スラム(この人達を見よ)第35話

2017-11-06 | レーゼ小説

         第35話 

   橋本弘樹くん、最後のご挨拶の場合

外が大分暗く成ってくる。
散らかった店内に、突然ドアーチャイムが鳴る。

 音  「ピンポ~ン」

素足に運動靴を履いた「みすぼらしい男」が、店の出入り口に立っている。
静子が売り場の床に這いつくばり、カウンターの下に「落し物」が無いか覗いている。

 静子「・・・あッ、すいません。今日はお店、お休みなんです」

静子が顔を上げる。

 静子「? あッ、橋本くん! 橋本くんじゃないの」
 橋本「店長、ご無沙汰しています」
 静子「そうよ、本当に、ご無沙汰よ。あッ、ちょっと待って。今、オーナー呼んで来るから」

事務所では石田が、辞めて行ったアルバイト達の「ネームプレート」を、懐かしそうに輪ゴムでまとめている。
静子が事務所を覗く。

 静子「あら? オーナーは」
 石田「トイレじゃないッすか」
 静子「そう。あッ、橋本くんが来てるわよ」
 石田「えッ! マジッすか?」

石田は急いで売り場に出て行く。
静子がトイレの中の修造に、

 静子「アンタ! 橋本くんが来てるわよ」

トイレの中から水を流す音。

 音 「ジャー~~~」

修造が急いで出て来る。

 修造「ええ、橋本が?」
 静子「そう」

修造がハンカチで手を拭きながら、売り場に出て来る。

 修造「よ~お、橋本!」
 橋本「オーナー、お久しぶりです」
 修造「久しぶりじゃないよ~。皆ンな心配していたんだぞ」
 静子「そうよ、まったく~。突然居なくなっちゃうんだもの~。元気でやってるの?」
 橋本「大丈夫です。このと~りッ! 元気です」

石田は「冴えない姿」の橋本を見て、

 石田「・・・橋本さん、今、何やってンすか?」
 橋本「池袋のパチンコ屋で働いて居るんだ」

修造はアルバイト達の噂で、何んとなく橋本の居場所は知っていた。

 修造「やっぱりパチンコ屋か。おフクロさん心配してたぞ」
 橋本「えッ!?」

静子も心配そうに、

 静子「そうよ、まったく・・・」
 橋本「おフクロには時々電話してますから」
 静子「本当?」

修造は橋本の身体を見て、

 修造「・・・オマエ、痩せたなあ」
 橋本「そうですか? そう言えば四キロ位痩せたかな?」

石田は、昔、橋本の「パチンコ友達」だった吉村の事を思い出し、

 石田「あッ、吉村さんが会いたがってたッすよ」
 橋本「吉村か~・・・。懐かしいな。でも、もう居ないんでしょう。就職したって、聞きましたよ」
 静子「そうよ。吉村くん、地下鉄の運転手に成ったの。あの頃の人達みんな立派に成っちゃったわ」

橋本は淋しげに、

 橋本「だろうなあ・・・」
 修造「あッ、そうだ。オマエの給料ッ! まだ預かってるぞ」

橋本の顔色が変わる。

 橋本「ですよね。実は、それを貰いに来たんです」
 修造「何んだ、そうだったのか。連絡くれれば俺が持ってってやったのに。ちょっと待ってな。今持って来るから」

修造は事務所に行く。

 静子「で、橋本くんは今、どこに住んでるの?」
 橋本「パチンコ屋の寮です」
 静子「パチンコ屋の寮? アンタずっとそんな生活するつもり?」
 橋本「そんな~。もうそろそろ辞めます。就職も決まった事だし」

橋本は強がっている。
静子は橋本の性格を知り尽くしている。

修造が事務所から給料袋を持って出て来る。

 修造「お待たせ。3日分と残業代、2万9650円。はい!」

修造が橋本に袋を渡す。

 修造「開けて確かめてみな」
 橋本「あッ、はい。じゃッ、失礼して」

橋本が渡された袋を開け明細を見る。
そして中身を出して、札と小銭を確かめる。

 橋本「・・・はい。確かに」

袋を2つ折りにし、汚れたズボンの尻ポケットに入れる。
橋本は修造を見て、

 橋本「オーナー、何か手伝う事は有りませんか?」
 修造「残念だけど、もう無いな。この店は明日(アシタ)で閉店なんだ」
 橋本「みたいですね。入り口のドアーの紙を見ました」

修造は橋本の顔を見て、

 修造「・・・オマエ頑張れよ。良い男なんだから」

橋本はその一言を聞いて、急に俯いて唇を噛みしめる。

 橋本「・・・すいません」
 修造「いいよ。もう昔の事だ。オマエが辞めてからいろんなヤツが入って来た」
 橋本「でしょうね」
 静子「本当に良い思い出だったわ。橋本くんもこの店の思い出、大切にしてね。もう無くなっちゃうんだから」
 橋本「えッ! 無くなっちゃうって?」
 静子「そう。壊して、マンションに成っちゃうの」
 橋本「・・・そうなんですか。・・・はい。大切にします。有り難う御座いました。ジャ・・・」

橋本が店を出ようとすると、

 修造「橋本ッ!」
 橋本「はい」
 修造「これ少ないけれど、餞別だ。靴でも買いな」

橋本は修造の気持ちに驚いて、

 橋本「オーナー、それは貰えませんよ」
 修造「良いから持って行け。この店で会ったのも何かの縁だ。パチンコなんかで使っちゃうんじゃないぞ」

修造はティシュに包んだ「餞別」を無理やり橋本の手に握らせる。
橋本は、修造と初めて握手したあの時の「あの暖かい手の温もり」を思い出す。

 橋本「オーナー!・・・」

手を握り返し、修造を見詰める橋本。

 橋本「有り難う御座います」

修造も橋本を見詰め、

 修造「良いんだよ」

橋本が俯きながら店を出て行く。
修造と静子、石田の3人が表に出て橋本を見送る。
修造は橋本の痩せた背中に、

  修造「橋本ッ!」

橋本が振り向く。

 橋本「ハイ!」
 修造「またお越しくださいませ~ッ!」

橋本は堪えていた涙が溢れ出す。

 橋本「・・・有り難うございました」

橋本は修造と静子、石田に深々と一礼して去って行く。
石田は大粒の涙が止めどなく溢れ、店の中を走って、事務所に行ってしまう。

事務所で荷物を整理して居る石田。
修造が事務所に戻り、机の引き出しを開け、淋しそうに古い書類をシュレッターにかけ始める。
石田は修造を見て、

 石田「・・・オーナーってヤッパ良い男ッすね」 
 修造「何んだ、突然」
 石田「すッごく感動しました。最初に会った時から、どっか違うなと思ってたンすけど。・・・うん。ヤッパ、尊敬しす。・・・オーナー、またこの近くで店やりましょうよ。アタシ、オーナーとならず~と付いて行けます」
 修造「そうか? でも俺は商売なんか向いてないよ」

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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スラム(この人達を見よ)第34話

2017-11-02 | レーゼ小説

         第34話

戸村貞二さんと古賀良子さん(32歳位)の場合

 修造が、店の出入り口のガラスドアーに、「お知らせ」の貼紙を貼っている。

 「平素は格別なるご愛顧を賜り厚くお礼申し上げます。さて、この度ローソン三ノ輪店は、都合により12月1日午前7時をもちまして閉店させて頂きます。長い間ご利用頂きまして、まことに有り難う御座いました。当店閉店後はお近くのローソンをご利用頂きますよう宜しくお願い申し上げます」

貼り終えて、感慨無量の表情の修造。

 修造「・・・、よしッ! 終わった」

修造が、店に入ろうとする。

 戸村「オーナーッ!」

驚いて振り向く修造。
と、そこに痩せ細ったパジャマ姿の戸村が、「微糖の缶コーヒー」を片手に立っている。

 修造「おう、久しぶり」
 戸村「オエ(俺)、もう此処にコエ(来れ)ない」
 修造「何?」
 戸村「アヒタ(明日)、アヒ(足)をチョン切る」

修造は戸村の突然の「その言葉」が理解出来ない。

 修造「足を切る?」
 戸村「そう。だから、もう会えない」

戸村の足を見る修造。
指先に包帯が何重にも巻いてある。
修造は心配そうに、

 修造「・・・どうした」
 戸村「腐った」
 修造「腐った~?」
 戸村「・・・味噌、付けていウ(いる)」
 修造「ミソ!?」
 戸村「そう。モカシ(昔)、*ヒロポン打ち過ぎた」

夢遊病者の様な戸村。

 修造「ああ、ヒロポンな」
 戸村「そう」

戸村は少し淋しそうに、

 戸村「糖尿! だからアヒタ(明日)、足をチョン切る。アカラ(だから)、もう、此処にコレナイ・・・アバヨ」

戸村はそう言い残し、缶コーヒーを片手に去って行く。
修造は呆気に取られて戸村の後ろ姿を見ている。

 修造「・・・」

戸村は缶コーヒーを飲みほし、路上に空き缶を投げ捨てる。 

 音  「カラン、カラン、カラン」

乾いた音が街に響く。

修造が事務所に戻って来る。
石田が自分のロッカーの中を片付けている。

 石田「今、戸村が来てたでしょう」
 修造「うん? ああ」
 石田「店に入らなかったッすね」
 修造「・・・うん」
 石田「最後の挨拶ッすか?」
 修造「うん」
 石田「本当ッすか?」
 修造「戸村はもう来れない」
 石田「来れない? 何ンすかそれ」
 修造「・・・明日、足を切るンだ」
 石田「えッ!? ??」

修造は寝床代わりに使っていたダンボールを、たたみ始める。
石田は静かにロッカーの扉を閉めながら、

 石田「・・・オーナー、この店本当に無くなっちゃうンすか?」
 修造「うん」
 石田「オーナーと店長、この後どうするンすか?」
 修造「そうだなあ。・・・農業でもやるか」
 石田「ノウギョウ? 百姓ッすかッ!」
 修造「うん」
 石田「シブイッすね」
 修造「この店で随分沢山弁当やムスビを捨てて来たからなあ~。罪滅ぼしでもしないと・・・」
 石田「どこでやるンすか?」
 修造「・・・どっか遠い島でも行くか」
 石田「シマ?」

修造が机の上の「書類ケース」の引き出しを開ける。
と、ケースの中から白い封筒を見つける。

 修造「うん? 何んだこれ。 ・・・古賀良子? あッ、これはッ!」
 石田「誰ッすか? 古賀良子って」

そこに静子が、オデン鍋を持って事務所に入って来る。

 静子「このオデン鍋って何かに使えそうねえ・・・」

修造は封筒を見せて、

 修造「店長! これッ」
 静子「あッ! 忘れた」

修造は静子を見て、

 修造「何んだよ~、可哀想に~・・・」
 石田「何ンすか、その手紙?」

修造は机の上に封筒を置く。

 修造「古賀くんの姉さんだ」
 石田「コガの姉さんて? あッ! あの蒸発した古賀の?」
 修造「そう」
 石田「ヤバイ手紙じゃないッすか?」
 修造「そうか?」
 石田「開けてみましょうか」
 静子「だめよ。そう云う事は犯罪よ」

石田は机の上の封筒を取る。

 石田「あれ? これ口が開いてるジャン」
 修造「えッ! 誰が開けたんだ?」
 石田「夜勤ッすよ、きっと」
 修造「ダメだな~、ッたく」
 石田「誰か先に読ンでるんだから、犯罪じゃないッすよ」

石田は封筒から便箋を取り出す。
修造は驚いて、

 修造「あッ!」

石田は便箋を広げ、読み始める。

 石田「ゼンリャク! ヒロシへ」

 古賀良子の手紙
(12日にも来たんけど、おらんかったね。足の怪我は順調に治っとん。風呂はどうしとる。父ちゃんから博にって、内緒で5万円送って来たけん、渡そう思って。父ちゃん、ああ見えて、お前んこつ、いっちょん心配しとるんよ。たまには、電話くらいしとらにゃいけん。 姉ちゃんは来月嫁に行くけん。姉ちゃん、お前んこつが心配でならんたい。今度、出て来たら絶対にクスリなんか手を出したらいけんよ。もし、そげな事ばしたら、姉ちゃんはアンタに代わって死ぬけん。皆は博んこつ親不孝もんち言うちょるが、姉ちゃんだけはアンタの見方じゃよ。牢屋に入っても、姉ちゃんや父ちゃんに手紙ば書くんよ。姉ちゃんいつでも会いに行ってやるけんね。父ちゃんは、あげなカラダに成ってしもうたけど、アタマだけはしっかりしとる。二度と父ちゃんに心配掛けるような事をしたらいかんばい。この手紙ば読んだら必ず姉ちゃんに電話くれるように。身体に充分気をつけて、風邪をひかないようにね。じゃ、  良子)

 石田「あ~あ、やっと読めた。どこの言葉ッすか?これは」

修造は目に涙を溜めながら、

 修造「博多弁たい」
 石田「?、何、泣いてンすか」
 修造「いや・・・」
 石田「随分、ンて言葉が入ってますね。で、何んスか、このクスリっちゅうのは?」
 修造「クスリ? あッ、それは・・・」

すると石田が最後の一枚の便箋を見て、

 石田「あれ? ここにも何ンか書いてある。読みますッ! 追伸 郵便局の口座に12日付けで、5万円入れた。大切に使いなさい」

石田は修造を見て、

 石田「何だ、これだけ? 以上ッ!」

修造は俯いて一言も喋れない。
静子は涙を拭きながら、

 石田「イッちゃん、読むのが上手ね」

修造はあの時の事を思い出し、コブシを握りしめる。

 修造「博もバカなヤツだ。もう少し早くこの店で会えていたら、俺がアイツの人生を変えてやったのに」

石田は2人の感激度に、

 石田「そお~すか? アタシってそんなに読むのが上手いッすか? で、このクスリって?」

静子は取り繕って、

 静子「あッ、クスリね! それは古賀くん、風邪薬飲み過ぎて肝臓を壊したらしいの」
 石田「ええッ! それで突然店に来なくなったンすか? 林から聞いたンすけど、古賀さん、女にフラレて蒸発したって言ってましたよ。それが何で牢屋なンすか?」

修造は石田から便箋を取り上げ、

 修造「ああ、此処の行(クダリ)? これは前後の文章から察するに・・・、牢屋じゃなくって病院だな。間違えたんだろう、多分」
 石田「タブン? そお~すか。しかしヤバイ間違えッすね。・・・風邪薬って怖いッすね」
 静子「怖いわよ~。イッちゃんも飲み過ぎには充分、気を付けてね」
 石田「ハイ」

静子は修造を見て、

 静子「その手紙どうしましょう」
 修造「ええ? どうしょうたって、アイツ、もう入ちゃってるし~・・・」
 石田「ハイる?」

石田は合点の行かない顔で二人を見る。

 *ヒロポン(メタンフェタミンと云い、覚せい剤である)

                  つづく

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スラム(この人達を見よ)第33話

2017-10-31 | レーゼ小説

          第33話

     中井伸二くん(28歳)の場合

 事務所で、いつもの様に静子が修造に気合を入れている。

 静子「アンタ! しっかりしなさいよ。アンタがしっかりしないから、この店もだらしなくなっちゃうんだから。分かるでしょう!」

静子は修造に「ヤツアタリ」しているのである。

 修造「分かってるよ~・・・」
 静子「ッたく、腹が立つ・・・」

怒りながら事務所を出て行く静子。

一人になった修造。

 修造「あ~あッ・・・。嫌だ嫌だ。こんな商売、本当に嫌だ」

修造は独り言を言いながらストコンで商品を発注している。
と、また疲労と心労で睡魔が襲って来る。
暫くすると、静子が発注台帳を取りに事務所に戻って来る。

 静子「? あッ! また寝てる。アンタ、アンタッ!」
 修造「うん? あッ、つい考え事をしてしまった。ゴメン」
 静子「何言ってんの。この間みたいなミスしないでよ」
 修造「この間?」
 静子「鮭オニッ!」
 修造「サケオニ? ああ、あれはビックリしたな。鮭が七、昆布六って入力したつもりが、鮭七六って打ち込んじまった。ハハハ、あんな事も有るんだなあ」
 静子「笑ってる場合ですか。ッとに~・・・」
 修造「スイマセンッ! しかしあんなにオニギリが来るなんて。俺、オニギリに追いかけられる夢、見たよ」
 静子「アンタ、本当に極楽トンボだわね~。あの後、アタシがどれだけ苦労した事か」
 修造「いや~、俺はシーさんが居なくてはダメだね」
 静子「何言ってんの! しっかり個数確認してよ」

修造は静子のその一言で、今迄溜まった「緊張と理性のバランス」が音を立てて崩れて行く。 

 修造「ウルサイ! 俺はもう限界だ。ロボットじゃないんだぞッ! こんな訳の分からない商売なんてやってられるか。ハエだの、万引きだの、ボケた年寄りに、人質強盗、*(お目見え強盗)、挙句の果てには覚せい剤男。この次はいったい何んだッ! 自分の時間も作れないし、ゆっくり考えようと思っても疲れが先っ立って寝てしまう。懲役食らった方がよっぽどマシだ。俺は明日から店に出ないからな。オマエ一人でヤレッ!」

静子も思い詰めたものを此処ぞとばかりに、吐きだす。

 静子「? 何言ってんの突然。 ・・・アンタは一つの仕事をやり遂げた事あるの? ちょっと落ち着いたかなと思ったら直ぐ辞めちゃう。自分がいつも正しいと思って居る。此処に来るお客さん達をよ~く見なさい。皆んなそれなりに精一杯生きてるのよ。そう云う人達が、・・・こんな店だけど、この店を頼りにして来てるんじゃない。アンタだって少しは頼りにされているのよ。アルバイトの子達だって、ああ見えてもアンタの事が好きで、アンタを信じて付いて来てるんじゃない。情け無い。ッたく!」

静子はこらえていた涙が、目から溢れ出て来る。

 修造「うるさい! 俺はこの店に居ると気が変になる。俺はオレの道を行く」
 静子「そう。行ってらっしゃい」
 修造「? 良いんだな。こんな仕事もオマエも大嫌いだッ!」
 静子「じゃ、別れましょう」
 修造「何ッ!」

そこに、そっと事務所を覗く石田。

 石田「あの~・・・」

静子は、石田をきつい目で睨み、

 静子「何ッ!」
 石田「あッ、いや。今、咲子の妹が荷物を取りに来てるンですけど」
 静子「咲子の妹ッ? うちは洗濯物の一時預かり所じゃないッ! って言っときなさい」
 石田「ハイ・・・」

静子は「咲子の忘れ物」と書いてあるダンボール箱をロッカーの上から引き下ろす。

 音 「バンッ!」

怒りながら、

 静子「何でアタシがこんな事しなくっちゃいけないの。どうしてこの店は変な客しか来ないんでしょうね。もうッ!」

修造は、静子が咲子の洗濯物をたたんでいる姿を見て、

 修造「ああ、嫌だイヤだ。もう俺はダメだッ! ちょっと外に出て来る」

修造は事務所を飛び出て行く。
静子はそれを見て、

 静子「公園に行くの?」
 修造(声)「うるさいッ!」
 静子「明日は新商品の展示会ですよッ!」
 修造(声)「わかってる。バカッ!」

*「公園」で少年達(悪ガキ)が集まってサッカーをしている。

吉松の「ブルーテント」の中が賑やかである。
テントの中では修造と吉松、それともう一人の「仲間」が楽しそうに缶詰めを突き合っている。

 修造「ヨッさん達は良いよな~」
 吉松「ハハハハ、そうかなあ。でもよ、見た目にはそう見えるが、こう云う生活はこれで中々大変なんだぜ」
 修造「そ~お?」
 吉松「そうだよ。ワシ等は明日なんて無いんだ。今日一日、精一杯生きるだけさ」

吉松はテントの中に作った「床の間」を指差す。

 吉松「・・・あれが、ワシ等の座右の銘さ」

修造は、吉松の指差した方を見る。
良く整理された「床の間」である。
そこに、このテント小屋には不似合いな「掛け軸」が掛っている。

 修造「え? 一球入魂! ・・・ほ~う」
 吉松「あれは今年の正月、皆んなで相談して気合入れて書いたんだ。なあ、中井くん」

すると、段ボールに寄り掛かり、片膝(カタヒザ)を立てて座っていた中井が、

 中井「です~」

中井の言葉は「茨城訛り」で尻上がりである。

 修造「書初め(カキゾメ)ですね」
 吉松「そう。 ・・・おッ、そうだ! 今度この中井くんが念願叶って待望のサラリーマンに成るんだ。アンタも祝ってくれないか」
 修造「ええッ! 就職が決まった? そりゃあ目出度い。で、中井さんも例の派遣切りの残党ですか?」
 中井「あッ、まあ・・・、です~」
 修造「酷いねえ。で、どんな仕事やってました?」
 中井「築地で・・・、魚屋です」
 修造「サカナ屋・・・」

中井は俯いてしまう。

 吉松「もう聞かんといてやれや。なあ、中井くん。中井くんは精一杯やったんだ。ハローワークにだって一〇八回も通って、この幸運を勝ち取ったんだ」

吉松は掛け軸の隣の「カレンダー」を見る。
修造もつられて、カレンダーを見る。
中井がボソッと一言。

 中井「・・・母親が病気なもんで」

修造は思わず中井を見て、

 修造「ビョウキ・・・」

カレンダーには、「ハロ」「面」「×」・ 「ハロ」「面」「×」・「ハロ」「面」「×」と無数に書いてある。

 吉松「見ろあれ。一〇八回だぞ。除夜の鐘じゃあるまいし、なあ。思い出すな~、あの時の事を・・・」

中井は思わず、目に涙を浮かべる。

 吉松「あれは此処の公園だった。そこの教会主催の三百回目の炊き出しパーティーの時だったな」
 中井「・・・です~」
 吉松「君は、確か一番最後に並んでた」
 中井「です、です」
 吉松「そしてあの日は、君の所まで炊き出しが回らなかったんだっけ?」
 中井「ああ・・・。です・・・です」
 吉松「ワシはそれを見て、あんまり可哀想なんでこのハウスに呼んだ。なッ?」

中井は俯いて聞いている。

 中井「・・・」
 吉松「で、サバの缶詰めと焼酎、メシをご馳走して・・・、だっけ?」

中井の俯いた目に涙が。

 中井「・・・、です」
 吉松「いろんな事、遭(ア)ったな」
 中井「はい。です・・・」
 吉松「それが、来週から花のサラリーマンだ。七倍だぞ! 七倍もの難関を通り抜ける強運が、中井くんにはまだ残ってたんだ。あん時は君の前で炊き出しが切れてしまった。が、神は捨てたもんじゃない。姿、形じゃないって言ってんだ。なあ、ナカイッ!」

中井が急に元気を取り戻し、吉松を見る。

 中井「ですッ!」

吉松は酔っている。

 吉松「飲めッ、社長ッ!」
 修造「いや、今日は。・・・この後私、夜勤なんですよ~」
 吉松「夜勤? あんな恐ろしい仕事をまだ続けて行くつもりか、君は」
 修造「いや~、まあ、それは・・・」

修造は中井を見て、

 中井「そうですか。それは目出度い。で、今度はどんな仕事を・・・」

中井は、ハニカミながら

 中井「清掃業務です」
 修造「清掃?・・・」
 中井「はい。寺や神社の草取りとゴミ収集です」
 修造「寺や神社の草取りッ!?」

修造は缶詰めの鮭を喉に詰まらせる。

 修造「ゴホッ! ・・・え、ええッ?」

修造は、五年前の失業時代(プー太郎)の、アルバイトの仕事が急に頭を過ぎる。

 吉松「ところでヨ、アンタんとこの店の近くにマンションが建つって、本当かい?」

吉松の突然の一言に驚く修造。

 修造「マッ、マンション!?」
 吉松「何んだい、聞いてないのか。町内の人は皆知っているぞ。米屋も立ち退きだってよ」
 修造「えッ!」

 *お目見え強盗(警察用語)
「内側から正式に採用され、店員や社員、アルバイトに成りすまし、職場の人間を信用させ、金庫やレジ、ロッカー等から金品を盗み取って行く詐欺強盗の事を云う」

   実 話
 ローソン亀戸店や港区のセブンイレブ、名古屋のファミリーマート等から「八百万」もの金を盗んだ「指名手配犯(高輪署より)が「この三ノ輪店」で逮捕される。
修造は高輪警察署から表彰状を受取って欲しいとの連絡が入るが、店が忙しく出席出来ず。
やむを得ず、署の捜査課長が三ノ輪店ま「表彰状」を持参。
修造は片手で受け取って、カウンターの隅に丸めて置く。

 *公園(東盛公園である)

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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スラム(この人達を見よ)第32話

2017-10-30 | レーゼ小説

         第32話

     石田の母(48歳位)の場合

静子が売上書類をまとめ、銀行に出かける準備をしている。
修造は商品ファイルをテーブルに広げ、・・・見ている。

 静子「じゃ、ちょっと行って来ますから」
 修造「うん? あッ、気を付けてね。忘れ物は無い・・・な」
 静子「アンタとは違うわよ」
 修造「? そうだね」

静子が事務所を出て行く。

修造は防犯ビデオのモニターを見ている。
すると、「中年の女の客?」が店に入って来る。
店内には他に客は誰も居ない。
暫くして、石田がバックルームからカウンターに現れる。
石田が女と何かを話してる。

店内では・・・。

 石田「来るなって言っただろう。帰れよ! オマエの顔見るとむかつくンだよ。ッたく」

モニターの中で、女は石田に何かを渡そうとしている。
石田は受け取らない。
女がカウンターの上に、渡そうとした物を置く。
石田は置かれた物をフロアーに投げつける。

店内では、

 石田「オマエなんか親でもないくせに母親ズラすんな。早くウセロ! クソババー」

モニターの中で、女は黙って俯いている。
暫くすると女は、フロアーに投げ付けられたモノを拾い、淋しそうに店を出て行く。

事務所の修造は、モニターに映った光景を見て、「石田の母」だと直感する。

修造が売り場に出て行く。
さりげなく雑誌の整理を始める修造。

石田がカウンターの中からフロアーの一点を見詰めている。
修造は週刊誌を立ち読みしながら、

 修造「どうした・・・? 今の人は母さんだろう」

石田は表情を変えて明るく、

 石田「えッ! 違いますよ~」
 修造「そうか。 ・・・でも石田は嘘が下手だね。顔に書いてあるぞ」
 石田「え~、違いますッ! オーナーには関係ない事ッす」
 修造「あの人、時々店に来てるだろう。俺、見た事あるよ」

石田は黙り込んでしまう。

 修造「優しそうな、人じゃないか」
 石田「・・・」
 修造「あの人、オマエの事を心配しているんじゃないか?」
 石田「心配? 大きなお世話です。アンナヤツ」
 修造「あんなヤツ? やっぱり母さんか」

石田はきっぱりと、

 石田「違いますッ! アタシには母親なんて居ませんッ。高校ン時、オトコ作っ家を出て行きました。だからあの女は母親なンかじゃありませんッ!」
 修造「そうじゃない。俺が石田と面接した時、言ったろう。覚えてるかなあ」
 石田「え?」
 修造「母さんは母さんだ、許せるものなら許してやれって」

石田は顔を赤くして怒り始める。

 石田「だって、アタシ達家族を捨てたンですよ。そんなヤツ、母親なんかじゃ無いッすよ」
 修造「そうかな。俺はそうは思わないぞ。きっとオマエの母さんは、家族を捨てて始めて本当の母さんに目覚めたんじゃないかな? オマエだって高校を中退して、この店でいろんな事を経験し来たじゃないか。それだけ大人に成ったんだよ。人間は子供を生んで、直ぐに母親に成れる人と成れない人が居るんだ。親だって、すべて完璧で完全な親なんて居ないよ。母さんだって自分の人生を歩いているんだ。いろんな事が有るさ。いろんな事を経験して、本当の親に成って行くんじゃないのか。父さんじゃない人を好きに成る事もあるさ。それは母さんの人生だ。でも、それでようやく自分の置かれた立場が判ったんじゃないかな? だからオマエの母さんは許される人だよ。オマエの方こそ、もっとオトナに成らなくちゃな。石田もその内に結婚して子供が生まれ、母親に成ったら分かるよ」

石田は黙って聞いている。

 石田「・・・。 オーナー・・・。オーナー達って子供、居るンですか?」
 修造「子供? 俺は子供・・・居たのかな」
 石田「えッ!? ナニ、それ~」
 修造「あッ、今言った事は絶対に、店長には内緒だぞ」
 石田「何だか分かンないけど、言いませんよ・・・」

石田は修造を見て、

 石田「オーナーって凄く頭が良さそうだけど、やっぱり普通の人と違いますね。アタシ、オーナーみたいな人、初めて見ました。でも、ソンケイして良いのかなあ~・・・」
 修造「尊敬? ソンケイなんかするなよ。石田にはもっと尊敬出来る人が必ず現れる。だから、今度あの人が店に来たら、母さんと呼びながら喧嘩してあげな。あの人きっと泣いて喜ぶぞ。それがあの人に対して、石田の本当の親孝だ。・・・なッ」
 石田「・・・」

石田は俯いてカウンターを見ている。

 音  「ピンポーン」

ドアーチャイムが鳴り、店にお客が入って来る。

 修造「いらっしゃいませー」
 石田「しらっゃいませ~」

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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スラム(この人達を見よ)第31話

2017-10-28 | レーゼ小説

         第31話

    坂口勘蔵さん(62歳位)の場合

2月。
外は今日も冷たい雨が降っている。
店内は客足も途絶え、静子が品出しをして、石田が濡れた床をモップで拭いている。
すると、ドアーチャイムが鳴り、スーツにネクタイの「背の高い男」が店に入って来る。

 静子「いらっしゃいませ~」
 石田「いらっしゃいませ~」

男は静子の傍に来て、背広の内ポケットから手帳を取り出し中から「名刺」を出す。
静子は驚き、

 静子「あッ! 御苦労さまです」
 男  「忙しい所すいません。ちょっと、店長さんお願い出来ますか」

静子は名刺を受取り、

 静子「オーナーですね。少しお待ち下さい」

静子は石田を見て、

 静子「石田さ~ん。ちょっと」

石田が静子の傍に来る。
石田は2人を見て、

 石田「何ンすか?」
 静子「この名刺、オーナーに」

石田は渡された名刺を見る。
男を見て、

 石田「あッ、御苦労さンす」

名刺を見ながら事務所に走って行く石田。
 
修造はいつもの様にストコンに向かい「新商品」の発注をしている。

 石田「あの~、すいません」
 修造「うん? あッ! ちょうど良い所に来た。石田さん、この商品どう思う?」

修造は商品ファイルを石田に見せる。

 石田「え? いや、今、店に刑事が来てるンすけど」
 修造「ケイジ?」
 石田「この人ッす」

石田が修造に名刺を渡す。
修造は名刺を見て、

 修造「向島警察署広域捜査課鮫島隆志。向島・・・?」

と、そこに突然、背広の男が事務所に入って来る。

 鮫島「オーナーさんでか?」
 修造「あッ、はい」
 鮫島「忙しいとこ、ちょっと良いでか?」
 修造「えッ、は、はい。何か」
 鮫島「実はですねえ、先週の金曜日そこの公園で女の子の誘拐未遂事件が有りましてね。男は捕まえたんですけど、その男、事を起こす前にこの店でT型の安全カミソリを買ってヒゲを剃ったって言ってるんですよ」
 修造「ヒゲ? ・・・金曜日の何時頃ですか」
 鮫島「本人は、昼の3時から4時の間って言ってるんですけどね」

修造は石田を見て、

 修造「石田さん、そんな客、覚えがある?」
 石田「アタシ、先週の金曜日は休みッす」
 修造「あッ、そうか。誰が出てたんだけ?」
 石田「三原ッす」
 修造「三原? あの娘、覚えているかなあ。何しろ変ったお客さんが沢山来るから。髭剃りぐらいじゃ・・・」
 鮫島「いや、それは別に良いんですけど。店長、防犯ビデオは回っていますよね」
 修造「あッ、そうか。回ってますッ! そうだ、それを見れば分かるッ!」
 鮫島「で、保管期間は?」
 修造「1週間です」
 鮫島「と言う事は、事件がちょうど1週間前だから・・・」
 修造「あッ! 有ります」

修造は頭上のビデオケースから1本を取り出し、テーブルの上に置く。

 鮫島「すいません、できたら1週間分全部お借り出来ますか?」
 修造「えッ、全部ですか?」
 鮫島「申し訳無いですけど。その代わりと言っちゃナンでが、私の方で新しい物を6本、買わせてもらいます」
 修造「え? いや、良いですよ」
 鮫島「いやいや、大切なビデオですから」
 修造「そうですか? じゃ、すいませんね~。石田さん、カウンターからレジ袋を1枚持って来てくれる」
 石田「はい!」

石田が売り場に走って行く。

 鮫島「忙しいのにすいませんねえ」
 修造「いや~、役に立てば良いですけどねえ。・・・この辺て事件が多いんじゃないですか?」
 鮫島「そうですねえ。でも昔よりは随分減りましたよ」
 修造「僕は、ここのお客さんが全部犯罪者に見える時があるんですよ」
 鮫島「ハハハハ。まあ、土地柄そう見えても仕方がないかもしれませんね」

石田がレジ袋を持って事務所に来る。

 石田「はい、オーナー」
 修造「おお、ありがとう」

修造はカセットテープを袋に入れ鮫島に渡す。

 鮫島「あ、恐縮です。 ・・・ここはオーナー店だったんですね」
 修造「えッ? あ、まあ」
 鮫島「ハハハ、じゃ、これお預かりします」
 修造「あッ、ご苦労さまです」

鮫島が事務所を出て行く。

モニターを見ている修造。
鮫島が売り場からビデオを数本まとめて、レジに持って行くのが見える。
静子が丁寧に応対している。
ドアーチャイムが鳴り、鮫島が傘を差して出て行く。

静かに成った店内。
すると、1台の古ぼけた「自転車」が店の前に止る。
自転車のスタンドを立てて、道路の人通りを確認し、男が店に入って来る。
その男は「紺の作業着の上下に、野球帽」を被っている。
身体は「小柄で痩せた労働者風」である。
雨にびっしょりと濡れている男。
石田は床の雨水をモップで拭きながら、

 石田「いらっしゃいませ~」

男は濡れた野球帽を深く被り直し、店内を一周。
さりげなく天井の防犯ビデオの位置を確認する。

静子が商品の入った箱を抱え、バックルームから出て来る。

 静子「いらっしゃいませ~」

箱から商品を出して棚に並べ始める。
と、突然ッ!
男は静子の背後に回り、羽交い絞めにする。
静子は驚いて、

 静子「ナッ、何するんですかッ!」
 男  「静かにスろッ!」

石田は何も気付かず床を拭いている。

 石田「店長~、咲子さんの洗濯物だけど、早く片付けないと・・・、また増えて・・」

石田が顔を上げる。
と、目の前に静子が立っている。

 石田「! びっくりしたなあ~。店長、驚かさないでくださないよ~」
 静子「イ、イッちゃん。ごッ、強盗!」
 石田「ゴトウ? ・・・あッ!」

静子の背後に包丁をタオルで巻いた、あの男が立っている。
すると修造が新商品のファイルを広げて、事務所から出て来る。

 修造「店長、この商品・・・?」

修造はカウンター近くの3人を見て、

 修造「あッ、ご苦労様です。あれッ、今度は防犯訓練ですか? ・・・リアルですねえ。すいません、僕、事務所に居ますから何か有ったら呼んで下さい」

修造は事務所に消えて行く。

 静子「バカッ! これが分らないの? 役立たずッ!」

男は小声で、

 男  「ウルセーッ! カネ、出せ!」
 石田「どうしますか?」
 静子「どうしますかって、・・・グリコの看板じゃない」
 石田「グリコの看板て?」
 静子「バンザイって事ッ!」
 男  「ヤカマシイーッ! バカな事言ってンじゃねー。早くレジ開けてここにカネ入れろッ!」

男はポケットから「トート(買い物袋)」を出し、石田に渡す。

 静子「石田さん、言われた通りにしなさい」

男のナイフの先が不気味に光る。

 石田「でも~・・・」
 静子「バカッ! 強盗よ。早くしないと刺されちゃうでしょ」
 石田「ア、はい」

石田はカウンターに入る。
レジを開けて、札を袋に入れ始める石田。
石田は静子を見て、

 石田「コマカイのも入れますか?」

静子は怒って、

 静子「アタシに聞いても分からないわよ」
 男  「ゴチャゴチャぬかスてねえで早くみんな入れろ。刺すぞ!」

石田はキレそうに、

 石田「ワカリマシタッ!」

仕方なくレジの小銭を袋に入れて行く石田。

 男  「早くスろ、早くッ! 見えねえのかッ! これが」

石田はキツイ眼で男を睨み、

 石田「今、入れてンじゃないッすか」
 男  「ウルセー、口答えすンなッ!」
 静子「痛いッ! 刺した。この人、本当に刺した! またやったら警察に言うわよ」
 男  「バカ野郎。俺は真剣だッ!」
 静子「?」
 石田「ハイッ、イ・レ・マ・シ・タッ!」
 男  「そっちもッ!」
 石田「え~えッ?」
 男  「え~じゃね~ッ! 早くスろッ!」

石田は舌打ちをして、

 石田「チッ、は~い」

と、修造がまた売り場に顔を出す。

 修造「あれ? まだやってるんですか」

男が修造の言葉に振り返った瞬間、石田がカウンターの下の「非常ベルボタン」を押す。
町内に、けたたましく鳴り響くベルの音。

 音  「ビリリリリリリ・・・・・・・」
 修造「ほう。防犯ベルの確認ですね。初めて聞きました。そこまでやりますか」

たじろぐ男。
男は急いで静子の腕を掴み、引き寄せる。

 男  「早くベルを止めろッ!」

男の小声が上ずっている。
修造はまだ空気が読めない

 石田「オーナー! 強盗です。警察ッ!」
 修造「やっぱりそう来ますか。分かりました。で、私が急いで事務所に戻り、警察に連絡する。そう云う行(クダ)りですね。ご苦労様です」

修造は、いそいそと事務所に戻って行く。

 静子「あッ、バカッ!」
 男  「動くなッ! 殺すぞ」

ベルの音を聞いて、店の外に人が集まって来る。
暫くすると、誰が知らせたか「パトカー」が1台、店の前に停まる。
ドアーが開いて、警官達が店に入って来る。
と、カウンター越しに男が、

 男  「来るな、殺すぞッ!」

一瞬、たじろぐ警官達。

 警官A「! ・・・分かった。出る。何人居る?」

石田が大声で、

 石田「人質が3人!」
 男  「ウルセ~ッ! 喋るな。1人1人ぶっ殺スてやる」

また1台、パトカーが停まる。
暫くするとまた1台(覆面パトカー)。
そして、「救急車」もやって来る。
警官Aが最初のパトカーのトランクを開けて、ポールを数本取り出す。
周囲に立ち入り規制のテープを張り巡らす警官A。
覆面パトカーから「刑事が2人」、通りに出て来る。
店の周りには、「野次馬」達が増えて来る。
すると、野次馬の中から1人、規制テープをくぐって店を覗く男。
吉松である。
吉松は声を殺して、

 吉松「お~い、大丈夫か~?」

すると店の中から甲高い声。

 男  「ウルセ~、ぶっ殺すッ!」

警官Aは驚いて吉松を店から遠ざける。

 警官A「ダメダメッ! 今、店に入れません!」
 吉松「いや、友達なんだよ。これが最後の見納めかも知れねえしよ~」
 警官A「ええッ!? 犯人の友達ですか」

吉松は警官Aを睨んで、

 吉松「バカ言ってんじゃねえ。俺がそんな男に見えるかッ! この店の社長とだよ」
 警官A「社長? ああ、そうですか。とにかく店に近寄らないで下さい。犯人を刺激しますから」
 吉松「刺激? 随分と高待遇だな」

吉松が何気なく店の前に置いてある「自転車」を見る。

 吉松「・・・」

どこか見覚えのある自転車である。
前輪の泥除けに「坂口勘蔵・血液型O」と書いてある。

 吉松「・・・! あれッ? この自転車」

警官Aが割って入る。

 警官A「はい、どいてどいて。立ち入り禁止! 早くどいて」

刑事達(2人)が傘を開いて打ち合わせをしている。

警官Bが2台目のパトカーのトランクを開けて「挿す又」を組み立てている。
すると刑事の1人(老齢の刑事A)が店の方に歩み寄る。
刑事Aは傘をたたんで店の中に入って行く。
店の中から怒鳴り声が。

 男  「来るな~ッ! オンナをブッ殺すぞ」

暫く騒いでいたが、急に店内が静かになる。

 店内「・・・・・・」 

男は刑事Aと、何かを話している。
暫くすると、刑事Aが店から出て来る。
刑事Aは携帯電話を開き、誰かと話しをしている。

吉松が少し離れた所で、自転車をジッと見詰めてる。
そこに店の常連、戸村が吉松の傍に来る。

 戸村「撮影?」

吉松はいぶった化に、

 吉松「強盗~ッ!」

戸村は驚きもせず無表情に、

 戸村「そう」

気にせず、店の中に入って行く戸村。
警官Aはそれを見て、驚いて、

 警官A「あッ、ダメッ! お客さん、立ち入り禁止ッ! 入っちゃダメッ!」

戸村は怒って、

 戸村「ウンパン(アンパン)を買いに来たんだッ!」

吉松が焦って戸村の傍に来て、袖を引く。

 吉松「オイ、我慢しろよ」

戸村は大声で、

 戸村「ンパ~ンッ!」
 吉松「分かった分かった。俺のハウスに行こう。甘いパンが有るからよ」

戸村が店の前でジタンダ踏みながら、ロレツの回らない言葉で、

 戸村「ウルへ~! ブカヤロー。ウンパンだーッ!」

暫くして、戸村は吉松に諭(サト)されるようにして店を離れて行く。

中々進展しないこの事態。
そこに、ローソンのマネージャー「綿引」が藤井と一緒に駆けつける。
綿引が強引に刑事達に詰め寄る。

 綿引「どない成ってるンですか。お客さんは中に居てはるンでしよ。ケガ人はおまへンやろうな」
 刑事A「大丈夫です。落ち着いて我々に任せて下さい」

刑事Aが店に入って行く。
静かな店内。
暫くして、刑事Aが店から出て来て、若手の刑事Bに、

 刑事A「タクシーを呼んでくれないか」
 刑事B「タクシー? それ、条件ですか?」
 刑事A「条件? ・・・うん。まあ、そうとも取れるな。何にか、秋田に帰りたいらしいんだ」

刑事Bは刑事Aを見て。

 刑事B「アキタッ?! 東北の? ・・・随分遠いですね」
 刑事A「いや、これは俺の勘(カン)だが、実家が秋田に在るんじゃないかあ・・・」

吉松は刑事達の傍で聞き耳を立てて居る。
と、突然大声で、

 吉松「ああッ、カンゾウだッ! やっぱり坂口勘蔵だ」

刑事達が驚いて振り向く。

 吉松「あの野郎、こんな所でヤリやがった」

刑事Aが吉松に近づき、

 刑事A「お客サン、犯人をご存知ですか?」
 吉松「おお、知ってる! 知ってるとも。坂口勘蔵、横手(ヨコテ)の親友だ」

「挿す又」を持った警官Bが、

 警官B「親友ッ!?」
 警官A「やっぱりそうでしたか」

吉松は警官Aを見て、

 吉松「ウルセーッ! この野郎。冗談言ってる場合じゃねえッ!」

警官Aが急に丁寧な言葉に変わる。

 警官A「あッ、失礼しました」

刑事Aが、吉松に近づき諭す様に、

 刑事A「すいません。彼はまだ若いんで、ついあんな事を言ってしまって。そうですか~、坂口と云う方ですか~・・・。で、どんなもんでしょう、お客さん。・・・ここは1つ坂口さんを説得してもらえませんでしょうかねえ~」
 吉松「うん? ・・・うん。あッ、いやダメだ! ワシには親友を売るような事は出来ん」

刑事Aが更に諭す。

 刑事A「お客サンの気持ちも良く分かります。でも、坂口さんもあの歳だ。これ以上の罪を重ねたらもう二度と世間には出て来られないでしょう。何んとかアンタの力で説得してもらえんでしょうか」

吉松が一点を睨んでいる。

 刑事A「・・・お客さんッ! 親友でしょう」

吉松はその一言に、天を仰いで目を硬く瞑る。
吉松の瞼に一筋の涙が。

 吉松「・・・よし! やってみょう。ちょっと待ってろ」

吉松が唇をきつく噛み、店の出入り口に向かう。

 吉松「クソ~、あのバカ野郎が・・・」

吉松がドアーをそっと開ける。
ドアーチャイムが店内に響く。
すると、カウンターの隅から絶叫に似た声が、

 坂口「来るなーッ! 1歩でも近づいたらこのオンナを殺す。俺は本気だからなッ!」

吉松は手を後ろに組み、外で見守る刑事達に「Vサイン」を送る。

店内。
落ち着いた表情の吉松。

 吉松「よ~。カンゾウ・・・」
 坂口「?・・・!? おまえ、ヨシマツか?」

刑事達が、店の中の2人を見詰めている。
吉松はカウンター越しに、坂口に親しげに話を始める。

 刑事A「・・・、上手く行った様だな」
 刑事B「ですね。乗り込みますか」
 刑事A「いや、その内に出て来るだろう」

野次馬がざわめき始める。
酔っ払いの男が、

 男  「ガンバレーッ! 負けンな~」

警官Bが「挿す又」を持って男を睨む。
男は、よどんな眼で警官Bを睨み、

 男  「?、何ンだ、文句あっか。ポリ功が怖くて酒飲めッか・・・バカたれが・・・」

刑事Bが鋭い目で男を睨む。

 男  「?・・・。あッ、スンマセ~ン。静かにしまーす」

報道関係のクルマが、店の前に停まる。
車を降り、男達が急いでトランクを開け、ビデオカメラを肩に、店の入り口に向かう。
それに続く、カメラを首に掛けた男。

 警官A「あッ、だめッ! もう少し待って下さい」

これで、すべてのお膳立てが整った。

と、坂口が静子の腕を放し、カウンターから出て来る。
吉松が優しく坂口の肩を抱いている。
吉松の肩に、もたれ掛かる坂口。
坂口は泣いているようである。

店のドアーが開く。
吉松が最初に出て来る。
少し遅れて小柄で痩せこけた坂口が、両手を腹の前に突き出し、堂々と表に出て来る。
その作法は、まさに「*道」に入った者しか出せない渋い「爽やかさ」さえ感じられる。
刑事Aが坂口の前に進み出る。

 刑事A「坂口勘蔵か・・・」
 坂口「はい。お騒がせしまスた・・・(秋田弁)」

腹の前に合わせた手首に、黒く冷い「手錠」がハメられる。

 音  「チャッ、チャッ・・・」」
 刑事A「コンビニ強盗未遂、監禁の現行犯で15時16分逮捕!」

報道陣のフラッシュが一斉にたかれる。
警官達と救急隊員が一斉に店内に入って行く。

 警官A「皆さん、怪我はないですか?」
 石田「無事ッす」

静子は髪の乱れを整えがら、

 静子「大丈夫です」
 警官A「あれ? ・・・もう1人は」
 石田「奥の事務所で仕事してます」
 警官A「シゴト?」

警官Bが奥の事務所を見に行く。
修造が段ボールを敷いてグッスリ寝て居る。

 警官B「店長さ~ん。店長ーッ! 起きて下ださ~い」

修造がおもむろに目を覚ます。

 修造「あ~、痛てててッ。あッ! オマワリさん。すいません。寝ちゃいました。・・・終わりました?」
 警官B「は~?」

通りでは坂口が、刑事Aと刑事Bに深々とお辞儀をしている。
と、坂口が突然振り向き、集まった「山谷の野次馬達」に向かい、大声で、

 坂口「皆さ~ん! お騒がせしまスた。また~・・・」

野次馬達は、坂口に熱い拍手を送る。

 野次馬達の声「頑張れーッ!」

警官達が野次馬達を退かす。

 警官A「はい、開けてー。ほら、そこッ! ジャマッ!」
 野次馬A「うっせッ! タコ」

坂口は刑事Aに頭を押さえ込まれ、車に押し込まれる。
車内で悪びれず、堂々と座っている坂口。
前席に座った刑事Aに、

 坂口「また、お世話に成ります」

坂口を乗せた覆面パトカーが走り出す。
後に続いて走り出すパトカーや救急車。

吉松が1人、電柱の後ろに隠れて泣いている。

 吉松(M)「バカ野郎・・・、よりによってこんな所で・・・」

静かになった通り。
綿引と藤井が、店内で静子と石田に事件の経緯を聞いている。
そこに、安倍信蔵巡査長が大汗をかきながら自転車で現場にやって来る。
安倍は店の入り口に自転車を停めて、

 安倍「いや~、忙しい。引ったくりだの万引きだのって、体が幾つあって足りやしない。おお、奥さん! ご無事で。ハハハハ、そうですか。良かった~。じゃ、また後でちょっと署の方へ」
 静子「はい。あッあの~、店が忙しく成るんで私だけで宜しいですか」
 安倍「勿論ですよ。それから・・・」

安倍が通りの吉松を指差し、手招きをする。

 安倍「ちょっとアンタ! 大手柄ッ!」

吉松は右手でウチワを扇ぐような仕草をして、公園の自宅(ブルーテント)に戻って行く。

 安倍「あッ、ちょっとアナタ! 鬚のアナタ、今日は離しませんよ」

綿引が、売り場の隅に呆然と立ち尽くす修造を見て、

 綿引「オーナー、大丈夫でっか!」
 修造「あッ、すいません。お騒がせしちゃって。本物だとわ~・・・。しかしこの店いろんなお客さんが来ますねえ。落ち着いて仕事も出来ゃしない」
 綿引「すンまへんな~。でもこの店、切り盛り出来るのはモモチのオーナーさんしかおまへんで~。で、オーナーも危ない目に?」
 修造「いや、私は事務所で商品の発注をしてました」
 綿引「アッラ~! やっぱりオーナー、違いまんナ~。ハハハハ」

*坂口勘蔵 前科四犯(窃盗・無銭飲食・詐欺・強盗)

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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スラム(この人達を見よ)第30話

2017-10-27 | レーゼ小説

         第30 

    兵頭平八郎さん(78歳)の場合

人間、あんまり忙しいのも「ナン」である。
24時間365日休み無し。
修造が事務所で発注ファイルを見ている。
ストコンに向って、深いため息を付きながら、

 修造(M)「あ~あ・・・、これじゃ~、懲役の方がマシだな」

それは、ある昼下がり事であった。
静子がカウンターを拭いて居る。
石田はバラバラになった雑誌を整理している。
そこにきまってこの時間帯にやって来る、身なりの整った「老紳士」が・・・。

 静子「いらっしゃいませー」

老紳士はいつものように「紙袋」を手に提げて、奥の「チルドコナー」に行く。
静子は以前から、この老紳士が気に成っている。

 静子「イッちゃん、ちょっと」
 石田「は~い」
 静子「悪いけど、此処を見てて」
 石田「えッ? どうかしたンすか」
 静子「うん? ちょっとね・・・」

静子がバックルームに入って行く。

マジックミラーに貼り付いて、老紳士を見ている静子。
老紳士は紙袋を床に置き、いつもの様に漬物を1つ右手に取る。
そしてもう1つを左手に取り、暫らく見比べ・・・、1つを元の場所に戻す。
老紳士は漬物を持ってカウンターに。
静子は勘違いかと思い、売り場に出てもう一度その老紳士が戻した漬物を見る。

 静子「あら? ・・・無い」

確かに老紳士が戻した漬物が「無い」のである。

 静子「あッ、あの袋! アレだッ」

静子が急いで先回りをし、何気ない素振りで出入り口の雑誌コーナーで、雑誌を整理するフリをしている。
それとは知らず老紳士はレジを済ませ、そそくさと店を出て行く。
と、すかさず静子が、

 静子「お客様ッ!」

老紳士は驚いてその場に立ち尽くす。

 静子「お客様、今、お買い求めになった品物ですけど」
 老紳士「えッ? ああ、この漬物ですか?」
 静子「そうです」
 老紳士「此処の漬物は美味しいですねえ~」
 静子「有難う御座います。で、もう一つその袋に入っていませんか?」

老紳士は顔が蒼ざめる。

 老紳士「えッ? いや・・・」
 静子「ちょっとすいません。袋の中を見せてくれます?」
 老紳士「ど、どうぞ」

すると袋の一番上から、パックに包まれた漬物が顔を出す。

 静子「・・・この漬物は?」
 老紳士「あッ、それは他の店で買ったモノです。何か?」
 静子「いえ、ちょっと気に成ったものですから」
 老紳士「アナタ、変な言い掛かりを付けないで下さいよ。訴えますからね」
 静子「いや、それは別に良いんですけれども・・・。確か、うちの商品は容器の後ろにマジックで印が・・・。あら? これ・・・付いてますよ。ほら」

老紳士は何も言えなくなり、倒れ込むように傍の電柱に身体を崩す。

 静子「あッ、どうしました。しっかりして下さい!石田さ~んッ、石田さ~ん! オーナー呼んでちょうだ~い!」

石田が静子の声を聞き、店から飛び出て来る。
2人を見て、

 石田「あッ、ヤッベ~!」
 静子「イッちゃん、急いでオーナー呼んで!」
 石田「はいッ!」

修造が寝ぼけた顔をで、店から出て来る。

 修造「何だよ~、疲れてンだから~」

修造は電柱の傍にうずくまる老人を見て、

 修造「あッ、どうした! お爺さん! しっかりしろッ! おいッ、とにかく事務所へ。オジイサン、歩けるか? 石田さん、救急車ッ!」
 石田「はいッ!」

事務所で、静子が椅子に座り、修造が立って腕を組み、老紳士を見ている。
老紳士は椅子に座って俯いている。

 静子「お爺さん、何んであんな事したの? 今回だけじゃないでしょう」

老紳士は黙って、床の一点を見詰めている。

 静子「名前は?」

老紳士は急に観念したかのように、姿勢を正し、

 老紳士「兵頭平八郎、七八歳、独身!」
 静子「独身は良いんですけど、随分立派なお名前ですねえ。で、何か身分を証明する物はお持ち?」
 兵頭「はいッ! 有りませんッ! ? あッ、有ります」
 静子「どっちですか?」
 兵頭「有ります。年金手帳がッ!」
 静子「年金手帳? ・・・ああ、確かに証明は出来ますね」
 兵頭「すいません。もうやめますから許して下さい」
 静子「ヤメル?」
 兵頭「アタシ、・・・病気なんです」
 静子「病気? どこか悪いんですか?」
 兵頭「すぐ手が出ちゃうんです。この手が、この手が本当に悪いんです」

兵頭は自分の手を力いっぱい叩きながら、泣き始める。

 兵頭「私はもうダメだ・・・。 あの世で妻に顔向け出来ない。本当にダメな男なんです。死んだ方がましだ」
 修造「まあ、そこまで自分を責めなくても」
 兵頭「いや、許される事では有りません。何処へでも突き出して下さい。如何なる仕打ち、罰も受ける覚悟です」

暫らくして、店の前に救急車が静かに停まる。
後部ドアーが開き、救急隊員Bが中からストレッチャーを引き出し、店の中へ。
後から、もう1人の隊員Aが「赤と白のハードケース」を持って店に入って来る。
店の周りにはチラホラと次馬が。
隊員Bはカウンターの石田を見て、

 隊員B「奥ですか?」

石田がニッコリ笑い、

 石田「そうッす」
 隊員B「じゃッ、失礼します」

隊員達が事務所に入って行く。
狭い事務所にストレッチャーが運び込まれる。
隊員達は静かな事務所内に一瞬戸惑う。
修造を見て、

 隊員B「あれ? こちらで良いんですよね」
 修造「あッ、すいません。忙しいとこ」
 隊員A「で、救急の方は?」

静子が兵頭を指さし、

 静子「それが・・・。この方なんですけど」

修造は兵頭の顔を見て、

 修造「元気に成ったみたいです」
 隊員A「あッ、そうですか」

隊員Aが兵頭の傍に膝まずいて、箱から血圧計を取り出す。

 隊員A「念のため、血圧を測らせてもらいます。腕をまくってくれますか?」

兵頭は腕をまくる。
隊員Aが血圧帯を巻き、兵頭の顔を見て、

 隊員A「大丈夫ですか? 頭が痛いとか吐き気がするとか?」

兵頭は何も喋らない。
隊員は静子に、

 隊員A「どういう状況でした?」
 静子「それが、あまりの動揺で目眩がしたらしいんです」
 隊員A「動揺?」

静子は兵頭を見て、

 静子「万引きがバレテしまって」

隊員達は、得も言われぬ顔をして兵頭を見る。

 隊員A「え~ッ!?」

兵頭は突然、隊員Aにすがり付く。

 兵頭「いや、私は病気です。とても悪い病気なんです。連れて行って下さい」

呆れた顔の隊員達。

 隊員A「お客さん、困るんですよ。最近こういうケースが多くて。歩けるんでしょう?」

兵頭は突然、号泣する。

 兵頭「歩けます。大丈夫です。あ~また大勢の方に迷惑を掛けてしまった。私はもうダメです。すいません。本当~にすいません」

うなだれる兵頭。
隊員Aがテーブルの上に書類を広げる。

 隊員A「あの~、一応現場に来たと云う事で、この店の住所とオタクの名前、それと立会人の名前をここに書いてくれますか」
 兵頭「分かりました。兵頭平八郎、七八歳! 独身です」
 隊員A「いや、兵頭さん! 名前と住所を自分でココに書くんです」
 兵頭「あッ、すいません。本当にご迷惑ばっかりかけて」
 隊員A「それと、こちらに店長さんの名前。店の住所はココに書いて下さい」
 静子「あッ、はい。ここですね」

静子が書類に名前を書き始める。

 隊員A「兵頭さん、もうお歳なんですからあまり無理しない方が良いですよ」

兵頭は急に椅子を立ち、

  兵頭「すいません。本当に面目ない」

隊員Aが書類をケースに入れる。

 隊員A「じゃッ、これで失礼します」
 修造と静子が椅子を立って、
 静子「お騒がせして本当に申し訳ありませんでした」

修造は恐縮しながら隊員達に、

 修造「あッ、そこまで送ります」

修造は隊員達と事務所を出て行く。
修造の声。

 修造「まったくやんなっちゃいますよ。あんなのバッカリ・・・」

静かになった事務所。すると兵頭がまた突然、大泣きを始める。

 兵頭「ワー、私はどうしたら良いんだ」

静子は困り果てて、

 静子「・・・分かりました。じゃ、この紙に(もう万引きはやりません)と書いて下さい。それから住所と氏名、年齢も一緒に。そこに貼っときますから」

兵頭が静子の指差した壁を見て驚く。

 兵頭「えッ! こんなに私と同じ病気の方が」
 静子「困ったもんですよ」

すると、兵頭は背広の内ポケットから大きなワニ革の財布を取り出す。
そして、おもむろに5千円札を1枚取り出し、

 兵頭「あの~・・・、少ないですけどこれで」
 静子「何ですか? これは」
 兵頭「いや、ほんの罪滅ぼしです」  
 静子「あの~、木村さん。私、お爺さんを見てるとオカシイと思うんです」
 兵頭「何かお気に障りましたか?」
 静子「何んで260円のモノを盗って5千円も出すんですか?」
 兵頭「いや、ほんの気持ちですから」
 静子「気持ち? ・・・。はっきり言って気持ち悪いんですけど。帰って下さい。で、うちの店には出来るだけ来ないで下さい」

そこに、修造が戻って来る。

 修造「どうしました?」
 兵頭「いや~、ご主人! 大変、タイヘン、お騒がせしました。このと~り、このト~リです」

兵頭が修造に頭を深々と下げ、5千円札を両手で高々と献上する。

 修造「何ですか? これは」
 静子「兵頭さん! いい加減にして下さい。今度は警察を呼びますよ。早く帰って下さい」

兵頭は突然気合の入った旧軍隊式敬礼をして、

 兵頭「はい、失礼しました。兵頭平八郎、帰りますッ!」

修造は兵頭を見て優しく微笑み、

 修造「兵頭さん。・・・また来なよ」
 兵頭「えッ? よろしいんですか?」
 修造「手が悪いんでしょう」

兵頭はまた大粒の涙を流し、修造に握手を求める。

 修造「あッ、シェイクッすか?」
 兵頭「はッ?」
 修造「兵頭さん。長生きしましょうよ」
 兵頭「はいッ! 面目無い」

兵頭平八郎(78歳)が元気良く帰って行く。

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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スラム(この人達を見よ)第29話

2017-10-26 | レーゼ小説

         第29話

     沢田政男くん(23歳)の場合
 
 (イメージ)
土屋が死んだ後、集会場に立て続けに「風呂屋の若主人」、「隣の酒屋の若旦那」の花輪が揚がった。
やはり、「あの世行きのエアバス」は満員になってから飛び立つものなのか。

そして年も押し迫った頃、夕勤の女子アルバイトが突然、店に来なくなった。 
修造は、急いで金正男(キムジョンナム)似の「沢田政男」と云う男を夕勤のアルバイトに入れた。

  「履歴書」から
 住所 「春日部」
 現在 「ビジネス専門学校に通学」
 希望要項 「車のローン返済のため」
 趣味 「バイクとクルマいじり」
 その他 「賞罰等 なし」

  「修造の所見」
 印象 「身長180、体重80キロの堂々たる茶髪男」
 性格 「先輩を立て、声も大きく、豪快に笑う、明るい男」
 合否 「採用!」

沢田が仕事を始めてから一週間ほど経ったある日の夕方。
いつものように、店の前に少年達(悪ガキ)がたむろしている。
すると、数台の改造バイクと、車体が地面に着きそうな白いセダンが、静かに店の前に停まる。
バイカー達は皆同じ「独特なユニホーム」を着用している。
少年達はそれを見て、そそくさと自転車に乗って去って行く。

ドアーチャイムが鳴る。
身体の大きいバイカーの男が礼儀正しく店に入って来る。

 男  「失礼します!」
 石田「いらっしゃいませ~・・・」

男はサングラスを外し、店の中を見回す。
そして石田をジッと見て、

 男  「・・・沢田先輩居(オ)りますか」
 石田「サワダ?・・・ああ、ジョンナムッすか」

男は先輩を「ジョンナム」と呼ばれ、腹が立ったのか目の色が変わる。
石田は男のその「鋭い目」を見てたじろぐ。
石田は急に「言葉使い」を改め、

 石田「あッ、沢田さんは、今休憩中です」
 男  「・・・ちょっと、良いッすか」
 石田「イ、良いッすよ。ちょっと待って下さい」
 男  「ウッス!」

石田はカウンターの後ろの受話器を取り「内線ボタン」を押す。

事務所でストコンに向かい、商品の発注をしている修造。
静子と沢田は、缶コーヒーを飲みながら楽しそうに話をしている。
静子はテーブルの上の置かれた写真を見て、

 静子「ええッ! これが沢田くんの彼女? 信じられない」

修造が思わず発注の手を止めて、机の上の写真を覗く。

 修造「オイオイオイ、良い女じゃなか。小西何とかって云うのに似てないか?」
 静子「小西真奈美? そう言えば似てるかな~・・・」
 沢田「そおッすか? ・・・う~ん。まあ、オレにはもった無いッすよ~」
 修造「どこで知り合ったんだ?」
 沢田「ダチの紹介ッすよ」
 静子「歳は?」
 沢田「オレより2つ上ッす」
 修造「2つ上 良いじゃないか」
 静子「仕事は何してるの?」
 沢田「デルモッす」

修造は写真を手に取り、

 修造「ほう、デルモか~ ・・・新宿?」
 沢田「あッ、いや、モデルッすよ」

修造と静子は驚いて、

 二人「モデルッ!」

と、内線コールが鳴る。

修造が受話器を取る。

 修造「何?」
 石田「沢田さんに面会ッす」
 修造「面会?」

修造と静子、沢田がモニターを見る。

 修造「・・・あれ? あれって、暴走族じゃないか?」
 石田「あッ! 何んだよ~、来るなって言ったのに・・・。すいません、ちょっと・・・」

沢田が急いで事務所を出て行く。

修造がモニターを見ていると、身体の大きいバイカー男がペコペコと沢田に頭を下げている。
すると、「背の高い女」が店に入って来る。
女は沢田と何か話している。
修造は静子に、

 修造「行ってみようか」
 静子「・・・そうね」

2人が売り場に出て行く。

沢田と話をしている女は「写真の女」であった。
この店には合わない、まさに「掃き溜めに鶴」の様な良い女である。
沢田は2人に気が付き、

 沢田「あッ! オーナー、俺の彼女ッす」
 修造「えッ? あッ! 百地です。これが店長の静子です。お世話に成ってます」

修造はワケの分からない会話をする。

 女  「すいません。マサオの働いている所を見たくて・・・」

バイカーの男達が数人、店に入って来る。
腕を後ろに組み、直立不動の姿勢で、

 男達「失礼しますッ!」
 沢田「なんだよオマエ等~。来るなって言ったろう~」
 男達「すいませんッ! ネエさんが・・・」

沢田はリーダーらしき男を見て、

 沢田「オマエ等、何で止めなかったんだよ」
 男達「いや・・・、まあ」

沢田がドスの利いた低い声で、

 沢田「バカ野郎・・・」

男達は声を合わせ、

 男達「ウッス!」
 沢田「神聖な職場を汚すんじゃないよ。オマエ等も早く仕事見つけろ」
 男達「ウッス!」

石田が沢田の隣で、口を開けてこの「場面」を観ている。
数人の客が店に入って来る。
が、「場違い」の雰囲気に、直ぐ出て行ってしまう。
沢田が女に向かって、

 沢田「おい。営業妨害に成るから帰ってくれよ。俺、仕事してんだからさあ」
 女  「あッ! ごめんなさい。じゃッ、皆んな帰ろう」
 男達「ウッス!」
 女  「オーナーさん、店長さん! マサオを宜しくお願いします」

修造は何故か恐縮しながら、

 修造「あッ、はい。こちらこそ、宜しくお願いします」

女は店を出て行く。
男達がそれに続く。
石田が元気よく、丁寧に、

 石田「またおこしく下さいませッ!」

入れ違いに、常連の「戸村」が店に入って来る。
戸村は痩せた肩を怒らせ、派手な女性用サンダルを引っかけ、ポケットに手を入れている。
そして、ロレツの回らない言葉で、

 戸村「オーナー、トーフ!」

修造はそっけなく、

 修造「奥ッ!」

戸村は売り場の奥に入って行く。
すると今、店を出て行った「沢田の彼女」が戻って来る。

 女  「ねえ、マサオ~。今夜は唐揚げで良い?」
 沢田「ええッ? うん。良いよ」
 女  「そう、じゃッ! ガンバッテ」
 沢田「うん」

静かに成った店内。
戸村が豆腐を持ってカウンターに来る。

 戸村「・・・良い女だ」

石田がきつい目で戸村を睨み、

 石田「129円ッ!」

戸村は130円をカウンターに置き、

 戸村「ツリはそこ」

戸村は指で募金箱を指す。
修造は、唐揚げを揚げながら沢田を見て、

 修造「オマエ、暴走族だったのか」
 沢田「えッ!? いや~、元(モト)ですよ」

戸村が2人の会話が聞こえたのか振り返り、沢田を見て、

 戸村「俺、元ヤクザ」

修造は素っ気無く、

 修造「ああ、そうですね。戸村さんは、昔ヤクザ屋さんでしたね」

戸村は痩せた肩を怒らせて、

 戸村「そう。*金町一家。親分に可愛がられたンだ」
 修造「ほう。昔はハバを効かせてたんでしょうねえ~」
 戸村「そう、昔、高橋貞二に似てるって言われた」
 修造「タカハシテイジ?」
 戸村「ショウチク(松竹)! ・・・今はジャイアンツ(巨人)」

戸村は相変わらず、話が支離滅裂である。
戸村は派手なシャツをたくし上げベルトのバックルを修造に見せる。
ジャイアンツの「シンボルマーク」の入ったバックルが光る。
沢田はそれを見て、

 沢田「?・・・」

呆れた顔の修造。

 修造「そうですか。さすが戸村さんだ。ありがとう御座います。またお越しくださいませ」

戸村は昔を思い出したように、更に肩を怒らせて、女性用サンダルを高らかに鳴らしながら店を出て行く。

 石田「ありがとう御座いま~す」 

石田は沢田を見て、

 石田「へえ、ジョンナムって、アッいや、沢田さんてゾクだったンすか」
 静子「暴走族でもあの雰囲気は相当上の格じゃない?」
 沢田「いや、ただのパシリッすよ」
 石田「サワダさん、あのゾクの服、どっかで見た事がある」
 沢田「ああ、撮影された事ありますよ。DVD、出てンじゃないッすか」
 石田「あ~? ヤッパシ! あの?」
 沢田「違う違う。俺は只のOBッすよ」

修造は沢田を見て、

 修造「オマエ、たいした男だな~・・・」
 沢田「そんな事ないッすよ。オーナー、仕事しましょう」
 修造「うん? うん」

暴走族が去って、また少年達(悪ガキ)の自転車が店の前に並ぶ。
1人の少年が店に入って来て、修造を見る。

 少年「オーナーさん!」

修造は少年を見て、急いで事務所に入って行く。

 少年「あッ、オーナー! バイト~ッ!」

店の奥から修造の声、

 修造「ウルセー。子供はダメ~ッ!」

 *「金町一家」
(山谷地区一帯を縄張りにしている手配師集団(暴力団)である。その他、この地区には住吉会(博徒集団・暴力団)浅草地区には松葉会(テキヤ集団・暴力団)が混在して居る。
当店にも、不似合いな「白いベンツ」が毎週停まり、「ジャンプ、マガジン、チャンピオン・・・」等、すべての漫画を各一冊ずつ買って行く「若い衆」が居た。勿論、通りの向こうのマンションでは「発砲事件」も発生している。当の修造も商品を入れ間違え「組」に呼び出され、説く説くと「説教」されたらしい。

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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スラム(この人達を見よ)第28話

2017-10-25 | レーゼ小説

         第29話

  松前漬けの土屋さん(59歳位)の場合

通りを少し行った銭湯の隣に、三ノ輪の「集会場」が在る。
晩秋の朝、「花輪」が3つ揚がった。
修造が店の周りを掃除している。
葬儀屋の男が集会場の周りを掃除している。
修造は目を上げる。
と、葬儀屋の男と視線がぶつかる。
修造は軽く会釈する。
男も軽く会釈する。
修造は急いで売り場に戻る。

 修造「店長~、不祝儀あるよなあ」

静子が売り場の奥から、

 静子「有りますよ。・・・また?」
 修造「うん。マタだ」
 静子「今度は誰が亡くなったんでしょう」
 修造「花輪が3つだから、老人の孤独死じゃないか」
 静子「花輪の名前、見た?」
 修造「見ないよ。その内分かるんじゃない」

ドアーチャイムが鳴る。
「飯田さん」がいつもの様に、前髪にカールを巻いて店に入って来る。

 修造「いらっしゃいませ~」

飯田さんは修造を見て、

 飯田「いや~ねえ、またお葬式。ご祝儀を出すためにパートに行ってるんじゃないんだけど」
 修造「そうですねえ。うちも祝儀袋が無くなる無くなる。・・・誰が亡くなったんですか?」
 飯田「そこの橋本マンションの土屋って人(シト)」
 修造「ツチヤ?」
 飯田「そう。いつも松葉杖を突いて。あッ、この店にも何回か来てたでしょう」

修造が驚き、

 修造「ええッ! あの土屋ッ!」
 飯田「そう。アタシは関係ないんだけど今年は班長でしょう。班長なんてやりたくないわよ~。立替ばっかりよ。集金するのが大変!」
 修造「班長さんですか・・・。それはそれは。で、土屋って方は何んで亡くなったんですか?」
 飯田「病気ですって」
 修造「ああ、ビョウキね・・・」

修造は、「あの時の事」を思い出す。

  (イメージ)
修造が土屋のポケットを触っている。

 修造「・・・これは?」
 土屋「それは違うよ~」
 修造「じゃッ、この缶詰めは」
 土屋「缶詰め? そんなの知らねえ」
 修造「このソーセージは・・・」
 土屋「それは、此処じゃねえ」

修造は土屋を睨み、

 修造「・・・ウソ付くな。みんなカメラに映ってるんだからな」
 土屋「カンベンしてくれよ。俺は足が悪(ワリー)し、病気だからよ~」
 修造「だから何んだッ! 1回や2回じゃねえだろう。足が悪(ワリ)~? 手は元気じゃねえか。ナメんじゃね~ぞ」
 土屋「分ったよ~。もう2度とこの店には入らねえ」
 修造「何ッ・・・。フザケやがって・・・」

 修造(M)「・・・病気ねえ~・・・」

静子がカウンターに戻って来る。
飯田を見て、

 静子「いらっしゃいませー」
 飯田「あら店長、お疲れ様。アンタ達いつも2人で、良いわね~」
 静子「そんな事ないですよ。いつも喧嘩ばっかり」

修造は静子を見て、

 修造「土屋が死んだってよ」
 静子「ツチヤ? ツチヤってあの松前漬けの?」

石田が休憩を終えてカウンターに出て来る。
石田は飯田を見て、

 石田「いらっしゃいませ~」
 静子「イッちゃん、土屋が亡くなったんですって」
 石田「ツチヤ?」

石田は驚いて、

 石田「ええッ! あの松前漬け? 信じられない。ああ云うのは死なないと思ってた」
 静子「今夜、お通夜ですって」
 石田「通夜? 本当に死んだンすか? ちょっとアタシ見て来ますよ」
 静子「よしなさいよ」
 石田「いや、うちの店もあれだけヤラレたンだから。ちょっと・・・」

石田がユニホームを脱ぎ棄て、走って店を出て行く。

 静子「あッ! イッちゃん」

飯田さんが静子を見て、

 飯田「ヤラレた?」
 静子「あッ、いや、こっちの話しです」
 飯田「いや~ねえ・・・」

飯田は不祝儀袋を選びに、店の奥に行く。
暫くして石田が、走って戻って来る。

 石田「アイツです。棺桶の上に松葉杖が載(ノ)ってましたから」
 静子「そう。可哀想に・・・。喪主は誰なんでしょう」

飯田が不祝儀袋を持って、カウンターに来る。

 飯田「それがね、喪主さんは居ないみたい」
 修造「居ない? 居なくても葬儀は出来るんですか?」
 飯田「出来るのよ~。町会費払ってるから」 
 修造「ああ、そう云う事ね。町葬ですな」
 飯田「オーナーさんも送ってやれば」
 修造「えッ? あッ、そうですね・・・。129円です」
 飯田「はい。130円!」
 修造「有難うございます。1円お返しです。またお越し下さい」

飯田さんは3人を見て、

 飯田「じゃあ~ね」

店を出て行く。
静子はカウンターを見詰めて、淋しそうに、

 静子「あの土屋が居なく成っちゃったの~・・・」

修造は静子を見て、

 修造「送ってやればって言われても・・・。ね~」

静子は土屋が最後に店に来た時の事を思い出す。

 (イメージ)
土屋が入り口のドアーを松葉杖で叩く。

 音  「ゴン、ゴン、ゴン!」
 土屋「お~い! この間は悪かった」

静子と石田が、カウンターから土屋を睨(ニラ)む。

 土屋「松前漬け取ってくれよ。俺は、店に入れねえからよ~」

静子は売り場の奥に「松前漬け」を取りに行く。
と、松前漬けが「欠品」している。
静子は出入口の土屋を見て、

 静子「ごめんなさい。松前漬け、無いですねえ~」
 土屋「無い? 何んでねえンだよ。俺は足がワリーんだ。*いろは(マーケット)迄は遠くて買いに行けねえよ。誰か買って来てくれよ。金はやるからよ~」
 静子「・・・困りましたわねえ」

石田が小声で、

 石田「ほっとけば良いッすよ」
 静子「でも~」

土屋は入口で、

 土屋「頼むよ~」

静子は何んとなく土屋が哀れになり、

 静子「・・・アタシ、ちょっと行って来るわ」
 石田「良いッすよ~」
 静子「でも~・・・」

石田はシブい顔で舌打ちをして、

 石田「チッ、分かりましたッ。買ってくれば良いンでしょ」

ユニホームを脱いで店を出て行く石田。
土屋が入口ですれ違う。

 土屋「ネエチャン、ワリーなあ」

石田は土屋を睨み、自転車のスタンドを上げ、急いで「松前漬」を買いに行く。
土屋はカウンターの静子に、

 土屋「俺は、北海道の生まれでよ~、ガキの頃からいつも松前漬け喰ってたんだ。温かい銀シャリにかけてよ。毎日な」
 静子「・・・」
 土屋「この間は悪かったなあ~。俺はこの店には敷居が高くて入れねえんだよ」
 静子「・・・」
 土屋「中気(チュウキ)で足が悪り~しよー」

静子は土屋を睨み、

 静子「・・・足と万引きは関係ないです」
 土屋「だから、手が悪りーいんだよ~」
 静子「? 手もチュウキですか?」
 土屋「ンな事言うなよ。勘弁してくれよ~、ネエさん」
 静子「ネエさん? お客さん、あっちこっちでヤッてるんでしょう」
 土屋「この店だけだよ」
 静子「何、それッ! この間と話が違うじゃない」
 土屋「あん時は捕まったからだよ~。誰だって捕まったら嘘付くだろう」
 静子「そんなの理由にならないでしょう」
 土屋「だから、勘弁してくれって言ってんじゃねえか。金は払うから。この財布から好きなだけ取ってれよ」

土屋は首から提げた財布を見せる。
静子は冷たく、

 静子「いらないわよ」
 土屋「そう言うなよ、ネエさん」

静子はだんだんムカついて来る。

 静子「アタシはアンタの姉(ネエ)さんじゃありませんッ!」 

石田が白い袋を自転車のハンドルに提げて戻って来る。
土屋は腐った様な笑顔を浮かべて石田を見る。

 土屋「・・・悪り~な」

石田は土屋の言葉を無視してカウンターの静子に袋を渡す。

 静子「ご苦労さま。いくらだった?」
 石田「230円と交通費500円!」
 静子「交通費?」

土屋が聞こえたらしく、

 土屋「良いよ、いくらでもこの財布から取ってくれ」

静子は石田を見て、

 静子「・・・交通費はアタシが出すわ。230円ね」
 石田「店長、それはないッすよ。店長から交通費は貰えないッす」
 土屋「おい、早くしてくれよ。俺はもう金なんていられね~えんだ。いくらだってかまね~えよ」
 静子「はいはい。230円ですって」
 土屋「この財布から取ってくれ」

静子は土屋の傍に来て、松前漬けの入ったレジ袋を松葉杖に縛りつける。
そして、首から提げた財布を開ける。
中に病院の診察券と、バラ札で6500円が入っている。

 静子「じゃ、500円お預かりしますね。今、オツリを渡しますから」
 土屋「ツリなんていらねえよ。1000円取ってくれ。迷惑かけているんだから」
 静子「うちは、そんな商売はやっていません。お金は大切にしなさい」

土屋は静子を見て、

 土屋「・・・ネエさん、良い女だねえ。気に入ったよ」
 静子「バカ言ってんじゃないです」

静子は自分のポケットから財布を取り出し、オツリを見せて土屋の財布に入れる。

 静子「はい! 270円入れたわよ」
 土屋「悪り~なあ。ついでに、あっちのネエチャンにそっから1000円抜いて渡してくれ」
 静子「ええ?」

静子は石田を見る。

 石田「・・・良いッすよ。足や手の悪(ワリー)い男から金は貰えないッす」

静子は土屋を見て、

 静子「ッて言う事です。もう無理して万引きはやらないで下さいね。体に良くないですから」
 土屋「分かったよ。・・・松前漬けはいつも入れといてくれよな。俺は足が悪り~んだから」
 静子「分かりました。いつもアタシが注文しときます」

土屋は石田を見て、

 土屋「ネエちゃん、世話掛けたな。オメーも良い女だ」

石田は土屋を見て、呆れた顔でため息を付く。

 石田「・・・気を付けて帰んな」
 土屋「おう!」

土屋は袋のぶら下がった松葉杖を突きながら、帰って行く。
静かに成った店内。

 石田「店長って、優しいッすね」
 静子「何言ってんの。お得意さんじゃない」
 石田「はあ~?」

 「翌日から静子は毎日松前漬けを入れて置く」

が、土屋は来なかった。

数日経った北風が吹く昼下がり。
静子は何気なくカウンターから外を見ている。
と、久しぶりに土屋が松葉杖を突いて店の前を通り過ぎる。

 静子「あら? あの人、松前漬けいらないのかしら」

石田が静子のその言葉を聞いて外を見る。

 石田「ああ、飽きたンじゃないッすか」

静子は妙な予感がして表に出て来る。
土屋は「クスリ袋」を松葉杖にくくり付け、淋しそうに歩いて行く。

土屋に声を掛ける静子。

 静子「あの~・・・」

土屋は振り向きもせず、痩せた脇の下に松葉杖を挟(ハサ)んでマンションの中に消えて行く。

 静子が土屋を見たのは「その日が最後」だった。

静子はカウンターで、

 静子「アンタ、・・・行ってやんなさいよ。可哀そうじゃない」
 修造「うん?」

修造は溜息を付いて、

 修造「喪服は?」
 静子「その格好で良いじゃない。松前漬けを祭壇に挙げてやってね。あの人、大好きだったんだから」

と、石田が突然、

 石田「アタシも一緒に行きます」
 静子「えッ?」

静子は石田を見て、

 静子「・・・そう。じゃッ」

静子が売り場から香典袋を持って来て、

 静子「イッちゃん、これ打っといて」
 石田「はい」

静子はポケットから財布を取り出し、中から5000円を出す。

 静子「アンタ、これを入れてローソン三ノ輪店一同で挙(ア)げてらっしゃい」

石田はそれを見て、

 石田「店長、・・・格好良いッすね」

 *「いろは商店街」
(山谷地区では有名なマーケット。当時、沢山のホームレスが路上生活してを居ました)

                  つづく

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スラム(この人達を見よ)第27話

2017-10-24 | レーゼ小説

          第27話

     ヨーグルトの男(65歳位)の場合

夏の終わり。
3日前から、妙な男の客が店に来る。
男は店が暇に成った「午前10時」と「午後3時」に必ず現れる。
初老で身なりもキチッとして、金銭もある程度所持している「様」である。
今日もドアチャイムが鳴り、その男が店に現れた。
石田がバラバラになった雑誌を整理している。

 石田「いらっしゃいませ~」

男は周りの商品には目も呉れず、ゆっくりと売り場の奥へ消えて行く。
チルドコーナーまで来ると「ヨーグルト」を手に取り、パンコーナーで、「食パン」を手に取る。
そして、・・・カウンターに持って来る。

 静子「いらっしゃいませ~」

静子は商品をスキャン。

 静子「2点で296円になります」

男はポケットの中から「十数枚」の折り畳んだ「裸の一万円札」を取り出す。

 男  「・・・1万円で良いですか?」

静子は笑顔で、

 静子「どうぞ」

男は小声で入り口のコピー機を指差し、

 男  「あの~・・・、そこで食べさせてもらっても良いですか」
 静子「えッ? あッ、どうぞ。お客さんも居ないし、どうぞ」

1万円を渡す男。

 静子「9704円のお返しです。ありがとう御座います」

男はコピー機の上にヨーグルトと食パンを置き、表通りを眺めながらシミジミと食べ始める。
暫くして食べ終わると、塵をカウンターに戻し、

 男  「御馳走様でした」

静子は笑顔で、

 静子「あッ、ありがとうございます。またお越し下さいませ~」

男は、公園の方に消えて行く。
この3日間、男はいつもこの形である。

静子と石田がカウンターで話している。

 石田「ああ、あの男ッすか? 昨日公園のベンチで傘を差して寝てましたよ」
 静子「ええッ! お金は随分持ってるみたいだけど・・・」
 石田「ヤバイ事でもやって来たンじゃないッすか」
 静子「え~? そんな人には見えないけど・・・」

こんな事が続いた数日後。
いつもの様に、静子と石田がカウンターで話しをている。

 石田「店長、朝、戸村が公園でヨーグルト男にタカってましたよ」
 静子「タカってた? 困った人ね~」
 石田「コマッたって、アイツあれが本業ッすよ。ケッコウ、気入れて仕事してましたよ」
 静子「キイレテ?」

静子は舌打ちをして、

 静子「チッ ・・・可哀想に」
 石田「どっちもどっちッすよ。あの男だって叩けば埃が出るンだから」

静子は石田を見る。

 静子「・・・」
 石田「? 何か」
 静子「えッ? いや、イッちゃんて随分、難しい言葉知ってるのね」
 石田「刑事物、好きッすから」
 静子「へ~え。・・・でもあの人、最近痩せたわね」
 石田「そりゃ、公園で生活してたらどんな金持ちだって一週間で痩せちまいますよ~。それを超えて行ければ、イッパシのプー太郎に成れるンすよ」
 静子「へ~・・・。ヨッさんて云う人も、そうだったのかしら」
 石田「ヨッさん? ブルーテント? ああ、アレも最初は苦労したンじゃないッすか? でも家を作ったンだから大したもンすよ」
 静子「イエ? ああ、家ね・・・」

それから2ヶ月程(ホド)経ち、季節は「秋霖」に変る。
ドアーの向こうは雨・雨・雨。
静子が雑誌を整理している。
ふと、外を見ると傘を折りたたんで、あの男が久しぶりに店にやって来る。
ドアーチャイムが鳴る。
上着はいつの間にか、汚れた「ウインドブレーカー」に変わっている。 
革靴は履いているが、靴下は履いてない。 
長く風呂に入っていないせいか、独特な「臭い」が漂っている。

 静子「いらっしゃいませ~」

男は以前のようにチルドコナーに行き「ヨーグルト」を見ている。
「が」、今日のあの男の様子は少し違っていた。
男はヨーグルトを見ながら震えているのである。
静子はさり気無く男の背後を通り過ぎ、バックルームに入る。
暫くヨーグルトを見詰め、決心したのか様に、それを手に取り、パンコーナーに向う。
そして、食パンをジッと見ながら、やはり震えている。
暫くして、静子がカウンターに戻る。
男は「ヨーグルト」と「食パン」を手にカウンターに来る。

 静子「いらっしゃいませ~」

男は商品をカウンターに置き静子を見て、

 男 「あの~・・・」
 静子「はい! 何か?」
 男 「すいません・・・。お金が無いんです」

静子は驚いて、

 静子「えッ? あら、どうしましょう」
 男 「・・・食べさせて下さい」
 静子「食べ? ・・・困ったわ~。ウチは商売しているんですけど」

そこに、修造が事務所から出て来る。

静子と男を見て、

 修造「どうした?」
 静子「あッ、このお客さん、お金持って無いんですって」
 修造「お金が無い?」

修造は男の風体を見て、

 修造「・・・じゃ買えないだろう」
 静子「お客さん、可哀想ですけど売る事は出来ないです」
 男 「・・・警察を呼んで下さい。お腹が空いて・・・」
 静子「そう言われても~・・・。困ったわねえ」

静子は修造を見る。

 修造「そうだな~。警察ねえ・・・。万引か? 泥棒か? 無銭飲食・・・」

修造はまた、あの時の「代議士(オヤジ)の言葉」が頭を過ぎる。

 (イメージ)
  代議士「ここに居るのは君と私だけじゃないか。なら、法律は・・・」

 修造「・・・お客さん、いつも食べてるそこのコピー機の上で食べなさい。俺が立て替えておくるから」
 静子「ええッ!?」
 修造「いいよ。・・・いい。さあ、早く食べなさい。店員が出て来ない内に」

静子は修造を見詰める。
男は目に涙を浮かべながら、

 男 「ありがとうございます。ありがとうございます」

「ヨーグルト」と「食パン」を持って、コピー機の上で震えながら食べ始める男。
静子が黙って男を見ている。
修造は何も無かったかの様に、事務所に戻って行く。
石田が商品を抱えてバックルームから出て来る。

 石田「店長、バカウケが欠品ンすよ。夜勤がチョンボしたンじゃないッすか」
 静子「あら、一番売れているのに。林君だな・・・」
 石田「アイツも時々跳(ト)ばしますからね。店長、確認した方がいいッすよ」
 静子「そうねえ」

石田が棚に、商品を埋めて行く。
何気なく、入り口のコピー機の男を見る石田。
石田は空箱を潰(ツブ)してバックルームに持って行く。
暫くして、カウンターに戻って来る石田。
小声で石田が、

 石田「店長、あの男、久しぶりッすね」
 静子「えッ? あッ、・・・そうね」
 石田「あの姿じゃ、とうとう金も無くなったンしょ」

静子はきつい眼で石田を睨む。

 静子「・・・」
 石田「あッ、アタシ何か言いました?」
 静子「いえ、何も」

静子は溜息を付き

 静子「・・・そうかもしれないわね」
 石田「もうそろそろ、病院か警察行きッすよ。店長、店に来たらマークして下さいね。何かクレなんて言われても無視した方が良いッすよ」
 静子「あッ? ソッ、そうね」

ドアチャイムと共に、客が店に入って来る。

 静子「いらっしゃいませ~」

客はコピー機を使いたいのか、男の後ろに立つ。

 男  「あッ、すいません」

男は急いでパンとヨーグルトを片付ける。
客は呆れた顔でカウンターの静子を見る。
男は淋しそうに静子に、

 男  「・・・ご馳走さまでした」

丁寧にお辞儀をして店を出て行く。
その日を最後に、男は店に来なく成った。

数日して、救急車が静かに店の前を通り過ぎる。

 静子「あら、何か遭ったのかしら?」
 石田「そおッすね」

外を掃除していた修造が店に入って来る。

 修造「救急車が公園の方に曲がったぞ」
 石田「もしかしたら、あの男ッすよ。今朝(ケサ)、ベンチでビニール傘を開いて裸足で寝てましたから」
 静子「あの男って?」
 石田「ヨーグルトの男ッすよ」
 静子「ええッ!」
 石田「アイツ、ガレガレでしたよ。生きてンのかな」
 静子「そんな~・・・」
 石田「アイツには無理ッす。ここで生きて行くのは。けっこう大変スからね」

それを聞いていた修造が、

 修造「ヨッさんに相談すれば良かったのに~」
 石田「無理、ムリ」

公園に救急車が停まる。
助手席のドアーが開き、救急隊員がベンチの男に向かう。
隊員が男に声を掛ける。

 隊員「もしも~し、ダンナ~ッ! 聞こえますかー」

男は反応がない。
ストレッチャーが降ろされる。
男を載せて救急車が静かに走り出す。

戸村が1人、男を見送っている。

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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スラム(この人達を見よ)第25話と第26話

2017-10-23 | レーゼ小説

         第25話 
 
     淋しい男(45歳位)の場合

静子も腹が立っていた。
この男も臭かった。
早朝、ドアーチャイムが鳴り、男は笑顔で店に入って来た。

 静子「いらっしゃいませ~」
 男  「・・・ママッ! おはよう~」

以前、店で一度見た事のある男であった。
今日は妙に親しげに、静子を「ママ」と呼んでいる。
静子はコンビニで「ママ」と呼ばれたのは、生まれて初めてである。
静子は男を睨んで、

 静子「ここは、お酒は置いて有りませんよ」

男は店の入り口に仁王立ちになり、

 男  「ンな事、言うなよ~。・・・オデン買いに来たンだ」

静子はその言葉を無視して、雑巾でカウンターの上を拭き始める。
男は甘ったれた声で、

 男  「マ~マッ! オデン」

静子は冷たく、

 静子「オデンはこちらです」

男は少しヨロケながらカウンターの隅の「オデンコーナー」に行く。
カウンターに両手を突き、鍋の中身を覗く男。
男は「鼻クソ」をほじりながら、

 男  「・・・チクワブ、・・・シラタキ、タマゴ、あと~・・・」

男の身体は酔いのせいで前後に揺れている。
鍋の中の「ツミレ」を指差し、

 男  「これッ!」

すると身体が揺れて、鍋の中に指を入れてしまう。 

 男  「あちッ!」
 静子「あッ! だめじゃないですか~。指を入れたりして~・・・。皆んなが食べる商品ですよ。どうするんですか~」

男の目は据(ス)わっている。

 男  「・・・何ッ!」
 静子「ナニじゃないですよ~。衛生上の問題です。鍋の中に指を入れて品物を選んだ人は、オタクだけですよ! どうするんですかッ! ッたく~」

すると、修造が事務所から出て来る。

 修造「どうした?」
 静子「どうしたじゃないですよ~。この人、オデンの中に指を入れちゃったんですよ~」
 修造「ユビ~ッ!」

修造は酔った男を睨む。

 修造「お客さん、だめじゃないですか。全部買って貰いますよ」
 男  「そんな事言うなよ~、マスター」
 修造「マスター? ここは飲み屋じゃないですッ!」

男は修造を見て、

 男  「・・・」

急にオラシく、

 男 「悪かった、謝る!」

と言いながら、また身体が揺れ、オデン鍋の中に指を入れてしまう。
静子は突然、「伸びたゴムが切れる」ように、オデン鍋の中のトングを掴み、男の指を力強く叩く。

 男  「イテッ!」
 静子「全部買って下さいッ!」
 男  「ンな怒るなよ~、ねえ、マスター。金は有るンだから・・・」

男はポケットの中からクシャクシャな1000円札数枚と小銭を取り出す。
そして鍋越に、修造に小銭を渡そうと手を差し出した途端、

 静子「あッ!」

声と同時に小銭が鍋の中に数枚落ちる。

 修造「あ~あ、もうだめだ。売り物にならない」
 男  「ワリッ! ツリは入らねえ」

男は鍋の中の小銭を指差し、

 男  「それ全部取っといてくれ」

謝りながら揺れている「酔っ払い男」。
静子と修造は、何と答えて良いのか分らない。
2人は渋い顔で男を見詰めている。

 男  「ホント~ウにワリッ! ・・・ワリ~けど、さっき言ったオデンだけ皿に入れてくれ。此処で喰って行く」

静子は男を睨み、

 静子「だめです! 此処は、立ち食いは禁止ッ!」
 男  「ママ~、そんな固いこと言うなよ~」
 静子「アタシはママじゃ有りませんッ!」
 男  「分かった。怒るなッ! なあ、マスター。皆んな仲間じゃねえか」
 修造「ナカマ? アタシはアンタとは関係有りません!」

静子は怒りながら渋々、カウンターの後ろのケースから「トレー」を取り出し、オデンを入れる。

 静子「はいッ!」

男にオデンを突出す静子。

 男  「ワリッ! 迷惑かけた。ママ、箸なかなんか・・・」

静子はカウンターの上に箸を力強く叩き置く。
男は気合が入った声で、

 男  「アリガトウッ! ホントーに、ワリッ!」

そう言いながら、箸を割ってカウンターの前でオデンを旨そうに食べ始める。

 静子「ああ、だめッ!」

と、ドアーチャイムが鳴り、お客が数人、店の中に入って来る。
修造は丁重に、

 修造「お客さん、オデンを持って家に帰りましょう。さあ、さあ」
 男  「ここで食わせてくれよ~、ママ~、俺は淋しいンだよ」
 修造「さあ、お客さん! 行きましょう。オテントウ様がまぶしいよ~。ハハハハ」

男は駄々(ダダ)をこねるようにして、修造に連れられ、店を出て行く。
酒臭さが、鍋の周りに漂っている。
床に食べかけの「チクワブ」が一つ、転がっている。
静子は思わず、カウンターの後ろのダストボックスを力一杯蹴飛ばす。

 音  「ドンッ!」

石田が出勤して来る。

 石田「おはよ~ございまーす」
 静子「ナニッ!?」

石田は静子を見て、

 石田「? 荒れてますね。何ンか遭ったンすか?」
 静子「冗談じゃないわよ。何がママよ。ふざけやがって」
 石田「ママ? ああ、此処の客ッすね。そんなの序の口ッすよ。アタシなんてネエチャン! 氷あるー? ッすよ」
 静子「あ~あ、ヤダヤダ、こんな店!」
 石田「だから言ったッしょ。此処の店はマトモじゃないって」


         第26話

     尻男(40歳位)の場合

この日ぐらい衝撃的な日はなかった。
夏の暑い朝、ドアーチャイムが鳴り、常連の客の「飯田さん」が店に入って来る。
と、カウンターの前に来て小声で、

 飯田「店長、そこの空き地で人が死んでるみたいよイヤ~ね~」

静子は驚いて、

 静子「死んでるッ?」

客の1人が、

 客 「ああ、公園の隣の空き地でしょう。あの人、死んでるの?」
 石田「ヤベッ! またかよ~。アタシ、見て来ます」

急いでユニホームを脱ぎ、走って店を出て行く石田。
静子は呆気に取られて、石田を見ている。

 静子「! ・・・」

修造が発注を終えて事務所から出て来る。

 修造「いらっしゃいませ~」

静子は修造に小声で、

 静子「人が死んでるみたい」

修造は驚いて、

 修造「死んでるッ!?」

石田が息を切らせ店に戻って来る。

 石田「店長! 死んでます。下半身裸で!」   
 静子「下半身ハダカ?」
 石田「暑いからじゃないッすか?」
 静子「そんな・・・。オーナー、警察に連絡した方が良いんじゃない」
 修造「そうだなあ。俺もちょっと見て来るか。何処だ?」
 石田「公園の隣の空き地ッす」
 修造「分かった」

静子は修造を見て、

 静子「直ぐに戻って来てよ。忙しいんだから」
 修造「うん? うん・・・」

店を出て行く修造。
暫くして修造が戻って来る。
修造は石田に、

 修造「公園の隣の空き地だよなあ。誰も居なかったぞ」
 石田「居ない? ・・・どッかに行ったンじゃないッすか」
 修造「死人がか? ンなバカな~、寝てたんじゃないのか」
 石田「あんな草ン中で寝てる人なンていないッすよ」
 修造「じゃ~どうしたンだ?」
 石田「?・・・」

何気なく外を見る修造。
と、店の前をのんびりと白い自転車が通り過ぎる。
下谷警察署の「安倍巡査長」である。
その後を、トボトボと一人の男が付いて行く。
この店の周囲の環境からすると、ごく自然な風景である。
修造は目を逸(ソ)らそうとした途端、視線が固まってしまう。
男の上半身は垢(アカ)で汚れた「肌着1枚」。
しかし、下半身は「無垢(ムク)」で「裸足」である。
修造は得も言われぬ声を出す。

 修造「あ~ッ!」

飯田が修造の傍に来て、

 飯田「あの人じゃない? 空き地で死んでた人って」

静子と石田が修造の視線を辿(タド)る。

 石田「ええ~、マジッ!」

静子は急いで視線を逸(ソ)らす。

 客  「あの人ですよ。やっぱり寝てたんだ」
 静子「でも、良かったじゃない。生きてて」

飯田は通り過ぎる男を見ながら、

 飯田「そうよね~」

すると、いつの間にか通り過ぎた「白い自転車」が店の前に戻って来る。
自転車のスタンドを下げるげる音。

 音  「カタン」

あの安倍が男と何か話をしている。
暫くすると男が店に入って来る。
店の客は、蜘蛛の子を散らしたように、居なくなる。

 安倍「店長ッ! すいませんね~。何か欲しい物が有るらしいんです」

静子もそそくさと事務所へ消えて行く。
そして、石田は売り場の奥へ・・・。
安倍は男に距離を置き、背中に向かって、

 安倍「迷惑は掛けるなよ」

男は無言で売り場の中を徘徊する。
下半身の「ナマ尻」が、ひときわ修造の目の中を過ぎる。
売り場の奥で石田の悲鳴が聞こえる。

 石田「キャ~ッ!」

安倍は諭すように、

 安倍「ほら~ッ、迷惑を掛けるなー」

すると男はドリンクコーナーの前で止まったまま、動かない。
安倍はそれを見て、

 安倍「うん? 欲しいのか。これか?」

「オロナミンC」を取る安倍。
男は無視して、「ウーロン茶」を手に取る。

 安倍「ああ、それか。じゃあ、それを買って帰ろう」

男はウーロン茶を持ってカウンターに来る。

 修造「いらっしゃいませ~」

安倍は男と距離を置き、笑いながら、

 安倍「店長、すいませんね~。それを一つ」

制服のポケットから小さなガマグチを取り出し、小銭をカウンターの上に置く。

 修造「ありがとうござおます。大変ですね~」
 安倍「いや~、仕事ですから・・・。さッ、もう帰ろう」

男はウーロン茶のペットボトルを持って店を出て行く。
安倍が後を追って白い自転車にまたがる。
と、また男と何か話しをている。
暫くすると、男が店の入り口の柱に寄り掛かり、カウンターの修造を見ながら、ウーロン茶を飲み始める。

 安倍「おい、行こう。もう良いだろう。あまり迷惑掛けるな」

すると、男は突然修造の方に「ナマ尻」を向けて、横たわる。
安倍は一瞬焦って、

 安倍「あッ、おい、コラッ! 立てッ、何をしている」

客の一人が店を出ようと試みるが、臭さと気持ち悪さで、男をまたぐ勇気が出ない。
安倍は、堪忍袋の緒が切れたのか、

 安倍「おいッ! 営業妨害だ。立てッ!」

男は安倍の怒鳴り声を無視して、寝たふりをしている。
安倍は汚いものでも触るように警棒で男の尻を突く。
男は抵抗するかのように寝返りを打つ。
安倍は、革靴の先で男の尻をこずく。
男はこれにも抵抗するかのように、寝たまま 汚れた肌着を脱ぎ捨てる。
素っ裸で、母の胎内に居るような形で丸く成る男。

 安倍「コイツ、コラッ! いい加減にせんか。立てッ!」

その男、返事をするかのように「放屁」をする。

 音 「プ~」

安倍の顔色が変わる。

 安倍「あッ! キサマ、本官をバカにしたな。こらッ立て!」 

安倍が警棒で力強く男の尻を叩く。
丸裸の男は諦(アキラ)めたのか、ようやく立ち上がる。
安倍はカウンターの修造と静子に軽く敬礼して、

 安倍「すいません。さあ、行くぞ」

安倍は白い自転車にまたがり、丸裸の男と共に消えて行く。
が、数分してまた、白い自転車と丸裸の男が店の前を行ったり来たり・・・。

 飯田「暑くなると裸が一番かもねえ。イヤーね~」

修造と静子は開いた口が塞がらない。

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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スラム(この人達を見よ)第23話と第24話

2017-10-22 | レーゼ小説

         第23話

   呉服屋の若旦那(43歳位)の場合

春の事であった。
最近、また変んな男が常連に成った。
彼はいつも、「午前中」の一段落した時間にやって来る。

最初の日。
修造はカウンター内で配送物の整理をしていた。
静子と石田は、売り場で品出しをしている。
すると、遠くで怒鳴り声(歌)が聞こえる。
修造は耳を澄ます。
と、誰かがモニカ(歌・吉川晃司)と謂う唱を大声で歌ってる。
「みたいである」。

 男(声)「セッ、セッ、セッ、セックス! モ~二カ~、ソレッ、セッ、セッ、セッ、セックス、モ二~カ~! バカ野郎~! トツゲ~キッ! モ~二カ~! ワッハハハハ・・・」

その声が徐々に店に近付いて来る。
修造は嫌な予感がして来る。
声が止む。

 男(声) 「・・・」

その予感は的中した。
「大きい男」であった。
男はもう少しで、店の入り口に頭がぶつかりそうであった。
修造と静子と石田は目が点になり、その男を見る。
男は首を曲げて、店に入って来る。
革靴を履き、黒縁の眼鏡を掛け、身なりこそコザッパリとした大男である。
石田は急いでバックルームに逃げて行く。
修造は男を見て、

 修造「・・・いらっしゃいませ・・・」

大男は修造の声を無視して、雑誌コーナーで静かに立ち読みを始める。
暫くすると、数冊の週刊誌と漫画、「キティーちゃんの絵柄のお菓子」を2つ手に取り、カウンターに持って来る。
石田はバックルームの奥から男の様子を窺い、そっとカウンターに出て来る。

 石田「・・・いらっしゃいませ・・・」

大男は小さな石田を上から見下ろす。
と、突然、「バス(低音)の利いた声」で歌うように手に持った商品名を読み上げながらカウンターに置いて行く。

 大男「週刊新潮が1~冊、文春が1~冊、現代が1~冊、ビジネスが1~冊、ポストが1~冊、経済と朝日が1~冊、碁が1~冊、チャンピオンとジャンプが1冊ずつ~、それと、お菓子が2つ~。全部で12点~!」

石田は恐ろしさに「たじろぎ」ながら商品をスキャンして行く。
そして、最後に「キィテーちゃんのお菓子」を。

 石田「・・・。11点で3877円になります」
 大男「??・・・?。12点で4020円じゃないの?」
 石田「えッ!? あッ! すいません、もう1つ有りました」

石田は焦って、カウンターの上にもう1つの残った「キティーのお菓子」をスキャンする。
大男は石田をジッと見て、

 大男「ああ~? ・・・間違えた。マチガエタ。マチガエタ。マチエタ、たらマチガエタ!」

スイッチが入ったように、大声で歌い始める大男。
石田はたまらなく恐ろしくなり、後ずさりしてカウンターの後ろに張り付く。
大男は歌い続ける。

 大男「キィテーのお菓子をマチガエタ~、キィテーのお菓子をマチガエタ~~~!」

大声で歌いながら「小さなサイフ」から4100円を取り出す。
石田は震えた両手で、丁寧に代金を受け取る。
そしてオツリを渡すが、焦っているので、オツリが10円足りない。
するとまた大男が、

 大男「・・・?! 80円のお釣じゃないの?」
 石田「あッ! スイマセン」

石田が急いで10円を渡す。
大男はまた発狂したかの様に、

 大男「お釣を間違えたッ! キテーとオツリをマチガエタ! キテーとオツリをマチガエタ。マチガエタたらマチガエタ~~~」

大声で歌いながら店を出て行く大男。
すると、町内が暫く静かになる。
と、また突然、遠くでまたあの強烈な大声が聞こえて来る。

 男(声)「突っ込め~ッ! マチガエタ~、バカヤロ~。セックスだ~! ブチコンデヤレ~ッ! バカヤロ~! ガッハハハ、モ~二カ~!」

ドアーチャイムが鳴り、常連の「飯田さん」が店に入って来る。
飯田さんは静子を見て、

 飯田「いやーね~、あの人」
 静子「あッ、いらっしゃいませ~」
 飯田「あの人、呉服屋さんの若旦那よ。子供の頃は頭が良くて、そこの芸大出たんだけど。この時期になるとオカシクなるみたい。オペラやってたらしいわ。子供も居るのよ」
 静子「そうなんですか?」
 飯田「普段は、とっても静かな人(シト)なの」

修造が、売り場の奥から出て来て、

 修造「ああ、やっぱりねえ。春だから・・・」


         第24話

     組合の男(62歳位)の場合

修造は腹が立っていた。
その男は必ず店の空(ス)いた時間にやって来る。
杖を突いた年配の「小柄な男」であった。
男はいつもの様に「毎日新聞」と「東京スポ」を買って、売り場を一周して出て行く。

だが、その日は少し違っていた。
男は売り場の奥へ行ったまま出て来ない。
修造は不審に思いカウンターから奥の売り場を覗く。
「と」、一筋の線香の煙の様なモノが天井に立ち昇る。
暫くすると「ニコチン」の、あの嫌な臭いが、店内の新鮮な空気を切り裂く。
修造が奥を覗くと・・・。
男は店内でタバコを旨そうに吸って居るではないか。
修造は急いで男の傍に行き、

 修造「お客さん、タバコはよしましょうよ」

男は修造を一瞥。
無視したまま、「また一服」、旨そうに吸う。
修造は、昂(タカ)ぶる気持ちを抑え、

 修造「お客さん! 店内は禁煙です。タバコは外でお願いしますよ~」

すると男は吸いかけのタバコを売り場の床に、

  「ポン」

更にそのタバコを、サンダルで踏み消し、スタスタと店を出て行く。
修造は怒るべきか、一瞬迷う。
が、やはりこの「結論」に達した。
修造は急いで男を追いかけて行く。

 修造「おい、こらッ、待てッ! ここは俺の店だ。あの床の焦げ跡、どうしてくれんだ」
 男  「焦げ跡? オメーが吸うなと言ったから捨てたンじゃね~か。ナンカ文句あンのか」

修造は男を睨んで、

 修造「何だと・・・、変なイチャモン付けんじゃね~か。オマワリ呼んで話を聞いてもらおうか」
 男  「ウルセイ! クソ野郎」

杖の男はそそくさと立ち去る。
修造は完全に切れる。

 修造「コラッ、待てーッ! オマエ、名前、何んてんだ! 今、警察呼ぶから待っとれッ!」

石田が、外が騒がしいので店から出て来る。

 石田「オーナー! なンか遭ったンすか?」
 修造「おう、石田! オマワリ呼べ! ふざけやがってあのオヤジ。待てッ、コラ~!」
 石田「? 万引きッすか?」
 修造「器物破損だッ! 良いから早く呼べッ!」
 石田「キブツ~? ・・・は~い・・・」

石田が売り場に戻り、静子に、

 石田「オーナー、外で喧嘩してますよ」
 静子「ケンカ~ッ!?」
 石田「何ンか、警察呼べッて」

静子は急いで店の外に。

 静子「アンタ、何やってんの!」

修造は静子を見て、

 修造「あのオヤジ、営業妨害と器物破損だ。警察呼んでくれ」

修造は急いで男を追いかけ、腕を掴む。

 修造「おい! 逃げんじゃね~よ。きっちり話をつけようじゃねえか」

男は動ぜず、

 男  「何の話をツケんだ。・・・俺を誰だと思ってる」
 修造「ダレ? だから名前を言えって云ってんだ」

男はドロッとした目で修造を睨み、

 男  「・・・俺の一言でこんな店、ぶっ潰す事なんてワケねえ」
 修造「何だと?」
 男  「・・・山谷の組合を呼ぶぞ」
 修造「サンヤのクミアイ? 何だそれは」

男は渋い声で、

 男  「断酒組合だ」
 修造「ダンシュクミアイ。??」

石田が店から出て来て、

 石田「オーナー、一応、オマワリ呼びました」
 修造「? 何んだそのダンシュクミアイッつうのは!」

男は修造の手を振り切り、酒臭いため息を吹きかける。

 修造「うッ! あッ!」

男は杖を突きながら去って行く。
修造は男の後ろ姿に、

 修造「おい、コラッ! クソオヤジッ! 二度と来るな。ッたく~、腹が立つな~」

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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スラム(この人達を見よ)第21話と第22話

2017-10-20 | レーゼ小説

         第21話 

    風呂桶の老婆(62歳位)の場合

 夕方、静子が一人で客を捌いて居る。
と、風呂敷に湯道具(桶等)を包んだ、「風呂上りの老婆」が店に入って来る。

 静子「いらっしゃいませ~」

老婆は強度の近眼らしく、度の強い眼鏡を掛けている。
よく見ると、眼鏡の耳掛けツルが片方無く、ゴム紐で耳に掛けている。
老婆は慌(アワタダ)しく、パンの陳列ケースに行き、無心に何かを漁っている。
そこに、退勤した石田が店に戻って来る。

 静子「あら、イッちゃん! 忘れ物?」
 石田「アタシ、退勤打ち忘れたみたい」
 静子「な~んだ。そんな事。明日でも良いのに」
 石田「すいません。確か、忘れてると思うンだけど~・・・。もし、入れてなかったら、4時15分で入れといてくれます」
 静子「良いわよ」

石田が何気なく、売り場を見渡す。
と、見覚えがある「風呂桶の老婆」が。
石田はカウンター越しに静子の耳元に、

 石田「店長、あの婆(バー)さんもヤバイッすよ」

静子は驚いて、

 静子「ええッ! いつも風呂上りに、ジャムパンを1つ買って行くお婆さんよ?」
 石田「1つだから怪しいンすよ。あの風呂敷包みの中、アブナイッすよ」
 静子「そんな・・・」

石田が急いでパンを漁る老婆の所に、「張り付く」。
老婆はイブッタ化に石田を見る。
「ジャムパン」を1つ手に摘まみ、レジに向かう老婆。
石田が執拗に、老婆の後を追う。
老婆はカウンターにジャムパンを投げる様に置いて、首から提げたガマグチを開く。
目が悪いので、夢中にガマグチの中を覗き、ようやく、100円玉を探し出し、カウンターの上に置く。

 静子「すいませんお婆さん、108円なんですよ」

老婆はもう一度ガマグチの中を覗く。
静子にガマグチの中を見せる。
中は、空っぽの様である。
「が」、隅の方に、

 静子「あッ、10円有りました!」

老婆は片方の手を耳にあて、空いた手をウチワのように振って見せる。
静子はそれを見て、

 静子(M)「このお婆さん、耳も遠いんだ」

と思う。
静子は大きめの声で、

 静子「10円有りましたよ。じゃあ、この10円貰いますね」

老婆は悲しい目をして、静子に懇願の仕草をする。
静子は更に大きな声で老婆の耳元に、

 静子「10円有りましたッ! 良かったでねッ! ジャムパン買えますよ。はいッ! 2円のお釣りッ!」

老婆は何を間違えたか、釣銭を貰わずにジャムパンを手に取り、逃げるように店を出て行く。
すると、石田が静子の手から2円を奪い取り、急いで老婆を追いかける。

 石田「おバーさ~ん! お釣~ッ」

老婆は石田の声を振り切って、急いで通りを走って逃げて行く。
店の周りを掃除していたライアンが売り場に戻り、

 ライアン「石田サン、オ婆サンヲ追イカケテマスヨ。ドウシマシタ?」
 静子「お婆さんに、お釣(ツリ)を渡しに行ったの」
 ライアン「オツリ? オ婆サン、逃ゲテマスヨ?」

静子はライアンの顔を見て両手と両肩を上げ、

 静子「・・・?」

ライアンも両手両肩を上げて、

 ライアン「オウ・・・?」

暫くして石田が店に戻って来る。

 静子「どうだった?」
 石田「あのバーさん、アシが早え~の」
 静子「お釣は?」
 石田「言っても分かンないッすよ~。アタシに何回も頭を下げてさ。自分が万引きしたのと間違ってンじゃないッすか?」
 静子「渡したの?」
 石田「渡しましたよ。シたらそのカネ、アタシに返すンですよ。手でこんな事しながら」

石田が老婆の手振りを真似る。

 石田「だから、耳の傍でオツリ2円ッ! て言ってやったら、目元にそのカネ近づけて、一生懸命、見回すンです」
 静子「目も不自由みたいだからねえ」
 石田「だから、また大声で2円ッ! 光ってるけど、軽いから200円じゃないからね。パンのオツリッ! って言ってやったら、アタシに何回もお辞儀しながら帰って行くの。ッたく~」
 静子「そう。イシちゃんて意外に優しいのね。でも、目も耳も悪いんじゃ可哀想ねえ」
 石田「手も悪いンじゃないッすか。店長、甘く見ちゃだめッスよ。あんなのがいっぱい来るンだから、この店」


         第22話

   黒いコートの男(65歳位)の場合

日も暮れて店のサインボードに、灯がともる。
常連の客の出入りも次第に激しくなる。
と、店の前を通り過ぎる1台の「台車」。
「黒いコートを着た男」がその台車を押して行く。 
台車にはゴミ(荷物)が山のように積んである。
修造はカウンターから、通り過ぎる台車を何気なく見ている。
暫くすると・・・、その台車が店の前に戻って来る。
すると、その男は店の前に台車を停めて、消えてしまう。
そこに前髪にカールを巻いた常連の客、「飯田さん」が店に入って来る。

 飯田「だ~れ、あそこに台車置いた人(シト)~。邪魔ねえ。オーナー、何とかしてちょうだい」
 修造「あッ、すいません」

修造は急いで店を出て、台車を移動する。
と、突然、通りの前の駐車場から、その男(小柄な老人?)が出て来る。
男は修造が台車を移動した事に腹が立っているらしい。

 男 「う~う。ウガうがウガ~ッ!」

修造に近づく男。
もの凄い「臭い」が、男の周囲に漂っている。
修造は後ずさりしながら店に入っ行く。  
男も店に入って来る。
客と店員はその男の姿と臭いに、身構える。
男は売り場のあらゆる所を触(サワ)り始める。
静子は我に返り、

 静子「あッ、いらっしゃいませ~」

男は、売り場の奥に入って行く。
修造は距離を置いて、

 修造「お客さん。何かお探しですか」

男は黙って菓子コーナーに行き、何かを漁っている。

 修造「お客さん、あの~・・・何か」

男は突然一言。

 男 「クッパエビセンッ!」
 修造「あッ、カッパエビセンですか。エビセンはこちらです」

修造が急いで棚からエビセンを取って、カウンターに持って来る。

 修造「お客さ~ん! こちらにお持ちしましたよ」

男はまた、怒り始める。

 男 「ここぬぃ置いどげ」

修造は男の言葉を無視して、

 修造「お客さ~ん、こちらッ!」

男は無視された自分の言葉にプツンと切れたらしく、垢だらけの手でいたる所を触(サワ)り始める。

 修造「あッ、お客さん、ダメッ! 勘弁して下さいよ~。このカッパエビセン、差し上げますから、どうぞどうぞこちらへ」

修造はドアーの方に手招きをする。
男はカウンターに行き、垢だらけの手で杏子に代金を渡す。
杏子は後ずさりしながら手を伸ばし、指先で小銭をつまむ。
静子と弘美、客達も距離を置きながら固まって二人を観ている。

 杏子「アッ・・・あり、・・・ございます・・・」

杏子は直ぐに男から離れる。
男は大声で、

 男 「袋ッ(フクロ~ッ)!」
 杏子「あッ、すいません。ハイッ!」

杏子がカウンターの下から小さなレジ袋を取り出し、手を伸ばして渡す。
男は更に大声で、

 男 「ディカーイノ~ッ!」

杏子も大声で、

 杏子「ハ~イッ!」

杏子は急いで「L袋」に換え、カウンターの上に投げる。
男は袋を握り締めて、翻(ヒルガエ)ってカウンターに寄り掛かる。
そして、後ろ向きに成り、垢だらけの両手をカウンターの上に「ペタペタ」と叩き始める。
その男は、ドロッとした「酔った目」で、周りで観ている客達をゆっくりと一周する。
客達は一瞬たじろぐ。
男は「ゲップ」を一つ吐き、深いため息をつく。
修造は中々出て行かないこの客に、

 修造「お客さん! さあ、帰りましょう」
 男 「ウン? ・・・ガッパイビセン!」

修造は優しくエビセンの袋を見せて男を誘う。

 修造「はいはい。こちらに有りますよ」

修造に近づき「エビセンの袋」を奪い取る男。

 修造「あッ! ・・・ありがとうございます」

男はエビセンの入った袋を台車のハンドルにくくり付ける。
良く見ると、その台車にはあらゆる生活道具を載せ、ハンドルには酒、鍋、コップなどが、ところ狭しとぶら下っている。
男は修造の顔を見て、

 男 「ウルへ(セ)~!」

物凄い「臭い」を残して、男は台車を押しながら道路に消えて行く。
修造は男の台車を確認し、背中に向かって、

 修造「ありがとうございま~す。また起こし・・・」

急いで、店に戻る修造。
呆気に取られている杏子と弘美。

 修造「・・・何を観てるッ。早くカウンターを拭いてッ! お待たせしました~。お客さまー、どうぞ~」
 杏子「オーナー。このオツリどうしますか?」
 修造「渡して来いッ!」
 杏子「え~・・・」

元に戻った店内。
飯田がカウンターに来て、メガネの杏子を見て、

 飯田「大変ねえ。でも、お客サンですもんねえ~。高校生?」
 杏子「はい」
 飯田「あら~、エライワ~。頑張ってね」
 杏子「あッ、はいッ!」

飯田はカウンターの上に豆腐を置く。
杏子をジッと見詰めて、

 飯田「今夜は、湯豆腐にしょうかしら・・・」
 杏子「えッ? ・・・まあ。108円になります」

飯田はエプロンのポケットからサイフを取り出し、

 飯田「はい!」
 杏子「ありがとう御座いま~す」

ライアンが休憩を終えて売り場に出て来る。
飯田はライアンを見て、

 飯田「あら~、外人さん入れたの?」
 静子「ええ、ケンちゃんです」
 飯田「ケンちゃんて云うの? アメリカ人?」
 ライアン「ハイ」
 飯田「アメリカにはあー云う人、居ないでしょう?」
 ライアン「アーイウ人?」
 飯田「ホームレスッ!」
 ライアン「オウ、ニューヨークニハ タクサン居マス」
 飯田「あら~、ニューヨークにもプー太郎が居るの?」
 ライアン「プータロウ? オーナー、プー太郎ハドウ書キマスカ?」
 飯田「あらー、ケンちゃん、日本語上手ねえ。エライワ~、じゃッ!」

店を出て行く飯田。
ライアンが急いで事務所に走り、辞書を持って来る。

 ライアン「オーナー、プー太郎ッテ・・・?」
 修造「うるさいッ!」

静子がスプレーと雑巾を持って、男の手の触れた箇所を拭き取っている。

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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スラム(この人達を見よ)第20話

2017-10-19 | レーゼ小説

         第20話

    ライアンくんの仕事の場合

翌日、
定時の3時より30分も前に、髪を濡らしたライアンが店に入って来る。
ライアンがカウンターの石田を見て、

 ライアン「ハ~イ!」

石田はライアンを「チラ見」して、俯きながら、

 石田「・・・はい」
 ライアン「元気ナイネ、ゴ飯食ベタ?」
 石田「ご飯食べた? 何ンだそれ」

ライアンがバックルームのドアーを開けると、商品を抱えた静子がライアンとぶつかる。

 ライアン「ワオッ! ゴメンナサイ」
 静子「あら、ケンちゃん、早いわね」
 ライアン「今日ハ授業、午前中デ終ワリデス。ダカラ、プールニ行ッテ来マシタ」
 静子「プール?」

ライアンがユニホームに着替えて売り場に出て来る。
修造がライアンを追って、売り場に出て来る。
ライアンは店内を1回りし、修造の商品説明を聞いている。
カウンターに戻って来る修造とライアン。
石田を見て、

 ライアン「今日モヨロシクオ願イシマス」
 石田「あッ? ああ」

ドアーチャイムが鳴り「咲子婆さん」が入って来る。

 ライアン「イラッシャイマセー」

ライアンを見て、売り場に立ち尽くす咲子。
石田は咲子を見て、

 石田「洗濯物?」

すると、またあのセリフが。

 咲子「・・・ここはローソンですよね」

静子は咲子に近寄り、耳元に優しく囁く。

 静子「ローソンですよ。で、何か? 」
 咲子「お豆腐ありますか?」
 静子「有りますよ。こちらです」

咲子の視線はライアンを見たまま、固まっている。

 ライアン「オ婆チャン、ドウゾ」

咲子はその言葉に驚いて、店を出て行ってしまう。
静子はライアンをキツイ眼で睨み、慌てて追いかける。
暫くして、静子と咲子が店に戻って来る。
静子は売り場から豆腐を取ってカウンターに、

 静子「咲子さん、こちらに」

咲子はライアンを怖がってカウンターに来ない。

 静子「大丈夫ですよ。うちの店で働いている人だから。ケンちゃんて云うの」
 ライアン「ソウ、ケンチャンデ~ス」

咲子は少し安心したように、

 咲子「ケンちゃんですか? 弟がケンちゃんて云うんです」
 静子「ええ? 弟さん居るんですか?」
 咲子「空襲で亡くなりました」
 静子「空襲? ・・・可哀想に」

咲子はライアンを見て、

 咲子「アナタ、背が高いわね」

コロッケを揚げ、ホットケースに入れている修造が、

 修造「そこの布団屋さんのお孫さんです」
 咲子「布団屋さん? 河野さんの?」
 修造「そうです」
 咲子「美智子さんに、こんなお孫さんが居たなんて・・・。立派な体格ねえ」
 ライアン「オ婆チャン、友達デスカ?」

咲子はライアンの「英語訛り日本語」に、

 咲子「ケンちゃん、言葉が上手く喋れないの? 病気?」
 静子「咲子さん、ケンちゃんは二世なの。アメリカに住んでるのよ。今だけ日本の大学に通ってるの」
 咲子「あら~、アメリカの人ですか。日本はこんな方と戦ったのね。勝つわけないわね~」

咲子はそう言い残し、店を出て行ってしまう。

 静子「あッ、咲子さん! お豆腐、オトーフ~ッ!」
 石田「店長、洗濯物も貯まってま~す!」
 静子「ちょっと、イッちゃん呼んで来て」
 ライアン「奥様、僕行キマショウカ」
 静子「ケンちゃんは、そこに居て。話が難しくなっちゃうから」

修造がライアンのポケットに入れた右手を叩く。

 修造「だめッ!」
 ライアン「オウ」

店のチャイムが鳴り続け、三~四人の客が店に入って来る。

 石田「いらっしゃいませ~」
 ライアン「イラッシャイマセー」

客達は近くで不幸でもあったのか「不祝儀袋」を手に取って、カウンターに持って来る。
石田は最初の客(女)の「不祝儀袋」をスキャンして、

 石田「130円です」

その女客は静子を見て、

 女客「よく死ぬわよねえ~。台東区なんて年寄りばっかりよ。やんなっちゃう。お金ばっかり出ちゃって」

女客は小さなガマ口を開けて、

 女客「はい」
 石田「あッ、ちょうど頂きます。ありがとう御座いまーす」
 静子「どちらの方が亡なったのですか?」
 女客「自転車屋の奥さんよ~。還暦だって。やっぱり節目はダメねえ~」

静子は驚いて、

 静子「あら、あの奥さん!? まだ若いじゃないですか」

女客は静子を見て、

 女客「ねえ~」

女客がライアンに気付く。

 女客「あら、こちら、外人さん? 偉いわ~。日本にまで来てこんなお仕事するなんて。・・・じゃねえー。頑張って~」
 静子「あッ、有難うございます。またお越しくださいませ~」

石田は2番目の客(男)をライアンに譲る。
ライアンが接客する。
修造がジッと、ライアンを見ている。

 ライアン「イラッシャイマセ」

「不祝儀袋」を手に取り、バーコードをスキャンする。

 ライアン「130円ニナリマス」

男客は黙って200円をカウンターに置く。

 男客「・・・」
 ライアン「200円、オ預カリシマス。70円ノ、オ返シニナリマス」
 男客「・・・」
 ライアン「有難ウ御座イマス。マタオコシ下サイマセ」

男客が店を出て行く。

 石田「お次のお客さん、こちらのレジへどおぞ」

客が1番レジに回る。
修造はライアンの接客態度を見て、

 修造「・・・素晴らしい。良いじゃないか。ライアン、グッド! なあ、店長」
 静子「ま~ねえ。80点位かな」
 修造「店長~、ライアンはアメリカ人だよ。80点取れれば最高じゃないか」

ライアンが突然、

 ライアン「オーナー、質問シテ良イデスカ」
 修造「おお、良いよ。ドンドン質問しなさい。何?」
 ライアン「今ノ商品ハ何デスカ?」
 修造「ああ、あれは不祝儀袋って云うんだ」
 ライアン「ブッシュ、ウキブクロ?」
 修造「ノウ、ブシュウギブクロ! 発音、発音」
 ライアン「? 何ニ使ウノデスカ?」
 修造「葬式だよ」
 ライアン「ソウシキ? ドノヨウニ使ウノデスカ?」
 修造「お金を入れるんだ」
 ライアン「オ金? チップ?」
 修造「チップ? いや、ちょっと違うな。心付け・・・。分かんねえだろうな~」
 ライアン「スイマセン。チョット良イデスカ?」

ライアンは急いで事務所に入って行く。
暫くして、角川の「国語辞典」を持って来る。

 ライアン「オーナー、ドウ書キマスカ? 此処ニ有リマスカ?」

ライアンは修造に辞典を渡す。

 修造「ええ? 此処で~? う~ん」

静子は二人を見て、たまりかね、

 静子「アンタ! そんな事やってたらお客さん捌けないわよ」
 修造「あッ、ま、まあ。ライアンくん、事務所に行こう。少しお話しよう」

修造とライアンが事務所で「勉強?」をしている。

 修造「いいかな、こう書くンだ」

修造は紙に大きくマジックで「不・祝・儀・袋」と書く。
ライアンはそれを見て、

 ライアン「オ~ウ・・・? ナゼ、オ金ヲ入レルノデスカ?」

修造は説明に困る。

 修造「ナゼって言ったって・・・、気持ちの表現だな。きっと」
 ライアン「キモチ?」
 修造「心の表し方」
 ライアン「ウ~ン、分リマセン」
 修造「だろうな」
 ライアン「オ金ヲ渡スト、誰ガ喜ブノデカ?」
 修造「ウッ? それは・・・?」
 ライアン「日本人ハ、オ金持チデスネ。僕ハ、日本人ノ表現ノシカタ、分リマセン。何デモオ金オ金」
 修造「そうだなあ・・・。良くないねえ」
 ライアン「僕ノ国ハ、薔薇ノ花1ツデ感謝モ、喜ビモ悲シミモ表現シテマス。オ金ヲ渡ス? 有リ得ナイ。失礼ナ事デス」
 修造「えッ? 失礼か。・・・俺もそう思う」

静子が渋い顔で事務所に入って来る。

 静子「いつまで、お勉強してるのかな? 此処は何処かな~?」
 修造「おお、直ぐ行く」

修造は静子を見てボソッと、

 修造「・・・アメリカに住もうか」
 静子「アメリカ?」
 修造「俺は、性格的にアメリカ人かもしれないな」
 静子「? アメリカで何するの? コンビニ?」

ライアンが口をはさむ。

 ライアン「オーナー、アメリカノコンビニハ、危険デス。僕ハオススメ出来マセン」
 修造「そ~お?」
 ライアン「アルバイトスル時、マズ保険ニ入リマス。入ラナイ人ハ誓約書ヲ取リ交ワシマス」
 修造「保険に?」

静子は呆れて売り場に出て行く。
修造は静子の後ろ姿に、

 修造「ゴメン! 直ぐ行くから」

修造はライアンを見て、

 修造「で?」
 ライアン「オウ、保険デスネ。アメリカノコンビニハ時々、チビッコギャング達ガ 、(スルーバイシューティング)シテ行キマス」
 修造「スルーバイシューティング?」
 ライアン「車カラ、ガンヲ撃チナガラ走リ去ルンデス」

修造は驚いて、

 修造「ええッ! ・・・日本なんて可愛いもンだな~。いまだにナイフだぜ」
 ライアン「アメリカデ、ナイフ強盗ハ、チャレンジスル人ガ危険デス。多分、撃タレテシマイマス」
 修造「撃たれる?」
 ライアン「アメリカハ、ガンガ直グ手ニ入リマス。気ニイラナイ店員ンガ居ルト、チビッコギャング達ガ、集団デ店ヲ壊シニ来マス。ダカラ、ドコノ店ニモ、カウンターノ下ニ、ショットガンヲ隠シテイマス」
 修造「うちも、木刀とバットは置いてあるけどね」
 ライアン「オウ、弱イ! アマリ意味ナイデス。アメリカノコンビニノ店員ハ、ビックサイズ。身体ノ大キナ黒人ヲ入レテマス」
 修造「黒人?」
 ライアン「ソウ。彼等ハ、ガンデ撃タレテモ、殴ラレテモ大丈夫」
 修造「だろうなあ。あのカラダだものガンで撃たれても、蚊に刺されたくらいにしか、感じないンだろうな」
 ライアン「皮膚ガ白人ヨリ厚イ」

修造は疑いの目でライアンを見る。

 修造「そう~お?」
 ライアン「ダーティーハリーノ、マグナムナラ倒レルケド」
 修造「う~ん、コンビニ何んか、やってられないね」
 ライアン「長生キシタケレバ、ソノ方ガ良イデス」
 修造「アメリカってとこは怖い国だね~」
 ライアン「自分ノ事ハ自分デ守ル。コレガアメリカデス。・・・ソウ~ダッ! オナー、良イ仕事ガ有リマス。アリゾナデ、インディアンノ研究ヲシタラ良イデス。日本人デハ、マダ誰モイマセン」
 修造「面白そうだな。インディアン居留地にでも行くか」

静子が中々出て来ない2人を、怒った顔で見に来る。
修造は静子の顔を見て、

 修造「あッ! ゴメンごめん。今、行く。インディアン居留地でコンビニなんてどうだい?」
 静子「バカ言ってんじゃないわよ」

と、ストコンから機械的な声。

 声 「カウンターニ、キテクダサイ!」

静子は防犯モニターを見る。

 静子「あッ、あんなに並んでる。オーッ!」
 修造「おう、そうだ。ライアン、またゆっくり聞かせてくれ。行こう!」
 ライアン「OK! ヒヤリーゴウ!」

3人が事務所を出て行く。
暫くして、佐伯杏子と池辺弘美が出勤して来る。
弘美がストコンの画面に出勤入力しながら、

 弘美「外人だよね」
 杏子「日本人の顔してたジャン」
 弘美「ハーフ?」
 杏子「変なヤツ入れたな。日本語喋れんのか?」
 弘美「でも、客捌いてたジャン」
 杏子「そうだなあ。喋れなければこんな店に来ね~べ」
 弘美「アタシ、なんて挨拶しょうか? ハロ~!」
 杏子「ハローなんて、英語の授業じゃあるまいし。ハ~イ! だろ」
 弘美「あッ、そうか。ハ~イだな」

石田が退勤の為、事務所に戻って来る。

 石田「あ~あ、疲れた! 外人は疲れるよ~」

弘美が外人の真似をして、

 弘美「オツカリェサマデス」
 杏子「あの人、どこの国の人ですか?」
 石田「アリゾナ」
 弘美「アリゾナってどこの国?」
 石田「オマエ、アリゾナ知らねえのか? 学校で何習ってンだ。バ~カ!」
 杏子「アメリカでしょう。グランドキャニオンが在る所ジャン」
 石田「インディアンが居る所だよ、イ・ン・ディ・アン」
 弘美「あ~、あの人インディアンですか」
 石田「バカ! オマエ、本当にアタマワリーなあ。よくそれでコンビニ勤まるよ。早く着替えて店に出ろ」

杏子と弘美が着替えて事務所を出て行く。

ライアンが、売り場内をフラフラしている。
弘美がカウンターに入り静子に、

 弘美「おはようございま~す」
 静子「おはよう」

杏子はカウンターの前を通り過ぎながら、

 杏子「おはようございまーす」
 静子「は~い、おはよう。今日も頑張りましょうね」

静子は杏子の服装を見て、

 静子「佐伯さん、名札が曲(マガ)がってるッ!」
 杏子「あッ、すいません」
 静子「ちょっと佐伯さんも此処に来て。新人さん、紹介するから」
 杏子「は~い」

杏子がカウンターに入って来る。

 静子「あッ! ケンちゃんも来て」
 ライアン「ハ~イ」
 弘美「ケンちゃん?」

弘美と杏子が顔を見合わせる。
ライアンがカウンターの中に入って来る。

 静子「今日から此処で働いてもらうアルバイトのケンちゃん。で、こちらが池辺さん、こちらが佐伯さん」

弘美は上目づかいでライアンを見る。

 弘美「・・・日本人ですか?」
 ライアン「アメリカ人デス。高校生デカ?」

弘美は消極的に、

 弘美「あッ、イエス!」
 ライアン「オウ、可愛イ! 名前ハ?」
 弘美「え~っ!? ・・・ヒロミです」

杏子は何か聞かれるかと、急いで雑誌コーナーに逃げて行く。

 ライアン「ヒロミ?! ワオ、良イ名前」

弘美は少しずつライアンから離れて行く。
杏子は雑誌を整理しながら、カウンター内の会話を聞いている。

 静子「池辺さん、いろいろ教えてあげてね」
 弘美「えッ!? あ、・・・はい」

弘美はオデン鍋の前で固まって居る。
杏子が雑誌を持ってカウンターの前に来る。

 杏子「店長、チャンピオンの表紙破けてますよ」
 静子「ええッ! また~? ッたくー」
 ライアン「佐伯サンデスカ? ライアン・健デス」

杏子は急に積極的に、

 杏子「ハロー、マイネームイズ、キョウコ・サエキ」
 ライアン「ワオッ! 英語喋レマスカ?」

急に消極的に成る杏子。

 杏子「えッ? いや、少し・・・」
 ライアン「大丈夫デス。僕、日本語喋レマスカラ」

杏子はそれを聞いて、積極的に、

 杏子「歳はいくつですか?」
 ライアン「23デス」
 杏子「彼女は?」
 ライアン「アメリカニ、1人、日本ニ、1人」
 弘美「ああ、浮気者~」
 ライアン「奥サマ、浮気者ッテ何デスカ?」
 静子「え~ッ!?」
 ライアン「漢字ハ、ドウ書キマスカ?」

静子は呆れた顔でライアンを見る。

 静子「・・・」

そこに、ドアーチャイムが鳴り続け、夕方の常連、少年達(悪ガキ達)が店に入って来る。
杏子が渋い顔で少年達を見る。

 弘美「いらっしゃいませ~」
 ライアン「ラッシャイマセ~」

少年達は変わったアクセントの日本語に全員カウンターの前に立ち止まる。
ライアンを見て、

 少年達「・・・」

そこに、帰り支度を終えて売り場に出て来る石田。
石田がカウンターの前に立ち尽くす、少年の一人と肩が触れる。
と、突然、石田が威勢の良い啖呵を切る。

 石田「おらッ、ボ~っとつッ立ッてンじゃねえ。邪魔だッ! このガキが」

少年は石田の「迫力の啖呵」に驚き、

 少年「すいませんッ!」

少年達は通りを開ける。
静子と杏子、弘美は石田の迫力に目が点。
石田は堂々と帰って行く。
ライアンは石田の背中に、

 ライアン「オツカレサマデス、ボス!」

石田は振り返って一言、

 石田「おう、頑張れよ。ライオン!」

少年達は石田の一言に、

 少年達「ライオン!?」

カウンターのライアンが少年の一人を見て、

 ライアン「小学生?」

少年Aはムカついた顔で、

 少年A「オ・ト・ナッ!」
 ライアン「オトナ? 小サイネエ」

少年達は俯いて、売り場の奥へ行く。
売り場の奥で、あの太った吃音症(ドモリ)の少年Bが小声で、

 少年B「ガガッ、外人か?」

リーダー格の少年Aが、遠目でライアンの髪の毛を覗く。

 少年A「銀髪じゃん。モモチ、髪の毛の事言ってたよな」
 少年B「ガガッ、外人なら良いのかよ。ハハッ、話が違うンじゃねえのか?」

修造がバックルームから出て来る。
少年達の傍にそっと近寄り、

 修造「いらっしゃいマシタか」

少年達は驚いて、

 少年達「ビックリしたーッ!」
 修造「何もビックリする事はねえだろう。それとも・・・」
 少年B「ナナッ、何で俺達のコ、事、疑うンだ? キッキャ、客だぞ」
 修造「キャク? チャント金払えばな」
 少年B「・・・。ギッ、銀髪入れてンじゃん」
 修造「うん?」

修造はカウンターのライアンを見る。

 修造「・・・ああ、あれは良いんだ」
 少年A「あン時、黒く染めろって言ったよな」
 修造「黒く? ・・・ああ」
 少年A「話が違うじゃねえか?」

修造はゆっくりと、説明する。

 修造「あれは地毛だ。セブンのオーナーを見てみろ。髪の毛は真っ白だ。あれはシラガ頭と云って地毛だ。だから、地毛が白や銀なら仕方がない。だけど、オマエ達は染めている。髪を染めた店員は、うちはイラナイ! これだけ説明すればアタマの良い君達なら分かるはずだ」
 少年C「この前、金髪のオンナがバイトやってたぞ」
 修造「何処で?」
 少年C「この店だ」
 修造「金髪? ・・・ああ、浜田さんか。あれは学校でも注意されたらしい。自分でも反省していた。だからあの後、店長が頭に三角巾を被せた」
 少年B「ササッ、三角巾?」
 修造「そう。給食当番が被るやつだ。それでも、うちで働きたいと云う意欲があるんなら、考えてあげても良いぞ」

少年達は暫く考え込んで、

 少年C「英語の歌、教えてくれんのか?」
 修造「ウタ?」
 少年C「さっきあの外人、歌、歌ってたぞ」
 修造「歌ってた? ・・・それは俺に聞いても分かんね~な。ライアンに聞くんだな」
 少年A「英語なんかしゃべれねえよ」
 修造「先生に教えてもらいなさい」
 少年B「ララ、ライオンは教えてくれねえのか?」
 修造「ライオン? ・・・もう行け。うちは学校じゃない! お客さんの邪魔だ」
 少年A「オーナー、バイト~、・・・やらせてよ~」
 修造「ダメだ! 今は、いっぱいだッ!」

少年達が店を出て行く。
最後に遅れて、あの太った少年Bがカウンターの前を通る。
少年Bはいつの間にか、「サングラス」を掛けている。
ライアンを見詰めて、

 少年B「・・・ラッ、ライオン?」

ライアンは英語で応える。

 ライアン「イヤー、マイネームケン・ライアン、アンニュー?」

少年Bは目の前の本場の英語の発音に、「アホ顔」で固まっいる。

 少年B「!・・・?」

ライアンはもう一度、

 ライアン「ユアネーム?」

少年Bは逃げるように店を出て行く。
ライアンは少年達を見て、頭を振りながら、

 ライアン「オウ・・・ノ~・・・」

店の外で、カウンターのライアンを覗きながら、たむろする少年達。
一人の少年が、ライアンに見せ付ける様にストリートダンスを踊り始める。
ライアンはソレを見てポケットに両手を突っ込み、カウンター内でステップを踏む。
少年達はそれを見てライアンに「V」サインを。
ライアンは少年達に右手の親指を横に立てて、ガッツポーズを送る。
杏子がそれを見て、

 杏子「カッコイイ~!」

弘美がライアン向かって、親指を立てて真似をする。

 弘美「・・・ッ!」

修造が店の外が騒がしいので、売り場の奥から外に出て来る。

 修造「まだ居たのか。何してるッ!」

少年の1人が、ガムを噛みながらカウンターのライアンを指差す。
修造はライアンを見る。
と、ライアンが、カウンター内でポケットに手を入れて何やら踊っている。
修造は急いで店に戻り、ライアンのポケットの両手を指差し、

 修造「ダメッ! ポケット、ノウッ!」
 ライアン「オウ、スイマセン」
 修造「ここはアリゾナじゃないんだ。カウンターの中で踊ったりしては絶対ダメッ!」
 ライアン「分リマシタ、オーナー」

修造は店から表に出て、

 修造「邪魔だッ! また、道路を汚したな。掃除して行けッ!」
 少年A「オーナ~、バイト~」
 修造「ダメダッ! 絶ッ対にダメッ!」

午後4時
通りの向こうの銭湯が開く。
年寄り達が一番風呂をめざし、足早に銭湯に向かう。
ドアーチャイムが鳴り風呂桶を抱いた常連の老人が店に入って来る。

 ライアン「イラッシャイマセー」

老人は「髭剃り」を手に取りカウンターに持って来る。
老人はライアンを見て、

 老人「おおッ? 良い若い衆(ワカイシ)入れたな」
 修造「ありがとう御座います。今、特訓中です」
 老人「良いんだよ、地(ジ)で行けば」
 ライアン「ジ? オーナー、ジハ、ドウ書キマスカ?」

ライアンは急いで、カウンターの下の国語辞典を取り出す。

 修造「ライアン、それは後ッ。今はお客さんが先ッ!」

ライアンはカウンターの上に国語辞典を置いて、両手両肩を上げ、

 ライアン「オウ・・・」

ライアンは「髭剃り」取ってスキャン。

 ライアン「130円ニ成リマス」

老人は代金を渡しながら修造を見て、

 老人「アメリカかい?」
 修造「そうなンですよ。日本人より優秀なんで・・・、そこの布団屋のお孫さんです」
 老人「おお、芳蔵の孫かい。・・・確か、娘が外国の大学で先生やっるって言ってたな。そうかい、アンタ、孫かい。ンで、アンタ今、何やってンの?」
 ライアン「慶応大学ニ行ッテマス」
 老人「慶応! 学生かい。大したもんじゃね~か。で、母(カア)ちゃんも一緒に来たのかい」
 ライアン「イイエ。 僕1人デ来マシタ」
 老人「そうかい。エライな~・・・」

老人は修造を見て、

 老人「しっかり面倒見てやれ」
 修造「はい、分かりました」

老人は店を出て行く。

 ライアン「アリガトウゴザイマ~ス」

それを聞いていた杏子

 杏子「ええッ! ケンちゃん、慶応なの?」
 弘美「カッコイイ~! ダンスも上手いし、彼氏に成ってくれない」
 杏子「だめよ、アメリカに一人、日本に1人、ローソンに一人じゃ、ケンちゃん、尻軽男に見られちゃうよ」
 ライアン「シリカル男? スイマセン。シリカルハ、ドウ書キマスカ?」

ライアンはまたカウンターの上に国語辞典を開く。
弘美はページを捲る。

 弘美「・・・尻軽(シリガル)なんて、そんな言葉この辞書にあるンけ~?」
 杏子「浮気者よ。ウを見たほうが良いんじゃない」
 弘美「あッ、そうか。ウね」

静子が発注を終えて事務所から出て来る。

 静子「何してるの? ここは学校じゃないのよ。池辺さん、品出しして!」
 弘美「は~い」
 静子「佐伯さんはカラ揚げとコロッケ揚げるッ!」
 杏子「は~い」

静子はライアンを見て、

 静子「アナタは、店の周りの掃除ッ!」
 ライアン「アオ、OK~!」

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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スラム(この人達を見よ)第18話 と 第19話

2017-10-18 | レーゼ小説

         第18話

    古賀 博くん(26歳)の場合

事務所の電話が鳴る。

 音 「トゥルルル」

静子が電話を取る。

 静子「はい。ローソン三ノ輪店です」
 男(声)「アルバイトニュースを見たんですけれど。まだ、募集していますか?」
 静子「あッ! 少しお待ちください。今、担当者と代わりますね」

静子は急いで売り場に行く。

 静子「オーナー、電話ッ! 募集の件」
 石田「来たッ! 500円賭けましょうか」
 修造「よし。なんなら、1000円でも良いぞ」
 石田「良いヤツなら良いッすけどね」

修造は急いで事務所に行く。

 修造「お待たせしました。ハイ、まだ募集しています」
 男(声) 「そうですかッ! じゃ、履歴書持って伺います。宜しく御願いします」
 修造「あッ、あの、どちらにお住まいですか?」
 男(声) 「町屋です」
 修造「町屋? 近いですね。いつ、来られます?」
 男(声) 「今からでも良いですか?」
 修造「今ッ? 良いですよ」
 男(声) 「じゃあ・・・2時頃で」
 修造「二時頃。良いですね~。じゃあ、14時と云う事で。場所はお分かりですか?」
 男(声) 「はい。以前その店で買い物した事が有りますから」
 修造「ああ、そうでしたか。それはそれは、ありがとう御座います。じゃッ、お待ちしております。あッ! お名前は?」
 男(声) 「古賀と申します」
 修造「コガさん。分かりました。それじゃ、2時に」
 男(声) 「宜しくお願いします」

修造がカウンターに戻って来る。

 石田「バッチリッすか」

修造は嬉しそうに、

 修造「おお。バッチリだ!」

静子は疑いの眼差しで、

 静子「本当・・・?」
 修造「本当だよ。町屋だってよ。何んか前にうちの店に買い物に来た事が有るらしい」
 石田「買い物ッすか? ・・・どんなヤツかなあ」

午後2時。
 「古賀」と云う青年が面接に来た。
礼儀正しく、清潔でとても好感が持てる男だった。
修造も静子も、迷いも無くこの「古賀」と云う男を採用した。

2ヶ月ほど経ったある朝の事。
事務所で仮眠している古賀に林が、

 林  「古賀さん!」
 古賀「うッ!? あッ、はい」
 林  「オンナが面会に来ています」

古賀は眠い目を擦りながら、

 古賀「えッ! オンナ・・・? あッ、すいません」

暫くして、古賀が暗い顔で事務所に戻って来る。
林は古賀を見て、

 林  「・・・フラレタッすか?」
 古賀「えッ? いや・・・ちょっと」

朝、静子が出勤して来る

 静子「おはよう御座いま~す」
 古賀「あッ、おはよう御座います」

静子が事務所に入って行く。
暫くして、着替えた静子がカウンターに出て来る。
古賀がカウンターで腕を組みながら、俯いて居る。
静子は元気がない古賀を見て優しく、

 静子「古賀君? ご苦労さま。 眠いでしょう」

古賀は静子のその声に驚いて、

 古賀「えッ! あッ、すいません・・・?オーナーは」
 静子「ああ、途中で忘れ物を思い出したんですって。もう直ぐ来ると思うわ。・・・どうしたの? 元気がないわね」
 古賀「いやッ、別に・・・」
 静子「・・・オーナー、古賀君の事、褒めてたわよ。客商売にピッタリだって。だから頑張ってね。何でも言ってちょうだい。アタシ、相談にのるから」
 古賀「えッ? あッ、はい。ありがとう御座います。 ・・・楽しかったです」
 静子「? 何か言ったの? ・・・どうしたの。変よ」
 古賀「いえ、何んでも有りません。あの~」
 静子「何?」
 古賀「今日、もう上がって良いですか?」
 静子「良いわよ。具合でも悪いの?」

静子は古賀の顔を覗き込む。

 古賀「いや、ちょっと。急に用事が出来たんです・・・」

心配そうに静子が、

 静子「・・・そう」

古賀は静子を見て、

 古賀「店長・・・」
 静子「な~に?」
 古賀「・・・ありがとう御座いました」
 静子「いやだ~古賀くん。本当に何んか変。元気出して」
 古賀「すいません」

古賀は事務所に入って行く。
そして、急いで着替えて、・・・店を出て行く。
静子はこれが古賀に会える「最後の日」に成るとも知らず、

 静子「古賀君!」

古賀が振り返る。

 古賀「はい!」
 静子「気を付けて帰るのよ」

古賀は静子を見て微笑む。

 古賀「はい。どうも・・・。オーナーに宜しく言って下さい」

修造が息を切らせ、出勤して来る。

 修造「ハァー、ハァー、やったッ! 七分。記録更新!」

呆れた顔の静子。

 静子「元気ねえ。仕事もそのくらい元気にやってくれると嬉しいんだけど」
 修造「え?」
 静子「いいから、汗を拭きなさいよ」

ハンカチを渡す静子。

 修造「あッ、ありがとう」

汗を拭く修造。

 修造「・・・今、そこで古賀にすれ違ったけど。もう帰ったの」
 静子「ええ。何か急に用事が出来たんですって。元気が無いの」
 修造「元気が無い? ・・・」

その日を境に、古賀は店に来なくなった。
一週間経って、修造は「イヤな予感」がして町屋の古賀のアパートに行ってみる。
そこは日陰の、古めかしいアパートだった。
修造は履歴書に書いてある「101号」のドアーをノックする。

  「・・・人の気配が無い」

隣の住人(男)がコンビニの袋を提げて戻って来る。
男はドアーの前に佇む修造を見て、

 男  「古賀さんは居ませんよ。1週間前に出て行ったきり戻って来てないみたい」
 修造「えッ、そうですか。何処に行ったか分かりますか?」
 男  「さあ・・・」

男は通路に立つ修造を見て、

 男  「すいません」
 修造「あッ、すいません!」

修造は急いで、通路をあける。
通り過ぎる男。
暫く古賀の部屋のドアーを見ている修造。
と、ドアーの中ほどに小さく折りたたん「メモ」が差してある。
修造はそのメモを抜いて、広げて見る。

  「至急連絡する事。10月20日 AM8時 蓮見」

 修造(M)「ハスミ? 誰だろう・・・」

修造は急いで店に戻り、身元保証人の「古賀の父親」に連絡を取る。
事務所で電話をしている修造。

 修造「もしもし、古賀さんのお宅ですか」
 男(声)「はい」
 修造「玄次郎さん居(オ)られますか?」
 玄次郎「俺だけど、どちらサン?」
 修造「ローソン三ノ輪店のモモチと申します」
 玄次郎「誰ッ!?」
 修造「ローソン三ノ輪店と申します。息子さんの博さんがアルバイトしていた店の責任者です」
 玄次郎「アルバイト?」
 修造「はい」
 玄次郎「ヒロシがまた何んかやらかしたト?」
 修造「いや、博さんが急に行方不明に成りまて、・・・お給料も預かってる事だし・・・」
 玄次郎「行方不明? ああ、それは収監されたタイ。警察に聞いてミンシャイ」
 修造「ケイサツ? って言いますと」
 玄次郎「アイツは、クスリばやってるタイ」
 修造「クスリッ?」
 玄次郎「覚せい剤タイ! 2回目だから捕まる前に階段から飛び降りッて逃げたト。そん時、足に怪我がバおって、治るまで保護観察中タイ」
 修造「ほッ、ホゴカンサツ?」
 玄次郎「ああ。仕事なんかシオッテ収監されちまったんジャロー。今度はそうカンタンには出られんジャローなあ・・・」

修造は古賀と面接した時の事を思い出す。

 イメージ
3ヶ月前の事務所での面接。

 古賀「コガヒロシと云います。宜しくお願いします」

古賀は履歴書の入った封筒を修造に差し出す。

 修造「はい。じゃッ、ちょっと失礼して」

修造は封筒を開けて履歴書を取り出す。

 修造「・・・、古賀 博君ですか。26歳。出身は福岡県柳川・・・。柳川高校・・・。えッ! 野球部で甲子園に出場? 高校野球で甲子園に出たの? すッげえ~」

修造は古賀をマジマジと見る。

 古賀「いや~・・・」

静子が履歴書を覗き込む。

 静子「へえ~・・・で、何処守ってたの」
 古賀「えッ? あッ! ピッチャーです」

修造はまた驚いて、

 修造「ピッチャーッ! エースかよ~。スッゲ~ー・・・」
 静子「格好良い! モテたでしょう」
 古賀「いや~、そんな~・・・」
 修造「で、卒業して、青田信用組合」
 古賀「はい」
 修造「野球は?」
 古賀「はい。青田で野球部でした」

修造は驚いて、

 修造「社会人野球ッ?!」
 古賀「そうです」

修造は溜め息を付き、

 修造「へえ~、そう・・・。で、何んで此処を辞めたの?」
 古賀「怪我したんです」
 修造「ケガ? 何処で・・・」
 古賀「球場です。全治3ヵ月です」

古賀はズボンの裾をたくし上げ、傷を見せる。
かなり大きな傷である。

 古賀「・・・3箇所クギで止めてあるんです」

静子は心配そうに、

 静子「大丈夫? コンビニって立ち仕事よ」
 古賀「大丈夫です。それに、医者も少しはリハビリを兼ねて動かした方が良いだろうって・・・」

静子は心配そうに、

 静子「本当~・・・?」

修造も心配そうに傷を見る。

 修造「・・・大丈夫かなあ~・・・」
 古賀「大丈夫です! この通り」

古賀は座りながら、怪我をした方の足を屈伸させる。
修造と静子は不安そうに、古賀の足を見ている。

 修造「で、家族構成は・・・お父さんと、姉さん。・・・あれ? お母さんは?」
 古賀「はい。高校の時、事故で亡くなりました」

静子は古賀を見て、

 静子「そう。・・・可哀想に。で、お姉さんは何を?」
 古賀「板橋の大学病院で看護士をしています」
 静子「板橋の大学病院? もしかして、日大病院?」
 古賀「あッ、そうです」
 静子「あら、アタシの居た病院だわ。何んか、古賀君と縁が有りそうね」
 古賀「えッ! 奥様は看護士だったんですか?」
 静子「ああ、昔ね」

 修造(M)「・・・と云う事は、あの履歴書はみん「嘘」・ウソ・大嘘。古賀ってヤツは、そういう男だったのか。・・・なんて事(コッ)た」

修造は古賀の、一生懸命「品出し」や、「客の応対」をしていた姿がダブついてしまう。

 修造「・・・そうでしたか。で、博さんのお給料はどうしましょう」
 玄次郎「そんなのいらんタイ。どうせ迷惑ば掛けたんジャロー」
 修造「あッ、いや、でも、14万近く有るんで・・・」

その「額」を聴いて玄次郎の声が急に変わる。

 玄次郎「えッ、14ッ! ち~と待っチクレ。今、振込み先ば言うケン」
 修造「ああ、はい。どうぞ」

静子が売り場から事務所に戻って来る。
修造がストコンの画面を見て、ボ~としている。

 静子「で、何ですって?」
 修造「あ、お疲れさん。・・・古賀、収監されたんだって」
 静子「シュウカン? って何」
 修造「アイツ、覚せい剤やってたらしい」

静子は驚いて、

 静子「えッ! うッそ~。信じられない。あの古賀君が?」
 修造「うん。アイツの足のケガは、警察に追われて階段から飛び降りた時に折ったんだって。治るまで保護観察中だってよ」
 静子「それ、本当なの?」
 修造「オヤジさんが言ってたから本当だろう。この店は古賀の最後の娑婆の仕事だ。・・・バカだねえ、アイツ2回目だから、当分出て来られないだろうってさ」
 静子「そう云えば、古賀君って何処か淋しそうな所(トコ)有ったわね。そう云う事だったの。あッ、そうだ! そこのケースの上の封筒。この間、林君が古賀君に渡してくれって。何んか、女の人から預かったらしいわよ」
 修造「えッ、どら?」

修造が封筒を取る。

 修造「古賀良子? えッ、これって、古賀の姉さんじゃないの。アイツ、家族構成だけは嘘じゃ無かったんだ」
 静子「どうしましょう」
 修造「あとで、給料明細と一緒に実家に送ってやろう」
 静子「そうね」
 修造「バカだよな~・・・。本当にバカなヤツだ。俺みたいな男をだましやがって。でも良いヤツだったよなあ。アイツ」

書類ケースの上に、古賀が忘れていった「ラーク」のタバコが置いてある。


         第19話

    ライアンくん(23歳)の場合
 
静子は不安であった。
古賀の件も一段落して、修造はまた奇妙なアルバイトを入れた。
「人間好き」にもほどが有る。

2~3日前から、夕方になると店のドアーに貼ってある、「アルバイト募集」の貼紙を、ジッっ見ている「外国人青年」が居た。
ある日、修造はそのは青年に、

 修造「Is it job search ? (仕事を探しているのか)」
 青年「ハイ」
 修造「ワオ! 日本語、喋れるの?」

青年は元気良く、

 青年「ハイ」
 修造「普段は何をしているの?」
 青年「大学ニ、行ッテマス」
 修造「学生? 留学生?」
 青年「ソウデス」
 修造「どこに住んでるの?」 
 青年「ソコノ通リノ、ムコウノ布団屋ノ2階イデス」
 修造「通りの向こうの布団屋? ああ、日本堤ね・・・」
 青年「ソウッ! オ婆チャンノ実家デス」
 修造「ワ~オ、そう。じゃッ、チャレンジしてみる?」
 青年「本当デスカ? ヤッターッ!」
 修造「ただし、履歴書を書いて持って来なさい。あッ、それと身元保証人の欄は必ず書いてね。印鑑も押す事。電話番号も忘れない! 後で確認するから。オーケイ?」
 青年「オ~ヤー、オーケ~ィ。直グ持ッテ来マス」

青年は走って消えて行く。

売り場に戻って来る修造。

 石田「誰と喋ったンすか?」
 修造「うん? 友達」
 石田「友達? オーナー、外人と友達ッすか」
 修造「ま~な」
 石田「格好良い~ッ! 英語喋れンすか」

修造は石田の言葉を無視して事務所へ。
静子が事務所から売り場に出て来る。

 石田「店長、オーナーの友達って外人も居るンすか? さすが秘書やってただけありますね~」
 静子「??、イッちゃん何言ってるの?」
 石田「今、そこで外人と喋ってましたよ」
 静子「ガイジン?」

暫くして満面の笑みの、外国人青年が店にやって来る。
カウンターの静子を見て、

 青年「コンニチハ」
 静子「!?。 はい、いらっしゃいませ」

石田が静子の耳元に、

 石田「あの人ですよ。オーナーの友達」
 静子「オーナーの友達?」

静子は外国人青年の風体(フウテイ)を観て、

 静子「あの~、何かご用ですか?」
 青年「僕、ライアント云イマス。履歴書ヲ持ッテ来マシタ」
 静子「履歴書?」

修造が事務所から急いで売り場に出て来る。
カウンターの前に立つ外国人青年を見て、

 修造「おう。ハ~イッ!」

青年は修造を見て、

 青年「ハ~イ! 店長、持ッテ来マシタ」
 修造「ワ~オ、早いじゃないか」

静子と石田は呆気に取られて二人を見ている。

 修造「カモンウイズミー。事務所に行こう」

二人は事務所に入って行く。

 静子「誰なの? あの人」
 石田「知らないッすよ。でも、ライオンって言ってたッすよね」
 静子「ライオン?・・・」

修造と青年が、事務所で「立って」面接している。

 修造「どら、履歴書を見せてごらん」

青年は、尻のポケットから4つ折にした履歴書を出し、修造に渡す。
履歴書を開く修造。

 修造「・・・。健・ライアンて云うのか。・・・23歳」
 ライアン「ソウデス」

修造は空いている椅子を指差し、

 修造「そこに座りなさい」

ライアンが椅子に座る。

 ライアン「失礼シマス」

その外国青年は中々、流暢に日本語を使いこなす。
修造は汚い漢字で書いてある履歴書を見ながら、

 修造「ええッ! スタンフォード大学ッ!?」

修造は驚く。

 修造「凄げえなあ~・・・。で、今、慶応大学に留学中! 4カ国語を喋れる。ドイツ、アラビア、ロシア、日本ッ! いや~、マイッタな~。うちの店に東大は居るけど、スタンフォードとは驚いたねえ。オバマ君と同じだ」
 ライアン「ハハハ」
 修造「健・ライアンって云うと2世?」
 ライアン「ハイ。父ガオーストリア、母ガ日本人デス」
 修造「なるほど、それで頭が良いのか」

ライアンは修造を見て、

 ライアン「頭良イ??」

修造がライマンをチラッと見て、

 修造「クレバー」
 ライアン「オ~イェ。ソウデス」
 修造「?・・・、で、両親は何をやってるの?」
 ライアン「2人共、大学ノ先生デス」

修造は驚いて、

 修造「オ~ノーッ! リアリ~? ドクター?」
 ライアン「ソウデス」

修造は知ってる限りの英単語を駆使している。

 修造「出身地はアリゾナッ?!」
 ライアン「行ッタ事有リマスカ?」
 修造「いや、ない。ジャイアンツの練習場がある所だろう」
 ライアン「? フェニックスニ、小サナグランドガ在ル所カナ? 日本ノ国旗トチームノ旗ガ、揚ガッテマスヨ」
 修造「ああ、多分そこだ」
 ライアン「ソウ言エバ、時々日本人ガ集マッテ野球、ヤッテマス。オーナー、ソレヨリアリゾナトイッタラ、ナイアガラト、インディアンデスヨ。知ッテマスカ?」
 修造「オ~、イヤー。アパッチ、アンド、チェロキー、アンド、コマンチ」
 ライアン「スー、ナバホ、チペワ、チョクトー、ソノホカイロンナ種族ガ居留区ニ住ンデマス。警察官モ、インディアン、病院ヤ大学ノ先生モ全部インディアンデス」
 修造「ほ~」
 ライアン「面積ガ日本ノ80%ノ所ニ、人口ガ六四〇万人シカ住ンデイマセン。僕ノ家カラ隣リ町マデ80キロ位有リマス。道路際ニ、コワレタ車ガ捨
テテアリマスヨ」

修造は驚いて、

 修造「広いねえ~。日本は息苦しいわけだ。で、ライアンはこんな仕事した事あるの?」
 ライアン「ハイスクールノ時、夏休ミニ、近クノコンビニデ、アルバイトヲ、シテマシタ」
 修造「オ~、アメリカはコンビニの発祥地だ。じゃあ、俺達より先輩じゃないか」

売り場では、

 石田「あの外人、履歴書って言ってましたね」
 静子「・・・また、変なの雇うつもりじゃないのかしら。古賀君の事件が終わったばっかりなのに」
 石田「古賀さん? 何かあったンすか」
 静子「えッ! い、いや、別に」
 石田「2人、話、長いッすね。昔話でもしてンのかな」

 事務所では、

 修造「じゃ、いつから来れる?」
 ライアン「今日カラデモ、カマイマセン」
 修造「シフトは?」
 ライアン「夕方ナラ毎日デモOK。週末ハ昼夜、OK」
 修造「そうか。それじゃ後でこの保証人に確認取れたら、君の携帯に電話しょう」 
 ライアン「OK!」

ライアンが嬉しそうに帰って行く。 
事務所に戻って来る静子。

 静子「大丈夫なの、あの外人」
 修造「ガイジンって云う呼び方は良くないな」
 静子「だって外人は外人じゃない」

修造は怒って、

 修造「彼は、健・ライアンと云う立派な名前があるんだ。そんな偏見的な呼び方をするな! 日本人の恥だぞ、可哀想に・・・」
 静子「まさか、雇うんじゃないでしょうね」
 修造「うん? うん」
 静子「うん? ・・・古賀君の件を忘れたの。あんな得体の知れない外人。今度は麻薬の密売人かも知れないわよ」
 修造「そんな子ではないッ! この履歴書を見なさい」

修造はライアンの履歴書を静子に渡す。
静子は履歴書を広げて見る。

 静子「・・・う~ん。頭は良さそうだけど、こんな仕事出来るの?」
 修造「アリゾナのコンビニでアルバイトしてたんだってよ。俺達より先輩だ」
 静子「先輩って、アリゾナでしょう」
 修造「店長、コンビニはアメリカが本場だよ。むしろ彼からいろんな事を学ばなければ」
 静子「それは・・・そうだけど。大丈夫? アンタが選ぶアルバイトって変な人が多いから」
 修造「変な人? 何を言ってるんだ。日本人の江戸時代から残る外国人に対する差別的偏見、それと奇妙な目の壁ッ! 今こそ、この職場からそれを一掃するんだ! その先駆者として俺は頑張ろうとしているんじゃないか」
 静子「アンタあの頃の病気がまだ治ってないようね。ここは下町のただのコンビニよ。バッカみたい」
 修造「あの頃?」
 静子「代議士の金魚の糞ッ!」
 修造「ああ・・・。でもさ、俺には分かるんだ。アイツは良いヤツだって云う事」
 静子「まあ、良いのは分かるけど・・・言葉は大丈夫?」
 修造「得意は、日本語だってよ」
 静子「・・・知らないわよ。アンタが教えてやってよ」
 修造「大丈夫ッ!」

静子は怒って事務所を出て行く。
修造はさっそく、身元保証人に電話する。
品の良い老婆の声。

 老婆(声)「健ちゃんはうちの孫(マゴ)です。ローソンでアルバイトですか? それはそれは。宜しくお願いします」

修造は直ぐライアンに電話を掛ける。

 修造「ハ~イ! ライアン? ローソンのモモチ~」
 ライアン「ワオ、店長ッ! ドウデシタ?」
 修造「OK! カモ~ン」
 ライアン「ワーオ、ワオ、ワオ~! ヤッタ~」
 修造「今日の夕方3時から来れるのかな?」
 ライアン「モチロンデス!」
 修造「じゃあ、待ってるよ」
 ライアン「OK! ホ~ウホ~ウ・・・」

夕方の三時。
ドアーチャイムが鳴り、「ライアン」がオドケタ表情で店に入って来る。

 ライアン「ハ~イ!」

静子と石田はライアンを見て目が点。

 静子「・・・、は~い」

ライアンは石田を見て、

 ライアン「ライアンデ~ス。ヨロシク!」
 石田「えッ? ・・・どうも」

カウンターの前を通り過ぎ、事務所に消えて行くライアン。

 石田「?、店長、あのライオンって人、何んなンすか?」
 静子「うちで働くみたい」
 石田「マジっスか!」

事務所では。
修造とライアンが、ダンボール箱を開き「ユニホーム」を探している。

 修造「ちょっと、これを着てみ」

ライアンが着替える。

 ライアン「オーナー、チョット小サイデス」
 修造「・・・そ~だなあ。じゃ、これは?」
 ライアン「小サイ!」
 修造「?・・・?・・・ あッ、そうだッ! 半袖がある」

修造がロッカーの最上段の「夏」と書いてある箱を下ろす。

 修造「え~と、4Lだよな~・・・。あッ、有った! 杉本のか。・・・ちょっと臭うけど、まあ良い。これ着なさい」

ライアンが着てみる。

 ライアン「ワオッ! ジャストフィット」

その場で1回転するライアン。

 修造「おおッ! 格好良い。海兵隊みたいだ。外人は何を着ても似合うねえ」

暫くして、半袖のユニホームに着替えたライアンが、売り場に出て来る。
後を追うように修造が。

 修造「石田さん、紹介しょう。健・ライアン君だ」
 石田「えッ! あッ、ああ・・・」
 修造「それから、あそこに居るのがマイワイフ」
 ライアン「ワオ! 若イデスネ」

静子が大きく咳払いをする。
呆れた顔で2人を見て、急いで売り場に出て品揃えを始める静子。

ライアンがカウンターに入る。
石田は身体の大きい半袖の外人男に、何を喋って良いか分からない。
修造は石田の傍に寄り、

 修造「今日からこの店で働いてもらう。格好良いだろう」

ライアンはポケットに両手を突っ込み、石田にウインクする。

 ライアン「ヨロシク」
 石田「えッ! あッ? 日本語うまいッすね」
 ライアン「オ~、有難ウゴザイマス。高校生?」

石田はムッとした顔で、

 石田「オトナですッ!」
 ライアン「オトナ? 可愛イネ」

石田がライアンをキツイ目で睨む。
そこに、「咲子婆さん」が店に入って来る。

 静子「いらっしゃいませ~」

咲子はカウンターの半袖外人を見るやいなや、店を出て行ってしまう。
入れ違いに、数人の女子高生が店に入って来る。

 石田「いらっしゃいませ~」

女子高生達はカウンターの前を通り過ぎる。
フッと立ち止り、振り向いてライアンを見る。

 女子高生A「あッ! えッ? ビックリした。ガイジン? ハーフ?」

ライアンは腕を後ろに組み、

 ライアン「イラッシャイマセ!」 
 女子高生B「いらっしゃいました~」
 ライアン「ワオ、何カ買ッテ下サイ」

女子高生達はライアンを見て、

 女子高生達「??」

競馬新聞を買いに来た客が、カウンターの前に置いて有る新聞挿しを見て、

 客 「あれ? まだ来てないの」
 ライアン「何ガデスカ?」

その声に反応して、その客が目を上げる。

 客 「・・・?」

その客は何も言わず、店を出て行ってしまう。
茶髪の少年達(悪ガキ)が数人、店に入って来る。
ライアンは軽く右手を挙げ、

 ライアン「ハ~イ!」
 少年達「?!?!???」

少年達はライアンを見た途端、直ぐにUターンし、店を出て行ってしまう。
修造はライアンを見て、日本式商売のマナーを教える。

 修造「ライアン! ポケットに手を入れて、お客サンの応対はダメッ!」
 ライアン「オー、分リマシタ」
 修造「それと、壁に寄り掛かってイラッシャイマセ~は、ダメッ!」
 ライアン「ワオー。スイマセン」
 修造「それと、お釣りや、お金を受け取る時は両手で、・・・こう」

修造は身ぶり手ぶりでライマンにレクチュアー(教える)する。
ライアンは修造を真似て、

 ライアン「コウ? ・・・コウデスカ?」
 修造「そう。アンド、何か買って下ださいはナシね」
 ライアン「ソレハ、ジョークデス」
 修造「ジョーク? オウ。それと、あまり自分をアピールしない事」
 ライアン「分リマシタ」
 修造「細かい事はパートナーの石田さんに教えてもらいなさい」

石田は驚いて、

 石田「ええッ! それはないッすよ~。無理、ムリ。オーナー・・・」

ライアンは石田に向かって丁寧に、

 ライアン「イシダ先輩、ヨロシクオ願イシマス」

石田はライアンを見上げて、

 石田「あッ、いえッ、ええ~?! 店長~、ヤバイッすよ~」
 修造「じゃあ、明日から暫くの間、夕方3時から仕事をやってもらおう。大丈夫だね?」
 ライアン「バッチリ!」
 修造「バッチリか。・・・それと遅刻はペナルティーだからね」

ライアンは自信有りそうに

 ライアン「分リマシタ。ジャー、石田サン、マタネ~」

ライアンが事務所に戻って行く。
修造がその後を追う。
静子は石田の傍に来て、

 静子「イッちゃん、よく教えてやってね」
 石田「何言ってンすか。アタシ、英語なんて喋れないッすよ」
 静子「堂々と、下町言葉で教えてやれば良いのよ。アタシは忙しいんだから。もしダメだったらイッちやんはクビッ!」
 石田「ええ~、そンな~」

ライアンがバックルームから出て来て、カウンターの前を大股で通り過ぎる。

 ライアン「頑張ッテ下サイネー。マタアシタネェ~」

静子と石田は俯いている。
修造がカウンターに出て来る。

 修造「どう? 良い子だろう」

シラけている静子と石田。

 静子「・・・なぜ半袖なの?」
 修造「合うユニホームがないんだよ。手が長過ぎる。人種が違うんだな。それにもう直ぐ衣替(コロモカエ)えだ」
 静子「客が皆んな逃げちゃうわよ」
 修造「そんな事はないよ。皆んな見に来る」
 静子「アンタ、此処をどこだと思ってるの」
 修造「此処だから、いろんな人種が居ても良いんじゃないか?」
 石田「あの人(シト)、バイトの経験あるンすか?」
 修造「もちろんだよ~! 本場アリゾナでバリバリやってたんだ」
 石田「アリゾナッ!?」

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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スラム(この人達を見よ)第16話 と 第17話

2017-10-17 | レーゼ小説

         第16話

オンナ(34歳位)と巡査長(45歳位)の場合


いろんな客が来るものである。
ある日の午後の事。
いつものようにカウンターで修造と静子が、まばらなに成った客を捌(サバ)いている。
そこにドアーチャイムが鳴り、派手なサンダル履きの30代の女の客が店に入って来る。

 静子「いらっしゃいませ~」

女は周囲の商品には目もくれず、一気にカウンター前の陳列棚の電池を掴んで、修造の目の前に突出す。

 修造「あッ、すいませんお客さん。順番があるん で・・・」

「と」、女は突然、修造に向けて電池を投げつける。
修造は、とっさに投げた電池をかわす。
女は逃げるように店を出て行く。
そして何を思ったか、向きざま入り口のガラスドアーをサンダルで思い切り蹴飛ばす。
鈍い音と共にガラスドアーに、大きなヒビが。
一瞬、店内の時間が止まる。
修造も静子も周囲の客達も、目が点に。
修造は我に返って、

 修造「あッ! おいッ、こらッ! 待てえー・・・」

急いで女を追う修造。
女は異常に逃げ足が早い。

 修造「コラ~、まてーッ! 誰か~、その女を捕まえてくれ~」

その声を聞いて、通行人が振り向く。
そこに、30代の「大工の男」が路地から飛び出て来る。
男は女を執拗に追いかけて行く。
修造が公園の傍まで来ると、大工の男が女を捕まえている。
女が観念したかの様に路上に座り込んでいる。
修造はようやく追い着き、息を荒げながら、

 修造「すいません・・・。すいません」
 大工「どうしました」
 修造「うちの店のガラスドアーを蹴り割ったんです」
 大工「蹴り割った!? あのガラスのドアーを?」
 修造「ビックリしましたよー・・・」

修造は女を睨んで、

 修造「・・・こらッ、何で蹴った? ガラス代弁償しろ」

すると、公園のブルーテントから、見覚えのある男が。

 男 「どうした~」

修造は振り向き

 修造「あッ、吉松さん!」
 吉松「おお? 何んだ、マスターじゃない。久しぶりー。どうしたの」
 修造「店のガラスドアーを壊(コワ)されたんだ」

驚く吉松。

 吉松「ええッ!」

吉松はテントから出て来て、うずくまる女の傍まで来る。

 吉松「・・・女性?」
 大工「今の女は怖いからねえ。平気で亭主や子供を殺ッしまう。気お付けてよ。ジャッ!」

そう言い残し、サッサと何処かに消えてしまう。

 修造「あれッ? あッ、旦那ッ! ダンナ、ちょっと~。チッ、困ったなあ。せっかく捕まえてくれたのに」
 吉松「その内に、買い物に来るよ」
 修造「そうだね。・・・そう言えばどっかで見た事あるなあ、あの人」

修造は女を店に連れて行こうと、腕を掴む。
途端、女は修造のその手に咬み付く。

 修造「イテーッ、こらッ! やめろッ」

と、吉松は大声で一喝。

 吉松「何やってンの奥さんッ! 皆んなが見てるじゃないの」

女は少し恥ずかしそうに周囲を見回し、足元を気にしながら立ち上がる。
修造は咬まれた手を擦りながら、指先で女の着ているブラウスを摘まむ。
女は摘まんだ修造の指を振り切り、自分で店に向かって歩いて行く。
修造と吉松は女の後を追いながら、

 吉松「何が遭ったんだ?」
 修造「俺に電池をぶつけたんだよ」
 吉松「電池!?」
 修造「客の間に割り込んで来てね。ちょっと注意したらポーンだよ。で、店を出た途端、ガチャーンだ」
 吉松「怖いねー。マスターも楽じゃないねえ~」
 修造「最近のコンビには怖いよ~。万引きや強盗だけじゃないからねえ」
 吉松「でも、アンタんとこは良いお客ばっかりじゃない」
 修造「良い客? ・・・う~ん。まあ、そうなのかなあ。ヨシマツさんやってみる」
 吉松「いやー、ワシがやったら変な客ばっかり来ちゃって、店の品物、全部持って行かれちゃうよ」
 修造「良いんじゃない。廃棄物も沢山有るし。あッ、ちょっと店に寄ってきなよ。忘れ物の携帯用ガスコンロが有るんだ。持って行く?」
 吉松「えッ!? 良いの」

石田が割れたガラスドアーに、ガムテープを貼っている。
女と修造達が戻って来る。
石田は3人を見て、呆れた顔で溜め息をつく。

 石田「・・・お疲れッす」

女は割れたガラスをチラッと見て店に入って行く。
数人の客達が遠目で女を見ている。
女はカウンターの前で、髪を整えながら立ち止まる。
静子が売り場の奥から出て来る。
修造を見て、

 静子「大丈夫だった?」

修造は手を擦りながら、

 修造「・・・咬まれた」
 静子「何処ッ!?」

修造は右手首を指差し、

 修造「此処。ッたく・・・」

静子は平然と立っている女を見て、呆れた顔で、

 静子「事務所に救急箱が有るから消毒しときなさい。一応、警察と藤井さんには電話しといたけど」
 修造「そう。しかし、商売って怖いねえ。何が起こるか分かんないよ。シーさん、よくセブンなんかで・・・」
 静子「こんな店と違うわよ」

すると、修造の後ろに隠れている吉松を見て、

 静子「あら? 後ろの方は?」
 修造「あッ、手伝ってくれ方だ」
 静子「まあ、それはそれは。で、お怪我は有りません?」
 吉松「いやあ、ワシは別に・・・」
 修造「先輩なんだ」
 静子「センパイ?」
 修造「前に言ったろう。公園で缶詰をご馳走してくれた」
 静子「ああ、あの・・・」
 修造「そう。店の常連さんだ」
 静子「ジョウレン!?」
 修造「良いから、ヨッさん! 事務所に行こう」

修造は蹴られないように女の肩をそっと押す。
女はそれを拒むように、自分から事務所に入って行く。
暫くして、店の前に白い自転車が停まる。
馴染みの「下谷警察署のメタボ巡査長」である。
名前は安部信蔵。
安倍は息を荒げて店に入って来る。

 安部「いや~、この町は忙しい。多摩の方が、ず~と良かった」
 
静子は安部を見て、

 静子「あッ、ご苦労さまです」

安部はカウンターの前に立ち止り、

 安部「で、捕まえました?」
 静子「はい。奥の事務所に」
 安部「おお、そうですか。大手柄ッ! じゃ、失礼して」

息を切らして事務所へ入って行く安部。
修造が女の名前を聞いている。
吉松は椅子に座って事務所の中をキョロキョロと見回している。
そこに、安部が入って来る。

 安部「いやー、店長さん災難でしたねえ」
 修造「あッ、すいません、忙しいところ。参っちゃいましたよ~」

安部は俯いている女を見て、

 安部「で、こちらのご婦人が?」
 修造「ええ、まあ・・・」

安部は女の前に跪(ヒザマズ)き、

 安部「どうしたの~。お名前は何て云の」

女は黙って、ふて腐れている。

 安部「・・・そ~う。別に喋んなくても良いけど、直ぐ分かっちゃうわよ。足の方は丈夫?」
 修造「安部さん、女の足よりも、うちの店のガラスドアーですよ。それに、僕は咬まれたんですよ」
 安部「カマレタ?」

安部は優しく、

 安部「咬んじゃったの? 抵抗しちゃったんだね・・・」

女は一言も喋らない。

 安部「店長さん、ところであのガラスって幾ら位するの?」
 修造「ええ~? 以前、ほかの店で車が飛び込んだ時、確か・・・12~3万って聞きましたけど」
 安部「12~3万ッ!? 結構するんだねえ」
 修造「はあ」

安部は椅子に座っている吉松を見て、

 吉松「こちらの方は?」
 修造「ああ、この方は手伝ってくれた人です」

吉松が頭を掻きながら、

 吉松「ワシは通りかかっただけだよ」
 安部「失礼ですけど、お名前は?」
 吉松「いいよ、名前なんか」

表にパトカーが静かに停まる。
ドアーが開いて、2人の警官が車から降りて来る。
警官達は割れたガラスドアーを見て、

 警官A「此処ですか?」

石田はテープを貼りながら振り向かず、

 石田「ご苦労さンす」

警官達は石田の奇妙な挨拶に、

 警官A「あッ、どうも。奥?」
 石田「そおッす」
 警官A「そおッすか」

店の中に入って行く警官達。
静子がカウンター越しに、

 静子「あッ、ご苦労さまです」
 警官A「どうも。 捕まえました?」
 静子「はい。事務所に」

警官Aがガラスドアーを指差し、

 警官A「あそこですか?」
 静子「そうなんですよ~」
 警官B「災難すねえ。ちょっと写真撮らせてもらいます」
 静子「どうぞどうぞ」

警官Bは石田に、

 警官B「彼女、ちょっと退いて」

石田は警官Bを睨み、面倒くさそうに舌打ちをする。

 石田「チッ!」

カウンターの前で警官Aと静子が、

 警官A「で、被害届は出されます?」
 静子「そうですねえ・・・。でもあの人、弁償なんて出来るのかしら」
 警官A「・・・とにかく、中で話を聞いてみましょう」
 静子「お願いします」

警官達が事務所に入って行く。
事務所で安部巡査長が調書を取っている。
警官Aが事務所に集まってる人達を見て、

 警官A「ご苦労さんです」

安部は振り向き、2人の警官を見て、座りながら軽く敬礼をする。

 安部「どうもご苦労さンす」
 警官A「で、怪我人は居るンすか?」
 安部「それが、店の経営者が手を咬まれましてね」
 警官A「咬まれた? 抵抗したんだ。名前は?」
 安部「完全黙秘です」

警官Bがしゃがんで、

 警官B「アンタ、名前は? 何処から来たの?」

女は貝のように何も喋らない。

 警官B「しょうがない。本署で喋ってもらいましょう」

女の傍に立つ警官Aが、

 警官A「そうだねえ。それじゃあ皆んなで署に行きましょうか。・・・と言っても1人、車に乗れないなあ」

吉松は焦って、

 吉松「いや、ワシは良いよ。ワシ、あそこアカンのや。もう良いヤロ~。ホナッ!」

吉松は急いで事務所を出て行く。

 修造「あッ! ヨッさん、吉松さん。コンロ!」

安倍は吉松の後姿を見て、

 安部「ヨシマツさんて云うんですか。何処にお住まいで?」
 修造「そこの公園です」
 安部「ああ、テントの。それでね。じゃッ、後でお礼でも」
 修造「あッ、そうですね」

吉松と入れ違いに、藤井が急いで事務所に入って来る。

 藤井「オナーッ! 大丈夫ですか」

修造は藤井を見て、

 修造「藤井さん、遅いよ。スーパーマンでしょ」
 藤井「いや、コンビニです。すいません。吾妻橋店でお客さんが倒れましてね」
 修造「ええッ!? 藤井さんも大変だ」
 藤井「まあ、雑用係ですから。で、今出て行った人がガラスを割ったんでか?」
 修造「違いますよ。あの方は捕まえるのを手伝ってくれた人です。割ったのはこの女ですよ」
 藤井「オンナ?」

警官Aは藤井を見て、

 警官A「・・・ローソンの方ですか」
 藤井「あッ、ご苦労さまです。ローソン本部の藤井と申します」
 警官A「最近こう云うのが多いですねえ。やっぱストレスかなあ。・・・じゃッ、店長さん! 署でお話聞きますから」
 修造「あッ、はい。藤井さん、後、お願いします」
 藤井「はい」

警官A・Bは、女と修造と一緒に事務所を出て行く。
安部は壁の貼り紙の「決意書」を見て、

 安部「あれ? またマンビーが増えてますね」
 藤井「此処の店なんか頑張ってる方ですよ。日本堤なんて体育会系のアルバイトしか採用しないらしいですよ」
 安部「へ~」
 藤井「あそこの店は、オーナーのお母さんが、出入り口の椅子に座って客を見張ってますからね」
 安部「おお、それは良い」


         第17話

    金子鉄次くん(26歳)の場合

ある日突然、あの「リーダーの橋本」が「蒸発」した。
今日で一週間、連絡も無く店に出勤して来ない。
夜、夜勤の林が出勤して来る。

 林  「ウイ~ス」    
 修造「おッ、ご苦労さん」

林がストコンをタッチして出勤入力をする。

 修造「・・・今夜も1人か。林君さあ、橋本だけど、オマエ知らねえ~か?」

林は合いも変わらず素っ気無く、

 林  「知らないッす」
 修造「困ったもんだ」
 林  「・・・そう言えば、おとつい寿(寿町)のパチンコ屋に橋本さんのチャリが置いて有りました」
 修造「パチンコ屋? あいつ、パチンコやるのか」
 林  「プロっすよ、プロ。此処のバイトの2、3倍は稼ぐンじゃないッすか」

修造は驚いて、

 修造「ええ~ッ! パチプロ?・・・」

修造は仕方なく急遽、夜勤を募集した。
しかし、当方の要望に合う様な人材は中々来ない。
仕方なく、以前働いていた「金子と云う男?」を、数日間だけ働いてもらう事にした。
金子は真面目で責任感が有り、「夜の雰囲気にピッタリなオトコ」であった。
夜の雰囲気とは、要するに「ブルー」なのである
朝、久しぶりの夜勤仕事が終わって、金子が退勤の為事務所に戻って来る。
静子が、

 静子「お疲れさま! 久々の夜勤じゃ眠いでしょう」
 金子「ゼンゼン! カマクラでバイトやってますから」
 静子「鎌倉!?」

金子はストコンに退勤入力しながら、

 金子「店長~、もうやだ~。まだあのナスビこの店に来てるの? チョーキモ~。アタシがお釣り渡す時ね、顔をジーと見ながら手を握るのよ~。こンな感じ」

静子の手を握る金子。
静子は驚いて、

 静子「あッ!」
 金子「ね。キモイでしょ~」
 静子「でも、アタシはよく握られるわよ」
 金子「そりゃあ、店長はオンナですもの」

そこに、修造が事務所に入って来る。
修造は静子の手の上に載せた金子の手を見て、

 修造「何しているッ!」
 静子「何を? あッ、妬(ヤ)いていの?」
 修造「バカ言ってんじゃない」

金子は静子の顔を見て、

 金子「オーナーが店長を愛してる証拠ッ」

静子は修造を見て、

 静子「本当に愛してるの?」
 修造「いや、まあ。バカッ! 何を言ってるんだ。此処は職場だぞ」

金子は修造を見、
 金子「オーナー、早く入れてよ。じゃないとアタシ、気が狂いそう」
 修造「入れて?」
 金子「夜勤よ~。 ヤ・キ・ン」
 修造「ああ、夜勤ね。分かった。1週間以内に何とかする。だからくれぐれも、気だけは狂わないでくれ」

静子が席を立つ。

 静子「オーナー、金子くん新小岩から鎌倉まで通ってるんですって」
 修造「ええッ! 鎌倉まで? それは大変だ。でも、横須賀線で一本じゃないか」
 金子「?・・・」

静子が売り場に出て行く。
入れ替わりに林が退勤するため、事務所に入って来る。
修造は林を見て、

 修造「ご苦労さん」
 林  「ウイっス」

退勤入力をしながら、

 林  「金子さん、良いパンツ穿いてますね」
 金子「ああ、これ? 安物よ。今、このブランドに凝ってるの」
 林  「いくらしたンすか?」
 金子「ええ? 六万位かな・・・」

修造が驚いて、

 修造「パンツが6万ッ!? オマエ、6万円のパンツ穿いているのか」
 金子「ええ。変(ヘン)?」
 修造「ヘンて、俺なんて2枚で500円だぞ。なあ、林」

林はチラッと修造を見て、

 林  「?」
 修造「昨夜(ユウベ)、品出ししてた時、腰からパンツがはみ出てたぞ。あのパンツは、金子には合わないな。やっぱオマエの雰囲気だとブリーフかティーバックだろう」
 金子「オーナーってイヤらしい。男のくせにそんな所しか見ていないの」
 修造「いや、見えちゃったんだもんしょうがないじゃないか」

呆れた林が、

 林  「オーナー、話しない方が良いッすよ」
 金子「そうよ。パンツってズボンの事!」
 修造「ああ・・・」
 金子「オーナーってやっぱオヤジね」

修造は何にも言えない。

 修造「・・・」

林が金子を見て、

 林  「金子さん、今朝(ケサ)、キンカンが来てたでしょう」
 金子「ああ、パンスト買って行ったわ。あの男すっかりハゲちゃったじゃない」
 林  「前からツルガシラッすよ。時々、カツラ被って来ますけどね」
 金子「ええ? アタシが居た頃、髪の毛が肩まであったわよ」
 林  「あれ、カツラッすよ。あン頃、浅草のゲーバーで働いていたンで、いつもアレ被ってたンすよ」
 金子「あッ、そう。そう言えば、ファンデーションの上からヒゲが伸びてて、なんてキモイ客だろうと思ってたンだけど・・・ゲーバーに行ってたンだ。で、まだ働いてンの?」
 林  「アイツ? アイツ今、地下鉄工事に行ってるツウ話ですよ。俺のダチが同じ現場でバイトやってるンす。ソイツが言うには、何ンか1ヶ月位前、ゲーバーをクビに成ったツう、変なハゲ男が入って来たらしいンす。シッたらこの間、現場のメット被ってアイツが店に来たンすよ。ハハハ。今度はカツラからメットに変えたみたいッすよ」
 修造「プッ、ハハハ」

修造が思わず噴き出す。

 金子「でも、何ンでパンストなんか買いに来たんだろう」
 林  「変態ッすよ、変態! けっこう夜は変なのが来ますよ。オンナのパンツ買ってったり、口紅買ってったり」
 金子「変態? 成るほどねえ。それじゃあ客なんか付きっこないわ。アタシなんて生まれてからず~と、これだもの」

修造は金子をシミジミと観て、

 修造「そ~か、金子は生まれつきなのか~」
 金子「だから、ポンギのカマクラでバイトしてるんじゃないの」
 修造「カマクラ?」
 金子「オカマクラブよ。ヘルプだけど」
 修造「ああ、それで、カマクラか。店長、鎌倉と間違えてるぞ」

林は金子をチラッと見て、

 林  「前に言ってたあのオカマクラブで、働いてるンすか」
 修造「オマエにピッタリじゃないか。俺はここのバイト辞めてどうしてるかな~て、心配してたんだぞ。でも良かったじゃないか」
 林  「金子さん、飲みに行ったら安くしてくれます?」
 金子「いいわよ。金持ちの客がいっぱいくるから、飲み残しのレミーをジャンジャン飲ませてあげる」
 修造「林ッ! オマエはダメだ。未成年じゃないか」
 林  「ダメっスか?」
 金子「オーナーと一緒に来れば良いジャン」
 修造「ダメだ! 俺は、ニューハーフは好かん。本腰を入れて付き合えんからな」

5日間で5人、面接した。
やっぱり、ロクなヤツが来なかった。
金子と約束した1週間の、最後の日が来た。

                  つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

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