本日は改姓なり!

うだうだな日記ですがどうぞよろしく

三重県

2017-10-26 21:20:23 | 国宝
先日、文化審議会が、三重県津市にあります専修寺の御影堂と如来堂を国宝に指定するように、文部科学大臣に答申したそうです。
三重県の建造物としては、何と初の国宝指定で、これで国宝に指定された建造物は、225件になる予定です。
三重県というと、伊勢神宮に代表されるように、古い建造物が結構、残っていそうなイメージがあるかも知れませんが、実はその伊勢神宮のお膝元という事があって、明治期に激しい廃仏毀釈(詳しい事はインターネット等でお調べ下さい)にあって、かなりの数の寺院が廃され、三重県は古い建造物の数自体が、全国平均に比べてかなり少なくなっているそうです。
しかしながら、比較的、私の家から近場の建造物が国宝に指定されたのはありがたい話で、三重県内には、まだ行ってみたい文化財が何ヶ所かありますので、ぜひとも国宝に指定されれば早めに訪れてみたいものです。
今回、国の重要文化財に指定された建造物も、新たに6件ありまして、その中にはこれまで全く知らなかった、京都府宇治市にあります松殿山荘という近代和風建築の建造物等もありましたので、そちらにも、早めに足を運んでみたいですね。
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善光寺

2017-05-23 20:39:58 | 国宝
先週末は今年の4/6付けのブログ‘20年’で紹介しました勤続20年のリフレッシュ休暇の1日を利用しまして、家族と長野県に1泊2日の旅行に行って参りました。
本ブログを読んでおられる方なら、私はよく家族と出かけるなと思われるかも知れませんが、実は家族での泊まりの旅行と言うのは30年ぶりくらい(その時は長野&富山県への旅行だったんですが)でして、日帰りの遠出や田舎への帰省等は多々ありますが、宿泊先を前もって調べて予約して、旅行の計画を立てというのは、かなりの久しぶりでした。
ただ、当日は朝早くからマイカーで出発したんですが、予想外に高速道路が渋滞していまして、結局1日目は全く当初の予定通りにはいかなかったんですけどね。

というわけで、今回から3,4回は長野県への家族旅行の話を書いていこうと思います。

まず、最初に向かったのが、長野県長野市にあります‘牛にひかれて善光寺参り’という慣用語もある善光寺でして、個人的には、本堂が国宝に指定されていますので、いつかはぜひとも訪れたいと思っていたんですが‘一生に一度は善光寺詣り’と言われるように、父母も善光寺には1度訪れたいと言っていまして、家族3人の意見が一致して、今回の‘善光寺参り’になった次第です。
上記で紹介したように本堂が国宝に指定されているんですが、屋根の形式が撞木造という非常に特徴ある形式をしているので、建物自体も私がこれまで見てきた寺社とは違っていて、その特異な建造物に感心してしまいました。
また、本堂内では、真っ暗な回廊を手探りで進む‘お戒壇巡り’もしてきたんですが、幼い頃、奈良県生駒郡平群町にあります朝護孫子寺でもした事があり、真っ暗な中、最後に光が見えてくるのは、なかなか貴重な体験でしたし、善光寺の山門は国の重要文化財に指定されていまして、平成20年(2008年)から二階への登楼参拝も出来るようになったそうなんですが、山門からの参道の眺望は、なかなかの景色でした。
私は‘文化財巡り’をしていますので、国宝建造物の1つをまた制覇出来た喜びは当然として、父母も1度は訪れたいと言っていた善光寺をお参り出来て、感激していました。

さて、上記で紹介したようにこの日は、善光寺に到着した時点で、当初の予定時間を大幅にオーバーしていまして、次に行く予定にしていた場所も時間の関係で行けなくなってしまい、次に行った場所は、当初から計画していた場所とは違った場所になったんですが、どこに向かったかは、明日以降のブログにて紹介したいと思います。
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聚光院

2016-12-21 22:44:32 | 国宝
先日、多分、今年最後になるであろう‘文化財巡り’に行って来まして、今回、訪れたのは京都市北区にあります大徳寺の聚光院という塔頭です。

千利休(詳しくはインターネット等でお調べ下さい)の菩提寺として知られ、三千家(表千家、裏千家、武者小路千家ですね)の歴代の墓所がある事でも知られている聚光院ですが、狩野永徳とその父、松栄(この2人も詳しい事はインターネット等でお調べ下さい)の国宝に指定された障壁画を有している事でも知られ、通常は、同じく京都市の東山区にあります京都国立博物館に寄託されているんですが、今年の3/1から来年の3/26まで、創建450年記念特別公開として、9年ぶりに聚光院に里帰りして公開されているので、事前に予約が必要だったんですが、この機会を逃すわけにはいかないと思い、私も足を運んだ次第です。
聚光院は、通常では寺内も公開されていないんですが、今回の特別公開では重要文化財に指定されています2つの茶室も公開され、見学する事が出来ました。
スタッフの解説を聞きながら見学したんですが、国宝に指定されている方丈の障壁画は圧倒的な迫力で、花鳥図が16面、琴棋書画図、瀟湘八景図が各8面ずつ、あと竹虎遊猿図が6面と、その全てが国宝なわけなんですが、狩野永徳、松栄という親子(というか当時の狩野派がと言った方が良いかも知れませんが)がいかにすごい絵師だったかが垣間見えるような感じでした・・・狩野永徳は、国宝に指定されている絵画が、もう1点あるんですが、来年、その絵画も京都で見れるチャンスがあるので、ぜひとも見ておきたいところです。
あと、聚光院で私の目をひいたのは、書院の障壁画でして、現代を代表する日本画家の千住博氏が描いておられ、これも初めて一般公開されたらしいんですが‘滝’と名付けられた青地に白で描かれた滝の襖絵は、見た瞬間、感嘆の声が出てしまう程でした。

さて、冒頭でも書きましたが、今年の‘文化財巡り’は多分、これで終わりで、今年も数多くの文化財を見学する事が出来ましたが、まだまだ未見の文化財がたくさんありますので、来年も引き続き‘文化財巡り’にいそしんでいきたいと思っております。
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岩佐又兵衛

2016-08-23 20:17:50 | 国宝
今回は前回から始まりました‘福井、国宝&重要文化財指定○○巡り’弾丸ツアーの続きなんですが、皆さんは‘岩佐又兵衛’という江戸時代の絵師をご存知でしょうか。
日本史で、特に戦国時代が好きな方ならご存知かも知れませんが、この岩佐又兵衛という方は、かの織田信長に仕えていた武将、荒木村重の子でして、2014年にNHKで放映されました大河ドラマ『軍師官兵衛』でもちらっと登場したんですが、父である荒木村重が織田信長に反逆を企てたために、荒木一族のほとんどが斬殺された中(ちなみに反逆を企てた当の本人である荒木村重は逃亡の上、その後は茶人として生き延びます)、まだ幼かった岩佐又兵衛は救い出され、成人した後は母方の名字を名乗り、京都、福井、江戸と渡り歩き絵師として活躍したそうです。
現在、福井市にあります福井県立美術館で‘福井移住400年記念 岩佐又兵衛展 この夏、謎の天才絵師、福井に帰る’が開催されていまして、その展覧会の目玉として国宝に指定されています洛中洛外図(東京国立博物館が所蔵しています)が展示されているというので、今回の‘福井、国宝&重要文化財指定○○巡り’弾丸ツアーを企画し行って来た次第で、これまで岩佐又兵衛の絵画はそれほど見た事がなかったんですが、今回、多くの絵画を見た個人的な感想が、独特のスタイルで素人目ながら、特に人物の描き方がうまい人だなと思いました。
浮世絵の源流とも言われる岩佐又兵衛の絵画ですが、国宝に指定されている洛中洛外図に代表される屏風絵の細かな人物や絵巻物に描かれている表情豊かな人物は特に見事な感じがしました。

さて、福井県立美術館を出た後は、福井市から今立郡池田町に向かったんですが、どこへ向かったかは明日以降のブログにて紹介したいと思います。
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寒山図

2016-08-08 22:03:18 | 国宝
今回も前回からの‘長野、国宝&重要文化財指定○○巡り’ツアーの2日目の続きで、諏訪大社を後にして向かった先は、開館時間云々と書いていたので、建造物等ではないなと思った方もいるかも知れませんが、美術館でして、諏訪市にありますサンリツ服部美術館です。
この美術館は、前回2013年の‘長野、国宝&重要文化財指定○○巡り’ツアーの時にも訪れた事があり、今回で2回目となります。
現在、サンリツ服部美術館では‘服部一郎没後30年 特別企画展 禅宗と茶の湯の美’が開催されていまして、その展覧会の目玉として、鎌倉~南北朝時代に活躍し、その実像については謎が多い可翁という画人の国宝に指定されています寒山図が展示されているというので行って来た次第なんですが、この寒山図、まぼろしの国宝と呼ばれていまして、今までほとんど公開された事がないそうで、私のような国宝等に指定されている文化財巡りをしている人は、この公開期間、こぞって諏訪市に向かわれたんじゃないかと思います。
私が訪れた時も、開館時間前だというのに、数人、開館を待っておられる方がいらっしゃいました(かくいう私もそうですが)し、開館後、他の文化財には目もくれず、すぐ寒山図の前に行かれた方もいらっしゃいましたからね。
私も今回の‘長野、国宝&重要文化財指定○○巡り’ツアーは、この‘寒山図’の公開があったからこそ企画したようなもので、当初、今回の旅のメインと考えていました(当初という事は帰宅してから結局メインは別の場所になったという事です)からね。
絵画の題材になっている‘寒山’という人について、ちょっと説明すると、中国、唐代の伝説的な僧らしいんですが、同時代のもう1人の伝説的な僧である‘拾得’と共に絵画の題材になる事も多く、その多くがユーモラスな表情や、少し風変わりな絵画になっていて、今回見る事が出来た‘寒山図’も笑みを湛えた横顔が非常に楽しげで、絵画の前でこちらもニヤリとしてしまう感じでした。

さて、サンリツ服部美術館を出た後は、諏訪市から岡谷市へ向かったんですが、どこに向かったかは、明日以降のブログにて紹介したいと思います。
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