事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「おかしな男 渥美清」小林信彦著  新潮社

2007-10-10 | 本と雑誌

7kaiki1000021_img  渥美清が亡くなって、もう10年以上経つ。私は寅さんに代表される松竹人情喜劇を毛嫌いしており、渥美の死が発表された時も、寅さんの新作が作れないとなると松竹は大変だなぁ、ぐらいにしか思えないでいた。長いこと松竹は寅さんでしか稼げないでいたので。

 しかし、日が経つにつれ、彼の不在が、妙にこたえる。おおげさに言えば“渥美清のいない日本”に住んでいることが、もの悲しく、寂しく感じられるようになってきたのだ。どうしてだろう。私はいわゆる《気のいい寅さんの観客》ではなかったはずなのに。

 1968年、フジテレビによるTVシリーズとして始まり、最終回で主人公のテキヤを「ハブに噛まれた」ためにあっさり死なせたことで視聴者からモーレツな抗議が殺到するなどの人気をうけて「男はつらいよ」は映画化された。当時小学生だった私は、もちろんリアルタイムでは観ていない。第一、「踊る大捜査線」の時にも述べたように当時フジテレビはネットしていなかったし(笑)。確か週末の午後に1作目(マドンナは光本幸子)が放映されたのを観たのが最初の寅さんだったか。

 映画館で観たのは10本ないだろう。寅次郎の夢から始まり、マドンナたちに彼が本気で惚れ、本気でふられる、そして実は一番彼を“愛している”妹との別れがやってくる……こんなガチガチの設定の頃のものが多い。

 世評高い浅丘ルリ子の、歌姫リリーが出るやつはさすがに格が違ったが、実は高校時代に授業をフケて観に行った「寅次郎夕焼け小焼け」が私にとっての最高傑作。マドンナ太地喜和子のおきゃんな芸者役がかわいく、ラストも決まって娯楽映画として見事だったと記憶している。

……ん?しかしいくら何でも高校生が授業をフケてまで嫌っていた寅さん映画を観に行くもんかな……。思い出した。この頃わたしは《どんな手段を使っても安く映画を観る》ことに腐心しており、その手段として同じクラスの

・酒田シネマ旭の支配人(当時)の息子から宮崎合名社系の招待券を

・後に酒田大火の火元となったグリーンハウス(直訳すると温室、ですか)の株主優待券を東北銘醸(初孫の蔵元ですな)の重役の娘から

それぞれ毎月300円で購入する契約を結んでいたのだ。おまけに創価学会員からは学会系の映画(「続人間革命」とか「八甲田山」)の招待券を買っていた。我ながらせこい高校生である。金券ショップか俺は。売る方も売る方だけどさ。おそらくその券の有効期限が迫っていたために、急いで劇場に走ったのだろう。いやはやほんとにセコイ。

Otokoha17  渥美清、本名田所康雄の過去は、セコイどころの話ではない。本物の愚連隊で、かなりのワルだったらしい。この本の他にも、ちくま文庫で出たばかりの「芸能人別帳」(竹中労著)にこのあたりの経緯は詳しい。タブー化している愛人の話まで出てくる。確か死んだときもいささか不透明な部分があって、それも愛人がらみではなかったか。

 そんな荒れた生活を送っていた男が、浅草でデビューし、しかし胸を病んで休養を余儀なくされ、同室の多くの患者の死を見送り、自らも片肺となる。復帰後、ひたすら共演者を喰ってまで笑いを取ろうとしたあたり、鬼気迫る。

 不遇の後、同じくヒットに恵まれなかった山田洋次と出逢う。この、東大卒の超インテリ、日本共産党シンパにして今や松竹の陰のドンとなった男の“過剰なまでに善良な演出”にフーテン(死語だよなーさすがに)の陰翳をにじませる渥美の演技はよく合った……理に落ちすぎるようだけれどこんなことだったろうか。

 小林の書によれば、伴淳三郎との確執にみられるように、晩年に見せた枯れた境地とはうらはらな性格をもっていた渥美は、やはり寅さんという役柄にすこし息苦しさも感じていたらしい。山頭火を演じたいという意欲や、「武蔵と寅吉」(三船敏郎との競演企画。実現していれば面白い映画になったろうに)は会社の事情のために潰されたし。

 でも、偉大なるマンネリを選んだ彼が不幸だったとは間違っても言えない。芸人として、考えうる最高の役を得、みなにその死を惜しまれつつ逝った彼が不幸だなどと。若き日に、無念を残しながら死んでいった結核患者たちや、野垂れ死にに近い死に方をしていった多くの芸人たちのことを思えば。

※伴淳三郎との確執
 山形県人としては少し辛い話だが、伴淳はかなりエキセントリックで嫉妬深い人物だったらしい。二十も年下であり事務所の後輩でもある渥美に、彼はことあるごとに嫌がらせをかましていたのだ。気は進まないが少し引用。

「その場に居たたまれないですよ。」

小沢昭一は大声で言った。

「渥美ちゃん、忙しいから、遅れてくる時があります。そうすると、伴さん、深々と頭を下げて、『渥美先生、おはようございます』と、こうですから」

 その夜、渥美清の怒りは限界に達していた。

「おれに向かって、いやみを言うだけなら、我慢するよ。フジテレビの公衆電話を使って、知り合いの芸能記者にいろいろ吹っ込んでいるんだな。おれが傲慢だとか、先輩を立てないとか。おれも前が前だから、よっぽど、やってやろうかと思った。」

 むしろ不幸なのは、いつも帰る場所、安心できる故郷としての柴又を抱えている車寅次郎に比べ、盆や正月には、映画館で寅さんが相変わらず馬鹿をやっている、との安心感を失った我々観客の方だろう。年をとってしみじみと思う。私たちは、ひとつの故郷を11年前に失ったのだと。

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2 コメント

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茶色文字だけ読めたぁー (;_;) (Nightcat)
2007-10-10 20:01:25
茶色文字だけ読めたぁー (;_;)
意味わかんねー(* ̄▽ ̄*)/ (hori hiroshi)
2007-10-11 21:31:50
意味わかんねー(* ̄▽ ̄*)/
でもメルマガ仲間に修復策をきいてます。携帯じゃダメなのかな。

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