本日は改姓なり!

うだうだな日記ですがどうぞよろしく

血管腫

2015-09-29 18:25:54 | 日記
今年の7月に、会社で年に1回あります健康診断を受けたんですが、実は超音波検査の結果が‘肝臓の要再検査’で戻ってきまして、先日、MRIでの再検査を受けて参りました。

2010年6月21日付けのブログ‘健康診断’でも書いていますが、その前年の超音波検査でも‘肝臓の要再検査’になっていまして、MRIでの再検査結果が肝臓内に‘血管腫’と呼ばれる良性の腫瘍が出来ていたためだったんですが、悪性に転じるような腫瘍ではなく、手術等で除去する必要もないとの事だったので、翌年以降の健康診断でも、超音波検査ではずっと引っ掛かってはいたんですが、心配無しという事で、気にしていませんでした。
ただ、今年の超音波検査では、その血管腫とは別にもう1つ腫瘍が見つかったしまったので、再検査に行って来た次第です。
個人的には‘また血管腫だろう’とは思っていたんですが、まかり間違って悪性の腫瘍が出来ていたりすると洒落になりませんし、両親、特に母が‘絶対に検査に行って来なさい’と強く言うもので、MRIでの再検査を受けまして、本日、結果を聞きに行ってたんですが、結果は、やはり血管腫でした。
本日、担当して頂いた医師曰く‘血管腫がこの後、大きくなって肝臓に負担がかかって来るような事があれば除去します’との事だったんですが、前回見つかった血管腫も大きさはほとんど変わっていないそうなので、手術になるような事はないと思われます。
しかし、血管腫というのは出来る理由がよくわかっていないそうなんですが、こう幾つも肝臓内に出来ると困りますね・・・また、来年以降も超音波検査では引っ掛かるんでしょうし、ま、身体自体はいたって健康ですので、良しとしなければならないんですけどね。
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琴ノ浦温山荘

2015-09-26 20:17:27 | 重要文化財
今回は前回からの続きで、旧中筋家住宅を出た後、向かった先は、和歌山県海南市にあります琴ノ浦温山荘です。

ここは、国の名勝にも指定されています日本庭園なんですが、庭園内にある主屋、茶室、浜座敷が重要文化財に指定されていまして、ベルトで有名な東証一部上場企業でもありますニッタ株式会社の創業者、新田長次郎の別荘庭園として作られたもので‘温山荘’を命名したのは、かの東郷平八郎(詳しくはインターネット等でお調べ下さい)だそうです。
東郷平八郎の他にも、明治から大正にかけて、しばしば皇族や政治家、軍人等が来訪し、園内には来訪時の写真や、桂太郎、清浦奎吾、秋山好古などの扁額が飾ってあります。
ただ、そんな事よりも驚かされるのが、庭園の広さ、素晴らしさと建造物の見事さで、18,000坪に及ぶ庭園内には、黒江湾を望むために手掘りで作られたトンネルがあり、トンネルを抜けるとプライベートビーチにつながっていて、なおかつそのトンネルがある事によって、海からの風が庭園内に涼しい風を送り込んでいるという普通では考えられないような庭園となっています。
また、庭園内にある池等も海から水を引いているので潮の満ち引きによって水位が変わったり、海水と淡水が混ざっているので、日本庭園の池等に一般的にいる鯉などは全くいなくて、鯔(ぼら)、鯊(はぜ)などが生息しています。
他にも池に架かっている石の橋が、1枚岩だったりと、とにかくスケールが半端ない庭園でした。
建造物も、茅葺き屋根の茶室や、黒江湾を望むためだけに作られた浜座敷、庭園の中心となっている主屋の内観は見事で、座敷の飾りや欄間の彫刻等、見るべきものが非常に多かったです。

しかしながら、私を含め家族共々、感激させられたのは、主屋から観賞できる庭園の全景だったりしたんですけどね。

さて、本ブログですが上記文章を書いている時点で、久しぶりにネタがない状態というか‘○○巡り’を全くしていない状態となっておりますので、次回は、珍しく日常のネタを書く事になると思います・・・乞うご期待下さい。
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旧中筋家住宅

2015-09-25 20:08:18 | 重要文化財
シルバーウィーク最終日の一昨日、またもや父母と共に‘重要文化財指定建築物巡り’に行って参りました。

行って来ましたのは、和歌山県和歌山市にあります旧中筋家住宅で、ここは3月から11月までの土日祝なら一般公開されているんですが、春分の日と秋分の日に、この住宅の主屋の3階にある望山楼という座敷が特別に公開されるので、この日を選んで行って来た次第です。
熊野古道に面している旧中筋家住宅は、江戸時代末期に大庄屋を務めた家柄で、明治の中頃に現在の屋敷構えが出来たとの事だったんですが、敷地面積は2,200㎡もあり、その敷地内には主屋を始め、蔵が3棟、茶室、長屋門形式の表門、賓客しか通れない御成門、人力車を入れるための車庫などもあり、大庄屋の住宅にふさわしい風格が備わっています。
特に主屋は、その広々とした部屋1つ1つに、接客のために心を砕いて設計されているのが、素人目にも明らかで、今回、特別に公開されていた望山楼に至っては、山々が一望できる事から名付けられ、出来た当初は、和歌山城や淡路島も遠望出来たそうです。
また、主屋の北と南には庭園があり、説明の方が‘この庭園には大きな木がないので見栄えがしないでしょう’などと仰っていましたが、個人的には見栄えがしないどころか、見応え抜群で、北にある庭園には、今年の5/20付けのブログで紹介した北田家住宅で、珍しいと思って見た洗濯場が、この庭園内にもあって驚かされましたし、南の庭園は、庭園側から主屋を見た時の景色が壮観で、私はもちろんの事、母も‘この景色は良いわね’と言っていました。

一昨日は、旧中筋家住宅を出た後、もう1件、重要文化財指定建築物を巡ったんですが、それは明日以降のブログにて紹介したいと思います。
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舞子公園

2015-09-17 23:35:44 | 重要文化財
先日、父母と共に、兵庫県神戸市垂水区にあります舞子公園に行って参りました。

私が公園などに行くのは珍しいと思われるかも知れませんが、この舞子公園の敷地には、明治期に政財界の要人の別邸がいくつか建てられ、現在も舞子公園内に残っているものが3ヶ所あり、3館共通の入館券が売られているほどです。
3件のうち2件は、国の登録有形文化財に登録されており、もう1件は、国の重要文化財に指定されています・・・ということは、毎度お馴染みの‘文化財巡り’という事なんですけどね。

まず、最初に行きましたのが、国の登録有形文化財に登録されている旧木下家住宅で、近代的な和風建築なんですが、住宅もさることながら庭も立派で、現在はミニコンサートや茶席などにも活用されているそうで、私達が訪れた時も、茶席の準備をされていました。
次に向かったのが、旧武藤家別邸洋館で、ここはその名の通り実業家で、衆議院議員もされた武藤山治という方の別邸だったんですが、この方は鐘淵紡績株式会社の中興の祖とも呼ばれる方で、この方が亡くなった(武藤山治は後味の悪い亡くなり方をしていますが、詳しくはインターネット等でお調べ下さい)後、鐘淵紡績株式会社に寄贈され‘鐘紡舞子倶楽部’と呼ばれていた時期もあるそうです。
この別邸は、いかにもという感じの洋館で、内装も素晴らしくステンドグラスや暖炉、家具なども当時のものがそのまま残っており、なおかつ武藤山治の所蔵していた絵画や蔵書も寄贈されて展示されており、母は今回行った中で、この別邸が一番のお気に入りだと話していました。
最後に向かったのが、移情閣、通称、孫文記念館(上記写真参照)で、八角形の中国式楼閣である‘移情閣’が重要文化財に指定されています。
‘孫文記念館’という通称があるように、中国革命の父とも呼ばれる孫文を顕彰している記念館で、大正期に孫文が神戸を訪れた際に歓迎会の会場となった場所を孫文ゆかりの建物として、記念館にしたそうなんですが、館内には孫文の著書や遺品などが多く展示されています。
また、この館内は壁面が金唐革紙という手製の高級壁紙で装飾されてまして、大正ロマンあふれる館内と共に、一見の価値ありでした。

しかしながら、この3件の文化財共に、当初建てられていた場所から、ほとんど動いていないのは驚きで、明石海峡大橋の建設に伴い若干の移築はされているものの、建てられた当初から、眼前に広がる大阪湾や播磨灘、淡路島が一望できる景色は最高だったと思います。

舞子公園を出た後は、まだ時間があったので、母の希望で、神戸市中央区にあります‘神戸どうぶつ王国’(旧神戸花鳥園)に立ち寄りまして、多彩な鳥類や、動物のショー等を見て来ました。

この日は、個人的にも色々と楽しめ、家族共々、大変充実した1日でした。
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吉野川

2015-09-14 22:09:11 | 重要文化財
8/9付けのブログ‘福永家住宅’で、初めて四国に渡った話を書きましたが、先日、またもや四国に行って参りまして、前回は家族で行きましたが、今回は初の私1人での四国巡りとなりました。

まず、最初に向かったのが、徳島県美馬市にあり、重要文化財に指定されています旧長岡家住宅で、これまで見て来た民家と比べてもそれほど変わり映えはしなかったんですが、この民家も元々は現在の場所から北へ20分ほどの場所にあったものを移築したそうで、取り壊される事もなく、現在、一般に公開されているのは非常にありがたい事です。
ただ、これも本ブログで何度か書いた事がありますが、こういった1件だけポツンと建っている民家は、私が見学した時も、他の見学者がおらず、寂しい感じだったんですけどね。

次に向かったのが、吉野川市にあります阿波九城と呼ばれる支城の1つ、川島城(上記写真参照)で1981年(昭和56年)に模擬天守が建てられ、外観はなかなか立派なんですが、いかんせん中は資料館とも言い難いような申し訳程度の物しか飾っていなくて、少々がっかりでした。
唯一の救いは、最上階の展望所からの眺めで、吉野川を眼下に町並みを見渡す事ができ、景色もなかなか良かったです。

川島城を出た後は、帰路についたんですが、時間が結構ありましたので、神戸淡路鳴門自動車道から淡路島に立ち寄り、洲本市にあります洲本城へ行って参りました。
洲本城は、見事な石垣が残っているのと、天守台から大阪湾を望む見晴らしは抜群なんですが、1928年(昭和3年)に建てられた模擬天守が、個人的に‘う~ん’とうなってしまう感じで、歴史的には、日本最古の模擬天守となっているんですが、かつて展望台としても利用されていたのが、2013年(平成25年)に改修工事が行われ、現在は展望台としての機能も失われています。

今回の四国の旅は、それほど充実した感じでもなかったんですが、四国にはまだまだ有名な文化財等が多々ありますので、これからの四国遠征に期待したいと思います。
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