事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「敵の名は、宮本武蔵」 木下昌輝著 KADOKAWA

2017-05-08 | 本と雑誌

 

タイトルどおり、宮本武蔵と対戦した相手をそれぞれの短篇の主人公にしている。だから武蔵自身は、膂力はあるけれども無色の存在として脇役にいる。

吉川英治の、あの大作には学生時代にはまった。いつもは本を読まないような同級生が「いやこれしかし凄いって!」と激賞したので読んでみた。

はまる(笑)。

これが面白くなかったら世に面白い小説はなかなかない。求道的すぎて日本が戦争に突き進むバックボーンになったとそしられても、面白いんだから仕方がない。井上雄彦がこの原作をもとに(多彩なアレンジを加えて)「バガボンド」を描き始めたのもわかる。

ここには多くの作家が望みながら、ほとんど誰もつくりえない物語のうねりというものがあり、だからどれだけの思い入れも受け止める器として屹立している。映画化された内田吐夢と中村錦之助の東映五部作が名作たりえたのは、誰もが愛さずにいられない武蔵とお通さんの純愛という大嘘あったればこそでしょ。さすが国民作家。

逆に、だからこそ宮本武蔵を題材に小説をものすることはむずかしいことになった。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」以降に坂本竜馬を描くことが困難なのといっしょ。

木下昌輝はそこを開き直っている。誰もが知っている佐々木小次郎(実際は姓が違うらしい)、クサリ鎌の宍戸梅軒、吉岡憲法らが、それぞれの事情をまとって登場し、味わい深い。吉川英治の変奏曲でなにが悪いんだと。

むしろ主人公は武蔵の父親の宮本無二斎で、悪辣で非道な彼が、なぜ武蔵にそこまで酷薄だったかの事情がメイン。ここは、考えてありました。彼の持つ武器が象徴する“理由”があるあたり、やるなあ。武蔵の絵が絶妙であることが、ストーリーの核にもなってる。

史実に近づける意図があったことで、武蔵は実はそう孤高であったわけではないことや(けっこう弟子もいたんだね)、妻帯もしていたあたりもうっすらとしのびこませてある。だからこそ、この父と子の関係が微妙。そこんとこがこの作家はうまい。

宇喜多の捨て嫁」の邪悪さ、「天下一の軽口男」の哀愁が結実している。木下昌輝はいい。

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