本編 七人の大義 (松沢病院の思想家)赤い海兵と天皇に御箴言(ゴシンゲン)

2017-06-29 | 本 編

          本 編

        イメージキャスト

      大川周明 (阿部 寛)

      堀田善衛 (北村一輝)

      岡田 滋 (中村獅童)

      肥田春充 (大地康雄)

      杉浦誠一 (イッセー尾形)

      首藤操六 (遠藤憲一)

      山田欽五郎 (柄本 明)

      畑 千尋 (吉田日出子)
      鮫島昭子 (鷲尾真知子)
      朝倉みち子 (小林聡子)

      洪 文武 (生瀬勝久)

      内村祐之 (中井貴一)


〇病室のドアー
 「107号室」の病室のドアー枠に「山田欽五郎」の名札が掛っている。
 娑婆では川崎の港湾労働者を束ねる 「山田組会長の息子」 である。
 病名は「性同一性障害症候群」。
 当時は「オカマ」と呼ばれた。

 戦時「カマキン」と呼ばれ、駆逐艦「涼月」の艦内で非常に恐れらていた男である。

〇テロップ
 *山田欽五郎氏の過去
 「一年前の四月七日、戦艦「大和」を護衛中、米艦載機の魚雷を受けて艦首を失うが、運良く佐世保に帰還。その直後、艦は沈む。
 が、山田は九死に一生を得て、戦後、故郷川崎に戻る。ある日、大森の銭湯(朝日湯)にて着替え中、乳バンド(ブラジャー)を巻いている本人を番台の主人が見付け、この病院に「措置療養」する事に至る。そして、暫くして東病棟に・・・」

〇廊下の「柱時計」
 「十時三十分」
 院長回診の時間である。

 内村院長が、洪医師、畑婦長、朝倉、鮫島を引き連れて107号室まで来る。
 内村は金網入りのドアーの覗き窓から部屋の中をそっと覗く・・。

〇107号室
 山田も部屋の中から覗き窓を覗いて居る。

〇廊 下
 内村院長は驚いて顔を逸らす。
 山田がドアーを開ける。

山田「やめて下さいよ~。院長たらぁー。もう、水臭いんだから」

 内村院長は取り繕(ツクロ)いながら、

内村「あッ、いあ、失礼。畑くんが言うんでつい・・・」

 畑婦長は驚き、院長を見て、

畑 「は~あ?!」
内村「いやッ。まあ。で、どうです? 調子は」

 山田は腰を前後させ、妙な返事を返す。

山田「う~ん・・・。すこぶる快調ッ! どうぞ、入って。散らかってますけど」

 山田の病室に足を踏み入れる内村院長。
 部屋の中を見回す。
 部屋の中は蒲団がきちんと畳まれて塵一つ無い。

内村「・・・山田さんの部屋はいつも綺麗だねえ・・・」
山田「やだ先生、お世辞使っても何も出ないわよ。さあさあ、畑さんも朝(アサ)ちゃんも鮫(サメ)ちゃんも入って」

〇廊 下
 洪は廊下で天井の一点を見詰め、入らない。

〇107号室
 院長達三人は化粧の臭いのする部屋に入る。
 山田は洪を無視して、ドアーを激しく閉める。

音 「バンッ!」

〇廊 下
 洪はドアーをキツイ眼で睨む。

〇107号室

山田「良かったわ。今日は朝から淋しかったの。何かお話していって」
内村「えッ!? あッ、ソ、そうだね・・・」

 内村院長が山田の顔を見る。

内村「今日は紅を引いているね」

 山田は柱に下がった鏡を覗く。

山田「どお? 嫌い?」
内村「えッ?! いや、山田さんにピッタリだ。唇が突き出ているようだ。ねえ、畑くん」

 畑婦長は目を逸(ソ)らしながら、

畑 「えッ、あッ、まあ。・・・そう・・ですね」
山田「や~だ、院長たら~。それじゃヒョットコじゃない。・・・あッ、そう! この前、朝倉さんに、この雑誌お借りたわよね」

 山田は朝倉に「アメリカの婦人雑誌」を見せる。

朝倉「ああ。何か良いモノ有りました?」

 山田は、シオリを通したページを開き、指をさしながら、

山田「どお? この下着・・・」

 畑婦長が開いたページを覗く。

畑 「ええッ! こんな派手なの誰が着るの?」
山田「派手~? お尻がスッポリ入って良いじゃない?」

 朝倉は雑誌の下着の色を見て、 

朝倉「山田さんて赤が好きねえ」
山田「赤は魔よけッ! アタシが助かったのも紅い袴下(コシタ)を穿いてたからよ」

 畑婦長は驚き、

畑 「そんなの穿いて戦争したのッ!」
山田「何か文句あるの?」

 山田はキツイ眼で畑を睨む。

畑 「いや、別に・・・。それは、そうと、ねえ。これは・・・」
朝倉「良い色ね。桃色・・・」
山田「アタシは赤ッ!」
鮫島「派手ッ!」
山田「何言ってるの、アタシよ。この位ツケなくちゃ。此処を出たら思いっ切り派手な物を付けて歩きたいの。アタシの夢(ユメ)! ね~え、院長?」
内村「うん? うん。まあ、素晴らしい夢だ。私も見たいねえ」
鮫島「ええ?! 院長、大丈夫ですか?」
内村「いや~、山田さんの夢だ。大切に叶えてやらないと」

 山田は、また柱の鏡で自分の顔を映し、「カツラ」を直す。
 鏡を見ながら山田が

山田「院長、隣の男、煩(ウルサ)くて。手が無い手が無いって、バカみたい。しっかり付いているじゃない。頭がおかしいんじゃない」
内村「そうだねえ。あの人は病気だからねえ。しかたがないよ」

 洪が廊下の「覗き窓」から山田の病室を覗いている。

山田「手が無いくらいで騒ぐなって。アタシの乗ってた船なんて舳先が無くなっちゃったのよ。部下の水兵がヤギの糞みたいにポロポロと海に落ちて行っちゃったわ。アタシの好きだった男も落ちて沈んじゃった・・・。今でも思い出すと胸が締め付けられる思いよ。でもしょうがないわよね。アメちゃんだって彼氏を亡くした人が沢山居るんでしょう。戦争だもの・・・。でも、アタシは負けないわよ! このアメ子ちゃんの紅い下着を付けてもう一度戦うの。彼氏の仇(アダ)をうってやるわ。院長、アタシと一緒に戦いましょッ!」 
 内村「うん? あッ、そうだね。私もこれを着て戦うか・・・」

 内村院長の指の先に、ヤンキー娘が付けた赤いガードルの写真が写っている。

畑 「院長、赤は魔除け。院長もそれを付けたら勇気百倍ッ! 主人の敵(カタキ)をとって下さい」
内村「よし、山田さん! 私もこれを注文しよう」
山田「院長、素敵! 大好き」

 山田の内村院長を見る目が燃えている。
 それを見ていた鮫島が、

鮫島「二人ともいい加減にして下さい」

 洪が廊下から「覗き窓」を覗きながら、笑っている。
 この「山田欽五郎」も一応、病に臥せっているのである。

〇中 庭
 朝、病棟の中庭で院長の許可を受けた患者達が「男組」「女組」に別れて元気良くラジオ体操をしている。
 高台で音頭をとるのはいつもの医師、洪である。
 東病棟、106号室の鉄格子窓から番犬のように怒鳴って居る男。
 あの岡田である。

〇106号室の鉄格子窓

岡田「コラッ! 貴様(キサン)等、デレデレやってんじゃねえ! 気合を入れろ!」

 「女組」から笑い声。

女組「ハハハハ」

 洪の気合の入った声。

洪 「オイッチニ-サンシー、オイッチニーサンシー。腕を大きく上げて~!」

 岡田が鉄格子を両手で握り、

岡田「オイッ、そこの衛生兵! 腰を入れろ! ・・・そうだッ!」

 「女組」の患者のから黄色い声が。

女 「先生、入れて~ッ!」

 「男組」から罵声と笑い声。

男組「ダハハハハ、オイッ、野村! 入れてやれヤ」

 内村院長はいつもの様に畑の後ろに隠れ適当にラジオ体操を。

〇渡り廊下
 大風呂敷を背負った肥田が人目を気にしながら足早に渡り廊下を渡る。

〇106号室の鉄格子窓

 岡田がそれを見て、鉄格子を握って怒鳴る。

岡田「おいッ、軍医! ドロボーだッ! 貴様(キサン)等、脇が甘いぞ。巾着は身に付けとけ!」

 内村院長がその声に気付き渡り廊下を見る。内村が大声で、

内村「おお、肥田さ~んッ! 越して来ましたかー」

 肥田は内村院長に軽く会釈をして急いで東病棟に消えて行く。

〇101号室
 肥田は101号室のドアーを開けて、大風呂敷を部屋に降ろす。
 大きく溜息を付く肥田。肥田は部屋を見渡す。
 ・・・ネズミの糞だらけである。

肥田「・・・う~ん、良い部屋だ・・・」

 肥田は早速、風呂敷の中の行李を開け、箒と雑巾を取り出す。
 急いで簡単な掃除を済ますと、行李の中から一本の「掛け軸」を取り出す。
 部屋を見回し上座の柱にその掛け軸を掛ける。紐を解くと、中から「達磨」の一筆描きが。
 肥田はそれを観て軽く座禅を組む。
 ドアーをノックする音。

音 「コンコン」
肥田「うん?」

 ドアーが開いて周明が入って来る。

肥田「おお!」
周明「待ってたぞ。これで私は、いつでもこの世を捨てられる。隣に禅僧が間借りして来たんだからね」

 肥田は周明を見て、

肥田「おいおい。俺はお前に引導を渡しに来たのではない。救いに来たのだ」
周明「ハハハ、気休めはよせ」
肥田「いや、これは本当の話しだ。猪一郎(徳富蘇峰)に聞いた話だが、君は気違いだから不起訴になるだろうと云う話だ」
周明「猪一郎翁がそんな事を・・・。でも判決はまだ先だろう」
肥田「それがな、連合軍にインドの判事が居ってね。ウエップと揉(モ)めてるらしいんだ」
周明「揉(モ)めている?」
肥田「おお、戦争に犯罪人なんて有り得ない。戦争の勝ち負けは腕力の強弱と同じで法律に基づく正義とはまったく関係ないと言っているんだ。中々の理論家だ」
周明「? それは何と云う判事だ?」
肥田「パールとか言っていたな。連合軍を向こうに回して論理で戦っているツワモノだ」
周明「パール? ・・・聞いた事があるな」
肥田「ビルマ戦で日本軍と共にイギリスと戦ったらしい」
周明「ああ、あのチャンドラの独立軍に居たのか。それは心強い。真(マコト)のアジア人だ」
肥田「だから、例の平和に対する罪や人道に対する罪を事後法だと言っている。このパールと云う男はイギリスによる自国(インド)の植民地支配に心底憤慨しているらしい。まあ、欧米人があまり好きではないようだ。戦争の原因を作ったのも欧米人に有り! とも言っている。だいたいピカドンは何の為に竹槍一丁の日本人の上に落としたのか? この件も追求したらしい。そんな最中に君が出廷して君の説を法廷で淘淘(トウトウ)とやられたら、裁判の意味が無くなってしまう。だから君を病気療養中と云うことで不起訴にし、法廷に出したくないのだ。何しろ連合軍はこの裁判を早く終わらせたいようだからね」

 ドアーをノックする音

音 「コンコン」
肥田「はい!」

 開けっ放しのドアーの入り口に、洪が立っている。
 洪は二人を見て、

洪 「居た居た。いや~、さっき院長に聞きましてね。実に心強い。早速明日の朝から例の肥田式体操をやってもらいましょう」
肥田「ハハハ。肥田式ね。合い分かりました」

 肥田は改まって洪を見る。

肥田「今日からお世話に成ります。宜しくお願いします」
洪 「いやいや、こちらこそ」

 肥田は部屋の周囲を眺めて、

肥田「・・・素晴らしい部屋です。さすが開かずの間だ」
洪 「は?」
周明「二、三日、開けっ放しの部屋にして置いたからね。少しは臭いも薄れたでしょう」

 洪は柱の達磨の掛け軸を見て、

洪 「おおッ! ボーディダル(菩提達磨)じゃないですか。落ち着くなあ・・・」
周明「法の番人だね」

 そこへ、内村が顔を出す。

周明「おお、院長。どうぞどうぞ」

 内村は肥田を見て、

内村「先生! お待ちしてました。最近腰が痛くて、あのラジオ体操に付いて行けない。困ったもんだ」

 洪はきつい目で内村を見る。

洪 「気合が入って無いからですよ」

 肥田は内村を見て、

肥田「・・・ちょっとそこにうつ伏せになって下さい」

 内村は驚いて

内村「えッ! ここでですか?」

 畳みにうつ伏せになる内村

内村「こ、こうですか? ・・・治りますか?」

 肥田は内村の腰の上にまたがり、両手を腰に添え暫く気を整える。

肥田「ハ~ッ・・・!」

 そして、開いた片手を腰の付け根に、「イヤッ」とばかりに押し付ける。
 内村が奇妙な声を発する。

内村「アッ! イッ、アヤ~ッ」
肥田「・・・治りました」

 肥田がゆっくり内村の腰の上から身体を退ける。
 内村はゆっくり起き上がり腰をさする。

内村「・・・」
肥田「どうですか?」
内村「? ? 治った。治ったぞッ! ・・・凄い。・・・これは奇跡だッ!」
肥田「ハハハハ。そんな事は軽い」

 内村は感心したように肥田を見る。

内村「いや~、良い人が入院してくれた」
洪 「でしょう。私は一目見て分かりましたよ。この方は尋常ではないと云う事がね」
周明「狂人ですよ」
内村「狂人? なるほど。この病院にピッタリだ」

 夕方、病棟の廊下が騒がしい。

〇廊 下

 岡田と山田が喧嘩をしている。

岡田「何を? 貴様(キサン)!」
山田「貴様? アンタ、ふざけちゃいけないわよ。手を持って来いとか突撃とか。戦争は終わってんのよ。煩(ウルサ)くて眠れやしない。アンタだけの病院じゃないのよ。いい加減にして頂戴!」

 岡田は怒りに手が震え頬が紅潮している。

岡田「・・・貴様(キサン)・・・オマエは連日の激戦で頭がおかしくなったんだ。少し休め。お~いッ、軍医を呼べーッ!」

 岡田の大声が廊下に響く。
 渡り廊下を隔てた西病棟(女子病棟)から笑い声が起こる。
 堀田が部屋のドアーをそっと開けて廊下を覗く。

山田「激戦? アンタ、本当に戦ったの? 本当に戦った人はこんな所には居ないのッ! 皆、靖国神社ッ! バカッ!」
岡田「バカ?! くッ、くそ~・・・。貴様(キサン)、上官を侮辱したな!軍法会議だ。貴様のような兵は皇軍に非ず。俺がこの場で処するッ!」
山田「おお、やって貰おうじゃないの」

 山田は廊下に座って諸肌(モロハダ)を見せる。
 肩から背中にかけて見事な「鯉の滝登り」の刺青がさしてある。
 そこに不似合いな、乳バンド(ブラジャー)のストラップラインがくっきりと残る。

山田「さあ! スッパリとやって頂戴! さあ・・・」

 赤い乳バンド(ブラジャー)が廊下に落ちる。
 岡田はたじろぐ。

岡田「貴様(キサン)~、ヤクザ者(モン)かッ! 弾を使うのはもったねえ。刀の錆にしてくれる」

 岡田は廊下の隅に立て掛けられた箒(ホウキ)を取り、自分に気合を掛ける。

岡田「キエ~ッ!」

 廊下に座った山田は岡田を見る。

山田「バカ、田舎芝居やってるんじゃないわよ。そんな物(モン)でアタシの鯉太郎が切れるもんなら、あッ、切ってみろ~!」

 岡田は苛立(イラダ)ち、に目を見開いて、

岡田「何~ッ!」 

 西病棟から黄色い声が。

女患者(声)「よッ、日本一! 影か柳か~勘太郎さんか~」

 堀田がドアー陰で覗きながら笑って居る
 洪が廊下を走って来る。
 箒(ホウキ)を振り上げている岡田を見て怒鳴る。

洪 「あッ、岡田さん。だめッ! 何をしているッ!」

 洪が岡田と山田の所に走り寄る。

洪 「岡田准尉! 落ち着きなさい。ホウキ、いや、刀を下ろしなさい
岡田「おお、軍医か。この男は気が触れてしまった。早く処置してくれ!」

 諸肌を見せて腕を組んでいる山田が、吐き捨てる様に、

山田「ケッ、よく言うよ。こんな気違いが隣に居たんじゃ、アタシの化粧ものらないよ」
洪 「? そんな事はないんじゃないか。今日の山田さんはとても綺麗だよ」 

 山田は振り返って洪に熱い視線を送る。
 洪がたじろぐ。

洪 「あッ、いやッ、山田さん、とにかく部屋に戻ろう」
山田「いいわよ。さッ、行きましょう」
洪 「いや、私は岡田さんと少し話があるんだ」

 山田は妖艶な眼差しで洪を見る。

山田「え~? ・・・そう。じゃッ、あ・と・で・・・」
洪 「うッ ・・・うん? そッ、そうだね」

 洪の背筋に悪寒が走る。
 山田が上着の裾をズボンに押し込み部屋に戻って行く。
 岡田は握った箒(ホウキ)をジッと見て、

岡田「・・・俺の部隊もあんな奴(ヤツ)ばかりに成ってしまった。満州から転進してきた時は戦意も高かったのに・・・。今じゃ、元ヤクザまで女々しく成ってしまった」
洪 「気にするな。身体(カラダ)に障るぞ」
岡田「俺がもし国に帰る事が出来たら、皇居に乗り込んでやる。天皇に一言、御箴言(ゴシンゲン)したい事が有る」
洪 「おお、それは大事(オオゴト)だな。で、どう云う事だ」
岡田「軍医、お前も来るか」
洪 「勿論、ご一緒しましょう。アンタには私が必要だ」
岡田「そうか。それじゃあ、頑張って生き延びよう。切腹覚悟の一世一代の大仕事だ。しかし、こんな所では話せない」
洪 「そうか。その方が良い。飯でも食べて今日はゆっくり寝なさい」
岡田「うん? ・・・そうだな。お前も大変だが、国に帰るその時まで頑張ろうじゃないか。ハハハ」

 岡田は握った箒(ホウキ)を放り投げて部屋に戻って行く。

〇107号室

 山田の部屋のドアーがそっと開く。
 妖艶な目つきの山田が洪を見詰めて、

山田「・・・どお、終わった? タケさん・・・来て・・・」

 山田欽五郎は、実に恐ろしい「性同一性障害者(オカマ)」である。

                   つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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本編 七人の大義 (松沢病院の思想家)芝居の部屋と無言の部屋

2017-06-28 | 本 編

          本 編

        イメージキャスト

      大川周明 (阿部 寛)

      堀田善衛 (北村一輝)

      岡田 滋 (中村獅童)

      肥田春充 (大地康雄)

      杉浦誠一 (イッセー尾形)

      首藤操六 (遠藤憲一)

      畑 千尋 (吉田日出子)
      鮫島昭子 (鷲尾真知子)
      朝倉みち子 (小林聡子)

      洪 文武 (生瀬勝久)

      内村祐之 (中井貴一)


〇廊 下
 朝倉が岡田の病室を出て、102号室を覗く。
 周明、肥田、堀田の三人を見て、

朝倉「あら、皆さんで。そろそろお昼ですよ」
堀田「ええ! そんな時間ですか? で、今日のメニューは?」
朝倉「コロッケを作ってみたんです」
堀田「コロッケ?! 良いですね。で、デザートは?」
朝倉「プディングです。ちょっと甘みを抑えた」
堀田「朝倉さんを奥さんに持った男は幸せだなあ。ハハハハ」

 周明は肥田を見て、

周明「この方は朝倉さんと云って料理も担当している方なんです。彼女は西洋料理の達人です」
肥田「西洋料理ッ?! 私はすき焼きぐらいしか食べた事がないな」
堀田「すき焼きは西洋料理じゃないですよ」
朝倉「そうだッ! 夜はすき焼きにしましょうか」
堀田「一本付けてくれる?」
肥田「ええッ! この病院は旅館のようだな」
朝倉「冗談じゃないですよ。早く良くなって出て行ってもらわないと。入りたい患者さんが沢山居るんですから」

 肥田は驚いて、

肥田「そんなに気違い病院に入りたいヤツが居るのか」

 朝倉は肥田の顔を睨み、

朝倉「この病院はそんな患者さんだけではありませんッ!」
肥田「失礼した。よしッ! 私は隣の開かずの間に住む事に決めた。人間は体力と気合だけでは生きられない。適度な滋養の三位一体で健全な発想が育まれるのだ」
堀田「それが、有ばあの戦争に勝てたでしょね」
肥田「おお、まさにその通りッ! 人間に滋養、国に兵力! 飛行機には燃料である」
周明「そうッ! 私の思想の根底に流れている物は、・・・?」

 周明は肥田をジッと見詰めて、

周明「その三位一体とはちょっと違うな」
三人「ハハハ」

〇廊 下

声 「ア~ッ!」

 突然、廊下に悲鳴が。
 畑が慌てた表情で廊下を走って行く。

朝倉「あら? 何かあったのかしら」

 朝倉は急いで部屋を出て行く。

〇104号室
 104号の病室のドアー枠に「*杉浦誠一」の名札が掛っている。
 畑がドアーを開ける。
 茶碗が割れて、畳みのあちこちに血が飛び散っている。
 腕に破いたシーツを巻いて、蒲団の中で臥せっている男が居る。
 杉浦である。
 杉浦は高齢の「分裂病患者」である。
 傍(カタワ)らに、血の付いた茶碗の欠片(カケラ)が。

畑 「杉浦さんッ! どうしました? 大丈夫ですか!」

 鮫島が畑の後を追うように「治療箱」を持って部屋に入って来る。

杉浦「ダメだ。 ・・・姉(ネエ)さんを呼んでくれ。僕はもうダメだ」

 鮫島と畑が顔を見合わせる。
 朝倉が遅れて部屋に入って来る。

朝倉「・・・」
鮫島「・・・茶碗を割って腕を切ったのね」
畑 「・・・」

 鮫島は急いで治療箱を開け止血、包帯を巻いてゆく。
 補助する朝倉。
 畑は飛び散った畳の血を拭きとっている。
 暫くして、洪が部屋に入って来る

洪 「杉浦さん、どうした」

 洪は包帯で厚く巻かれた腕を見る。
 畑を見て、

洪 「ヤッてしまったか」
畑 「はい」

 洪は杉浦をジッと見る。

洪 「・・・」

 杉浦は洪を一瞥して、

杉浦「・・・先生、僕はもうダメです」
洪 「・・・そうか。ダメか」
杉浦「・・・」
洪 「何処がダメなんだろうなあ・・・」
杉浦「僕はとうとう飯が喉に通らなく成ってしまった」

 畑は朝倉を見て、

畑 「杉浦さん、昼食は?」
朝倉「オカワリもしました」
畑 「?」
洪 「・・・杉浦さんは死にたく成ったのか?」

 杉浦は首を縦に振る。

杉浦「・・・先生、姉さんを呼んでくれ。 遺言を伝えたい」

 杉浦の「姉」は空襲で亡くなり、今は居ない。
 洪は丁寧にゆっくりと、杉浦の話しを聴いてやる。

洪 「・・・そうか。分かった。鮫島さん、姉さんに連絡してくれないか。少し、*煙突の掃除をしよう」
鮫島「はい」

 鮫島は部屋を出て行く「芝居」をする。
 洪が杉浦の傍らに座る。

洪 「姉さんは三鷹に居るんだよね」
杉浦「・・・はい」
洪 「今日中(キョウジュ)うには此処まで来られないかも知れないぞ」
杉浦「そうですか・・・。先生?」
洪 「うん? どうした・・・」
杉浦「僕は寂しくてやり切れないのだ。僕は何の為に生きているんだろう」

 杉浦の記憶の中に、また「孤独の虫」が針を刺す。
 畑と朝倉が杉浦の傍に座り、話しを真剣に聴いている。

洪 「何の為に生きている? ・・・それは、私も分からないな。医師の立場から言うと心臓が動いているから生きている。何の為と云うと、それは哲学的な問題だな・・・」

 杉浦は、洪を黙って暫く見て居る。

杉浦「僕はこの一ヶ月、誰とも話しをしてない・・・」

 杉浦は「鬱状態」である。

洪 「そうか。今日は私がゆっくり話しを聴いてやろう」
杉浦「・・・わるいなあ・・・」
洪 「気を使うな。人間は話をしないと、つまらない事を考えてしまうものだ」

 杉浦は鉄の格子戸の外を眺めながら、

杉浦「僕の家は三鷹だ」
洪 「そうだったねえ・・・」
杉浦「僕には息子が八人居る」
洪 「八人か。ほう」

 洪は今日もまた、杉浦の「同じ話し」を聴いてやる。

洪 「それで?」
杉浦「皆、兵隊に取られた・・・。僕の家は空襲で焼けちまって今は無い」

 杉浦の記憶が一瞬蘇る。

洪 「なるほど。でも、それはアンタだけじゃない」
杉浦「それは分っている。だから今、頼れる者は姉と先生だけなんだ」
洪 「・・・」
杉浦「もし、息子達が戻って来ても僕は再会出来ないだろう」

 杉浦は、枕もとのスケッチブックの上に置いてあるセピア色の写真に眼をやる。
 「写真」には家族が楽しそうに写って居る。
 杉浦は写真を手に取り、洪と畑に見せる。

杉浦「・・・こんな時も在った。七年前の写真だ」

 朝倉がそっと割り込んで、写真を覗き見る。

朝倉「・・・良い写真ですねえ・・・」
杉浦「僕は何の為に一生懸命、絵を描いて来たんだろう。それも、戦争の絵を・・・」

 三人は真剣に杉浦の聴いている。

杉浦「・・・すべてが夢の中に居るようだ」
洪 「いや、現実だ。すべてが今に続いている。受け止める勇気も必要だぞ。勇気が無くなると動物は精神が弱る。人間も同じだ。死神が覗くのだ」
杉浦「それは分かっている。僕も旅順の生き残りだ」
洪 「旅順? アンタは画家ではなかったのか」
杉浦「? 誰が言った」

 この会話は入院当初と変わらない。
 洪の返答も、変らない。
 この後、杉浦は号泣する。
 これも当初から、変らない。
 この病室は「芝居の部屋」である。

杉浦「先生、家に帰りたい。息子達に会いたい。僕の生還した姿を家族に見せたいのだ」

 杉浦の記憶は断片的でバラバラである。

洪 「うん? うん」
畑 「杉浦さん?」
杉浦「うん?」
畑 「明日、帰りましょう。私も一緒に行きますわ」

 杉浦は畑を見て涙ぐみ、

杉浦「・・・そうか」

 と、突然、杉浦の顔色が変わり嬉しそうに饒舌に喋り始める。

杉浦「僕の家は駅前の時計屋でね。杉浦時計店の看板があるんだ。隣が果物屋で前が肉屋なんだ。肉が美味しいんだよ。肉を買ったら果物を買うんだ。バナナおね。母さんに買ってもらうんだ。それから、皆で食べるんだ。食べながら兵隊の戦ってる姿を描(カ)くんだ。弾が飛んで来て、皆んな死んで行くんだ。怖いんだぞ。・・・可哀そうだよ」

畑 「そうですか。分かりました。明日は皆んなと会えますよ」

 杉浦は明るく、

杉浦「先生、僕は希望が湧いて来た。早く荷物を纏めなきゃ」
洪 「そうだな。 私も手伝うぞ」
杉浦「ハハハハ。 僕は帰れる。明日は帰れるぞッ!」

 杉浦誠一の記憶は、断片の繋ぎ合わせである。

畑 「さあ、明日の為に今日は早く寝ましょう」

 杉浦は子供のような笑顔を畑に見せ、蒲団を被る。
 そして、大声で、

杉浦「うん。よ~し、僕は寝るぞーッ!」

〇中 庭
 中庭に鮫島の奏でるショパンの「別れの曲」が中庭に流れる。

〇105号室
 ここにも「心の病」に伏せってる男が居る。
 朝倉が通称「無言の部屋」に朝食を運ぶ。
 朝倉が「105号室」をドアーをノックする朝倉。

音 「コンコン・・・」

 返事が無い。
 ドアーを開ける。
 部屋の中は朝にもかかわらず薄暗い。鉄格子の窓には新聞紙が張り詰めてある。

朝倉「首藤さん、ご飯ですよ」

 部屋の中ほど、タタミ一畳に寝巻き姿の男が端座(タンザ)して居る。
 *首藤操六と云う男である。

首藤「・・・」
朝倉「十分したら下げに来ます」

 朝倉は部屋の隅に盆に載せた朝食を置いてドアを閉める。

〇部屋の中
 盆の上には「麦飯、汁、香の物、メザシ、生卵 灰皿、灰皿の上にはバット(タバコの銘柄)が一本とマッチ棒一本」が置いてある。
 首藤は座をくずし、盆を部屋の中央に寄せる。
 暫く合掌すると、汁を麦飯にかけ、香の物、メザシを夢中に胃の中にカッ込む。
 最後に、殻になった飯の器に生卵を割って一気に喉に流し込む。
 所要時間は三分、実に単純な「作業」である。
 首藤は灰皿を取り、盆をドアーの近くに戻す。
 部屋の中央、一畳に座り直し、姿勢を正す首藤。
 西の壁に名刺大の「小さな紙」が貼ってある。
 その紙には「忠義」の二文字が「血書」で書いてある。
 首藤はその貼り紙を眺め、タバコを口に。
 灰皿に貼られた「火付け紙」にマッチ棒を擦り付ける。
 首藤は渋い顔で、美味そうにバットを一服。

 この男、当初は自分の「頭がオカシイ」と言って、この病院に入院したが、本当に「オカシくなり」、東棟に移された。
 此処に移されて半年、首藤はこの「作業」を崩さない。
 薄暗い部屋で、一日を「無言」で過ごしている。

〇イメージ
 首藤がこの症状を発症したのは昨年(昭和二十年)の七月頃から、らしい。
 師団の「残兵三四〇〇名」がビルマの山谷を彷徨、シッタン川を渡り、タイに転進する際、兵の半数以上が雨季で増水した川に流されてしまた。
 その結果、師団全体の統率がまったく取れなく成ってしまった。
 「統率の均等が保てなくなった大きな要因は他にもある」
 イラワジ河西部で、強力なイギリス軍の混成部隊と果敢に戦闘中の第28軍(四〇〇〇名)が急に戦闘意欲を無くしてしまったのだ。
 いわゆる、戦闘意欲の背景には上官の命令により目的構成され、その内訳(ウチワケ)は絶対かつ天皇の命に値する「実に重い」もの、まさに「忠義」の二文字に支えられている。
 しかしこの時期、かの方面軍総司令官「*木村兵太郎中将」が、あることか、綾乃(アヤノ)と云う芸者を連れて「雲隠れ」してしまったと云うのである。
 首藤はこの事実を知りながら、軍の上級指揮官達に必死に隠していた。
 だが、噂は「イギリス軍俘虜」により強烈に、隅々の日本兵達に蔓延して行った。

 「首藤の以下、数十名の渡河の映像が映し出される」

 首藤は部隊移動の渡河際(サイ)、鉄帽を流され流木で後頭部をイヤと云うほど打ってしまった。

 「気を失って浮遊する首藤・・・」

 首藤が気が付くとメーホーソンと云う町の、寺の中の「兵站病院」に居た。
 首藤は着衣が妙に軽い事に気付く。
 衛生兵に聞くと、上着(階級章付き)以外すべて「追いはぎ」に盗られ、あられもない姿で川岸に「寝て居た?」と言う。

 この時から・・・、いや、「その時」から、首藤は総てに「シラケ」てしまった。 「らしい」のである。

 陸軍大学で徹底的に叩き込まれた「忠義」と「ドイツ式作戦攻略術」。

 一、軍人は忠節を尽くすを本分とすべし。 ・・・?
 一、軍人は礼儀を正しくすべし。 ・・・?
 一、軍人は武勇を尚ぶべし。 ・・・?
 一、軍人は信義を重んずべし。 ・・・?
 一、軍人は質素を旨とすべし。 ・・・?

 現在、首藤はこの精神病院で、あらん限りの精神力をもって、この「忠義」の二文字を支えに心の治療を行っているのである。

                   つづく

 *杉浦誠一(元従軍画家・鹿児島県出身・家族をすべて失くす)
 *首藤操六(中佐・元ビルマ方面総司令部参謀部次長・長野県出身)

 *木村兵太郎(中将・後に極東裁判で絞死刑・いい加減の極みの御仁であった)

 *煙突掃除(催眠療法)(患者の心身に詰まった物を取り除く治療)

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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本編 七人の大義 (松沢病院の思想家)終わりのない戦争とノモンハンの教訓

2017-06-26 | 本 編

          本 編

        イメージキャスト

      大川周明 (阿部 寛)

      内村祐之 (中井貴一)

      洪 文武 (生瀬勝久)

      堀田善衛 (北村一輝)

      岡田 滋 (中村獅童)

      肥田春充 (大地康雄)

      畑 千尋 (吉田日出子)
      鮫島昭子 (鷲尾真知子)
      朝倉みち子 (小林聡子)


〇院長室
 院長室で内村が背広の上着を脱ぎ、白衣に着替えている。 
 ドアーをノックする音。

音 「コンコン」
内村「はい」
畑 「失礼します」

 畑婦長がドアーを開けて入って来る。
 内村はロッカーに上着を仕舞い、備え付けの鏡で身形(みなり)を整えている。
 鏡に映った畑を見て、

内村「・・・大川さんに面会人だって?」
畑 「あら、院長、ご存知でしたか」
内村「今、朝倉さんが教えてくれた」
畑 「そうなんですよ」

 ドアーのノック音。

音 「コンコン」
内村「どうぞーッ」

 鮫島がコーヒーを盆に載せて、静かに院長室に入って来る。
 内村は畑を見て、

内村「で、何んと云う方?」

 鮫島がテーブルにコーヒーを静かに置く。

畑 「肥田と云う方です」
内村「ヒダ?」

 内村はソファーに座り、コーヒーを一口飲む。

内村「・・・」
鮫島「そうなんです。徳富蘇峰さんに聞いて訪ねて来たんですって」

 驚く内村。

内村「徳富蘇峰!? ・・・ヒダとはもしかして肥田春充の事か?」
畑 「そうです。院長、ご存知で」
内村「ああ、勿論。 肥田式強健術をあみ出した戦時下の大物だ」
畑 「大物?」
内村「そう。彼のような逸材は二度と出まい。で、もう帰ったのか」
畑 「いえ、まだ居ますよ。洪先生が立ち会って、大川さんの部屋で訳(ワケ)の解らない事を話しています」
内村「訳(ワケ)の解らない事か。ハハハ。そう。・・・じゃ、私も挨拶に行ってみよう」
鮫島「あの方、浮浪者って言ってましたよ」
畑 「浮浪者!? 放浪者よ。浮浪者と放浪者では全然違うわ」

 内村はコーヒーを鼻から噴き出す。

内村「プッ、ハハハ。そうだな」
鮫島「あら、そうかしら。私、どう見ても浮浪者にしか見えないんですけれど」
畑 「洪先生が朝のラジオ体操の先生にしたいらしいんです。何んだかとってもあの方を買(カ)ってるたみたい。面白い体操を教えてくれるらしいですよ。その体操をすると一週間で、どんな病気もたちどころに治ってしまうんですって。ガマの油売りみたいな方・・・」
内村「ラジオ体操の先生? 洪くんは何も解ってないなあ。ああ云う投げ槍のレベルだから南方戦線に回されたんだ」
鮫島「洪先生ったら、肥田さんが家が無いので病棟の101号に間借りをさせるって言ってましたよ。あんなネズミだらけの物置部屋に・・・」
内村「間借り? 困るねえ。あの人はいつもそう云う事を独断で決めてしまう」

 内村はソファーを立ち、ブツブツ言いながら院長室を出て行く。

 顔を見合わせる畑と鮫島。

鮫島「あの人、どう見てもそんな大物に見えないわよ」
二人「ね~え」

〇渡り廊下
 内村が渡り廊下を歩いて来る。

声 「戦争なんてものを、戦勝国の判事に裁かれてたまるかっ!」

 肥田の気合の入った大声が東病棟内に響き渡る。
 その大声に立ち止まる内村。
 それに続いて、岡田の怒鳴る声が。

声 「その通りッ!、ふざけるなアメコー!」

 肥田の声が急に静まる。
 暫くして肥田の声が、

肥田「・・・此処は脳病院だったな。ハハハハ」

 笑う肥田。

洪 「いや、精神病院だッ!」
声 「此処は野戦病院だ。しっかりしろッ!」

 中庭に岡田の気合の入った声が響く。

肥田 「? ? ・・・」

 内村が、周明の病室の開いたドアーを、ノックする。

音 「コンコン」

〇102号室
 病室の中の三人が、ノックの先に立つ内村院長を見る。

洪 「! おお、院長! 良い所に来た。肥田さんの話を聞いて下さい」

 内村は八畳間の中ほどに座る汚い姿の肥田を見て、

内村「・・・肥田さん? ・・・ですか。・・・初めまして院長の内村と申します」
肥田「おお、これはこれは、お邪魔してます。大川先生の同志、肥田春充です」
周明「同志なんて・・・。ただの親友ですよ」
内村「まあその辺は、良いじゃないですか。じゃ、失礼して・・・」

 内村は洪の隣に座る。

内村「どうぞ。お話を続けて下さい」

 肥田は内村の顔を一瞥して静かに話しを続ける。

肥田「私は一番汚いのはアメリカだと思う。不戦を掲(カカ)げて指導者に成り上がった男が大東亜の内戦に介入、わが国を経済的に孤立化させ、宣戦布告のカードを引かせた。私もアメリカの策略に乗るな。乗ったら日本は大負けすると、あれほど東条に説いた。結局、私と大川君の意見が反映されず、日本は三百万もの犠牲者を出して大敗してしまった。あの時、対米戦に持ち込まず、アジア各国と交渉によりの資源を共有したていたなら、日本はアジアの指導者に成っていただろう」

 周明が重い口を開く。

周明「植民地化すると云う事は合議等では出来ない。*東亜新秩序などと詭弁に満ちたスローガンを掲げ近衛の世間知らずが国民を煽り、力を以て領土を広げると云う関東軍ッ! これは、内乱どころではないッ! 侵されたら守る戦争に他ならない。しかし、インドのガンジーを見よ。彼は暴力に対応する非暴力と云う力でインドを解放した。しかして、これこそインドの仏教哲学の賜物(タマモノ)である。・・・。話を戻すが、もしインドが日本を中心としたアジア連邦共和国であったなら、英国はインドを植民地化出来なかったであろう。・・・私は大アジア主義を唱えた。そもそも、西洋の列強諸国は古来侵略によって国を広げて来た。アメリカは、日本を徹底した敗戦国とし、将来の極東アジアを見据えて、侵略の足掛かりにするつもりだ。この裁判での*共同謀議など、でっち上げの即席立法である。国際法で、戦争など裁けるものではない。戦争犯罪なんて罪は無い。勝てば官軍、負ければ賊軍ッ! A級戦犯などは連合軍の取りあえずのさらし首の様なものだ。内村さん! 私をもう一度法廷に戻して下さい。私の戦争はまだ終わっていないんだ」
内村「・・・さあ、それはどうかなあ」
周明「何故ですか! 私はこの通り正常です。裁判には耐えうる身体です。国家の存亡の危機に、この様な脳病院に隠遁(イントン)させられ生きながらえようとは微塵も思いません。主張すると云う事は人間に与えられた最後の権利じゃないですか。私はアメリカを私の理論で敗退させてみせる。私は今こそアジア主義の為に身を捨てる覚悟は出来ています。人権や自由だと大きな事を言いながら、ポツダム宣言を受諾する寸前に原爆を落とす。それも、二発も落としておいて。・・・我々日本、いや、アジア民族を侮蔑軽視しているとしか思えません。このまま時代が進めば、アジア諸国は完全に米英に植民地化されてしまいます」

 肥田は急に話題を変える。

肥田「ところで君の病名は何と云うのだ?」
周明「うん? ・・・言えないッ!」

 肥田が内村院長を見る。

内村「うん? 難病です」

 洪が口を滑らす。

洪 「梅毒性の精神病だ」
肥田「梅毒ッ!?」

 内村院長は洪をきつい目で睨む。
 洪は院長のその眼を見て咳払い。

洪 「オホン! ・・・もう治っているようだ」
肥田「?」

 内村は膝で洪の脛を小突く。

洪 「が、再発の可能性も有る」

 肥田は周明を見て、

肥田「君は身に覚えはあるのか」
周明「無礼な詮索をするな。総てウエップの策略だ。私をあの公判に出すのが怖いのだ」
肥田「共同謀議の中に思想家は入れたくないのか?」
周明「そうではない。彼等はこの裁判を早く終わらせてケジメをつけたいんだ。私が加わると、裁判を長引かしてしまう。彼等にとって裁判の内容なんてどうでも良いのだ」
内村「・・・よし! 先生がそこまで言うのなら私が正式な診断書をGHQに提出してみよう。医師に知り合いが数人いる」
周明「・・・宜しくお願いします!」

 内村は洪を見て、

内村「と云う事で、洪先生もう良いでしょう。肥田さんが大川さんの知り合いだと分かったんだから。別に危害を加える為に来た人ではなさそうだ。戻りましょう」
洪 「うッ、まあ、・・・そうですね。あッ、それから」
内村「分かってます。さっき鮫島さんから聞きました。さあ、行きましょう」
洪「えッ? あッ、はあ・・・」

 二人は部屋を出て行く。

〇102号室
 堀田が102号室を覗く。

堀田「賑やかですね」

 周明が振り向く。

周明「おお、堀田くん! 聞こえたか。皆んな、声が大きいからね。入らないか」
堀田「じゃ、失礼して」

 堀田が部屋に入って来る。机の前にキチッと正座する堀田。
 肥田を見て、

堀田「? 面会人ですか」
周明「うん? あッ、紹介しょう。こちら肥田春充くんだ」
堀田「初めまして、堀田善衛です」

 周明は堀田を紹介する。

周明「堀田くんは隣の住人です。大陸からの引揚者なんですよ。今は作家の卵? ・・・かな」

 むッとした顔で周明を睨む堀田。

肥田「大陸? 何処に居たのですか」
堀田「上海です」
肥田「上海? で何を」
堀田「国際文化振興会の上海事務所・・・」

 周明はそれを聞いて驚く。

周明「国際文化振興会!? 何だ、君はそんな所に居(オ)ったのか。いやいや、私はただの引き上げ者かと思ってたよ」
肥田「国際文化振興会と云うと、君は海軍だったのか」
堀田「いや、僕は軍人じゃないですよ。でも、肥田さんは良くご存知ですね」
肥田「うん? ・・・うん」
周明「海軍と云う所はスマートだ。そう云う財団を作り情報を集めていたのか。表面的にはそんな名前を付けているが、実態は海軍軍令部の中国情報班の巣だったんだね」

 堀田は胡散臭そうに周明を見る。

堀田「大川さんて何者ですか」
周明「私は、ただの彫刻家だよ」
堀田「それは嘘でしょう。さっき隣の部屋で聞こえましたよ。あの大川周明でしょう」
肥田「そう。戦争の証明者だ」
周明「証明ではない! 立証だ」
堀田「戦争の立証ですか。敗戦国に立証の権利なんか有るんでしょうかねえ」
周明「敗戦国だからこそ立証するのだ」
肥田「その通り!」
周明「堀田くん、君は君の創った花壇の前で私に話たね」
堀田「え?」
周明「今は柵だけだけど、その内に雑草が生え、名もない花が咲き、立派な花壇になる」
堀田「ああ、哲学の花壇ですか。あの花壇の根底に流れているのは共生と云う清水(シミズ)ですよ。いろんな雑草が、いろんな生き方をして、いろんな花をさかせ、思い思いの季節に枯れて行く」
周明「共生と云う清水(シミズ)? ・・・なるほど。私は王道楽土、五族協和(日・漢・朝・満・蒙)を唱えて友人の石原莞爾君と壮大な理想国家構築の為に動いた。しかし、軍部は統帥権を盾に、侵略を目的とした行動に日本の方向を変えてしまった。日独伊の三国同盟など、もっての外だ。この同盟を結べば五国協和が米英相手の世界戦争に成ってしまう。世界戦争などに成れば、石原が予言したように殲滅戦争に成る事は明らかである。私は戦争を起こす為に、満州にこのスローガンを掲げたわけではない。あくまでもアジアを、日本中心とした新秩序共同体に築きたいが為だ。それは、あのまま時代が進んだら、アジアは西欧の列強諸国によりすべて植民地化されてゆく事は火を見るより明らかである。まあ、遅かれ早かれアジアは醜い侵略戦争の渦の中に巻き込まれて行っただろう。それが為に、五族協和を以て、西欧諸国の侵略に対抗する力を創ろうとしたのである」
堀田「しかし、その考え方は非常に危険で利用されやすいのではないですか?」

 堀田はさっそく噛みつく。

肥田「列強に対抗するには抑止力が必要だ。その抑止力が日本の強力な軍部だ」
周明「それは違う。強力でない軍を強力にする事だ。軍を拡充し装備を充実させる事によって抑止力が備わる。ノモンハンなど勇み足極まりない。一個師団をも消費して、その結果得たものはあまりにもお粗末な装備の差である。そんな装備力で世界を相手に戦争を挑むなど無謀どころか狂気に近い。結局、連合軍に大敗してしまい、五族協和どころか日本が最も嫌(キラ)ったアメリカの植民地に成ってしまったではないか。彼等は宣戦布告無しで戦争を仕掛けたという事で大義名分を保ち、日本にやりたい放題の事をした。広島や長崎を見ろ! まさに、石原の言ったホロコーストの典型に成ってしまったではないか。二十万の犠牲で満州を安定させるどころか、三百万もの犠牲で国を破綻させてしまった」
肥田「その通り! だから私はあの時、死を覚悟で東条に抗議したのだ」
堀田「う~ん。・・・戦争を正当化してるようにしか聞こえませんね。詰まるところ戦争を前提の事じゃないのですか」
周明「君の批評は勝者の理論だ。私は正当化などしていない。戦争を抑止する為の理論だ。西欧はアジアの資源を求めて鵜の目鷹の目で狙っていた。アジアには無限の資源が眠っている。君はそれを忘れている。それを聞いたら堀田君の考えが変わるだろう」
堀田「資源?」
周明「そう。仏領インドシナ半島には石油、石炭、鉄、ニッケル、ボーキサイト、錫、石炭、ゴム、綿花、茶 木材、それと、米、砂糖。何と言っても人と云う資源がある。その資源を求めて西欧は三百年も前からアフリカ、アメリカ、北、南アジア、南洋の島々、中国、琉球、日本迄も遠征しょうとしたではないか。要するに欧州は世界を征服しようとしていたのだ。そこに理論なんかはない。あるのは欲のみである。旧約聖書に、まだ言葉が一つだった頃、天までとどけとバベル(混乱)なる塔を拵えた。しかし神の怒りに触れ、一つだった言葉を神はバラバラにしてしまった。考えや思いが伝わらなく成ったのだ。勿論、世界もバラバラになり、今日の創りに至ったとある。それを彼等は、彼等の宗教に反して世界を今一度、一つの言葉にして統一しようとしているではないか。列強が弱小国を植民地化し宗教を押し付け、教育と云う名の下に総てを侵略する。これは、如何なるものか」
堀田「・・・」
周明「戦争とは、昔から資源と人間の奪い合いである」
堀田「満州進攻もその事からですか」
肥田「勿論!」
周明「進攻ではない! 進出だ。昭和五年、堀田くんがまだ中学の頃かな。日本、いや、世界の経済に大恐慌の嵐が吹き荒れた。それに加え米仏から不戦条約なる物を押し付けられ、アメリカは日本の中国国民革命への武力干渉から日本軍の不穏な動静を予見、更なる軍縮を強要した。ロンドン軍縮条約である。これこそ我が国に対しての内政干渉ではないか。日本は中国の共産主義化を押さえる為に満州国を日本の理想国家の模範に創り上げようとした。中国の反日分子はアメリカにこの醜聞実態を報告、日本を更に人道的に問題有りの烙印を押した」
堀田「戦争の予兆のような観が有りますね」
肥田「観(ミ)かたは自由だ。日本国家、国民の為だ。それをしなければ日本は破綻(ハタン)する」
周明「日本の経済はまだ米国に依存していた。しかし、米国は徐々に日本貿易の蛇口を閉めてきた。国内は大不況に更に拍車が掛かった。軍部はこの頃からアメリカを意識し始めた。士気は大いに上がってい。私は東条に何度も言った。一時の感情で挑むべきではないと。東条は一時(イットキ)は私の話も聞いてくれ、数日悩む日もあった。アメリカと戦うのなら現兵力国力の最低五倍は必要だ。鉄も石油も米すらも行き渡らない現状で対戦を挑むべきではない。確かに憤(イカ)りは解る。しかし、一億国民を戦争に駆り立てる事はやるべきではない。中国を安定させてからでも遅くは無い筈だとね」
肥田「その通りッ!」
周明「軍部は戦争をやりたくてしょうがなかったのだ。何しろ日本は神国、負けたことが無い国だからね。しかし、アメリカとの戦争は中国軍との戦争ゴッコどころではない。ノモンハンの教訓をまったく悟ってない。陸海空軍の三軍を作り、波状攻撃の作戦を企てる。短期決戦、最小の経費で最大の効果をもたらす。敵を知り己を知る。これこそ孫子の兵法である。それが出来なくて世界大戦など挑めない。一対一の刀の切り合いではない! 東条は希代稀なる阿呆男だ。思想も作戦も行き当たりばったりだったじゃないか。私はあの時、東条を殺しておけば良かった」

 肥田が膝を叩き大声で、

肥田「その通りッ!」
堀田「大川さんは満州事変から戦争が始まったとは思わないのですね?」
周明「思わない! 満州と対米戦は根本的に違う。しかし」

 突然、廊下から、例の岡田の独り言が聞こえて来る。

岡田(声)「石井兵長ッ! 船は見えるか。・・・この根っ子は喰えるのか。・・・ああ、昨日のあの肉は旨かったなあ・・・。兵長ッ! 船はまだか。皆で、国へ帰ろう。死ぬなよ、死んではだめだッ! 皆で一緒に帰るんだ・・・」

 三人は急に話を止める。

〇廊下
 廊下をふらついている岡田。
 岡田がまた独り言を喋り始める。

岡田「此処に残るのは欠損者と病弱者と頭のイカレタ者だけだ。お前達はこれからの戦(イクサ)に足手まといに成る。もう皇軍にあらずッ! 各自、手榴弾か、弾一発を選べッ! 生きて虜囚の辱めを受けずッ! 最後の国に対するご奉公は死を以て善(ヨシ)とすべし。解ったか。以上ッ!」

〇102号室
 三人が102号室で耳を澄まして聴いている。

〇廊下
 岡田が廊下に座り込む。

岡田「石井、聞くな。無駄だ。俺達は武装解除されたんだ。もう、戦争とは関係ない。部隊長は気が狂ってる。二十三名の兵隊を転進させても日本は勝てる筈がない。いずれ全滅だ・・・石井、抗命してこの島で生きよう。いつかきっと助け舟が来る」

 岡田は床を拳(コブシ)で殴り、急に泣き出す。

岡田「泣くな石井ッ! これが運命(サダメ)だ。こんな時代に生まれた俺達の運命だ。とにかく生きるんだ」

 岡田の声が聞こえなくなる。
 暫くして鈍い音がする。

音 「ドン!」
岡田「チクショウ、俺は夢を見ているのか。死神が目の前に見える。こんなに死神がはっきり見えると言う事は・・・。よしッ! 今ある敵は、あの死神だ。石井、全員に気合を入れよッ! 石井ッ! 石井は何処だ。アメコウの肉を持って来い。ハハハハ。ハハハハハ」

〇102号室
 肥田が周明を見て、

肥田「戦争病か?」
堀田「ニューギニアの生き残りですよ」
肥田「ニューギニア? ああ、あそこも酷(ヒド)い・・・。よく生きて帰れたな」
堀田「生きて帰れても廃人ですよ。まだ、ああやって戦争をして居るんだ。あの時、自殺した方が良かったかもね」
周明「ようやく帰国しても自分の居場所さえ分からない。何んて事だ」
堀田「もう一人、同じような患者が居たらしいですよ。でも風呂場で自殺したんですって。見事な死にっぷりだったと洪さんが行ってました」
肥田「見事な?」
堀田「東に向いて天皇陛下万歳! と大声で気合を入れて寝巻きの腰紐で首を・・・」
肥田「ほう」
堀田「この病院は月に一人位の割合で患者が死んで行きます」
周明「そうだったのか」
堀田「隣が一番多かったらしいです」
肥田「隣と云うと、101号?」
堀田「あまり多いんで、開かずの間にしてしまったそうです」

 肥田は少し驚いて、

肥田「なんだそれはッ?! ・・・」

 肥田は周明の顔を見る。

周明「・・・そうだったのか」

〇廊下
 廊下で岡田の身体が更に萎(チジ)んで居る。

岡田「トシコ・・・もう少しで会えるからな。ヨシオカの伯母さんは元気か? トシコ・・・」

 廊下が静かに成る。
 すすり泣く声が聞こえる。岡田は泣いているのである。

岡田「もう直ぐ帰るからな。トシコ、トシコ」

 廊下に子供の様にうずくまる岡田。 

岡田「・・・今、帰るから・・・」

 朝倉が廊下を走って来る。
 俯いて座っている岡田の傍に来ていつもの芝居をうつ。

朝倉「岡田准尉立ちなさい!」
岡田「おお、来てくれたか。俺の左腕を持って来い。突撃だ。お前も俺に続け」
朝倉「分かりました。さあ、行きましょう」
岡田「よし、身体を起こせッ!」
朝倉「はい!」

 岡田と朝倉が岡田の病室に戻って行く。

〇102号室

肥田「・・・下士官だったのか」
堀田「自分は学徒兵だと言っています」
肥田「学徒兵? 大学は」
堀田「朝倉が九州帝大だと言ってましたよ」
周明「九州・・・」

                   つづく

共同謀議 「2人以上の者が犯罪(戦争)の実行を相談合意すること。共謀とも云う。戦犯者達は共謀して行ったこの平和に対する罪(戦争責任)を贖う責任が生じる。が、裁くのは戦勝国である」

東亜新秩序 「日中戦争下に日本が唱えた日・満・華を軸とした自給的ブロック。
その基本は、長期化する日中戦争を収拾するために第一次近衛文麿内閣が1938年(昭和13)11月3日に発表した「東亜新秩序建設声明」にある。
政治・経済・文化などにわたる日・満・華の互助連関の樹立を新秩序の根幹としたが、日本のアジア諸民族への侵略、支配を正当化するものであった。以後、南方進出の積極化に伴って拡大され、2年後の1940年7月に第二次近衛内閣が発表した「基本国策要綱」に至っては、「八紘一宇の精神」に基づき、日・満・華を中心に南洋地域を包含した自給自足体制の確立という「大東亜新経済秩序」そして「大東亜共栄圏」の主張にまで拡大される」 抜粋

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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本編 七人の大義 (松沢病院の思想家)哲学の花壇と肥田春充

2017-06-25 | 本 編

          本 編

        イメージキャスト

      大川周明 (阿部 寛)

      内村祐之 (中井貴一)

      洪 文武 (生瀬勝久)

      堀田善衛 (北村一輝)

      岡田 滋 (中村獅童)

      肥田春充 (大地康雄)

      畑 千尋 (吉田日出子)
      鮫島昭子 (鷲尾真知子)
      朝倉みち子 (小林聡子)

〇哲学の花壇
 鮫島の弾くショパンの「ノクターン第二番」が中庭に流れる。
 周明と堀田が中庭を散歩している。

周明「・・・散歩は日課かな」
堀田「そう。あッ、あそこに僕の創(ツク)った花壇があるんだ」

 堀田が指をさす。
 周明は堀田の指(サ)し示す方向を見る。

周明「花壇? ・・・何も植わって無いじゃないか」
堀田「その内、花壇に成るのさ」

 周明は堀田を見て、

周明「その内?」
堀田「そう。雑草が生えて、名も無い花が咲き、立派な花壇に成るのさ」
周明「? ・・・随分、哲学的な花壇だね」
堀田「うん? ・・・僕はこの花壇に日本と云う名前を付けたんだ」 
周明「ニッポン? 面白い事を言うね」
堀田「面白い? 爺さん、あッ、失礼。大川さん! 僕は面白い事を言った覚(オボ)えはない。僕の新作の題材だ。この作品で一儲けしようと思っているんだ」
周明「ほう、それは売れるかも知れんな」
堀田「転んでもただでは起きない。こんな所に入れやがってと思ったが、こんな所だからこそ、こんな発想が生まれたんだ。在るがまま、流されるまま、ガンジの流れに乗れば何時かは大海に出る」

 周明は立ち止り堀田をジッと見る。

周明「・・・」

〇渡り廊下
 洪が渡り廊下をカルテを持って歩いて来る。
 中庭の二人を見て、

洪「おい、大川さん! 診察の時間だ。部屋に戻りなさい」

 周明は洪を見て、

周明「診察? ああ、私は病気か」
堀田「そうだよ。自分の病気が分からないからこの病院に居るんだ」
周明「?・・・」
堀田「あんたはたぶん分裂病かもね。この間迄の日本と同じだ」

〇102号室
 洪が周明の診察をしている。
 顔を近づけ、周明の目を見る。

洪 「調子はどうかな?」
周明「調子? ああ、そこぶる快調です」
洪 「そうか。・・・木の芽時は狂う者が多い。気の持ち方に充分注意をしなくてはな」
周明「心配無用。私は年が明ければ必ずあの世に行く」
洪 「あの世に? 聞き捨てならない事を言う患者だ。何故(ナゼ)死に急ぐ」
周明「?・・・」
洪 「此処は病院だ。あの世なんぞに行かせるものか。そんな簡単に楽をさせたら僕の名誉に関わる。苦しむ事が浮世の習わしだ。余命をまっとうするように努力しなさい」

 周明は洪をジッと見詰める。

周明「・・・」
洪 「この病院は、精神の箍(タガ)が緩んでしまって自分で自分を始末する患者が多い。アンタのカルテを見せてもらった。梅毒性精神病と書てあったな。覚えは有るのか」
周明「無いなッ!」

 洪はニャっと笑い、

洪 「満州あたりで姑娘(クーニャン)にうつされたんだろう」

 周明は怒る。

周明「ないったら無いッ!」
洪 「そうか。分った。ところで、梅毒性精神病とはどう云う症状に成るのだ? 僕はあまり聞いた事がないのぞ」 
周明「そんな事は私に聞いても分らない。そんな病気は無いッ! 米軍のでっち上げだ」
洪 「・・・戦犯と聞いたが、アンタ、本当は何をやって来た」
周明「アジアを一つに纏める為に努力して来た」
洪 「? ・・・アンタ、ひょっとしたらあの大川周明か?」
周明「そうかも知れない」
洪 「あやふやな返事だ。まあ、脳病だから仕方ないか」
周明「・・・」

 洪は赤鉛筆で、カルテに周明の症状を書いて行く。

洪 「・・・大川周明の名前は満州に居た頃聞いた事がある。国家主義者で大アジア主義の推進者とか何んとか云ったな。あの大川周明が松沢病院で今僕の診察を受けていると云う事か・・・」

 洪は周明を暫く凝視、ゆっくり話し始める。

洪 「・・・僕が医師に成って初めて勤めたのが満鉄病院でね。今でも思い出すよ。・・・僕の所に、両親を日本の憲兵に殺されて言葉を話せなくなった子が、叔母に連れられてやって来たんだ。女の子だったなあ・・・。その子は逃げる時、階段を踏み外して足を折ってしまったらしいんだ。可愛い子だった。僕は始めての患者だったので、一生懸命、治療してやった。その子はようやく歩けるように成ってね、僕の所にやって来たんだ。そしたら、その子が僕に(センセイ アリガトウ)って日本語で喋ったんだ。叔母が教えたんだろうな。嬉しかったなあ。医師に成って一番嬉しかった時だ。それから仏印に従軍して、ビルマへ、最後はインド進行作戦。・・・僕はいつの間にか、医師が医師ではなくなってしまったようだ。急拵えの病院のテントに迫撃砲の弾が飛んで来てね。その直後、敵兵が突入して来たんだよ。僕は咄嗟に銃を取り、若いイギリス兵を撃ち殺してしまった。今でもあの時のあの顔は、はっきり覚えて居る。人を助ける立場にある医師が人を殺してしまった。戦争だから仕方がないと言ってしまえばそれまでだが。・・・しかし、僕はその戦争と云うものが良く解(理解)からない。兵隊の教育を受けていない人を助ける教育を受けた医師までも一兵卒に成り、銃を手に取り人を殺す。そんな事が許されて良いものなのだろうか。大川さん、アンタがあの戦犯の大川周明なら戦争の大義とやらを聞かせてくれ」

 周明は洪を見据えて、

周明「・・・大義親を滅すと云うたとえもある。主君や国の大事の為には親をも捨てるもやむをえず。大道義の為に私情を捨てなければ忠義にあらず。しかし、現実を知ってしまえばこの言葉は白けた大義に変わってしまう。知らせない、分からせないために、国民の個々の総てが天皇に帰一するものとの信念を植え付ける事。これが、大義の裏付けになる。国体の護持である。女も子供も馬や犬さえも戦ったのだ。また、・・・戦争とはそれまでしなければ勝利しないものだ」

 洪は怒って、

洪 「勝つ為に戦争はするものか」
周明「勝つ為に? そう聞かれたら答えは当然だろう」
洪 「沢山の犠牲者を出してもか」
周明「日清・日露の戦いは多大の犠牲を出した。その上に大日本帝国が大義名分を保ったのだ」

 洪は、カルテを机の上に叩き置き、周明を睨む。

洪 「人は殺しあう為に生まれて来たのではない。一部の高級軍人や政治家、官僚達の伏せられた言動に迷わされて、奮起させられ、一つしかない大切な命を落とした者の気持はどう購う」

 周明はここで言葉が続かなくなる。

周明 「・・・」
洪 「戦犯とは戦争の犯罪者の事を云うのではないのか。と云う事は戦争とは犯罪だ。何百万人と云う兵隊や軍属、一般市民を殺しておいて、更には日本人を全滅にまで導こうとした戦争指導者ッ! 私は到底許す訳にはゆかん」

 周明は冷静に、そして諭すように、

周明「・・・あなたの言う事は十分理解出来る。だから私はこうして此処(ココ)で、判決を待っているのだ」

 洪はここで言葉が止まってしまう。

洪 「・・・」
周明「私は先の戦争の裏側を十分にわきまえているつもりだ。この戦争の方程式を組み立てた男達も良く知っている。彼らが私を利用して私利私欲に走り、数多くの同胞となるであろう隣国の人民達の権利を蹂躙してしまった・・・。だからこそ・・・」

 ドアーをノックする音が。

音 「コンコン」
洪 「はい」

 看護婦の鮫島が慌てた表情でドアーを開ける。

鮫島「先生! 大変です。ちょっと・・・」
洪 「うッ? 大川さん、この続きはまた後で」

 洪は急いで廊下に出る。
 洪と鮫島が廊下で話をしている。

〇廊下

洪 「何を慌てているんだ。院内では慌てるなと言ってるだろう」
鮫島「あッ、すいません」

 鮫島は息を整えて、

鮫島「大川さんに面会人が来てるんです」
洪 「面会人? ・・・だからどうした」
鮫島「畑婦長が洪先生を呼んで来なさいと云われて」
洪 「・・・院長は?」
鮫島「今日は大学へ講義に行ってます」
洪 「・・・男か女か?」
鮫島「男です。袈裟を着た老人です」
洪 「ケサ? 坊さんか?」
鮫島「かもしれません」
洪 「かも・・・? しょうがない。応接に通せ。話しを聞こう」

〇応接室
 応接室の床に「禅僧」の様な身なりの老人が黙想正座をしている。
 傍らに木刀のような「杖」が置いてある。
 ドアーをノックする音が応接室に響く。、

音 「コンコン」

 老人は薄目を開き咳払いをする。

老人「オホン! ・・・」

 鮫島が片手に茶を載せた盆を持ち、ドアーを開ける。

鮫島「失礼します」

 鮫島の盆を持つ手が小刻みに震えている。
 老人は、姿勢を正し沈思黙考して居る。
 白衣に松葉杖の洪が応接室に入って来る。
 洪は鋭い眼で老人を睨(ニラ)む。

洪 「・・・院長が不在で担当医の洪が応対させて頂く」

 洪はソフアーの肘掛に松葉杖を立て懸(カ)け、どっぷりと座る。
 鮫島がテーブルに茶を一つ置く。
 震える声の鮫島。

鮫島「そッ、粗茶ですが」

 老人は急に目を見開き、鮫島を見る。

老人「お構いなく」

 鮫島は急いで両手で盆を胸に抱き、ドアーの脇に立つ。

洪 「・・・お名前は?」
老人「*肥田春充(ヒダハルミツ)と申す。お見知り置きを」
洪 「ヒダ? ・・どこかで聞いた事が有りますな。で、用件は」
肥田「大川周明と云う者がこの病院に引き取られたと聞きまして。・・・会いたいのだが」

 洪は腕を組み肥田を凝視する。

洪 「・・・会いたい? ・・・患者との関係は」

 ドアーをノックする音。

音 「コンコン」 

 ドアーが開いて婦長の畑が入って来る。
 畑は鮫島に心配そうに小声で囁(ササヤ)く。

畑 「大丈夫?」

 肥田が聞こえたらしく、

肥田「心配御無用! 友人だ。危害を加に来たのではない」
洪 「・・・此処に大川氏が居ると誰に聞きました?」
肥田「猪一郎だ」
洪 「イイチロウ?」
肥田「徳富猪一郎と云う」
洪 「・・・徳富猪一郎? あの*徳富蘇峰氏の事か」
肥田「そうとも云うな」

 畑と鮫島は顔を見合わせる。
 小声で、

鮫島「徳富蘇峰って、・・・この方は誰?」

 肥田は大きく咳払いをする。

肥田「ゴホン・・・。で、面会は出来るのかな?」

 洪は大きく溜息を吐く。

洪 「・・・時間は十分、杖は私が預かると云う条件なら」
肥田「承知した」

 肥田は傍(カタワ)らに置いた杖を畑に渡す。
 洪は畑から杖を受け取り、確認する。

肥田「・・・心配御無用! 仕込みではない」

 洪はきつい目で肥田を睨む。

洪 「この面会は例外中の例外だ。大川と云う患者は特別な患者で発作が起きると手が付けられない。今回はあなたの蘇峰氏に聞いたと言う事を信じて面会を許可する。だが私も当然、立ち会わせて頂く。あまり刺激しないようにお願いしたい」
肥田「あい分った」

 洪は畑から松葉杖を取り上げ、ソフアーを立つ。
 鮫島はドアーを開けて待つ。
 洪が応接室を出る。
 洪は肥田を先導する。
 畑が肥田の後に続き、鮫島はドアーをそっと閉める。

〇渡り廊下
 肥田は風体は柔和だが隙が無く不気味な感じがする。
 四人が並んで渡り廊下を歩いて行く。
 肥田は先導する洪の肩に、

肥田「この病院は気違い病院と聞くが」
洪 「気違い病院ではない。精神病院だ!」
肥田「同じ様なものだ」

 洪は一瞬足を止め、振り返り肥田を睨む。
 肥田は俯き、

肥田「・・・。大川くんも大した病にされたもんだ」

 洪はまた歩き始める。

洪 「どの様なお知り合いかな?」
肥田「憂国の同志だ」
洪 「ユウコク? 国粋主義者か」
肥田「国粋ではない。国家主義だ」
洪 「うん? ハハハ、同じ様なものじゃないか」

 洪は軽く笑い飛ばす。
 肥田は憤慨して急に立ち止まり洪の後姿を睨む。
 後ろに続いた畑が肥田にぶつかる。

肥田「うッ!」
畑 「あッ! ごめんなさい」
肥田「しっかり前を見ろッ! バカ者がッ」

 肥田が肩越しに畑を一瞥する。
 畑は直立不動で、

畑 「はいッ! すいませんッ!」

 102号室のドアーを洪がノックする。

音 「コンコン」

 部屋の中から元気な声がする。

周明「どうぞ~ッ!」

 ドアーを開ける洪。

〇102号室

洪 「大川さん、面会人です」
周明「面会人?」 

 洪の背中に隠れるようにして肥田が立つ。

洪 「肥田と云う・・・、方が」

 洪がチラッと振り向く。

周明「ヒダ!? 」

 肥田が満面の笑みを浮かべ、少し「おどけて」洪の肩先から顔を出す。

肥田「バ~」
周明「おおッ!? ヒダくん? 肥田くんじゃないか」
肥田「大川くんッ! 久しぶり。元気そうだね」

 肥田は周明の身体を舐める様に見て、

肥田「少し肥えたかな?」

 洪は不似合いな二人の会話を聞きながら、

洪 「・・・知人ですか」
周明「知人? ああ、私のかつてのトレーナーです」
洪 「トレーナー?」
周明「そう。心身鍛錬のね」
洪 「心身鍛錬の?」
周明「精神と肉体だよ」

 周明は肥田を見て、

周明「・・・此処に居る事がよく分かったね」

 肥田のイメージが徐々に変化して来る。

肥田「猪一郎先生に聞いたんだ」
周明「猪一郎先生? ・・・そうでしたか。先生もあの裁判に連座する予定だったが、だいぶ高齢だし。・・・あれから暫くお会いしてないがお元気ですか?」

 畑が廊下から洪と肥田を見て、

畑 「中にお入りになったらいかがですか」
洪 「おお、そうだッ! どうぞどうぞ、中に」

 洪は体を退(ド)け肥田を部屋の中に通す。
 鮫島が畑に小声で、

鮫島「私、受付に戻ります」
畑 「ああ、そうね。院長も帰って来る時間だし。お願いします」

 肥田は奥に入り、八畳の部屋の中央に静座する。
 瞑想する肥田。

肥田「・・・」

 肥田は突然、大きく眼を開け丹田(下腹部)で大きく深呼吸し、ゆっくり呼吸を吐く。
 周明は肥田の仕草を見て、

周明「おお、肥田式強健術ですな。私も寝起きに励行しています」

 洪は肥田の腹をジッと見詰めて

洪 「梵(ヨーガ)の様に見えるが」
周明「いや、これは折衷良い所どり鍛練術だ」
洪 「? 要は混ぜこぜ体操かな?」
周明「バカにするものではありません。肥田くんはこの鍛錬を長年かけて生み出したのです。モノの本にも纏(マト)め挙げて有りますぞ。彼はこの鍛錬によって軟弱な身体を鍛え上げたのです。脳にも実に良い。肥田くんの明晰な頭脳はひとえに、この鍛錬の賜物(タマモノ)です」
洪 「ほう。それは良い事を聞いた。・・・あッ、そうだッ! 朝のラジオ体操に使ったらどうかな?」

 周明は洪を見て、

周明「やりなさいッ! 婦女子の血(チ)の道(ミチ)にも良いらしい。ねえ、肥田くん」
肥田「一週間で効果は出る。婦女子の便秘、月経不順、鼻づまりや目眩、耳鳴り、その他、万能即効体操じゃ。よかったら、私が明日から手解(テホド)きをしましょうか」
洪 「おお、それは良い」

 洪は畑を見て、

洪 「ねえ、畑さん、君も何か当てはまる症状が有るだろう」
畑 「えッ? ええ、まあ・・・」
洪 「大丈夫だ。院長も頭痛持ちだ。それがたった一週間で治ったら。ねえ、肥田先生」

 単純な洪は乗り気である。

洪 「そうだ、論より証拠、明日からやってもらいましょう」

 畑は驚いて、

畑 「えッ!? あッ、いや、ただ、その件は院長の了解を得なければ」
洪 「院長は体操の担当ではないッ!」

 畑は非常に不満な表情で、

畑 「私は知りませんからね」
洪 「良いッ! 君は黙って運動してれ良いのだ。院長には後で私が話す。・・・・ところで先生は今、何処にお住まいかな?」
肥田「いや、先の戦争に敗残して以来、雲水で凌(シノ)いでおる」
洪 「雲水? と云うと、放浪者ですか」

 肥田は急に顔を和(ヤワラ)らげ、

肥田「まあ、そうとも言うな」

 肥田は洪の耳元にそっと、

肥田「実は、乞食(コジキ)だ」

 洪は驚いて、

洪 「何ッ? それはいかん。脳病に成るぞ」

 洪は畑を見て、

洪 「畑さん、101号室が空いてるねえ」
畑 「隣ですか? あそこは開かずの間です」
洪 「僕は前から気に成って居たんだ。何故、隣は使わないんだ」
畑 「いや、兎に角、院長の許可を得なければ・・・」
洪 「院長には後で私が話す、と言ってるだろう」
畑 「いやッ、でも~・・・」
洪 「体操はいつも僕が音頭をとってるのだが、何と無く緊張感が足りない。病棟内からも 気合が入っておらん! の声が響く。精神衛生上、悪い影響を及ぼしているようだ。僕も前からこれはいかんと思っていた。とくにあの院長はヤル気がない。これは端的(タンテキ)な効果が現れないからヤル気が出ないのだと思う。反省すべき点が多々ある。朝は一日の始まりである。肥田先生が音頭を取ってくれたらこの病院も大いに活気が出る。肥田先生ッ! どうですか。帰るあてがないのなら隣の部屋に間借りでもしたら。親友同志、短い間かもしれないが大いに語り明かしたら如何(イカガ)ですか。大川さんの病気にもその方がベターだ」
周明「それは、名案だ。今の私には語り合う友が一番の薬だ。どうせ私は年が明ければネックハンギング・・・」

 周明は右手を開いて首に持って行く。

肥田「おッ、そうだ。忘れてた! 君に渡そうと思って、本を持って来た」
周明「本? そう言えば君は十一年に市ヶ谷に再収監された時にも本を差し入れてくれたね」
肥田「ああ、碧巌録だ」
周明「あれは、三回読み返した。臨済宗だね。私はインド哲学を専攻したものだから、どうしてもアレは鼻に付く」
肥田「ほう、嫌いか」
周明「いや、嫌いとか好きとかの問題ではない。あの百則がなんと言うかねえ・・・鼻に付くんだな」
肥田「セッチョウジュウケンのジュコの方か?」

 畑は目を丸くして二人を聞いている。

畑 「???」

 鮫島が部屋に入って来る。

鮫島「洪先生、院長が戻りました」

                   つづく

肥田春充「元帝国陸海軍教育部体育指導・体育家・山梨県出身」

徳富蘇峰 「ナショナリズムを背景にしたジャーナリス(国民新聞現東京新聞)、思想家、歴史家、評論家である。東京裁判に連座予定であったが高齢のため不起訴。 有名な 御仁(ヒト)である」

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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本編 七人の大義 (松沢病院の思想家)ラジオ体操

2017-06-22 | 本 編

          本 編

        イメージキャスト

      大川周明 (阿部 寛)

      内村祐之 (中井貴一)

      洪 文武 (生瀬勝久)

      堀田善衛 (北村一輝)

      岡田 滋 (中村獅童)

      畑 千尋 (吉田日出子)
      鮫島昭子 (鷲尾真知子)
      朝倉みち子 (小林聡子)


〇ラジオ体操
 朝、6時。
 周明は布団を畳んで日課の座禅を組む。
 蝉の声が騒がしい。
 屋根の樋(トイ)で2羽の雀が何かを話している。

 突然、中庭の電柱に備え付けた拡声器から声が響く。

声 「ラジオ体操第1~!」

 いつ出て来たのか院内の医師と看護婦達が並んで体操を始める。
 前に出て音頭を取るのは、あの足の悪い? 「洪」である。

洪 「オイッチニーサンシー、オイッチニーサンシー、ハイ! 胸を大きく広げてー・・・」

 内村院長が畑の後ろに隠れるようにして身体(カラダ)を前後させている。
 院内の各部屋から患者達が大声で号令を掛け始める。

声 「オイッチニーサンシ―、オイッチニーサンシー」

 窓から薄笑いを浮かべて覗いている岡田。
 岡田の怒鳴り声が、

岡田(声)「キサン、気合が入っておらんぞ。こらッ! そこの衛生兵!」

 賑(ニギ)やかな朝の「精神病院」の風景である。

〇朝、9時。
 周明が朝食を摂り終え一休みしている。

音 「コンコン」

 ドアーをノックする音。

周明「はい!」

 引き戸が開き、内村院長と畑婦長が入って来る。

内村「失礼します」
周明「おッ! 院長」

 周明は病室の中央に座り直す。

内村「いや~、そのままそのまま」
周明「あッ、はい」

 内村は周明を見て、

内村「・・・どうですか? 夜は眠れます?」
周明「えッ? ・・・まあ」
内村「それは良かった。私は先生をこんな所に閉じ込めてしまって心苦しくて。ハハハ」
周明「ああ、そんな事、気にせんで下さい。これも修養です」
内村「いや先生、此処は収容所では有りませんよ」

 畑が口を挟む。

畑 「院長、そのシュウヨウではありません。精神の修養の方です」
内村「ああ、そっちの方か。実に漢字と云う物は、ハハハ。ねえ」

 内村は周明を見る。

内村「あッ、そうだ。昨日、先生が部屋に行った後、病歴を見たんです。米軍はひどい診断をするものだ。先生の病を梅毒性精神障害と書いてある」
周明「梅毒!? ・・・やっぱり梅毒の方を採りましたか」
内村「やっぱり?」
周明「東大病院で赤月と云う担当医が、突発性精神障害と書き直したんです。最後の抵抗だとか言ってね」
内村「ほう。赤月君が・・・」
周明「えッ、ご存知ですか!?」
内村「うッ? ・・・まあ」

 内村は言葉を濁す。
 (赤月医師の過去の経歴は関東軍防疫給水部本部・*満州731部隊である)

内村「で、米軍病院ではどんな検査をされました」
周明「検査? そんなものはしていません。あッ! そういえば、歯の検査をしましたな」
内村「歯?」
周明「私は昔から胃と歯性(ハショウ)が悪くて。口臭が・・・」
内村「口臭? それは梅毒とは関係ないなあ。・・・米軍は先生を梅毒と云う事にして社会から隔離、抹殺したかったんじゃないでしょうか。でもそのおかげで命拾いをしたのかもしれませんよ? ハハハ」
周明「命拾い? 私は命なんかに未練は持っていませんッ! 私は、日本経済の糧(カテ)を大陸に求め、アジア圏を日本を中心にした1つの共同体に纏(タバネ)あげ、共存共栄にしたかっただけです。私はきっかけを、あえて求めるような厭(イヤ)らしい根性など持ち合わせていませんッ! 満州三角同盟の*参スケどもと一緒にされては心外ですッ! 総て日本国民の経済的繁栄と精神の安寧の為に方向を指して来たのです。自由、平等、友愛。これが無くて国家の繁栄など有り得ません」
内村「その通りッ! だから私は先生を米国の茶番法廷から救いたいんです。アイツ等はイタリアを腑抜けにしてドイツを解体し、日本の精神を抹殺しようとしている」

 周明は気を静めて、

周明「院長、・・・もう良いです」

 深く溜息を付く周明。

周明「・・・。私はA級戦犯で思想犯です。私を絞首刑にしなければ連合軍は結論が出せないのです。少ない余命を此処で楽しく過ごさせて頂きます」
内村「そう悲観なさるな。私が沢山、病名を見つけて進駐軍に提出してやります」

 内村院長は畑婦長を見て、

内村「ところで・・・、この部屋に以前居たあの患者は無事に退院出来たのかな」
畑 「いえ」
内村「いえ?」

 内村は畑の顔を凝視する。

内村「何か遭ったのかな?」
畑 「えッ? まあ・・・」
内村「そうか・・・。まあ、そんな事はこの病院ではよくある事だ。私は先生が長生きさえしてくれればそれで良い。じゃ、そろそろ行こうか。他の患者も診ないとね」

 内村と畑が部屋を出て行く。
 ドアーは開けっ放しである。
 周明はだらしない2人に少し苛立(イラダチ)ち、戸を閉めるために立ち上がる。
 ふと、鉄格子の窓の向こうを見る。
 堀田が中庭を散歩している。
 周明はガラス戸を開け、鉄格子越しに、

周明「堀田くん!」

〇病院の中庭
 周明の突然の呼び掛けに驚く堀田。

堀田「! ・・・何だ、大川さんじゃないか」
周明「何をしているんだ」
堀田「見ての通り、歩いているんだ」
周明「散歩か?」
堀田「とも云うね」

 堀田は理屈っぽい。

周明「そうだッ! 私も散歩でもしょうか。どうせここに居ても何もする事がない。仲間に入れてくれ」
堀田「仲間? ・・・若い女の方が良いなあ」
周明「そう年寄りを邪険にするものではない。ちょっと待っとけ!」

 周明は急いでワイシャツとズボンに着替えて部屋を出て行く。
 

*満州731部隊「当時、GHQは(731部隊)に所属経験の医師達を別の形で捜索していた。

*参スケ 「1、鮎川義介(あいかわよしスケ)満業社長(満州重工業開発株式会社) 2、岸信介(きしのぶスケ)離満前役職(総務庁次長) 3、松岡洋右(まつおかようスケ)離満前役職(満鉄総裁) 通称(満州三角同盟)と呼ばれ全員山口県出身である。また、3人は姻戚関係にあり、岸信介は安倍晋三氏の曽祖父である」

参考「弐キ参スケ」と呼ばれ「弐キ」とは 1、東条英機(ひでキ) 2、広田弘毅(こうキ)である。

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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本編 七人の大義 (松沢病院の思想家)風呂と主義

2017-06-18 | 本 編

          本 編

        イメージキャスト

      大川周明 (阿部 寛)

      内村祐之 (中井貴一)

      洪 文武 (生瀬勝久)

      堀田善衛 (北村一輝)

      岡田 滋 (中村獅童)

      畑 千尋 (吉田日出子)
      鮫島昭子 (鷲尾真知子)
      朝倉みち子 (小林聡子)


〇風呂場の廊下
 堀田が一点を見詰め、風呂場を通り過ぎる。

堀田「・・・」
鮫島「堀田さん! お風呂はこちらですよ」

 堀田はわざとらしく、

堀田「あッ、僕は何しに?」
鮫島「お風呂ですよ」
堀田「おお、失敬! 気違いとはこんな感じで良いのかな。ハハハ」

 鮫島は呆れた顔で堀田を見る。

鮫島「・・・先にお1人、入浴して居(オ)りますから」
堀田「そう。男ですかオンナですか?」
鮫島「オトコに決まってるでしょう! まったく」

 堀田は鮫島をジッと見詰めて、

堀田「鮫島さん、たまには2人でどうですか。背中でも流しますよ」
鮫島「バカ言ってるんじゃありません」
掘田「ハハハ、何を照れてるんですか。生娘(キムスメ)でもあるまいし」
鮫島「うるさいッ! 院長に言いますよ」
堀田「どうぞ、どうぞ。そうすれば早く此処から出られる。ハハハ」

 堀田は風呂場の戸を開ける。

鮫島「あッ、ちょっと待ってください。ポケットの中を検(アラタ)めさせて頂きます」
堀田「何も入って無いですよ。僕は囚人(シュウジン)だ。死にに来たんじゃない」
鮫島「規則ですから」

 鮫島は、堀田のズボンのポケットに手を入れる。
 堀田は鮫島を上から見て、
  
堀田「キソクね~。法律以外に規則もあるのか。まったく人間の世の中はシンドイね ・・・くすぐったいな、もう良いよ。・・・ところで、誰が入っているんですか」
鮫島「大川周明と云う患者さんです」
堀田「オオカワシュウメイ? ほう。面白い名前だ。同姓同名かな?」
鮫島「さあね~」
堀田「あッ! そうだッ! 君、夕飯はすき焼き、酒も1本付けてくれ」
鮫島「キミッ?」

 鮫島がきつい目で堀田を睨む。

堀田「? 君じゃないのか?」

 鮫島はフクレツラで堀田を見て、

鮫島「・・・分かりました。朝倉に伝えて置きましょう。ご要望にお応え出来るかしらね。お風呂は10分でお願いしますよッ!」
堀田「分かってるよ。おフクロじゃないんだから。いちいちうるさいぞッ!」

〇風呂場
 鉄格子の向こうで、カッコウが鳴いている。
 周明は一週間ぶりの風呂に気持良さそうに浸かっている。
 金網入りのガラス戸を開けて、堀田が入って来る。

堀田「お邪魔します」

 堀田は俯(ウツム)いて前を隠し、備え付けの風呂桶を手に蛇口の前に。
 堀田は振り向きもせず入浴中の周明に、

堀田「・・・、今日も暑かったですね」
周明「そうだったねえ」

 周明の偉そうな口ぶりに振り返る堀田。

堀田「何処かでお会いしましたか?」
周明「いや、覚えが無いな」
堀田「・・・堀田善衛、103号室に居ます」
周明「大川周明です。103と云うと、君は私の隣の部屋だね?」
堀田「・・・失礼ですが、大川と云うとあの大川さんではありませんよね」
周明「あの大川とはどの大川かな?」

 堀田は少し苛立つ。

堀田「例の戦犯の大川周明ですよ」
周明「違うな」
堀田「それは失敬。まッ、そんな人がこんな所に来る筈がない」

 堀田は桶の湯を身体に掛け湯船に入る。

堀田「・・・あ~、極楽だ・・・。大川さんは娑婆(シャバ)では何をしてました」
周明「娑婆(シャバ)? ああ、私は・・・、彫刻家だ」
堀田「彫刻家? へえ~・・・」
周明「君は?」
堀田「僕は、浮浪者です」
周明「浮浪者? ハハハ。此処は浮浪者が来る所かねえ。若そうに見えるが、・・・ノイローゼにでもなったのかな?」

 堀田は周明の口調がだんだん腹立たしくなって来る。

堀田「おい、爺さん。此処(ココ)は皆同じような病気の集まりだ。あまり偉そうにするな」
周明「ああ、御免、御免。此処(ココ)じゃ君は先輩だったな。で、君は何んでこんな所に居るのですか」

 堀田は周明をチラッと見て、

堀田「? ・・・僕は大陸からの引揚者だ・・・」
周明「ほう。で?」

 堀田は胡散臭さそうな顔で周明を見る。

堀田「・・・仕事が無くて、知人の紹介で新聞社に勤めたんだ」
堀田「それで?」

 周明を睨み、咳払いをする堀田。

堀田「ウッフン!」

 堀田は急に早口になり、饒舌に経緯を話し始める。

堀田「そこで、上司が僕に初仕事を廻してくれた。僕は、原稿用紙に数枚の記事を書いて上司に見せた。そしたら、僕の顔を睨んで、お前は赤かッ!」
周明「アカ? ・・・君はマルクス主義者か」
堀田「マルクス!? 僕は、この戦争のやり方を批判しただけだ。一部の軍部のバカ野郎共が東洋平和の実現の為とか何とか言いやがって、数100万人もの命を奪いやがって。・・・何が共存共栄だッ! 僕の友人達だって皆、徴用され、何処かに消えてしまった。何一つ文句も言えず、生きる権利を蹂躙されたんだぞ。こんな不条理があるか」
周明「・・・、不条理を表現してアカか? その上司と云うのはだいぶ不勉強だな。だいたいアカなんて簡単に言ってのけるものではない。アカとは国体に対する反逆者だ。ただ国体も、個人の理想も、対抗するものが在ってこそ強力になる」
堀田「? アンタは何者だ」

 周明は、堀田をはぐらかして、

周明「で、君は此処(ココ)に来たと云う事かな」

 堀田は少し砕けた感じで。 

堀田「いや、実は銀座で知人とハシゴしてたんだ。そしたら、私服が僕だけ捕まえやがって、・・・行き着いた所が此処さ。きっと、僕はマークされていたんだろうな」

 堀田は風呂の中で伸びをしながら、 

堀田「あ~あ。僕は当分此処で静養する事に成るんだろうな。それも、気違いのレッテルを貼られてね。爺さん! いや失礼、大川さんだったね。僕だけ話をさせておいてアンタは何故、此処に来たんだ」
周明「ああ、私か? 私は地獄で落ち目の閻魔様の頭を叩いてしまった」
堀田「何ッ?」
周明「ハハハハ」

 堀田は周明の顔をまじまじと見て、

堀田「・・・アンタは何んの病だ?」
周明「うん? そうだなあ。・・・高血圧だ。だからゆっくり此処で静養しなくてはいけないんだ」

 堀田はまた胡散臭い顔で周明を見て、ボソッと一言、

堀田「・・・隣に変な気違いが入って来たなあ・・・」
周明「うん? 何か言ったかね」
堀田「いや、何でもない。僕は本当の気違いに成りたくないからね」
周明「あれ? さっき君は皆同じ病気と言ったじゃないか?」

 堀田は顔を赤らめて周明を見る。

堀田「・・・、風呂の時間は10分だ。僕は長風呂は嫌いだ。先に出る。失礼ッ!」

 湯船を立つ堀田。

周明「おい、堀田君! 消灯は何時だ」

 うっかり、

堀田「ハイッ、先生ッ! あれ?」

 堀田は風呂場のガラス戸を半開きにして、吐き捨てる様に、

堀田「・・・好きにしてくれ。偉そうに。水色のパジャマで首を吊らないでね」

 風呂場を出て行く堀田。

〇廊下 外
 陽が沈む
 周明は入浴を終え、愛用の水色のパジャマに着替え、さっぱりした感じで病室に戻って来る。

〇102号室
 暫く、お膳の前に座禅し、沈思黙考の瞑想をしている。

〇廊下
 病棟の廊下を「独り言」を言いながら歩いて行く男。

男 「弾も無い、食う物もない。あの野郎これで戦えと言うのか。クソッ・・・」

 突然、声を張り上げる男。

男 「衛生兵~ッ! 俺の左手を持って来い。手が無いと着剣出来ないぞ~ッ!」

 男は震える声で、

男 「・・・さッ、3分したら突撃だ。急げ・・・、手が無い・・・手、手、・・・岡田、落ち着け ・・・岡田、オカダ、オカダ・・・」

 また悲鳴のような大声が。

男 「トツゲ~キッ! ・・・・・。天(テン)、皇(ノオ)、陛(ヘイ)、下(カ)~、 バンザーイッ!」

〇静まり返る東病棟

〇102号室
 周明が、病室の覗き窓からそっと廊下を見る。
 裸電球の灯りが廊下を照らしている。
 廊下に、男が倒れて居る。
 叫んでいた男である。

〇廊下
 暫くして、看護婦の鮫島がトレーに注射器を載せて廊下を走って来る。

鮫島「岡田さん! しっかりしてください。大丈夫ですか?」

 反応が無い。
 鮫島は岡田の右腕に、持って来た注射を打つ。
 暫くすると岡田の眼が開く。

鮫島「気が付きましたか?」
岡田「・・・看護兵か? ・・・俺は生き残ったのか」

 鮫島は岡田の眼の奥を覗き、いつもの様に芝居を打つ。

鮫島「ハイッ! 弾は急所は外れています。しっかりして下さい」
岡田「クソッ! 腰の短銃に1発残っている。ヤッてくれ」

 鮫島は岡田の腰元を見て、

鮫島「腰に短銃なんか有りませんよ」

 岡田は腰元を右手で探る。

岡田「うッ?? ・・・失くしたか。オマエは従軍看護婦かッ! 此処は何処(ドコ)だ? 早く部隊長に報告しなければ。おい、起こしてくれ」

 鮫島は気合の入った声で、

鮫島「岡田准尉ッ! 起きなさいッ!」
岡田「何ッ!? キサマ~、看護兵のくせに」

 岡田は鮫島を血走った眼で睨み付ける。
 鮫島は冷静に、

鮫島「・・・。さあ、起きてお風呂に行きましょう。さっぱりしますよ」
岡田「風呂? ・・・状況は厳しい。風呂なんぞに入ってる場合ではない」
鮫島「明日は、観兵式です。閣下が御見えです。身体を綺麗にしなければなりません」
岡田「カッカが? ・・・そうか。それは・・・風呂に入らなければならないな」

 岡田は何も無かった様に立ちあがる。

岡田「よしッ! 行くぞ」

 岡田は肩を怒らせ風呂に向かう。
 鮫島が岡田の症状をジッと見守る。

 この病院の患者は「これが普通」なのである。

 静かに成った廊下。

〇102号室
 周明はまた部屋の一画に戻り、座禅を組み直す。
 ドアーをノックする音。

音 「コンコン」
周明「どうぞ」

 引き戸が静かに開く。

看護婦「夕食をお持ちしました」
周明「夕食? おッ、有り難う御座います」
看護婦「食事等を受け持つ朝倉(元従軍看護婦)と申します。宜しくお願いします」
周明「ああ、君が朝倉さんか。あのドーナツは美味しかった」

 周明はまじまじと朝倉の顔を見る。
 真面目で、少し田舎の香りがする可愛い看護婦である。

朝倉「あら、召し上がりました? 私の18番なんです」

 朝倉は机に配膳して行く。
 周明は置かれた盛り付けに驚いて

周明「牛皿かあ・・・ 随分豪勢だねえ。市ヶ谷や巣鴨とは大違いだ」
朝倉「此処は刑務所ではありませんから。でも、カロリーの計算が大変なんです。いつも同じ物では患者さんが飽きちゃうし。あッ、オカワリは有りませんから悪しからず」
周明「それはそうでしょう。旅館でもあるまいしね」
朝倉「それがね、隣の患者さんは酒が無いとか味が薄いとか、うるさくて」
周明「隣の患者? 堀田君のことですか」
朝倉「あら、先生ご存知で?」
周明「ああ、さっき風呂で一緒でした」
朝倉「慶応出の売れない作家です。ただのボンボンですよ」
周明「彼は、歳は幾つですか?」
朝倉「27歳ですって。いろんな作家の批評ばっかりしていて。でも、私は全然興味はありませんので」
周明「ハハハハ。頭は良いみたいだが、器(ウツワ)が小さいようだな」
朝倉「まだ、子供ですよ。アマちゃんです」
周明「アマちゃんか。・・・ところで岡田さんと云う方は大変なようですね」
朝倉「オカダ? ああ、あの患者さんは重症です。南方の二ューギニアと云う島で戦って来たみたいです。ヒルとか虫にいっぱい刺されたみたい。頭がおかしく成ったのもそのせいもあるかも。・・・でも、可哀想な人です。ようやく生き残って帰って来たのに、家族は皆んな、空襲で亡くなってしまったらしいんです。あの方はずっとあのまま、此処で戦って居た方が良いのかもしれませんわ」

 周明はため息交じりに、 

周明「終わらない戦争か・・・」
朝倉「先生」
周明「うん?」
朝倉「先生は本当に東条さんの頭を叩いたんですか?」
周明「うん? ・・・う~ん・・・」

 周明は窓の暗い外を見て、割りきれない返事を返す。

朝倉「何故ですか?」
周明「ナゼ? ・・・」

 周明は大きく溜息を付き、

周明「・・・私は軍国主義者では無い」
朝倉「主義? 主義で戦争をしたのですか?」
周明「うん? ・・・」

 朝倉は鋭い質問を周明に返す。

朝倉「私は頭が悪いから主義なんて言葉は分かりません。隣の堀田さんも君は何んとか主義かッ! とか言って私を貶(ケナ)すむんです。、主義と云うものはそんなに大切なものなのですか?」
周明「・・・」
朝倉「東条さんは何んでそんな主義に成ったんですか? 私は岩手の山奥で育ったんです。大好きだった兄が兵隊にとられ、男手も減ってしまって・・・。看護婦に成ればいつかは兄に会えるかと思って。・・・でも会えませんでした。母は今でも息子の帰りを、首を長くして待っています。ちょうど今頃は田植えの時期。どうしても男手が必要なんです」

 朝倉は考え込んむ。

朝倉「・・・兄の主義って何だったのでしょう・・・」

 周明は目を硬く閉じる。

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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本編 七人の大義 (松沢病院の思想家)東病棟へ

2017-06-15 | 本 編

          本 編

        イメージキャスト

      大川周明 (阿部 寛)

      洪 文武 (生瀬勝久)

      堀田善衛 (北村一輝)

      畑 千尋 (吉田日出子)
      鮫島昭子 (鷲尾真知子)
      

〇東病棟
 病院中央の渡り廊下を下ると一般病棟である。
 そして、更に奥に進むと病棟が2つ分れる。
 右側は東病棟(男子病棟)、左側は西病棟(女子病棟)である。

 誰が弾(ヒ)くのかショパンの「ノクターン第一番」が中庭を静かに流れる。

 渡り廊を畑と周明が歩いて来る。

周明「・・・誰が弾(ヒ)いてるのですか?」
畑 「ああ、うちの看護婦です。音楽は患者の精神を休めるので」
周明「ほう。・・・」

 畑が立ち止り、

畑 「こちらが東病棟です。足元に気を付けて下さい・・・」

 周明は畑に言われるがままに付いて行く。
 右に曲がって最初の病室から「2つ目」。
 畑が右手を広げ、指し示す。

畑 「こちらが、大川先生の病室です」

 鉄格子の覗き窓の付いた引き戸に、「大川周明」の名札が挿してある。
 周明は戸の番号を見て、

周明「102号室ですか」
畑 「はい」

 畑は施錠を解いで引き戸を開ける。
 8畳のほどの畳病室に小さな机が一つ。
 隅に布団がたたんで置いてある。
 病室は以外に明るい。
 が、窓は総て「鉄格子」が噛んである。

畑 「・・・どうぞ」

 周明は一瞬躊躇し、病室の中を目で一周する。

周明「・・・私は此処に入るのですか?」
畑 「そうです。最初は戸惑うかもしれませんが、慣れれば先生には最適のお部屋に成ります。誰にも邪魔されないし」
周明「お部屋? ・・・お部屋ですか・・・」
畑 「あッ、鍵は開けときますから、いつでも外出は出来ます。でも、病院の外には出ない方がよろしいかも。多分、先生は監視されていますから」
周明「監視? あッ、う、う~ん・・・」
畑 「読みたい本、ノートの類は鮫島と云う看護婦に言って下さい。東棟の担当です。さっきのピアノを弾いてたのも鮫島です」
周明「ああ、あの・・・」
畑 「鮫島は沖縄で従軍看護婦をしてました。ご主人は硫黄島で亡くなりましたのよ」
周明「イオウトウッ?!」

 周明が驚く。

畑 「そう。ご主人は帝大の立派な方でした」
周明「ほう。学徒ですか」
畑 「いいえ。志願したらしいです」
周明「シガン・・・」

 周明は深く溜息をつき目を瞑(ツム)る。

周明「・・・私は、戦争までは望まなかった。・・・当時、参謀長だった東条の満州に対する政権獲得と軍閥勢力拡大の為、大陸を蹂躙してしまい・・・。まず、大陸との経済同盟を確立する事が先決である。・・・関東軍など「東洋平和の実現・五族協和」と「満州新国家の建設」を逆手にとって侵略する事のみに逸ってしまった・・・。東条も、もはや私の意見など聞かなくなってしまうし、私の言葉は総て大本営のスローガンとプロパガンダに変わってしまった。・・・大東亜戦は大亜細亜主義に真っ向から対立する手法だ。・・・我が国だけでも3百万以上もの、大変な犠牲者を出してしまったではないか・・・」

 畑は周明を説得するように、

畑 「先生、自分を責めても仕方有りません。戦争はもう終わったんです。歴史は変わったんです」
周明「違うッ! 戦争に終わりは無いッ! 戦争を起こしたと云う事とは、すべて終わりの無い始まりなのである」

 突然、中庭に大声が響き渡る。

声 「衛生兵~ッ! 岡田准尉負傷~ッ。衛生兵~ッ! 」
周明「?!」

 畑は周明を見て、

畑 「ああ、気にしないで下さい。あの患者は戦争病の障害者です」
周明「戦争病?」
畑 「ええ。まだ精神は戦地で戦って居るのです」

 周明は声の方を見て、

周明「・・・」

〇102号室の中
 畑が102号室で、周明に「入院中の規則」を説明している。
 そこに、担当医の洪 文武が入って来る。

洪 「いやいや、大川さん。良い部屋でしょう。気に入ってもらえたかな」

 周明は洪の脚を見て、

周明「? 杖はどうしました?」
洪 「ああ、あれはヨソ行きだ。ハハハ」
周明「ヨソ行き? 洪先生は脚を撃たれたんじゃなかったのですか?」

 洪は驚いて、

洪 「撃たれた? 誰にそんな聞いたッ!」
周明「うッ? ・・・うー・・・」

 洪は周明を鋭い眼で見詰める。

洪 「・・・まあ、良い。これは・・・。撃ったんだ」
周明「撃った?」
洪 「そう。撃たれる前に撃った。・・・あんな戦争で命なんか捨てられるか。最後の1発で生き延びたんだ。あんたインパールって知ってるか?」

 周明は憮然と、

周明「勿論ッ!」
洪 「ハハハ、それは失敬。怒るな。血圧が上がるぞ」

 洪は話をそらす。

洪 「ところで、あんたは人体実験用の俘虜だったらしいが?」
周明「人体実験? 違います!」
洪 「違う?」

 洪は周明をまじまじと見て、

洪 「 ・・・民間人の学者が気が狂(フ)れたとも思えんがのう」

 畑が2人の話を割って、

畑 「大川さんは戦犯です」
洪 「戦犯ッ!? ・・・ほ~う。で、沢山ヤッ(殺す)たのか」
周明「私は、人は殺していないッ!」
洪 「怒るな。・・・まあ良い。ヤラなければヤラれる。それも味方にな。それでも戦犯だ。まさに前門の虎、後門の狼とはこの事だ。ハハハ」

 洪は戦争をバカにした笑いをする。

周明「洪先生は赤月毘法と云う方をご存知ですか?」
洪 「赤月? ・・・おお、知っている。アイツも戦犯になったか」
周明「いや、此処に来る前に診てもらった医師です」
洪 「医師? 何処で」
周明「帝大病院」
洪 「帝大病院? アイツ、そんな所に紛れ込んだか。よく生き延びたなあ。731に居たくせに」
周明「ナナサンイチ?」
洪 「いや、何でもない。しかしアンタは随分特別待遇だな。私はどのように治療したら良いの分らないぞ」
畑 「院長から定時の体操と入浴、減塩と滋養物の摂取を勧められております」

 洪は周明を見て、

洪 「アンタ、脳病か?」
畑 「高血圧疾患なので安静が必要なのです。洪先生、あまり大川さんを刺激しないようにお願いします」

 洪は周明をまじまじと見て、

洪 「高血圧?・・・」

〇夕方の102号室
 夕方、周明が病室の中央で座禅を組んでいる。
 ドアーを叩く音がする。

音 「コンコン」 
周明「うん? ・・・どうぞッ!」

 ドアーが静かに開き、中年の看護婦が顔を出す。

看護婦「失礼します」

 看護婦は周明の病室に入り、丁寧に挨拶をする。

看護婦「東棟を受け持つ鮫島昭子(元従軍看護婦)と申します。宜しくお願いします」

 小ぶりながら、凛とした中々の美人である。

周明「あッ、大川周明と申します。宜しくお願いします」
鮫島「お名前は存知あげております。裁判所で東条さんの頭を叩いた・・・」
周明「ああ、あれは公判中、東条が居眠りをしていたものですから」

 鮫島は驚いて、

鮫島「ええッ! そうだったんですか? 新聞にはそうは書いては有りませんでしたよ」
周明「? 何て書いて有りました」
鮫島「発狂の思想家、A級戦犯大川周明。東条の頭を叩く!」
周明「発狂か。発狂したから此処に連れて来られたんでしょうな。ハハハ」
鮫島「でも、国民は誰も先生を発狂したとは思っていませんよ。私はこの記事を見て戦争が終わったと思いました。戦争なんて・・・」

 鮫島は歯をくいしばり、涙を堪える。
 周明は鮫島を見て、

周明「・・・あなたはピアノがお上手ですね。あれは、ショパンですか」
鮫島「あら恥ずかしい。先生は音楽に興味がお有りですか?」
周明「うん? いや、まあ・・・」
鮫島「私、子供の頃、父の仕事の関係でポーランドに住んでいた事があるんです。そこで母にバレーとピアノを習わされたんです」
周明「ポーランド!?」
鮫島「ご存知ですか?」
周明「えッ? それは、まあ・・・。ご主人、硫黄島で戦死されたんですって?」
鮫島「あら、畑婦長が言ったんですか? 何でも喋っちゃうんだから」
周明「随分、酷(ヒド)い所に配属されたんですね」

 鮫島は俯いて寂しそうに、

鮫島「・・・栗林さんの下で副参謀職をやらせて頂いてたようです・・・。全滅だったらしいです。仕方がないですよ。私だけじゃないし・・・。あッ、先生はお風呂とお食事、どちらを先にしますか?」
周明「えッ? この病院では決まりは無いんですか?」
鮫島「そうですねえ、病院ですから少しの拘束は有りますけれど、東棟はその辺は別に」
周明「そう云えば、畑さんはその辺の事は言ってなかったな。じゃ、私は風呂を先に」
鮫島「はい。じゃッ、ご案内します」
周明「えッ!? 今ですか」
鮫島「順番が有るので。あッ、それから入浴時間は10分でお願いします」
周明「10分?」
鮫島「食事の用意も有りますし、お風呂場で亡くなる方も居(オ)るんです」
周明「亡くなる?」
鮫島「自殺です。神経が衰弱してる患者さんが多いので。表面で楽しくやっていても、1人に成ると突然自分の世界に入る方が居(オ)るんですよ。だからお風呂は必ず2人で入ってもらいます」
周明「2人ッ!?」
鮫島「はい。じゃ、ご案内します。どうぞ、こちらえ。あッ、それから寝巻きはお風呂場に用意してありますから」
周明「寝巻?」

 周明、鮫島の後に付いて、いそいそと部屋を出て行く。
 長い廊下の右奥に「男風呂」と書いた札が鴨居に挿してある。
 入り口に、備え付けの椅子が一つ。

鮫島「こちらです」

 鮫島は曇りガラスの引き戸を開ける。
 スノコ板の床の隅に2つの籠が置いてある。
 その中には着替えが各1つずつ。
 1つの籠には、周明愛用の水色のパジャマが入っている。
 周明は驚いて、

周明「あッ、これは!」
鮫島「ああ、朝倉が用意したのでしょう」
周明「随分手際が良い」
鮫島「ここは精神病院ですから」
周明「?」
鮫島「では、ごゆっくり。時間に成りましたらお知らせします」

 鮫島はガラス戸を静かに閉める。
 風呂の入り口に備えた椅子に座り、文庫本を取り出し読み始める鮫島。
 暫くすると、痩せた男が廊下を歩いて来る。

鮫島「堀田さん! ご機嫌よろしゅう」

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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本編 七人の大義 (松沢病院の思想家)松沢病院へ

2017-06-13 | 本 編

          本 編

        イメージキャスト

      大川周明 (阿部 寛)

      内村祐之 (中井貴一)

      洪 文武 (生瀬勝久)

      畑 千尋 (吉田日出子)

      村瀬源太郎 (石倉三郎)


〇松沢病院
 松沢病院の玄関前にトラックが入って来る。

〇米軍用トラックの運転席

MP「ストップ! スローリー・・・」
村瀬「イエッサー!」

 米軍用トラックが静かに停まる。

MP「アンロード ラゲッジ イン ザ バック!」
村瀬「イエッサー ボス!」

 勝ち誇った様な態度で太ったMPが笑う。

MP「ハハハハ、マンキー」

 初夏、蝉が病院の広場に堰を切ったように鳴いている。

〇松沢病院玄関車停め。
 村瀬がトラックを降りて荷台の幌(ホロ)を開ける。
 奥に「大川周明」が小さくなって座って居る。

村瀬「先生ッ! 着きましたよ。・・・ナメヤガッテ、あのアメ功・・・。あん時、もう1人ヤッ(殺す)とけばよかった。先生、負けちゃいけませんぜ」

 周明は村瀬をチラッと見て、眩しそうに荷台から降りて来る。
 何処と無く下町風で、饒舌な村瀬源太郎である。

村瀬「俺も殴りたい男が2人いるんです。牟田口廉也と俺の上官の矢野誠一と云うクソ野郎です。アイツ等、のうのうと生きて帰りやがって・・・。しかし、先生は凄いや。それを飛び越えて、東条のあの禿げ頭を引っ叩いた。大したもんだ・・・」

 周明は村瀬を見て、

周明「・・・引っ叩いたりはしないぞ。あれは叩いたんだ」
村瀬「はあ? ・・・」

 太ったMPがフェンダーミラーから村瀬と周明を見て、

MP「ハリー アップ! マンキー」
村瀬「イエース、イエス。タコ野郎」
MP「ホワッ? タコ?」
村瀬「NO、NO。チョコレー、ミルクパウダー、タコヤキ、ギブミー ボス!」
MP「OK、ハリー アップ! アイム ハングリー」

〇松沢病院玄関口
 玄関から麦わら帽子を被った松沢病院院長「内村祐之(周明の主治医)」と、ナースキャップの「畑 千尋看護婦長(元従軍看護婦)」が出て来る。
 * 内村祐之(内村鑑三の息子・後のプロ野球コミッショナーである)
 村瀬は2人を見て軍隊調の挙手をする。
 内村は村瀬を見て、

内村「ハハハハ、戦争は終わったぞ」
村瀬「はッ! 失礼しました。大川周明先生をお連れしましたッ!」
内村「分かった。ご苦労さん」
村瀬「先生を宜しくお願いします!」
内村「おお、勿論だ」
村瀬「はッ! じゃッ、村瀬上等兵帰りますッ!」

 また、不動の挙手をする村瀬源太郎。
 内村は村瀬をしみじみと見て、

内村「・・・君も少し此処で療養するか?」
村瀬「はッ? いや、まだ私は・・・」
内村「ハハハハ」
MP「ヘイ、カモン。ムラセ! ハリー、ハリー」

 太ったMPが自分の腕時計を指さし手招きをする。
 村瀬はMPを見て、

村瀬「うるせ~なー、デブッ」

 太ったMPがキツイ眼で村瀬を見る。

村瀬「オウ、イエス。タコヤキ」

 走ってトラックに乗り込む村瀬。
 村瀬がトラックの運転席から顔を出す。
 周明を見て、

村瀬「先生! 何かあったらいつでも呼んで下さい。ブっ飛んで来ますから」 

 村瀬源太郎がクラクションを2度鳴らして戻って行く。

〇村瀬源太郎と太ったMPが去った後。
 玄関に立つ畑婦長が大川を見て、

畑 「ご苦労さまでした。ここでゆっくり身体を休めて下さい」

 内村院長は周明を見て、

内村「大川先生、よくやりました。あれは常人では出来るものではない。私も2、3人頭をハッてやりたいヤツが居るんですけれどねえ。・・・中々チャンスがないし、度胸もない。先生は歴史に残る。あッ! さあ、さあ、奥で美味しいドーナツでも食べましょう。ハハハハ」 
畑 「さッ、先生、行きましょう」
周明「・・・」

 周明は2人の後に付いて院内に入って行く。
 病院の廊下に、初夏の鋭い陽が漏れる。

〇院長室
 院長室から笑い声が聞こえる。
 周明が旨そうにドーナツを食べている。

内村「どうですか、自家製ドーナツの味は」
周明「私は生来甘いものが苦手です。しかし、この甘さは実に美味だ。羊羹などとは比較にならない」
内村「そうですか。お口に合いましたか。うちの朝倉と云う看護婦が作ったんです。院内ではすこぶる評判でね。よかったら、もう1つ」
周明「あッ、じゃ、遠慮なく・・・」
畑 「コーヒーのお替りは?」
周明「・・・出来たら、私は紅茶の方が・・・」
畑 「あら、御免なさい! 大川先生はインド通でしたね。気が付きませんで。ちょっとお待ち下さい。今お持ちしますわ」

 畑婦長が席を立つ。

周明「いや、私は病人です。あんまりお構いしないで下さい」
畑 「良いんですよ。遠慮なさらずに」

 院長室を出て行く。

内村「あッ、そうか。先生は病人でしたね。ハハハ。・・・で、何んの病気でしたっけ」
 
 周明は怪訝な顔で内村を見る。

周明「・・・?」
内村「おお、そうだ。先生に担当医を紹介しておこう」

 と、畑婦長が紅茶を盆に載せて院長室に入って来る。

内村「あッ、畑さん、悪いけど洪先生を呼んでくれないか」

 畑はニコッと笑い、

畑 「はい」

 テーブルに紅茶を置き、院長室を出て行く畑。

〇病院の廊下
 病院の廊下を畑と松葉杖の「洪 文武(周明の担当医・元軍医)」が、言い争いながら歩いて来る。

洪 「い~いよ~、紹介なんて・・・」
畑 「だめです! 子供じゃないんだから、ちゃんと私の言う事を聞いて下さい」
洪 「俺は、あの院長の雰囲気が嫌いなんだよ~・・・」
畑 「好き嫌いじゃ世の中渡れませんよ。しっかりして下さい。情けない」

 院長室のドアーをノックする音。

音 「コンコン」
内村(声)「は~い! どうぞー」

〇院長室
 畑婦長がドアーを開ける。
 洪が松葉杖で不自由な身体を支え、とっておきの「作り笑顔」を浮かべて現れる。
 内村院長は洪を見て、

内村「おお、来た来た。洪先生、どうぞどうぞ。あなたの素敵な患者を紹介しておこう。こちら、大川周明さん。洪先生の担当と云う事でよろしくお願いします」
洪 「大川周明? ・・・何処かで聞いたような名前ですな」
内村「? 君は朝、新聞を読まないのですか?」
洪 「僕の朝は東のお天道様に向かい拝礼、コーランを唱え、・・・それで終りです」
内村「・・・簡単で良いなあアナタは。まあ、良い。入ってそこに座りなさい」

 洪は松葉杖を置き「大川周明」と対座する。

畑 「今、お茶をお持ちしましょう」
洪 「あッ、僕は紅茶で」

 畑はぶっきら棒に。

畑 「そうでしたネッ!」

 畑婦長が院長室を出て行く。
 周明は洪を見て、

周明「・・・コーランですか・・・」
洪 「・・・?」

 洪は医師の眼で、周明の目の「奥」を覗く。

洪 「そのままッ! 私の方をよく見て。・・・若干の斜視が有るな。脳・・・? 神経衰弱かな。アンタ、歳は?」
周明「はあ?」

 周明は突然の問診に頭を掻きながら、

周明「・・・ええと満で、60位かな?」
洪 「60? 還暦か・・・。恍惚が始まる頃だな・・・。で、趣味は?」
周明「趣味? 趣味は・・・研究ですか・・・」
洪 「研究? ああ・・・。顕微鏡の覗き過ぎだな。で、何を研究してらっしゃるのだ?」

 内村院長が口を挟む。

内村「洪先生、今日はその位で良いでしょう。別に大した病気ではないのだから」 
洪 「なにッ!?」

 洪は内村をキツイ眼で見る。

内村「いや、こちらの話です。それから、大川さんには東病棟に入ってもらいます。宜しくお願いします」
洪 「東病棟? あそこは不治の患者が入る病棟です。大した病気ではない患者は入れませんッ!」

 内村院長は洪に諭すように、

内村「まあ、いいから」
洪 「院長は私の意見をいつも聞いてくれないッ!」
内村「だから、良いんだ。私の言う事を聞いてれば」

 洪はまた、キツイ眼で内村を睨む。
 洪は気を静め、周明にこれまでの経緯を聞く。

洪 「・・・で、アンタは何処(ドコ)の病院から廻されて来たのですか?」

 また、内村院長が口を挿む。

内村「米軍病院から帝大病院。そして此処ッ!」

 洪は周明を見て、

洪 「えッ! 米軍から帝大? そして此処? ・・・アンタ、俘虜の実験材料だったのか?」

 内村がまた言葉をはぐらかす。

内村「お天道様を叩いたんだよ。ハハハ」
洪 「なにッ! オテントッ! ・・・?・・・」

 洪は内村院長を睨んで、

内村「・・・私の患者だ。院長は黙ってて欲しいッ!」

 実に融通の利かない「洪 文武」であった。

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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本編 七人の大義 (松沢病院の思想家)巣鴨プリズンから

2017-06-12 | 本 編

          本 編

        イメージキャスト

      大川周明 (阿部 寛)

      広田弘毅 (岸部一徳)

      赤月毘法 (益岡 徹)

      村瀬源太郎 (石倉三郎)


〇巣鴨プリズン
 空中から、「巣鴨プリズン」の全貌が映し出される。

〇独居房に男が寝ている。
 MPが2人、「覗き窓」から男を見ている。
 男は急にフトンを蹴って起き上がる。
 しばらく頭部を回し、突然、正座する。
 そして、大きな目を見開いて「覗き窓」を睨む。
 と、・・・独り言を言い始める。

男「・・・・・・」

 「経」を唱えているのである。
 MPの2人は「覗き窓」の向こうで顔を見合す。

MP(A)「He became mad !」
MB(B)「Sure ? Oh my God・・・」

 暫くすると男が床を立って、愛用の水色のパジャマのズボンを下ろして便器に「小用」を始める。

音「ジョー・・・」

〇拘置所の通路
 拘置所の通路を若いMP将校が1人、しっかりとした歩調で歩いて来る。

音「カッカッカッ」

 足音が止まる。
 MP(A)と将校が話をしている。
 MP(A)が独居房の鍵を開ける。
 廊下に響く施錠を解く音。

音「カチャ、ガチャ」

〇独居房の中
 冷たい鉄のドアーが開き、若い将校が男を見る。

将校「・・・ミスター オオカワ(大川)! デナサイ。アナタハ、トクベツナ ヘヤニ、カワッテモライマス」
周明「・・・?」
MP(A)「Come on !  Hurry up !」

 MP(B)が周明の肩を掴む。

周明「触るな! 異端者」
MP(B)「You have gone mad !」
周明「マッド? 私は気違いかッ!・・・」

 周明、大声で般若心経を唱える。

周明「般若波羅蜜多心経 観自在菩薩行・・・」
MP(A)「シャラップ! シズカニシナサイ!」
周明「スリッパを履かせなさいッ! スリッパを・・・」
将校「ダマリナサイ! アナタニハ、スリッパハ、イラナイ!」

〇通路を隔てた独居房
 向かいの房の「広田弘毅」が覗き窓から合掌しながら大川周明を見送る。

〇米軍病院
 白い護送車が「US MILITARY HOSPITAL(米軍病院)」の正門を入って行く。
 MPの門番兵が「捧げ銃」をする。
 玄関に到着すると、MP2人が護送車の後部ドアーを開ける。
 裸足(ハダシ)の大川周明が「水色のパジャマ」姿で奥に座っている。

MP(1)「Come on ! Hare up !」

 MPに追い立てられ、周明が護送車を降りる。
 眩しそうに外を見渡す周明。
 車止めの広場に大きな「五葉松」が堂々と植えてある。

周明「・・・? 病院か・・・」
MP(2)「You go to Psychopathic Area !」
周明「サイコ? 私は脳病にされたか。ハハハハ、ハハハハ」

 周明は大声で笑いながら、病院に入って行く。

〇1週間後
 周明は2人のMPに連行されて病院の裏口から出て来る。
 白い幌付きのジープが周明達3人の隣に停まる。
 周明はMPの1人に、

周明「リターンか?」
MP(1)「No , Hospital  changed !」
周明「チェンジ? 何処に連れて行く」
MP(1)「It's not necessary to answer !」
周明「私は気違いだぞ。何処に行っても治らない! オマエのような侵略者達に私の気違いの原因なんか解(ワカ)るはずがない」
MP(1)「?・・・・」

〇東大病院
 東大病院(病院裏門・救急搬出口)に白いジープが停まる。

MP(1)「Get off ! Mad monkey 」

 周明がジープから降りる。
 看護婦が出迎える。

 ジープのタイヤが砂利を蹴り上げ、土埃を周明にぶつけて戻って行く。

 看護婦は白衣に赤十字のナースキャップを被り白靴が眩しく輝いている。
 周明は思わず涙ぐむ。
 看護婦は周明に近づいて、

看護婦「どうしました?」
周明「いや、ちょっと・・・」
看護婦「良いんですよ。此処にはアナタの様な患者さんが沢山いますから」
周明「私のような患者?」
看護婦「そう。戦争障害者です。ご苦労様でした。大変だったでしょう。・・・行きましょう」

〇病院の廊下
 仄暗い病院の廊下の奥に、「精神科」の挿し札が見える。

看護婦「あそこで、先生がお待ちです。まず、問診をしましょう」

〇精神科診療室
 「精神科診療室」で赤月毘法(元731部隊・鹿児島県出身)が周明の問診を行っている。

赤月「アバッ! そうでしたか・・・、満鉄に・・・。ドンも満鉄病院に勤務してた事があります。・・・ジャワ、フィリッピン・・・、同期の医師は2人しか生き残って居りません。・・・先生の事は新聞で読みました」
周明「え?」
赤月「・・・あの東条の頭は、なかなか叩けるもんではありません。たとえ戦争が終わってもね」
周明「・・・」
赤月「で、ドギャンしましょう?」
周明「は?」
赤月「いや、病名ですよ。米軍病院の見立ては梅毒性精神疾患と書いてありますが」
周明「梅毒?」
赤月「? 覚えが有るとですか?」

 周明は憮然とした顔で赤月を見る。

周明「覚えなんてありませんッ!」

 赤月は周明を見て、

赤月「う~ん、・・・梅毒性精神疾患はないなあ。これは消して・・・突発として置きましょう」

 周明は机の上のカルテを覗き見る。

周明「突発性・・・精神疾患ですか・・・」
赤月「ええ。永久に治りませんよ。ドンもそうですから」

 周明は赤月の顔を見て、

周明「ドンも?」
赤月「・・・、コイで良(ヨ)かでしょ。この病名でGHQには提出しときます。どちらを採るかな? いや、ソン前に負けた国のカルテなんて見てくれンでしょッ・・・。コイがドンのささやかな抵抗です。ハハハハ」

 赤月は米軍のカルテの文字を斜線で消して、ドイツ語で「突発性」と大きな文字で乱雑に書き直す。

周明「・・・」

赤月「大川さん、良い病院を紹介しましょう。ビルマの生き残りで、足を撃たれた松葉杖の医師が居ります。ソイツは、同期で生き残った2人の内の1人で名前を、洪 文武(コウ フミタケ)と云う精神科医です。台湾出身で帝大でインド哲学を学び、医学を専攻した優秀な男です。いま、紹介状を書きますから。・・・あそこなら誰にも邪魔されんと、ゆっくり静養が出来る筈です」
周明「あの~・・・」
赤月「は?」
周明「何処の病院でしょうか?」
赤月「ああ、松沢病院(マツザワビョウイン)です」

 周明は驚く。

周明「マ、松沢ッ!?」
赤月「? ご存知でしたか」
周明「脳病院じゃないですか」
赤月「です。ジャッド、東(ヒガシ)病棟なら大丈夫ッ! 大川先生の様な長期療養患者がズンバイ居る所ですから。ハハハハ」

〇甲州街道
 甲州街道を西に向かって、1台のMP用トラックが走り抜ける。
 運転しているのは日本の警察官「村瀬源太郎(元陸軍上等兵)」である。
 村瀬は現在「進駐軍・本部付け」の運転手をしている。
 隣に太ったMPが、葉巻を咥えて村瀬に命令している。

MP「ターンッ! インターセクション レフトッ!」
村瀬「OK~、OK~!」

 MPは大きな態度で村瀬に葉巻を勧める。

MP「シガ~?」
村瀬「ノーサンキュー、マイ フレンド」

 MPは怪訝な顔で村瀬を見る。

MP「フレンド? オウ、ユーアー ナイスガイ。マンキージャップ・・・チュインガ オア チョコレ?」
村瀬「Oh チュインガム プリーズ」
MP「OK、OK マンキー ジャップ! ハハハハ」

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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本編 七人の大義 (松沢病院の思想家)訴追免除

2017-06-12 | 本 編

      「人道に対する犯罪者」

極東国際軍事裁判所条例から(D,マッカーサーGHQ最高司令官布告)

戦争犯罪者
 A級戦犯者 28名

罪 名
 *人道に対する罪
絞首刑者 7名「東条英機・板垣征四郎・広田弘毅・土肥原賢二・木村兵太郎・武藤章・松井石根

終身刑者 16名「荒木貞夫・梅津美治郎・大島 浩・岡 敬純・賀屋興宣・木戸幸一・小磯国昭(獄中病死)・佐藤賢了・嶋田繁太郎・白鳥敏夫・鈴木貞一・南 次郎・橋本欣五郎・畑 俊六・平沼騏一郎・星野直樹」

有期禁固 2名「重光 葵・東郷茂徳」

判決前病死 2名「永野修身・松岡洋右」

* A級戦犯(訴追免除)「大川周明(梅毒性精神障害)」


       大川周明的表現から

「世間では私が東条君に対する公私の憤りから彼の額を打ったのだと誤解して居る者が多い。 なるほど以前は東条君と私の間に衝突も対立もあったが、それは過ぎ去ったこと。今この軍事裁判に袂を列ねて立った以上、死なば諸共の戦友である。 往年吾々が偕に酒を酌んで酔いを発すれば、男性的愛撫と唱えて互いに頭を打ち合う習わしがあった。 私は久し振りでこの男性的愛撫を東条君に加えただけであり、東条君も吾意を拾ってか、莞爾(にこやかに)として振り返って私を見て居た。
 私は此の時までこの事を明瞭に記憶して居るが、法廷での其後の言動についての記憶は曖昧模糊としている。 唯だ控室で スターズ・エンド・ストライブスの記者が、明日の新聞に載せたいからと言って東条君の禿頭に似た額の米人を連れて来て、あの時のようにやってくれと頼むので、「よしよし」と承知して写真を撮らせた覚えがある。
それから私が目を覚ました時は、巣鴨プリズンの独居房に移されて居た。 催眠剤を注射して私が眠って居る間に、法廷から運んで来たのであろう。」 (文芸春秋昭和24年臨時増刊から)

*連合軍医務官の所見
 1、 「酔いを発すれば、男性的愛撫と唱えて互いに頭を打ち合う習わし?」
 2、「東条君も吾意を拾ってか、莞爾(にこやかに)として振り返って私を見ていた?」
 3、「法廷での其の後の言動についての記憶は曖昧模糊?」
もって、言動等から精神障害の疑いあり。

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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本編 七人の大義 (松沢病院の思想家)プロローグ

2017-06-11 | 本 編

    松沢病院の思想家「七人の大義」

             原作 土屋寛文

          梗 概
 
「大義親を滅す者達」の末路。
彼等は何の為、誰の為に戦ったのか。
「精神病院」から連合国最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥に、一矢報いるA級戦犯(思想家大川周明)と、元日本兵及び軍属達の魂(スピリッツ)をドラマ化したものであります。

*なお、このドラマは、「フィクション」であります。

      -TSUCHIYA Production-

          本 編

         プロローグ

        イメージキャスト

      大川周明 (阿部 寛)

      東条英機 (石橋蓮司)

    ウエッブ極東国際軍事裁判裁判長
    特別出演 ジョージ・クル―ニ―


〇テロップ
 極東軍事裁判(東京裁判) 04,26,1946
 被告 *大川周明(A級戦犯)
 罪状 人道に対する罪

 *大川周明「日本(国粋)主義 亜細亜主義 統制経済主義 を唱道し、日本を戦争に導いた民間でただ1人の思想犯(宗教家)である」

〇特設法廷
 中央、最後部の被告人席に奇妙な姿の男が座っている。
 男は水色のパジャマを纏って下駄を履いている。

 貧乏揺すりをしながら落ち着かない様子のパジャマの男。

 と、その男は突然パジャマを脱ぐ仕草を・・・。
 「MP」がそれを見て急いで男を制止する。
 パジャマの男の前に座って居るのは「A級戦犯 東条英機」である。
 東条は後ろの座席が騒がしいのでチラッと振り向く。

東条「・・・」

 頬を膨らませ、東条を睨むパジャマの男。

 ウエッブが長ったらしい判決文を読み続けている。

 静まり返った法廷。

音「カタカタカタ・・・」

 パジャマ男の貧乏揺すりの下駄の音が時計の秒針のように響く。
 突然、

音「パチン!」

 奇妙な「音」が法廷に響く。

 ウエッブは読むのを止めて「音」の方向を見る。
 「MP」がパジャマの男の両肩を押さえ込んでいる。
 東条が苦笑している姿が見える。

ウエッブ「・・・、ウフン!」

 咳払いをして、また判決文を読み始めるウエッブ。
 すると、

音「パチン! パチン! パチン!」

 パジャマ男は「東条の坊主頭」を平手で数回叩く。
 東条は振り向いて、きつい目で男を睨む。
 ウエップが机の上の木槌(キズチ)を叩く。

音「タン、タン」

 乾いた音が法廷に響き渡る。

ウエッブ「ビ、サイレンッ! ・・・」

 このパジャマの男こそA級戦犯(思想犯 大川周明)である。

 ウエッブは日本語で、

ウエッブ「アナタは、神聖な法廷で何をしたのか分かっていますか?」

 周明は、甲高い地声で声を張り上る。

周明「さあ、私は何をしたのでしょう。アナタは分かりますか?」

 ウエッブの表情が険(ケワ)しくなる。

ウエッブ「アナタに聞いているのですッ!」

 声を荒げるウエッブ。

周明「私も、アナタに聞いているのです」 
ウエッブ「今、私達は、あなた達に聞く立場に在ります。日本は戦争に負けたのです」
周明「それでは、私が何を答えても無駄です。何をしたかも言う必要はありません。このような茶番劇では私の役は有りませんッ!」
ウエッブ「?・・・。では、あなたは最後に言い残す言葉はありますか?」
周明「アイシンク・・・、インダー コメンジー! ザ アメリカン デプライブド オブ ザ インディアン ライフ! ヘイ、カーボーイ! ディス コート イズ コメディー! バカヤローッ! ヒヤッホ~! ハハハハ」

 ウエッブは堪忍袋の緒が切れる。

ウエッブ「黙りなさいッ! 彼を法廷から出しなさいッ!」UP
周明「アイアム カーボーイ! ベイブルース! インダー、コメンジー!ユウ アー エンマ(閻魔)キングッ!」

 法廷は徐々に爆笑の渦に変る。

ウエッブ「Oh NO! ・・・早く黙らせなさい。15分休廷ッ!」

 MP2人が周明の両腕を抱えて法廷の外に連れ出す。

〇廊 下(声と音)
 下駄の音がけたたましく聞こえる。

 廊下で騒ぎまくる周明。

周明「触るな~ッ、 ヤンキーッ!」

〇廊 下(周明・医務官・MP2人)
 法廷付きの米医務官が、 

医務官「シャラップ!」

 周明の腕に鎮静剤を注射する。

〇法廷の外(周明・MP2人・運転手1人)
 周明が米軍の護送車に乗せられ、「巣鴨プリズン」ヘ。

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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爆笑風刺ドラマ 「カバン持ち(請託編)」 最終話

2017-03-09 | レーゼ小説

この作品は「脚本の叩き台」として公開されています。

          最終話


      請託編(カバン持ち)

        原作 土屋寛文

       イメージキャスト

    伴 憲吾(32歳) 妻夫木聡

    武智栄護(45歳) 遠藤憲一

    高木順子(25歳) 高畑充希

    安藤 登(50歳) 桑野信義

    相原政治(31歳) 阿部サダオ

    大木戸博康(55歳) 片岡鶴太郎


          S73

○議員会館大木戸事務所応接室(二人)
安藤が帰って、武智と伴が応接室に戻って来る。

 武智「伴ッ! ドアーを閉めろ」
 伴 「あッ、すいません」

伴がドアーを閉めソファーに座る。
武智は伴を見る。

 武智「おい。今、俺がここで話す言葉は記憶にない話だからな」
 伴 「えッ? あッ、はい。 ・・・しかし、凄いですねえ」
 武智「何が?」
 伴 「いや、武智さん」
 武智「うん? ・・・うん」

武智は伴をジッと見詰めて、ニヤッと笑い、

 武智「そりゃー、オマエとは違うよ」
 伴 「・・・あれって、一千万だったンじゃないですか?」
 武智「うん? そうだったか?」

武智は伴を鋭い目で見る。

 武智「オメーも聞いてたろう。解散選挙が近けンだよ。ナリフリ構わずゼニを集める! これが俺達の仕事だ」

伴は感心したように、

 伴 「武智さんて途轍(トテツ)もない詐欺師ですね」
 武智「詐欺師? 失礼な事いうンじゃない。俺は誰も騙してねーぞ」
 伴 「えッ? ・・・まあ・・・ですね。でも相当、ヤバイ仕事じゃないですか」
 武智「デキル秘書て言われてるヤツは皆こンなもんよ」
 伴 「でも・・・」
 武智「いいか。すべて、この仕事は未必でやってるンだ」
 伴 「でも」

武智が怒る。

 武智「うるせえな、デモデモって。デモは会館の外でやってるよ」
 伴 「いや、でもこう云う事は本当に犯罪じゃないンですか?」
 武智「ハンザイ? ・・・オメー本当にそう思うか?」
 伴 「えッ? ・・・まあ」
 武智「犯罪だと思うのなら、この部屋から出て行く事だな」
 伴 「しかし・・・」
 武智「今度はシカシか。オメーな、冴えねえ頭や理屈で物事を考えたらダメだぞ。俺は誰にも迷惑は掛けてねえと言ったろう。オヤジが上手く上に上がれれば良いだけだ」
 伴 「・・・?」
 武智「伴。最初に俺が言った言葉を覚えているだろう。政治屋(セイジヤ)をやって行くにはジバン・カンバン・ カバンだ。秘書の仕事とは 光り輝く表の世界を、裏で支えて行くと云う事だ。泥まみれに成るのよ。あんな風に見えても、安藤さんも昔は仕事がデキル秘書だった。しかし、出来過ぎて金庫番を辞めさせられたンだ。・・・詰め腹を切らされたのよ」
 伴 「えッ!? 詰め腹を?」

武智は伴を見る。

 武智「・・・自分のオヤジを大臣までする事は容易なもんじゃね」
 伴 「実力でしょう」

伴の投げやりの良い方に武智が怒り、

 武智「何んだその言い方は」
 伴 「すいません・・・」
 武智「大臣の椅子は高(値段)けえンだ。組閣の前には実弾(金)の撃ち合いだぞ」 
 伴 「そうなンですか」

武智は伴の真似をして、

 武智「そうなンですよ。・・・伴もそろそろ、うちの陣営を知っといた方が良いな」
 伴 「陣営?」
 武智「オメーや相原みてーな秘書達は表に出ているデフェンスだ。この仕事はフォワードもセンターもバックも居なければ出来ねえ。安藤さんはオヤジのバックを守る男だ。影の私設秘書だよ。言わば、ダーティーな所を引き受けている影武者だ」
 伴 「へえー」
 武智「おい。背広と靴でも見て来い!」

伴は驚いて、

 伴 「ええッ! 今度は本当でしょうね」
 武智「ベルサーチでもアルマーニでも、秘書は食わねど良い物を着るンだよ。良い背広を汗だくにするンだ」
 伴 「いや~、本当に勉強に成ります」
 武智「バカ野郎! あッ、そうだ。明日、総理が日米交渉から帰って来る。上がるぞ」
 伴 「上がる?」
 武智「株だよ、株ッ!」

武智は応接のドアーを少し開いて、

 武智「高木くん、自工(自動車工業会)の堀さんに電話してくれ」
 高木「あッ、はい」

         S74

○大木戸の乗る公用車車内(二人)
突然、大木戸の内ポケットの携帯が鳴る。

 音 「ピピ、ピピ」 SE

携帯を取り出す大木戸。

 大木戸「はい(優しく)」
 武智(声)「武智です」
 大木戸「・・・分ってる! 結論は」
 武智(声)「今月中に二本(二千)入ります」

大木戸は眼を丸くして、

 大木戸「おおッ! 大きいね。一本釣り?」
 武智(声)「転がしてます」
 大木戸「ッてことは、洗ってあるわけね・・・」
 武智(声)「安藤さんが中に入ってますから」
 大木戸「おお、それは安心だ。ヨシッ! これで力が付いた。ご苦労さんね」

携帯を切る大木戸。
胸の内ポペットに仕舞いながら、自分に気合を入れる。

 大木戸「ヨ~シッ!」

相原が運転席から、

 相原「何か言いました?」
 大木戸「うるさいッ! バカ者。誰に口を聞いてるッ!」
 相原「あッ! すいません」

大木戸の携帯がまた鳴る。

 音 「ピピ、ピピ」 SE
 大木戸「はい。(優しく)」
 伴(声)「自工の掘さんが喜んでました。ほとんどの自動車株が一斉に上がりました。そうとう儲けたみたいです」
 大木戸「そう。・・・もう動いたか。で、十月のパーチーの件、話したでしょうね」
 伴(声)「はい、一応、三十枚と云う事です」
 大木戸「バカ者ッ! そんな弱気でどうする。儲けさせておいて三十枚とは何事だ! 今直ぐ二袋置いて来なさい」
 伴(声)「えッ! フタッ」

                 おわり

この作品は、著作権を放棄したものではありません。
 

      -TSUCHIYA Production-

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爆笑風刺ドラマ 「カバン持ち(請託編)」 第16話

2017-03-08 | レーゼ小説

この作品は「脚本の叩き台」として公開されています。

          第16話


      請託編(カバン持ち)

        原作 土屋寛文

       イメージキャスト

    伴 憲吾(32歳) 妻夫木聡

    武智栄護(45歳) 遠藤憲一

    高木順子(25歳) 高畑充希

    安藤 登(50歳) 桑野信義

    大木戸博康(55歳) 片岡鶴太郎


          S71

○議員会館大木戸事務所応接室(二人)
ソファーに武智と伴が対座している。
伴は武智の交渉術に感心して、

 伴 「・・・しかし武智さん、凄い交渉術ですね」
 武智「バカ野郎! これが番頭の仕事よ」

      *    *    *

火曜日の朝。
安藤との約束の日が来る。
大木戸事務所事務室の電話が鳴る。

 音 「ピロピロピロ」 SE

高木が受話器を取る。

 高木「はい、大木戸事務所です」
 
 安藤(声)「武智さん居ますか」
 高木「あッ、安藤さん! お世話に成ります。少しお待ち下さい」

高木が電話の保留ボタンを押し応接の内線に電話を回す。

         S72

○議員会館大木戸事務所応接室(二人)
武智と伴が応接室のドアーを閉めて話をしている。
応接室の内線が鳴る。

 音 「トゥルル・・・」 SE

伴はソファーを立ち、代議士の机上の受話器を取る。

 伴 「はい」
 高木(声)「安藤さんから一番です」
 伴 「はい」

伴は武智を見て、親指を立てる。
武智が嬉しそうに伴から受話器を取り上げる。

 武智「もしもし、おはよう御座います」
 安藤(声)「有り難う御座います。うまく行きましたね」
 武智「いやー、大変でしたよ~」
 安藤(声)「ハハハハ。今、近くに居ます。これからお邪魔しても・・・」
 武智「どうぞどうぞ。お待ちしております」
 安藤「じゃッ、五分後に・・・」

武智は伴を見ながら受話器を置く。

 伴 「・・・来ましたね」
 武智「うん。さあ、ここから本番だ。伴ッ! オメーのその良い頭を借りねえとな」
 伴 「え? ・・・高いッすよ」
 武智「何ッ!?」

暫らくして、事務室のインターホンの音が。

 音 「ピコ~ン」 SE

高木がインターホンの受話器を取る。
モニターに安藤が映る。

 高木「はい」
 安藤(声)「安藤です」
 高木「はい」

高木が開鍵ボタンを押す。
ドアーの開鍵の音

 音 「カチャ」 SE

安藤がそっとドアーを開けて入って来る。

 高木「あッ、安藤さん! お待ちしておりました」

安藤が、いつものケーキの箱を高木に。

 高木「はい、これ」

高木は嬉しそうに、

 高木「わ~、これ、石川屋さんのケーキッ! いつも有り難う御座います。武智さんが奥でお待ちかねですよ」
 安藤「そう」

安藤は、ニッと笑う。

 高木「あら? 歯ッ!」
 安藤「ハハハ、新築したンだ」

高木は驚いて、

 高木「シンチク!?」

安藤は応接室のドアー開けて覗く。                   

 安藤「どうも」

武智は慇懃に笑いながら、

 武智「おう! オウオウオウ、来た来た来た。どうぞどうぞどうぞ。ハハハハ」

伴がソファーを立ち、無理に笑いをつくろい、ソファーを指さす。

 伴 「お世話に成ります。どうぞ、こちらに」

安藤は伴を一瞥し、軽く片手を挙げソファーに座る。
伴は応接室のドアーをそっと閉め、ソファーに座る。
安藤は二人に見せびらかす様に出っ歯を作り笑う。

 武智「あれ~ッ! 入ってるじゃないですか」
 安藤「良い工事でしたよ」

伴が噴き出してしまう。

 伴 「プッ、ハハハハ」
安藤は伴を見ながら、おもむろに懐からダンヒルのタバコを取り出す。
伴がすかさず、デュポンのライターを背広のポケットから取り出し、火を点け、安藤のタバコに。

 安藤「おう、わるいねえ」

ライターの蓋の閉まる音が応接室に響く。

 音 「キーン・・・」 SE

安藤が武智と伴を一瞥して、

 安藤「・・・で、どうしましょう」
 武智「それでねえ、とりあえず日下工業から大公に六億の見積もりを出してもらいましょうか」

安藤がタバコをクリスタルの灰皿に置き、
テーブルのメモ用紙を一枚破き、書き取って行く。

 安藤「・・・うん」

高木が応接のドアーをノックする。
ドアーが開き、お茶とコーヒー、ケーキを持って高木が入って来る。

 高木「失礼します」

急に応接室の中が静まる。
クリスタルの灰皿から、タバコの煙が一筋。
高木がお茶とコーヒー、ケーキを静かにテーブルの上に並べて行く。
安藤を見て、

 高木「どうぞ、ごゆっくり」

安藤は、高木を見てニコッと笑い、

 安藤「ありがとう・・・」

高木が、静かにドアーを閉め、応接を出て行く。
安藤は灰皿からタバコを取り、

 安藤「・・・それで?」

 武智「仮に、大公から値引き依頼が一千とすると、五億九千、日下が五億で出来ると云う事で九千が浮きます。そこで、桜田の富士見からの借金がトータルで三千と云う事ですから、その三千を桜田に代わってうちの大木戸が富士見に返済。もちろん、桜田を通してですが。この三千の返済が桜田の条件なンですよ。そうすると残り六千、これを安藤さんが、安藤さん、岸田さん、大木戸の三人の割り振りを決めてもらう。・・・こんなんでどうでしょうか・・・」

伴は「三千」と云う言葉を聞いて、思わず武智の顔を見る。

 伴(M)「三千? あの時の電話では確か・・・、一千て言っていたはずなのに」

安藤は天井を見詰め、深く吸ったタバコを吐き出す。

 安藤「・・・桜田の借金は三千だったのですか・・・」

武智はコーヒーを一口、口に含む。

 武智「賭けゴルフで一千負け、完工保証のトラブルで二千、合計三千。全部、桜田が絡ンでるんですよ」
 安藤「桜田はそれまでして何で富士見をかばうんでしょうね」
 武智「それは、桜田組の稲垣の娘が、最近、富士見工業の息子に嫁に行ったらしいンですよ。地元の秘書も言ってました。俺もそれまでは知らなかったンですけれどね」
 安藤「ああ・・・、なるほど」

安藤はタバコをクリスタルの灰皿に押し消す。

 安藤「分かりました。フフフ・・・。 大公から値引きはさせませんよ」
 武智「その辺は安藤さんにお任せします」
 安藤「お互いに取り分が多いにこしたことはない。それに・・・」
 武智「それに?」
 安藤「七千を三者で分けた方が良いでしょう」
 武智「・・・安藤さん、ここから先はアンタの受け持ちだ。大木戸もこの件に関しては非常に強い関心を持っている。何しろ本格解散の方向だしね・・・」
 安藤「分かりました。キチッと洗ってお渡しします」
 武智「イヤイヤイヤ、そうしてくれると、大木戸も大助かりです」
 安藤「じゃッ、これで!」

安藤がソファーを立つ。

 安藤「分配の件は今週の金曜日まで待って下さい。落札後五日以内にまず三千を預手で、これは三枚分けてお持ちします。残りの四千は現金。・・・早い方が良いでしょう」
 武智「いや~、安藤さん! 助かります」

武智はソファーを立ち安藤と熱い握手をする。
安藤は歯を舌で触り、ニヒルな笑いを浮かべて応接室を出る。
武智と伴が安藤を見送る。
高木が応接室から出てきた三人を見て、

 高木「あら、もうお帰りですか。やっぱり安藤さんは歯が無いと様になりませんよ~」
 安藤「もう、煎餅は食わない事にしたよ」
 高木「クッキーの方が柔らかいですよ」
 安藤「俺がクッキーじゃ似合うかなあ」

安藤はその一言を残し大木戸事務所から出て行く。
武智と伴は安藤の背中に、

 二人「お世話に成りま~す」

                 つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。
 

      -TSUCHIYA Production-

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爆笑風刺ドラマ 「カバン持ち(請託編)」 第15話

2017-03-06 | レーゼ小説

この作品は「脚本の叩き台」として公開されています。

          第15話

      請託編(カバン持ち)

        原作 土屋寛文

       イメージキャスト

    伴 憲吾(32歳) 妻夫木聡

    武智栄護(45歳) 遠藤憲一

    高木順子(25歳) 高畑充希

    稲垣剛助(35歳) 中村獅童

    大木戸博康(55歳) 片岡鶴太郎

          S59

○議員会館大木戸事務所応接室(夕方・二人)
向かいの衆議院第二会館の五木田事務所(大木戸と同じ選挙区)のカーテンの間から、灯りが洩れている。
武智と伴が、応接室のテーブルを隔て、天井を見ながらモノ思いにふける。

 武智「考えて居てもしょうがねえ」

武智がソファーを立つ。
伴は、武智を見る。

 伴 「コーヒーですか?」
 武智「いや、便所に行って来る」
 伴 「ああ・・・」

武智が事務所を出て行く。
暫くして、武智が事務所に戻って来る。
武智は自分の机の引き出しから名刺ファイルを取り出す。

 武智「え~と、桜田、サクラダ・・・おッ、有った!」

伴はお茶とコーヒーを注ぎに事務室に来る。
武智を見て、

 伴 「電話ですか?」
 武智「・・・うー・・・ん」

武智が桜田組の名刺を手に応接室のソファーに座る。
鼻クソをホジリながら名刺を見ている。

 伴「どうぞ!」

伴がテーブルの上にコーヒーを置く。
武智は伴の心ずかいに驚く。

 武智「おおッ!? 何んだい、ワリ-な」
 伴 「いや~、背広と皮靴とクルマですからね」

武智は伴を見て、

 武智「うん? ・・・うん。・・・ちょっと待ってろ」

武智はコーヒーを一杯飲んで受話器を取る。

 武智「046・・・。・・・ ・・・もしもし、社長居る?」

武智は横柄な態度で。

         S60

○(株)桜田組事務所(夕方・一人)
中年の女事務員が受話器を取る。

 女事務員「どちら様ですか?」
 武智(声)「衆議院大木戸事務所の武智ッ!」

事務員は驚いて、

 事務員「あッ! ハ、はい。ちょっとお待ち下さい」

         S61

○(株)桜田組社長室(一人)
稲垣剛助(桜田組代表取締役・三五歳)がソファーでタバコを吸いながらゴルフ雑誌を見ている。
内線電話の呼び出し音。

 音 「ルルル」 SE

稲垣がテーブルの上の受話器を取る。

 稲垣「何ッ!」
 事務員(声)「あのー、大木戸事務所の武智さんから一番です」
 稲垣「タケチ? ・・・うん」

稲垣が一番をプッシュする。

 稲垣「アー、もしもし、稲垣です」

稲垣も態度が大きい。

 武智(声)「よー、ご無沙汰! 武智だ・・・」

稲垣は少し緊張ぎみに、

 稲垣「あッ、ど~も。その節はお世話に・・・」

稲垣はテーブルの上のタバコ(ハイライト)を一本取り出す。

 武智(声)「そうだよなあ。どうだい、その後は」

稲垣はタバコに火を点け煙を飲み込む。

 稲垣「お蔭様で、あの道路も二ヶ月前に完工しました」

         S62

○大木戸務所応接室(夕方・二人)
電話中の武智。
伴がソファーに座って真剣に聴いている。

 武智「そう。そりゃー良かった。それじゃ・・・、完工祝いでもやらなくっちゃねえ、イ・ナ・ガ・キ・・・」
 稲垣(声)「へへー、ですねえ。またあそこのコースを予約しておきましょうか。で、夜はパーっと宮の下のソープで・・・」
 武智「良いねえ・・・」

武智はコーヒーを一杯、口に運ぶ。

 武智「・・・それはそうと、立川のヘリポート其の一って聞いた事ある?」

稲垣の声が少し変わる。

 稲垣(声)「えッ! 知らないなあ・・・」
 武智「知らない・・・そう。 ・・・知らない筈が無い訳けどな~・・・。妙な噂が流れて来ンだ・・・」
 稲垣(声)「? ・・・あッ、時間だ! 武智さん、また今度電話します・・・」
 武智「おい、イナガキ・・・。逃げるなよ~。ゆっくり話を聞かせてくれよ~・・・」
 稲垣(声)「いや、これから打ち合わせが有るンですよ~」
 武智「ウルセーッ!(声を荒げて)」

         S63

○(株)桜田組社長室(一人)
稲垣はとぼけて、

 稲垣「立川?・・・何ンの事ですか・・・」


○大木戸事務所応接室(二人)
武智の横顔が不気味である。

 武智「おい、俺とオマエの仲じゃねえか。ボカシた話は無しにしょうぜ・・・」
 稲垣(声)「ああ、防衛省のヘリポートの件かな? な~んだ、もうそこまで話が広がっちゃいましたか。マイッタなー。ハハハハ」
 武智「何もマイル事はあるめー。・・・おい、仲良くやれよ~」

         S64

○(株)桜田組社長室(一人)

 稲垣「いやー・・・誰から回ったンでしょうねえ」
 武智(声)「そんな事はどうでも良い。中身はどう成ってンだ(優しく)」
 稲垣「武智さんが直接掛けて来る位だから、中身はお分かりでしょう?」


○大木戸事務所応接室(二人)

 武智「うん? ・・・で、富士見て云うのは何者だ」
 稲垣(声)「フジミ? あ~、ただのゴルフ仲間ですよ」
 武智「ゴルフ仲間? それにしちゃ、随分入れ込むじゃねえか」
 稲垣(声)「そんな~、入れ込むなンて・・・。(ニヤついた声)」

武智はコーヒーを飲みながらメモ帳を開く。

 武智「また賭けゴルフで借金でも作ったのか?」
 稲垣(声)「いやいやいや、武智さんに合ったら総てお見通しだ」
 武智「ほお。・・・で、いくらだ・・・」
 稲垣(声)「ええ? へへへ、一本位ですか・・・」
 武智「一本? 百か?」
 稲垣(声)「いや・・・。千」

武智は驚いて、

 武智「センッ?!」

         S65

○桜田組社長室(一人)
稲垣は咥えたタバコをくゆらせている。

 稲垣「へへへ・・・」
 武智(声)「で、オマエが負けたのか?」
 稲垣「とんでもない! フジタさんですよ」
 武智(声)「? ・・・それだけか?」
 稲垣「ウンニャ・・・」
 武智(声)「ウンニャ? 何んだそれは。喋っちまえよ! ネタは上がってるン だから」

稲垣が頭を掻きながら、

 稲垣「まいったなー。工事の保証ッ!」
 武智(声)「いくら?」
 稲垣「うちは、二千」
 武智(声)「全部で三千か・・・」

稲垣は慇懃に

 稲垣「へへへ、そうなりまっか(大阪弁)」

         S66

○大木戸事務所応接室
武智は天井の一点を見詰める。

 武智「て、云う事は・・・その千が戻れば元の鞘に収める事は出来るって事かな?・・・」
 稲垣(声)「そりゃあ、うちとしても来年は会の幹事ですからねえ。こんな事はしたくないですよ」 
 武智「バカ野郎、幹事どころか永久に会からツマハジキだ」
 稲垣(声)「えッ! いや、まあ・・・。誰ですか? 流したヤツは」

武智は稲垣の問い掛けを無視。

 武智「おい。その借金だけど・・・」

武智は冷えたコーヒーを一口に含む。

 武智「大木戸がモツって言ったら・・・」
 稲垣(声)「え~? そんなー、先生にまで迷惑は掛けられませんよ~」
 武智「うるせえ! オメーがゴネてる事がオヤジに迷惑を掛けてるんだよ」

         S67

○(株)桜田組社長室(一人)

 稲垣「ええ!? なーんだ、この工事、裏が付いてたンですか」
 武智(声)「おう、イナガキ」
 稲垣「はい・・・」
 武智(声)「引けよ。千戻れば、おまえン所は丸く収まるんだろう」
 稲垣「まあ、・・・それは・・・」
 武智(声)「何んだい、その煮えきらねえ言い草はよお。まだ何か有るのか?」

稲垣はフテクサレて、

 稲垣「・・・分かりました」

         S68

○大木戸事務所応接室(二人)

 武智「最初からそう言えば良いンだよ。・・・バカ野郎・・・」

武智は伴の顔を見て親指を上げて軽くガッツポーズ。

 武智「明日の朝十時迄にチャンピオンの大公に電話しておけ」
 稲垣(声)「ああ?! 大公さんから回ったンですか。アイツ・・・俺に何にも言って無かったなあ。キタネー野郎」
 武智「ウルセーッ! 誰だって良い。いいかイナガキ、もしこの件で変なアヤが付いたらオマエの会社、県の建設協会、経済同友会、木曜会から全部外すからな」
 稲垣(声)「そんなは事しませんよ。こっちは千万戻って来れば良いンですから」
 武智「そうか。じゃッ、俺との約束だ。分かったな! 明日の朝十時だぞ」

         S69

○(株)桜田組社長室(一人)

稲垣はタバコをクリスタルの灰皿に捻り消し、

 稲垣「分かりました」
 武智(声)「何だい。元気がねえな。・・・まあ、仲良くやれよ」
 稲垣「武智さん、こう云うのは事前に知らせて下さいよ~」
 武智(声)「あいよーッ!」

         S70

○大木戸事務所応接室(二人)
武智が受話器を置く。
伴は感心した表情で武智を見る。

 武智「よしッ、伴。良いか。此処からが俺達の本当の仕事だ。よ~く聞いとけよ」
 伴 「はい」

高木が地下の郵便局から戻って来る。

 高木「すいません、遅くなって。結城先生の所のサッちゃんとそこで会っちゃって。電話有りました?」

武智が応接室から

 武智(声)「無いよ~」

                 つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。
 

      -TSUCHIYA Production-

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爆笑風刺ドラマ 「カバン持ち(請託編)」 第14話

2017-03-05 | レーゼ小説

この作品は「脚本の叩き台」として公開されています。

          第14話

      請託編(カバン持ち)

        原作 土屋寛文

       イメージキャスト

    伴 憲吾(32歳) 妻夫木聡

    武智栄護(45歳) 遠藤憲一

    高木順子(25歳) 高畑充希

    安藤 登(50歳) 桑野信義

    早川俊久(45歳) 谷原章介

    大川正義(60歳) 岸部一徳

    大木戸博康(55歳) 片岡鶴太郎


          S56

○議員会館大木戸事務事務室(早朝・二人)
電話の音。

 音 「ピロピロピロ・・・」

伴が受話器を取る。

 伴 「お世話になります。大木戸事務所です。・・・」

電話は通じているが、相手の声がしない。

 伴 「もしもし、大木戸事務所です。・・・もしもし・・・」

突然、受話器から声が聞こえて来る。

 大木戸(声)「しっかり、しなさいッ! もう一度、請求しなさいッ!」
 大川(声)「いや先生、あんまりせっつくと強要に成りますよ~」
 大木戸(声)「大丈夫だッ! 弱気じゃ事は運ばないッ! ・・・」
 大木戸(声)「もしもし」
 伴 「あッ、お疲れさまです」
 大木戸(声)「オマエはバカか? さっき起きたんだ。疲れてなんかいないッ! あれを出せッ!」

今日の大木戸は、荒れている。

 伴 「あッ、失礼しました。あの、アレって・・・高木さん?」
 大木戸(声)「バカッ! 武智くんだッ!」
 伴 「あッ、代理主席で、十時の九段会館へ直行してます」
 大木戸(声)「代理? ・・・何ンの?」
 伴 「農林事業振興総会です」
 大木戸(声)「総会? ・・・安藤の件は、君も立ち会ったンだろうね?」
 伴 「あッ、はい」

         S57

○地元大木戸事務所代議員室(早朝・一人)
大木戸が伴と電話をしている。

 大木戸「報告は?」
 伴(声)「あッ、今しょうと・・・」
 大木戸「言い訳はよしなさい。結論だけだ」
 伴(声)「すいません」
 大木戸「で、結論ッ!(きつく)」
 伴(声)「はい。一週間後に結論が出ます」
 大木戸「何ッ? ・・・流れは?」
 伴(声)「悪くはありません。ただ・・・」
 大木戸「ただ?」
 伴(声)「堀田先生の事務所が関わっています」
 大木戸「ホッタッ!(驚く) ・・・公明党の堀田か?」
 伴(声)「あッ、はい」
 大木戸「建設か・・・。分かった・・・」
 伴(声)「何か?」
 大木戸「君に言っても分からない。アレが戻ったら電話するように言いなさい。報・連・相と言っときなさい」
 伴(声)「ハ?」

         S58

○議員会館大木戸事務所事務室(早朝・二人)
大木戸が電話を切る。

 伴 「もしもし・・・? ・・・切れた・・・」

高木が事務所に入って来る。

 高木「おはよう御座います」

伴は振り向いて、

 伴 「あッ、おはようございます」
 高木「あら、今日は早いですねえ」
 伴 「昨夜(ユウベ)武智さんから、もう少し早く出勤しろって言われたンで」
 高木「ええッ!? 武智さんが早く出過ぎですよ」

高木はロッカーにコートを仕舞ながら、

 高木「武智さん、事務所にいつも七時半には来てるンですよ」
 伴 「ええッ! 三鷹からですか?(驚く)」
 高木「ええ。いつも、仕事の事で頭がイッパイなんですって」

伴は不安そうに、

 伴 「・・・俺・・・付いて行けるかなあ・・・」

高木は伴の座る机にお茶を持って来て、

 高木「どうぞ」
 伴 「あッ、ありがとうございます」

高木は伴を見て、

 高木「大丈夫ですよ。武智さんは特別です。あの方、よく群馬の小中学校で皆勤賞だったと自慢してますから」
 伴 「へえ~。真面目なンですねえ」
 高木「高校も大学も皆勤賞だと言ってましたよ」

伴は鼻からお茶を出し、咳き込む。

 伴 「ゴホッゴホッゴホッ・・・」

      *    *    *

電話が鳴る。
高木が受話器を取る。

 高木「おはようございます。大木戸事務所です」
 武智(声)「おうおうおう、ご苦労さん。伴、居るか?」
 高木「あッ、武智さん。ちょっとお待ち下さい。伴さん、武智さんからです」

伴が受話器を取る。

 伴 「はい、電話代わりました。おはようございます」
 武智(声)「うん。電話あったか?」
 伴 「はい、本人から報・連・相だと」
 武智(声)「ハハハ(捨て鉢の笑い)。いつも食ってるよ。それだけか?」
 伴 「早川さんが引っ掛かってる様でした」
 武智(声)「早川? ああ、公明党だからな・・・。そんなの関係ねえよ。おい、防衛施設庁の審議官の所に寄って来る。オマエは防衛庁の中沢さんの所へ行って挨拶して来い」
 伴 「ナカザワ?」
 武智(声)「施設課長だよ」
 伴 「ああ、・・・何んて言うンですか?」
 武智(声)「バカ、挨拶だ。後は俺がヤル。それから・・・、四時から例の件、二人で打ち合わせしよう」
 伴 「あッ、はい」 

                 つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。
 

      -TSUCHIYA Production-



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