数日来、池の中がにぎやかです。

バシャバシャ と水しぶきを上げています。

毎朝飛んで来ていた 「 青サギ 」 もしばらく姿を見せません。

池の中でじっと潜んでいた金魚たちも、

静かな合間を見ての産卵の様子です。

 産卵する金魚もいれば、

その卵を食べに来る金魚も、その周りに群がっています。

 春ですね 〜   

いのちの芽生えのときです。

 

 

    

 

この白い粒粒が卵です。

ここの場所はかろうじて、金魚たちのエサとして

難を逃れたようです。

 しかし、見つけられて食べられてしまうかもしれません。   

 

池のとなりには 「 さつき 」 も咲き始めています。

 

 

    

 

ほんの小さな1本しかないのですが、

 

    

 

 

結構きれいな花を咲かせます。

 

   

 

ま〜、角度を変えて楽しんでみています。

 

   

 

しかし、これもよくしたもので、  …   

虫が付き始めているのです。

 あれだけ寒かったのに、そして昨年は消毒もしたのに、

どこに虫のいのちは潜んでいたのでしょう。

 

 仏教では、いのちのあり方を

『 胎・卵・湿・化 』  ( たい・らん・しっ・け ) 

と四つに分けています。

 虫が沸いて出るというのは、まさに 『 湿生 』 です。

湿り気があるとどこからともなく出てきます。

 もう 「 蚊 」 も出てきています。

うるさいといってしまえばそれまでですが、

いのちが沸いて出ると見ると、不思議に思えます。

 「 さざんか 」  にも、虫が付いています。

 

金魚の卵もどこまで孵化するか ??

自然に任せて、 小さな 「 ビオトープ 」 ? の池とでもいうような、

卵からかえっても、食べられてしまう金魚もいれば、

育たない金魚もいます。

 育っても、青サギの餌食になってしまう金魚もいます。

青サギから見れば 「 キンギョ 」  もおいしいご馳走です。

 このほんの一握りほどの池ですが、

いのちの戦いもあり、誕生するいのちもあり、

消えていく命もあります。

 

 あえて、じっと  …   見続けています。

 

 

 

 

  



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 今回は、よく 「 近鉄電車 」  に乗りました。

わたくしめは、特に 「 乗り物 」 が好きで、

「 にわか鉄男くん 」 となって、お参りもさることながら、

エンジョイさせていただきました。  

 

    

 

京都駅から奈良へ向かう電車です。

ちょうど 「 せんとくん 」  もいましたので、

ツーショットで写しました。

 この特急は知る限りでは一番古い形で、

「 ビスタEX 」  という型だと思います。

 今回は  『 吉野の金峯山寺 』  参拝が目的ですので、

奈良から吉野へ向かうには特急を乗り継ぎしなければいけません。

 奈良から 「 西大寺 」  へ

「 西大寺 」  から  「 橿原神宮 」 ( かしはらじんぐう ) へ向かいます。

 

    

 

「 橿原神宮前 」  行きの特急です。

「 ビスタEX 」  よりも、少しおしゃれな顔つきです。

「 レギュラータイプ22000系 ACE 」 という型になります。

 ( 今回初めての乗車です。)

 

 

     

 

 

車内はグレーで落ち着いた雰囲気です。

 

 

    

 

となりには 「 賢島 」 行き

「 ビスタEX 」  の二階建て車両がやってきました。

 

 

   

 

 

 「 賢島 」 行きの二階建て車両が出て行くところです。

 

「 橿原神宮前 」  から、いよいよ 「 吉野 」 へ向かいます。

そこで待っていたのは、

 

 

     

 

( 初めて見る車両 )

「 さくらライナー 」  という 「 吉野行き 」 の特急です。

 

 

     

 

 

車内のシートも  「 ピンク 」  で、「 春のさくら 」 にちなんででしょうか ?

 ( 吉野は千本桜で有名です。)

 

 

     

 

 吉野への線路は単線、緩やかな上り坂を、そしてカーブも多く

「 キー  キー 」  と車輪は悲鳴を上げながら上っていきます。

 

    

 

横から見る車体もきれいでしょう。

この列車には 「 デラックス   」 という車両も付いていて

横3列のゆったりした豪華なシートで出来ています。

 

 

    

 

これは帰路の運転席です。

運転席のすぐ後ろはサロン的なシートが付いていて

運転している様子が手に取るようにわかります。

鉄道ファンにはたまらない魅力でしょう。

 

 途中、  「 ムダ〜 」  というアナウンスが流れてきます。  ???

「 ムダ   ? 」   一瞬どんな字 ?

と考えてしまいます。

 

 

    

 

「 六田 」

     こんな字を書くのだ !!

 

   

 

次第に大阪も近くなり、

パノラマビューも広がり快適に飛ばしていきます。

 ( 運転してる方には後ろの目線が気になるかもしれませんが、

   鉄男くんには最高の席でもあります。)

 

今回は 「 吉野金峯山寺 」   『 蔵王堂蔵王権現 』  が

目的でしたが、おまけとして

近鉄特急 それも 「 さくらライナー 」  に乗れたことは最高でした。

またさくらのころにも乗りたい特急です。

 

 

 

 

 

 

     



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 昨夕、珍しい方からの電話、

明日、お邪魔したい旨    

 東寺にいるときには、よくお参りにお見えでした。

もう、30数年ぶりになるでしょうか ??

 年賀状のやり取りは欠かさずしていたものですから、

お名前だけ聞くと、昔の顔がすぐに浮かび、

いつも、つながっている感じはしてたのですが、

いざ、お会いしするとなると、     

もう、30数年ほど経過している、

お互いにだいぶん変わっているのでしょうか   

 面影は昔のまま、というものの、

お互い、それなりの年月は重ねているようです。

しかし、昔のことがよみがえり、話に花が咲きます。

 お母様が20年に亡くなられ、

今日は、母の日ということで、一緒にお参りをしました。

 

 東寺にいたころが、私にとっても一番の印象深いときです。

お会いした方はとても心に残っています。

 30数年をたった今、こうやってお会いできるということは

ほんとうに不思議です。

 それも四国からお見えになりました。

時間があれば、もっとゆっくりしていただけたのですが、

ご法事もあり、時間もままならず、  …

でも、短いながら濃密なひと時をすごすことができました。

 

 ほんとうにご遠路ありがとうございました。   

またの 再会 楽しみにしています。

 

     

 

 

 

 

 



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 ちょうど、5月11日、京都からならへ向かう途中、

近電車の中から   しようと 試みたころから、

ブログの書き方の書式が変わったように思います。

 写真をアップすると、

以前は 「 文字と数字 」 で表記されていましたが、

今は写真そのものが出てきます。

それから、文字のフォントや太字に変換する場合、

これも数字と文字で表され、その大きさと感じがつかめませんでしたが、

今はそのまま出てきますが、

投稿したあとの文字の大きさが今一つつかめません。

 たぶん便利にはなったと思うのですが、

慣れるより仕方ありません。

 読みずらい点があると思いますが、

どうぞ、しばらくご容赦の程を  …   

 

 

 



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      人生は限りない宝の山である。

     堀に掘り、探りに探ろう。

                           平沢 興

 隔月発行の 「 不動の光 」 に、今月は

「 平沢先生 」 のお話を載せました。

 先生は京都大学の総長まで勤められ、

もともとは脳解剖学の先生です。

 その人生の中から感得された言葉は宗教的な言葉は使われずに

平易な当たり前の言葉なのに、まさに人生の極意を言い当てたような、

力強さで私たちの心に迫ってきます。

 そこで、少し紹介させていただきます。

 

 「 人の一生は余りにも短い。

   わたしは齢既に七十を越したが、

   いよいよ人生に学ぶことが多く、

   いよいよ世の中は奇跡に溢れ、

   いよいよ自らの愚かなるを知って、

   ただ驚くばかりである。

   だが、この驚きは驚嘆であり、歓喜であって、

   更にわたしに強い生きる力を与えてくれる。

   わたしは自らの無能を誰よりもよく知っている。

   だが、同時に自信を以って言え得ることは、

   自覚を持った無能は、

   断じて無力ではなく、

   祈りと実行のある限り、

   無能にもその展開と向上があるということである。」

そして、今週の言葉に選んだ

  「 人生は限りない宝の山である。

    堀に掘り、探りに探ろう。」

と続きます。

 

 当たり前と思ってしまえばすべてのことは何の感動もなく、

当たり前のこととして過ぎ去ってしまいます。

 しかし、先生がおっしゃるように

勉強すればするほど、分からないことが増えてくるそうです。

感動がないということは、わたしたちの勉強不足ということでしょう。

 

 三浦先生も八十歳を過ぎたころから、よく、

「 人生は不思議だな〜  ますます分からないことでいっぱいだ ! 」

と口にしておられました。

 

 年とともに、人生は分かった自明のことと見てしまいがちですが、

よく見つめれば見つめるほど、

不思議なことだらけのような気がします。

 

 そして、平沢先生は

  「 子どもは無限の可能性を持った天才 」

と言っておられます。

これは医学的立場から脳ということを研究しておられた

先生の実感のこもった言葉です。

人間の脳細胞は無限の可能性を秘めています。

 ではどうやったら、その可能性を引き出すことができるか ?

「 やれば出来る 」 ということと 「 やらせれば出来る 」 ということがあります。

動物が芸が出来るのは、みな

 「 やらされて出来る 」 のであり、

自ら進んでやるのではないのです。

人間も幼児期の間は動物と同じで、 「 やらされて出来る 」

ということです。 その行動は受身です。

しかし、次第に高学年になってきますと、思考力も高まり、

自ら考えて自発的にやるようになります。

 ここで大事なのは、

人生の早い時期に自発的にやる習慣を身に付けることです。

 

 「 学校の秀才必ずしも社会の秀才ではなく 、

   学校鈍才必ずしも社会の鈍才ではない。 」

 

ということがあります。

 そこで、いかに無限の才能を持っていたとしても、

それを引き出すためには、

 

 「 一にも努力、二にも努力、三にも努力 」

が必要です。

と、平沢先生はその信念のもと自ら実行されました。

 

 才能をいくら持っていても、それを引き出すには

こつこつと積み重ねていく 努力 しかないということです。

 

晩年の先生の言葉に

 「 今朝もまた、目覚めて、目も見えても動く

     あな  有り難や  今日の命よ 」

と、詠んでおられます。

 

 与えられた自分のいのち、そこには

掘って掘って、探って探って、

それでもまだ分からないもの持っているのが

私たちの大脳なのでしょう。

 地球の資源どころの話ではないのかもしれません

掘って、探っていくところに

私たち、人間のいのちの尊厳性が

横たわっているのです。

 

 

 

 

  

 

 



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 奈良ホテルを出発、

 

     

 

 途中、車内より 「 平城京 」 跡を  チラッと   見て

まず 「 西大寺 」  へ、そこから

特急 「 橿原神宮前 」 ( かしはらじんぐう ) 行きに乗り換えて、

 

    

 

新しい電車で  ルンルン

さらに、橿原神宮から乗り換え、吉野へ

 

   

 

ここからは 「 近鉄 」 でも始めてみる電車です。

『 さくら特急 』 といって、車両全体がピンク色です。

吉野の 「 さくら 」 にちなんでのことでしょう。

 でも、  「 寒い ! 」  セーターを持ってきたものの、

やはり、山の上冷え込んでます。

 

そこから、さらに ロープウェイ で山頂へ

 

       

 

日本で一番古いロープウェイのようです。

ふしぶしには老朽化が見えます。  ( ちょっと心配 ?? かな )

 

      

 

途中の鉄塔には 『 昭和3年5月 』 の文字が見て取れます。

鉄骨も見るからに年代を感じさせます。

 ( おもしろいもので、お寺と最先端の乗り物は関係が深いのです。

  お参りに行くということで、その参拝客に不自由がないように

  ということで、ケーブルカーやロープウェイがいち早く作られたのです。)

 

ケーブルカーを降りて、階段を少し上ると 

入り口には、

 

    

 

まず大きな 「 銅製の鳥居 」 にびっくりします。

 

  参道の店店には 『 南無神変大菩薩 』 ( なむじんべんだいぼさつ )

の提灯が上っています。

 

    

 

土曜日ということもあるのでしょうか、

参拝の人並みが絶えません。

 そこを抜けると、目の前に大きな門が飛び込んできます。

 

    

 

ここが 「 金峯山寺仁王門 」 です。

少し階段を上りきったところに、

 

    

 

「 金峯山寺蔵王堂 」  が聳え立っています。

まことに圧巻です。

この山の中にこのすごい建物、 歴史を感じます。

 

 

   

 

蔵王堂、この五色の幕の中に 『 金剛蔵王大権現 』 がおわします。

 

    「 青が荒ぶる 」

 

    

 

 ポスター ですが、 このようなお姿の

それも 人を見下ろすかのように5メーターもあろうか

というような荒ぶる神が3体、

これは、圧巻というより、怖さを感じます。

 ( 今の時代には必要な、そんな感じを受けます。)

 

堂内には小さく障子で仕切られたところで

一人静かにお参りできるようになっています。

 

 

   

 

 

護摩の修行も勤められていました。

 

 なぜこのような仏たちを作られたのでしょうか ?

「 明王像 」 とはまた違った憤怒像です。

昔はほんとうに秘仏で修行を積んだ人でなければ

拝めなかったのではないでしょうか。

 

 吉野というところ、また違った文化のようなものを感じる

空間です。

 

 時間があれば参拝     です。

 

吉野では 「 金峯山寺 」 ( きんぷせんじ ) と読み

熊本では 「 金峯山 」 とかいて ( きんぽうさん ) といいます。

この 「 金峯山 」 山頂にも 「 蔵王権現 」 がお祭りしてあるらしく

また近くの地名にも 「 芳野 」 という名前があります。

調べてみると関係があるのではないでしょうか ???

 

 

 

 

   

 

 

 



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 会議も無事終わり、

帰りは 「 山急 」  ( 山科特急 )  

  ( 京都駅八条口と醍醐寺を結ぶ直行便です。 )

を利用して、

 

    

 

 一路、京都駅へ   乗客も少なく、

私と一緒に会議に出た島根の宗務所長との二人だけ、

不思議なことから、この方も 『 洛南高校 』 の卒業生ということから、

昔話に花が咲きました。

 

 

     

 

 

 

トンネルを抜けると一気に京都駅に到着です。

所要時間 30分  これは早い  

 

 京都駅から奈良へ向かいます。  

 

 

 

     

 

 

 

わ〜い !!  久しぶりの 「 近鉄特急 」 で〜す。

 

 

      

 

 「 スタバ 」  のコーヒーを買って、プチ旅行気分   

 

       

 

 

となりのホームには 『 橿原神宮前行き 』 特急が止まっていました。

新型車両のようです。

 明日には 「 金峯山寺 」 をめざします。

 

 

 

 

 

       



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 京都は肌寒い天気、

10時より 「 全国宗務所長 」 会議が始まりました。



   



 まず、 「 ご法楽 」 管長様を導師に

全員で 「 般若心経 」 を唱えます。


そして、



   



仲田順和管長さまより 「 親諭 」 がお伝えられます。

管長さまは、赤い衣です。

「 緋の衣 」 といいます。

昔は、色は貴重でした。特に赤とか紫は取れにくかったのでしょう。

だから、色が一つの権威の象徴となっていました。





    



会議に入り、 「 壁瀬宗務総長 」 より、

本山としての施政方針が述べられ、

これからの宗教法人のあり方が詳しく説明されました。

ここが一番の問題です。

宗教に携わっているということで、

信仰という名のベールでは、

黙認されるということは、これからは許されないでしょう。

信仰ということの具体的実践は 

「 公と個人 」 の明らかな区分です。




    

( 左手が仲田部長・右手が壁瀬宗務総長です )



 総務部長の 「 仲田順英 」 からも、

公益法人といわれる宗教法人の、更なる公益性の明確化の

課題が説明されました。




     



 という話も真剣に聞きつつ、

目の前の 「 お茶菓子 」 も気になり、

ほんの少し、   

結構美味しい !!

 ( 会議のあと聞いてみると、

   醍醐寺オリジナルの 『 力餅 』 ということです。

   ニッキの味がほんのりと

   甘さも控えめというか、

   ついつい、食べてしまいました。)  


ということで、

あとは、教学部、財務部よりご報告があり、

ちょうどお昼となりました。





     




いつも、おうどんです。

お寺は 「 食平等布施差別 」 ( じきびょうどう ふせさべつ )

ということがあって、お昼は管長さんから職員にいたるまで

おなじ 「 うどん 」 です。

「 布施 」 は管長さんと小僧さんでは違いがあるということです。




    


 食事を頂いた 「 修証殿 」 のドアのとって、

醍醐寺の紋である 「 五七の桐 」 を上手にデザインしてあります。

豊臣秀吉と同じ家紋です。

 それだけでも、どことなしに風格を感じるものです。



午後からは質疑応答です。


 ( 本山と末寺では意識のずれがありますが、

   有意義な時間になればと思っています。 )










    


     


   



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 最近は 「 ホテル近鉄京都駅 」 が定宿です。

以前は 「 グランビア京都 」 が駅から近いこともあって

よく泊まっていたのですが、

なお、便利なホテルが、ここ 「 ホテル近鉄京都駅 」 です。



    



新幹線を降りたら、そのすぐ下がこのホテルです。



    



細長い廊下が続きます。

近鉄線路の上、その上の空間を利用して作られています。



    



その廊下の突き当りから、近鉄 「 田辺行き急行 」 が見えます。

そのすこし右に目を移すと、



    



「 JR 」 の出入りが見えます。


 今日の部屋は南側、目の前に


 
    



 「 新都ホテル 」 見えます。

ということは、結構端っこまで歩いてきたということです。

そして、新幹線も間近に、乗ってる方の顔が見えるほど、



   



そして、こんな珍しい 「 線路点検の車両 」 も見ることが出来ます。


 ( ま〜 鉄っチャンにはたまらんのでは ?

   にわか鉄っチャンの私にも面白いのですから。)




    




エレベーターホールから眺める北側

「 今日と伊勢丹デパート 」 がで〜んとそびえています。


 よく見ると、在来線はそのままで、

   ( 古さが目立つ )

それを隠すように新幹線のホームと京都駅ビルではさんで

あたかも、京都駅全体が生まれ変わったような体裁です。


  ( 熊本駅もここらをヒントにリニューアルしたら ??

    と思うのですが、 … !! )



    



エレベーターホールには、ちょっとだけ

京都の風情をかもし出すかのように、舞妓さんの絵

どうも、舞妓さんがボートを漕いでいる ?  様子です。



   



この旗の模様が 「 祇園 」 でよく見かけるものですね !!



 時間があれば、

新幹線も見れて、JR在来線も、そして近鉄も

見れるという、

「 鉄チャン 」 には、たまら〜ん !!  

ホテルではないでしょうか。 ???



 さ〜   今から  本山で会議 で 〜 す 。   


    

        






    


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 名前も知らず、かわいい小さな花  …  とだけ

思っていました。

 今日お参りしたお宅で、その名前を知りました。

「 ヒオウギ 」 と言うそうです。




   



 どこでも見かける、小さくても色鮮やかで、

とても目を引く花です。



   



 隣には 「 白いヒオウギ 」 も咲いていました。

当院では、裏の駐車場の柱のあとに、ほんの小さなスペースですが、




    



 10センチもないほどの四角いところです。

どこからともなく飛んできて、この条件の悪いところに

いつも、花を咲かせていました。

 この花が実を結び、小さな種を回り一面に飛ばしています。

見ると、周りは全部コンクリート、いくらここに種を飛ばしても

花は咲きません。

 この小さな土のところへ種を返していたのですが、

とうとう今年は花を咲かせることはありませんでした。

 名前を知っただけでも、今日は収穫でした。



「 ヒオウギ 」 と聞いて、頭に浮かんだのは

『 檜扇 』 ( ひおうぎ ) です。

 法要の儀式のとき ( 正式な大きなお勤めとかで ) 使う

扇子のようなものです。



   



 こういう形をしています。

右手に持つだけなのですが、めったに開きません。

この 「 檜扇 」 は

『 弘法大師ご入定1150年大法要 』 の記念のものです。

その時の醍醐寺の管長 「 岡田雄秀門跡 」 の名前があります。

 ま〜  一杯に開いてもこのくらいです。

しかし、おもしろいもので、このちょっとしたことで ( 檜扇に書いてある年月日 )

歴史的発見があったりもします。


 昔、東寺で 「 千手観音 」 を修理しました。

文献ではいろいろわかっていたのですが、

修理のとき、千手観音の腕から 『 檜扇 』 が出てきました。

その檜扇に作者、年月日とかが書いてあって、

一大発見となったこと覚えています。

ですから、 「 ヒオウギ 」  と聞くと

このことがすぐ頭に浮かんでくるのです。


 しかし、このかわいい花と 「 檜扇 」 名前として

どんな関係があるのでしょうか。   ??


 気にはなっていた花の名前がわかったことも

うれしい出来事でした。

 そして、昔のことを思い出した、うれしい一コマでした。







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