本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

いのちのあかし絵画展

2017-01-20 21:03:32 | 住職の活動日記

熊本の菊池恵楓園の絵画展が

京都で行われています。

恵楓園とは深いご縁がありまして

祖父の代からお邪魔しています。

恵楓園開設当時からでしょう。

息子の住職を入れると

4代にわたりお参りしています。

 

とても身近に感じ、

早速絵画展へ足を運びました。

 

 

東本願寺の「しんらん交流館」の

ロビーに展示してあります。

 

 

とても明るい色が目を引きます。

画に添えられた

「海は広い 大きい

魚はおしゃれ だから魚大好き

自由でいいな」

この文句にも、わかりやすそうで

その心情を思うと

恵楓園という場に置かれた

そのご苦労が伝わってくるようです

 

 

九十九島の画も明るい色使い

長崎出身の方にとって

自慢の景色だったのでしょう。

 

 

「生の輪廻」という題が

付けられています。

『この病気になってなげやりに

なったり、落ち込んで気持ちが

弱くなったりしました。

こうした生活に打ちひしがれないで

この人生に勇気を持って

立ち向かって、

負けずに生きて行こうと、

そのときそのときの精一杯を込めて

描きました。』

と、書いてあります。

 

 

故郷の神社を思い出して

描かれたのでしょう。

「故郷の社」と

題が付けられています。

 

 

「遠足」という題です。

6歳でハンセン病を発病し、

学校に通ったのは1年足らず、

学校ではいじめられて

泣いてばかりいたそうです。

満開の桜を見に列を作って

菜の花畑を歩いた遠足は

友だちと行動を共にした

唯一の記憶だそうです。

らい予防法が廃止された年

作者の方が82歳の作品です。

82歳とは思えない若々しい

構図と色使いに驚きます。

 

 

「鎖」という題です。

恵楓園内に残っている監禁室と

隔離の壁が描かれています。

らい予防法廃止後に描かれた作品ですが

作者は、

「差別は絶対になくならない、

口に出さないだけでその感情は

ずっと残っている」

と、いつも穏やかな方ですが

珍しく断言されていました。

 

 

「日向ぼっこ」

のどかな写真ですが

このが描かれたのも

80歳を過ぎてからということです。

生きてこられた人生を思うと

察して余りあるものがあります。

 

 

猫(愛娘)とあります。

このネコちゃんが友となり

娘となって一緒に生き抜いて

こられたのでしょう。

 

『生きんとね。

生きて生きて、

生き抜くばい

それがわしらのプライドだけんね』

 

という言葉が身にしみてきます。

 

東本願寺としても

立派なパンフレットもつくり

力を入れておられます。

ぜひ足をお運びください。

1月29日までです。

入場無料。

 

 

 

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「オノレ・ツチノト・コは下に付き…」

2017-01-19 17:47:28 | 漢字

似たような字を解りやすく

おぼえる方法として、

「オノレ・ツチノト・コはしたにつき

ヤム・ノミ・スデニはなかばにて

ミはみなつく」

と、歌にしておぼえました。

「己」・「已」・「巳」

一見するとよく似ていますが

よく見ると違っていて

意味も全く違うものになります。

 

今、巷では

「アイ ハブ アペン」

とかいうことが話題ですが

英語の場合、「私」というと

I(アイ)という一字で済むようですが

日本語の場合、

「我」・「吾」・「余」・「予」・

「私」・「自分」

といろいろ使い方もあるようです。

 

「迷う」という字

仏教でもと手重大切な言葉です。

ある人がこの字を見て

「米を食って、走り回っている」、と

食べるだけ食べて、方向も持たず

いたずらに走りまわっている。

迷いの姿をよくいい表しています。

 

迷津(めいしん)と、

こういう使い方もします。

津、というのは渡し場

この迷いの世界から彼岸の浄土へ

渡す渡し場ということです。

 

「迷」というのは本当のことが

わからずに誤ったとに執着している

ということです。

その時、問題になるのは

自分が執着してしまうことです。

そのことを「我執」といいます。

この我執ということが煩悩より

やっかいなしろものです。

なんでもないことにも

意地を張って固執してしまいます。

そして譲らない!

 

この「我」という字も

あまり、

いい意味では使われないようです

もともとの字の成り立ちも、

ころすという「殺」からきているようで

その音を借りて自分ということに

なったようです。

我利我利とか我欲、我執に我慢

また我武者羅という字もあり

いい意味の言葉はないようです。

 

「私」という字も

禾編が付いているので、

年貢として納めた米の残り

が自分のものになった

というところから

「私」という字ができたようです。

意味の内容も広く、

よこしまという意味もあり、

わたくしする、とか

ひそか、という意味もあるようです。

私利私欲、というこもあり

どうも「私」という字も

反対の言葉には「公」があり

自分中心的なニュアンスが

強いようです。

 

わたしを表す言葉として

「自分」の「自」という

字があります。

鼻の形に似た象形文字で

鼻を指して「この自分」という

意志表示から

この字が生まれたようです。

自由自在とか

「自由」ということも好き勝手

という意味もありますが、

自らに由る、と読めば

自分の責任において行う

という意味になるようです。

 

また、仏教では自然(しぜん)と

読まないで、

「じねん」と読みます。

「自然法爾」という言葉もあります。

自覚という言葉もあり、

自ずから覚る、と

自己という使い方もします。

「自己を尊重せよ」と

洛南高校の校訓にも出てきます。

 

わたくしという自分ということも

我とか私という個人的な

意味合いもあり、

みずからという自立というか

己が立つという意味合いも

あるようです。

 

我というと我執ということもあり

小さな自分に閉じこもっていまう

公的な自分というと

自己とか己という主体性が

出て来るようにも感じます。

 

まあ日本語の意味合いになると

多種多様、

わたしということも

色々な変化がありおもしろいものです。

 

 

 

 

 

 

 


 

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美しく伸びる木瓜(ボケ)の線

2017-01-18 18:22:55 | フラワー

花の世界ではもう先取りして

春の花が活けられます。

 

 

今年最初のお花が活けられました。

両方に伸びるボケの枝ぶり、

枝には小さなピンクの花が

ついています。

 

 

このボケの花も原産国は中国

平安時代には日本へもたらされた

ようです。

 

 

中心には花の塊を配置して、

ボケの線で大きさを出しているようです。

 

 

水仙も入っています。

 

 

右からの姿も面白い、

 ボケの花も名前の由来は

木に生る実が瓜に似ているところから

木の瓜と書かれ、

木瓜をモッケと読みボケになった

 

また、花言葉としては「先駆者」

という意味もあるようです。

織田信長が木瓜の花を家紋に

したところから、そのような花言葉が

ついたそうです。

 

木瓜は春の季語ですが

寒木瓜となると冬の季語

 

『寒木瓜や 外は月夜と

   きくばかり』

 

という句もあります。

 

夏目漱石は

 

『木瓜咲くや 漱石拙を守るべく』

 

と詠んでいます。

また、『草枕』では

「世間には拙を守るという人がある

この人が来世生まれかわると

きっと木瓜になる。

余も木瓜になりたい。」

と書いています。

 

木瓜の花は葉よりも先に

咲きだし、ピンクの美しい姿です。

庭の片隅にありましたが

枯れたような枝に出てくる

可愛い花はどことなしか惹かれる

ものですね。

 

 

 

 

 

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長浜盆梅展

2017-01-17 19:53:18 | 住職の活動日記

トンネルを抜けるとそこは雪、

京都を出る時は晴れ

しかし、笠置山トンネルを抜けると

仕切りに雪が降り出しました。

一路、長浜へ

 

 

「盆梅展」の会場「慶雲館」です。

雪の積もった門をくぐると

 

 

一面の雪の庭

大きな石の割れ目には南天が

 

 

雪のなか、一輪の椿が咲いています。

 

 

玄関を入ると圧巻の梅の盆栽が

迎えてくれます。

盆栽というから

小さなものを想像していたのですが、

 

 

なかなかの大作ばかりです。

 

 

もう紅梅も咲いています。

ひと足先に春の空気です。

 

 

大きいものでは700キロもある

ということです。

途中には入れ替えがあり

抱え上げて、ということです。

 

 

上の梅も横から見るとまた違った

風情を見せてくれます。

 

 

こういう小降りの盆栽もあります。

 

ふと外の庭に眼をやると

 

 

ちょうどいい雪景色がまた違った

趣を見せています。

 

 

幹は枯れたような姿なのですが

その先からは若々しい枝が

伸び花芽を付けています。

 

 

横の案内には

「紅梅の如き蕾かな」

という一首が添えられています。

 

 

「比翼の鳥・連理の枝」

という、白居易の『長恨歌』を題材にした

仲良く並んだ梅です。

夫婦の仲睦まじい姿を歌ったものです。

 

 

一見、古木の幹は割れて

もう枯れ果てている姿なのですが

このような花を咲かせています。

 

 

これは珍しい、中国が原産という

「金銭緑咢」(きんせんりょくがく)

という緑色の梅です。

 

 

また、一本の木から白とピンクが咲く

梅もあります。

 

 

「黄金梅」という

 

 

咲いたら黄金の色の花を

膨らませるのでしょうか。

 

なかなか、凄い盆梅展です。

もう一度、訪れたい展示会です。

次には満開の梅を見ることが

出来るでしょう。

 

 

近くの長浜城も雪景色

琵琶湖の北に位置する長浜ですが

豊臣秀吉が築いたお城、

琵琶湖は交通の要衝でもあり

ここに居を構えたのでしょう。

もともとは今浜という地名

信長にちなんで「長浜」と改名

したということです。

 

 

 

長浜名物、「鯖そうめん」も

絶品です。

ちょうど「ニシンそば」のような

鯖を甘辛く骨まで食べられるよう

炊き締めてあるのは

生臭さもなく、そうめんとの

相性も抜群です。

おすすめの逸品ですよ!!

 

 

 

 

 

 

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ハーバードグリークラブ&京大グリークラブ

2017-01-16 17:29:48 | 住職の活動日記

珍しい演奏会がありました。

ハーバードグリークラブと

京大グリークラブのジョイント

コンサートです。

 

 

岡崎公園のロームシアター京都の

南館で行われました。

 

 

面白かったのは京都大学グリーの

「高野山 金剛流ご詠歌の響き」

ご詠歌のご婦人方との共演?

と思いきや、

ご詠歌を合唱として歌われる

般若心経に始まり、

般若心経も音楽風に編曲するのか、

というとそうではなく、

綺麗な声で般若心経を唱えるという

ものでした。

私たちもしわがれた声でなく

こういうふうに音楽の発声として

唱えることができたら

素晴らしいのではないかと思います

 

次に「いろは歌」、そして

「相互供養和讃」と、

 

『一樹の陰の雨やどり

一河の流れくむ人も

深き縁(えにし)の法(のり)の道

歩むに遠き行く手をば

情けに包む人の慈悲

供うる人も受くる身も

共に仏の御光(みひかり)を

受けて輝く嬉しさに

施主の功徳を讃えつつ

お御名唱えて報いなん

南無大慈如来尊

南無大師遍照尊』

 

というご詠歌ですが

とても好きなご詠歌です。

片やアメリカで一番古く歴史のある

ハーバードのグリークラブに

ご詠歌をぶつけてきたか!

 

ハーバードはとても明るく

身体でリズムを取ながら

楽しく歌う姿はさすが!

というところです。

 

3部は合同で

それぞれの愛唱歌を歌う

「最上川舟歌」の

『エーエンヤーエー…

ヨイトコラマカショ

エンヤコラマカショ…』

というとても気持のいい掛け声

これをハーバードの学生たちが

とてもノリノリで歌っている姿は

なんとも楽しいものでした。

 

4年に一度の世界ツアー

3つの合唱団が一堂に会して

総勢65名の歌声は圧巻でした。

 

外に出てみると

 

 

岡崎公園は一面の雪

 

 

平安神宮も雪のなかに

静かに佇んでいます。

 

この寒さもなんのその

熱い演奏を有り難うございました。

 

本当に、

ご詠歌ではないですが

「深き縁の法の道」

とあるように

こうやって聞かせて頂くのも

こうやってはるばる日本へ

お見えになったのも

「共に仏の御光を

受けて輝く嬉しさに」

ということのように感じました。

 

 

 

 

 

 

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雪景色

2017-01-15 16:00:20 | 住職の活動日記

朝から雪道を走り、

雪の怖さを少しだけ体感して、

じっくり雪を眺める余裕もなく、

ふと庭に眼をやると、

 

 

朝日に映えて、

山法師には雪が積もり

美しい雪のツリーを見せています。

 

 

塀の上に積もった小さな雪

なんだか、

小さな御鏡さんが並んでいるようで

これも面白い表情です。

 

しまった!、と思ったのは

シクラメンは寒さに強いといっても

零下になるような寒さは

堪えたのではないでしょうか、

 

 

しんなりしてしまって、

花はたれてしまいました。

ゴメンナサイ!

外の玄関先から中に入れました。

昼過ぎ頃にはややもたげて、

少し元気を取り戻してきた様子です。

 

昼からは日も照ったりで

道とかの雪も融けてしまいました。

こちらはこれくらいで済んだので

よかったのですが、

東北とか北海道の方々は

本当に大変だろうと

お察し申し上げます。

 

 

 

 

 

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スタッドレスタイヤ

2017-01-15 08:37:57 | 住職の活動日記

一応、

冬になるとスタッドレスタイヤに

交換します。

あまり、利用する場面に

ぶつかりませんが、

昨日今日の雪には大助かりです。

初めてその威力を体感!!

 

 

今朝6時前、起きてみると

一面の銀世界、まだ雪もちらつく、

道路状況を確認すると、

通行止めはなさそう。

雪の中を大阪空港へ、

途中横転している車を横目に

そろそろ、注意深く、高速道路へ

高速に上がると、走っているせいか

除雪剤のお陰かさほど雪はない、

けど、降りしきる雪が

一面銀世界に変えていく。

 

時間通り7時には空港へ到着、

空港周辺もお見送りの車で

ごった返している。

道がふさがってしまうほどの

車の多重駐車、

無事にさよならを言って

いったん帰路へ。

 

横転していた車を横目に

行くときは見過ごしていたのですが

なんとその車が高速の入り口を

ふさいでいたのです。

地道で吹田インターまで、

地道は積雪もあり、

ノーマルタイヤの車が多いせいか

20キロも出てないほどのスピード

途中、

こちらを向いているトラックに

出くわす、

なんで??、と

どうもスリップして一回転して

こちら向きになった様子です。

何とか高速に乗ると、

車はスムースに流れている。

やはり地道が危ない、

 

 

このような状況です。

轍の跡に乗っかるように走り、

アクセルも足を置いてる程度に

急な踏み込み、急なブレーキは

禁物です。

 

 

給油のためスタンドに立ち寄り、

まあこの雪ではスタンドには

車は全くいません、

道を走る車は

本当に歩くくらいのスピードの

ノロノロ運転です。

 

 

近鉄特急もゆっくりしたスピードの

ようですね。

 

 

今回初めてスタッドレスタイヤの

威力を思い知りました。   

こちらでは年に一回か二回

必要のようですが、

やはり、

冬はスタッドレスを履くに

限るようです。

 

8時というのにまだ外気温は

 

 

マイナス2度、

 

 

タイヤの跡を見てみると

雪に食いついている様子を実感。

 

 

この雪では車が走った様子は

ありません。

 

 

帰ってみるとナンバープレートも

雪で全く見えなくなってしまいました。

 

しかし、今回はスタッドレスタイヤ

ちょうど昨日から本蔵院住職、

紗和ちゃんと一緒に

お泊りということもあり

肝心な時に一番役に立ってくれました。

 

 

 

 

 

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北風吹きぬく 寒い朝は…

2017-01-13 17:32:49 | 住職の活動日記

一番の寒波襲来とか、

きびしい寒さが続きます。

風が吹かなかったら

さほど寒さもとおもうのですが

吹き抜ける風は尚更寒さが

身に堪えます。

 

フランスの光明院・融快さんより

お年賀を頂戴しました。

返事を出しに郵便局へ、

億劫がって部屋にいると

それだけのことですが、

一歩外へ出てみると

いろいろ驚きやら見るものが

あるものです。

 

 

いつもの「小山園」のショーウインドー

正月、酉年にちなんで

『御慶呼』 という文字が

 

 

ちょっと洒落てこれで

「コケコッコ―」と読むようです。

 

 

下には大服茶の茶碗と茶筅

たっぷりのお茶を上がってください

ということでしょう。

 

 

裏に回るとお茶の木が育って

早いところではもう、

一番茶の茶摘みがあったと

新聞にでていました。

 

 

可愛いお茶の花も

 

 

茶畑の後ろは

これから茶畑を覆う藁が準備

されています。

 

ここからちょっと足を進めると

 

 

小さな池が、空気を入れる

水車が待っています。

養殖でもしているのでしょうか。

 

池のほとりには

 

 

シラサギ、アオサギ、それから

名前はわかりませんが、

 

 

茶色い色した鳥や、

 

 

頭の黒い鳥たちが

もうすぐしたら夕ご飯の目星を

付けているのでしょう。

 

 

今年は酉年、

いろいろな鳥たちに出会えた

のも、たまたまの散歩が

いい機会になりました。

 

 

そして、時ならず

モミジの紅葉にもであい、

 

 

ほんとに真っ赤なもみじです。

 

ほんの小一時間の散歩でしたが

億劫がらずに出てみると

いろいろ発見もあり、

出逢いもあるものです。

 

明日からは更に

冬将軍が大暴れの様子、

どうぞお大事に過ごしてください。

 

 

 

 

 

 

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虚無之身 無極之体

2017-01-12 17:03:25 | 住職の活動日記

なんだか、昨日夢の中で

この言葉が出てきました。

「こむのしん、むごくのたい」

という、…

なんだろう??

とても難しい言葉、

出てくるということは以前どこかで

聞いた言葉なのでしょう。

漢字もあてずっぽうながら

虚無(こむ)、無極(むごく)

ということが浮かんできました。

 

起きて早速、調べてみると

どうも『無量寿経』というお経の

一節のようです。

 

どちらも「身」、「体」と

身体という字が入っています。

身(み)ということが仏教では

とても大事な概念です。

 

弘法大師も、「即身成仏」

ということを言われています。

身が成仏するのだと、

心が成仏するとは

言われておられない。

 

よくものごとは思いようと

言われる方もいらっしゃいます。

けど、心だけの問題でもなく、

身ということをとても重要に扱います。

 

よく、スポーツ選手の方の話を

聞いていると、

努力の先に未来がある、とか

やはり身体ということを、

身体が覚え込むまでとか

心でいくら、ああだこうだと思っても

身体がついてこなければ

なんにもなりません。

 

三帰依文のなかでも

「この身今生(こんじょう)

において度せずんば」

と、この身、

ということが出てきます。

やはりここでも「この身」という

言葉おさえてあります。

 

以前、檀家の方に熊大の皮膚科の

先生がいらして、

話しの中で、体内とはどこを指すのか

胃とか腸は普通は体内と考えますが

人間の皮膚は一枚皮で出来ていて

実は皮膚は口から喉、胃そして腸と

つながっていて、

出来ないけれども、

くるりと引っくり返すことができると

すると胃も腸も一面には体外と

いえるのではないでしょうか。

 

私たちが生きているということは

空気を吸い、食物を頂き

それを栄養として生きている。

命とは何かと考えた時、

呼吸をして、食べものを食べ

それが体内に取り入れられ

エネルギーとなり

細胞が栄養を取り入れ老廃物を

外に出す、

この働きがいのちのハタラキでしょう。

 

すると、

私たちが生きているということは

外にある空気や食物を

肺や胃や腸で交換している。

常に交換して一つとして

同じものはない。

短いものでは皮膚

長いものでは骨、

骨は一年でその細胞が

入れ替わるそうです。

 

細胞レベルで考えると

わたしという人間は

一年もすれば

すべて入れ替わっている。

 

自分自分とヤケニこだわって

自分に固執していますが、

意識だけはあるのですが

その実態の体という細胞は

すべて入れ替わっているのです。

 

そして、

自分という存在は

小さく自分として

まとまっているのではなく

外には広く空気という世界

あらゆるいのちを自分のものとして

頂戴して生きている。

 

そうすると、

小さな自分ではなく

自分の命はあらゆる

大きな世界とつながって生きている

 

だから、固執すべき自分は

ないというのが、

本当の姿である、と

分別で苦しむのではなく

分別したことに固執して

そのことによって苦しんでいる

煩悩とか分別とかで

煩悩するのではなく、

固執することで苦しむと

だから固執を離れるということに

最大の力を注がなければ

そのためには固執するという

実態をよく見きわめる

ということが肝心です。

 

話しが飛びましたが

「虚無之身 無極之体」

ということは、

私たちの身体ということは

広くあらゆる世界とつながりを

持って生きている

ということではないかと??

 

なにせ夢のなかでの話

でしたので、

とりとめもないことになりましたが

身体ということを考え

自分が固執すべきものは

何もない、

一年もすれば自分の身体は

細胞がすべて入れ替わっている

ということですので、

そのようなことを考えていました。

 

 

 

 

 

 

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追慕抄 九条武子

2017-01-11 20:59:03 | 住職の活動日記

「いだかれて ありとも知らず

おろかにも われ反抗す

大いなるみ手に」

 

という歌を何かの折に知り

この歌によって「九条武子」という

方を知りました。

 

私たちは知ると知らずにかかわらず

なにか大きいものに背きつつ

生きているような気がします。

本当の自分に出会わずに

かえって、本当の自分に

背きながら生きているのが

私たちのようです。

 

 

龍谷ミュージアム、

京都の町並みに調和しながらも

内部は近代的要素を

取り入れた建物になっています。

 

 

受付も階段を下りて、

地下一階がそのロビーです。

 

「この展示会を待っていたのよ!」

と、受付に老婦人

九条武子の歌をそらんじて

受付の方に気持ちの程を

伝えておられます。

 

 

九条武子、2月7日がご命日

今年で90年になるそうで

それを記念しての展示会です。

 

まず3階まで上がり

そこから常設展の

「インドから日本へ、

仏教の思想と文化」

を見ながら、2階の

九条武子展へまいります。

ちょうど行ったときが時間が

良かったのか、

「九条武子の生涯」の映画が

当時の写真を編集したもので

活躍されている様子を

見ることができました。

 

なんとなく、九条武子という方の

アウトラインが見えてきます。

 

 

ここの展示館なかなかの設備で

3階の一角には小さな映画館を

備えています。

映画が終わるとスクリーンが上がり

その向こうには本願寺さんの甍が

見えるような

粋な計らいに作らています。

 

本当は、

最初に知った歌がどのような

背景でいつ読まれたのか

そういうことが知りたかったのですが

他の歌は直筆が見られましたが

肝心の歌には接することが

出来ませんでした。

 

映画で見る限り、

関東大震災が

大きく彼女の人生を変えたように

感じました。

ちょうど37歳の時です。

築地本願寺で被災者の救護に

あたられ、

罹災児童には、

「児童愛護袋」の運動を

展開され援助にあたられています。

 

歌の方では「佐々木信綱」

絵は「上村松園」に師事され

画がお好きだったようで

見事な絵が残っています。

当時の一流の方々に出会われて

素晴らしい才能を発揮されて

いるようです。

 

しかし、昭和3年2月7日

42歳という短いご生涯を

とじられています。

 

ちょっと感慨深く、

外の寒さを感じながら

建物の美しさにも見とれて

 

 

地下空間を生かした

 

 

そして、近代と歴史が見事に調和した

造りになっています。

 

2月19日までの展示です。

 

 

 

 

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