本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

学ぶとは 自己を壊すこと

2017-06-19 19:59:32 | 住職の活動日記

ちょっとショッキングなタイトル、

立命館大学準教授の千葉雅也先生

『勉強の哲学』という本の中で、

「勉強とは、

新しい知識やスキルを身につける

行為ではなく、

自己破壊の行為である。」

と、

「勉強とは自己破壊の行為」

 

う~ん!

なるほどと頷けなくもない、

まだ本を手にして読んでないので

勝手なことは言えませんが

ふと思うのは

仏教の修行に通じるものも

あるような、?

 

知識と智慧ということもあります

また、チエにも知恵と智慧があり

おばあさんのチエ袋という場合

この知恵を使います。

仏教でいう智慧とは、

インドの言葉ではハンニャ

般若と書きます。

般若心経のハンニャです。

般若波羅蜜多、直訳すると

「智度」となります。

般若経を解説したっ経典(論)は

『智度論』(ちどろん)といいます。

般若の智慧で彼岸へ渡って行く

その、と渡るのをとって

名づけたのです。

 

その般若心経の中に

「一切顛倒」(いっさいてんどう)

という言葉が出て来ます。

一切は逆さまであると

一瞬、

奇異に聞こえるかもしれませんが

仏の眼から見ると

私たちのやることなすこと

全てが逆さまになっている

というのです。

 

よく師匠から

お前の全部が間違いだと

いわれて、

そうではあるまい

まあちょっとは間違っているかも

でも、なにからなにまで

間違っている

そういうことはあるまいと

思っていたのですが、

今から思いかえしてみると

なるほどそうだったと

思われてなりません。

 

般若の智慧ということは

この一切顛倒であるということを

見抜く智慧のことでしょう。

ですから、

おばあさんの知恵とは根本的に

違うのです。

ものをよく知っている

ということではなく、

自分の煩悩をいかに対治できたか

という智慧なのです。

自分を対治できることを

智慧というのです。

 

ですから、

「学ぶとは自己を破壊すること」

ということは

今まで自分自分と思っていた

自分を破壊することです

一切顛倒を打ち破ることです。

いくら物事を知ったとしても

自分の煩悩を対治する手立てが

わからなければ、

その知識は何の役にも立たない

ものになってしまいます。

 

般若心経でも

繰り返し言っていることは

般若の智慧による解脱

彼岸へ渡るということです。

その中心が般若の智慧ということで

布施波羅蜜、持戒波羅蜜と

六波羅蜜が出て来ますが

その根本は智慧波羅蜜ということ

 

学ぶということは

本当の智慧を学ぶことです

自分を対治してくれる

自分を全否定してくれるような

そういう智慧です

その時、

やはり、そうであったかと

心からの明るさが

めばえてくるのです

 

具体的には、

自分にとって都合の悪い

自分にとって一番嫌なこと

そのことを毛嫌いせずに

自分の身に引きつけて

見続けて、

じっと学んでいくことです。

 

この千葉先生の本の中では、

「不安を前に、安易に悪や敵を

決めつけるのではなく、

粘り強く情報を比較して

考え続ける。

ごく当たり前のことだけれど

大変。

まさに『強いて勉める』勉強が

大切なのです」

と書いておられます。

 

「勉強の哲学」

読んで見たい本のようです。

 

 

 

 

 

 

 

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