確かに、科学の発展には素晴らしいものもある。
反面、「核」などと言う恐い物騒なのもなどもある。
どちらかと言えば、ドライで危険な物の方に位置するが、今イランでどうあってもこの「核」の開発をやめられないと息込んでいる。
こんな、物騒な話しが目的ではない。
もっとソフトな、お話しをしたい。
思うに、最近では「バイオ」と言う三文字がいたるところで見聞きする。
この後に、「テクノロジー」とつくようであるが、早い話しは元々は化粧品類の開発が主だったようである。
それが、最近においては「食品類」などにも応用され出した。
即ち、品種改良と言う交配と育成による新種の野菜などが生産され出したのがそれである。
バイオインダストリーと言う、生命工学技術による生物が持つ機能と能力を高めて、遺伝子の組み換えなどで細胞融合や大量の培養が可能になった。
ある知り合いで、この手の技術関係の「卵の人」がいた。
とにかく、山や沢、果ては川や掘、あるいは湖は勿論のこと、ありとあらゆる所を歩きサンプルを採取して来るなそうである。
時には、下水や尿などからも採取するなそうである。
その理由は、「どんな細菌」や「微生物」が存在するかと言うことなそうであるらしい。
こうしたことから、意外と効能のある薬や肥料などに使う「種(ねた)」を発見するなそうである。
本当に、「臭い物」から化粧品が産まれているのだという。
そう聞かされた時は、「じゃ、あの顔に塗っている化粧品さ、もしかしてウンチからできたんじゃない、まさか?」と言ったら、彼は否定も肯定もしないで笑っていた。
「この地球上においてさ、まだまだ豊富な物質が眠っているのさ。
それを一つずつ回収してさ、分析し応用する、しかも幾通りにも分類してやっと一つの何とかなるような物質を発見するのさ。
これが俺達の、まぁ仕事と言うか研究と言うか、生き役と言うのかな、つまり人生と言う奴さ」と、胸を張るようなそれでいて諦めとも思う言葉を吐いた。
確かに、今家畜などに応用されている「クローン技術」のようなことは、同じ生物でも植物ならばある程度「倫理問題」も湧かない。
だが、いつかの「バイオ大豆」のように食べた後での後遺症が、あるのか無いのかが問題になったこともある。
しかも、食後すぐなのかそれとも何年も後のことなのかは解決されていない。
塗るや貼るとは、これは大きな隔たりがある。
ところで、これはオーストラリァのクインズランド大でのことなそうである。
そこの研究員が、ある動物の「糞」を利用して、「ギャフン」と言わせるクスリを発明したなそうである。
と言うのは、その「糞」の持ち主はなんと「トラ」だと言う。
この虎の糞から、ある成分を抽出して害獣を近かさせないクスリを精製した。
この「何とか」と言うクスリは、山羊や猿、カンガルーや豚などの動物に嗅ぐわせたところみんな近づかなくなったと言う。
さしずめ、効果覿面と言う結果をもたらしたと言うことである。
効果の程は三日間程度だったので、これを二、三週間程度持続するよう今後に於いて改良するなそうである。
これは確かに、素晴らしい発明である。
さしずめ日本などでは、作物や植林したばかりの苗木などが鹿に食い荒されている。
もっと酷いのでは、下北半島の脇野沢地区の「北限の猿」のことである。
何分にも、この「猿軍団」は天然記念物として保護されている動物である。
収穫時の、野菜や果物を食い荒らすからと言って、無闇やたらに捕獲はもちろん殺す訳にも行かないので困っている。
そんな時に、この「クスリ」を散布したならば効果覿面であると思う。
だが、問題は熊はどうなんだろう?
この動物は、トラよりも大きい。しかも、200キロ以上の体重である。
ちょっとやそっとでは、ビクつくまい。
そうだ、日本では一番大きくて獰猛なのが熊である。
この熊の「糞」で、日本式「害獣排斥薬品」は作って見てどうだろうか。
もっとも、その効能が猿や鼬(いたち)にも効くだろうが、案外と人間に効いたりして人付き合いが悪くなったでは、トンでもない「悪剤」どころか「悪態」つかれることにもなろうが。
いずれにしてもこの大学では、「10億ドル以上の規模の市場」になることは間違いないと、まだ見ぬ額の財布の束に期待を込めているそうな。
私も明日から、何かの「糞」を採取してカバンに入れ、「億だよ、億」と言って募金をお願いして見ようかと思う。
新しい「金の集め方」として、近い将来有名になってみよう。
少なくとも、「偽ダイエット効能」や過去の「ライブドァ式錬金術」や「オレオレ詐欺」よりはスマートであろう。
「フーン、そんなフンダクリに会うバカはいねぇよ」と、笑われるかも知れないが、世の中にフンゾリ返って見たくなった。
どうもこのバイオは、「クスリ」や「品種」を作っても「人格」は作らないようである。
「新しき 事件がどうした 免疫済み」で、誰も驚かないことに驚く今日この頃である。
科学とて、「人材育成」もさることながら人の「人格」と「品格」までは作れないのかも知れない。
やはり、「教育の問題」なのかも知れない。
とは言うものの、「教育者」や「法を守る」立場の人達が、平気で軌道を外して世間様から顰蹙をかったり免職や処罰もされている。
こうなるともはや、手っ取り早いのが人間への「クローン技術の応用」であろう。
同一性格で、同一能力でしかも性格や容姿までが均一化されて生まれて来る。
要するに、特定の選ばれた人格や能力を有する人間のコピーである。
もし世の中が、こうした人間だけの集合体であったとすれば、これもまた屁つまらない社会になるかも知れない。
児を亡くした親には良いだろうが、これ以外の目的で増産されたんでは反対に空恐ろしいことにもなることであろう。
やはり、自然の摂理が為す千差万別の社会があって、それが淘汰されあるべき姿に定着するのが一番いいことなのかも知れない。
要するに、「クローン」ではない、人間社会の規範やモラルを守り、そして「倫理観や責任感」を持って「達成感」をモットーとすると言う、優れた能力を有する人間を作る「バイオ」がないものだろうか?
科学者よ、「俺が遣るっ!」と、名乗り出て来てはどうか?
とは言うが、「クローン」にせよ「バイオ」にせよ人間が科学を応用しての捏造であることには変わりはない。
従って、妙薬にもならなければ世界平和を達成出来るような良薬でもあり得ない。
反対に、「核」や「宗教」そして「思想」よりも遥かに威力のある「兵器」になるかも知れない。
何しろ、「人間の性格」を根底から改良される上に、均一化された人間兵器の誕生ともなり得る。
考えようによっては、恐ろしい改良人間ともなり得るのだ。
「部品欠け クローン人間 世を潰す」、もあり得る科学はご免だ。









