本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

本蔵院の庭

2017-02-26 21:02:57 | 住職の活動日記

山茶花も終わり、

今は殺風景な本蔵院の庭

春の準備に備えて

着々と準備中なのでしょう。

 

 

アジサイの新芽も固い蕾を

膨らませ始めています。

 

その隣は

 

 

柊のつぼみが花開かせようと

しています。

 

 

白い椿が今は一番の見ごろでしょうか

 

 

赤い椿もいいですが

白の椿もとても美しく感じます。

 

 

古木の梅

もう瀕死の状態かもしれません?

 

 

僅かに花をつけています。

やっとのこと、

「ここにいますよ!」

と、言わんばかりに数輪花をつけ

 

 

残った力を振り絞るように

花を付けています。

 

 

大きな枝を触ると

ぶわっと、柔らかい感じ

ちょっと力を入れると

ボソッと折れてしまいました。

もう中は腐っています。

もうだめなのかもしれません?

 

先日訪れた「長浜盆梅展」

古木の梅を探して、それを生かし

鉢に植え替えられるように

育て上げるという事です。

 

この梅も、

何とか助けてもらえないでしょうか。

咲いた枝を落とし、

肥料を与え、

何とか元気にならないものかと

思うのですが、

庫裏を建て替えたときに植え

その時もだいぶん古木でした。

力が弱っていると

虫もつきやすく、

一面カイガラムシにやられ、

見るたびに、ハブラシでこすって

落としたりもしたのですが、

やはりじわじわと弱っていくようです。

 

今回は早めに枝を切り落とし

本体を少しでも安め

栄養剤を与えてみようと思います。

 

これからだんだんと新芽もふくらみ

殺風景な庭が賑やかになってくる

ようです。

 

何不自由なく生きていると

生きることがぼやけてきます。

自然界は厳しいものです。

弱ると虫がつき

虫にとっては格好の食料になって

しまいます。

 

宗教と言っても

別に難しいものではなく

責任ある生き方をする

ということではないでしょうか?

いい世界があるのでは、と

生き方の迷った青年がいます。

植物にとっては

落ちたところが生きる場所です。

与えられたその場で

一生懸命生きるしかないのです。

 

何とか覚悟を決めて欲しいと

願っています。

声は届かないかもしれませんが

叫び続けるのも

先輩の務めかもしれません。

 

 

 

 

 

 

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霊峰阿蘇五岳を仰ぎ見る

2017-02-25 21:13:42 | 住職の活動日記

阿蘇の大観峰を通って、

熊本へ入るというルート

珍しいコースでは??

 

今朝も冷え込みがきつかったせいか

空気が澄んでいます。

 

 

いつも見る阿蘇山ですが

今日の阿蘇山はとても神々しい

雲海の中に浮かぶ釈迦涅槃像

今日は俯瞰して拝みます。

 

 

このような阿蘇五岳は初めてです。

 

霊峰というだけあって

山というものは神秘を秘めています

お坊さんの中にも

海を愛した方それから山を愛した方

それぞれいらっしゃるようです。

 

深くて広いという海を愛した方

峻厳な山を愛した方

私は山の姿に神々しさを感じ

また、時には人を寄せ付けない

山に魅力を感じます。

 

真言宗も山岳宗教の一面があり

山での修行を大切にします

山に伏し野に伏す、という山伏

また、弘法大師は高野山を

瞑想し思索の道場とされたようです

思索した事を実践する場として

都にある東寺を根本道場とされた

 

しかし、空海という名前も

ごついものです。

空と海、

自然界の中で一番広いものを

名前にされた。

ご自身の生き方、

また広さ深さという心のあり方を

表現されたのでは、?

 

 

煙をあげているところは中岳

六根清浄と言って山を登った修験者

仰ぎ見ながら一歩ずつ

身を清めながら上られたのでしょう。

今の時代、こうやって

そのご苦労も感ずることなく

飛行機で真上から拝めるとは

なんとももったいない気がします。

 

 

キャンディーにそえられた

サクラソウでしたか、

「どうぞ よろしければ」、

ということで一輪いただきました。

 

今日は紗和ちゃんの発表会

空からの

そして、阿蘇のお山からの

いいプレゼントになりました。

キャビンアテンダントの方も

大変喜んでいただき

お土産まで頂戴しました。

 

 

 

 

 

 

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LA・LA・LAND ラ・ラ・ランド

2017-02-24 21:14:03 | 住職の活動日記

久しぶりにいい映画を見ました。

L・O・V・E 愛があふれる

そして、胸も熱くなる

素晴らしいものでした。

 

 

そして音楽も迫力あって、

 

 

500円アップでしたが、

アイマックスという3Dの音響

その場面に入り込むような

その値打ちはありました。

 

 

おまけにポスターもついていました

 

 

そのポスターの裏は

テーマの音楽の楽譜が載っています

 

心もウキウキ、

帰りはおいしいうどんを

 

 

「一麦七菜」というお店、

名物のうどんの麦に七つの野菜が

軽く素揚げして添えられています。

 

 

店も落ち着いた雰囲気、

 

 

五感を満足させてくれる

一日でした。

 

「ラ・ラ・ランド」

   ですよ!

 

 

 

 

 

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愛車

2017-02-23 16:50:54 | 住職の活動日記

点検のため代車がやって来た。

型も同じで全く一緒なのですが、

どこか違う、?!

なんだか無機質な感じも、

そういえば、

愛車にはティッシュとかガム

なんだかんだとこざこざしたものが

あるせいなのかもしれない。

そういうことで生活感が

滲み出ているのかもしれない。

 

「愛車」とは、

よくいったもので

本当に自分の一部分のように

使い、愛すべき車

ということなのです。

 

「愛」 … ??

仏教では、煩悩の一部としてみられ

あまりいい言葉ではありません。

「愛見」という言葉もあって

情意的な煩悩を「愛」

理知的な煩悩を「見」といって

それに執着し悟りに至ることを

妨げる、というのです。

 

でも、

「愛染明王」という仏さまも

いらっしゃいます。

全身真っ赤な姿で、六本の手を持ち

頭には獅子頭を付けている、

手には、弓と矢を持ち

印を結ぶときには

弓を引く格好をするのです。

まるで、愛のキューピットのような

感じもしますが、

人間の愛欲に染まった煩悩を

菩提心に変えようという

仏です。

 

そういえば、四苦八苦の

愛別離苦

という使い方もします。

 

また、ある先生は

フィロソフィーということも哲学と

いうようにも言いますが、

愛するといってもいいのでは、

学問をするということは

通り一遍にやり過ごすのではなく

あちらからもこちらからも

ひっくり返してみたり

まるでなめまわすかのように

一つの問題を考えていく、

そういうことから、フィロソフィー

ということも「愛」と

いえるのではないかと、

研究にしても、そのものに対する

愛がなければ成り立ちません。

 

明日にはわが愛車も帰ってきますが

ふと気になるのは

最近の老人の事故です。

同世代の人が高速道路を逆走、

ブレーキを踏み間違えて

店に突っ込んだりと、…

いつまでこの愛車と過ごせるのか

何時、免許書を返納するか、

そろそろそういうことも見据えて

考えていかなければ …

 

いまのところ、

熊本までも走っていける

ので、大丈夫かな !?

 

 

 

 

 

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繰り返す!!

2017-02-22 17:57:30 | 住職の活動日記

久しぶりに先輩に出会いました。

積もる話もあり

家まで送って行こうとミニドライブ

話も弾み、

といっても同じ話なのかも?

はたの人から見れば

老人六歌仙の歌ではないですが

 

「またしても同じ話に子を褒める

達者自慢に人は嫌がる」

 

というのがありましたが、

またしても同じ話です。

でもそれがいいのです。

昔の光景がよみがえってきます。

 

そういえば、

今読んでいる「十地経講義」も

忙しい折には

どこでもいい、開いた所を読む

その中に感動する言葉に出逢い

それが楽しかったし、

新鮮な言葉に閃きを

感じたものです。

いままた、こうやって

順々と読み進めると

本当に繰り返し繰り返し

同じことを語っておられます。

なにせ、第七地から一向に

進んでいないのです。

しかし、

同じところながら

繰り返しながらも

新たな展開を見せ

話は弾んでいきます。

 

同じ話でありながら

同じではない

繰り返しながら展開する

 

以前、相談に見えられた方

話しが尽きず、3日間にわたり

15時間位お聞きしたでしょうか。

毎回、同じ話から始まり

(また、ここから、と思いつつ)

初めて聞くように

その話に同調しながら、

ある種、真剣に聞けば感動する

ものです。

それが聞くたびに同じ話しながら

また少しずつ違った展開を見せる

そうやって、

3日間も繰り返すと

少しは腑に落ちるところが

あったのでしょう。

「とてもいいお話を

お聞きしました。」

と帰って行かれました。

 

同じ話繰り返すことによって

原点に戻るのかもしれません。

先輩との話も

話しているうちに

本当に修行時代、

お互いに苦しかったこと

楽しかったこと

ふと、昔の時代に戻ってしまい

師匠の言葉も思い出し

そのようななかから

お互いの原点を見出すようです。

 

 

夕暮れの中、

美しい飛行機雲が伸びていきます。

 

 

もう一つ別の飛行機雲も出てきます

年とともに道は別々になりましたが

出発点は同じだったような

気がしてきます。

 

またしても同じ話、でしょうが

繰り返しの中から

新たな展開も発見できるようです。

 

 

 

  

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ひと足早い春の訪れ !?

2017-02-21 14:22:06 | 住職の活動日記

と、いうものの

昨日の春の陽気とは打って変わって

今日はまた小雪舞う

寒い一日となりそうです。

気温差が10度以上あるのでは??

 

 

北海道からは雪のたより、

 

しかし、 

ひと足早い「河津さくら」は

今が盛りのようです。

 

 

美しいピンクの花を咲かせています

 

そして、梅も

 

 

この時期は一緒に咲いています

 

 

河津さくら

この寒さの中にも

春を呼ぶような姿で咲いています

 

 

気持までウキウキしてくる

しかし、また今日の寒さはどうでしょう

ほんとうに、

「春浅し!!」

という言葉が身にしみます。

 

 

河津さくらを見て

春の訪れを待ちましょう。

 

 

 

 

 

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聞くということ

2017-02-20 17:27:17 | 住職の活動日記

最近は皆さんしゃべることが上手で

いかに自分の意見を言うか

プレゼンできるか、ということが

大切になっています。

 

そのような中、

「聞く」ということは時代遅れ

のような気もしますが、

自分の意見を述べる以前に

聞くということの習慣を

身につけることが大切ではないかと

つくづく思うのです。

 

お経の最初の言葉は

「如是我聞」(にょぜがもん)

で始まります。

普通には

「私はこのように聞きました」

というのですが、

厳密には、

「私は」という主格ではなく、

「私に於いて」という

ロカティブという所格

私が、私がと自分を主張しない

そういう聞き方、

 

そして、修行も

「聞・思・修」という

よく聞き、よく考え実行する

という、

修行の最初もよく聞くということです

 

また、私たちの人生においても

教えを聞く師をもつ、

本当に相談できる人を持つ

それが一番大切なことではないかと

思うのです。

 

先人たちを見ても

世の中を治めて人は

必ずと言っていいほど

よき師を持っていました。

徳川家康にも3人の師がいました。

天海和尚と崇傳和尚の二人は

有名ですが、

もう一人、登誉(とうよ)上人

という方がおられます。

 

桶狭間の戦いで

今川軍が破れ、家康は窮地に

難を逃れたのが岡崎の大樹寺

そこで死を覚悟するのですが、

その時の住職が登誉上人です。

 

戦国の世は武士が

自分の欲のために戦い

国は汚れている

そのよごれた穢土を厭い離れ

永遠の平和を求めなさい、と

その言葉が旗印

「厭離穢土・欣求浄土」

ということになったのです。

 

聞く耳を持つということが

いかに大切かということです。

政をするにも

自分の独断ではなく

いかに理にかなった

意見を持つ人の声を聞く

ということが肝要では、

 

話すといっても

その前提にはいかに人の話を

聞いてきたかということが

あると思います。

 

科学の世界においても

そのものの声を聞く

ということがなければ

成功はないと思います。

繰り返しの失敗の中から

その実験しているものの

声を聞く、

謙虚に声を聞く、

その時初めてもの自身が

自分を語るのではないかと、

思うのです。

 

なんだか、

今は、しゃべりすぎることが多い

ように思うのです。

人の話でも、ものの姿でも

静かに聞くという姿勢が

なくなってきているように

感じます。

 

聞くということも

師匠の三浦先生からは

「身体じゅう耳にして聞け!」

とよく言われました。

ええ頃加減に聞くのではなく

全身全霊を込めて聞く、

よく先生は、

悩んだ子供の話を真剣に

聞いておられました。

とにかく聞き上手

あっという間にこちらの

心の中まで見抜くほど

そういう聞き方でした。

 

今一度、私たちも

聞くということの大切さを

振り返らなければ

いけないのではないかと思います。

 

 

 

 

 

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450円の缶コーヒー

2017-02-17 17:02:49 | 住職の活動日記

コーヒーは好きな方で

毎日欠かさず飲むのですが、

最近のマイブームは

 

 

タリーズの缶コーヒー

以前の缶コーヒーは

ブラックともなると唯苦いだけ

糖分がないということで

随分我慢して飲んでいたのです。

 

最近のコマーシャルで

世界一のバリスタ厳選とか

選び抜かれたとか

いろいろ流れているものの、

さほど信じていなくて

誇大広告ぐらいにしか

思ってなかったのですが、

試しに飲んで見たら

それが、香りもよく味も抜群

それからいろいろと飲み比べて

 

今では、タリーズコーヒーに

はまっています。

 

ところが、

陳列棚に目を疑うような金額

『450円』

スタバのコーヒーでも小でしたら

280円くらいかな?

450円とは何とも強気な値段

 

まあ一度だけ、興味半分

 

 

ミル挽き珈琲とあります。

キリマンジャロ100%

 

飲んでみると

やはり値段だけのことはあります。

香りもよく、とても美味しい 

 

まあ、目隠しして

カップに入れて飲んだら

たぶん缶コーヒーとは

わからないでしょう。

 

いつもこれを愛用するかと??

悩むところ

450円、  毎回は痛い

145円タリーズコーヒーと

格段の差があるわけでもないような

 

 

 

でも、

今日はほんとに美味しいコーヒーを

と思ったときには

お値打ちかもしれません。

 

しかし、

京都の方はよく珈琲を飲まれます。

たぶんパンもコーヒーも

消費は日本一とか

デパートのちょっとした

コーヒーコーナーは

いつもご年配のご婦人方が

占領しています。

買いもの帰りに

ちょっと一服ということでしょう。

だから、

京都の喫茶店は

煮詰まったようなコーヒーを

出すところはありません。

どの店もおいしい珈琲を淹れて

頂けます。

 

そんななか、450円という

金額で打って出たこのコーヒー

結構、人気があるようです。

コメダコーヒーでも有名な

名古屋の会社が作っているようです。

 

一度ご賞味あれ!!

 

 

 

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ヒトミワイナリー

2017-02-16 17:31:58 | 住職の活動日記

名神高速、八日市ICを下りて

東へ15分、

東近江市

 

 

まだ町並みは雪が残り、

 

 

車もやっと一台が通れるほど、

両脇に雪をかき分けてあります。

途中、野生のサルと遭遇

向こうも堂々としたもので、

電柱を上り、林の中へ

去って行きました。

 

 

通りすがりの立派なお寺さん

「安養寺」とありますが、

この雪ではさぞかし大変でしょう。

 

 

ワイナリーにも雪が塊で

残っています。

 

 

向かいの畑も一面の銀世界、

お店に入ると暖房もよく効いていて

 

 

ずらりとワインが並んでいます。

本当は、

ここのパンがとても美味しそう

だったのですが、

遅かりし  !!  (残念)

一つも残っていません。

テレビで紹介されたこともあって

午前中で全部売り切れたそうです。

 

 

試飲させていただいて(妻だけです)

私は香りだけで、我慢!!

 

 

ここのワインは辛口で

「にごりワイン」が特徴です。

 

濁りの成分には葡萄本来の持つ

力強さやその個性が出る

ということです。

だから葡萄そのままのかおりが

漂ってきます。

 

 

ちょうど今はブドウの木は

剪定の時のようです。

一年の感謝をこめてパチンパチンと

切り込んで、この時

害虫も見つけながら一緒に作業する

ということです。

 

 

店にはイートインできる

テーブルとイスがあり

 

 

 

ここから眺めながら

雪の田園風景をさかなに

美味しいパンとワインを呑めたら

最高でしょう。

 

 

日登美美術館が併設されて

バーナード・リーチの作品では

とてもいいコレクションを持っている

ということです。

 

 

ここの梅はまだしっかりとした蕾

 

 

ここの土地では

まだ春は遠いようです。

 

今夜はワインが楽しみです。

 

 

 

 

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西京極幼稚園涅槃会

2017-02-15 21:00:27 | 住職の活動日記

「今日はお釈迦さまが亡くなられた

日ですよ。」

「へえ、ほとけさまも死ぬんか…!?」

子どもたちにお釈迦さまの涅槃

ということを伝えるのは難しい、と

以前三浦先生が話しておられました。

 

 

ちょうど、

西京極幼稚園の涅槃会に

一緒にお参りさせていただきました。

 

廊下の壁に貼られた、「涅槃像」

たぶん園児さんと一緒に作られた

涅槃のお姿が、

 

 

生きとし生けるあらゆる生き物が

 

 

お釈迦さまの涅槃を

悲しんでいます。

 

講堂では、

 

 

涅槃会のお参りが始まりました。

 

 

献灯、献花そしてお餅のお供え

お供えして一心にお参りします。

 

 

園長先生と一緒にお焼香をして、

 

お誓いの言葉を一緒に唱え、

「われらはほとけのこどもなり」

の歌を一緒に歌い、

しかしながら、いつ聞いても

この歌には

心新たに

身が引き締まる思いがします。

簡単な歌詞なのですが、

幾つになっても私たちは

ほとけの子供なんだ、

ということを思い知らされます。

 

 

どんなに偉いお釈迦さまでも

おなくなりになるのですよ、

私たちも今日一日を

大切に元気で過ごしましょう、

と園長先生がお話しされて

おられました。

 

今年は孫の生活発表会もあり

楽しみにしていた

西京極幼稚園の保育発表会は

見ることができません。

涅槃絵が終わった後、

ちょっとだけ、練習風景を

見学させていただきました。

 

ちょうど、

「金の風  銀の風」の演技が

始まっていました。

娘が躍った曲でもあり、

懐かしくも姿がダブって見えます。

そして、

「勝海舟」の演技も

定番ですが何度見ても

いいものはいいものです。

練習とはいえ、

涙があふれてくるような演技には

驚かされます。

「いいよ!、

そう、かっこいい!!」

と、先生の檄が飛びます。

いつもは完成された演技を

見るだけなんですが、

練習は先生と園児さんの

丁々発止の指導の賜があればこそ

と、

あらためてその御苦労には

驚くばかりです。

 

涅槃会も素晴らしかった!

練習風景を

垣間見ることができたのも

ありがたいことでした。

今年の保育発表会も

素晴らしいものに

なる予感を感じます。  

 

 

 

 

 

  

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