この協定は、19世紀での帝国主義列強とアジアの国々で結ばれた治外法権条約と同じ性質のものだ。西洋列強諸国の国民がアジアの国々で起こした事件で、容疑者は事件を起こした国ではなく、容疑者の母国で裁判される。容疑者の母国に裁判権があった。
 太平洋戦争で米国など連合国に敗北した日本が被っている不平等協定の最たるものであると思う。日米両政府が自国と東アジアの安全保障に協力するのなら、まずこの協定を破棄すべきだ。すべての裁判権は日本にあると明記することだ。終戦から70年たった。明らかに歴史は、時は変化した。廃棄して当然ではないか。この協定の改定から、日米は沖縄県民の心を理解し、沖縄への過重な米軍基地負担を軽減して日米の安全保障を強化する道を選ぶ必要がある。この考えこそ、現実主義者がとる道だと思う。
 琉球人の悲劇は、日本人の受け身体質と思考欠如体質の結果ではないのだろうか。読者の皆様に問いたい。戦後70年の教育は知識偏重の人間を輩出してきた。知育に重きを置き過ぎた結果ではないのだろうか。「安全第一」人間が育てられ、冒険心とリスクととらず、ちまちまちした個人的な、身近な利益に固執した人間が排出されてきたのではないのか。そんな日本人が米国政府と堂々と対峙して、自らの国益を述べ、そして主体的に米国と協力する道を模索する政策を打ち上げることなると疑問符がつく。
 20日午後2時からの舛添要一・東京都知事の政治資金問題での記者会見を聞き、上記の思いを強くした。舛添氏は改めて謝罪した上で、「第三者の公正な目で見てもらう」とし、政治資金規正法に精通した弁護士らに収支報告の調査委を依頼する考えを明らかにした。
 2時間15分の会見で、「第三者」という言葉を発した回数は40回以上(朝日新聞引用)。記者の執拗な追及を、「第三者」でかわした「計算されたずる賢さ」(筆者の観察)。舛添都知事はこれでなんとか「逃げおおせる」と考えている節がある。
 知育偏重教育から排出された典型的な人物だ。筆者と同じ歳の舛添氏。筆者も高校時代、予備校時代に「旺文社」の大学受験模擬試験をよく受けた。報道によれば、舛添氏は常に2〜3番だったという。筆者は5桁台だった記憶がある。
 人間は知育だけでは計られないことを舛添氏は明確にわれわれに教えている。舛添氏のような人物は有能な官僚になれても名政治家にはなれないということだろう。舛添氏だけでなく、大多数の政治家が舛添氏のような人物ではないかと疑う。
  筆者はしばしばこのブログで、第2次世界大戦で英国民の先頭に立った宰相ウィンストン・チャーチルを引合いに出す。彼ほど型破りな人物はいない。彼の側近中の側近だったトンプソン氏は「ウィンストンほど公私の別を厳しく自分に課した人はいない」と述べ、私的緊急事態で公用車に乗らざるをえない場合には、複数の第三者立会いの上、車のメーターからガソリン代を割り出し、国庫に返金したと述べている。
 そのチャーチルが18世紀の英国の政治家で歴史家のエドマンド・バークを批評し「透徹の識見と至純の道徳精神が生涯一貫して揺るぎなかった」と述べ、政治家はかくありたいと話している。また、「政治家たるものは、国家の遠い将来のため最善と信じることを断行すべきだ」と明言している。
 舛添氏が発言した政策やほかの政治家への批評は耳触りが良いが、パフォーマンスだったとはからずもこの2回の記者会見で感じた。「感じた」というより「露呈した」というほうが正しいかもしれない。家庭の収支に対して「倹約」(ケチという人もいる)を断行し、その手段として国民の「血税」を利用するなど言語道断だ。このような政治家に「政治家たる資質」はなく、辞任して静かに余生を送ることを勧める。
 台湾で20日、民進党の蔡英文(ツァイインウェン)主席(59)が総統に就任した。台湾を自国の一部と見なす中国は、民進党政権の独立志向を警戒している。
 蔡氏は就任演説で「これまでの事実と政治的基礎の上に、両岸(中台)関係の平和で安定的な発展を推進する」と述べた。しかし、中国国務院台湾事務弁公室(党台湾工作弁公室)の責任者は同日、国営新華社通信を通じた談話で、中国が関係維持の「政治的基礎」とする「92年コンセンサス」への言及がなかったことを不満として、「これでは未完成の答案だ」と論評した。
 蔡氏は行政院長(首相に相当)経験者の謝長廷氏を駐日代表(大使)に当てるなど、日本重視の姿勢が鮮明だ。昨年10月の訪日で、蔡氏は安倍晋三首相周辺と良好な関係を築いた。中台関係の緊張は日台の接近を促す可能性があり、中国共産党筋は「最も警戒しているのは日台間の政府要人の相互訪問だ」と述べた。
 現在の日本の政治家の大多数はチャーチルのような政治哲学や識見を残念ながら持ち合わせていない。舛添氏をはじめとして、目の前の、それも自分の既得権益堅持に汲々としている政治家が多い。
 これに対して、世界情勢、特に東アジア情勢はますます複雑さを日々増している。沖縄問題、中国をめぐる東アジア情勢、日本の政治家の低資質は、それぞれ独立していて関係ないように見えて、実はつながっていると感じる。
 チャーチルが述べた「政治家たるものは、国家の遠い将来のため最善と信じることを断行すべきだ」という考えで行動する日本の政治家が少ない。またその資質を持っているのかと質問されると答に窮す。このままでは日本国民が浮かばれない。

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俳優、渡辺謙さんが好演するミュージカル「王様と私」の虚実を描く書籍「現実主義者の選択」

 「現実主義者の選択」(ホルス出版)を紹介する。渡辺謙さんがブロードウェイで好演しているシャムの国王。ミュージカル「王様と私」は真実を伝えていない。歴代タイ政府はこの半世紀以上にわたって、この物語を描いた映画、演劇などの上映や上演を国内で禁じてきた。  「王様と私」を初めて映画で観賞したのは今から40年以上前。ユル・ブリンナーとデボラ・カーがすばらしい演技を見せていた。渡辺さんが演じているこの王様の名前はモンクット王。吉田松陰が足元にも及ばない当時の国際情勢を認識していた名君だった。タイ人もこの国王を知らないという。名君や名政治家ほど後世の人々に忘れ去られると感じる。  英国の名誉革命を指導者した初代ハリファクス公爵も同じだ。市井の英国人は知らない。17世紀後半に活躍した名政治家の格言や政治家心得を、この書籍は引用する。公私混同で公金を使った舛添要一・東京都知事も彼の書物を読んだほうが良い。彼だけではない、政治モラルとレベルが落ちた多くの日本の政治家も読むべきだ。  もう一人の人物は堀悌吉・海軍中将。このごろ、やっと光が当てられ始めている。NHK出版がこのほど「山本五十六 戦後70年の真実」を出版し、この書籍も読んだ。2011年に日本映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-」が上映された。山本五十六元帥を役所 広司さんが演じ、歌舞伎役者の十代目坂東三津五郎さんが堀悌吉海軍中将を演じた。  堀提督は米英協調を唱えたため、1934年に旧海軍から追われた。彼の生きざまは日本の運命の裏返しだったと思う。日本人はこの立派な人物を知らない。  この頃、日本人は自信をなくし、日本は迷走している。この3人の生きざまを知って、未来に思いをはせてほしいと願う。