庵主ワールド 茶事・茶会 づれづれ

峯風庵 庵主のエッセー

除夜釜

2007年01月11日 | 茶道
一年お待ちいただいた、除夜釜の茶事を開催させていただくことができました。
晦日の夜10時にお席入り。
蝋燭のあかりの中、腰掛待合に進んでいただき、手蜀の交換。蹲には、暖かな湯桶を用意。
初入りの床には、「無事是貴人」の軸。
炉には、煮えのついた釜が、松風を奏でている。
この一年を振り返って、あれやこれやと話が弾む、除夜の薄茶の席。
夜咄にふさわしい侘びたお菓子は、どれも私が大好きなものをご用意。干し柿に柚子餡をはさんだ手作りの主菓子。干菓子は、富山五郎丸屋の薄氷、京都花脊の里の黒糖の金平糖。
お夜食は、年越し蕎麦。長野善光寺の蕎麦に大阪黒門市場の鰊。和歌山でいただいた山椒をその場で引いた香りの辛味が、今回のおもてなしのスパイスです。
冷めないように小風呂敷でお椀をつつんで持ち出します。
お蕎麦がすんだら、お客様は除夜の鐘をつきに、北御堂に。その後、天満の天神さんへ初詣で。
その間に、待合から、茶室のしつらいをすっかりお正月へと変えてゆきます。お正月のお料理の準備にも、万端おこたりなきように。
お客様が戻られたら、あけましておめでとうございますの挨拶とともに、半東が、大福茶の汲み出しをお持ちして、お正月の茶事がはじまります。
初炭手前は、昨年の残り火を半田に上げて、そこから種火をもらいます。釜の水は新年の若水に替えて、濡れ釜で持ち出します。
伝統の火をつなぎ、若水で新しい息吹を。
火と水の出会いは宇宙のはじまり、人間の文明のはじまりでもあります。
こうして、今、ここに友といることのなんと感動的なこと。
年末からご用意したお正月料理の数々を羽子板に盛って、お正月気分いっぱいのお食事を。お酒は、新潟の由利正宗のお正月バージョン初春大入り吟醸酒で。
濃茶、薄茶と進むうちに、客も亭主も、ぼんやり夢ごこち。
二年越し、徹夜の茶事ですものね。
お客様が帰られる道中、きっと初日の出もご覧いただけたのではと。
念願の除夜釜が掛けられて、大きな喜びをいただきました。
お付き合いくださいましたお客様、お手伝いいただきました半東さんに、感謝。
ことしも一年、お茶で精進させていただきます。

和の心 http://www.wa-no-kokoro.jp/
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道元と老典座

2006年12月20日 | 茶道
春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて涼しかりけり

川端康成が、ノーベル賞受賞演説「美しい日本の私」の中で紹介した、道元の短歌は、お茶の心でもある。茶禅一味、道元の説く、只管打座(ただ座って、大自然が語ることを受け取れ)も、心してお茶の中で実践してゆきたいと願っている。

先日、風の会を主催する河本雪夫さんの「道元禅師に学ぶ」勉強会に参加させていただいた。いつも、河本さんには大きな感動をいただける。
今回も、ああ〜と目の前が開けるようなお話を伺った。

道元のいくつかのエピソードの中の、老典座の話。
道元が中国に留学した折、港に日本の特産物の干し椎茸を、年老いた典座(禅寺の料理番)が買いにやってきた。そんな仕事は若い者に任せてゆっくりしたらと声をかける道元を、老典座は一撃する。お前は何もわかっていない。
料理は人の心を知ったものにしかできない、ものを粗末に扱う人には料理はできない。料理で人に喜んでもらうのが、「行」だぞ。
中国では、最高の修行を修めたえらいお坊様が料理番となるのを、道元は知らなかった。日本に帰り、永平寺を開いた道元は、永平寺の修行の基礎として「典座教訓」を定めている。

茶道でも、茶事をするときには、懐石料理やお菓子は、心を込めて手作りする。これが大事なのだけれど、近年は、ちゃんと茶事をする人も少なくなり、やることはやるけど、料理は料理屋さんにまかせっきりということが多くなっている。
お茶の道が廃れていくことを嘆いているのだが、やはり、懐石料理やお菓子を作るところが大事なんだということを、あきらめずに伝えていこうと、思った一日だった。

もう一つ、老典座の話があるのだが、山で汗を流しながら椎茸を干している老典座に、道元が、誰かほかの者にさせたら、もっと日がかげり、涼しくなってから作業をしたらどうかと声をかける。典座は答える。「いまをおいていつやるのか。他はこれ吾にあらず。更にいづれの時を待つべきか。」
いまやらないでどうする。他人がしたことは自分がしたことにはならない。

写真は、先日出かけた農家民宿で見かけた光景。大根を細く切って、天日に干してある。これは、この民宿の女将さんの心づくし。いまさらに、ありがたいと思う。
心で作る、心で受け止めてもらえる、そんな懐石料理、これからも追求してゆきたいものだ。
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クリスマスの茶事

2006年11月30日 | 茶道
街にクリスマスソングが流れ、イルミネーションが輝きます。
大人(オバサン)になっても、クリスマスは、なんとなく心弾みます。
茶道を集大成した、千利休が暮らす当時の堺の町には、南蛮人が闊歩し、外国の文化もさかんに入ってきていたそうです。
茶室の静謐な時空は、教会を思わせます。点前や所作にもキリスト文化は取り入れられています。ミサでキリストの血の象徴として用いられるワイン、そのグラスの上にかけられた布をたたむ所作が袱紗さばきに取り入れられたとか。
ここ、数年、クリスマスに前後に、クリスマスを楽しむ茶事をさせていただいている。蝋燭の灯りで楽しむ、夜咄の茶事は、クリスマスにぴったり。
今年もぜひにと思っているのだが、お客様あっての茶事。さて、今年はどうなりますか。どなたでも、ご参加いただけますので、一度HPをのぞいて見てくださいね。
先日の懐石サロンは、一足早く、クリスマスの懐石料理を実習。
ちょっとだけ、ご紹介。
写真は、お膳がでたところ。この日は表流で懐石をしたので、ご飯が一文字ではありませんが。向付はクリスマスカラーの赤と緑。クレソンをスモークサーモンで巻いたもの。器は氷原野のいめーじでガラスにジングルベルの模様が掘り込まれたもの。汁は星型に抜いた大根。
う〜、後は内緒。
蝋燭の灯りで懐石もいただきますが、夜咄の醍醐味のひとつ、膳蜀の蝋燭の芯を切るのが楽しい。
濃茶も蝋燭の灯りの中では、いつもより、もっと厳粛な気持ちになれますね。
ああ、クリスマスの茶事、したいなあ〜。

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照り葉と白い椿

2006年11月26日 | 茶道
日曜日の御堂筋は車が少なくて、雨に濡れそぼる黄色に色づいた銀杏並木のトンネルを、なぜかスローモーション画像のようにゆっくりと通り抜けている。美しい!
街がいつもは見せない素顔をかいま見せてくれたような、そんな感じ。なにかのご褒美だったのだろうか。

大阪で四季の移ろいを楽しめるのは、大阪城公園、中ノ島公園、そして、御堂筋。このくらいかな。
大阪城をはさんで、自宅マンションと仕事場がある。大阪城公園を自転車で突っ切って走れば近いのだが、自転車に乗れない。(運動神経0)
電車でも大回りしないといけないので、私の唯一の贅沢、朝は大阪城の周りをぐるっと回りながらのタクシー通勤。
このところ、日を追うごとに、木々が装いを変えてゆく。黄色、鮮やかな赤。お城
に紅葉はよく似合う。
このころなら、照り葉に不自由はしないのだか、炉開きのころは、難儀をする。
炉開きの茶事、茶会の花は、赤く色づいた照り葉と白い椿を、なんとしても入れたい。照り葉の華やぎ、白い椿の清楚な気品。
都会人の悲しさで、花屋に注文していたが、白玉椿はまだしも、照り葉の色が、いまひとつ。
近くの公園をさ迷い歩いても、ない。しかたなく、大阪城公園まで散歩。
やっと見つけた、赤く色づいた山はぜの一枝。ごめんなさいと、花泥棒。
小さな一枝を手にした途端、なぜか前のめりにヅデ〜ンと転ぶ。なにせ、運動神経0。って、さっきも書いた。
膝をすりむき、わき腹を強く打つ。
枝をしっかり握り締めて倒れているおばさんを見て、人が寄ってきた。
恥ずかしくて、あわてて起き上がる。
翌日の茶会は、シップを張って痛みをこらえて8席をすべて、自分で点前をした。
でも、納得のゆく花を入れられて、私は満足。
どこまで頑張るか、どこで折り合いをつけるか、お茶も人生もやっぱり同じだなと。人は笑うかもしれないが、これが私なのだからしかたないよね。
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5日に開炉の茶会 お菓子は蕎麦掻善哉

2006年11月02日 | 茶道
11月は茶人の正月。
第45回の峯風庵の月釜(毎月決まった日に開催する気軽な茶会)も、開炉の茶会です。
お祝いに善哉を毎年ご用意しますが、今年は、茶友のお蕎麦屋さんに蕎麦粉を分けてもらって、蕎麦掻の作り方を教わったので、蕎麦掻善哉にチャレンジ。
先日、野点と蕎麦食う会を、私のHPの掲示板の仲間とオフ会として開催。
美味しいお蕎麦をたらふくいただいて、その後に出されたのが蕎麦掻善哉。もうおなか一杯だったけど、ペロリと食べてしまう美味しさ。
お湯でとくのではなく、しっかりお鍋でひねりするそうです。
明日、しっかりリハーサルして、美味く行けば、5日の茶会は、菓子椀で、蕎麦掻善哉をお出しします。
開炉の華やかな、お席。侘びた道具が好きな私には、苦手な月ですが、せめて晴やかな笑顔と美味しい善哉でお客様をお迎えしたい。
朝10時から午後6時まで、毎時0分スタートの予定で、開催します。どなたでもご参加いたける茶会なので、今年もたくさん、いらしていただければうれしいな。
四畳半の茶室で、少人数で、ゆったりと、峯風庵の月釜は、我ながら、お勧めの茶会です。
お申込はHPから、どうぞ。

峯風庵のHP
和の心  茶道・茶事・茶人の世界
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名残の茶事

2006年11月02日 | 茶道
しばらく、ブログをお休みしてましたが、秋になると、ちょっと文学チックになるみたいで、また書いてみようという気になってきました。
11月になり、明日には炉を開こうと、決意。
10月の名残がまだある峯風庵なので、まづは10月の名残の茶事のことを。

10月は、お茶の名残、風炉の名残。一年で一番侘びた風情が楽しめるので、大好きな月。
この季節には、是非とも亭主がしたいと、茶事塾のメンバーやお友達に声をかけて、お客様に来ていただきました。
風炉の間、活躍してくれた道具たち、風炉の食材にも名残を惜しみつつ、10月ならではのやつれ風炉、古墳時代の須恵器の器に名残の花をたっぷりと入れ、つくろいのある御本茶碗や茶杓など、侘びた道具の中にただ一つ、時代根来の薄器の赤をきかせて。深まる秋の山里の枝に残る、うれた柿の実のイメージです。ちなみに、蓋は時代の黒柿であつらえたもの。ちょっと、遊び心でね。

お客様から「懐石とお菓子が絶品、こんな茶事ならお客様がワンサカ押しかけること間違いなし」とのお褒めの言葉が届きました。ワンサカ、押しかけていただきたいものです。(笑)
「懐石褒められ無念に候」と、昔の茶人は言われたそうですが、私は食いしん坊ゆえ、結構うれしい。

<名残の懐石、心覚えに・・・>
向付  普段は使わない鮪を名残ということで
    本鮪のトロと中トロの表面をさっと炙って。たたき長芋、生山葵と芽葱を添えて、加減醤油。
汁   黒皮南京 あわせ味噌
飯   宮城産 ミルキークインの新米
酒   長野の地酒  真澄
煮物椀 菊花真蒸 名残の鱧と松茸、三度豆 柚子
焼物  秋鮭のきじ焼き
強肴  これは是までに使った食材のあまりを生かして作るのがお約束 
    南京と小芋を揚げ煮にして、松茸など数種のキノコと鶏ミ ンチで作った
    葛餡をたっぷりかけて。
八寸  落ち鮎の煮びたし  セロリの味噌漬
小吸物 オクラの小口切り
香の物 たくわん 茄子 胡瓜
主菓子 栗きんとん
干菓子 こがし黄な粉の州浜(銀杏の実見立て)雲平の銀杏の葉

もちろん、お菓子も手づくりです。
我ながら、美味しかったわ〜。

峯風庵HP 
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俳人 山頭火のもてなし

2006年02月15日 | 茶道
うしろ姿のしぐれてゆくか

どうしょようもない私が歩んでいる

傘にぽたりと椿だった

この道しかない春の雪ふる

たまさかに飲む酒の音さびしかり

本箱の隅に捨てずに、山頭火の句集がありました。なんとなく心に引っかかっていた人物です。過日、ひょんなことから、山頭火の人となりについてお話を伺う勉強会に参加させていただきました。

種田山頭火は、明治15年に山口県に生まれた、自由律の俳人です。
幼い頃の母の自殺、病苦のための早稲田大学中退、種田家の破産、酒におぼれる日々。大正14年に、曹洞宗の報恩寺にて、出家得度。行乞流転の旅をつづけ、昭和15年心臓麻痺で他界。59歳。

お酒が好きなこともあり、放蕩無頼、ぐうたら坊主、路傍の人とかわらないあやうい生活をしてきた人といったイメージもあるのですが、清貧ではありますが、実は、とてもキチンと自分と向き合い、人には迷惑を掛けないで生きてきた人、そして、とてもとても人間味のある人でした。

お話の中で、とても感動したことがあります。

朽ちかけた小さな庵にひととき身を寄せていた山頭火のもとに、客人がやってきました。一つしかない茶碗で、客人にご飯を出し、客人の食事が終ってから、自分もその茶碗でご飯をいただく。夜になり客人が眠りにつき、ふと目を覚ますと、そこに山頭火の姿が。破れ戸の前に新聞紙を広げて、客が風邪ひかないように、吹き込む風をさえぎっていたそうです。

こんなこと、できますか? 
茶の道を歩んでいますが、バシッと頭をはたかれて、目が覚めた気分でした。
人と共に合って、人としての生きる道を探る茶道。私、まだまだ、ですな〜。

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2006年の初釜

2006年02月15日 | 茶道
峯風庵を借り受けることになって、早いもので五回目の初釜を掛けることができました。
床の結び柳が清々しく、新年を寿いでいるようです。早々にお客様も満席になり、お手伝いいただく方も、テキパキと気働きしていただき、今年は安心して亭主を務めることができました。

待合いで大福茶をお出しして、お席入り。初入りの挨拶の後に初炭手前。一席8名様でしたので、茶室でお食事は少し窮屈かと、一旦退出していただき、テーブル席でお正月の点心と煮物椀、八寸とお酒をおもてなし。恒例の手づくりの花びら餅を召し上がっていただき、後入り。濃茶、続き薄茶と、お楽しみいただきました。
一日2席16名様に、誠心誠意のおもてなしをした後は、足腰はボロボロですが、心はほっこり温かです。

また、一年、峯風庵のお茶ライフが始まります。ゆっくりの、そして、小さな小さな一歩づつですが、着実にお茶の道を、前に、前に、進んでいる、そんな実感がしています。
今年の初釜は、いい初釜になりました。

初年度の初釜は、峯風庵を借りたばかりで、道具も運び終わっていないし、京都で開いたバリ島の雑貨と見立ての茶道具のお店もオープンしたばかりで、大忙し。時間と格闘しておりました。
でも、茶室があるのだから初釜は掛けなくてはと、気持ちだけはあせる日々。
もちろん、自分の茶室で初釜を掛けるのも始めて。さて、何から準備をしたらよいのやら。で、誰をお呼びするの???

そう、初釜は社中の稽古はじめの意味もあって、師匠が釜を掛けて、弟子を招く行事。その日は、お茶の先生も一人の茶人として、亭主を勤めます。日頃、見られない師匠の点前に目が釘付けに、そして、日頃の稽古ではできない茶事の体験に、お茶とはなにかということを、弟子たちは心新たに体感する、そんな日です。

峯風庵はオープンしたものの、通常のお茶の稽古場的な展開はしたくなかったので、社中も弟子もおりません。
仕方がないので、初釜するよ〜と友人知人に声を掛けて、5年前の1月4日(この日が峯風庵恒例の初釜の日程になりました)、始めての初釜をかけました。
その時には、床の結び柳も花入れに添える小さなものしか手に入らず、淋しい思いをしました。床に垂れるくらいの長い柳は、事前に花屋に頼んでおくのだということを知らなかったのです。和の文化を伝える茶家の正月の床に、一陽来復を願う結び柳は欠かせないですのにね。

こんな失敗を重ねながら、峯風庵の初釜は今も、社中や弟子の稽古のためではなくて、峯風庵に集う方々や、お茶がはじめてという方のために、稽古ではない初釜の茶事を、何方様もウエルカムで開催させていただいております。今年は御希望が多くて、大勢様をお断わりしなくてはならない状況になってしまいました。来年は一日では済まないかもしれないなあと思いつつ、さて、体力が持つかどうか。ジムにでも通って体力つけるかな。

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除夜釜の茶事

2005年12月28日 | 茶道
いよいよ、今年も押し詰まって参りました。
峯風庵では一足速く、茶事の真髄塾で除夜釜の茶事を行いました。
風情ある除夜釜は、私の大好きな茶事。
でも、大晦日は皆さん忙しくて、なかなかお付き合いくださる方がいらっしゃらなくて、何年も開催できないでおりました。
体力・気力がうんとこさ必要な茶事ですから、私も体力の限界で、ひょっとしたらもうできなくなるかもと心配になりました。
あまり開催されることのない茶事ですから(それはそうです。だって本当にたいへんなんですもの)、ぜひ、皆さんにも体験してほしい、伝えておきたいと思いまして、互いの研鑚の場である茶事の真髄塾で、稽古茶事として開催することにしました。

席入りは午後の10時すぎの設定です。
先ずは、待合で暖かい柚子茶をお出しして、露地で迎え付け。手燭の交換に心躍ります。
お席では、蒸したての酒まんじゅうと薄茶のもてなしのあと、年越し蕎麦をお出しします。この日のために信州戸隠から取り寄せた生蕎麦に、黒門市場の鰹と昆布の専門店の鰊の甘露煮を入れた鰊蕎麦。寒い冬のことですから冷めないように、蓋付きのお椀に盛って、小風呂敷で包んで運び出します。
除夜釜というと、たいていここまでで終わってしまいますが、実はここからが面白い。

一旦、退出していただき、近くのお寺に除夜の鐘を撞きに出かけていただき、年が明けて神社に初詣。
待合に戻っていただくのは、午前3時か4時ごろでしょうか。
待合の掛け物も除夜のものから新年のものへと変わっています。
半東が、暖かい大福茶の汲み出しを持ち出します。そして改めてお席入りです。
茶室の室礼は、新年の清々しく、また華やぎのある風情にそっくり変わっています。
お正月の床にはなくてはならない結び柳、めでたい「瑞雲」の軸、寿棚には、松の色絵の水指・・・。
「あけましておめでとうございます」の挨拶がかわされます。
そして、初炭手前。昨年の炭を半田にあげて、そこから種火をもらいます。釜の湯は、若水に取り替えて、今年初めてのお茶のための湯を沸かします。
続いて、お正月の祝膳。色とりどりのおせちに、お雑煮、八寸で千鳥の杯。
主菓子は鮮やかな緑のきんとん「松の翠」
煮えのついたお釜もシュンシュンと松風をたて始めました。
いよいよ、今年始めての濃茶。天地之恵みの象徴として、ここに現出したかのような、厳粛な気持ちにさせられます。続き薄にして、二年ごしの茶事が終焉をむかえます。
残心のあと、露地に出れば、ほんのり薄明かり。もうすぐ初日の出です。

稽古茶事ではありましたが、とても感動のある茶事になりました。
火をつないでゆくことに、歴史や伝統の重みを、そして若水に替えることで新たな出会いや出発を、心に刻むことが出来ました。
こうして、私たちは生きている、そして生かされているのだなと。
そして、お茶もまた伝統を受け継ぎ、新たな創造を付加しながら、その世界を深めてゆきたい。峯風庵のお茶を、これからもしっかり探っていこうと、心新たに致しました。

でも、やはり、稽古ではなく、本番で除夜釜の茶事、したいな〜。私の体力のあるうちに、ぜひ、お付き合いくださる茶人さんをみつけなくっちゃ。
これを読まれてご興味お持ちいただきました方、来年あたりいかがですか?
あっ、来年のことを話すと鬼さんに笑われるんでしたね。

峯風庵 HP http://www.wa-no-kokoro.jp/


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雪むかえ 勘違い

2005年12月28日 | 茶道
前に書いた「雪むかえ」の原稿。
私の勘違いが判明。
雪むかえは雲ではなく蜘蛛のことだったんです。
蜘蛛が出す糸がまるで走る雲のように見える、そんな時、雪が降って来ると言うお話でした。
教えてくれた、イワサキ君「僕の発音が悪くて〜」と。
でも、昔の人は蜘蛛が出す、この雪むかえの蜘蛛の糸を本当の雲だと思っていたそうです。
実は、挿絵を書いてくださっているたきこさんからも、雲ではなくて蜘蛛ではとご指摘があったのですが、私はもうすっかり、空を走る冬の雲のイメージが張り付いてしまい、うう〜ん、雲なのよ〜と言い張っておりました。
だって、雲の方が蜘蛛(ああ、変換がややこしい)より、詩的ですもの〜。
私は、今も雪迎えは雲であって欲しいと思っています。
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