庵主ワールド 茶事・茶会 づれづれ

峯風庵 庵主のエッセー

雪むかえ

2005年12月01日 | 茶道
雪むかえ。なんて、素敵な響きなんでしょ。
先日の男の茶道塾で、イワサキ君が茶杓の銘を付けてくれました。
折りしも、11月後半、寒さに体をちじこめてしまいそうな、そんな日でした。

男の茶道塾は、峯風庵で第二、第四火曜日に開催しています。
凛とした四畳半の茶室、炉壇に映える炭の赤さ、心地よい湯気をあげ、松風を奏でる煮えのついたお釜。
仕事に追われてともすれば自分を見失う、そんな日々の憂さを癒し、ゆったりと心を解いて、流れる時間に身を任せ、しばし、宇宙の中で今、生かさせている自分を感じてもらいたい。
単なる点前の稽古ではなく、そんな時空になればとはじめて、もう一年になります。

たくさんある訳ではありませんが、季節季節の道具を用意し、点前をする人には亭主として、それぞれに自分で茶碗など選んでもらい、おもてなしの世界を作っていただいています。
本来なら、銘のついた茶杓を使うべきところですが、世界を作る、広げる勉強になればと、いつも皆さんに茶杓の銘を考えてこられます。
お茶を長くしていると、いつの間にやら、決まり切った銘で落ち着いてしまっていることに、最近、気づきました。というのは、お茶をはじめて一年にも満たない茶道塾のメンバーが付ける銘のなんて新鮮なこと。毎回、う〜んと唸ってしまいます。

今回ご紹介したイワサキ君の「雪むかえ」は、雲のことだそうです。寒さが増す頃、細く糸をひくように雲が流れて、そんな日には、不思議に雪がちらほら降ってくるとか。まるで、雲が雪をむかえるように。
美しい言葉を持つ国、美しい四季がある国に生まれた幸せをしみじみ感じます。
今度、いい茶杓を手にいれたら、この銘、いただきです。

ちなみに、我が茶道塾では、茶杓のお作はと訊ねたら、「自作です」「友人の作です」と、応えがかえってきます。決して歴代の家元とか高価な値のつく和尚様の名前は出てきません。
健気です。と言うか、私が持ってないので、見本が見せられないということか。う〜ん。

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口切りの茶事の「柿と栗」

2005年12月01日 | 茶道
11月は茶人の正月。炉を開いて、茶壷の封を切り、口切りの茶事で祝います。

昔は、初夏に摘んだお茶の葉を茶壷に詰め、山で寝かせて熟成させ、炉開きのころに山人が茶人のもとに届けていたようです。
現代では技術の進歩で、そのようなことを行わなくても美味しいお茶がいただけるようになりましたので、口を切るためにわざわざ壷にお茶を詰めてもらうのも、なんだか面映い気がして、私は口切りの茶事はしないことにしています。茶壷の紐結びが苦手なことも、実は大きな理由なんですが。(笑)

でも、口切りの茶事をすることによって、なるほどと思うこと、深いお茶の心にふれることが多くありますので、お茶の伝統として、長く受け継がれるといいなと思っています。

お茶といえば、濃茶。若芽の先だけを摘んだ上等のお茶を小袋に詰めて茶壷に入れ、そのまわりを埋めるために、濃茶にならないお茶の葉が詰められました。後に、回りの埋茶もいただくことはできないものかと考えられ、薄茶として飲まれるようになったとのこと。口切りの茶事をすると、このあたりのことがよく理解できます。
濃茶は天地の恵みの象徴として、心していただきます。それが、茶道です。最近では「濃茶も薄茶もお茶の種類が違うだけ」みたいな軽い茶会に出会うことが多くて、少し悲しくなります。
あらま、なんだか年寄りの愚痴のようになってしまいました。

さてさて、本題の「柿と栗」。
口切りの茶事のお菓子には、柿と栗が使われます。主菓子に、栗の甘露煮や柿の皮を剥いで食べやすい大きさに切ったものが添えられることもあります。
この柿と栗に、人を想うというお茶の基本、茶人の生き方を教えられました。

何故、口切りの茶事に柿と栗なのか、ご存知でしょうか?
秋も深まり、炉を開く頃、山人が茶人のもとに茶壷を届けることは先にも書かせていただきましたが、道中、実りの秋の山には、たくさんの柿や栗が実っています。茶壷を届けるという仕事だけではなく、一緒に山の実りを茶人さんにも届けてあげたいと思う、山人の心。そして、その心に応えて、口切りの茶事でありがたく使わせていただき、茶事のお客様ともども、感謝していただく茶人の心。
素敵なお話だと思います。

お茶は、まず、人を想うところから始まります。そんな基本的なことを、改めて考えさせてくれる、柿と栗。
私は口切りの茶事はしませんが、11月の茶事では必ず、お菓子に柿と栗を使って、このお話をさせていただくことにしています。

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新米が美味しい! 茶飯釜の茶事

2005年11月09日 | 茶道
10月の名残の季節に、遠来の友を向かえて、茶飯釜の茶事をしました。

以前に師事していた師匠はきびしい方だったと、折にふれ懐かしく思い出しますが、茶飯釜というのが有ると教えていただいたのも、その師匠でした。
ですが、「あなたなら好きだというかもしれないが、茶飯釜の茶事は楽しいけれど、とても砕けた茶事。砕けた茶事ならしないほうがましなので、私は茶飯釜の茶事は教えない。」と、師匠。その時以来、幻の茶事になっていました。

訳あって、前師のもとを去ることとなり、著名な先生だったので、もう私を引き受けてくださる先生はないかも知れないとあきらめていたところ、今の師匠が拾ってくださいました。
ここで、ようやく幻の茶飯釜の茶事をさせていただきました。炉では釣り釜でご飯を炊いたり、粥を煮たり。そして感動したのは、小さな風炉釜で炊いた新米の頃の茶飯釜。

昔の人が「おくどさん」に薪をくべて、火吹き竹で、フ〜フ〜吹きながらご飯を炊く、その姿のままの茶飯釜です。
ただスイッチを押すだけでご飯ができる現代では、忘れてしまっていたものが見えてきました。お米のありがたさ、手間ひまかける中に心を込める人の生き方。新米の炊ける香りが茶室に漂う頃のことでした。

ご飯をお出しした後は、釜を水屋に下げて、綺麗に洗い清めて、今度はお茶のためのお湯を沸かします。懐石が済んで、中立ち。後座の濃茶は、心引き締めて。
砕けた初座からの転換は、亭主の気配で察していただけました。砕けたままに終っては、やっぱり私も茶事はしない方がましだと思います。

茶飯釜は、利久の孫、宗旦の弟子で、堺の銭屋宋徳という方が考案されたとのこと。釜の前後には「飢来飯 渇来茶」の文字が刻まれています。お腹がすいた人が訪ねてきたら、何方にもご飯を差し上げましょう、喉が渇いた人がやってきたらお茶を差し上げましょう。
素敵なお茶の心です。

侘びた季節の10月、お米が一番美味しい10月こそ、茶飯釜にふさわしい。そして、やっぱり、私は茶飯釜が好きでした。
きびしくご指導いただいた前師、そして、お茶の楽しさを教えてくださった今の師匠に感謝。お客様に来ていただいた3人の茶友にも心から感謝。

お客様のお一人が、茶事が終るころ、懐紙にしたためた漢詩を手渡してくださいました。
茶飯釜ではご飯の炊ける間に、歌を詠んだりすることがあるのですが、私は苦手なので、短冊や硯の用意をしていなかったことが悔やまれます。峯風庵の文字まで詠みこんでくださって、なんとうれしいことでしょう。

秋雨煙浪速
朋集逢喫茗 
驚愕茶飯釜        
峯松風聴庵 

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月と兎の茶会 三題話

2005年11月09日 | 茶道
私は卯歳生まれということもあって、兎の道具が自然に集まってきました。兎を登場させることのできる秋の月見の頃には、イソイソ、ワクワク。茶事では、あまり趣向を重ねると席が落ち着きませんので、「兎尽くし」は例年茶会で楽しませて貰っています。
ところが、今年は9月が野分の茶会、10月が男の茶道塾の塾生たちが「笑い」をテーマにお茶会をするというので、大好きな兎さんの出番はありませんでした。ちょっと残念でしたので、昨年の「月と兎の茶会」のお話を紹介させていただきます。

茶会の席中にて、「月と兎とお茶」の三題話をいたしましょうということで、少し説教じみたお 話をしてしまいましたが、結構皆さん喜んでくださいましたので、書き留めておきたいと思いました。
皆様もしばし、お付き合いくださいませ。

「指月」という言葉はお茶をするものにとって、大切な言葉です。
月は禅でいうところの悟の境地、お茶ではお茶をする意味であり、お茶をして到達する人 間としての精神的高みではないかと思います。月を闇雲に見つけるのはたいへんですが、 ほら、あそこに月がと指さしてもらえれば見つけやすいですね。

月を差す指が日頃の点前の 稽古であり、師匠や先輩からの教えであったり、茶会や茶事のおもてなしのための室礼や道具であったり、また自身で励む修行であったりするのでしょう。月を見つけることができたら、もう指に捕らわれることはないので、指も大切だけど、一番大切なのは月を見ようとする ポジティブな心。
お茶は楽しくて、ホームパーティと似ているのだけれど、楽しさの質、求めるところはやはり単なるパーティとは違います。そこに月を求める心が あるかないか、そのあたりがポイントのようであります。

日本人は月と言えば兎、兎といえば月と、兎と月は同じものという文化的な捉え方があり ます。茶人として、 いつも月に思いを馳せたいと願うのですが、ちょっとそれもおもはゆいので、私は兎さんを身近におい て、月を感じることにしています。

そんな訳で、私は兎がいっぱい登場する茶会が大好きなのです。
ということで、三題話は終了です。
お付き合いくださいましてありがとうございました。


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たきこさんの絵

2005年10月27日 | その他
エッセーの更新はしておりませんが、画像を追加しました。
茶友でもあるたきこさんに挿絵を描いていただきました。
これからもエッセー&日本画でかき(書き&描き)ためて行こうと思っております。
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2005年8月 野分の朝茶事

2005年10月11日 | 茶道
8月の茶事の真髄塾は、暑さを避けて行う早朝の朝茶事。 立秋の声を聞き、二百十日の台風シーズンもまじか。
記憶の中から、清小納言の枕草子の一節がおぼろげながら浮かび上がってきました。

「野分のまたの日こそ、いみじうあはれにおかしけれ。立蔀,透垣などのみだれたるに、前栽どもいと心くるしげなり。
おほきなる木どもも倒れ、枝など吹き折られたるが、萩、女郎花などのうえによころばせる、いと思はずなり。
格子の壷などに、木の葉をことさらにしたらんやうに、こまごまと吹きいてたるこそ、荒かりつる風のしわざとはおぼえぬ。」

心もとなく嵐の夜をすごし、野分の去った翌朝の寂けさ、そして陽が上るにつれて、全ての生き物に生きる元気が蘇ります。
大きな自然の中に生きる、人や生き物のはかなさと健気さ、明けない夜はないという希望などを朝茶事にたくしたいと思いました。

後座の床には、時代瓦を数枚合わせて花入れに見立て、無惨に折れた花を入れました。
濃茶の茶碗は、嵐の後のあっけらかんとした青空を思わせる大ぶりの青萩。
薄茶には大きく割れた茶碗を呼継にしたもの、蝋燭立てとして創られた津軽ガラスの見立ての茶碗。
主菓子は、白い槿の花に餡を挟んで、花の命をいただきました。吹き寄せられた落葉の風情は干菓子に・・・。

東京から、茶事塾にご参加いただいたYさんが、この茶事を歌に詠んでくださいました。
また、忘れなれない一期一会となりました。

峯風庵朝茶事に寄せて

雨風は行き過ぎたるか虫の声       

峯々の風も吹き止み庵(いお)の朝   

野の艸(草)の皆折れ伏して野分哉   

凄まじや野分のあとの落ち瓦  

しなやかな心を持ちて動かざる 


   瑤子
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峯風庵もうすぐ四周年

2005年10月11日 | 茶道
峯風庵を建築家の成瀬大治さんから引き継いで、11月で丸四年になります。


現代の数寄家をつくりたいとの思いが一杯詰まった峯風庵。軽やかに見せてはいるものの、全てが本物。一流の職人さん、アーティストたちが心を込めて、手間ひまかけて創り上げた贅沢な空間です。

バブルが崩壊して、借り手がつかず、ほぼ2年間はほとんど使われずにいたとか。
事務所を探していた私、一目見て、峯風庵に惚れ込んでしまいました。
成瀬先生も「ここはまるで君のために創ったようなもの。君なら活かして使ってもらえるだろうから、どうぞ長く借りてくれ。」と。金銭的にも、私に維持できるだろうかと不安が一杯でしたが、惚れた弱みで、借り受けることに。

まずは、成瀬先生をお招きして茶事をと思っていたところ、直後に癌でお亡くなりになってしまわれました。
「森さんに峯風庵を託して、安心されたのだろう」と、職人さんたち。
追善の茶会が、峯風庵初の茶会になりました。
床には、先生のお写真と蝋燭の灯。お菓子は蓮の花と水。
先生をお招きすることはできませんでしたが、愛弟子の大工さんが先生からいただいて形見になってしまったズボンをはいてきてくださいました。
先生を茶事にお招きできなくて、と嘆く私に「先生もここにいますよ」と声をかけていただき、思わず涙がでました。

それから、はや四年。毎月の月釜や茶事の真髄塾など、少しづつですが、峯風庵でお茶を楽しんでいただける方が増えてきました。 これまで、さまざまな茶会や茶事を峯風庵で開催してきましたが、HPではなかなか紹介することができなかったのです。
(私、機会音痴です〜)
少しずつPCの勉強もして、ご紹介してゆけたらと思います。
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ブログはじめました

2005年10月11日 | その他
ようやく、ブログの世界にも、入れました。

導いてくれたゆめさん、ありがとう。
これから、私の大好きな、茶事・茶会のお話をどんどん書いてゆきます。
ご覧いただいたご感想は、どうぞ、HPの掲示板にお寄せください。お待ちしております。
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