本日は改姓なり!

うだうだな日記ですがどうぞよろしく

神子畑

2016-08-31 21:21:08 | 重要文化財
今回は前回からの続きで、次に向かったのが、八代の大ケヤキから車で10分程の場所にあります神子畑鋳鉄橋です。
朝来市の神子畑という場所は、元々、鉱山があった場所で、明治期には現在は養父市となっている隣町の明延鉱山から採掘された鉱石を選り分け、同じく朝来市内にあった生野(銀山で有名ですね)製錬所等へ送る中継地点としての役割を担っており、最盛期には明延、生野共々、非常に多くの鉱山関係者が働いていて、娯楽施設では当時の最新の映画が上映され、多くの芸能人が訪れたほど栄えていたそうです。
しかしながら、昭和の末期には鉱山も閉山となり、現在は明延、神子畑、生野共に近代化産業遺産に選定されています。
神子畑鋳鉄橋は、神子畑から生野までの鉱石運搬のために作られた道路に掛けられた橋の1つで、鋳物で作られた橋としては日本最古のもので、重要文化財に指定されています。
この神子畑鋳鉄橋からすぐの場所には、廃墟となっている神子畑選鉱所のむき出しの鉄筋コンクリート構造物が残っており、一種、異様な雰囲気を漂わせていますが、その中にその雰囲気には似つかわしくないモダンな木造建築の洋館が一軒建っています。
元々は明治期に生野鉱山で働いていた外国人技術者のための宿舎だった建物なんですが、そこに住んでいたムーセと言うフランス人技師が日本を離れた後、神子畑に移築されたのが、旧神子畑鉱山事務舎、通称ムーセ旧居で、神子畑の鉱山が閉山するまで事務所兼診療所として利用され、鉱山閉山後はほとんどメンテナンスも行われず、老朽化がひどかったそうなんですが、平成に入ってから解体修理も行われ、現在は資料館や写真館として利用されています。
また、ムーセ旧居の傍には、明延鉱山から神子畑選鉱所まで鉱石や人員を輸送した明神電車、通称、一円電車の車両が保存展示されており、私は明延鉱山でも展示されているものを見た事があり、乗った事もありますが、運行されていた時は、どんな感じだったんだろうと思います。
現在、神子畑選鉱所内は立入禁止になっており、中に入る事は出来ませんが、幼い頃に1度行った事がある生野銀山や、明延鉱山は公開されており(明延鉱山は予約が必要だそうですが)、こういった文化財に興味を持っている今、いつかは見学したいものですね。
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八代の大ケヤキ

2016-08-29 21:53:42 | 天然記念物
前回のブログでも予告しましたが、盆休み中は、本ブログでもお馴染みの母方の田舎へ家族共々帰省しておりまして(ま、父方の田舎も隣町なので顔は出して来たんですが)、買い物や檀家の寺への挨拶、墓掃除&墓参り等々で、それなりに忙しかったんですが、暇を見つけて田舎の近辺の観光スポットに行って参りました。
行って来たのは、兵庫県朝来市にあります足鹿神社という神社で、私が寺社に行くと‘また、文化財巡りか’と思われるかも知れませんが、今回は文化財ではありますが建造物ではなく、天然記念物を見に行って参りました。
ここのところ、ちょくちょく天然記念物を見に行ったりもしていますが、今回は5/6付けのブログ‘野間の大ケヤキ’で紹介したのと同様、樹齢1,000年を超える大ケヤキで‘八代の大ケヤキ’と呼ばれています。
足鹿神社の御神木とされ、幹回りが10m弱もある大木なんですが、かつては樹高が30mもあったそうで、その後台風で主幹が折れてしまい、足鹿神社の境内拡張工事の影響からか、幹に空洞が出来たりして、樹勢が衰退したそうです。
ただ、近年、国や県の保護を受けて大規模な樹勢の回復処置や、枝の支え等も付けられ、私が訪れた時も樹木自体は、いびつな形をしていましたが、葉は青々と茂っていて、その独特な容貌と相まってなかなか迫力ある樹木でした。
実は朝来市内には、もう1件、天然記念物に指定されている樹木があるんですが、また帰省した際に暇を見つけて訪れたいですね。

さて、八代の大ケヤキを目に焼き付けた後は、もう1件同じく朝来市内にあり、今度は毎度ながらの重要文化財に指定されている建造物(と言っても今回は少々変わり種ですが)に向かったんですが、どこへ向かったかは明日以降のブログにて紹介したいと思います。
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旧谷口家住宅

2016-08-27 16:27:32 | 重要文化財
今回も前回からの‘福井、国宝&重要文化財指定○○巡り’弾丸ツアーの続きで、今回のツアーの最終回となります。
前回の堀口家住宅を出て向かった先は、越前市にあります旧谷口家住宅(重要文化財に指定されています)です。
元々は、越前市の市街地付近にあったものを、昭和52年(1977年)に重要文化財に指定されたのを機に、谷口家から越前市に寄贈され、2年をかけて現在の越前の里 味真野苑と呼ばれる自然公園内に移築されたそうです。
今回の‘福井、国宝&重要文化財指定○○巡り’弾丸ツアーで見た3件の民家の中では、特に変わった形をした住宅で、私が最初に見て思った事は、パッと見、まず玄関がどこかわからないという事でした。
この地方特有の角屋形式と呼ばれる民家の最も発達した住宅だそうで、その特徴的な外観もさることながら、内観も広い土間や、前回のブログでも紹介した特徴的な梁、座敷や仏間に施されている欄間等も見事でしたし、私が個人的に気にったのは5室、一直線に並んだ畳の間で、思わず‘おぉ’と感嘆の声を上げてしまいました。
結局、今回の‘福井、国宝&重要文化財指定○○巡り’弾丸ツアーで見た民家の中では、最後に見たこの住宅が、最も大きく豪勢な作りの民家で、一番見応えがありましたね。

さて次回は、時期がずれてしまいましたが、盆休み中に本ブログではお馴染みの母方の田舎に家族共々帰省しておりまして、帰省中に行って来た場所がありますので、その事を書いていこうと思います・・・どこに行って来たかは、乞うご期待という事で。
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堀口家住宅

2016-08-25 21:02:36 | 重要文化財
今回も前回からの‘福井、国宝&重要文化財指定○○巡り’弾丸ツアーの続きで、福井県立美術館を出て向かった先は、今立郡池田町にあります堀口家住宅(重要文化財に指定されています)です。
堀口家は、池田町内にあります須波阿須疑神社の氏子総代のような役割を務めた‘十二軒衆’と呼ばれる家柄の1つだそうで、江戸時代には庄屋も勤めたらしく、堀口家住宅も‘又柱’と呼ばれる太い柱が5本も使われているのは県内随一らしく、特異な入母屋造りがしてあるそうなんですが、私のような建築の素人には、いくらこれまで多くの民家を見て来たと言っても、今まで見てきた民家との違いがよくわかりませんでした。
ただ、これは前々回に紹介した旧瓜生家住宅や、次回紹介する予定の住宅もそうだったんですが、天井の梁の造り方がよく似ていて、福井県内の民家の特徴なのかなと素人目ながら、そんな事を考えていました。
また、これは後で知ったんですが、この住宅は、2年かけての約40年ぶりの保存修理工事が昨年、完了したばかりだったそうで、屋根の茅の全面葺き替えや柱や梁の部分補修、土壁の全面塗り直しや耐震補強等も行われ、こういった文化財の大改修は大変だったと思います。

さて、堀口家住宅を出た後は、今立郡池田町から越前市へ向かったんですが、どこに向かったかは明日以降のブログにて紹介したいと思います。
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岩佐又兵衛

2016-08-23 20:17:50 | 国宝
今回は前回から始まりました‘福井、国宝&重要文化財指定○○巡り’弾丸ツアーの続きなんですが、皆さんは‘岩佐又兵衛’という江戸時代の絵師をご存知でしょうか。
日本史で、特に戦国時代が好きな方ならご存知かも知れませんが、この岩佐又兵衛という方は、かの織田信長に仕えていた武将、荒木村重の子でして、2014年にNHKで放映されました大河ドラマ『軍師官兵衛』でもちらっと登場したんですが、父である荒木村重が織田信長に反逆を企てたために、荒木一族のほとんどが斬殺された中(ちなみに反逆を企てた当の本人である荒木村重は逃亡の上、その後は茶人として生き延びます)、まだ幼かった岩佐又兵衛は救い出され、成人した後は母方の名字を名乗り、京都、福井、江戸と渡り歩き絵師として活躍したそうです。
現在、福井市にあります福井県立美術館で‘福井移住400年記念 岩佐又兵衛展 この夏、謎の天才絵師、福井に帰る’が開催されていまして、その展覧会の目玉として国宝に指定されています洛中洛外図(東京国立博物館が所蔵しています)が展示されているというので、今回の‘福井、国宝&重要文化財指定○○巡り’弾丸ツアーを企画し行って来た次第で、これまで岩佐又兵衛の絵画はそれほど見た事がなかったんですが、今回、多くの絵画を見た個人的な感想が、独特のスタイルで素人目ながら、特に人物の描き方がうまい人だなと思いました。
浮世絵の源流とも言われる岩佐又兵衛の絵画ですが、国宝に指定されている洛中洛外図に代表される屏風絵の細かな人物や絵巻物に描かれている表情豊かな人物は特に見事な感じがしました。

さて、福井県立美術館を出た後は、福井市から今立郡池田町に向かったんですが、どこへ向かったかは明日以降のブログにて紹介したいと思います。
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