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「如」 お経の中にもよく出てきます。

仏教の中でも特に大切な言葉、

しかし、

どういうわけか?

大切な言葉には「オンナヘン」が

ついています。

「如」とか「妙」とか、

また、女の上に亡くなるがつくと

「妄」となって、いつわりとかうそ

という意味になります。

 

女に口と書いて「如」

女が少ないと書いて「妙」

女が亡くなって「妄」

なんだかミョウな気もしますが?

 

「如」はお経の中では

「如如真如の法雨は…」

「真如法性」とか

「如実知自身」というように

また、

仏さまのことを如来ともいいます。

そして、如去とも、

孫悟空が持っている棒は

「如意棒」と、

お地蔵さまとか手の上に

乗せている玉は「如意宝珠」と

 

辞書には「如」とは、

ごとく。おなじ。らしく。

などの意味が出てきます。

 

先日のテレビで、

柔道の松本薫選手、

なかなかいいものをもっておられる。

試合が始まる前には男モードに

動作、茶碗の持ち方ひとつとっても

男のようなしぐさに、

そんな中での一言、

「私の持っている本物の柔道、

偽物はどこまでいっても偽物」

偽物の練習をどこまでしても

本物にはなれない。

なかなかいい言葉です。

よく説明はできませんが、

この「本物の柔道」ということが

「如」ということを

いい表しているようです。

 

修行も到達点からの出発といいます

一面には

段々に修行してということも

いえるのですが、

その修行する心においては

すでに仏の心を自分自身に

頂いているのです。

その仏の心でなければ

どんなに修行しても

それは偽物の修行を

積み重ねるだけで

本物にはなれないのです。

 

女に少ないと書いて「妙」

もともとの意味はくわしいとか、

美しいということがあるようです。

かすか。たえなる。言い表せない。

という意味になるようです。

 

仏教では「妙法」とか「微妙」とか

お経では「妙法蓮華経」と

かすかでたえなる教え

ということでしょう。

昔の人は面白いことを言ったもので、

「法華経は寝乱れ髪にさもにたり、

結うに(言う)に結われず(言われず)

梳く(説く)に梳かれず(説かれず)」

と、かけていっています。

仏さまの悟りの境地は

「離言の法性」ともいわれるように、

筆舌に尽くしがたい、

言葉をもってしても表現できない

ということをいうのでしょう。

 

あの、「アナ雪」のうたのように

「Let it go」ということも

(私にはレリゴーと聞こえるのですが?)

「ありにまま」と訳されますが

一面には、

「本当の自分」ということで、

「如」ということにあたるのでは

と思うのですが?

 

よく師匠から、

「そのままでいいのですよ!」

といわれ、

「ああ、このままでいいのですね」

といったら、

「そうじゃない。

このままではない、

そのままでいいのです」

といわれ、

なんだかとんち問答のように

思えるのですが、

 

このまま、そのまま、にしても

本当に微妙(ビミョウ)な

ニュアンスです。

やっていることは同じでも

本当に言うに言われない

ものがあるようです。

 

 

 

 

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五力

お坊さんが修行する実践項目に

三十七道品、三十七菩提分法

ということがあります。

お釈迦さまが定められた

修行の方法です。

その中に、「五力」という項目が

出てきます。

 

五力とは

信力・勤力・念力・定力・慧力

の五つです。

この五つの力は自分の悪を破る

ということに力がある

ということです。

簡単には、

信力とは信仰の力、

勤力とは努力する力

念力とは憶念不忘というように

聞いたことを深く心におもって

忘れないということ、

定力とは禅定に入り

心が定まったことから出てくる

力です。

最後の慧力は智慧の力ということです。

 

この力ということは

他から持ってくるものではなく

本来自分自身に

備わっているものです。

しかし、備わっていても

そのままでは眠った状態です。

やはり、それを見出すには

努力するということが必要です。

努力して作ったということでもなく

あったものを再確認するという

本来与えられていた能力を

もう一度見直してくるということです。

 

しかし、おもしろいもので

力を得た人は賜ったということを

知るのではないでしょうか。

自分が得たのではない

得て見ればそれは賜ったものだと

そういうことが言えると思います。

 

自分の努力で勝ち取るんですが

得て見ればそれは賜ったものだと

謙虚に受け取れるのでは、

自分が努力で勝ち取ったと

自分の努力で作り上げたと

そういっている間は

本当の力は出てこないのでは

ないでしょうか。

 

だから、力というのは身に付いた

ということでしょう。

「薫習」(くんじゅう)という言葉が

唯識の方でいわれます。

香りが身にしみて行く、

バラの花にハンカチを被せると

その香りはハンカチに移っている

そのように、良いことにしろ

悪いことでも、そのような環境にいると

自然に身に染まって行くものです。

 

力を勝ち取るには

努力が必要ですが、

努力した、といっている間は

身に染まっていないのでしょう。

その努力したことも

自然に忘れるように身に付いてこそ

本当の力になってくるのです。

 

力ということが自由自在に

発揮できるのは、

お経の中では「習い性になる」と

出てきますが、

もうそれが自然と習慣というか

習性になるまで身に付いてこそ

本当の力というものでしょう。

風習ということが行儀になり、

されが作法という、

作法が倫理になって初めて

真の力になるのではないかと

思います。

 

力という概念も

暴力のようなパワーもあれば

その力がハラスメントにも

なったりもしますが、

本来自分の中に潜んでいて

それが自分を超えるような

そして自分を見直してくる

そういう力もあるのです。

しかし、あるのですけど

そのままではそれこそ力を出せない

そこには努力が肝心要になってくる

ということがあるようです。

 

 

 

 

 

 

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力というのは勝ち取るもの

力というと、

権力とか金の力とか

はたまた暴力とかありますが、

経典の中にもよく出てきます。

 

六波羅蜜という修行、

布施・持戒・忍辱・精進・禅定

そして智慧と言う徳目があり

それに四つ加えて十波羅蜜

ということが言われます。

第七番目が方便波羅蜜

八番目が願波羅蜜

九番目が力波羅蜜

十番目が智波羅蜜というように

九番目に「力波羅蜜」と

力ということがでてきます。

 

また、大悲力とか方便智力とか

悲の力、智慧の力というように

これは、

強いというようなことではなしに

実践ということではないかと

思うのですが、

実践を通して出てくる力、

実践をくぐって力になってくる

そういう力だと、

力というものは

ただあるものではないでしょう。

寝転んでいて

あるというものではなく、

(普通でいう権威とか権力

 というものはそうかもしれませんが)

実践して勝ち取っていくものでしょう。

 

行によって勝ち取られたもの

「修行方便智力」

というように、修行によって

身につけて行く力です。

ただ与えられ取るものではない、

行によって勝ち取るところに

力というものがあるのです。

 

今の住職も住職ということを

勝ち取ったのでしょう。

彼なりの修行があって

それは因位の修行という

目に見えない影での修行が

あったのです。

だからこそ、

私としてもいやいや渡すのではなく

満足して渡すことができる

前の住職を満足させて

今の住職という立場を

勝ち取ったのです。

 

今頑張っている当院の

「宗良君」

見ていると、ひとつひとつ

与えられたことを自分のものにして

自分の立場を勝ち取っている

そのように見えます。

 

誰でもそうです。

与えられたことをどう料理するかは

自分次第、

そして勝ち取らなければ

それは自分のものにはなりません。

それが修行といえるのでしょう。

 

修行は修業とも書きます。

修業は花嫁修業とかあるように

学問や芸事などを習うことです。

修行は、

教えを身にたもって修め習い

実践すること

仏教では悟りを求める心を発し

達成するために修行する。

と仏教辞典にはあります。

そしてその修行の長さが

一つの例として、

 

声聞は三生六十劫とあります。

三度生れ変り、六十劫も修行する。

一劫は四里四方の立方体の石に

百年に一度天女が舞い降り

踊りを踊って、その天女の衣で

石がすり減って、無くなった、のを

一劫というのです。

 

軽く修行といっても

そんな半端なものではなく、

自分一代の修行なんて

簡単なものではなく、

人類をかけての修行のようなものです。

そんな途方もない修行

自分がしなくても、ではなく、

それでは、

「いつやる、

        今でしょう!

誰かがやる、

        自分がやる!」

ということなのです。

 

与えられたことは

失くしてしまいます。

自分で勝ち取ったものは

身に付いて自分の力となる

ということです。

 

 

 

 

 

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しおさいの音が聞こえてくるような…

見るからに涼しそうな花が

はいりました。

 

 

面白い構図です。

作るのは、ちょっと工作のようで

結束バンドで結んだりと

難しさもあったようです。

 

 

意外なところに貝殻があったり、

 

 

一見するとばらばらのようでもあり、

その空いた空間が涼しさを醸し出したり

如何にも夏向きの花!

ここのところ連日、30度越え

この暑さには

ピッタリの花のようでもあります。

 

 

足もとの葉の上にはビー玉

 

その葉の下に隠れて

 

 

貝殻があったりと、

 

 

でんでん虫も青い枝の上を

歩いていたり、

まあ、楽しい花が活けられました。

 

 

上からの姿も   Good

色合いもいいですね!

緑に青に黄色に白

まさに夏の色にピッタリのようです。

 

夏場は日持ちがしませんが

しばし、涼を頂いています。  

 

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キキョウにトンボがやって来た!!

小さなトンボがとまっている、

 

 

まだ子供のトンボか?

風が吹く中、花の揺れに乗じて

その動きを楽しんでいるよう。

 

 

何とかアップで撮りたいと

カメラを望遠にしてみても

どうもうまくいかない??

 

 

全部ピントが合わない!

おかしなこともあるものです。

 

トンボは、

昔からトンボに乗ってご先祖さまが

帰っていらっしゃるという

その生態はそうではないのかも

しれないが、

幼虫はヤゴといい、ボウフラとか

餌が少ないと共食いして

強いものが生き残る。

成虫になると六本の足を輪っかにして

蚊とか飛んでいる虫を捕食する、

という、結構、獰猛な虫なのです。

 

しかし、お盆の頃無数に飛んでいる

トンボを見ると

なんとも懐かしく、トンボに乗って

ご先祖さまがいらっしゃる

そのような気持ちになるものです。

 

住職の父が亡くなった時も

大きなトンボがやって来て

本堂から出て行こうとしない

常夜灯に止まったり、

本堂の内陣を行ったり来たり

玄関の扉を開けても

天井に止まりこちらを見ているよう

ほんとうに不思議な光景です。

 

昨日、母の好きだった

「スイフヨウ」を眺めていた

というわけでもないと思いますが

早速やって来た

このトンボ、

アップで撮りたいと

別のカメラを取に行った隙に

姿を消してしまった。

その付近にいるのかと捜したが

本当にいたのかと思うくらい

気配まで消してしまった。

 

まあ、なんとも不思議なトンボとの

出会いでした。

 

 

 

 

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スイフヨウ

今日も暑い一日でした!!

日が沈みかけるころ

風も涼しくなり

今日の一日無事に過ぎたことを

しみじみ思っていると、

 

 

母の好きだった「スイフヨウ」の花が

とても身近に迫ってきます。

 

 

朝咲いて、夕方にはしぼんでしまう

この花も今日の暑さに耐え

これからこの花の後じまいでしょうか?

 

 

酔ったように赤くなるところから

この名前「酔芙蓉」ということを

母が教えてくれました。

 

 

スイフヨウも「水芙蓉」と書くと

ハスの花のことだそうです。

 

 

一日の命ながら

もうその下には次々と蕾が

準備をしているようです。

 

キキョウの苗も買い求め、

 

 

わが家でも植えてみました。

 

 

強い花で根はごぼうのようになり

お隣の韓国では食用もあるとか、

そして「トラジ」というのだそうです。

西京極幼稚園のお遊戯会の

「トラジの花」の歌が耳に出てくるようです。

 

 

蕾の多いキキョウを求めましたので

次々と花を楽しめそうです。

 

なんだか、…

思い出深い花に接し

ちょっといろいろなことを

思い出しておりました。

 

 

 

 

 

 

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キキョウ

梅雨も開け、昨日今日と34度と

一気に真夏の太陽が照りつけます。

 

 

それでも風があるせいか

肌には気持のいいものです。

 

いま、あちこちで「キキョウ」の花が

見ごろを迎えています。

梅雨の頃であれば

しっとりとした紫色にまた格別な

思いも出てくるでしょう。

 

 

暑い日差しに照らされて

光り輝く紫色です。

 

 

ちょっと日陰になると、

微妙な紫色の変化が楽しめます。

 

京都の西に位置する「亀岡市」

ここは明智光秀に縁の地でもあります。

光秀の家紋は珍しい

「水色桔梗」と色のついた家紋です。

 

 

美しい盆地になっていて、

光秀が築いた亀山城もあります。

光秀は主君殺しという汚名を

残していますが、

今また、見直されてきています。

この地の人々にとっては名君で

いろいろな政策を行ったようです。

そして、「家中軍法」という

軍団の規律秩序を記した法度を

いち早く定めて、

それが他の武将にも取り入れたようです。

しかし、

なぜ「本能寺の変」を起したかは

いまだ謎のに包まれています。

 

明智光秀の首塚というものが

 

 

 

亀岡の「谷性寺」(こくしょうじ)にあり、

 

 

 

そのお寺の前には5万株にも及ぶ

 

 

 

「キキョウ」が見事に花開いているのです。

 

 

中には「白いキキョウ」もあり、

ふと足元を見ると、

 

 

 

小さなカエルたちが

あちこち飛び跳ねています。

また、

 ユリの花も見事です

 

 

今が見ごろを迎えています。

仏さまにあげるには絶好の花では、

それなりの存在感もあり、

 

 

またアジサイもあり

歴史を感じつつも

花の美しさに目を奪われてしまいます。

 

 

やはり夏の花は「ヒマワリ」

今日も元気にお日様に向かって

顔を向けていました。

 

亀岡や福知山の人々にとっては

明智光秀はとても慕われた方で

その功績は目を見張るものがあります。

その徳を偲んで今でも「光秀まつり」が

開かれているということです。

NHKの大河ドラマでも

取り上げて頂いて

新しい明智光秀像を見てみたいものです。

 

 

 

 

 

 

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ロイ!?

お経というか、お参りの作法の中に

カタカナで「ロイ」とか「十寸」という

言葉が出てきます。

まあ、略字というか

普通の人が読んでも

分からないようにしたものか

独特の略字があるのです。

 

「ロイ」と書いて

「口伝」ということです。

「伝」という字の「云」を略して

カタカナで「ロイ」と書いてあります。

口伝ということですから、

ここは師匠に直々に口伝えに

聞いてくださいよ!

ということです。

 

また、

仏教用語はいちいち書くと難しく

筆記していくうえで

独自の略し方をしたのです。

「十寸」ということも

一見何のことやらと思いますが、

これが「本尊」ということです。

本の中の「十」だけをとり

尊の下の部分の「寸」だけを

抜き出したのです。

 

お寺の名前でも

醍醐寺という醍醐も難しく

「酉酉」と略して書いています。

「菩薩」もよく出てきますので

簡単にクサカンムリを二つ重ねて

表し、

その二つ重ねたクサカンムリの

横に「、」点をつけて菩提と

略したのです。

講義を聞くときにこうやって書くと

とても時間短縮になります。

 

カタカナももともとはお坊さんの

講義を聞く中で暗黙の了解として

字を簡略化したことから

生まれたともいわれています。

 

それとは別に

真言宗は密教ともいわれるように

一般の誤解を避けるために

あえて、「ロイ」口伝ということが

重んじられたのでしょう。

昔の歌に、お経というものは

「寝乱れ髪にさも似たり

結うに結われず、解くに説かれず」

と表現されたように、

「言うに言われず、説くに説かれず」

と、かけて表現し、

そこにむつかしい問題が残ります。

 

「言わなければ分からないし、

言えば誤解して受け取る」

般若心経にもあるように

「一切顛倒」(いっさいてんどう)

と、

仏さまの目から見たら

私たちは逆さまになっている

ということなのでしょう。

そこに、言わなければ分からんし

言えば誤解するという

ことがあって、

説く方も慎重になって

誤解を防ぐ意味を込めて

「ロイ」ということにしたのかもしれません。

 

しかしもっと考えてみると

玄奘三蔵が訳したお経に

「解深密経」というものがあります。

特に唯識を勉強するときには

とても大切な経典です。

を解くという意味でしょう。

何も隠しているということが

秘密ということではなく

秘密ということは表現が不完全である

ということも言えます。

ここでいう「密教」は

「不了義経」といわれ

本当のことを説かれた教えは

「了義経」といわれています。

私たちに解るように説いたために

まだ道理を完全に説いていない

ということで「不了義経」と

いわれるのです。

 

仏さまの悟りの内容は

いわく言い難く表現できない

ということで、

出来ないものは不完全である

ということで「不了義経」といったのでしょう。

そこのところを説いていく

ということで、

「解深密教」という経典が

とても大切になってきたということです。

 

「ロイ」とあえて言ったのも

深密なる教えを説くということで

筆舌に尽くしがたい

そういう意味合いもあって

こういう表現をしたのでしょう。

口伝として、

いわく言い難い教えを説く

ということは、そこに

師匠の力量が問われるところでしょう。

 

まあ、仏教には

面白い表現もあるものです。

 

 

 

 

 

 

 

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祇園祭・太子山

不思議なご縁で呼んでいただき、

 

 

太子山というところへお邪魔しました。

足を進めると

 

 

太子山の駒形提灯が見えてきます。

 

 

並んでいる鉾や山からいうと

一番南の西にある山です。

四条からというより五条からの方が

近いところに位置します。

 

 

店先には山の飾りが荘厳され、

お招きいただき、家の中へ

もう何百年も続く「奇應丸」のお店です。

思い出すような低い天井

夏に合わせてすだれが掛けられ

畳の上には葦簀が敷かれています。

 

美しい枌(へぎ)の上に盛られた

お赤飯と鯖寿司

別皿には夏野菜の盛り合わせ

とても美味しく、

また冷えた冷酒も頂き、

ご一緒の方々との話も弾み

 

ちょど、

お茶を作っておられる方の

貴重な話も興味深く、

その方は、

 

 

荷茶屋(にないじゃや)といって

祇園祭の巡幸の中で

お茶を点ててお出しするという

お役目の方でした。

この中には風呂釜、水指、茶碗、茶筅と

道具が一式入っている

担ぐと結構重たく、

担ぎ手の方が4,5人で交代で

担いで行くということです。

 

「太子山」とありますから、

お祀りしてあるのは聖徳太子です。

聖徳太子が若い頃、

四天王を建てるために材を探して

山に入られ、

その時の木が「杉」ということです。

 

 

他の山は「松」が飾られてあるのですが

「太子山」だけは杉が祀られています。

それで、「粽」(ちまき)も杉の飾りが

あしらってあります。

 

 

粽もそれぞれの山によって

いろいろの工夫がされていて

それを見たり求めるのも

面白さの一つです。

昨年は「黒主山」の粽を飾りました。

 

せっかくでしたので近くの山を

 

 

芦刈山を拝見、

前飾りの「ライオン」も面白い

意匠です。

 

 

そして、その横の飾りも面白い!

動く美術館といわれるだけあって

それぞれの図柄は美しさと同時に

不思議さも感じます。

 

 

展示してある衣装は重要文化財

歴史の重みを感じます。

 

そのなかで、「くまモン」が14日

地震発生から4ヶ月ということで

「山伏山」に登場して

震災復興を呼びかけていました。

 

山鉾巡行は露払いのようなもので

悪霊や厄災をからめ取って

山や鉾に乗せて集め

終わるとすぐに山鉾は解体され

てしまいます。

今日の夜が本番の神輿渡御が

八坂神社から御神輿が出て

四条寺町の御旅所まで

迎えるというのが

本当の祭りのようです。

 

今回は不思議なご縁で

祇園祭のほんの少しだけ

内側をのぞかせて頂いたようで

とても貴重な経験になりました。

 

 

 

 

 

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践祚(せんそ)

あまり見かけない文字ですが、

天皇の歴史とか見ていると

よく出てくる言葉です。

 

「践祚」

天皇の位を引き継ぐということです。

「践」セン、ふむと読み、

文字の語源は「展」からきているようで

実地に足跡をつけて巡り歩く

ということがもともとの意味のようです。

そこから、

「ふむ」→「位をふむ」→「位につく」

というように意味が変化しています。

「祚」ソ、さいわい・くらい、と読み

もともとは「さいわい」・「しあわせ」

という意味で、

そこから「くらい」、「天子の位」

というようになったようです。

 

今の天皇陛下は終身ということで

亡くなられてから

位を引き継ぐというように

なっていますが、

明治以前は生きているうちに

位を引き継ぐということが

ほとんどで、

そこから、「践祚」という言葉が

頻繁に出てきます。

 

昔は非常に若くして、10歳位とか

で、位を譲り

本人は上皇とか出家して法皇

になり、

実質の政治は上皇が政(まつりごと)

をするといようなことが多かったようです。

 

戒名でも「院号」ということが

なにかと取りざたされますが

本来は天皇が位を譲り

自分は出家して一つの院をかまえ

そこから政治をしたので

「院政」という言葉も生まれましたが、

 

出家しても寺を造るということは

大変で、

寺よりも寺格の下の「院」を造った

のが始まりです。

「寺」というのは本来七堂伽藍を

備えたものを指したのでしょう。

いろいろ宗派とかによって

違いはありますが、

塔・金堂・講堂・鐘楼・経蔵・僧房・

食堂(じきどう)の

堂塔をそなえたものを寺といった

ようです。

 

出家して寺を建立するのは

まずできないので、

本山とかの塔頭(たっちゅう)にあるような

「院」を造りそこに住まいして

また政を執ったということで

「院政」という言葉も生まれ、

その住まいの名を取って

「○○院」と呼んだのが院号の

始まりです。

白河天皇が出家して白河法皇となり

その住まいを白川院と呼んだように

また、金閣寺も正式には

「鹿苑院・金閣」といい

足利義満の院号が「鹿苑院」から

その名前が付いたのです。

 

昔は院号が付くということは

本当にお寺を建立したのです。

今はそれに代わって

お寺に対してそれほどの功徳を

積んだということで

院号が授与されるのでしょう。

 

践祚ということも

昔は、

政治的な絡みとかいろいろあって

よく頻繁に行われたようです。

今回、天皇陛下の願いにより

生前に位を譲りたい

ということが話題になっています。

天皇陛下が位を生前に退位される

ということは大変な大きな問題を

含んでいるのでしょう。

 

 

 

 

 

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